ワーカーズ462号   2012/4/15    案内へ戻る
原発の再稼働を許すな!
 原子力ムラの策動を打ち破ろう


 原発再稼働の動きがピッチを上げている。野田首相は、4月3日に原発再稼働の基準の作成を指示、6日にはその基準ができあがり、9日に再稼働が必要との判断を示した。この間わずか6日間だ。
基準の内容は、全電源喪失に備えての電源車の配備、東日本大震災規模の地震や津波でも核燃料が損傷しない、免震事務棟の設置の実施計画が存在する、というもの。しかし全電源喪失が起こり得ること自体が、そもそもあってはならないこと。地震や津波についても、最新の研究・調査に基づく想定を無視。免震事務棟は2015年までにつくれば良いといういい加減さだ。
 人間の適応力は優れており、工夫をすれば地球上のどこにでも住める。しかし原発事故は、人が絶対に住んではならない地帯を、広大な規模で出現させてしまった。福島原発事故がもたらした大地・海洋・大気の致命的汚染は、チェルノブイリをはるかに凌ぎ、地球上の多くの人々に世代をまたぐほどの長期にわたる脅威を強いている。
 こうした事態を発生させてなお、原発に固執する政・官・財・学・メディアなどの原子力ムラの愚かしさは、途方もない。しかし愚かしさだけが彼らを原発に駆り立てているのではない。彼らを突き動かしているのは、利潤や利権・権益、経済的政治的立場の維持と保守という利害欲得だ。そのためなら、何千何百万の市民の健康と命を脅威にさらすことや、社会や国家を崩壊させる可能性さえも、平然と無視することが出来るのだ。
 原子力ムラが持つ、政治・経済・社会・文化などへの強大な影響力は、マフィアの異名をはるかに凌ぐものだ。この力は、福島原発事故によってさえ大きくは衰えていない。むしろ彼らにとっての歴史上の最大の危機に直面して、これまで以上の精力を投入して、利害欲得の維持・追求に向けて突き進んでいる。
 原発の再稼働を阻止出来るかどうかが、原子力ムラを弱体化させ、解体できるか否かの当面の試金石となっている。労働者・市民の力を結集して、再稼働を許さぬ闘いを大きく広げていこう。 (阿部治正)


「沖縄通信」・・・自衛隊の配備強化・常駐化に反対する集会各地で!

 北朝鮮の「衛星」打ち上げに備えたPAC3の配備が進むなか、自衛隊の物々しい配備に対して、多くの批判の声が上がっている。
 2009年に内閣官房副長官補として北朝鮮の「ミサイル発射」に対応した柳沢協二氏は「PAC3はミサイルを迎撃するもので、ロケットの破片を落とすものではない」と、配備の有効性を疑問視。また、「沖縄本島は予告の経路からかなり外れており、そこでの配備は役に立たない。離島防衛の展開訓練という意味しか見いだせない」と、自衛隊の南西諸島進出に向けた「既成事実づくり」と断じている。
 自衛隊員が常駐しているのは、那覇、南城、宮古島、石垣の4市と、竹富、与那国の2町、多良間村。さらに、自衛隊の連絡要員が県庁と7市町村役所・役場に計30人も配備され、沖縄県内になんと自衛隊員が950人も常駐している。
 特に、石垣島の配備先である石垣港新港地区は、普段は工事車両や砂利置き場の民間地なのに「基地」に一変した。新港地区に向かう道路は警察によって封鎖され、一般の人は近づけない。また、自衛隊員が銃を携行して監視活動を展開している。
 こうした状況を受け、11日に各地で自衛隊の配備強化、常駐化に反対する集会・デモが開催された。
 那覇市では沖縄平和運動センターなど10団体が主催した集会に300人以上が集まった。石垣市での平和憲法を守る八重山連絡協議会の集会では石垣島への部隊展開が「自衛隊常駐の地ならし」という見解で一致。宮古島市では平和運動センター宮古島が日本政府にPAC3の即時撤去などを求める声明を発表している。


「沖縄通信」 防衛大臣が破壊措置命令
       沖縄県内4カ所にPAC3

 3月30日、田中防衛大臣は北朝鮮の長距離弾道ミサイル発射実験に備え、ミサイル防衛(MD)による迎撃態勢を取るため、自衛隊法に基づく破壊措置命令を発令した。
 海上自衛隊呉基地から、地対空誘導弾パトリオット(PAC3)が輸送艦に積み込まれ、3日には石垣島、4日には本島と宮古島に到着し、6日までには全ての配備が完了するという。
 こうした状況を受けて、沖縄においても「沖縄平和運動センター」が中心になり、30日夜、県庁前抗議集会と国際通りデモが取り組まれた。(英)

田中防衛大臣の基地と戦争押し付け来県反対!
沖縄をミサイル戦争の舞台にするな!
武力で平和は守れない!
PAC3配備に反対する集会声明

 県民の皆さん。政府・防衛省は、北朝鮮が発表した「衛星」打ち上げを長距離弾道ミサイルと断定し、「領空、領海、領土内への飛来」に備え、沖縄近海へ3隻のイージス艦を配備するとともに、沖縄本島、宮古島、石垣島に自衛隊のPAC3を配備し、それを運用する陸上自衛隊の大部隊を送り込むと発表しています。その上で、田中防衛大臣は30日にも飛翔体の破壊措置命令を発する予定と報じられています。・
・・・今回の北朝鮮によるロケット発射を最大の宣伝材料として扱い、過剰なまでの警戒心をあおり、政府が進めようとする島嶼防衛を一気呵成に推し進めるかのように大規模な自衛隊部隊の展開を図ることに県民は大きな不安を抱いています。かねて「沖縄の基地の負担軽減」を公約する政府が、米軍基地をはじめとする軍事基地の整理縮小を実現することなく、今、新たに軍事緊張を造成し自衛隊基地の拡大と機能強化のみを推し進めようとすることは、県民に対する背信行為と厳しく断ぜざるを得ません。・・・・ 2012年3時30日 案内へ戻る


消費増税一体化極まる政官業《報》──権力の先兵に堕する報道機関──

 12年度予算が成立し、通常国会は消費増税国会の様相を呈している。
 その消費増税問題では新聞各社やテレビ各局が野田内閣の消費増税を一様に後押ししている。権力の監視役≠掲げる報道機関の使命はどこへやら、いまでは政官業報∴齣フ体制かと見まごうばかりの翼賛報道だ。
 政権とマスコミがタッグを組む消費増税。ここは生活者としての庶民の視点と根性で跳ね返す以外にない。

◆受け売り!

