ワーカーズ512号  (2014/5/15)     案内へ戻る

 欧州とアジアに広がるナショナリズム
  軍事力の無力と愛国主義の危険性を曝露


 クリミアのロシアへの編入に続き、ウクライナ東部のドネツクとルガンスクの2州で、親ロ派勢力による「国家としての自立」を問う住民投票が、ロシアのプーチン大統領の延期要請を退ける形で実施された。ウクライナ政府や欧米各国は、プーチンの延期要請は形だけ、親ロ派の行為は国際法に反しており無効だと非難している。ウクライナ政府を先頭とする親欧米派と親ロ派は相互に武力行使をちらつかせ、実際に武力を行使して多数の死者を出すに至っている。
 また欧州では、欧州議会選挙を前にして、各国で反EUを掲げる極右勢力の台頭が著しい。フランスでは、国民戦線の支持率が、最大野党の国民運動連合や与党の社会党をも凌駕し始めている。
 他方、アジアにおいても、中国とフィリピンやベトナムとの間で、南シナ海の島々や周辺海域への支配権をめぐる争いが激化している。6日、フィリピンの海洋警察は同国と中国が領有権を主張する南沙諸島で中国漁船1隻を拿捕した。また7日には、中国による西沙諸島での石油掘削作業を阻止しようとして、ベトナムの海上警察や漁業監視部隊と中国の艦船が衝突をして多数の負傷者を出した。中国当局は「当然の権利だ」と主張し、ベトナム側は「がまんには限界がある」と対立は激化している。
 欧州の陸においても、アジアの海においても、愛国主義と資源ナショナリズムが激化し、世界に暗雲を広げている。この動きが強まり、拡大していくならば、世界は再び取り返しにつかない事態を招き寄せるのではないかと危惧をされている。
 しかし、欧州で勢いづくナショナリズムも、その限界はすでに露呈し始めている。クリミアのロシア編入は、米国がロシアの数倍の軍事力を誇り、NATO全体でもロシアの軍事力を大きく凌駕していたにもかかわらず阻止できなかったように、紛争を解決する手段として軍事力が万能では無いことを明らかにした。逆に、クリミア問題のこれ以上の泥沼化を抑制しているのが、ロシアと欧州との切っても切れない経済的な結びつきであることも浮き彫りとなった。そして何よりも、そもそもこの民族対立、領土編入を惹起させた大きな要因は、ウクライナにおける親欧米派の強引な政治運営、反ロシアや反ユダヤを叫ぶ暴力的な極右勢力の野放しにもあったことを振り返れば、ナショナリズムこそが批判され、撃退されなければならないことは明らかだ。
 中国とフィリピンやベトナム、そして日本との間の領土・領海問題も、それが資源や安全保障をめぐるものであるならば、その独占や軍事力頼みは問題の解決にはならないこと、むしろ解決に逆行する行為であることは明らかだ。
 1951年に設立された欧州石炭鉄鋼共同体は、戦争の震源地であったフランスとドイツの資源・市場ナショナリズムの手を縛り、欧州内部での戦争を抑制してきた。だとするならば、アジアの海においても、石油やシェールガスや希少金属資源をめぐる争いは自制されなければならず、その共同開発や共同管理を目指す動きこそが促進されなければならない。
 もちろん、各国の支配層の中からそうした動きが強力に登場してくることは期待しにくい。だとするならば、関係国の民衆がそれを促さなければならない。国境を越えたアジアの民衆の声と力で、それぞれの国の支配層に圧力をかけ、彼らの手を縛り、緊張緩和と共同を強制していかなければならない。
 アジアの労働者民衆の共同の行動は、細々とではあるが長い歴史を刻んでいる。この流れをさらに強め、太くし、アジアに平和の海をつくりだそう! (阿部治正)


 財界に奉仕するアベノミクス──成長戦略は、結局は企業への奉仕──

 安倍首相が掲げてきた成長戦略は、このところつまずきっぱなしだ。アベノミクスの金融緩和や財政出動は一時のカンフル剤に過ぎず、本丸としての成長戦略が相次いで行き詰まりが露呈している。焦った安倍首相はなりふり構わず企業を優遇する姿勢を露わにしているが、私たちとしては、アベノミクスの幻想を振り払い、企業・財界べったりの安倍政権に対峙していく場面だ。

