ワーカーズ413号  2010/4/1         案内へ戻る

暴かれた密約外交「奴隷の言葉を捨て去れ!」

 政権交代の醍醐味のひとつは、前政権によって隠蔽された事実、政治的デマの暴露であろう。鳩山政権において、それは米国との間で交わされてきた密約、機密費(内閣官房報償費)の使途などである。機密費については、政権交代間際の巨額の支出の追及もせず、平野博文官房長官は使途公開に背を向けている。鳩山首相は一定期間経過後の使途全面公開に積極的姿勢を見せているが、内外の抵抗を排して実現できるかは危ぶまれる。
 一方、外交における密約はウソで塗り固めた構築物であり、腐臭を放ってきた。戦後の日米外交、安保体制の究極の姿が普天間移設≠めぐる「現行計画が最適」とする大合唱、基地の島沖縄の恒久化である。法を捻じ曲げても米国の意向を忖度し、これを取り繕うために密約を交わす。奴隷の言葉というほかない。
 日米4密約問題を調査した外務省有識者委員会(座長・北岡伸一東大教授)が3月9日、3密約を認定した報告書を岡田克也外相に提出した。沖縄核再持ち込みについては密約とは言えないとしたが、岡田外相は「一般常識からみれば密約としないわけではない」と指摘した。
 さらに3月19日、衆院外務委員会において参考人質疑が行なわれ、密約ファイルが存在したことや、2001年の情報公開法施行前に関連文書が破棄された可能性があることなどが明らかにされた。沖縄返還密約を暴露し逮捕された元毎日新聞記者西山太吉氏は、外務省有識者委員会報告書を次のように批判した。
「項目ごとに分析しても何もならない。氷山の一角をあらゆる面からなでているだけ」「国民が知らなくちゃいけないという意味で最大の密約は思いやり予算。国会が調査していただきたい」(3月19日「神戸新聞」)
 隠す、偽る、破棄する、自民党長期政権においてこうした情報操作が常態となり、官僚はそうすることが国益≠ノかなうものとしてきた。今回の密約公開は大きな成果ではあるが、これで幕引きとさせてはならない。ウソをつき続けてきた過去の政権担当者の責任追及、文書破棄の真相究明、さらに例外なき情報公開の義務付けなど、多くの課題が残っている。そして何より、対米外交を奴隷の言葉で語ることに終止符を打たなければならない。  (折口晴夫)


新しいワークスタイルの実現をめざそう!――成果を残せなかった春闘――

 3月17日の大手製造業などの回答で、大手組合の春闘は一区切りついた。いまさらながら具体的成果に乏しく、大手組合の定期昇給の維持という防衛線を守ることにとどまった。これから中小の春闘の続くわけだが、年ごとの防衛戦にとどまることなく、中長期的なワーク・スタイルの確立を見通した闘いに脱皮しなければ、労働戦線の閉塞状況はいつになっても打破できない。

 ■後退する防衛ライン■

 17日の大手組合への回答では、最後の防衛ラインとされた定期昇給の維持の他、世界不況下の昨春闘で落ち込んだ一時金については、若干昨年を上回った組合が多かった。とはいっても、高止まりする失業や拡がる非正規切りなど、労働戦線での深刻な課題については、何の前進もみられなかった。
 連合は昨春闘では8年ぶりに統一ベース・アップ要求を掲げたが、リーマンショック後の世界同時不況であっけなく腰砕けになり、今年は当初から統一ベア要求の旗を降ろしてしまっていた。当然の結果として、攻防ラインは定期昇給の維持にまで押し込まれてしまった。仮に定昇さえ維持できなければ、賃金レベルの現状維持という最後の防波堤も崩されることになる。結果から見れば、景気復活の兆しも見える今春闘では、さすがに経営側も労使関係に配慮するとして、定昇の維持に足並みをそろえた格好になったわけだ。
 定昇は維持されるとはいえ、経営側が持ち出した安定的な労使関係に配慮して≠ニいう根拠は、働く側からみればきわめて屈辱的なものだ。それは労使が結託して労働者の不満を抑えてきたことに対する、経営側による労組幹部に対する手間賃、保険の掛け金のような意味合いも含まれているからだ。それさえ出し惜しみすれば、労働者の不満が組合幹部にも向かったり働くモチベーションが崩れ、ひいては経営側にとっての不安材料になるからだ。
 この10年、労働者の賃金はほぼ下がり続けてきた。今春闘の結果からも、結局は好景気でも不景気でも、あるいは景気の回復期でも攻勢に移れない連合春闘という他はない。

 ■一矢報いた派遣法改正案だが■

 労使の間での春闘と平行して攻防が繰り広げられた労働者派遣法の改正案をめぐる攻防では、派遣先企業による事前面接の可否などが焦点となっていた。これは厚生労働省の労働政策審議会による労使および中立の識者による合意に基づく答申が、日雇い派遣の原則禁止などと併せて派遣先企業による事前面接を容認する内容だったからだ。これはこれまで認められていなかったもので明らかな改悪であり、派遣ユニオンなど、当事者を中心として厳しい批判が出ていたものだった。
 結局、これについては社民党の反対や国民新党の同調などもあって、禁止することで法案提出という政治決着となった。
 派遣法については、08年暮れからの日比谷公園での年越し派遣村が社会問題化し、自民党政権時代からその見直し作業が進んでいたものだった。それだけに、答申された改正派遣法案自体がきわめて不十分な内容にとどまったこと、それにすでに派遣労働そのものが、他の形態の非正規社員、あるいは直接雇用であっても契約社員など有期雇用に置き換えられて縮小している現実をみれば、非正規労働者全体にとっての改善策にはつながらない代物でもあった。
 それはともかく、形はどうあれ、日雇い派遣の原則禁止など、特に派遣先企業に対する規制が強化されることは当然のこととして一つの成果だといえる。が、それが労使の合意としてではなく、政治決着という形で規制強化が行われることに関しては手放しで喜べない。
 なぜなら、労使の攻防ラインというのは、労働者の力を背景として一歩一歩相手側を追い込んで勝ち取るべきだからだ。実力の背景を欠いた地点での妥結というものはいつ覆されるかわからないからだ。
 そもそも連合も加わった審議会で、事前面接の導入で合意してしまった連合の姿勢は情けないの一言だ。ただ固まった規制強化自体は前進といえるわけで、今後はいったん獲得した地点を押し戻されないよう、さらに経営側、特に派遣先企業の雇用責任を強化するよう追い込んでいくことが大きな課題だろう。

