2005.7.1.  ワーカーズ300号    案内へ戻る

敗戦から60年・立ちすくむ平和!

敗戦から60年、暦は廻り再び暑い夏が訪れた。
 6月23日、沖縄は組織的戦闘終結から60回目の「慰霊の日」を迎えた。沖縄戦では20万人以上が犠牲になったが、慶良間諸島の前島では日本軍の島への上陸を拒みとおし、上陸してきた米軍は「非防守」地区と認め攻撃を回避することができた。この事実は軍隊は住民を守らないし、その存在こそが犠牲を拡大することを示している。
 その前日の22日、日韓基本条約締結・日韓国交正常化40年を迎えた。20日にはソウルの青瓦台で日韓首脳会談も行われたが、ノムヒョン大統領の靖国神社参拝中止要求にたいし、小泉首相は不戦の誓いから参拝したとの見解を繰り返し、ことさらに溝を深める無能を晒した。
 首脳会談では、@新たな戦没者追悼施設を検討する、A歴史共同研究の成果を教科書編集過程で参考にする、ことで一致したと報道されている。しかし、小泉首相には靖国神社に代わる施設などありえなだろうし、我々もいかなる施設であれ国家が戦死を賛美することを許すことはできない。
 日韓歴史共同研究の報告書は6月10日、その全文が公開されている。日本側の主張は1910年の日韓併合条約を有効とし、植民地支配を正当化してるのだから、共同研究もなにもあったものではない。神戸大大学院の木村幹教授は当時の民族運動は深刻な停滞状態にあり、朝鮮総督府の動員計画に大きな支障を与えるような抵抗は生まれなかったと主張し、同志社大学の林広茂教授は「豊かな大衆消費社会」が出現していたとするなど、驚くべき歴史認識≠示している。
 40年前の日韓基本条約においても、戦後賠償の個人請求権がすべて消滅したのかどうかで鋭く対立している。条約第2条では「1910年8月22日以前に大日本帝国と大韓帝国との間で締結されたすべての条約および協定は、もはや無効であることが確認される」となっているが、このもはや≠フ解釈によっては韓国併合も無効になるので、日韓で全く違った解釈(韓国では強占状態そしている)になっている。
 歴史の事実は、義兵による抗日闘争や安重根による伊藤博文の射殺、日本軍による「南韓大討伐作戦」というまるで現在のイラクのような状態だったことを示している。掛け違えたボタンは、そのままではどうにもならない。明治維新以降の日本の近代化は、ひたすら富国強兵によって侵略する側にまわる歴史であった。
 その行き着いた先が60年前の8月15日だったが、敗戦によって得られた憲法9条が立ちすくみ、今にも消し去られようとしている。100年を超える日本の近現代史を検証し、武力なき社会に向けた新たな歩みを踏み出そう。       (折口晴夫)


小泉首相靖国神社参拝違憲訴訟報告・台湾原告団のヤスクニ!

 6月17日、小泉首相靖国神社参拝違憲・台湾訴訟控訴審が大阪高裁であり、原告代表のチワス・アリさん(台湾立法委員)が証言を行った。台湾から同行した60名の先住民が見守るなか、靖国神社代理人のお金(賠償金)目当て≠ニか、選挙目当て≠ニいう低劣な質問に毅然と反撃した。といっても、私は傍聴抽選に外れたので、これは裁判後の報告会で聞いた内容だが。
 ところで、今回訪日したのは第二次大戦中に日本軍の高砂義勇隊として戦死した台湾のタイヤル族など先住民の遺族で、靖国神社に合祀されている祖先の霊を取り戻すためであった。靖国訴訟の目的も当然そこにあるのだが、この当り前の望みの前には大きな壁が立ちはだかっている。
 6月13日に訪日した先住民一行は14日、靖国神社を訪問して靖国神社に合祀されている祖先の霊を祭る儀式を行う予定だった。しかし、一行を待っていたのは右翼と警察だった。このときの模様はテレビでも報道されたが、その映像は世界中に流され、ヤスクニの本質が暴露されるという結果を招いている。全く愚かな連中だ
 14日の件は報告によると、事前の靖国神社との折衝で、鳥居のところで儀式を行うことは黙認≠ウれるはずだった。ところが当日、鳥居は右翼によって占拠され、警察による足止めによって一行のバスは鳥居に近づくどころか、バスから出ることができたのはチワス・アリさんだけだった。チワス・アリさんの抗議に対して、警察力では身の安全を守ることができないから近づかせないと言ったとか。これは逆ではないかと思うが、警察は右翼とは仲良しだから妨害行動に手を貸したのだ。
 さて、ここで日本と台湾の関係について、日中韓3国共通歴史教材委員会編著「未来をひらく歴史・東アジア3国の近現代史」(高文研)から、日本による台湾に対する植民地支配の実態を紹介しよう。
「日本は日清戦争の後、台湾を植民地とし、以後50年にわたる植民地支配を行いました。日本が台湾を征服し、統治した経験は、日本の朝鮮に対する植民地支配や満州(中国東北)の占領に生かされました。では、日本は台湾でどのように植民地支配を行ったのでしょうか」(58ページ)
 このような問題意識から、日本の台湾侵略と台湾民衆の抵抗∞経済の略奪∞差別教育と同化政策に強制≠ェ詳述されているが、朝鮮植民地化と完全に符合している。台湾総督には軍人を就任させ、武力によって抗日武装勢力を鎮圧する。土地調査事業によって土地を取り上げ、もっぱら貧しい民衆から税金を搾り取る。「日本の植民地当局は台湾を、本国に大量の食糧と砂糖を供給する生産基地にする方針を決定し、この目的のために台湾の人々からしぼり取った財政収入を使いました」(同ページ)
 差別教育というのは、日本人、台湾人、先住民を別の学校で学ばせ、特に「先住民の子どもたちの場合は学校施設ではなく、警察が教育にかかわりました」(59ページ)。皇民化は、まず「各家の先祖の位牌や墓碑を日本式に改めるように強制」し、「『天照大神』を崇めるように強要」した。さらに、「1940年、台湾総督府は『改名運動』を推し進め、台湾人に日本式の姓名を使うよう強要しました」
 この節は次のようにまとめられている。「さらに軍事教育を強化して、台湾の成年男子を徴兵して日本の軍隊に編入して戦場に送りこみ、多くを侵略戦争の犠牲にしました」「台湾は、日本がアジア、太平洋地域にむけて侵略戦争を開始する踏み台ならびに兵員の供給基地にされたのです」(同ページ)
 高金素梅(民族名チワスアリ)についても紹介しよう。彼女は古い写真集で日本の軍人が先住民族の男性の首を切り落としている写真を見て、全身が痙攣して涙が溢れ、熱い血が脳に上がってくる様だったとそのときの衝撃を語っている。写真集「無言的幽谷」が1913年、14年の討伐″戦を記念して日本軍が発行したものを、2000年に先住民族の側から歴史を検証するために再編修、発行されている。
 1930年、霧社に住んでいる先住民が武装蜂起する霧社事件が起きたが、日本側による徹底的な弾圧と強制移住が行われている。そして、その子孫は高砂義勇軍として侵略戦争に駆りだされ、戦死者は英霊として靖国に祭られているのである。つまり先住民は二代にわたる民族殲滅と、その挙句の靖国合祀を告発しているのである。それでもなお、小泉の靖国参拝を正当化できる論理とは一体どういうものなのか。

 なお付け加えれば、台湾塩寮には抗日記念碑があるが、そこに日本から台湾第四原発(1号機・2号機)のための原子炉圧力容器が運び込まれている。いつ据え付けられるかの目途も立たないなか、倉庫に保管されたままの圧力容器はおびただしい錆が浮いている。第四原発に反対している住民の声明には次のような一節がある。
「貢量という台湾東北端に位置する小村落は、民は純朴で、景観は心地よいことで有名だが、そこは1895年の甲午(日清)戦争で清朝が台湾を割譲した際に、日本軍が上陸した場所でもある。108年後の2003年6月、第四原発1号機の原子炉がこっそり日本の広島から出航して貢寮から台湾に上陸した。このような恐怖を輸出し、憎しみを輸出するという行為が、再び台湾の運命に試練をもたらした」(2004年7月2日・「ノーニュークスアジアフォーラム通信」69号より)              (折口晴夫)
  
私は誰?
高金素梅(チワス アリ)は祖母の顔に彫られた美しい「入れ墨」を見ながら育った。
 なぜ母親が死ぬ間際、自分の遺灰を故郷の梅園部落に葬ってほしいと私に託したのか?
 偶然、友人の家である一枚の写真に出会った。台湾を侵略した日本兵が、タイヤル族の抗日勇士の頭を切り落とすその写真を見たとき、彼女は全身に鳥肌が立ち、熱い涙を流した!
 この時、初めて自分が何者かを悟った。
 私はタイヤル族のチワス アリ !!           案内へ戻る