◆総崩れの成長戦略

 やはりというか、連休明け5月7日の東京株式市場では、日経平均株価が424円の大幅下落に見舞われた。やはりというのは、安倍首相が掲げる成長戦略の底の浅さが市場にも見透かされているからだ。
 政権発足後1年半、あの黒田緩和から一年が経つというのに、株は黒田緩和に沸いた昨年5月23日につけた15942円にほど遠い14000円台に低迷している。これはアベノミクスで謳われている成長戦略がいっこうに具体化しないこと、それ以上に成長戦略がどれもと成長エンジンとしてインパクトに欠けていることが市場に見透かされているからに他ならない。支持率が50%前後をなんとか安倍政権にとって、株高が唯一と言ってもよいセールスポイントだったが、その株価が低迷を続けているのだ。
 焦った安倍首相は、低迷する株価をつり上げようと、厚生年金と国民年金を運用している年金積立金管理運用独立法人(GPIF)の投資先比率を変更することをもくろんでいる。そのGPIFの運用委員会メンバーが、この4月22日に大半が入れ替わった。むろん安倍官邸の意向によってだ。新しい運用委員長には米沢康博早稲田大大学院教授が座り、「企業の株式で重点的に運用すれば、より高い運用成果が期待できる」と官邸の意向を露骨に代弁している。
 GPIFは総額130兆円もの資産を保有する世界最大の公的機関投資家でもある。その投資先を1%増やすだけで1兆円超の資金が株式市場に投入される。運用委員の1人は、これまで国内株式17%、国外株式15%だったのを、それぞれ20%に引き上げるという私案も出している。あわせて10兆円以上の内外株市場に投資資金が流れ込むことになる。いわゆる〝平和〟にでもない株価維持作戦(PKO)だ。
 ただし独法が金融機関に委託している株式運用は、機動性と安全性に欠ける。株価変動による利ざや目当てのヘッジファンドは、GPIFによる投資をカモにしようと虎視眈々と狙ってるのが実情だ。GPIFの資産を株市場に投入するということは、勤労者や自営業者の貴重な将来の生活の糧を投機の世界に投入するという〝あぶない橋〟を渡ることを意味する。それだけの危険を冒してまでも株価を押し上げたいという安倍首相。アベノミクスは危険水域に入っているという以外にない。

◆TPPの頓挫

 安倍首相は、米国との農畜産物の関税交渉での合意を突破口に、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉を大きく前進させようとしていた。それをアベノミクスの成長戦略の柱にしていたからだ。が、決着を目指していた4月のオバマ大統領との日米首脳会談も不調に終わり、大きな成果もなく継続扱いとなった。議会から交渉妥結権を委ねられていないオバマ大統領は農畜産業者の圧力も受けており、一方の安倍内閣も農畜産業者の圧力や選挙公約と国会決議に縛られている。双方の事情もあって、妥結できないまま継続扱いになったわけだ。麻生財務相などは、秋の米国中間選挙が終わるまで決着できないだろうと、他人事のように放言する始末だ。ここでもアベノミクスの成長戦略はつまずいた。
 TPPは、もともと関税ゼロが基本となった多国間交渉だ。日本がそれに参加するということは、とりもなおさず農畜産物を犠牲にして自動車をはじめとする輸出産業を後押しすることで日本を再び成長軌道に乗せる、という思惑がらみのものでもあった。どちらが妥協するかの我慢比べで、結局国内産業への説得ができないまま延々と交渉を続ける状況に追い込まれたわけだ。
 TPPの対象は農畜産物だけではない。交渉結果如何によっては、知的所有権や保険などを含む、米国資本や産品の日本進出が危惧されてきていた。そもそも米国にとってのTPPは、輸出促進のための多国間交渉でもあった。それを押し返しての日本の輸出拡大はもともとハードルが高いものだった。TPPで貿易黒字が増えるという見込み自体が現実離れしたものなのだ。ここでもアベノミクス成長戦略は大きな壁にぶつかっている。