 ■低迷するワークシェアリング■

 派遣法改正の動き、あるいは派遣切りや高失業という雇用破壊の中、ワークシェアリング――労働の分かち合い≠フ試みは低迷したままだ。昨年3月23日に政労使合意でワークシェアリングの推進を謳っていたにも関わらずだ。
 あの世界同時不況から一年半、いまでは輸出産業など一部では回復局面にある。とはいえ、5%台という失業者の存在は深刻な事態であることには変わりはない。また、正規労働者の雇用は何とか維持してはいても、最近では正規労働者の雇用の安全弁として派遣など非正規労働者切りが進行し、非正規率は初めて縮小に転じている。それだけ派遣切り、非正規切りは深刻なわけで、ワークシェアの課題はきわめて大きい。
 この点でふり返ってみれば、今春闘では実質的なワークシェアはほとんど進まず、唯一の実績はといえば、雇用調整助成金制度による解雇の抑制だけに終わった。同制度は自民党時代から続いてきた失業防止策で、事業縮小で労働者を解雇せず休業扱いした企業に賃金補填して失業を抑制する、というものだ。その適用範囲が拡大されたことで、のべ数十万の事業所が5755億円受け取り、その分、失業者が増えなくてすんだ。ただしこれ自体、ワークシェア4類型の中で「緊急避難型」という、本来はワークシェアに入らない日本特有の疑似ワークシェアでしかないものだ。
 他方、景気の立ち直りに合わせるように、労働時間、残業時間は増えている。非正規労働者切りも含めて大量の失業者があえいでいるのに、だ。
 本来の雇用創設型、要するに就業している労働者の労働時間を短縮することで雇用を増やす、という類型のワークシェアはほとんど拡がらなかった。というよりも、取り組みすらできなかったというのが実情だった。
 低迷する賃金闘争やまったく不十分な非正規労働者の処遇改善にしろ、それに遅々として進まないワークシェアにしても、本来労働者が自力で闘いとるべき課題がほとんど進んでいない現状を直視する必要がある。

 ■日本的雇用構造■

 この正規社員の長労働時間というのは、日本の労働者の低処遇の付随物であり、突き詰めれば労働者の企業への従属、その根底にある日本的労使関係の一断面以外のなにものでもない。
 日本的労使関係というのは、終身雇用、年功賃金、企業内組合という三点セットで語られることも多い。しかし、その他にも企業戦士と専業主婦がセットになった家庭という、高度成長期における家族像とも密接に関連したものだった。その家庭では、長時間労働や単身赴任をも強いられる大黒柱の男性労働者を、専業主婦とママさんパートや学生バイトで補完するという雇用構造を形成してきた。そうした戦後の高度成長を支えた雇用構造は、80年代の低成長時代、さらには90年代の経済のグローバル化が進むにつれて崩されり、しだいに本来の働き手の間でも派遣や請負の増加など非正規労働者の比重が増大してきた。
 そうした傾向を定着させ、促進したのが、95年の日経連(経団連と統合)が打ち出した雇用の複線化だった。これ以降、非正規労働者は爆発的に増え、いまでは全労働者の3人に一人以上、正規労働者2人に対して非正規労働者が1人以上という雇用構造がつくられてしまったわけだ。
 長労働時間と大量失業の併存という現実は、労働市場のあり方に大きく左右されている。日本でも2〜3年でやめる新規採用者が多いことに現れているように、離職率は若年層ではけっこう高いが、中高年齢層ではずっと低くなっている。なぜそうなっているかといえば、言うまでもなく企業間移動に伴う待遇保証がないからだ。いったん働いていた企業を辞めて違う企業に就職すると、多くの場合、処遇は一からやり直し、要は賃金半減や3分の2ということが普通だ。西欧・中欧のように、職業、産業ごとの賃率が確立している国では、企業を移っても処遇はさほど変わらない。こうした雇用慣行が、日本では正規の長労働時間と他方での大量失業の併存を余儀なくさせているのである。
 日本的労使関係は、こうした雇用構造を内在させていたもので、そうした雇用・処遇構造を変えていかない限り、長労働時間と大量失業という二重構造は解消していかないだろう。

 ■めざすべきは新しいワーク・スタイル■

 戦後長らく続いた日本的労使関係は、低成長・経済のグローバル化の過程で崩され、いま、新たな格差社会、階級社会が形成されている。こうした社会を根底から変えていくには、目先の課題を追っているだけでは不可能だろう。将来的にめざすべきワーク・スタイルやライフ・スタイルを明確にしながら、ジグソーパズルの一つ一つのピースを総入れ替えしていく以外にないだろう。当然それは2〜3年で実現するはずもない。中長期の粘り強い取り組みが必要だ。
 いくつかの課題を考えてみたい。
 一つは一方における正規労働者の働かされ過ぎや長労働時間と、他方における大量失業と非正規労働者の低処遇を解消していくことである。
 正規労働者の働かせられすぎは過労死や精神障害の土壌になっているものであり、また子育て世代での女性が労働社会から撤退せざるを得なくさせている背景にもなっている。他方での大量失業と低処遇は、生活基盤がつくれないことで生活設計はむろんのこと、明日の生活さえままならない。これらは雇用のミスマッチ≠ニいうより、弱肉強食の市場原理によって強いられてきた二重構造に他ならない。これらは一枚のカードの裏表の関係にあり、双方同時に改善していく必要がある大きな課題だ。
 二つには、正規、非正規を問わない均等待遇と雇用保証を勝ち取る事への合意づくりだ。
 近年の格差社会の深まりの中で、かつての終身雇用や年功賃金への復活の期待と願望もあるだろう。しかし、そうした日本的労使関係には無視し得ない決定的ともいえる弊害もあった。それは企業あっての労働者≠ニいう労使運命共同体イデオロギーとそれを背景とした個別企業への労働者の従属した関係である。戦後の長年にわたるこうした構造が、結局は労働者の団結を形骸化させ、労働者が個々の企業に従属しなければ働いていけない、という日本特有の労働事情を形成してきたからだ。
 なぜ旧来型の労使構造への復帰ではなく均等待遇と雇用保証をめざすべきかといえば、日本的労使関係への復帰ではそうした弊害を解消できないからだ。たしかに旧来型への復帰にしても均等待遇の実現にしても、どちらも生やさしい課題ではない。が、均等待遇と雇用保証を実現できれば、個々の労働者には働き先や働きぶりでの多様な選択肢が生まれ、労働者が個々の企業に従属する関係を排除できる。それが多くの労働者にとって企業の壁を越えた団結の強化や交渉力の強化につながり、それが労使の間での力関係を有利にもできるからだ。
 具体的には、正規、非正規の賃金をはじめとする労働条件を均等にすること、それに長期・短期の双方の労働者の雇用保証を勝ち取ることだ。たとえば短時間正社員制度、あるいは2人で1人分の業務を受け持つ、夫婦2人で1・5人分の就業という、オランダ型のワーク・スタイルも選択可能になる。そうなれば子育てで就業をあきらめなくともすむ家庭も多いし、託児所の空き待ちも少なくなるだろう。高賃金・長労働時間という、正規労働者のワーク・スタイル、ライフ・スタイルの見直しも必要な時代なのだ。
 三つには、当面の課題として、非正規労働者や失業者の支援を、正規・非正規を問わない全労働者の共通課題として取り組むことだろう。今春闘でも、連合労組は、結局は定期昇給維持という身内の課題を守る姿勢に終始していた。これでは今日の生活を維持できたとしても、明日の生活の展望は切り開かれないことを正規労働者も直視すべきではないだろうか。
 大手の春闘は終わったが、これから中小の春闘は続く。恒例になっている目先の個別利益を守るだけの運動から脱却すべきだろう。(廣)
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静岡空港「事業認定取消訴訟」敗訴する