「つくる会」歴史・公民教科書の採択を許さない6・25逗子集会参加記

 「つくる会」の教科書が採択される可能性が高い地区の一つに挙げられている逗子市で反対集会があると聞いたので参加してきました。集会参加者は約五十名ほどでした。
 最初に、「戦争と排外主義を煽る『つくる会』教科書」という在日の方の講演がありました。この講演の中で、在日としての生活から味わってきた民族差別を語り、今回A級戦犯の分祀の拒否に関連し、靖国神社が、極東国際軍事裁判(東京裁判)で有罪判決を受けたA級戦犯の戦争責任について「受刑者は、国内において犯罪者とは見なされていなかった」との見解を示して、一九五三年の遺族援護法改正など国内法を根拠に、彼らが戦争犯罪人ではないと言っていることを批判しました。さらに靖国神社が、東京裁判についても、「裁判が絶対的に正しかったとは言い切れない」と言っていることを指摘した上で、今まで隠されてきた日本のアジア蔑視と侵略戦争に対する無反省を赤裸々に暴露しました。
 続いて学校現場からの報告を現職の社会科教師が行いました。その人は、「つくる会」教科書のコピーを示し、これらの教科書執筆者の問題意識は、現代の日本人は「目標」を見失い「自信」を無くしているのだとの立場から、現代の日本人に欠けている明確な「目標」と「自信」復活させるとの目的をもって、万世一系の天皇を讃え排外主義を煽っているとして、極めて具体的かつリアルにこれら二つの教科書の問題点を批判的に解説しました。その他会場の四名の人が決意表明をしました。集会後は逗子市役所までのデモを行いました。
 参考のために採択された集会アピールを紹介しておきます。    (S)
 
 集会アピール
 逗子市では今、来年度から中学校で使用する教科書に「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書と公民教科書が採択されるのではないかと危ぶまれています。
 「つくる会」の歴史教科書は、韓国併合が「日本の安全と権益を確保するため」とか、また、中国侵略は「日本の安全と権益がおびやかされていた」からなどと、2000万人に及ぶアジアの人々を虐殺した侵略戦争を、日本が生き残るために必要だったと主張しています。さらに、日本が行った侵略戦争を「アジアの解放に役立った」とし、歴史の事実をねじ曲げ、戦争を賛美するものになっています。
 戦争の加害や被害の事実、戦争の残虐さや悲惨さを消し去り、アジア民衆の膨大な被害だけではなく、ヒロシマ、ナガサキ、沖縄戦、東京大空襲など日本の民衆が受けた被害さえ何も語っていません。
 「つくる会」教科書は、単に過去の侵略戦争を賛美しているだけではありません。公民教科書では、明治憲法をほめたたえる一方で、現行憲法の柱である主権在民、平和主義、基本的人権を否定し、現行憲法を「世界最古の憲法」などと揶揄し改憲が当然であるかのように誘導しています。そのうえ自衛隊のイラク派兵と占領軍参加や、北朝鮮・中国を名指しした日米の新たな軍事政策をも正当化しています。いま進行しているイラク戦争、そしてこれから起こされるであろう日米軍事協力の戦争に子どもたちを動員していくため、「国益のための戦争は正義」「国のために命を投げ出せ」と教え込もうとする政治的意図に貫かれた教科書です。
 中国・韓国の労働者・市民が「反日デモ」に立ち上がった背景には、日米両政府が朝鮮半島・台湾への軍事介入を想定した米陸軍司令部の日本移転や、小泉政権が憲法の改悪を準備し、戦争を賛美する「つくる会」教科書の検定を通過させるなど、日本が「戦争をする国」に向かっていることにあります。
 「つくる会」教科書の採択を阻止することは、日本が再び「戦争をする国」になることを許さず、朝鮮・中国・アジアの労働者・市民との国際連帯を築くたたかいでもあります。
 子どもたちを戦争に駆り出す「つくる会」教科書を、絶対子どもたちに渡してはなりません。みんなで「つくる会」教科書の採択に反対する声をあげましょう。      2005年6月25日
             戦争を賛美する教科書の採択を許さない 6・25逗子集会参加者一同


コラムの窓
 だまされるな!憲法改悪で何一つ良いことなし!


 改憲へ向けての動きが早まっています。自民党内の新憲法起草委員会が試案のもとになる「要綱」を発表するなど、活発化し、来年5月には、国会の憲法調査会が報告書をとりまとめるし、 自民党は来年11月の党創立50年までに、民主党は憲法公布60年の06年までに党独自の改正案をまとめるとしています。
 改正案の中心は、戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認を掲げた9条や天皇の元首化問題、基本的人権問題や生存権、等々であるが、重要課題としては、今まで、「解釈改憲」でごまかしながらやってきた軍隊=自衛隊の保持と軍拡を、現実にそぐわないとして、名実とともに、軍拡と軍隊の保持・戦争のできる国家作りを明文化し、公然と行うことを目指すものである。
 「国際法」では「自衛」のための戦争は認められているとして、その為の戦力保持は当たり前と言うが、資本主義現代社会の戦争とはまさしく「帝国主義」戦争、利潤追求の領土=市場獲得・争奪戦争であり、帝国主義的侵略国からの民族独立・解放戦争である。
 戦争の原因はまさしく資本主義現代社会・体制故に起こるのであり、米国によるフセイン政権への「ならず者達」からの「自衛的・解放」というイラク戦争もこうした背景があったからで、「自衛」とはまさしく口実にすぎないものなのだ。
 小泉首相が、軍国主義のシンボルたる靖国神社参拝を「不戦・平和への誓い」として続けるのも、日本のアジアへの侵略戦争を「アジア諸国の独立を促す」正義の戦争であったかのように描き、竹島問題、慰安婦、強制連行等で韓国や中国の人々の神経を逆なでする「つくる会」の教科書を合格させたり、愛国心教育を強めるために教育基本法の改悪をやろうとすることも、財界=独占資本や自衛隊制服組幹部、国防議員等々の軍国主義的要求を正当化する布石であり、隠れ蓑である。
 今日の日本社会は、深刻化する不況・経済不安を抱え、富める者と貧しき者の国民格差は広がり、国は何百兆円もの赤字を抱え、社会の矛盾がいたるところで溢れている。
 憲法改正はこうした社会の矛盾から目をそらし、政権支配の継続をはかる為のものであり、私たち勤労市民にとっては、軍隊への徴用・軍事訓練、基本的人権の制限、増税等々、何一つまともなものはない。(光)    案内へ戻る


根津公子さんの抗議文と校門前での闘い―私たちはこの停職者の闘いを支持する

 ここで今回停職処分となった教職員の意気軒昂な闘いぶりを紹介する。ここに貼り付けた記事は、レーバーネットから取ったものです。

 皆様(転送歓迎です)
 根津公子です。都庁記者クラブに行き、夜記者会見を緊急でしてもらって帰り、パソコンに向かったのですが、皆さんに送信する段になって、突然画面が消え、打ったものすべてがなくなってしまいました。この時間ですので簡単に報告します。
入学式の「君が代」不起立で都教委は私を明日28日から1ヶ月の停職処分に処しました。石原・横山は先月の北九州ココロ裁判の判決など、どこ吹く風、どこまでも突っ走ると、再度宣言したかのような暴挙・愚挙に出ました。
 卒業式ではいろいろなことがあって私は、「君が代」の途中から着席したことは以前お伝えしましたが、そのとき、そうしてしまったことへの後悔と、2度とこんなこと私にはできないとの思いを持ちました。そして、定年まで6年間に使えるカードの枚数を数えるのはもうやめよう、私の気持ちに正直に不服従をしよう、そうすることで私の教員としての生き方を子どもたちに示すことができたらいいなと、ごく自然に考えるようになりました。そして、決意しました。ですから今回の停職は当然予想していたことです。
 入学式の時から私は校長に、「都教委は私を停職にするだろうけれど、私は毎日学校に来るからね。朝から夕方まで。校長は教育委員会から命じられて私を排除するだろうけれど、学校の敷地1cm外にいる私を退去させることはできないよね」と言ってあります。 来週30日(月)はもともと調布中への見せしめ異動裁判が朝から1日予定されていて、すでに休暇申請をしています。ですから、31日に学校に行きます。今日、処分書を受け取った後、校長に、「子どもたちに対して校長は私のことをきちんと話さなければならないですよね」と言っておきました。私は締め出された、たぶん校門前公道で生徒たちに私の言葉で話をしていこうと考えています。1ヶ月間たっぷり時間はありますから。都教委の私に対する仕打ちを見て、子どもたちがいまを考えるきっかけになったらいいなと思います。そんなわけで毎日二中の門の前にいることになると思います。時々は都教委にも抗議に行きますが。とりあえずのご報告とお願いです。
 処分書を受け取る前に「心して聞きなさい」と言って私が読み上げはじめた、しかし、風邪を引いて声がれした私の声をかき消す声で都教委の役人が処分書を読み上げたので、途中から聞こえなくされてしまった抗議文を添付します。
       2005年5月27日            東京都教育委員会御中          立川市立立川第二中学校教諭 根津公子

「君が代」処分に抗議する

 本日2005年5月27日、東京都教育委員会(以下、都教委)は入学式における「君が代」斉唱時に起立しなかったとして私を停職1月処分に処した。この暴挙に強く抗議する。
 1989年当事の文部省が学習指導要領に「日の丸・君が代」を持ち込んで以降その強制を年々強め、都教委は2003年、いわゆる10・23通達を出し、反対意見を処分で脅し封じ、徹底した「君が代」服従を教員に、そして教員を通して子どもたちに強いてきた。
 教育は「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成」を期し、「学問の自由を尊重して」行うべきものであって、教育行政が「不当な介入に服してはならない」と教育基本法は謳っている。教育として「日の丸・君が代」を取り扱うならば、学校・教員はこれらについて子どもたちが考え判断できるよう資料を提示し、学習する機会を作るとともに、その上で子どもたちが自らの意思で行為を選択することを保障しなければならない。それが軍国主義教育の反省から生れた、教育基本法の示す教育行為である。
 然るに、都教委が強行する、子どもたちに一つの価値観を押し付ける「君が代斉唱」行為は非教育・反教育行為であり、教育基本法に違反する行為である。それは調教と呼ぶべきものである。
 そのような理不尽なことに、私は従えない。職務命令を濫発されても従わない。それは、教育基本法を順守し、軍国主義、国家主義教育に加担しないと誓った私の教員としての職責であり、選択である。私は、私の生き方を子どもたちに示すことで教育に責任を持つ。だから、都教委が叩いても私は立ち上がる。意を同じくする人たちとともに闘う。
 都教委の役人の方々よ、世界に目を向けよ。圧政に命を堵して闘っている人々がいることをあなた方は知っているだろうか。圧力をかければ、誰もが服従するのではないことを学ぶとよい。
 都教委の「君が代」処分に抗議するとともに、併せて、闘いつづけることを宣言する。                     以上