◆低迷する輸出

 アベノミクスの皮算用では、黒田緩和による円安の演出で輸出が拡大するはず、だった。ところが現実は輸出拡大どころか、13年度は13・7兆円という過去最高の貿易赤字となってしまった。海外に展開する企業などからの資本収支でなんとか経常黒字を維持していが、それも13年度は黒字幅が7899億円と比較できる1985年以降最低の1兆円割れとなる有様だ。現状はといえば、円安で個々の矢国籍企業の利益を膨らませてはいるが、それが輸出の拡大となって日本のGDPを膨らませるという構造にはなっていないのだ。
 なぜそうなっているのか。第一は、経済のグローバル化によって、日本の輸出企業の多くが、すでに現地生産を拡げていて、日本製品の需要と供給の拡大が、日本からの輸出に繋がらなくなっていることにある。米国やアジアで日本車が売れても、その大半が現地生産による販売拡大であって、日本からわざわざ輸出することは少なくなっている。
 第二は新興国経済の低迷だ。このところ伝えられているように、新興国、なかでも中国経済の実情は危機的だ。シャドー・バンキング問題や過剰な不動産投資でゴーストタウンが出現するなど、成長し続けてきた中国経済もいよいよ調整期に入り込んでいる。タイの政情不安やウクライナ情勢など、世界経済の先行きには暗雲が垂れ込めている。
 第三は、新興国の台頭による競争の激化だ。家電製品やスマホなどでは、すでに韓国や中国が日本を凌駕している。かつて高度成長の時代には、製品のそこそこの高品質と安い労働コストで、世界市場を席巻していた時代があった。〝追いつき追い越せ〟今ではその地位を韓国や中国などに取って替わられようとしているのだ。
 日本経済を取り巻く環境は、単なる円安や輸出へのテコ入れ政策で貿易黒字が増える時代ではなくなっているのだ。その人為的な円安もずっと続けられるわけではない。最近では1ドルが100円台ちょっとで推移しているように、これ以上輸出環境が改善されるわけでもない。それを無視してGDP拡大至上主義の成長路線を追い求めること自体が時代錯誤なのだ。

◆企業利益優先

 アベノミクスの成長戦略への懐疑の声が広まる中、こんどは法人税の引き下げによって企業にテコ入れする案がまたも浮上している。甘利経済財政相がアドバルーンを上げているように、現在35%程度の実効税率を5年程度かけて20%台に引き下げる、というものだ。
 日本の実効税率は、欧州や中国・韓国などの20%台半ば程度に比べて、米国などとともに名目では世界でも高いグループに入っている。それを欧米やアジア並みに20%台にまで引き下げることによって、輸出産業の対外競争力を強化したり、外資導入や海外展開する企業に日本への工場の移転など国内回帰を促すことが目的だという。
 だが日本では研究開発減税などの租税特別措置や過去の赤字で黒字を相殺できる〝繰り延べ減税〟など、企業優遇策がいろいろある。資本金や売上高に応じた税負担全体では、決して高い法人税ではないのが実態だ。
 それなのにあえて法人税減税に踏み込もうとするのは、日本を世界一企業が運営しやすい国にするというアベノミクスで、ともかく企業にテコ入れしたいからだ。外資の流入理由はなにも法人税率だけで決まるものではなく、当該市場の成長可能性や規制の多寡、それに為替相場など多岐にわたる。法人実効税率の引き下げが、実際の外資流入などにつながる保障はなく、結果的に企業利益を増やすことだけに終わる公算は高い。
 その法人税は1%引き下げで5000億円弱の減税になる。たとえば20%台に6%引き下げると3兆円ちかい減税だ。変わりの財源の見通しもないまま法人税減税などやろうというのは、とにもかくにも企業を優遇すれば何とかなる、というものでしかない。法人への復興特別増税の前倒し廃止を決めたのと同じで、安倍政権の企業ベッタリぶりの姿勢の結果に過ぎない。
 今年4月には消費税が5%から8%へと3%引き上げられた。さらに法律では来年の10月には10%への引き上げも決まっている。その消費税による税収は14年度で15兆円が見込まれているのに対し、法人税は10兆円だ。1989年には19兆円もあったのに、企業は内部留保はため込んでも、リーマンショック以降は法人税は10兆円弱しか収めていない。今年3月期決算でも、円安を追い風にした多国籍企業などは、軒並み利益を大きく膨らませている。結局は消費増税で増えた税収を法人税引き下げに廻している構図だ。税と社会保障の一体改革や成長戦略だと強弁するが、まったく聞いて呆れる以外にない。