 消費税について報道機関はおしなべて引き上げが不可欠だとしている。新聞では全国紙の読売新聞や毎日新聞、それに日経新聞もそうだ。テレビ各局も同じようなものだ。各社とも報道機関の使命として権力の監視≠掲げてはいるが、こと消費増税に関しては政権の先兵と化している。まさに政官業《報》一体の様相だ。
 報道機関のオピニオンリーダーを自負する朝日新聞も例外ではない。むしろ消費税に関しては民主党政権発足以降、一貫して増税不可欠の立場を社論としてきた。
 その朝日新聞は、消費増税法案が国会に提出された翌日の3月31日に「やはり消費増税は必要だ」、また12年度予算が成立した4月6日には「言い訳やめて、本質論を」という大型社説を立て続けに掲載し、改めて消費増税の必要性を訴える社論を掲げた。菅元首相が消費増税を打ち出してから、これで何回目だろうか。
 その社説、3月31日は「政府の借金の総額が1000兆円に迫り、国内総生産の2倍にまで及ぶ…………財政悪化の最大の要因は、社会保障費の増大だ。」として、「社会全体で支え合う社会保障の財源には、……幅広い層が負担し、税収も安定している消費税がふさわしい。」という。そして4月6日、「消費増税反対派は『まずはむだの削減だ』『まずはデフレ脱却だ』『まずは衆院の解散だ』というばかりだ。」「『どんな順番でやるか』で争うばかりで、堂々巡りが続く。」としたうえで、「有権者の審判は消費増税を決めた後に仰げばいい。民主党の公約違反の責任はそのときにとってもらおう。」という。何のことはない、野田首相の応援団、側面支援でしかない。
 「本質論を」ともいうが、中身は「行革で削れる金額は桁が違う。」というもので、論理≠ネどといえた代物ではなく、これも野田首相や財務省の論理のオウム返しでしかない。
 朝日新聞が不毛な口実だとしている無駄の排除、景気回復、解散総選挙などは、自民党などが主張しているかぎり確かに反対のための口実でしかない。自民党も消費増税では同じ穴のムジナであり、揚げ足取りの政局優先の姿勢が透けて見えるからである。
 とはいえ、それらの理屈自体は不毛なこじつけと切り捨てられるものではない。その一つ一つが野田民主党内閣の致命的な欠陥や限界を背負っているからだ。
 たとえば無駄の排除。これはあの政権交代時のマニフェストの生命線であり、景気回復が先決ということも、過去の消費税導入や税率引き上げが、税収増につながらず単に税負担の移転に終わったこと、総選挙についても、民意の洗礼を受けない内閣が三代も続いていることの正統性の欠如を象徴しているからだ。政権交代に関しては、自民党政権末期には政権たらい廻し≠セあれほどやり玉に挙げていたのに、いまでは「一年ごとに替わるのは良くない」とご都合主義丸出しだ。選挙は消費増税を決めた後、だというに至っては、政権を自分たちによる国家統治の消耗品だとする財務省官僚の代弁そのものだろう。

◆本質論?

 朝日新聞が反対のための反対の口実として列挙する主なものは上記3点だが、実はより本質的な批判として共産党や社民党などから大企業優遇の大衆課税≠セという批判が出されている。それらは中途半端なものでしかないが、それでも消費増税の本質を突いている点では当を得ている。
 その正論≠、朝日新聞は消費増税そのものへの反対論だとして一顧だにしない。少数勢力だから何を言っても相手にしないということなのだろうが、ここにも権力に寄り添う姿勢が見て取れる。
 朝日新聞が上げている論拠の第一は、社会保障費の増加が財政悪化の最大の要因だという点だ。いわば歳出面の問題だ。しかし国債発行残高の急増は、平成不況以降の数次にわたる景気対策という名の企業へのてこ入れ策が最大の要因だった。企業にとって深刻な需給ギャップを下支えするための公共事業などだ。朝日新聞は、乗数効果(波及効果)も低下していた公共投資が景気対策につながらない実態を批判していたかつての主張を忘れてしまったのだろうか。
 論拠の第二は、国債発行高が40兆円を超えている現実を考えると、無駄の排除で生み出せる財源では財政赤字の解消は不可能だ、というものだ。いわば財源=歳入の問題だ。なんとも眼鏡が曇っているいう思いが禁じ得ないが、これも財務省が垂れ流す資料の土俵上だけでしか思考できないマスコミの弱点ではある。
 消費増税をめぐる核心は、報道各社が一貫して避けているところにこそある。いうまでもなく企業負担のあり方であり、企業の社会的責任についてだ。消費増税はなにも野田首相や官僚だけが騒いでいるわけではない。社会的責任に応じた負担を一貫して忌避してきた財界・産業界こそ、企業負担を消費者に転嫁したい張本人なのだ。巨額の財政赤字の原因は、そうした企業の責任逃れとそれを追認する政治と行政にある。

◆権力の監視?

 89年の消費税導入以降、あるいは97年の5%への税率引き上げ以降、国の税収は全く増えていない。消費税が導入(引き上げ)されてそうなのだから、減った財源があることになる。法人税と個人所得税だ。その法人税は消費税導入・引き上げ後の不況で減ったうえ、税率そのものも継続的に引き下げられてきた。個人所得税も高額所得者を対象としてこれも税率が継続的に引き下げられてきた。要は消費税の導入と引き替えに法人税と富裕層への減税が繰り返されてきたのである。付け加えれば、相続税や利子取得税の軽減という富裕層への減税も続けられてきた。どんなに巨額の不労所得であっても、一律10%の取得税で済ませてきたわけで、これ自体べらぼうな富裕層優遇策だ。それもこれも富裕者優遇が経済成長に直結するとの手前味噌な経済理論≠ノよってだった。その論理に従えば、失われた20年はあり得ず、とっくの昔に成長ステージに入っていたはずだ。現実は、富は大企業と富裕層に滞留した。本質論で言えば、大衆課税である消費税導入(引き上げ)と法人税・個人取得税、それに有価証券取引税によって、巨額の所得移転、要は税制をつうじた収奪がおこなわれたのだ。
 要するに、現在の財政悪化の原因は、歳入面での企業負担の軽減、歳出面での企業へのテコ入れにある、ということなのだ。それが裁量行政など既得権の保持を至上命令とする官僚政治の土台の上で繰り返されてきたところに、現在の財政危機の根源がある。この事実を、少子高齢化や社会保障費の増大のせいにすり替えているのが、今の消費増税の論理なのだ。新聞各社やテレビ各局などの報道機関は、こうした自民・民主歴代政権による富裕層・大企業寄りの姿勢に有権者の批判の目を向けさせるどころか、政府や官僚が垂れ流す情報操作の尻馬に乗っているだけなのだ。どこに権力の監視≠ネどがあるのだ、という以外にない。
 世論調査では消費増税に反対という声が6割にも達し、以前より増えているという。これは野田内閣の増税政策が、増税の前に無駄の削減などやるべきことをやっていないという実感と、増税が現実味を増してきたことによる拒絶反応がない交ぜになった結果だろう。このこと自体、政官業《報》体制による世論操作への、生活実感と生存権に根ざした庶民の静かな抵抗に他ならない。
 とはいえ、抵抗や抗議だけでは既得権や富裕層優遇政治は打破できない。企業の社会的責任を果たさせる行動や闘いを、企業レベルでも政治レベルでも拡大していくことこそ私たちの課題だろう。(廣)


