ワーカーズ519号  2014/9/1    号案内へ戻る

 秘密保護法・集団的自衛権・原発再稼働… 暴走止まらぬ安倍政権を打ち倒そう!

 安倍政権の暴走が止まらない。「何が秘密かも秘密」の秘密保護法、海外で戦争をする国を目指す集団的自衛権行使容認、核武装の権利の主張と一体の原発再稼働、侵略の歴史の反省拒否と中・韓への挑発、消費税増税の一方で大企業減税や社会保障の縮小や雇用のルールの改悪などやりたい放題だ。
 戦後の歴史は、戦争ができる国を目指す勢力と、平和を求める人々との攻防の歴史だった。平和憲法は形骸化され、ベトナム戦争では日本は兵站としてフル稼働し、自衛隊は海外派兵されて米軍の支援を行うようになった。しかしまだ、自衛隊自身は外国人を殺ことなく、戦後生まれの日本人は、無理矢理に戦争にとられることなくすんでいる。民衆が、平和を真剣に求めて闘ってきた成果だ。
 安倍政権の暴走は、民衆のこうした血のにじむ努力への、かつてなく乱暴な挑戦だ。
 安倍政権は、中国脅威論を煽ることで、こうした政治を合理化しようとしている。中国の経済・軍事大国化、海洋進出が問題視されている。しかし、他を見て我が身を戒めよ、はとりわけ私たち日本人には、必須の視点だ。
 安倍政権は戦後の世界秩序への挑戦という傾向を強めており、この事実に対して世界が警戒心を強めている。アジア諸国を侵略などしていない、戦争は自存自衛のため必要だった、という安倍首相の本音は、結局は軍事力がすべて、軍事強国こそ理想、それを支える経済力と経済成長こそ重要だという、時代錯誤の世界観と一体だ。
 私たちは、安倍首相の道連れになって、いつか来た道を歩むわけにはいかない。いまこそ、すべての平和を求める人々とともに、戦争をする国に向けた動きを阻むために力を注ごう。
 この活動は、民主的な諸権利、人間らしい暮らしや働き方を求める闘いと一体だ。アジアを始めとする諸国民との友誼と連帯を強化する努力と不可分だ。ナショナリズムや軍備拡張に走る諸国の政府を、国境を越えた民衆の共同の行動で押さえ込む取り組みも重要だ。
 集団的自衛権容認=実質改憲に反対し、労働者・市民の諸権利を防衛し、戦争を抑止する仕組みを構築し、さらには戦争を必要としない世界を創出する取り組みを、ともに開始しよう。(阿部治正)


 格差社会を招くアベノミクス──企業優先、借金頼りの放漫財政──

 安倍首相が長い夏休みを取った。その期間の長さが政権の安定度を表しているという。さしずめ、安倍政権は小泉内閣と同じぐらい安定していることになるとか。
 とはいっても安倍内閣の政権基盤は頑丈ではない。表向き、特定秘密法や集団的自衛権、あるいは原発回帰路線や普天間移設の強行等など、やりたい放題の感もある。が、そのこと自体、新たな人々に警戒感や忌避感を拡げることで対抗勢力との亀裂は深まりつつある。安倍内閣の支持率を下支えする経済の成り行きしだいでは、安倍政権批判の包囲網が一気に拡がることもあり得る。
 私たちとしては、国政での一強多弱の自民党政権を追い詰めるために、草の根など身近なところからの闘いを足がかりとして、反転攻勢の秋を迎えたい。