停職「出勤」1日目

 根津公子です。今日の報告です。転送可です。
5月31日停職「出勤」第1日目。朝職員室に行き、私の気持ちを書いた手紙を同僚たちの机上に配り、職員打ち合わせの時に発言をした。その後校長が「学校の敷地内からは出て行ってもらわなくては困る」と言う。「私は悪いことはしていない。仕事をしたい。処分は不当。だから、出て行く気持ちはまったくない」と告げ、しかし、意に反して校門外に出ることにした。
カレンダーの裏に「『君が代』斉唱で起立しないからと、1月停職処分! ・私が起立しなかったことで迷惑を受けた人はいますか? ・私はまちがっていると思うことには、命令でもしたがえないのです」と書き、プラカードにして座っていた。下校時刻までは行きかう人と話したりし、それはそれで面白かった。3時40分ころから下校が始まった。生徒はなぜ、私が校門外にいるかにわかには理解できず、訊いてくる。ひとしきり話をして1グループが引き上げると、途切れることなく、次のグループがやってくる。5時過ぎまで途切れることなく、にわか仕立ての意見交流会となった。「石原知事からひどいことをされても、正しいことをする先生を尊敬します。私もそう生きたい」なんて、言ってくれる生徒までいて、とってもエネルギーをもらった。私の受けた停職処分が、生徒たちが考えるきっかけになってくれればいいなと漠然と思っていたけれど、十分受け止めてもらえて、最高!! とっても充実した1日でした。

停職「出勤」報告2

「処分を取り消し、学校に戻せ!」と要求し校門前に立って今日で4日が経ちました。道行く人がいろいろに声をかけていきます。ご近所にお住まいというお年寄りの女性2人と男性1人とは親しくなりました。この3人の方たちどなたもが、「戦争中のものの言えない時代に戻るようで本当に恐ろしい」とおっしゃいます。お一人は、全身から水分が蒸散していくほど日差しの強かった1日にジュースを差し入れてくださいました。とってもおいしく、小さい水筒の用意しかなかった時だったので、救われました。翌日からは大きな水筒を持参しています。
はじめは生徒たちのかなりが下校時に、「なぜ立たないと処分なの?」「誰が処分をしたの?」「生活どうするの?」「君が代って天皇の歌なんでしょ?」等々、質問してきました。そして昨日今日辺りは、「体大丈夫?」と気にしてくれたりしています。「先生がんばって!」と毎日行ってくれる生徒もたくさんいます。新聞をよく読むというある生徒は、「大勢の先生たちが君が代に反対の考えを持っているのに、実際に行動に移す先生はなかなかいない。だから先生は偉い」と言ってくれました。とっても勇気づけられています。生徒から与えられる力は百人力です。
 また、「なぜそんなに抵抗するんだろう?」「何で立てないの?」と不思議いっぱいの生徒もいるでしょうね。なぜ?を大きく膨らませ、今の社会を、人の生き方を考える一つの材料にしていってくれたら、と思います。
 よく日本人は、「指示待ち人間」「自分の意見を言わない」などと評されますが、子どものときに情報から遠ざけられ、考える機会を奪われていて、大人になって意見を求められても、できるものではないと思います。個人の意思決定を大事にする国では、家庭教育、学校教育段階で子どもたちに、政治的・社会的問題を当たり前に投げかけている点、大いに学びたいですね。
 お一人から、「子どもを刺激するな」という苦情をいただきました。処罰された一教員が校門前に立っていることで、生徒たちは動揺などしないと思います。私は、泣き寝入りせずに、私に起きた社会問題を明らかにしただけのことです。それは憲法で保障された行為だと思います。でも、苦情をお持ちの方ともぜひ意見交換をしたいと思っています。
 私は生徒たちからエネルギーをもらい、とっても元気です。

停職「出勤」報告3

 昨日で2週間が経ちました。帽子も日傘も使っているのにしっかり日焼けし、夏のバカンスが終わったような色をしています。生徒にまで、「歳なんだから、気をつけてよ」と言われていますが、元気ですので、ご心配なく。こんな時、頑強な体でよかった!と感謝します。昨日は雨模様。「先生、雨大丈夫?」と気遣い声をかけてくれる生徒の優しさに励まされました。
 9日は立川市役所入り口でハンドマイクを持って訴えをし、友人に手伝ってもらってチラシを撒きました。外でマイクを持ったのは、私には初体験のこと。不安でしたが、立川市庁舎、とりわけ市教育委員会で働く人たちに聞いてほしいという強い思いから、話すことは次から次に出てきました。「応援します」「頑張ってください」と声をかけてくださる職員の方が何人もいました。きっと、教育委員会の職員の方の中にも、都教委に追随した市教委の教育行政をおかしい!と感じている方はかなりいらっしゃるんでしょうね。
 「都教委がやっていることは個人的には問題を感じている」。これは、近隣の市教委の役職にある人が市民との話し合いの場で漏らしたということばですが、役職にあるなしに関わらず、このようなことばを教育行政に携わる人から聞くことが最近はかなりあります。教員たちも、職員会議では発言しないけれど、個人的には問題を感じていることはわかります。数年前あるいは10年前まで教員は、職員会議で激しく議論してきたのですから。
 ことは酷くなる一方なのですから、教育行政、教育現場にいて疑問を感じている人たちは黙っていないで、一言でも発言してほしい。学校が上意下達で支配されて一番の被害者が子どもたちであることは、歴史が証明していることです。外堀が滅茶苦茶に崩されて、教室だけで子どもたちを守ることはできないのですから。
ところで、この情宣をしていたところ、市教委教職員課長が「マイクで言うのはやめろ!」と血相を変えて怒鳴ってきました。当然法で認められた行為だと思いましたから私は、「なぜマイクはいけないのですか?根拠となる法や条例を提示してください」と言いました。すると「今、ここにはない」と言って、引き返していきました。しばらくすると、同じ部署内の職員が遠くから私をカメラに収めていることに気づきました。すぐに追いかけ、名前を確認し、その後、撮ったデジカメのメモリーカードを引き渡してもらいました。私に責任はまったくないけれど、替わりに新品を買って渡しました。出費は1700円。職員課長には改めて、禁止の根拠となる法令を尋ねましたが、「今のところ見つからない(もしくは、探せない)」とのことでした。彼らは法を超え、権力を持つ者のおごりで確かめもせず動いたのか、と思いました。
 関東地方は昨日、梅雨入りをしたとか。市教委が校長を介し、「(校門前の)敷地に入るな」と言って来たので、今週から歩道に座っています。雨の日には1日中車が渋滞し、私の目の前で排気ガスを出しています。きつい臭いがつらく、高速道路の料金所で働く労
働者や、有害物質と隣りあわせで働く労働者の大変さを想います。

停職「出勤」報告4をお送りします。

 転送可です(海外に転送してくださる方もいらして、海外からのメールもいただいています。世界中の人に、日本の、東京の教育の異常さを知っていただきたいので、転送していただけるのはありがたいです)。
 停職処分発令から今日(6月17日)で3週間。悪いことなどまったくしていないのだから、私は仕事をしたい、授業をしたいと、一人「出勤」している、ただそれだけのことに対し、今週は停職「出勤」報告を読まれて遠くから何人もの方が校門前に私を訪ねてくださいました。クラクションで軽く合図をして下さる方、毎日挨拶を交わす方、いろいろな出会いを楽しませていただいています。今週も2日間は雨でした。でも、Tさんからゴアテックスという合羽とズボンを校門前でプレゼントされて、さっそく着たところ、雨はしっかりはじいてしかも通気性が抜群。すっかり気に入りました。何と言ってもうれしいのは、生徒からの有形、無形のプレゼント。修学旅行のお土産、処分に対する抗議と励ましのアピールを書いた色紙、優しいことばなどなど。本当に幸せです。週末の今日一番多くもらった言葉は、「先生、あと何日?」「早く戻って来てよ(来いよ)」でした。毎日毎日うれしいことや、新しい出会いなどあって、処分にははらわたが煮えくり返りますが、意味ある非日常を送っています。
 17日の訪問者のお一人を紹介します。小学校の教員をされている韓国の女性で、今年の4月から1年留学中のTさんです。メールで私のことを知られ、ご自分のことと重なって駆けつけてくださったとのこと。彼女は、1980年に教員になり弾圧下にあって子どもにとってのよい教育と労働環境の改善のために主張し、行動してこられた。韓国ではこの頃、労働組合活動は非合法。その中で闘い、1989年に解雇される。一人、また一人と全部で1000何百人の教員が解雇され、しかし、学校からは締め出されても諦めることなく闘い続け、学校の中の人たちに働きかけ、中と外とで結びつき、全国にまたがって活動をしてこられた。10年後、金大中政権になって復職する道が拓かれたことを私もニュースで聞いたことはありましたが、彼女はその一人。職場復帰をし、現在に至ります。
 彼女(たち)に対する教育省の攻撃の仕方は日本のいまと、私が受けた攻撃とまったく同じです。解雇のために保護者が使われる。利用された保護者たちが校門前で「Tを辞めさせろ」とデモを繰り広げたと言います。転任して直後、まだ授業をしていないうちから教育省に「教え方がおかしい」と保護者からの「苦情」が届く。同僚たちが、自分の身を守るために黙り、変容していったという話。また、今でも転任後、同僚からはしばらく一緒に仕事をしてから、「聞かされていたTさんとはぜんぜん違う」と言われることもしばしばだそうです。 私には、多摩中で、嘘八百を言う校長が開催した根津糾弾のための緊急保護者会とその中で利用された保護者たちの姿がぴったり重なりました。着任と同時に「教育委員会に楯突く困った先生」と保護者たちに流されていたことも同じでした。どこの同僚からも、「とんでもないやつが来る、と聞いていたのよ」と明かされたこともまた同じ。権力者もさらにひどい管理・支配をたくらんで、時代を超え、国を超えて学んでいることがわかります。
 でも、学び方は、権力者とは逆ですが、私たちも同じですね。非合法時代、彼女や韓国の教員たちは、攻撃の中で、石川達三の「人間の壁」に教育労働者としてのあるべき姿を見、灰谷健次郎の「兎の目」に教育観・子どもに対する見方を学び、闘ってこられたとのことでした。
 ひとは何歳になっても変わり得るという実例も聞きました。彼女が解雇される前のことです。その職場には彼女ともう一人、ものを言う若い人がいて、校長・教育省は彼女たち二人の監視・指導を年配の教員にさせたのだそうです。しかし、教育省らの思惑に反し、その老教員は彼女たちの教育に対する思いに共感していき、とうとう彼女たちと一緒に行動するに至り、解雇も一緒にされてしまう。だが、老教員は、「それまで気づかずに来たものが見えるようになり幸せだ」と言い、変わられ、現在も一緒に活動されているとのことでした。素敵な話です。ここまでではないけれど、私もこれに近い体験は何度かあります。だから、人はすてきですね。損得なしの人と人との繋がりは宝です。Tさんの訪問はとても有意義でした。お昼ご飯はTさんがつくって来てくださった韓国海苔巻きをお腹いっぱいいただき、食欲がいつも120%の私は、とても幸せでした。ありがとうTさん!!
 16日の午後は、外国人記者クラブで会見をしました。他にも海外からの取材もいくつかあります。