◆財界奉仕

 アベノミクスの成長戦略で企業を優遇するというのなら、労働者には何を振る舞ってくれるのか。と思っていたら、残業代ゼロや派遣労働の緩和だという。
 官制春闘ともいわれた今春闘では、大手企業を中心にベースアップが実施された。しかしそれでもベアは1%以下、3%の消費増税さえまかなえないレベルでしかない。しかも、中小や非正規労働者にとって、ベアは別世界の話だ。全体では賃金総額は少しも増えていない。
 内需拡大につながる十分なベアの拡がりが見えない中、残業代ゼロをはじめとする労働規制の緩和は、それが実現した場合は、今でも過酷な労働者の働き方がさらに悪化することは避けられない。結局は雇用、賃金リストラとして賃金総額を縮小させることになり、それは国内需要の縮小にもつながる。そんなことをやって、どうして成長につなげようというのだろうか。安倍内閣はやっていることが支離滅裂である。
 安倍内閣は、この他にも原発輸出や武器輸出基準を変えての兵器輸出にも荷担している。アベノミクスは成長戦略など掲げているが、結局は労働者や生活者に対して経済成長とその結果としての生活改善の幻想を振りまきながら、結局は財界優遇政治の正体を露わにしているのだ。もういい加減にアベノミクスの正体を見抜かなければならない。私たちとしても、GDP至上主義や企業・財界ベッタリ政治を終わらせるために、アベノミクスの正体を徹底的に追求していきたい。(廣)   案内へ戻る