◆腰折れ──失速

 安倍内閣の支持率を支えてきた〝好調な経済〟。それを演出してきたアベノミクスが低迷している。
 8月13日に公表された今年4~6月期の国内総生産の一次速報によれば、1~3月期の前期比で年率換算6・8%の減だった。また前期は2%増えた個人消費は5・0%減(前期比)、賃金は1・8%減(前期比)だ。その他では百貨店の販売額は4・7%減、スーパーの販売額は2・4%減、実質消費支出は5・2%減、鉱工業生産は3・8%減となっている。前期は消費増税前の駆け込み需要があったとしても、その反動だけと済ませられない数値だ。
 その他にも今後の景気を占う数値の発表が相次いでいる。たとえば貿易収支の悪化だ。7月の貿易赤字が9640億円となり、25ヶ月連続で貿易赤字となった。安倍首相によれば、円安などで輸出が増えるはずだったにもかかわらずだ。13年度の資本収支なども含めた経常収支の黒字は1兆円を切り、リーマンショック前の25兆円の黒字がほぼゼロなるまでに落ち込んでいるわけだ。
 こうした実情を反映してか、安倍首相が執着する株価はこの1年間低迷している。内閣の発足後、アベノミクスを打ち出すことで株価は確かに値上がりした。首相就任前の12年11月に8600円台だった株価は、13年4月の黒田日銀総裁による〝異次元の金融緩和〟発表で5月には15627円まで一本調子で上がり、13年年末には16291円の高値を付けた。が、その後、年明けから外国人投資家が引き上げるなどして株価は低迷しはじめ、いまでは15000円台を維持するのがやっと。好調な経済を背景として来年秋の消費税10%への引き下げをクリヤーして成長軌道に乗せたいという安倍首相の思惑の前には暗雲が漂っているというのが実情だ。日銀も金融緩和の終結や出口戦略に言及することはタブーになっている。
 政府は消費増税後の景況が大幅に落ち込んだことに対し、「想定の範囲内」だと強弁している。が、経済をとりまく状況をほんの少し眺めただけでも、先行きが厳しいことは誰にでも分かることだ。

◆アベノミクスの正体

 そのアベノミクス。目先の景気動向だけが頼みだ。とりわけ株価の推移に異常に執着している。内閣の支持率が株価に連動していると見ているからだ。
 たとえば安倍内閣が景気回復の決め手として2回にわたって発表した成長戦略。昨年の一回目は景気浮揚に効果が薄いとして株の投げ売りを招いた。今年6月に新たな成長戦略を打ち出しても株価浮揚には繋がらなかった。ならばとばかり直接的な株価対策が必要だとしてやっているのは、130兆円もの年金資金を株などのリスク資産に振り向けること、それに運用益や配当金が非課税になるNISA(少額投資非課税制度)の年額100万円(最大500万円)を拡大することだ。
 年金積立金管理運用独立法人(GPIF)の運用比率はすでに株などにシフトし始めている。現在の基本配分は国内株式と外国株式がそれぞれ12%のはずだが、運用実態はすでに国内株式が16%、外国株式が15%に増やされている。安倍内閣の方針を先取りしたものというほかないが、株価が下がればそれだけ年金資産が目減りするリスクを抱え込んでいることになる。1%の運用で1・3兆円、4%でほぼ5兆円の資金が国内株式市場に流れ込んでいる計算になる。すでに現在の株価は、企業業績の見通しではなく政府系投資資金のシフトで維持されているということだ。むろんその動向を外国の投資家が虎視眈々と見定めている。
 安倍内閣の株価対策は、それ自体、株式資産を持つ富裕層の利益に結びつくものだ。が、安倍内閣の経済政策は、株価対策に限ったものではない。公共事業の拡大、法人減税、残業代ゼロなどの規制緩和、消費税再引き上げなど、そのほとんどが企業へのテコ入れと勤労者・生活者へのしわ寄せの性格を持つものばかりだ。アベノミクスでは生産と消費、企業利益と賃金増の間の好循環は得られない。それは大企業と勤労者、あるいは富者と貧者の格差を拡大するものであり、またカンフル剤なくして成り立たない対処療法であって、財政破綻を呼び込む官主導の政府依存経済だ。アベノミクスを含む安倍政権の経済政策そのものがすべてそういう性格を含んでいるのだ。