 昨年6月に開港した静岡空港をめぐり、静岡県に”未買収用地の強制収用を認めた国の事業認定は違法である”として、反対派地権者74名が国に事業認定の取り消しを求めた訴訟で、3月18日静岡地裁は「土地収用法の認定要件を満たしており、事業認定は適法」と原告の請求を棄却する判決を下した。(土地収用法では、任意の用地取得が困難な場合は、事業者<県>が国などに事業認定を申請し、『事業に公益性がある』と認定されれば土地の強制収用ができると定めている)
 原告団が提訴したのは、国交省中部地方整備局が未買収地の強制収用を事業認定した1週間後の2005年7月12日である。約4年半もの長い裁判闘争となった一つの理由は「社整審議事録」問題があった。
 静岡県の事業認定の申請を審議したのが、国交省の「社会資本整備審議会・公共用地分科会」である。原告側はこの「社整審分科会」でなにがどのように議論されて、どんな判断を下したのか、その内容を把握するために文書開示を求めたところ、構成員の名前と挨拶だけは書かれていたが、審議内容はすべて真っ黒に塗りつぶされていた。
 原告団としてはどうしても審議内容を知る必要があるとの立場から、今度は裁判所に「社整審議事録」の文書提出命令の申立をしたが、地裁・高裁・最高裁でいずれも「却下」「棄却」となった。
 それでは、今度は「社整審分科会」の構成員に質問したいと考え、3名の証人申請を行うが、これまた地裁で「却下」となり、これでは裁判を続けられないと「裁判官忌避」の申立をするが、これまた地裁・高裁・最高裁で「却下」「棄却」となる。
 運輸省(現国交省)は成田闘争の土地強制収用の反省に立って、審議内容をオープンにしていく、簡単に土地強制収用は認めないと言ってきたが、「のど元過ぎれば熱さを忘れる」のたとえ通り、官僚のご都合主義でことごとく否定され続け振り回された。
 今回のこの訴訟で原告団が訴えた大きなポイントは3点。
 @石川前知事の「確約書」問題・・・国は空港用地の完全取得を設置許可の条件としていたが県の用地買収は進まなかった。困った石川前知事が「確約書」(地権者に誠心誠意対応し任意取得をめざす)を提出して、ようやく運輸省からの設置許可をもらった。ところが、結局は石川前知事は4人の反対地権者の土地を強制収用した。確約書に不履行があり、事業認定は違法である。
 A県の事業遂行能力の欠如・・・開港が延期になったのは、県の測量ミスで航空法に触れる「立ち木」が残ったことが原因である。その他にも過大・過小な土地収用が多くあり、緻密な計画力や実行力に欠ける。十分な財政力もない。
 B無責任で過大な需要予測・・・国内線の需要予測をめぐって当初は178万人(1995年)から121万人(2000年)へ、そして最終予測は106万人(札幌便50万人)と下方修正してきた。開港後の実態は開港から9ヵ月間で約30万人、年間ベースに換算しても約40万人で、予測には遠く及ばない。
 原告団・弁護団はこうした観点に立ち「事業そのものがずさんなうえ公益性もない」として認定取り消しを求めてきた。
 だが、裁判長は完全に行政追随の判決を出した。
 判決後の報告集会で渡辺弁護団長は「国のうそ、県のトップのうそを裁判所が平気で認めた。怒りを覚える」と述べた。
 また阿部弁護士も「架空の需要予測を立てて税金をつぎ込み、無駄な空港を造る。赤字必至の現実がありながら行政を免責した」と厳しく判決を批判した。
 この訴訟では空港の需要予測が最大の争点となったが、地方空港の需要予測の甘さは全国的にも問題となっている。
 外郭団体に天下った、元国交省官僚からも過大予測の実態が語られている。
 「全国で空港の需要予測を手掛けてきた財団法人『運輸政策研究機構』の羽生次郎会長(元国土交通審議官)が機構自らの予測の多くが過大だったことを認めた。その背景について、空港建設を進めたい国の意図に配慮し、過大な数字を出してしまう現実があると言明した。同機構は昨年6月に開港した静岡空港や北九州空港などの需要予測を担当した」(中日新聞・3月6日より)
 乱立する地方空港の建設は今度の茨城空港を最後に終わった。しかし、地方空港が赤字をタレ流し続ける構図に変わりはない。
 川勝知事は「需要予測は過大だった」と認めつつ、しかし「将来的に100万人は目指せる」と強調し、「5年後の黒字化は可能だ」と述べている。
 3月末までのJAL福岡便の支援策8000万円の県税投入は、年度内実施が失敗に終わった。ところが今度は、富士山の標高と同じ人数を中国浙江省に送る「3776訪中団」(公式訪問団1千人、各種交流団1千人、観光客2千人)を計画し、各種交流団と観光客
には3千円(30歳以下は5千円)の補助金を支援すると発表した。
 真の需要がなく赤字をタレ流し続ける空港に、さらに補助金をつぎ込みさらなる赤字を拡大し続ける空港政策。こうした政策が失敗した時、莫大な累積赤字が残る事になるが、誰がどのように責任を取るのか、明確にすべきである。(英)