現行消費税制度の二大欠陥と還付金制度のカラクリ

 消費税は「国民が広く公平に負担する税」などといわれているが、実際消費税が間接税であり、そのため年収格差がある中での増税の導入は、既に存在する社会的格差をさらに増大するだけのことだとは庶民にもよく知られてきた。マスコミの大きく歪められた世論調査でも賛成とする理解者は少ない。このように「消費税は最大の不公平税制」だとは多くの人々に知れわたっているがその核心はあまりにも知られていないのである。(この節は文字小で作成のこと―猪瀬)
 また実際に消費税増税ともなれば景気の低迷をもたらし、現在の不況の深刻化を引き起こすことに繋がるのは、過去の2回の実際の経験からも明らかである。それを知らぬふりして、「税と社会保障の一体的改革」をいいながら、消費税増税のみを追求して社会保障を切り捨てて顧みない野田政権の自公に対する秋波の送り方や大連立を追求する只ならない異様さはここに至って特に際だっている。
 ここで現行の消費税制度が持つ問題点を明らかにしたい。その核心とは「増税で潤うのは輸出関連の大企業等」だけだということである。消費税を支払うのは誰かというとその商品を購入した人々である。ところが輸出品、例えば海外で自動車を売った場合一体誰が消費税を支払うのであろうか。ここにカラクリがある。つまり消費税の最大の問題は、輸出企業への還付金制度にある。日本政府は、外国人に日本の消費税を負担させるわけにはいかないという理屈にもならない屁理屈で、国内の部品仕入れ段階などで発生した消費税を、国が後でその輸出企業に戻す仕組みをこっそりと作っていた。この事については、斎藤貴男氏の『消費税のカラクリ』(現代新書)において消費税制度のおかしさが既に相当に詳説されてはいる。しかしマスコミ等が斎藤氏の指摘を無視しているのでほとんどの人々は今でも全くこの事を知らないのである。
 現行の消費税制での消費税制度の二大欠陥とはズバリ帳簿・伝票方式ではなく売上高だけに課税するという簡易課税制度である事と消費者から消費税を受け取りながら税務署に支払わなくてよい免税点が存在する事にある。それが消費税を強行導入した竹下登大蔵大臣の深謀遠慮であった。つまり現行では、消費税額は年間売上高から年間仕入れ高を差し引いた額(簡易課税表による実に乱暴な計算方法により)に5%掛けに決まる。この脱税が現実のものとなるおおざっぱな課税方法が許されている事自体、すでに現行消費税制度のいい加減さを象徴して余りある。さらに実際に消費者から消費税を受け取っていながら現行制度の下では税務署に納税しない日本共産党や公明党の「民主商工会」等に組織された零細業者が「合法」的に多数存在を認められているのだ。特記すべきは、輸出企業の存在に対する扱いであり、実際に輸出する商品の消費税率はゼロなのだから、その輸出割合が高い企業ほど、仕入れ段階の税額と還付金の逆転現象が起きることになる。これまたが日本政府が作った消費税制度のカラクリである。
 このカラクリを分かりやすするため、具体的に例示する。トヨタの売り上げが国内で500億円、輸出で500億円だったとしよう。仮に自動車製造にかかるトータルの仕入れ額が800億円とすると、その場合、トヨタが国内で販売した500億円の売り上げに対する税額は25億円、そして仕入れの税額は40億円となるから、その差額の差し引き15億円がトヨタに還付される事になる。つまりこの場合、トヨタは本来は1000億円の売り上げがあるのに対して、消費税上の計算では500億円も低くなるが、そうしておきながら仕入れ額の800億円はそのままで計算されるという事になる。これが還付制度のカラクリだ。
 実際に政府の予算書を見ると、こうした還付金は約3兆円(2010年度)あり、消費税の総額(約12兆5000億円)の約3割に上る。仮に10%に引き上げられたとすれば還付金は、単純計算で6兆円にも達するのだ。こうした還付金制度のカラクリによって、輸出企業の本社を抱えた税務署は徴収する消費税よりも還付金の方が多く、現実に「赤字」になっていて毎月やりくりに青息吐息であるという。
 このカラクリにより、トヨタ本社がある愛知の豊田税務署は毎年約1150億円の『赤字』で、豊田税務署はトヨタに対して毎月200億円近くを振り込み続けている。そしてもしトヨタに対するこの振り込みが遅れるとペナルティとして税金による巨額の利息が付く現実がある。
 私たちは還付制度の下、税務署が青息吐息で苦しむのはよい事だなどとは単純に言えない現実、つまり税金の輸出企業への許されない再配分がなさる局面にまさに遭遇しているのである。
 黙っていても濡れ手に粟のカネが入ってくる―それゆえ政財界が一体となっての消費税増税に経団連が熱心なのも実によく理解できるが、それと対照的に中小企業等は苦しくなる一方のである。このように一方で還付金制度によって濡れ手に粟のあぶく銭を手にする輸出関連企業と他方で消費税増税により疲弊するだけの中小零細企業や商店業界。このカラクリ、つまり還付金制度を廃止するだけでもただちに3兆円(2010年度)の消費税の増収になる現実がある。しかし共産党や社民党もこのカラクリの存在を知ってか知らずか、この構図そのものの存在をあまり明らかにしてはいない。既に述べたように、彼らには組織防衛上の彼らなりの事情があるのであろう。だが私たちワーカーズには党利党略や自らの下部共闘組織の都合などといった労働者民衆の立場と相違するものは一切ない。この事が私たちの強みである。勿論私たちは消費税という名の間接税には反対だ。私たちは間接税ではなく、直接税、つまり法人税減税などではなく、法人税制の強化と富裕層への優遇税制の廃止と彼らに対する強度の累進課税制を要求するものである。
 今すぐにでも消費税と還付金制度を廃止せよ、こレが私たちの要求である。 (猪瀬)案内へ戻る