停職「出勤」報告5

 4週間が過ぎました。残すところあと1日です。
停職「出勤」のことと西原博史さん(早稲田大)たちが出してくださった「研究者抗議声明」について朝日朝刊が22日(水)23日(木)に報じました。東京多摩版の22日の記事は、asahikom掲載のものの半分もありませんでした。新聞では下線部がカットされていました。

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「君が代」不起立で停職の中学教諭、正門前で連日の抗議
2005年06月21日11時22分
 今春の入学式で「君が代」斉唱時に起立しなかったとして、5月末に停職1カ月の処分を受けた東京都立川市の中学教諭が連日、朝から夕方まで学校の正門前で、処分の不当性を訴えている。約120人の研究者も21日、「処分は憲法などに違反する」とする抗議声明を発表した。
 抗議しているのは、立川市立立川二中の家庭科教諭、根津公子さん(54)。都教委が教職員に君が代斉唱時の起立を義務づけた03年秋以降、停職処分を受けた初めてのケース。根津さんを含めて公立学校教職員10人が懲戒処分を受けた。
 今回の停職処分後、根津さんは5月31日からほぼ毎日、「私が起立しなかったことで迷惑を受けた人はいますか?」「私はまちがっていると思うことには、命令でもしたがえないのです」と書いたプラカードを置いて、朝の通学時から夕方の下校時まで正門前で座り込みを続けている。
 こうした根津さんの行動への反応も様々だ。「子どもがおびえている」という親からの批判的な反応がある一方、下校時には次々に生徒が駆け寄り、「先生、頑張って」「うちのおやじも応援しているよ」と励ます姿があった。
 根津さんは話しかけてきた生徒たちに「時代によって常識は変わる。あと何十年かしたら、この処分もおかしいということになっているかもしれないわよ」と話す。
 根津さんらの処分に対し、堀尾輝久・東大名誉教授(教育学)や西原博史・早稲田大教授(憲法学)ら研究者122人が抗議声明を発表。「個々の職員に起立・斉唱するよう職務命令を発し、その違反を理由に処分することは憲法と教育基本法に違反する」とする声明を発表。22日にも都教委を訪ね、手渡すという。
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 今週は、新聞をご覧になって二中の校門前に訪ねていらした方が3人。お一人は、戦争で友人は皆殺されたというご年配の方。「あの時と今はまったく同じです。じっとしていられなくて、何ができるわけでもないけれど、来ました」とおっしゃる。また、ご近所の匿名の方は、「通るたびに涙が出ます」と書かれたメモにはさんでカンパをくださった。今週は、「今までも声をかけようかと思っていたんだけれど」と前置きして声をかけてくださるご近所の方が何人もいらっしゃいました。職場の休憩時間に自転車を走らせてお茶や氷を持ってきてくださる方。メールや口コミでいらした方、早く行かないと終わってしまうからと駆けつけてくださった方。木、金曜日は一人になることがありませんでした。
 また、メールやお手紙等、たくさんの心ある方からいただきました。多くの人との出会いがあり、人と人とがつながっていることを実感し、心があったかくなります。ほかの人が緊急事態に置かれたとき、果たして私は何かできるだろうか・・・?と思わずにはいられません。人と人がつながって豊かに暮らすことを感じる毎日でした。
 生徒たちからは常に励まされ続けました。何にも替えがたいことです。金曜日の帰りには、「あと1日だね!」「来週は来るでしょ?!」「授業待っているよ」と大勢が言ってくれました。ありがたいことです。
 私は今、扶養家族がいるわけではなく、自分の食べることだけを考えればいい立場にあることも手伝って、理不尽な命令にはこれからも従わないと決めました。教員だから公務員だからなおのこと、国民主権と平和主義を謳った日本国憲法や教育の条理を大事にした教育基本法に違反する、理のない職務命令には従えません。そこで選択した「不起立」であり、停職「出勤」でした。できることなら、学校内に入れない私の姿から生徒たちが何かを感じ、考えるきっかけにしてくれたらいいなと思っていました。そう考えての行動、ただそれだけでしたが、この4週間に私が受けたプレゼントの大きなことと言ったら・・・。みなさん、ありがとうございました。
 最終日の月曜日はプラカードに道行く方、ご近所の方へのお礼を書いて、座ります。28日からの授業を考えながら。     (6月25日記す)

研究者122人の抗議声明を添付します。

2005年4月の入学式における不起立者に対する処分に抗議する研究者声明

 東京都教育委員会は、2004年中の248名、2005年3月卒業式に関わる52名に加えて、2005年5月27日、2005年の入学式において「国歌斉唱」の際起立しなかった9 名の教員と、「君が代」の伴奏を拒否した1名の教員を処分しました。その中でも、特に、東京都立川市立立川第二中学校教諭根津公子さんに対しては、停職一ヶ月という非常に重い処分が加えられました。わたしたちは、「国歌斉唱」時に着席したことを理由に「停職」という非常に厳しい処分が行われたことについて、正直驚きを禁じ得ません。
 今回の処分は、教員が起立をしないならば、最終的には「免職」にまで至るという東京都教育委員会の意志を、明確に示しました。しかし、そもそも、「国歌斉唱」の際、教員に対して職務命令を出して起立させることは、憲法および教育基本法に照らして、違法としか考えられません。したがって、違法な職務命令に法的義務は発生せず、それが繰り返されたからといって、「停職」や「免職」に至るはずはありません。
 自由で民主的な社会において、教育という営みは、その受け手である子どもが、自律的に思考する力を獲得するために行われるべきものです。この原理は、憲法 13条の個人の尊重、19条の思想良心の自由、26条の教育を受ける権利などによって、子どもに保障されています。教育の目的として「人格の完成」を掲げ、教育に対する「不当な支配」を禁じる教育基本法は、日本国憲法が想定する自由で民主的な社会における教育のあり方を具体化したものです。この原理は、旭川学力テスト最高裁判決において、国は「子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介入」を行うことができないと判示された通りです。
 以上のような憲法と教育基本法の理念に照らすならば、学習指導要領に基づいて、「国旗を掲揚し、国歌を斉唱するよう指導」することには限界があるはずです。学習指導要領は文部科学省の「告示」であり、旭川事件において最高裁が示したように「大綱的基準」にすぎません。個々の教員に対して起立・斉唱の職務命令を発して、その違反に対して戒告・減給・停職・免職という処分を行うことは、教員を利用することによって、子どもたちを特定の価値に従わせることを目的とするものであり、日本国憲法および教育基本法に違反し、教育委員会が有する権限の範囲を著しく逸脱することは明らかです。
 東京都教育委員会は、今回の処分によって、教員と子どもたちに対して、「日の丸・君が代」に恭順を示さない者は許さないという、強烈なメッセージを発しました。この処分は、子どもたちを「指導」するために行われているのであり、すでに子どもたちへの直接の強制は作動しているものと考えられます。
 処分を受けた10人の教員は、このような状況を未然に防ぐために、職をかけて抵抗を試みたものと考えられます。わたしたちは、このような教員の抵抗は、「信用失墜行為」どころか、東京都教育委員会の違法行為を社会に訴え、それを是正するために行われた正当な行為であると高く評価します。
 わたしたち研究者は、「不起立」を貫いた10人の教員の勇気に敬意を表すとともに、彼らとともに、法を回復するために力を尽くすことが、わたしたちに課された社会的責任であると自覚します。それゆえ、彼らに対して「停職」を含む厳しい処分を行うことによって、日本国憲法と教育基本法に違反し、あるべき教育から逸脱を続ける東京都教育委員会の行為に強く抗議し、10.23通達に基づくすべての処分を撤回することを要求します。    2005年6月22日   署名者122名       案内へ戻る