 読書室 ヨハン・モスト原著 カール・マルクス加筆・改訂 大谷禎之介訳
『マルクス自身の手による資本論入門』
 大月書店 価格二千三百十円

用意周到な編集によって、現代に再び「アソシエーション革命宣言」を蘇らせた名著

 資本主義が行き詰まりを見せた現在、全世界的に『資本論』が注目されている。ここ日本においても、本屋の棚には漫画本の『思想劇画 マルクス資本論』、『(まんがで読破)資本論』、『マルクス「資本論」入門 (KAWADE道の手帖)』、『いまこそ「資本論」』、『マルクスる?』、『超訳「資本論」』等の『資本論』に関する本が並ぶ盛況ぶりである。しかしこの『資本論』の核心を「アソシエーション革命宣言」とする本はない。
 今ここで紹介するのは、私たちのよく知る大谷禎之介氏が二十年ほど前に岩波書店から出版した本の復刊である。今回の復刊にあたってマルクス自身が加筆・改訂した点を強調したかったために今回ずいぶん長い書名とはなってしまった。
 この本こそは、実に『資本論』の核心を「アソシエーション革命宣言」と捉えて解説して見せた歴史的にいっても最初の本なのである。原著名は『資本と労働 第二版』である。
 モストは、ドイツ社会民主党の活動家で、一八七二年九月に反戦デモを組織し逮捕され、翌年の二月から八カ月間入獄した。獄中で『資本論』第一巻を読みふけり深く感動した彼は、多くの労働者に広めたいと発願して、『資本論』のダイジェストを作り、それを基に出獄後『資本と労働―マルクス「資本論」のわかりやすいダイジェスト』として出版した。
 ダイジェストといっても、エンゲルスの『資本論綱要』のようにマルクスの本文の忠実な要約ではない。モストは、マルクスを絶対視せず、自分がわからないところは当然ながら労働者にもわからないとの自主的な判断の下、『資本論』の第一巻を構成する全二十五章を、自らの考えにより十二章に再編集した上で叙述も要約・整理した。そしてその前後に「はじめに」と「むすび」をつけたのであった。ここにモストの独創があり、そのために必要となった彼によるマルクスの表現の要約と言い換えの妙があった。
 この核心となる章名を列挙すれば、まず「商品と貨幣」、「資本と労働」「資本主義的生産様式の基礎」、「労働日」、「分業」、「大工業」、「工場制度発展の諸結果」、「労働賃金」、「資本の再生産過程と蓄積過程」、「資本主義の人口法則」、「資本主義的過剰人口のさまざまな形態――民衆の窮乏」、そして最後が「近代的資本の起源」である。
 『資本論』第一巻の全二十五章に比較して検討すれば、彼の独創は明らかである。しかしこれはその後のモストの「独走」にも通じている。この『資本と労働』の初版での要約や言い換えにはしばしば不正確なものもあったが、このモストの本に大きな意義を認めたドイツ社会民主党執行部の要請を受けたマルクスが、これらの不正確な要約と言い換えに対して徹底的に朱を入れたため、初版の面目を一新した書に仕上げられた。この事によって、この本は名実ともにマルクス自身の手による資本論入門の本になったのである。
 したがって、初版では不正確かつ不十分であった理論的にも重要な「商品と貨幣」「労働賃金」の二章は、マルクス自身によりほとんど全部書き直され、その他の改訂個所も三百を超えている。こうして一八七六年に『資本と労働』の改訂第二版が出版された。この期間モスト自身はパリ・コミューンをたたえた演説で再び逮捕・投獄されており、この改訂には何の役割も果たしてはいない。
 この作業は、モストの初版の体裁を尊重してなされたが故に、『資本論』での表現とは異なる表現も多いので、『資本論』とは相対的に独立した価値を持つ本となる。しかしモスト自身は、その後アナーキストへと政治的な立場を変えたため、この本は長らく忘れられていた。この本やマルクスの自用本がたどった数奇な運命は、付録であるシュヴァルツの論文の「『資本と労働』第二版の成立とマルクス自用本の来歴について」に詳しい。
 この本の価値や復刊にあたっての感慨については、大谷禎之介氏が誠実な自己批判をも含めての「まえがき」と「あとがき」に力説しているので読者の熟読を期待したい。
 今回の訳文の最大の特徴は、「だ・である」調から「です・ます」調に変えた事にある。これで文面の印象がかなり変わった。特に注目しておきたいのは、その周到な編集である。モストが行った『資本論』からの抜粋については、ゴジック体の活字で印刷され、マルクスが行った改訂個所には黄緑色の網掛けがされ、異文注には元の表現が示されるという具合で、訳注ではさらに詳しい解説がある。再度強調するが、その後のモストの政治的立場の変化とは無関係に、今でも読者は勿論の事、『資本論』にとっても価値ある本である。
 私が注目し、ここで紹介しておきたいのは、モストによる力強いまとめの部分である。この部分こそ、私が『資本論』の核心を「アソシエーション革命宣言」と捉えていると主張する根拠である。