原発こぼれ話「再稼働は出来レースか?」

 4月7日、滋賀県大津市の琵琶湖畔なぎさ公園は海風ならぬ湖からの冷たい風が吹き抜けていた。その寒風のなか、600名の参加者をえて「大飯原発再稼働を許さない」関西集会が開催された。集会後のデモは関電の滋賀支店をめざし、抗議の声をあげた。集会では福島からの避難者の訴え、福井からの報告、春休みに子どもたちを受け入れた方の体験談などが紹介された。
 そうしたなかで明らかになったのは、関電大飯原発の再稼働にたちはだかっていた枝野幸男経済産業相の再稼働に対する否定的発言、西川一誠福井県知事のまだ安全は確認できていないという態度がポーズに過ぎないという指摘である。
 野田首相と関係3閣僚の会合において運転再開を判断する新安全基準≠ェ示され、9日以降の週にも枝野が福井を訪れようというのだ。その新基準たるや、「事故の知見・教訓を踏まえた新安全規制の前倒し」としていくつかの対策の実施計画が明らかになっていればいいという杜撰なものだ。
 東電福島原発の核過酷事故の原因は公式見解≠ナは津波だとされているが、それは願望にすぎず、地震によって壊れたという指摘を否定することはできない。こうした疑念が十分に明らかになるまで、「安全だから再稼働」などと言えるはずがないのだ。
 にもかかわらず、新基準が示されることによって、枝野や西川は手を打つのではないかと疑われている。そのシグナルは、新幹線の敦賀への延伸や高速道路を中部圏へというお馴染みの公共事業による利益誘導である。こんなものと引きかえに県民の安全を売り渡していいのかと思うのだが、ここまでポーズでも反対してきたのだからもういいだろうということか。
 結局のところ、そうした妥協を許さない脱原発の力こそが、たとえここまで出来レース≠ナあったとしてもこれを粉砕し、これまで言い続けてきたことを最後まで守り続けさせることになる。なにしろ、どんなことをしても現状の原発の安全を確認することなどできないのだから。 (晴)

大飯原発再稼働を許さない4・7集会決議

 2011年3月11日、東日本大震災による東京電力福島第一原発の大事故は、空気・水・大地・海を放射能で汚染し、人が生活できない状況をつくりだし、多くの人々が避難を強いられました。事故収束の見通しは立たず、汚染は続いています。
 地震国・日本に54基もの原発が存在すること自体が異常なのです。原発を国策として、安全神話をもって推進してきた政府・財界・電力会社・御用学者・マスコミに福島原発事故のすべての責任があります。
 現在、稼働している原発は、北海道電力泊3号機のみで、それも5月5日には定期検査に入り、停止する予定です。原発による電気が無くなる日が実現します。
 政府・財界は原発による電気が無くとも、日々の暮らしや経済に破綻などが起きないという現実があらわれることに恐れをなし、原発の裏に隠された核政策が停滞すること、財界・電力会社にとって莫大な儲けができなくなることなどへの危機意識から原発再稼働の動きを強めてきました。その突破口が大飯3・4号機なのです。
 野田首相は4月上旬に「政治判断」で再稼働を決定し、実施させようとしています。
 福島原発事故後の全国での「原発はいらない」という市民・労働者の集会・デモ、1000万人署名をはじめ「原発NO」の世論の高まり、それに押された嘉田滋賀県知事など首長の慎重論などもあり、首相は暫定安全基準を作成し、新基準をもって福井県知事・おおい町長にあらためて同意を求めようとしています。
 大飯原発など福井県若狭にある原発で大事故が起きたなら、近隣で生活する人々の被害のみではなく、いのちの源「びわ湖」が汚染されます。私たちは、関西圏1450万人に重大な被害を与えるがゆえに、「原発はいらない!」「原発をなくそう!」「原発に依存しない社会をつくろう!」の声をあげているのです。
私たちは、福井県・滋賀県・京都府をはじめとする立地自治体および隣接自治体が、住民のいのちと暮らしを守るため、大飯原発3・4号機の再稼働に同意しないことを求めます。同時に、隣接自治体が立地自治体なみの安全協定を求めていくことを強く支持します。政府に原子力推進政策をやめ、再生可能エネルギー政策に転換することを強く要求します。
 私たちは、大飯原発の再稼働に断固反対します。 以上、決議する。 ‐集会参加者一同


福島行 いわき市・小名浜港から飯舘村へ

 3月末に福島県内を回ってきました。国や自治体の発表する被害の状況や放射能汚染のレベルがどうも信用できず、自分自身の目と身体で、事実を確かめたかったからです。たどったルートは、いわき市の小名浜港、Jビレッジを手始めに、福島の中通りを北上し、最後は飯舘村へ。
 小名浜港は、津波の直後は大変な光景をさらしていましたが、今はちょっと目には被害に遭ったことが分からないくらいに回復しています。しかし、津波で破壊されたり、流されたりした建物跡が、そこここに見られました。
 小名浜港を出て、楢葉町のJビレッジ側から、双葉町、浪江町、大熊町に出来るだけ近づこうと車を走らせましたが、はるか手前のJビレッジ前で「一般人は進入不可」と警備員さんに告げられ、別ルートへ(これは予想していた事態です)。
 ナショナルトレーニングセンターとして名高かったJビレッジは、すっかり原発業者と労働者の出撃拠点に変わっていました。業者のバスや車が多数駐車し、労働者たちが休憩したり歩いたりしている姿が見られました。
 中通りの一般道を走り、飯舘村に近づくにつれて、車中にもかかわらず線量計の値がどんどん上がっていきます。開けたアスファルト舗装道路にかかると線量が少し下がり、まわりが林や森になると上がり、そして低地になるとやはりぐっと上昇します。機械(mr.ガンマ)はやはり正直です。
 飯舘村の村役場に到着し、役場前に設置している線量表示看板を見ると、0・76マイクロシーベルト毎時でした。しかしその横に立って私の線量計で測ると、1・78マイクロシーベルト(地表1m)。この差は、いったい何だ。表示板周辺は、表示線量を低くするために徹底的に除染したはずなのですが、事実は動かせません。問いただそうと役場を訪ねましたが、開いてはいるものの一階には人影はありません。
 飯舘村の本当の線量はどれくらいなのか知りたくて、色々なところで測定しました。役場と目と鼻の先、300メートルも離れていない飯舘中学校の門前では、5マイクロ毎時(地表5p 以下同じ)を軽く超えてしまいます。他の地点でも、3〜4マイクロが普通に測定されます。村には人影はなく、しかし洗濯物を干している家もあったり、みんなが避難をしているわけではないようです。村の発表によると、6650人がすでに避難し、村に残っているのは13人ということです。
 今回の福島行では時間切れとなり行けませんでしたが、双葉町では飯舘村の4倍強、浪江町は6倍強、大熊町は7倍の線量だと聞いています。ロシア連邦であれば無人ゾーンや移住義務ゾーンに相当する地域の中で、福島では今も多くの人々が暮らし、働いています。もちろん私の住む流山市内でも、10マイクロ毎時を超えるようなマイクロホットスポットが多数形成されていることを、忘れるわけにはいきません。
 徹底的な除染が必要。然り! だが、あの広大な福島の山野をいったいどうやって。
 移住が必要。本当だ! 高線量地域では、やはり優先的にこのことが追求されるべきではないか。
 その他、色々なことを考えさせられた2日間でした。  (阿部治正)案内へ戻る