裁判で敗訴しても抵抗勢力はつぶす―東京都教育委員会の蛮行と狙い

初めての停職処分

 東京都教育委員会は、学校行事での君が代斉唱をめぐって、昨年二月以降、昨年卒業式に関しての処分者二百四十八人、今春卒業式五十四名の計二百九十六人を減給や戒告処分としてきた。
 五月二十七日、この四月に行われた入学式で、校長の職務命令に従わず君が代斉唱の際に起立しなかったとして、立川市立中学の教員一人を停職一カ月としたほか、都立高校の教員三人を減給十分の一、一カ月、高校教員五人を戒告の懲戒処分とした。さらに君が代のピアノ伴奏を拒否した都立高校の教員一人も戒告とした。
 停職処分は今回初めて出された。この中学校教員は、これまでに信用失墜行為や職務命令違反などで減給三回、文書訓告二回を受けていたため、重い処分となったと説明された。
 この処分に関連して、被処分者、「日の丸・君が代」不当処分撤回を求める被処分者の会、被解雇者の会、予防訴訟をすすめる会などが都教委に抗議し、処分撤回を求めている。
 このような東京都教育委員会の蛮行には怒りを禁じ得ないが、彼らの狙いが、裁判で敗訴が確定してもいいから、その前に抵抗勢力はつぶすことにあることは全く明らかなことである。
 この背景にある東京都教委の「一〇・二三通達」が、そもそも憲法の思想・良心の自由を侵害し、戦後の法体系そのものや教育法制に真っ向から対立するものであることは全く明らかであり、このような治外法権的行政行為が、日本の首都東京で平気でまかり通ること自体、法治国家日本にあるまじき事であることは、既に多くの憲法学者や異議申立者によっても明確に表明されている。東京都の教育官僚の破廉恥ぶりは私たちの想像を絶しているのである。
 全く天皇園遊会での異様な発言で知られる米長教育委員といい、民主政体のなんたるかを知らない独断専行の石原都知事の腹心であるトップの横山教育長といい、彼らが人格的にも、そもそも青少年の教育に関われるような資質を全く持っていないことは、その言動からも明らかではないだろうか。彼らの情念が全く異様でおどろおどろしい情念に充ち満ちていることはあまりにもはっきりとしているのである。
 ここではそのことと彼らの無知蒙昧を端的に暴露する。
 皆さんは知っているだろうか。「君が代」処分と二十年間闘ってきて、つい一ヶ月前、勝利判決を勝ち取った北九州ココロ裁判原告団の存在を。参考のために今回の処分について直ちに出された彼ら原告団の声明を紹介しておきたい。傾聴に値する北九州ココロ裁判原告団の力強い声明ではないか。        (直記彬)

資料―停職一ヶ月処分をはじめとする東京都教委の「蛮行」に抗議する

 去る五月二十七日東京都教育委員会は、二〇〇五年度入学式の「君が代」斉唱時にただ黙って座っていたことのみをもって、停職一ヶ月処分という前代未聞の処分という名の「蛮行」を行った。このことは、裏を返せば二〇〇三年の都教委通達「一〇・二三通達」以降、周年行事・卒業式・入学式における一連の都教委の「指導」が徹底せず、明らかな暴挙であったことを自ら認める愚挙に他ならない。また、入学式という場でたった四十秒間の「君が代」斉唱時に、たった一人の教職員が黙って座っているということが、東京都教委にとってどれほどの脅威であるのかということを暴露したに過ぎず、都教委はますます常軌を逸し、行政としての冷静な対応をなくしているとしか言いようがない。
 私たち北九州市で二十年来「君が代」処分と抗ってきた原告たちは、本処分の一ヶ月前に福岡地方裁判所において、「減給処分取消」の判決を勝ち取り、また北九州市教委のなしてきた「四点指導」が教育基本法十条一項違反「行政による不当な支配」であるとの判示を勝ち取ったものである。判決のみならず、北九州市教委のなしてきた「君が代」処分が過ちであったことは、すでに現場において「君が代」を歌えない教職員に対して、校長は自らの保身から「席を外す」ことを「お願い」し、処分を避けることに必死となっているのが現状である。東京都においても、この二年間になされた三百数十名かに及ぶ処分について、裁判及び人事委員会において係争中である。また、再雇用「不採用」教員や刑事弾圧についても果敢に係争されている。都教委の「一〇・二三通達」が憲法の思想良心の自由を侵害し、戦後の教育法制に真っ向から対立するものであることは火を見るより明らかであり、このような治外法権的行政行為がまかりとおるはずがないことは、既に多くの異議申立者によって表明されている。
 権力や弾圧によって人間を黙らせ、動かしていくことを求めるならば、自ら考え生きる人間が生まれ育つはずもない。思想良心という個人の精神的自由に関わる問題について、脅しや力での押さえつけは無効なことを、都教委も身をもって知るときがくるであろう。
 東京都教委がまだ「教育」が人を育てるものであるとの認識を持つのであれば、即刻このような蛮行を止め、今回の停職一ヶ月をはじめこれまでの「君が代」処分を撤回することを求める。また、同様の行為に対して単純に処分を累積した結果としての停職一ヶ月処分は、被処分者にとって最大の人権侵害であり絶対に許されるものではなく、このようなでたらめな決定をなした都教委教育委員をはじめとする本処分に加担した者は即刻解任されるべきである。 以上 北九州ココロ裁判原告団


〈商品生産の揚棄〉を考えるD −− 「単一の協同組合論」「一国一工場論」を素材として−−

5)協議・調整経済システム

 資本主義社会では、それは基本的には市場に左右されるのに対して、協同組合的社会では、個々の協同組合の計画とそれを持ち寄ってなされる協議・調整の繰り返しによって確保される。国分氏などは、そうした協議・調整の過程で、そうした機能を果たす機関が、個々の協同組合から自立し、固定化するのは避けられないという。たしかにマルクスも国家が経済機関に解消されるとか、簿記の重要性について語っている。マルクスも何らかの協議・調整機関を想定していたと受け取れるのは確かだ。しかしそれらの協議・調整機関が自立化、固定化することはない。
 第一は、協同組合的社会は個々の協同組合、個々の労働者=生産者による所有・管理・労働という「当事者主権」が打ち立てられることによって協同組合的社会になるからだ。当然のこととして協議・調整機関も、基本的には個々の協同組合によって発議され、それらの協同組合から派遣された代理人によっておこなわれ、それらの代理人の「受け取り分」=「労働証明書」は、国家から支給されるのではなくて個々の協同組合、あるいは協同組合社会の共同のプールの中から支給されるからだ。(「派遣」原理については別途検討したい)。これとは逆に、ソ連の計画経済を受け持ったゴスプランでは、議長は最高会議幹部会に任命され、計画そのものも上意下達方式のものだった。工場などでの労働者の経営権は、徐々に剥奪されていったことはすでに指摘したとおりだ。
 それに、協議・調整というのは何も一つの場に集まらなくては出来ないことでも、また恒常的な機関の設置が不可欠なわけでもない。インターネットなどのシステム上でも多くの部分が可能になっているだろう。しかもそれらの協議・調整の場では、企業秘密など無くなっているわけだから当然のこととして公開されたものになる。何も特定の専門家でなくては出来ないことはない。
 第二は、社会的な生産果実を共通に占有する社会では、個々の協同組合の生産の目的は利潤追求ではなく、共同的な社会の成員の同等な豊かな生活を目的に行われるようになるからだ。自立化、固定化は、生産果実の多くの部分を株主や経営者など一部の特権的な人が独占しており、個々人は自分自身の取り分を最大にしようとの動機の下で行われている、という土台の上で初めて起こる現象だからだ。前出のDで「この対立は、たとえば労働時間の短縮を、全員が6時間労働するようになる、というように表わすのではなく、6人が15時間労働すれば20人を養うのに足りるようになる、というように表わすのである。」という記述は、生産の目的や成り立ちが転換していることを端的に示している。

6)倒産・失業に変わって労働時間が短縮される

 次に、個々の協同組合の競争や、その中の一部の倒産・失業という可能性を考えてみたい。
 すでに触れたように、協同組合的社会での社会的な生産は、相互に利害が対立するような独立した、排他的な関係ではなくなっている。競争ということについても、最大利潤を求める競争関係はなくなり、生産性の向上が超過利潤を得ることもない。それは労働時間の短縮をもたらすだけだ。だから個々の協同組合とその構成員の意に反した倒産・失業というのは原理的にはなくなっている。
 たとえば工場や機械の性能などの違いによって労働生産性が低い協同組合工場の場合は、社会的な再生産基金の中から順番に応じて新しい工場設備に置き換えられるだろう。特定の産業分野が過剰であったり過小であるのが分かれば、それは市場を通じた価格変動や恐慌によって調整されるのではない。それは日常的な協議・調整の中で、直接的に新たな産業分野に転換するか、あるいは他から転換させるかのいずれかになる。
 そういう社会であれば、倒産や失業などは基本的になくなっていることは以上のことでも明らかだと思う。が、たとえばある人が別の地域に移住したいと考えた場合はどうなるのだろうか。その場合は、協同組合に対する「持ち分」を引き出し、それを携えて新しい協同組合に移動する、ということになるのだろうか。実際にはそうはならないだろう。
 すでに触れたように、協同組合的社会では個々の共同組合員は、自分が所属する協同組合の設備などだけを共同で占有しているということではない。協同組合的社会全体の生産果実を共通に占有していることによって、社会全体の共同占有を実現しているのである。だから原理的には社会全体の協同組合に対する社会的な占有者の一員として、協同組合的社会のすべての工場・職場の共同占有者として関わっているのである。そうした社会では、個々の協同組合員は、そうした共同占有の法的表現、権利関係の概念である共同占有権を持っていることになる。だから組合員が移転するときは、個々の「持ち分」を持参する必要などはなく、ただ協同組合の共同占有者としての当然の権利を根拠として、新しい地域の協同組合で働くことが出来るようになるだろう。