◆企業は太り、家計は圧迫

 安倍内閣以前から続いていることだが、あのバブル経済の崩壊以後、企業業績の回復とは裏腹に、勤労者の生活や家計はむしろ苦しくなる一方だ。たとえば02年から18年まで続いた「戦後最長の景気拡大」期でも、企業の経常利益は2倍になったにもかかわらず、勤労者の賃金は5%ほど減ってしまった。
 こうした企業がため込み家計は火の車というギャップは、いまでも続いている。円安などでぼろ儲けしている多国籍企業などは、13年度決算などで史上最高益を上げている。たとえば日本の製造業を代表するトヨタ。13年度決算では営業利益では過去最高の2兆2900億円、これも過去最高の1兆8231億円もの純利益をあげている。
 企業が儲けをため込んでいる実態は企業の内部留保が膨らんでいることに現れている。12年度末の企業の内部留保は304兆円にもなった。13年度ではトヨタ一社で1兆4000億円も増やしているなど、上位1000社の内部留保は23兆円も増えているという。(共産党調べ)01年度の167兆円からすれば倍増している計算になり、いまでは現金・預金だけで230兆円も貯め込んでいる。
 しかし儲けているのは一部の大企業だけ。多くの中小企業や勤労者は厳しい状況に置かれている。
 史上最高益を上げたトヨタを頂点とする下請け、孫請けなど関連会社29000社では、リーマンショック前の07年の実績を回復したとされる企業の割合は3割にとどまるという。トヨタグループでさえ、好調な業績は行き渡っていないということだ。
 安倍首相がいう、増えた企業利益が勤労者にも廻って経済の好循環を支えるはずの、肝心の勤労者の家計はどうだろうか。
 今年の春闘では、首相のかけ声に応える形で賃金のベースアップを実施する企業が大企業を中心に相次いだ。連合の調査によると、7月3日時点で定期昇給を含む賃金引き上げ額が2・07%増の5928円と、15年ぶりに2%台に乗せたという。
 しかしこの引き上げ額も、定期昇給分を除くベアはトヨタなどの大企業で2000円程度で、消費増税後の物価上昇率を考えれば実質的には〝賃上げ〟ならぬ〝賃下げ〟でしかない。が、このベアも中小・零細企業にまでは波及していない。中小企業(経産省調べ3万社)で何らかの賃上げを実施したのは64・5%、そのうちベアを実施したのは23%に止まったという。その中小の賃上げ額(連合調べ)は1・76%の引き上げで、大企業との格差は昨年より開いた。元もとベア制度がない中小零細企業が多かったが、今年も格差縮小という悲願は遠ざかるばかりだ。
 結局、全産業で見ると、所定内・所定外合わせた現金総額(毎月勤労統計)は、今年6月の時点で従業員30人以上で対前年度比で0・9%、5人以上だと0・4%(同)しか増えていない。ボーナスを含めても、30人以上の企業の従業員で2・1%、5人以上で1・0%だ。
 この数値は、今年4月から消費税が5%から8%に引き上げられ、6月の消費者物価は3・6%上がっている事を考えると、計算上、30人以上で2・7%、5人以上で3・2%の実質的な減少になっている。アベノミクスが頼る旺盛な消費の柱であるはずの実質賃金がこれだけ縮小しているわけだから、当然実質的な消費・需要の落ち込みは避けられないのだ。
 勤労者の賃上げを抑える一方、企業経営者の報酬はこのところ大きく増加している。利益に応じた報酬制度を取り入れている企業が増えているからだ。この3月期決算では、上場企業2470社の企業役員のうち1億円以上の報酬を受けたのは、前年より2割増の630人(189社)に上り、公表が始まった09年度以降で最高だったという。最高額は、約13億円で、あの日産のゴーン社長は約10億円だ。100億円レベルの報酬に批判が渦巻いた米国よりは少ないが、それでも賃金目減りを脇目に、米国並みの超高額報酬を受け取る日本の企業経営者の姿が浮かび上がる。