 社会グループ、中間組織との関わりが大事

 安倍政権が誕生してからといっていいのかもしれないが、政権やその取り巻きが煽るナショナリズムのうねりが拡がっている。それは単に安倍首相をはじめとする保守・タカ派陣営による扇動ばかりが原因でもないことも確かだろう。
 あの敗戦から立ち上がって世界第二位の経済大国にまで上り詰めた日本と日本人。そのなかの少なくない人たちにとって、これまで格下として見下してきた中国や韓国、特に中国の経済・軍事大国としての登場は、心穏やかではないのだろう。低迷する日本経済、それに目の前の生活や将来不安を抱える中であってみれば、なおさらだ。それが対中・対韓警戒感や嫌悪感になって、対抗心を煽られている面もあるのかもしれない。
 そうした感情の吐露が時たまメディアの投稿にも現れる。つい最近もその一つの表れが朝日新聞の投書欄に現れた。
 5月9日の投書。投稿主は19才の予備校生の女性。集団的自衛権の行使や憲法改正に賛成だという。「米国は日本を守るのに、日本は米国が攻撃されているのに指をくわえてみているだけ……では日本の国際社会での発言力は間違いなく落ちるだろう。」朝鮮半島有事での米軍機での邦人の脱出の際には「自衛隊機が米軍機を護衛したほうがよいではないか。」また「国際貢献を積極的に行うためにも、憲法は、国民的議論をへた上で、きちんと改正したほうがよいと思う。」という。
 この投書に直接言及したものではないが、12日、今度は「生き残るために戦う」という最近の一部の若者への感想を含めた幼稚園経営の51才男性からの意見が載った。趣旨としては、自身は改憲に反対だが、5月3日の憲法記念日に掲載された意見広告「未来への責任、9条実現」が若者にとってきれい事に見える、これまでの平和主義はそうした嫌悪感や危機感を抱いている人、特に戦争の経験などない若い者には届いていない、というものだ。政権の流れに抗する人たちは、ナショナリズムになびく若ものにとって具体的でわかりやすい提案を示し、行動しよう、と呼びかけてもいる。
 確かに冒頭の若者の投書からは、戦争のリアリズムに想像力を働かしているとは感じられないし、また自分自身の主体的な意志や現実との関わりも感じられないものだった。報道されるニュースでの緊張関係が、ストレートに軍事的対抗策に直結しているのが気になる。たぶんこうした感覚は、安倍首相やその取り巻きによる、いわゆる復古調で軍事優先の言辞をそのまま素直に受け入れているからなのだろう。それだけ純真なのか、日本あるいは自分自身の閉塞感からナショナリズムに捌け口を求めているのか、ともかくそれがぴったり感があるのだろう。ネットではそうしたタカ派やナショナリズムのオタク的な論調が溢れているといわれる。そうした場面では、自分自身の得心が重要で、史実や事実関係はどうでもいいらしい。
 そうした若者とは、膝をつき合わせて長話でもすれば多少は意思疎通もできるかもしれない。が、そもそもそうした若者との接点の場がない。情報はほとんどネットで収集しているらしく、それを鵜呑みにしているようだ。
 なぜそういうようになってしまうのだろうか。
 推察するに、そうした若者(むろん実際は若者だけではないのだが)はたぶん、学校や企業には属しているにしても、それ以外の、たとえば労働組合や市民グループ、NPOなどの中間組織、あるいは何らかのインフォーマルグループにも関わっていないのではないだろうか。学校や企業など、社会の公認組織以外に周囲の人々とのつながりがない中で、自分の関心や心配事がストレートに政治、国政に直結してしまうわけだ。その政治、国政とは、すなわち多数派としての与党であり、また政府ということにならざるを得ない。民主主義国家では、国民は代表としての議員を選び、その代表がつくる政府は国民の代表だ、というのが建前だからだ。
 だから「中国が攻勢に出ている、だから政府や自衛隊で対抗していくべきだ」というわけだ。何とも短絡的ではあるが、これが今日的な閉塞状況の中で社会的には孤立した若者の多くが抱く偽らざる気持ちなのかもしれない。
 ここではそうした若者の感覚に反論する気はない。ただそうした若者には、個人と政府を直結する中間に、何らかの組織、グループへの関わりをすすめたい。とりわけ有意義なのは労働組合や市民グループだ。環境や人権など、目的型のNPOもいい。そうした中間的な社会組織に関わることで具体的な課題にも直面する。また個人が国政と直結する視点とは別な複眼的な視点、あるいは迂回的、対案的視点にも巡り会うことになる。
 むろん大手の労働組合の多くは第二労務部的な企業の手先的な労組もあるので、一筋縄にはいかない。が、そこでも様々な体験を通じて、複眼的な視点に気づかされたり主体的な考えが形成される機会にはなる。
 これらは公認メディアでは積極的には奨励されないけれど、実際はきわめて大きなきっかけにはなる。若者には、是非、労組をはじめとする中間組織に関わることを語りかけていきたい。(廣)  案内へ戻る