 「資本の特権は、それとともに開花しそれのもとで開花したこの生産様式の手かせ足かせとなります。生産手段の集積も労働の社会化も、それがその資本主義的な外皮とは調和できなくなる一点に到達します。そこで外皮は打ち破られます。資本主義的私的所有の最期を告げる鐘が鳴ります。他人の所有の取得者が収奪されます」(最後の一文は改訂―直)
 「こうして個人的所有がふたたびつくりだされますが、しかしそれは、現代の生産様式の成果を基礎にして行われます。土地と労働そのものによって生産される生産手段とを共同占有する自由な労働する人びとのアソシエーションが生まれます」(ここに訳注―直)
 「読者の皆さんは、『資本論』からの抜粋によってこれまでお伝えしてきたマルクスの論述を読まれて、資本主義的生産様式はもともと歴史のなかの一つの過渡形態にすぎないということ、それはそれ自身の機構によって、もっと高度な生産様式に、協働組合的な生産様式に、社会主義に行きつかないではいないのだ、ということがすでにおわかりになっていることでしょう」(協働組合的な生産様式と明記した表現はこの本の白眉である―直)
 「こんにちの社会は、いずれ倒れて、もっと高度な、もっと高潔な社会に席を譲らないではいないのだ、という確信、そして勤労諸階級こそ、政治権力という強大なテコによって現在の社会構造を根本的に変革する資格をもっているのだ、という確信、このような確信をもったひとであればだれでも、次のこと以外に、どんな生涯の使命をも持つ必要がないし、もつこともできません。すなわち、自分の信念をほかの人びとにも伝え、たえまなく太鼓を叩き続け、人類をあまねく兄弟にすることのシンボルである赤旗のまわりに社会革命の闘い手たちをつきつぎに連れてきて、達成しようとする理想をめざす燃えあがるような熱狂を彼らの心に移植する、ということです」
 「工場でも作業場でも、屋根裏部屋でも地下の住居でも、食堂でも散歩のときでも、つまりは労働者のいるすべてのところで、宣伝が行われなければならないし、都市から農村へと認識が広められていかなければな 作業着を着たプロレタリアは、さまざまの種類の、スーツを着た自分たちの兄弟の目を開かせなければなりません。男たちは自分の妻たちに[女たちは自分の夫たちに]、親たちは自分の子どもたちに、この意味での啓発をしなければなりません」
 「万国のプロレタリア、団結せよ!」

 これらのモストの力強い叙述は、「アソシエーション革命宣言」と呼ぶにふさわしい。
 先にモストの『資本と労働』は、全国労組交流センターの努力により、新書版にて出版されたが、残念ながら流通ルートが限られていた。今回の大谷禎之介氏の復刊本は大月書店からの出版で、印刷の工夫等も含め、解説も極めてタイムリーで内容の濃い本である。
 マルクスの『賃労働と資本』と『賃金・価格・利潤』を読んだ後、今度は『資本論』全巻に挑戦を考えている労働者には、信頼できる手引き書として、マルクス自身の手によるこの『資本論入門』をぜひ薦めたい。   (二0一0年三月二十二日 直木) 案内へ戻る


 色鉛筆 保育士が足りない!

 今年の1月の末、昨年の3月に短大を卒業して、4月に保育士として保育園に就職したばかりの娘の元に1通の手紙が届いた。発信元は県の『厚生部子育て支援室保育係』。「いったい何?」と娘と不思議に思いながら封を開けてみた。すると宛名は「保育士登録者の皆様」差出人は『県厚生部子育て支援室長』内容は『平成21年度県保育士就職支援研修の開催について』のお知らせで、『保育所待機児童の解消が全国的な課題となっている中、県では保育定員の拡充を進めているが保育を担う人材の確保が重要となっている。現在保育現場から離れている方や保育への従事経験がない方に研修を受講していただきたい(抜粋)』と書かれていた。
 保育士が足りないという趣旨は理解できるが、保育士として働いている娘の所にどうして研修の手紙が来るのかという疑問と、一生懸命働いているのにあまりにもひどいという怒りを感じざるを得なかった。当事者の娘も「私が就職を決めるのが遅かったから来るのかな?しっかり働いているのに・・・」ととても不愉快な気持ちになった。宛名が保育士登録者ならば保育士として働いている私の所にも来るのかなと思っていると、職場の40代の同僚が「わけのわからない手紙が来たんだよ」と話してくれ、確かめると娘の所に来た手紙と同じものだった。20代から40代の保育士が対象なのかとますます不思議さを感じたので『県厚生部子育て支援室保育係』の所に電話をして聞いてみた。(以下私と担当者のMさんとの会話)
「娘の所に手紙が来たがどういう事か」『保育所の需要が高まり、保育士が足りないという実態があるので、人材を確保する為に今年初めて研修を開くことになった』「人材を求める趣旨はわかったが保育士登録者全員に出したのか」『保育士登録者の中から年齢や条件で抽出した』「40代の人にも手紙が来たが」『子育てが一段落した方がまた保育士として働きたいという方も実際いるので、今回は20代と40代の方を選んだ』「保育士が足りないという理由で、一生懸命仕事をしている娘は手紙をもらってとても嫌な気持ちになった。仕事をしている人にこんな手紙を出すのは失礼だと思わないか」『仕事をしているかいないか確認手段がないので、出してしまい申し訳ありません』「保育士が足りないのは労働条件が悪いからだ。研修を開くより労働条件をよくすれば保育士は集まる。県としても努力して欲しい」『参考ご意見とします』ということだった。
実際私の働く公立保育園でも入園希望者が多い為、保育士が足りなく今も募集している。しかし、驚くのは新年度採用した正規職員はたった12名で、賃金の安い非常勤職員を150名も募集したことだ。人件費を少なくする為に正規職員ではなく非常勤職員を採用するのが当たり前になっていることがおかしい。ところが、非常勤職員が集まらなく2次募集をしたがそれでも足りないので、もっと賃金の安い臨時職員で対応しようとしているのだからまたおかしい。保育士の資格を持っていても仕事をしていない人もいるが、今一緒に仕事をしている29歳の臨時職員の彼女は、「賃金は安いのに仕事量は正規と同じで責任を負わされる非常勤職員にはなりたくない」と言っている。夢と希望を持って保育士になった若い彼女たちの本音だと思う。人材を確保する為には保育士の労働条件をよくしなければならない。(美)


 書籍紹介
 吉田健正「米軍のグアム統合計画 沖縄の海兵隊はグアムへ行く」
(高文研・1200円+税)
 今年2月刊行の普天間移設をめぐる混迷に終止符を打つ待望の書

 2006年7月、米太平洋軍による「グアム統合軍事開発計画」が発表された。これは、米国領グアムをアジア太平洋の一大軍事拠点として拡張・整備するという計画である。わかりやすく言えば、ハブ空港と同じ機能をグアムのアンダーセン空軍基地に持たせるものである。
 では、何故グアムなのか。答えは明確である。第3章「在沖縄海兵隊グアム移転への経過」から引用しよう。(90ページ・最善の選択≠ヘグアムだった)