◆進む格差社会

 勤労者の境遇の悪化は、雇用でも同じだ。
 大震災からの復興や東京オリンピック関連の建設需要などで、建築・土木関連をはじめとする人手不足が拡がり、有効求人倍率がこの5月で1・09倍に22年ぶりの高水準に上昇したという。とはいっても非正規の求人が6割近くを占め、正社員の求人は4割でしかない。この20年で正規社員は500万人減少し、非正規が1000万人もから2000万人にまで増えている。企業による使い捨て雇用など、相変わらず低処遇・不安定な雇用の増加は止まっていないのだ。
 所得や雇用の劣悪化は、目を覆うものがある。ブラック企業やブラックバイト問題などだ。過労死に直結する長時間労働や違う仕事を押しつけたり、休ませずに働かせたり。要は非正規やアルバイトを使い捨てにする企業が横行しているのだ。
 牛丼のすき家は、あまりにひどい雇用環境で止める人が続発し、この2月から4月にかけて247もの店舗が一時休業などに追い込まれた。働く人をこき使い、使い捨てにするこうした企業は世に蔓延している。
 正社員にしても似たり寄ったりだ。契約社員や地域社員など、正社員も何種類かに分断され、長期雇用と安定した賃金という以前のような雇用イメージは崩れてしまっている。〝いきなり解雇〟や〝追い出し部屋〟は、すでに世間に知れ渡っている。こうしたブラック企業やブラックバイトは一部の問題ではない。正社員や契約社員などの募集であっても、残業代込みという給与額(固定残業代)を公表していない企業が9割ちかくもあるという。一例ではその基本給は最低賃金額と同額だった。いま職場は労働法など無いかのような無法地帯と化しているのだ。
 安倍首相は、財政出動や金融緩和、それに企業優遇税制など、アベノミクスの導入・展開にあたって、企業が富めばその恩恵は次の場面で勤労者にも行き渡り、すべての人が恩恵を受ける好循環を実現する(トリクルダウン理論)、といってきた。ところが企業は好業績を上げているにもかかわらず、その恩恵は一部の大企業に止まっている。大企業は利益を内部留保でため込む一方、賃上げは雀の涙程度、雇用破壊をさらに推し進めようという魂胆を隠そうともしない。いまは残業代ゼロ制度、限定正社員制度の導入、解雇の金銭解決など、労働法制の改悪を狙っている。それらはすでに経産省の労働審議会の議論のテーマに上っており、年明けには関連法を提出する段取りだ。
 勤労者や地方にアベノミクスの恩恵など届いておらず、工場閉鎖やシャッター通りが拡がり、果ては工場・商店の閉鎖と人口流出の悪循環に陥り、首都圏一極集中が進む。いはば地域経済破綻の危機でもある。安倍首相のトリクルダウン論はすでに亡霊でしかない。それ自体が目くらましの理論に過ぎないからだ。
 そもそもアベノミクスは、トリクルダウンを現実のものにする装置を欠いている。財政による需要創出でも、金融緩和による投資機会の拡大にしても、あるいは法人減税など企業優遇税制も、ともかく企業の営利活動にテコ入れするというものでしかない。それが下請け企業や勤労者に廻ってくる制度的枠組みなどつくる気もない。後はよろしくお願いします、という口先約束のレベルでしかないのだ。
 米国では、12年までの3年間で増えた所得の95%が上位1%の富裕層に流れ込んだ。いま所得上位10%の収入は、全国民の収入の5割に迫っているという。日本も確実に米国の後追いをしているのだ。
 そんな米国では11年にオキュパイ運動(ウォール街を占拠せよ)が拡がりった。日本でも反貧困デモが首相官邸をとりまいた。リコーの追い出し部屋を告発する訴訟は、7月18日に和解が成立した、リコーは、約100人の出向・配転命令を取り消し、秋にも元の職場などに戻す事を決めた。当事者の闘いと批判の拡がりが、「追い出し部屋」などによるリストラ計画で強行した出向・配転命令を撤回する事態へと追い込んだわけだ。
 反貧困、反格差の闘いは正念場を迎えている。(廣) 号案内へ戻る