6)ホームセンター、食品スーパーは存続する

 協同組合的社会になるからと言って、現代での生活形式が全く変わるということはないだろう。一つの社会が維持されている限り、人々の生産活動と消費活動は継続する。ただしその意味内容は様変わりするだろう。
 協同組合的社会の消費生活を推察することが許されるとすれば、すれはすでに現在の資本主義社会で生まれているスタイルとそう大差はないと思われる。人々の消費は戦前のような配給制とは違って、現在でもそうだが多くの選択肢から好みのものを選択できるだろう。マイホーム(そうした住宅形態が存続するかどうかは別として)や車など高額な製品は、今でもそうだが注文生産として、また身の回りの日用品は生活・食品スーパーなどで手に入れることができるだろう。また現在でも増えているが、ネットを活用した注文販売も増えるだろう。コンビニのPOSシステムなど、人々の消費動向は現時点でもかなり正確に把握できている。公開され、日々更新される生産、消費動向をふまえた生産活動も可能になる。利潤最大化原理で生産活動がおこなわれるギャンブル経済ではない協同組合的社会では、生産は「結果的」にではなく、「直接的」に消費を満たすために行われるようになるからだ。
 ただしそうした形だけは現在の社会とさほど違わない社会も、その内実は激変しているだろう。「所得」の違いを背景としてつくられる高級店や大衆店などの区別もなくなり、人々の消費生活は、ただ個々人の個性による違いだけが残ることになる。個性はアソシエーション社会でこそ、花開くのである。

 かつての一時期、社会主義、共産主義と言えば個人の所有は取り上げられ、すべて国有財産にされる等という議論があった。これも形と内実を混同する見解から言われたことだった。今回は触れなかったが、協同組合的社会での社会的な生産についても、その組織、機関の形としては現在とそれほどの違いはないと思われる。ただしその性格や実態は様変わりしているだろう。こうしたことについて、マルクスは言っている。「だから、資本が共有の財産(共同所有)、社会のすべての成員に属する財産(所有)にかえられるとしても、個人の財産(所有)が社会の(所有)財産にかわるわけではない。かわるのは所有の社会的な性格だけである。つまり、所有はその階級的性格を失うのである。」(『共産党宣言』)今後もアソシエーション社会の具体的なあり方について究明していきたい。(廣)     案内へ戻る

介護保険制度の改正法成立
「持続可能な介護保険制度のため」?

●介護保険法の変更事項

 6月22日に介護保険法の改正案が国会を通過した。膨れあがる介護保険財政をどのように抑制していくのか、が今回の「改正」のねらいだと言われる。そのためにとられた方策は大きくは以下の3つに整理される。
 一つは、在宅と施設間のサービス利用の負担を公平にするという名目での、施設入所者の住居費と食費の保険の対象からの除外、原則自己負担化による利用者への負担増の押しつけ、である。
 ふたつ目は、サービス利用を抑制するために介護予防という新しい考え方を導入し、要支援や要介護1などの比較的要介護度の低い人を対象に、「介護予防サービス(新予防給付)」を創設したことである。要介護状態に陥る前の高齢者に対して、「地域支援事業」として、転倒・骨折予防教室や栄養相談、認知症やうつ病の予防の予防などに取り組む。また地域包括支援センターも創設し、介護予防のケアマネジメントや介護を始め高齢者関係の相談窓口となり高齢者虐待にも対応することとなっている。
 第三は、「民間活力」の導入がもたらす弊害の緩和である。このために各事業者には情報公開を徹底させることとしている。また今までは保険者が委託をした居宅介護支援事業者に所属する介護支援専門員が要介護認定の訪問調査を行っていたが、これを廃止し、原則として市町村の職員によって認定調査を行うこととした。介護支援専門員の質の向上のために、介護支援専門員の資格を5年ごとの更新制に改め、更新のための研修を義務づけた。
 
●場当たり的な対応に終始
 
 しかし、このような「改正」では介護保険制度の根本的な改善にはならないと私は考える。そもそも、いま取りざたされている問題はすべて、介護保険制度導入前から指摘されていたことである。、護保険財政が膨れあがりいずれはパンクするだろうということ。介護保険料が高くなり支払いが不可能になる人たちも出てくるだろうということ。利用料も高くなり低所得者にとっては介護保険は利用価値のないものになってくるだろうということ。民間企業の参入がもたらす様々な問題を回避するための情報公開や、場合によっては指定取り消しを行うなどの厳しいチェックシステムを整備することが不可欠であること…等々。案の定、そうした事態が表面化してきたが、これに再び場当たり的に対応しようとしているのが、今回の皆保険法改正ではないだろうか。
 
●ホテルコストの問題点

 厚労省は在宅で生活をしている高齢者と施設入居者のバランスを図る必要があるとの口実で施設入所者の食事代、水道や電気などの光熱費と住居費を原則自己負担とした。これは今年の10月から実施されることになる。ショートシティのサービス利用も原則自己負担となる。
 施設の入所形態を4つに分け、一番高いユニットケアを行っている施設での個室では月に6万円となる。一番安い従来の特養の4人部屋などでは1万円となる。居室費と食費も自己負担になるために、特養に入所して個室で生活する場合には14万円近い利用料が必要になるケースも出てくる。いままで6万円以下の支払いですんでいたものが倍以上の支払いになることだってあり得る。所得や要介護度により利用料は異なるが、一定の所得のある人では個室で13万円強、相部屋だと9万円弱を想定している。低所得者でも個室を利用すると10万円弱、相部屋でも6万円近くかかってしまう。特に夫婦で施設に入所している場合には、年金だけの収入では利用料は支払うことができないこともあり得るのである。また低所得のために個室を希望しない場合でも、入所施設が個室しかない場合は10万円をどうにかして支払うしかないのである。
 施設利用の利用料がアップするのにもかかわらず、その場合のサービスの質の向上の義務づけはないのである。
 これは一見しておかしな事だと思われる。利用者にとっての見返りは、個別のニーズに対応した質の高いサービスとアメニティの完備した住環境の提供ではないだろうか。それらのことは何ら議論されることがなく、在宅の高齢者と比較して不平等であるというのであれば、在宅のサービスをもっと安価で利用しやすいものにすればよいのである。
 言葉に惑わされないで欲しい、在宅サービスの利用料は、多くの無駄を放置しているがために高くなっている面が確かにある。しかしそうして高くなった在宅サービスの利用料を理由に、施設サービスの利用料を引き上げることは本末転倒である。
 介護サービスの質の確保のために施設職員の配置基準をあげることや、職員教育の充実のために利用料が値上がりすることはあり得るだろう。
 しかしザルで水をくむような無駄を何ら見直すことなく、利用料の値上げをはじめ利用者側にばかり負担を押しつける今回のような改正には異議を唱えていく必要がある。誰もが安心して老いることができる介護保険制度のためには、為さねばならない多くのことがある。 (続く)(Y)

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〈何でも紹介欄〉
 インターネットパンフ『共産主義者たちの宣言』の発行のお知らせ


 6月5日、ワーカーズネットの事務局会議において、インターネット上のパンフの発行を確認しました。とりあえず『ワーカーズ』で連載したものから取り上げていくこととし、「年金問題」、「郵政民営化問題」、「アソシエーション論の記事」、「共産党宣言の新訳」の4点を出していくことにしました。これらは、7月中にホームページからダウンロードできるようにします。是非ともご期待下さい。
 この内の3編については、連載をパンフにしたものですので、内容説明の必要はないでしょう。
 そこで、今回初めて公表されることになるワーカーズ・ネットの古典の新訳について、若干の説明を加えておきます。
 パンフとなるのは、従来から、『共産党宣言』と訳されてきたテキストです。
 今回発行されるパンフでは、『共産主義者達の宣言』です。このテキストの持つ意義については、新訳者のまえがきに端的に書かれているので引用します。

 訳者のまえがき―私が所属する「ワーカーズ・ネット」は、マルクス革命理論の核心をアソシエーション革命論と考えている。それは従来の政治革命か社会革命かとのレベルを超えており、両者の密接不可分な関係を大きく包含する革命論である。そして、このアソシエーション革命に関してのマルクスの最良の文献といえば、この著作を以て、理論的にも歴史的にも嚆矢とする。簡潔な著作ながらもその重要性には特記すべきものがある。
 しかしながら、現在入手できる既成の翻訳本は、確かに数種あるが、マルクスの思想の重要な部分に、残念ながら、呆れるほどの誤訳がある。そのため、読者にはマルクスの思想の核心がよくつかめないものになってしまっている。実際、これらの重要な部分で、4回もアソシエーションの言葉が使われているのに、ほとんどの訳書はそのことが分かるように訳してはいない。たとえば、今でも一番容易に入手できる岩波文庫から出ている『共産党宣言』を読んでみることだ。この本はそれと分かるようには全く訳されていない最悪の本である! その負の影響は、柄谷行人氏の書いた「なぜ『共産主義者宣言』か」との解説付きで1993年10月に出版された太田出版・金塚貞文氏訳の『共産主義者宣言』でも、しっかりと確認できる。そして、最新訳の1998年新日本出版社出版の古典選書の服部文男訳『共産党宣言・共産主義の原理』にも、岩波文庫以来引き続く誤訳がある。
 誤訳の系譜が、このように旧社会党や新左翼や共産党といった政治的立場の違いを超えて、今もなお連綿と続いていることに対して、私は全く驚かざるをえない。
 私は、この新訳において、従来の翻訳が、全くと言って良いほど無視してきた不定冠詞と数詞、抽象名詞と具象名詞、訳語の明確化、的確な語義の確定をめざした。特に、マルクスが、ヘーゲル哲学の概念と全神経を使って、意図的にかき分けてきた類義語の訳し分けについては、私はできる限りの精力を費やしたことを報告しておく。