(沖縄海兵隊の)移転先は、「部隊が必要とされ、歓迎される」国・地域に配備するという米国の基本方針のもと、以下の三条件を満たす必要があった。
 第一に、米国が相互防衛条約を結んでいる西太平洋地域に位置すること。
 第二に、「アジア・太平洋地域における米国の安全費保障要件(日本や他の同盟国に対する条約上の義務を含む)を満たす」ため、紛争が予想されるところに時間的に素早く対応できる場所であること。
 第三に、米国が自由に、制限なく基地や訓練施設を使用して、有事に緊急対応する軍事態勢がとれる場所であること。

 第1の条件に該当するのは、ニュージーランドからタイまで多国にわたるが、日本以外は「難色と不可能性」を示した。第2の条件では、「沖縄はグアムより中国や東南アジアに近いものの、グアムには米本土やハワイから近いという利点がある。日米が『脅威』とみなす中国や北朝鮮から沖縄よりも離れており、これらの国のミサイル攻撃から米本土を防衛するのに、より時間的に余裕が持てる」(92ページ)。第3の条件では、米国領で太平洋の西端に位置するグアムにはすでに広大なアンダーセン空軍基地があり、米軍の「行動の自由」がある。つまり、グアムはすべての条件を満たしているのである。
 巷間、喧伝されている沖縄の軍事的な位置など、ここでは問題になっていない。北沢防衛相や岡田外相などはそんなことは聞いていない、知らないと逃げているようだが、これは米軍の既定方針なのだ。すなわち、グアム統合軍事開発計画発表から2年後の2008年4月、この計画は米海軍省の「グアム統合マスタープラン」として確定され、09年11月には「環境影響評価案」(環境アセスメント案)が公表されている。なお、その正式名称は「グアム・北マリアナ諸島軍事移転(沖縄からの海兵隊移転、訪問空母の接岸埠頭、陸軍ミサイル防衛任務隊)に関する環境影響評価・海外環境評価草案」である。
 実に奇妙なことではあるが、米国側からも辺野古の新基地建設なくして普天間閉鎖はないという声が続いている。最も、昨年12月にグアムを見た北沢が「グアム移設は困難だ」などと言っているのだから、足元を見られても仕方ないのだが、危険な普天間を閉鎖してほしいなら辺野古に新しい立派な基地をつくれ、それがダメならいつまでも居座るぞというのが米国の態度である。なんてありがたい同盟国≠セ。
 グアム島は観光の島として知られているが、近時の歴史を見ると米国の軍事的拠点としてのグアムが浮かび上がってくる。1898年、米国はスペインとの(米西)戦争でグアムをスペインから奪い、海軍基地として支配した。これを1941年12月8日、つまり真珠湾攻撃を行なった同じ日に日本軍が空爆、占領した。44年8月、米軍が激戦を経て奪還した。ちなみに、日本軍守備隊20810人のうち、19135人が戦死(多数の自決者を含む)しており、後年「玉砕の島」と称された。敗戦を知らずに、戦後27年も横井庄一元日本兵が洞窟に潜伏していたのが、グアムのジャングルだった。
 グアムを奪還した米国はアンダーセン空軍基地、アプラ海軍基地を整備し、日本本土空爆の拠点とした。50年7月1日、米海軍の軍政下にあったグアムは国土省へ移管され、「アメリカ合衆国未編入領土」となった。要するに植民地≠ナあり、グアム住民は米国民となったが、下院に送る代表に議決権はないし、大統領を選ぶ投票権もない。第2次大戦後も朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争においても重要な軍事的役割を果たしている。
 グアムに移転する海兵隊は自治領北マリアナ諸島のテニアンで実弾射撃訓練を行なう計画だが、広島・長崎に原爆を投下したB29が飛び立ったのがこのテニアンだった。自治領の首都サイパンでは、41000人の日本兵と民間人移住者約1万人が戦没している。在留邦人が身投げした「バンザイ・クリッフ(がけ)」でも知られている。
 血塗られた歴史がそこにある。鳩山政権はますます混迷し、袋小路で足掻いている。米国の核の傘と米軍に守られないと怖くておれない、半世紀を越えていつまで軍事にしがみつくのか。米軍のグアムへの軍事統合は米国の世界的軍事再編によるものであり、沖縄からの海兵隊の移転もその一環に過ぎない。そのための費用負担を日本に強いるために、普天間≠ヘ人質に取られ、鳩山政権はまんまとその罠に引っかかったのである。
 そうすることによって利益を得る者も多くいるのだろう。そういう者達にとっては、血塗られた世界こそが利益の源泉なのだろう。普天間≠ェ突きつけているのは、米軍基地をどこにもって行けばいいかということではなく、問題は軍事基地の存在そのものであり、著者も沖縄の海兵隊がグアムへ行けばそれでよしとする立場ではない。吉田氏はあとがきを次のようにしめくくっている。
「ただ、沖縄から海兵隊をグアムに移せばよい、で済む話ではない。スペイン植民地、米海軍軍政府、太平洋戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、米国の未編入領土という名の植民地・・・いった、近年の『亜熱帯の楽園』という名前の裏で惨苦の歴史をくぐり抜けてきたグアム住民の歴史に思いを致すと、1609年の薩摩侵攻以来の、特に沖縄戦とその後の米軍基地を担わされた沖縄住民の歴史と重なるだけに、もろ手を挙げて賛成というわけにもいかない。執筆中、ずっと心に引っかかっていたが、まずは在沖海兵隊の移転がきっかけになったグアム基地拡張計画に焦点をあて、グアム住民の声を若干お伝えすることにとどめた」(159ページ)      (折口晴夫)案内へ戻る