 コラムの窓・・・ 「放射線副読本」第2幕

 2011年10月、文部科学省は小・中・高校向けの放射線副読本を作成しました。この副読本、東電福島第1原発震災に向き合うことなく、安易に放射線の効用や自然の放射線の存在が強調されています。自然の放射線は身近にあって避けがたいものですが、人口の放射線による追加的被曝は無用であり、避けるに越したことはありません。
 食物への放射線照射、医療における放射線照射、これらは効用がある限りにおいてリスクを覚悟で照射されているものです。それも、安易な照射は避けるよう心掛けるべきものです。とりわけ、低線量被曝に無防備になることを求めることの危険性は看過できません。それは原発との共存、放射能による環境汚染の受容を、子どもたちに促すものです。
 さて、この放射線副読本は文科省の研究開発局が作成したものです。この研究開発局には宇宙や海洋、地震などの部局がありますが、原発推進部局は「高速増殖原型炉『もんじゅ』等による核燃料サイクルの確立に向けた研究開発を推進しています」。原発推進者たちが作成した副読本ですから、内容は推して知るべしでしょう。結局、この副読本は教育関係者を中心に全国から批判が巻き起こり、実質的に撤回となりました。
 実は、この副読本の前身、文科省と経済産業省資源エネルギー庁が作成した原子力に関する小・中学生向けの副読本(旧副読本)があったのです。こちらは原発事故後に回収されたり、ウェブサイトから削除されたりしたようです。おおかた、内容があまりに偏っていたので多くの人々に見られたくなかったのでしょう。問題は、こっそりと子どもたちに〝洗脳〟ともいうべき原子力教育を行っていたことです。
 文科省はこうした批判を踏まえてか、新しい「放射線副読本‐放射線について考えよう‐」(小学生版と中・高校生版)を昨年末に作成し、全国の学校に配送しています。今回は初等中等局が作成にあたり、現場の教師などの教育関係者の協力を受けたようだし、原発事故についての記述もあり、文科省のホームページで見ることができます。手元に「中学生・高校生のための副読本」を印刷したものがあるので、少し紹介しましょう。
 本文は第1章「原子力発電所事故について」と、第2章「放射性物質、放射線、放射能とは?」となっています。このように確かに事故に触れてはいますが、例えば食品の安全については「暫定規制値に適合した食品は、健康への影響はないと一般的に評価され、安全性は確保されていましたが、・・・より一層の安全と安心を確保するため、・・・新たな基準が設定」されている。検査体制も整備されていると記述しています。
 放射能汚染についても、「時間の経過とともに線量が徐々に低下している」こと、除染が取り組まれ「学校の校庭等の空間線量率は、避難指示区域外の全校で毎時1マイクロシーベルト未満まで低下」したと記述しています。これらの記述は、あたかも〝避難指示区域〟以外は問題ない、食べ物も心配ないと言っているようなものです。
 壊れた原発からは今も放射能が漏れ続けているし、高濃度汚染水が日々溢れ出ているというのに、まるで順調に収束に向かっているような印象を与える内容となっています。第2章で内部被曝や低線量被曝について記述していますが、その危険性を充分に注意喚起するものではありません。
 内部被曝については、「放射性物質がいったん体内に取り込まれると、洗い流すように簡単には取り除くことはできませんので、その意味では外部被曝よりも注意する必要があります」くらいの表現で、「徐々に体外に排出されます」とも書かれています。これでは、内部被曝の脅威は伝わりません。低線量被曝についての記述はもっと曖昧で、「さまざまな見解があり」「未だ明確な結論は出ていません」と逃げています。
 そして、国際放射線防護委員会(ICRP)が100ミリシーベルトの被曝でがんで亡くなる可能性がおよそ0・5%増すると仮定していると紹介し、日本では30%の人ががんで亡くなっているのが30・5%になる、そんなにたいした数字ではないとの印象を与えようとしています。
 子どもたちがどのような教育を受けるかは、この国の明日を左右する重要な問題です。かつて、子どもたちは教育勅語の下、〝国のため〟に命を投げ出すことに疑問を感じない少国民へと育ちました。国によって紙切れ1枚の重みしかないものとして扱われることなど、二度とあってはならないのです。
 戦後教育は充分な個の確立、自ら考え、判断し、行動する社会人を育てたとはいえませんが、少なくとも〝国のために命を投げ出せ〟などという愚かな教育は行わなかったという功績はあったと思います。装いを改めたが、中身は変わらない放射線副読本による原発延命策を見逃すようではいけません。 (晴)


 色鉛筆・・・ 袴田巌さんを即刻無罪に!