 こうした問題意識から、新訳者は、今回明解な訳語に変更した部分を、基になるドイツ語原文を【】を用いて明示した後、旧来の翻訳書の訳語を参考として表示し、また同じく【】を用いて、各段落に論理的な小見出しを付けています。さらに、マルクスの論理展開を、読者が明確に理解するための指針となるよう工夫を試み、訳者注として[]の記号を用い、最低限の注解を付けています。
 今回の新訳の最大の特徴を端的に三つあげておきましょう。
 まず第一点は、『共産党宣言』と訳さなかったことがあげられます。この部分は、「今こそ、共産主義者達が、全世界に向けて、自分達の見解・目的・方針【ihr Tendenzen:傾向】を出版して、共産主義の妖怪に関するメルヘンに対し、自分達自身【der Partei selbst:党自身】の宣言を対置する絶好の機会であること」と訳されました。
 ここに付けられた評注には、「[方針と訳した訳語は、ドイツ語では、傾向である。岩波文庫ではそのように訳しているが、それで読者は意味がとれるであろうか。この個所は、内容としては、第W章に対応しているので、意味の上から意訳した。次のドイツ語の個所は、従来訳では、以下のように、各国から共産主義者達が集った事を、マルクスが律儀にも正確に書く必然性は全く出てこない。第W章を見ても、賃労働者階級の諸党と別の党はつくらないとはっきり記述してある。また各国における共産主義者の活動方針を具体的に明らかにしているが、共産党の言葉は一切ないのである。私は強調するため徒党をつくらないと訳しておいた。したがってこの個所は党とは訳せない。しかし、呆れることに、せっかく書名を正確に訳して『共産主義者宣言』とした金塚訳も、ここの肝心要の部分を「党みずから」と従来通りの訳をつけている。「仏作って魂入れず」とはまさにこのことだ。ここは英語で言えば、文字どおりパーティなのである―直記・注]」とあります。
 第二点は、「共産主義を特徴づけるものは、所有一般【des Eigentums ueberhaupt:所有一般】の廃止【Abshaffung:廃止】ではなく、ブルジョア的所有の廃止【Abshaffung:廃止】である。ところで、近代ブルジョア的私的所有【das moderne buergerliche Privateigentum:近代ブルジョア的私有財産】は、階級対立に基づく、すなわち人による人の搾取に基づく生産物の生産と取得の最後の最も完成した表現である。この意味において、共産主義者は、その理論を、「私的所有の揚棄」【Aufhebung des Privateigentum:私有財産の廃止】という一語に纏めることが出来るのである」とマルクスが書き分けたアプシャフングとアウフヘーベンを正確に訳し分けたことがあげられます。
 この訳し分けから分かったことは大変なことでありました。評注は書いています。「[従来訳では、この部分は、ほとんどが私有財産の廃止・私的所有の廃止とされてきた。ここで衝撃的な事実を書いておく。実際の所、確信的な「私的所有の廃止」【Abshaffung des Privateigentum】論者は、エンゲルスであった。このことは『共産主義の原理』の問15と問16等を確認すれば明らかだ。したがって、マルクスがここで、その理論を、「私的所有の揚棄」【Aufhebung des Privateigentum:私有財産の廃止】という一語に纏めることが出来ると強調したのは、実にエンゲルス批判だというのが、私の他には誰も言ってはいないが直記説である。だから、このことに打ちのめされたエンゲルスはこれ以降、マルクスが死ぬまで、「第二バイオリン」を弾き続けることに自己を限定していたのである。また先に注解したように、アウフヘーベンとは、ヘーゲル哲学の実に重要な概念である。この言葉は、確かに日常語でもあるが、ヘーゲルはこれに深い意味を見出して、自分の哲学に取り込んだ。この言葉は、普通使われるように「否定する」意味だけでなく、ヘーゲルはよくよく考えればさらに「保存する」意味もあることも指摘し、そして、同時にこの二義を実行することを、アウフヘーベンと呼んだ。これこそヘーゲル哲学の華である。これ以下の本文で、マルクスは、揚棄と廃止とを明確に使い分け、掛け合い漫才のように、実に見事に絡ませて議論を展開している。こうした展開をさせているのも、ヘーゲル哲学の革命性を知るマルクスは、ブルジョアやエンゲルスが、揚棄と廃止の概念を混乱して使い全く同一視している一面的な認識を、実際に嘲笑して見せたのである。だが現在入手できる出版物の形式で、この二語の明確な訳分けをしてあるものやなぜこうした展開となっているかの説得的な解説をつけているものを、私はいまだかって見たことがない。ついで言えば、中核派の出版した『共産党宣言』や『ドイツ・イデオロギー』の翻訳者の一人のM氏が『共産党宣言』学習会のチューターとして横須賀市に来た時、この行を論議したが、彼は訳分けしなくても良いと言い放ったので私は実に驚かされた―直記・注]」と。
 第三点は、将来社会の所有の形式を明確に訳したことがあげられます。その訳は、「資本家であることは、単にある人格であるのみならず、生産面において社会的位置を占めることである。資本は、社会的なもの【ein gemeinschaftliches:共同の産物】であって、それはもっぱら社会の多数の成員の共同の活動によって、いやせんじつめれば、社会全員の共同の活動によって運転されているのである。それゆえ資本は人格的【keine persoenliche:個人】な力ではない。それは社会の力【eine gesellshaftlishe Macht:社会の力】である。それゆえ資本が社会の全成員の所有【Eigentum:財産】に変換されるとしても、それは人格的所有【persoenliches Eigentum:個人の財産】が社会的所有に変質されるのではない。ただ所有【Eigentum:財産】の社会的性格が変更されるだけである。それは階級的性格を失うのである」となっています。この訳から大変なことが分かりました。
 評注では、「[従来訳ではこの個所は読者にとってほとんど分からないものであろう。なぜなら我々は、あるものが、ある社会的関係の中で持っている意味や価値がその時々の社会的関係と関わりなくそのものが本来的に持っている属性だと錯覚していることを忘れているからである。マルクスは、この認識の核心をいわゆる形態規定[正確には形式規定と訳すべき―直記・注]で解明したのだ。したがって、社会的関係が変換されれば、所有の形式が変質して所有の性格が変更するのである。こうして私的所有は揚棄され、所有の社会的性格は、個々人的所有へと変更されて、その階級的性格を失うのである。その他に極めて大切な事ながら全く無視され続けてきたことを明らかにする。それはまたまたエンゲルスに関することである。この行もエンゲルス批判なのである。この「所有の社会的性格が変更されて階級的性格を失う」との一言は、実にエンゲルス批判でもあるというのが、私・直記説である。『共産主義者達の宣言』を書く時にマルクスが利用したエンゲルスの『共産主義の原理』の「問14」には、私的所有の廃止の後には、「全ての生産用具の共同の利用および共同の合意による全生産物の分配、いわゆる財貨共有制が現れるであろう。しかも、私的所有の廃止は、産業の発展から必然的に生ずる社会秩序全体の改造の、最も簡潔でもっとも特徴的な総括であり、またそれゆえに、当然のことながら共産主義者によって主要な要求として強調される」とまで、明確に「財貨共有制が現れる」と記述しているのである。だから、「資本が社会の全成員の所有に変換されるとしても、それは人格的所有が社会的所有に変質するのではない。ただ所有の社会的性格が変更されるだけである。それは階級的性格を失うのである」とのマルクスの記述は、形式変質・性格変更が起きるだけだとする。つまり形式規定の核心が認識できていないとの批判である。一度ならず二度までのこの根本的な批判。このことに打ちのめされたエンゲルスはこれ以降、マルクスが死ぬまで、「第二バイオリン」を弾き続けることに自己を限定していたのである―直記彬・注解]」と解説しています。
 この個所は、マルクスにとっても実に会心の記述です。
 この部分の少し後の部分でマルクスは説明しています。「諸君は、我々が私的所有を揚棄【des Privateigentum aufhebung:私有財産を廃止】するというので、びっくりする。しかし諸君の現在の社会では、私的所有【des Privateigentum:私有財産】は、全住民の十分の九にとっては既に揚棄【aufgehoben:廃止】されている。十分の九にないからこそそれがあるのだ。つまり諸君は、社会の夥しい多数の無所有を必要条件として前提にしている所有を、我々が揚棄しようとしているとを非難しているのである」と。
 1888年のサミュエル・ムーア訳の『宣言』英語版では、この部分は、以下のように翻訳され、極めて分かりやすく明解になっています。

You are horrified at our intending to do away with private property. But in your existing society, private property is already done away with for nine-tenths of the population; its existence for the few is solely due to its non-existence in the hands of those nine-tenths. You reproach us, therefore, with intending to do away with a form of property, the necessary condition for whose existence is the non-existence of any property for the immense majority of society.
【訳】諸君は、私的所有の揚棄という我々の意図をこわがっている。しかし諸君の現在の社会において、私的所有は、全住民の9/10にとっては既に揚棄されている。少数者に集中する所有の存在は、唯一つ9/10の手における所有の非存在に依存している。諸君が我々を責める所以は、所有の形式を揚棄しようとしていることをもってであるが、その形式が存在するための必要条件は、社会の計り知れない大多数者におけるあらゆる所有の非存在ということなのだ。