 コラムの窓 武器輸出禁止3原則の例外検討−人道目的の装備なら輸出解禁−− 真の目的は軍事産業の育成

 鳩山政権は、人命救助などの人道目的で用いる防衛装備品を、原則すべての武器輸出を禁じる「武器輸出3原則」の適用外とする検討を始めた。
 首相の私的諮問機関「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」において、3原則を守りつつ、目的によって武器輸出を可能とする新たなルールづくりを検討し、年末に改定する新たな防衛計画大綱に反映させたい考えだ。
 北沢防衛相は、都内で開いた防衛関連産業の新年会で、武器輸出三原則について「そろそろ基本的な考え方を見直すこともあってしかるべきだ」と述べ、見直しに前向きな考えを示し、防衛省も「軍隊が使用するもので、直接戦闘の用に供されるもの」(1976年の衆院予算委員会、三木武夫首相答弁)とする武器の定義に該当せず、人道目的と認められる防衛装備品については、使用目的を限定することを前提に、輸出を認める方向で検討。個別に3原則の例外としたり、性能を下げて民生品と位置づけたりすることも検討している。
 適用外になりそうなのは、海上救難活動や離島の急患搬送に用いる海上自衛隊の救難飛行艇「US2」など。防衛省首脳は「3原則の中で、軍事品だと決めつければ輸出は出来ないが、人道支援の(ための)機材と位置づけることもできる」と語る。すでにインドネシアやフィリピンから輸出の打診があるという。
 US2は兵庫県に本社を置く輸送機器メーカーが製造。同社が製造する救難飛行艇は70年代に国会で軍用機に当たるかどうかが議論になり、メーカー側が輸出を自粛してきた経緯があった。
 武器輸出三原則とは、(1)共産圏諸国向けの場合(2)国連決議により武器等の輸出が禁止されている国向けの場合 (3)国際紛争の当事国又はそのおそれのある国向けの場合、であり、この場合には武器輸出を認めないというものであり、武器輸出三原則は多少の制限を加えているものの、基本的には武器の輸出を認めている。しかし、これまで長らく武器輸出を自粛してきた根拠となっているのは1976年に出された「政府統一見解」(1)三原則対象地域については「武器」の輸出を認めない。(2)三原則対象地域以外の地域については、憲法及び外国為替及び外国貿易管理法の精神にのっとり、「武器」の輸出を慎むものとする。(3)武器製造関連設備の輸出については、「武器」に準じて取り扱うものとする。武器輸出三原則に加えて、この政府見解をプラスしたものを「武器輸出三原則”等”」と総称し、この「武器輸出三原則”等”」に基づいて武器輸出を自粛してきたが、武器を売っていないからといって、日本の産業がまったく戦争に無縁でいたと言うことにはならない。
 実際、日本が輸出した民生用の製品が軍事利用された例は多数ある。ソニー、パナソニック、トヨタらの製品で、例えば、アメリカ空軍は2200台のプレステ3を注文し、軍の研究所で使うため、プレイステーション3を300台ほど合体させて1つのコンピュータのようにした。プレステ3は処理性能がいいし、大量生産されているゲーム機だから、ふつうに高性能コンピュータを作るよりも安い値段で手に入るということ。他にもアメリカ軍ではパナソニック製の頑丈なノートパソコン「タフブック」が大量に使われている。
 チャド内戦ではトヨタ製のトラックが改造され、荷台に対戦車ミサイルを搭載した。この対戦車トラック部隊(トヨタ製)が戦場を駆け巡り、時には敵軍の戦車も撃破して話題になったりした。
 料理に使う包丁も時には武器になるように、使う用途によっては民生用か軍事用かは厳密には分けられないのが現状で、その意味において、使い道で輸出制限撤廃を検討するのはごく自然な成り行きかもしれない。 
 しかし、防衛省や防衛産業が危惧しているのは、3原則で輸出や多国間の共同開発が制約され、日本の防衛産業が弱体化しているという危機感です。新ルールで国産品の一部が輸出できれば、新たな市場の開拓と防衛産業の育成・強化につながり、不況かで苦しむ産業界に新しい投資先を提供し、ひいては軍事産業を中心とした産業再編成へと言うことにもなるかもしれない。
 利潤追求のために市場を拡大する資本主義的生産下では、常に破壊と消費を前提に先端技術と開発を求められる軍事産業の肥大化は避けては通れない。
 「日本製の武器が世界中の人々を殺してこなかったのは、世界に誇っていいことだ。」とか、「日本は平和国家を宣言しており、三原則は堅持すべきだ」とかの人道的・平和主義だけではこうした動きを止められない、資本主義的生産関係の見直しと反戦・反軍国主義の新しい運動を作り出そう。(光)


沖縄便り 3    宮森常子

 2月12日
 午後からサバニくらぶの催しに参加させてもら予定だったが、一向に連絡がこない。宿の方々の姿もなく、勝手におやりというところか、と思い雨の降る中、サバニくらぶへ行ってみた。ここにも誰もいない。ドアーが閉まっていて、真っ暗。前回訪れた時にいたヤギもいない。森閑としているので置き手紙をして宿に戻る。
 途中みごとなガヂュマルの木を写し、空になっているホコラも写した。宿へ帰っても誰も居ない。ブィヨンの放ったらかしの牧の草≠ニいう詩を思い浮かべ、腹の底から笑った。私は当年とって77歳、若者たちには伍していけない。ほっといてくれたのだろう。イキなはからい。宿でこれを書いている。雨の日の沖縄を自由に満喫した。少々ひがみもないではなかったが、放っといてくれるのもありがたい。勝手にやりなはれ、というのが大阪、沖縄もそうだったかと思うと一層うれしくなった。
 夕方から帰り支度、荷作りをする。シムクガマの写真もたくさん撮ったし、旅日記は書いたし、万々歳。新たな絆の形成がなければと・・・、今度の目標、わが街レポートを媒介として、やろうじゃないか。沖縄の方も読んで下さるという。帰ったら送付にうれしい多忙。オリオンビール小2本、コロッとあけちゃった。沖縄最後の夜、沖縄で元気になってまた大阪のシャバへ。守口プリズンにいる彼女が待っている。明日は大阪へ。
 2月13日
 朝6時30分起床。雨は降っていない。屋上に上がってカメラをかまえる。太陽は昇ってこない。読谷のサンライズを撮るのはあきらめた。那覇行きのバスの車窓から眺めてのことだが、北谷から読谷までは殆ど家など建っていなかったはずだが(去年沖縄へ来たとき)、一面の緑であったのにずっと屋並みが途切れなく続いていて、将来ここもボコボコビルが建つのだろうか、と何ともいいがたい気分になった。
 沖縄で4人の方が大阪・わが街レポート≠読んで下さるという。うれしいこと。孤独死に対して私どもは近所力≠ニ対置しようと思ったものだが。少なくとも10号位は続けたいもの。案内へ戻る


 表現することは生きる支えになる?
 