コラムの窓 ・・・「町は平和」どころか「虐待の町」では?

「町は平和」か?
 車を運転しながら、カーラジオから聞こえてきた歌に、思わず反発してしまった。
 歌詞の内容は、正確には覚えていないが、だいたいこんな風だ。朝、目覚まし時計に起こされた。仕事に行くわけでもなく、外にぶらりと出たら、公園で母と子が楽しそうに遊んでいる。それを見て「ああ、町は平和だよー」と歌っているのだ。
 「何てノーテンキな!」と反発する自分も、大人気ないとは思いつつ、「町は平和?なわけないだろ!」と独り言をつぶやいてしまった。
 一見楽しそうに見える母親のうち、何人かに一人は、家へ帰れば夫の暴力に悩まされているかもしれないのに。公園に来ることさえできず、家の中で親に虐待されている子供もいるかもしれないのに。「平和」そうに見える町の家々の中を、もし空の上から屋根を透かして見ることができたら、親に虐待されている子供が、夫に暴力を振るわれている女性が、もっとひどい場合は父親や兄に性的虐待を受けている女児が、あちこちに見えてくるはずだ。何が「町は平和だよー」か?

「抑圧された母たち」
 ひるがえって、はるか昔の大学紛争のころ、ある学生が書いたアピール文を思い出してしまった。大学のバリケード封鎖が、明日にも機動隊の突入を受けようという「衝突の前夜」、砦に立てこもった学生達の、悲愴感あふれるアピール分の中に、こんな一節がある。
 「志半ばにして我々は逝くが、同志たち聞いてくれ、ここから見ると、町は平和そうに見えるのだ。だが、その町に抑圧された我々の母たちが住む限り、我々の死は完全なものとはならない。」
 「安保反対」とか「ベトナム反戦」とかの勇ましいスローガンより、我々が今住んでいるこの町の中で、女性たちが抑圧されている、それこそが問題なのだと訴えたのだ。「ウーマンリブ」の活動が花開くのは、まだずっと後のことだ。

「ミレニアム」
 最近、スウェーデンのベストセラー小説「ミレニアム」が映画化されたのを観てきた。正義感に燃える経済ジャーナリストが、巨大企業の不正を告発して闘ううちに、思わぬ「社会の闇」に向き合うストーリーだ。
企業経営者の一族が、その紳士面の影で、実は様々な女性をレイプし、サディスティックな殺害を繰り返し、自分の娘にまで性的虐待を加えていたことが暴かれていく。娘は、自分を苦しめた父が死んだあと、今度は実の兄から、同様の虐待を受け、絶望的な状況に陥っていく。
原書を読むと、各部の冒頭に、次のような一文が添えられている。「スウェーデンでは女性の十八%が男に脅迫された経験を持つ。」「スウェーデンでは女性の四十六%が男性に暴力をふるわれた経験を持つ。」「スウェーデンでは女性の十三%が、性的パートナー以外の人物から深刻な性的暴行を受けた経験を有する。」「スウェーデンでは、性的暴行を受けた女性の九十二%が、警察に被害届を出していない。」
「福祉国家」を標榜するこの国にして、このありさまである。ひょっとすると、日本はもっとひどいかもしれない。

「スザンヌ・ベガ」
アメリカにスザンヌ・ベガという女性歌手がいた。そのデビューシーンは衝撃的だったという。裸足のまま、アコースティック・ギター一本を手に、みすぼらしい服装で、ステージに登場した。文章にするとなかなか伝わりにくいが、そのただならぬ「空気」は、聴衆をはっとさせるものだったようだ。彼女は、親に虐待された暗い子供時代を過ごした。そのことをもとにして、自作の歌を作り、自ら歌ったのだ。そのスザンヌ・ベガの歌がヒットしたこと自体、アメリカの社会がどんな状況だったか、推して知るべしである。

「救急現場」
今僕は、救急病院に勤務している。夜間、救急車で運ばれてくる患者さんの中にも、虐待の被害者はいる。彼氏に火をつけられ、瀕死の火傷を負った女性。パートナーとの諍いがもとで、自殺未遂に走った若者。急変して運ばれた児童の中にも、親からの虐待を疑われるケースがあるという。
女性や子供に対する虐待は、この町でも、毎日、毎晩、起きている。そんな実態を肌身で感じているためか、「ああ、町は平和だよー」なんて歌詞を聞くと、歌手になんら悪気は無いとわかっていても、過敏に反発してしまうのだ。(松本誠也)


民主党政権よる二度目の死刑執行に抗議する!