 この英語文を翻訳した新井暢氏自身は、この核心を、「所有」をではなく「所有の形式;a form of property」の揚棄と見ています。そして、新井氏は、「所有を揚棄する」のと「所有の形式を揚棄する」のとではどう違うかは、内容と形式の論理学の初歩だと説明するのです。私の説明とは異なるものですが、優れた解釈ではないですか。

 以上のエンゲルス批判で明らかなように、今まで共産主義は、何人からも社会から生み出される生産物を取得する力を奪い全てを共同所有に変えるものと誤解されてきましたが、マルクスの共産主義は、ただこの取得を利用して他人の労働を自分に隷属させる力を奪うのだけなのです。
 そして打ち立てられる新しい社会関係の下では、社会的労働の交換が、協働と生産手段の共通占有に基づいて行われるます。このように社会的関係が変換されれば、所有の形式が変質して、所有の性格が変更するのです。こうして私的所有は揚棄され、所有の社会的性格は、個々人的所有へと変更されて、その階級的性格を失われていきます。
 再度強調しておけば、アソシエーション社会では、生産物に対する私的所有性格が変質し、生産物の取得形式が、他人の労働を隷属させる力を奪った所有としての社会的性格が変質して、所有の階級的性格を失った個々人的所有が再建されることになります。そして、一人ひとりの自由な発展が、全ての人々の自由な発展の条件となる協働社会となるのです。
 このようにマルクスの思想が正確に読み取れる古典の新訳がインターネットパンフとなることは、今後の私たちの運動にとってもたいへん大きな意義があることだとワーカーズ・ネットワークは確信するものです。
 是非とも読者の皆さんには期待して頂きたいと考えるものです。   (猪瀬一馬)    案内へ戻る


 沖縄での新婚さん、いらっしゃい≠みて、再び、沖縄を思う

 本文省略、附記より
 沖縄の人々の底抜けの明るさ(タイチのような肉体派と琉球王国伝説をも逆手にとったかのような、また弱虫を演じる知性的技巧派)は、現実の日常の危険にさらされつつ生きることがある故にこそ、生きる∞自由な精神≠もかいまみる思いであり、こっちの人間のもつ負い目をも十分知った上でのサービス、とも思う。
 基地の女≠フやさしさを知らぬヤマトの婦女子 を笑ったのは美徳のよろめき≠書いたのは三島由紀夫であった。
 ついでに書かせてもらうが、わが出身校生野女学校≠フ校長の友達で、戦時中のリベラリストであったからであろう、もうあかんと思われた戦争末期に沖縄知事として赴任する途中に(死を覚悟しての赴任であったろう。じゃま者は消せ、あるいは殺せが権力者の常)生野女学校に立ち寄られた。三つ編み、スカート丈何センチ、マサツ、体操にやかましかった校長の友達として別れの挨拶をして、沖縄へ立たれた。
 その方が沖縄の島守り%燒ア官僚‐島田知事であったこと、毎日新聞連載沖縄≠ナのことを、私は当時、生野女学校へ入学直前のことだった。只今、頭の固い厄介で、しかも、もの言えばけとばされる姉上の口から聞いたことである。なんでも、島民を守りきれなかった無力さを恥じ、三高寮歌(どんなのか知らんが)を口ずさみながら海に入って行ったとか。
 私も涙を流せない、情緒のみには耐えられない非常なやからであるから、美空ひばりが晩年一年かけて日本列島を旅し旅ひととせ≠ニいうCDに残した歌の中で、北陸のごじんじょ太鼓の夜叉の面にかくして≠フ歌が大好きである。姉上は夜叉にもなりきれないかわいそうな、一人で苦しむ人=Aなぜもっと自信を持てないのだろう、と。みんなに慕われながらなぜ自分自身の論理で立ち向かえないのか、それは、やはり女性のつくしやの限界か。
 近松の敗北の男女の美しさ≠謔閧焉A私は世間を欺いてでも時代の限界を超える女性であってほしい。沖縄の「ナオコ」のように。スマートなイキで格好のよさよりも、しゃべりや表現が荒っぽくとも、人間中心で堂々と法≠ヘ誰のもの?、と問えるのは沖縄ではあるまいか。ケチな競争心や人間をみがくこと、自らを光らせようとせこい生き方より、沖縄が見せる、あるいは孤島に住む人々の見せる本当の優しさは、自然な笑いを見せてくれる。未開の人々、あるいは発展途上国の人々を野蛮人≠ニみる教養派に私は組しない。
 その延長線上の発展に貧しい者にはモラルがない≠ニする南大阪を残したような都市復興のあり方には断じて妥協しない。私はジャーナリズムに賭けているから。意見を言うことをケンカ≠ニしかとらえないなら、ケンカ¢蜊Dきイジメ¢蛹凾「。平等≠ヘ遠い未来のこと、いま&s平等であっても対等であり「ケンカ」できるには、それぞれが論理を持たねばなるまい。
 家族制度が形骸し、オカミの怠慢から個人、家族に、モラルの低下として、その歯止めに家族制度≠フ変化がモラルの保証するものとする故に愛≠ニはいったい何かを今改めて市民、非市民ともに考え直すべきであろう。おまわりさんはオカミの怠慢のツケを家族、とか恵まれぬ人々に転嫁しないでほしい。
 法≠ヘ誰のためにあるのかを問うとき、殺し≠フ事実や殺意≠抱いたかどうかを犯罪のきめてとする、そのような法廷の一員として陪審員になることは私は断じてお断りする。バチを当てるならバチを明言せよ。なにかの「口実」にかこつけて免除されることほど面従腹背をお利口さんとする大人の大人より、私は敢えて幼稚で世間知らずのおっちょこちょいで終わりたい。省略  2005,6,19 宮森常子 


 色鉛筆  公立保育園クビになる

 私は、公立保育園で代替保母、パート保母、臨時保育士、非常勤嘱託保育士と延べ16年間働いてきました。子育て中は時間の短いパート保母として働き、1番下の娘が小学4年生になってからフルタイムで働くようになり、1年契約で正規職員と全て同じ仕事をしながら、給料は3分の1という安い賃金で、7年間働いていましたが、3月31日でクビになったのです。
 雇用期間が6年を迎えた昨年、「雇用期間は最長5年になり、6年以上働いている人は来年雇用しない」と言われたのでクビになるとばかり思っていたのです。ところが、非常勤保育士を募集したところ、人が集まらず人手が足りず「来年は雇用しない」と言われた私と同じような仲間達が全員採用されたのでした。その時は「全く人をばかにするのもいい加減にしろー」と言ってやりたい気持ちでしたが、とりあえず仕事があったのでひと安心でした。そして、昨年の4月働き始めると、正規職員と同じ仕事をしながら安い賃金で長い期間働かせるのは法律上問題があるという理由で「今年から、中断期間を2週間取って無給で休んでもらう」と言うのです。なぜ2週間なのかよく分からなかったのですが、「中断期間を取ったから来年もずっと働き続けることができるね」と仲間達と喜んでいたのです。
 ところが、人事課より「6年以上働いている人は来年雇用しない」と、またまた言われ私達は「また昨年と同じじゃあないの」「人が足りなければ採用するよ」と冗談交じりで話し合っていました。しかし、今年度は例年より早く非常勤保育士の募集を行い、2月には約80名の非常勤保育士の採用を決めたので、私達は園長に何度も来年も採用して欲しいことを訴え続けたのですが「人事課はどうしても今年は区切りをつけたい、6年以上の人は辞めてもらうという姿勢を崩さなかった」と言うのです。そして今まで書いたことがない「任期満了による退職願」を書かされ、仕事をしたいのにどうして退職願を書かなければならないのか疑問を感じたのですが、1年契約の人は全員書いてもらうということでした。延べ16年間、公立保育園で働いてきて最後にもらったのは「用務終了のため解嘱する」という「辞令書」だけでした。(これを出す為に退職願を書かされたのです)退職金もなく、紙切れ1枚でクビにされてしまいこの16年間はなんだったんだろうと、怒りを越えてむなしさを感じました。
 すると5月23日の朝日新聞に「非正社員の権利を守ろう」いう記事があり、私と同じような元非常勤職員やパート、契約社員たちが契約の更新を拒否されたとして、雇用先を訴え全国的な有期雇用訴訟の原告ネットワークを発足させるというのです。その中で神戸市の女性が大阪高裁で「解雇ではなく契約期間の満了」という敗訴の判決があったことが書かれていて「解雇ではなく契約期間の満了」というこの言葉が私自身にもぴったり当てはまりそのものだと思いました。働く側は働きたいという気持ちがあるのに働けなくなったということはクビ(解雇)になったのです。ところが雇用する側はあくまでも契約期間が終わったということを主張してクビ(解雇)ではないということなのです。なんと雇用する側の都合のいい主張でしょう。非正規労働者は同じ仕事をしながら正規労働者と賃金を差別され、どんなに実績を積んでも経験は評価されず新規採用者と毎年同じ賃金で働かせておいて「期間満了で全て終わり」としてポイと使い捨てする、まさに必要な時に必要なだけ、安くこき使うという資本の論理そのものなのです。しかし現実は、いつクビにされるか分からないという不安を抱きながら「不安定な身分で賃金は安くても仕事があるだけいい」というのが大半の女性達の声で、一生懸命働いて文句ひとつ言えなくなっている立場におかれています。でも記事の中で「裁判は苦しいが働く女性の半数以上が非正社員の今、このままでは女性の働く権利は尻抜けになる。束になることで問題に注目してもらえれば」という談話があり、若い元気な女性達がいるということを知りうれしい気持ちになりました。2月中旬に4月から仕事がないことがはっきりわかり就職活動をはじめ、私は友人の紹介で市内の私立保育園でフルタイムのパート保育士として4月1日から働き始めたのです。(美)  案内へ戻る