 「国家機関が無実の個人を陥れ、45年以上にわたり身体を拘束し続けた事になり、刑事司法の理念からは到底耐え難いことといわなければならない」
3月27日、静岡地方裁判所(村山裁判長)は袴田さん(78歳)の裁判のやり直しを決定し、予想もできなかった釈放にまで踏み込んだ。
48年もの長い間一貫して無実を訴え続け、1980年の死刑判決以来、1981年の第一次再審請求(棄却)、2008年からの第二次再審請求を経ての長い長い闘いが実を結んだ。
 有罪の決定的な証拠とされていた「5点の衣類」のDNA鑑定が新たに行われ、被害者とも袴田さんとも無関係であることが証明された。また検察官が半世紀近く隠し続けていた証拠(袴田さんの無実を証明するものが多数ある)が開示され、死刑判決の根拠は無くなったことになる。
ここまでの弁護団による粘り強い闘いは、例えば静岡地裁に対する16回にも及ぶ証拠開示の請求に現れている。裁判長による検察への証拠開示勧告が3回も出されたのちも、検察側は少しづつ11回開示に応えたものの、無論これが全ての証拠開示ではない。税金を使って集められた証拠は、検察だけのものではない。まして検察の証拠隠しによって有罪とされた例は、袴田さんの他にも山のようにある。これこそ犯罪行為として厳しく裁かれねばならない。全ての証拠は開示されるべきだ。
またもう一方で弁護団を支えてきた一般市民の活動も大きな力だ。年2回の定期集会、毎月の月例会、地裁・地検への要請行動、街頭署名等々あらゆる取り組みを行った。
 Aさんは月例会のたびに参加者の写真を撮り、袴田さんに送り続けた。届くか否かは判らないが励ましの気持ちを込めてそれをずっと続けてきた。市民による気の遠くなるような長い闘いが清水、静岡、袴田さんの地元浜松、そして全国で粘り強く取り組まれて来たことは本当に尊い。そしてそれが高く厚い壁をぶち破った。
今年1月の全国集会で西嶋勝彦弁護士が「袴田さんが5番目の死刑再審。5番目とは由々しい事!全体の冤罪事件の原因究明のための機関を、国会に早くつくれ!」と強い怒りを込めて話された。
同日参加した布川事件冤罪被害者の杉山さん桜井さんも「警察・検察による証拠隠しと、平然と嘘の証拠をでっち上げる”犯罪”をこそ裁くべき!」「日本の司法は狂っている。警察が嘘をでっち上げ、検察はそれを検証しない。裁判所もいい加減。マスコミも自らきちんと調べてから報道すべき」と訴えた。
袴田さんの身柄は釈放されたが「無罪判決」はまだ出されてはいない。30歳から78歳までの人生は決して取り戻すことができないし、さらには心身に負わされた傷はあまりにも深すぎる。一刻も早い無罪判決を実現させることと同時に、袴田さんの負わされた犠牲を無にしないためにも、冤罪の連鎖を絶つ司法改革に取り組むべきだ。ほんの少しだけ、今回の静岡地裁(村山裁判長)の判断はそれに応えるものになったかもしれない。(澄)

★「袴田巌さんを救援する清水・静岡市民の会(通称*清水袴田救援会)」より
 検察庁に即時抗告の取消を要請して下さい。
<要請先>*静岡地方検察庁  TEL 054-252-5135
            〒420-8611 静岡市葵区追手町 9-45     案内へ戻る