 3月29日、野田政権による死刑執行が強行された。このことは、本紙2月1日号に掲載された「新年にあたって思う」のなかで、「新年早々、野田改造内閣が発足したが、死刑を執行するために法務大臣の首が挿げ替えられた」と指摘した。それにしても、年度内に実績を上げるために3名の死刑囚の命を奪う、どれほど野蛮な国であるか世界に知らしめる実に愚かな行為である。小川法相はさらに、死刑の存廃を議論するために法務省内で検討されていた有識者会議の設置も打ち切ってしまい、政権交代によって扉が開かれた死刑廃止、人権後進国からの脱出の機会を閉ざしてしまった。
 確かに、今回の死刑執行に対してもこれを支持する新聞投書が散見されるのは事実だ。その論拠として、死刑判決確定の日から6ヶ月以内の執行が原則という刑事訴訟法を持ち出しているが、そんなことをしていたらどれだけの冤罪による刑死が行われたことか、少し考えればわかることだ。米国では確定囚に対するDNA検査で多くの冤罪が判明している。自白偏重の捜査や犯人視報道によって冤罪がどれ程生まれているかわからないこの国で、そんなにさっさと死刑を執行したらとんでもないことになる。
 3月27日、アムネスティ・インターナショナルが2011年の世界の死刑に関する報告を発表している。数千人の死刑が執行されたとみられる中国は依然としてダントツの死刑大国だが、イランや中東での死刑が増加しているということだ。
 国家による殺人、死刑は政治的意味を持っている。それは中国で顕著だが、日本においても政治的意味合いを消し去ることはできない。執行を躊躇しているから死刑囚が100名を大きく超え132名にもなってしまったといわれる。しかし、それは話が逆で、死刑判決を求めるマスコミや世論に押され、裁判官が死刑判決を量産している結果にすぎない。これほど死刑を望む社会は、人権なき暗黒というほかない。
 
 死刑廃止フーオラムが抗議声明を出しているので紹介する。なお、本紙元旦号のコラムの窓「死刑執行への圧力」も参考にされたい。   (折口晴夫)

抗 議 声 明

 本日(3月29日)、松田康敏さん(44歳:福岡拘置所)古澤友幸さん(46歳:東京拘置所)上部康明さん(48歳:広島拘置所)に死刑が執行されたことに対し、強く抗議する。
 2010年7月27日から1年8ヶ月間、3人の法務大臣によって、死刑執行停止状態が継続され、法務省内では、死刑の是非を巡って勉強会が続けられてきた。そして、この勉強会がきっかけとなって、死刑制度について政府や国会だけでなく、広く社会一般に議論が広がることが期待されていた。
 しかるに、小川敏夫法務大臣は、十分な議論もまったくないまま、検察・法務官僚に指示されるままに勉強会を終了させ、死刑を再開した。これは、官僚主導を廃し政治主導の政治を目指すという民主党政権のマニフェストに真っ向から反するものであって、およそ許されないことである。
 また、就任後わずか2ヶ月間しか経過していない段階での十分な記録の検討もされないままの拙速を極めた執行であり、慎重のうえにも慎重でなければならないという法務大臣の職責を放棄するものであって、強く非難されなければならない。
 小川法務大臣は、死刑執行後の記者会見で、「刑罰権は国民にある。国民の声を反映するという裁判員裁判でも死刑が支持されている」と述べたが、これはまったくの誤りである。死刑の是非は、国民の支持・不支持によって決められるものではない。民主主義の理念と人道主義のもとに高度な政治的な判断によって決められるべきものである。
 上部さんは、一審の段階で心神耗弱の精神鑑定が出されていた。松田さんも知的に限界級と鑑定されていた。いずれも責任能力の有無について、死刑の判決の是非が問われていたケースである。とりわけ、松田さんの場合は、弁護人に再審請求を依頼し、弁護人もその準備に着手していた。上部さんは、再審弁護人との接見において秘密交通権が保証されていないことに対して、これを違法として国賠訴訟を提起したこともあった。死刑執行は当然に回避されるべきケースであった。
 死刑には犯罪抑止の効果はなく、また、被害者の救済や社会の平穏にも資するものではない。死刑は人道と民主主義に反する。
 私たちは、死刑の廃止を願う多くの人たちとともに、また、小川法務大臣に処刑された松田さん、古澤さん、上部さんに代わり、そして、死刑執行という苦役を課せられている拘置所の職員に代わって、小川法務大臣に対し、強く、強く抗議する。
      2012年3月29日  死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90
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何でも紹介・・・『(戦争の世紀)を超えて−−−わたくしが生きた昭和の時代』
         吉武輝子著 春秋社2010年発行
 著者は、1931(昭和6)年、満州事変の年に生まれ、軍国主義教育の中で育った。本書の初めに、女学校の修身・歴史担当だった岡本先生が登場する。敗戦後すぐに「教師を続けてゆく資格が無い」と、生徒たちに“批判無きまじめさは悪をなす”という言葉を残して去った。国の言うことを批判せず、ひたすら忠実に行うということの罪。
 著者の言葉を借りれば、「“批判無きまじめさは悪をなす”的国民の存在を善しとする国にとっては、(現代の)若者たちに目隠しをして現代史を奪うのが扱い易い国民に育てあげる確実なやり方」「現代史を学ぶべき機会を奪われて、未来志向を持つことのできなくなった」若者たちへの『現代史の語り部』になろう−−−というのが、この本を著す動機となっている。
 例えば、戦争中は10人子どもを産むと国から表彰された。近所に13人兄弟がいて、9人の男の子のうち6人が戦死し、娘二人が爆死。「軍国の母」教育が徹底していた。
 兵士の敗退を「転進」、全滅を「玉砕」、神風が吹いて日本は必ず勝つと国民をだまし続けた。これらの現代史の流れは、「原発の安全神話−−崩壊−−膨大な被害者−−無責任・無反省・・・」国は、そのまま同じ過ちを繰り返している、と私には思える。
 著者の視点からの時代描写は、学問的にはどうあれ、生身の人間の見て感じた体験であり、何ものにもかえがたい重みで迫ってくる。それは1946年4月、14歳の時青山墓地で5人の米兵から性暴力を受け、深い傷を抱えて生きることを強いられた著者の言葉だからだ。
 日の丸・君が代を強制し、南京虐殺や「従軍慰安婦」は無かったことにしようという動き、迎撃のためと称してPAC3を過剰に配備する国の姿勢、「在特会」を始めとする排外運動の活発化などなど・・。
 これらの危険な動きに対抗するためにも、この本は今、読んで欲しい一冊だ。
 大きな過ちをも含めた過去の歴史と向き合うこと(それは自虐史観などではなく真実だ。)「そこから」出発して、未来を展望するのでなければ、再び21世紀が〈戦争の世紀〉のままであることは避けられない。
(富田澄子)


色鉛筆・・・福島の子どもたちがやって来た!