 自らの思想(広義の)は何で表現してもいいと思っている。いま夜間高校生の詠んだ短歌が本になって出版されているので、書くことに限定して書いてみる。
 なぜ書くか。心を占めること、心にあふれることを書きしるす場合、読む人を想定していないようで、思うことを吐き出す。これをカタルシスというらしい。表現ということになると、なんびとかに伝えたいことを、いかに書くかという工夫が必要となろう。定時制の高校生が詠んだ短歌の中に、

夜学来て やっと分かった 身に染みる 「普通の」「まともな」 どうでもいいや

という歌」がある。
 不登校、ひっこみだった生徒が夜間高校に通っていて詠んだ歌だそうだ。世上で「普通の」「まともな」と認められるのに必要な卒業証書。就職もままらなぬ昨今、そうした状況の中で、夢も希望も持てそうに無い生きづらい現実があって、「普通の」「まともな」生活が、約束されるはずの卒業証書とて、どうでもいいやと思えてくるのは自然であろう。ここから目標を見出さなければ・・・大変だろうなと思う。それが歌を詠むことであったら、生きるスタートラインに立っていると思われる。歌を詠むことを道しるべとして、生き抜いてほしいと思う。
2010・3・18  宮森常子


本の紹介 このたびワーカーズ会員による本が出版されました。今号から3人の共著者による本の紹介を掲載します。
『アソシエーション革命宣言』――協同社会の理論と展望 
 発行 社会評論社 定価 2300円(税込み2415円)

(第一回)

★協同組合の連合社会  ――アソシエーション革命のリアリズム――飯嶋 廣

思いは、アソシエーション革命の構造とリアリティー

 私はほぼこの10年間、思想としても体制としても崩壊したとされてきた社会主義を、アソシエーション革命として復権させたい、という思いを抱いてきました。その道中ではそうした私にとって無謀ともいえる課題に挑みながら何回かパンフレットやワーカーズの記事にもしてきました。が、そのどれも中途半端なものにとどまってきたのではないかという思いがいつもつきまとうものでした。
 何人かの仲間とやってきた学習会も、波はありながらもこのたび共著という形で発行するに至りました。これで完成と言うつもりはむろんありません。願わくばこれを機に、未来社会像の探求とその実現可能性への確信の獲得に向けて、より大きな協同作業の流れが形作られることを願っています。
 本書での私の担当部分を紹介すると、以下のようなタイトルと章構成になっています。 

序章 国有計画経済≠ヘ社会主義ではない
第1章 アソシエーション社会は当事者主権℃ミ会
第1章 アソシエーション社会は協同組合の連合社会
第2章 アソシエーション社会は協議・調整型の社会

 タイトルは未来社会の土台とそれが空想ではないことの思いを表現してみたつもりです。

 序章では、社会主義の崩壊を語るうえで枕詞のように取り上げられるソ連社会が、これまでも何度も指摘されてきたように、実は社会主義でも何でもなく、マルクスが提起した当事者所有を土台としたアソシエーション社会とは対極に位置づけられる剥奪的で抑圧型社会であることの再確認から始めてみました。
 第1章では、このことをパリ・コミューンとロシア革命の対比をとおして、ソ連とは全く別物としての当事者主権社会としてのアソシエーション社会を浮かび上がらせる一つの考察です。
 第2章では、そのアソシエーション社会とは、労働者自身が所有し、経営し、働く協同組合の連合社会として生まれること、それに新たに生まれる社会の骨格や変革の道筋を若干原理的な分析を加えて考えています。
 第3章は、そのアソシエーション社会の構造は、現代の私たちが到達した地点ではどのようなものになるかを若干のイメージを交えて考えています。

 本書では取り上げられなかったテーマも多いし、なんといっても働き、活動しながらの著作で、雑な展開もあるかと危惧もしています。しかし、これまでの多くのアソシエーション社会(革命)論には、小さくない弱点があると受け止めてきたのも正直な印象です。
 たとえば、アソシエーション社会を単なる部分社会での課題だとするとらえ方や、また資本主義の本丸としての企業・労働現場での変革を正面に据えた立論が欠落するかあるいは弱かったこと、それに移行過程の実現性を強調するあまりに変革という視点が後景化されてしまったこと、それに一部の研究者・専門家に議論の土俵が狭められていたこと、などという印象を持っています。本書ではこうしたものとはまた違ったアソシエーション社会(革命)像を提起することができたのでは、と、若干の自負を抱いているところです。
 本書に対する忌憚のないご意見・ご批判を期待するとともに、これを機にアソシエーション社会(革命)の議論を大きな流れにしていきたいと願っています。 案内へ戻る


編集あれこれ
 前号の1面は、朝鮮学校に対する高校無償化除外を許さないとする記事です。このような差別・選別は断じて許すことはできません。鳩山政権が、朝鮮学校を高校無償化からはずさないように、監視をしていかなければいけません。
 2・3面は、沖縄の普天間基地に関する記事です。現在、鳩山政権は普天間基地を沖縄県内に移設する案を出そうとしています。普天間基地に関しては、昨年鳩山総理自身が「国外・沖縄県外移設」を主張していました。私は、普天間基地は撤去すべきと考えます。この問題で、民衆の声を結集し鳩山政権を突き上げていきましょう。
 4面は、コラムの窓ー調査捕鯨にについての記事です。この調査捕鯨で、毎年5億円以上の税金が22年間も支出されています。そして、グリーンピース職員による鯨肉不正横流しの内部告発に対し、逆に職員は「窃盗罪」で逮捕されるというひどいことが行われました。こうしたことは、到底許すことができません。そして、多額の税金を使う調査捕鯨についてもメスを入れる必要があります。
 5・6面は、本の紹介です。「新・マネー敗戦」と「歴史学と社会理論」です。こうした理論的な問題も重要です。7・8面は、読者からの手紙です。今後も、読者の皆さんにはどんどん投稿をお願いします。
 それと、3月15日に社会評論社から「アソシェーション革命宣言ー協同社会の理論と展望ー」という本が出ました。これは、ワーカーズの会員が執筆したものです。定価は2300円(税込2415円)です。ぜひ読んでください。        (河野)案内へ戻る