 読者からの手紙
 暴露される「ブラック企業」の実態! 『自爆営業』(ポブラ社新書)を紹介する

 この5月、昨年11月に菅官房長官の異例のコメントで大きな話題となった「自腹でノルマ」を達成させる「自爆営業」の各業界での広がりと恐るべき実態を、五年間の取材活動を元にしてに初めて暴いた本です。
 6・7年前から日本郵政では、この「自爆営業」が実態化していました。それは、日本郵政の社員が年賀はがきの販売ノルマ達成のために金券ショップへの持ち込み、一枚43円で換金する事から始まったのだといいます。社員は一枚当たり7円の損を自分が被るのですが、そうしないと管理者から恫喝されるので、仕方なしにやっているとのことです。勿論建前ではこの行為は禁止されています。だから自分の行動が直ぐに発覚するような地方の社員は、わざわざ東京に行って捌くのだといいます。また大量には捌けないので、細かく分けてやっており、今やショップから足下を見透かされて35円の
相場すらあると書かれています。
 平均では一人当たり7万円近くを負担しているとこの本は告発しています。そしてこの悲惨な状況は、年賀状のように市場規模が大きくない、「かもメール」や「ふるさと小包」では一層半端でない負担が社員に重くのしかかっているとの事です。幹部のノルマは社員の10倍のようです。この本の中では、ノルマを拒否していたある管理者は、賃金を百万円カットされたのを機に70万円の「自爆営業」を受け入れたとの記述があります。
 さらに日本郵政で行われ始めた「自爆営業の」悪弊は、今ではさまざまな業種に蔓延しており、著者はその戦慄すべき実態の告発とそこで働く労働者に対してはどう対処すればいいかを提案しています。
 ぜひ読者の皆様には、本屋で実際にこの本を手に取って、貴方に必要な個所だけでも拾い読みしていただききたく思い、この手紙を書きました。
 その目安のために以下、箇条書きにします。
 ●コンビニエンスストア 一個三千円のクリスマスケーキのノルマが各人17個。お歳暮も同様のノルマ。達成できないと自腹を切らされる。
 ●アパレル 毎月、自腹で自社製品を「試販」として交わされる。新店舗の売り上げをアップさせるためと全社員から
現金2万円を徴収されたこともある。
 ●紳士服量販店 自宅には、自社のスーツがあふれ、ある店長は数百万円自腹を切ったという。
 ●外食チェーン 消費期限切れの食品を自腹で買い取らされる。高いステーキ肉なのに捨てたことがある。 等々。
 この本の「あとがき」を引用します。
 「自爆営業が行われている会社は、赤字の穴を社員の懐で埋めようとする。これがまかり通るのは、一つには理不尽な社是に従う労働者がいるから。一つには、パワハラや懐柔などでもって、社員を自分の意に従う奴隷のごとくの存在に仕立て上げる経営者がいるから。この二つは、コインの表と裏だ。
 私が自爆営業を取材して痛感したのは、自爆営業は、経営難への方策などではなく、絶対に間違っているということだ。
 自爆営業には、パワハラや長時間サービス残業、低賃金などの問題がつきまとう。その結果、いったいどれだけ多くの人が、心と尊厳を傷つけられ、体が悲鳴を上げ、精神を病み、休職に追い込まれたことだろうか。自分や家族が生きるためと思って受忍した自爆営業が、結局は、自身の心、肉体、精神や生活を破壊させる。しなければよかったと後悔したときには遅い」
 何とも重たい事実の指摘ではないでしょうか。では私たちは何をすべきなのでしょう。まさに著者の提案を自分の目で確かめるべきではないでしょうか。(猪瀬)      案内へ戻る


 編集あれこれ

 前号の第一面は、「安倍政権による雇用破壊の野望が止まらない。実現しよう、雇用の権利と均等待遇の確立を!跳ね返そう、安倍政権による雇用破壊!」であり、私たちワーカーズは日比谷と西宮のメーデーにおいて、当面する闘いへの提起として、ビラ配布を行いました。日比谷でビラ配布していた党派としては私たちの他には、第4インター、革マル、労働党、同志会、ひらくなどでした。反原発派の分裂した東京都知事選の余波でしょうか。ビラ配布する党派の登場が少ないようでした。
 また現在の闘いの困難さの反映であるかのように労働者の反撃の闘いは、目立たず低迷しているような印象を感じました。
 第2面は、マスコミで論じられている「集団的自衛権」に関する記事でした。安倍政権の目玉であるこうした右翼的な政策については、今後とも断固として継続的な闘いを組織していかなければ成りません。
 第3面は、すでにおなじみの「沖縄通信」です。前号では、陸上自衛隊の与那国島配備に向けた起工式と辺野古新基地建設に向けたボーリング工事が早ければ夏から始まる事を知らせる記事であり、タイムリーなものでした。
 第4面は、色鉛筆の東照宮奉祝大祭への随想とたちかぜ裁判において自衛隊の内部告発の持つ意味を論じた興味深い記事です。
私たちは自衛隊内部にもこうした将校がいる事実と彼を懲戒処分しようとする自衛隊の本性を見極めておかなければなりません。
 第5面は、映画「そこのみにて光り輝く」についての辛口の映画批評です。私自身は、この小説も映画も見た事はないのですが、一寸ひきつけられたので鑑賞してみようかという気にさせられました。
 第6面は、憲法解釈の変更を「積極的平和主義」といいくるめる中で強引に推し進めている安倍政権を批判する記事です。
 第6・7面は、6つの集会案内が掲載されました。この取り組みは今後も継続して参ります。
 第8面は、読者からの手紙と編集あれこれが掲載されています。
 全体としては、全校は多彩な記事を掲載できたと考えています。また読者からの手紙の集中をよろしくお願いします。(直木)

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