 春休みを利用して、被災地から保養を受け入れるキャンプが企画され、私もちょっとだけお手伝いをしてきました。3月24日から30日までの6泊7日、宝塚市にあるお寺で行なわれました。当初の計画とは違い、小学生の女の子ばっかりの保養キャンプとなりました。
 親元を離れ、初めての集団? 生活に不安なことはないかなと心配しましたが、みんな元気そうで不安になると携帯電話で母親とやりとりなどして、現代っ子を感じさせられました。現地まで迎えに行ったスタッフから、こちらに来る新幹線のなかで、問題集を広げ勉強している子もいると聞き、教育熱心な姿勢に驚きました。
 私は3月25日(日)の1日だけの関わりでしたが、子ども達と同じ食事を食べ、給食スタッフのメニューの豊富さに感心し、おいしくいただきました。日頃から食の安全には気を使い、食材選びには厳しい食事担当のメンバーの徹底ぶりに圧倒させられ、戸惑う場面もありました。しかし、福島の子どもたちに現地では摂れない食材を、出来るだけ多品種で栄養バランスも考えと、その工面に必死なんだと思いました。
 夕方から、車で20分くらい移動して「スーパー銭湯」に行きました。私はその係りを担当し、子ども達と一緒にお風呂にはいって、子ども達のリラックスした顔を見ることが出来、色々と話もしました。やはり、裸の付き合いはいいなあと、温泉のよさを再確認しました。外湯には天然の温泉が幾つかあり、低学年(2年生)の二人は、外の寒さもそっちのけで子どもらしくはしゃぎ回り、附いて行くのに大変でした。
 温泉といえば、こんなユニークな被災地保養プロジェクトがあるのを知りました。「わたり土湯ぽかぽかプロジェクト」で、福島市の渡利は汚染の数値が低く、近距離で移動が出来き、より多くの現地の人が参加しやすいことが利点です。賛同を呼びかけたところ、3月15日現在で約948万円の資金が集まり、のべ245家族・人数1144人が利用されたとのことです。色んなアイデアが生まれ、支援の輪が拡がり、少しでも多くの人が保養が出来たらいいなあと思います。本当は、政府が責任を持って方針を出し、集団で疎開出来るように保障することが優先されるべきなのですが。 (恵)案内へ戻る


スリランカ政府(マヒンダ・ラジャパクシャ政権)の対LTTEとの戦争の最終局面での「戦争犯罪」について

 今春の国連人権委員会での、スリランカに対してアメリカが提出した「戦争犯罪」決議への投票結果には、現在の国際情勢を見る上で興味深いものがある。結果はアメリカ案に賛成した国々は24ヶ国、反対15ヶ国、棄権8ヶ国となった。
 LTTE(タミール・タイガー)との戦いに勝利し、最高指導者プラバカランをほうむった現政権は、20年も続いた戦いを最終的にストップした自分達の手柄を大々的に宣伝し、表に大統領の姿と、裏に兵士達がスリランカ国旗を立てている図(これは対日戦の時、アメリカ軍が硫黄島に旗を立てている姿を借用したもの)を刷り込んだ1000ルピー札を発行し、戦勝パレードを各地でおこなった。
 しかしその後、スリランカ陸軍の大将の地位にあったサラ・フォンセカが大統領選でラジャパクシャと対立し、ラジャパクシャの弟の国防大臣の命令で、白旗を立てて降伏してきたLTTE兵士を一斉射撃して撃ち殺したと証言したことに激怒したラジャパクシャとそのファミリー(政権の要所に親族を配置している)は、フォンセカを逮捕し軍事法廷にひき出した。  
 この白旗事件は、イギリスのチャンネル4で放映され、「キリング・フィールド」と題されている。現政権側はその打ち消しに大わらわになった。大統領側に反対する者はLTTEの手先、非国民の烙印をおされる状況になった。しかしさらに国連人権委員会投票の最終段階で、プラバカランの子ども(ローティーン)を射殺した映像が放映され政府側の不利は決定的となった。結果は上に述べた通りである。  
 アメリカと世界政策で覇権争いをしているロシア、中国等が反対票を投じたのは当然であるし、数十年にわたる不当な経済封鎖政策で被害をこうむり、アメリカ中央情報局からのカストロ暗殺計画を何度となく経験しているキューバが反対票を投じたのは当然であるが、イエスマンのサウジアラビアやクウェートがアメリカ案に反対した理由は、いずれ自国の反対者に対する弾圧政策にはね返ってくることを恐れたためであろうか。 
 インドは最後まで迷っていた。スリランカと一番結びつきの強い国である。最後の時点でアメリカ案支持にまわった。その理由を首相マンモハン・シンは、こう述べている。
 「我々はスリランカの主権をおかすつもりはない。しかしタミール民族は正義をえて、尊厳的生活をおくらなければならない。」この言葉は現政権に反対したり、あるいは擁護するのではなく、将来のスリランカーシンハラ、タミール、モスレム等の多民族融和国家を念頭においた決断がうかがえる。 
 しかしこの言葉は現政権には伝わってこない。新聞は一斉にシン首相攻撃に転じ、アメリカに媚を示す者として非難されはじめた。 
 日本は委員会メンバーではないが、投票には影響を与えない時点で、「いずれの国も人権に対して完全な歴史を持った国はない」とわかったようなステイトメントを発表している。いかにも援助攻勢しか外交政策をもたない我が国らしい。  
 スリランカの戦争犯罪決議のあと、アメリカはイスラエル人の植民地区への国連立入調査を拒否したたった一つの国となった。  K.M  スリランカにて


 東北へ向かったボランティア

 ボランティアとして東北へ向かった女子大生(ご近所に住む)が、気仙沼から帰阪した。彼女が被災地へ入ったのは2回目だそうだ。関西から38名のボランティアの隊列が、バスで13時間をかけて気仙沼に入ったのは、3月7日の晩だった。
 3月9日から作業開始。泥かき、メモリアルナイトの準備。土の入れ替えなどなど。作業は3月11日まで。レポートには、もっぱらどんな作業をやったかが述べられていて、彼女が気仙沼の現実にどのように向かいあったかなどは、一切記されていない。
 私は沖縄でシムクガマに向かう時、案内に立ってくれた宿の奥さんから歩く時は歩くことだけ考えなさい≠ニ、ぺちゃくちゃしゃべる私をたしなめられたことの意味を今さらながら、わかったように思う。ボランティアとして気仙沼に入った彼女は、作業することに一生懸命だったのだろう。私念にとらわれることはなかった。
 作業中は内面の声など一切記されていない。フジテレビのカメラさんが撮影した写真の中に彼女はいた。彼女のお母さんが矢印で娘さんを示し一生懸命働く娘です≠ニ、書き添えてあった。コトバは行動の中にある。
 3月11日、作業終了。彼女自身の総括があり、今回は4日間で作業は終了でしたが、これからこの震災を風化させないために、できることからやっていきたいです≠ニ結んでいる。日常生活の目前のこまごましたことにとらわれ、震災のこと、原発のことなど、私たちのは、これからの問題であって、いま直接身にふりかかっていない故にか、案外のん気にかまえているように見える。彼女は日常性というものは、どんなことものみこんでしまい風化させていくことを恐れ、心配している。
 私たちも、これから私たちの上にふりかかってくるであろう諸問題に、どのように向き合うかが問われている。今度、具体的な問題が私たちの前に立ちはだかってくることだろう。その一つ一つをこれから取り上げて問題にしていこう。まず、電気料金の問題がある。2012・3・19 宮森常子案内へ戻る


津波てんでんこ≠フ意味するもの(1)

 3月20日朝10時から証言記録として、東日本大震災体験者のことばをNHKは紹介していた。原発事故にホンロウされた南相馬住民の証言である。情報皆無の中で、寒い夜放り出された住民、生き抜いてきた住民の方のコトバで助け合おうにも、自分を救うことで精一杯で、他者へ手を差しのべることはできなかった≠ニ30才代の女性3人の語らい。
 その事実について自らを責めるふうでもなく、事実を淡々と語るというふうだったので、聞いている私はホッとした。津波てんでんこ=i津波には自分を救うことを考えよ)が津波の被害を何度も受けながら生き抜いてきた人々が残した教え、チエであって、日頃のなりわいの中にも生きていたのだろうと思う。
 多くの命を奪ったヒロシマ原爆の被害者に対し、親族の方が自らを責めさいなむ姿を何度か目にし、どうしようもないやりきれない思いをしてきたものだったが、この証言する南相馬の人々は深い心のキズを背負いつつ、津波に対し生き抜く心がまえとして残されてきたコトバが支えになったのだと思った。
 そういう事実を語ってくれたことを私は感謝したかった。こんな大きな問題を、案外普通の口調で語ってくれたことに、私はありがたく思った。歴史上、何度も津波の被害を受けた中から人には生きることばというかチエを残してくれた。科学がどんなに発達しようと、科学は人間の奥深にきざまれた汚点のように残るキズを消し去ることはできまい。
 もう20年位前に逝った父は、空襲下、大阪市電路面電車の運転手としてコワイ目に何度も会ったからか、大変なコワガリであった。戦時中、在宅の際、空襲警報が鳴ると頭に」フトンをのせてどこかへ行ってしまい、警報が解除されるとどこからともなく帰ってくるという、コワガル自分に正直な人であった。
 父がもし今、生きていて津波てんでんこ≠フ話を聞いたら、わが意を得たりとうなずいたであろう。恐ろしいことをコワガルのは当たり前なのに、当時の趨勢として父は後ろめたさを抱え、戦後も臆病で小心な自分を抱えていき続けたであろうから。2012・3・30 宮森常子


津波てんでんこ≠ニいう伝承について(2)

 東北、陸中海岸は津波の被害を受けてきた歴史がある。その中を生き抜いてきた人々が伝えたことばが津波てんでんこ≠ナある。生きるためのことばであった。めいめいが自分の命を救うことを考えよ≠ニいう意味。字づらだけ追えば、まあなん自己中もいいとこと、軽やかに受けとられかねない。しかし、それは救えなかった命の重みを背負った痛ましいてんでんこ≠ネのである。
 救えなかったことを悔い、それを責めるヒロシマの母たちにとっては救い≠フコトバではなかったか。私のお墓の前で泣かないで下さい≠ニいう千の風にのって≠ヘ死者が悲しむ生者を支える歌である。失ったものを友として生きる≠ニ「七転で八起き」(毎日新聞連載のエッセイ)の野坂昭如氏もそういう。
 戦後の餓えの時代を生きた私たちは、何を失なったか、そして現在に至っているかを明らかにしそれを起点としよう、と改めて思う。私どもの世代はこの問題をさけて通れない。 2012・3・31 宮森常子

付記
 失なったものを支えとして生きる$カき方は、てんでんこ≠ゥら共助への道≠ヨ橋渡しをする、つなぎを生きる核となるものだろうと私はひそかに思っている。それはなんと商人のなりわいに通じるものがある。案内へ戻る


編集あれこれ

 前号の一面は、「《厚生年金適用拡大》またも腰砕けの民主政権」との表題で、民主党政権の適用拡大の後退を批判した記事である。彼らはパートなどの非正規労働者四十五万人を厚生年金を適用すると決めたが、最初は最終目標を三百七十万人とし当面の目標は百万人だとしてきたのだから、この大きな後退ぶりは明らかだろう。
 野田総理は、最近テレビで見る限り《税と社会保障の一体改革》を○○の一つ覚えよろしく唱えているが、社会保障についてはまさに後退に次ぐ後退である。これについて前原政調会長は「現下の経済状況」を考えたからだと言って恥じない。だったらこの際消費税増税などは絶対に口にすべきではないだろう。全く矛盾だらけでその場しのぎのどう仕様もない政権ではある。
 私たちは中小企業の犠牲の上に成り立つ金満大企業の系列支配、日本的系列企業構造に切り込む闘いへの決意と結集を訴えたい。
 二面から四面にかけては、連載「岐路に立たされる兵営国家」の最終回「金正日の死と世界史の中の北朝鮮」が掲載されている。
長期にわたった力作なので、この機に連載全体の再読を呼びかけるものである。また四面には、コラムの窓として、「世論動向と『船中八策』」が取り上げられており、橋下大阪市長への批判が掲載されている。また参考資料として表示された「船中八策」の骨格が、鮮明でなくよく読めないのは残念であった。次回から気をつけたい。
 五面には、第2次普天間爆音訴訟の開始と支援を呼びかけた記事を掲載している。
 六面には、色鉛筆が掲載され、「若者達が危ない!」として精神障害者の暮らしにくい現代社会の状況が具体的に暴露されている。
 七面には何でも紹介と読者からの手紙が、また八面にも読者からの手紙が掲載されている。
 このように前号は多彩な紙面ができたと考えている。(直木)案内へ戻る