 コラムの窓・・・ 火山爆発をのりこえた太古の人々

◆姶良カルデラ◆
 夏の暑い日、鹿児島の縄文遺跡を訪ねたときのこと。
 桜島がポッカリ浮かぶ鹿児島湾を、薩摩半島と大隈半島がグルリと取り囲んでいる。高台から湾を眺めると、何となく阿蘇山の外輪山によく似ている。それもそのはず、鹿児島湾は実は約2万5千年前に巨大な火山の噴火でできたカルデラなのだそうだ。
 「姶良カルデラ」と呼ばれる。その時の火山灰の地層は厚い所では百メートルにも達し、鹿児島地方の「シラス台地」が形成された。また噴煙が届いた範囲は、北海道から沖縄まで日本列島をスッポリと覆い、朝鮮半島や沿海州まで到達したというからすごい。
◆旧石器時代を二分◆
 姶良カルデラの噴火した2万5千年前といえば、後期旧石器時代の最盛期である。
 日本列島に現生人類がやってきたのが、早くて4万年前とわれる。それ以来、縄文時代が始まる1万2千年前までの間、約3万年弱の間が、日本列島の後期旧石器時代である。既に黒曜石を駆使して精巧な細石器を作成し、また黒曜石の産地から加工、流通の広範囲なネットワークを形成するなど、かなり高度な文化を営んでいた。この高度な後期旧石器文化の蓄積があってこそ、その後の縄文時代(世界史的には新石器時代)が花開くことができたのである。
 その約3万年弱の後期旧石器時代を、火山灰によって前半と後半に二分するのが、この姶良カルデラの噴火によって形成された「姶良Tn火山灰」と呼ばれる地層である。
◆大打撃と復興◆
 興味深いのは、この姶良Tn火山灰の下層(前半)と上層(後半)から掘り出される石器等を比較すると、いったん火山灰で大打撃を受けたはずの旧石器文化は、その後、みごとに立ち直っているばかりか、かえって高度化しているようにも見受けられることである。
 姶良カルデラの近くの鹿児島地方に住んでいた旧石器人は、逃げるまもなくほとんど絶滅してしまったのではないか?それとも、噴火の兆候を察知し、必至に遠方に避難した人々も多かったのか?また、噴煙で覆われた空は、太陽の光を遮り、気候の寒冷化に拍車をかけ、食料の確保も困難となり、飢えと寒さに直面したはずである。
 旧石器人はこの危機をどうやって乗り越えたのだろうか?
◆ベースキャンプ跡◆
 旧石器時代の人々は、縄文時代の定住社会と違って、狩猟が中心で獲物を追って移動していたと言われる。
 しかし、当てもなくさ迷っていたわけではなく、季節ごとにある程度決まったルートを周回していたらしい。これを「遊動」という。しかも、ある場所には定期的に人々が集合して居住したらしい、ベースキャンプのような住居跡が発掘されている。おそらく一年のうち、ある期間を決めて、もしかしたら夏至とか冬至の日を基準として、各部族が遊動先から帰ってきて、合流していたのかもしれない。そこでは、黒曜石を受け渡したり、各遊動先に関する情報を交換したり、若い人々は各部族の垣根を越えて結婚相手を探したりして、次の遊動生活へ向けて英気を養っていたのではないかと想像される。
◆交流の力で生き延びた?◆
 火山の噴火に先立って、たび重なる地鳴りに人々は恐怖を感じただろう。「いったい何の予兆なのか?」。冬至の日、各部族がベースキャンプに集まって来る。そこで情報交換が行なわれる。ある遠方から来た部族の長老が「それは火山爆発の前兆かもしれない、そんな言い伝えを他部族の長老から聞いたことがある」と言う。どうしたらいいのか?「動物が逃げる方向に避難しなさい。」そこで何人かの青年が選ばれ、高台に立って、動物を観察する役に任命される。部族どうし協力して遠方に避難する計画が立てられる。長期の避難生活にそなえて、今のうちから結婚相手を見つけて、新しい家族をつくっておこう。歌垣が催され、若い男女のプロポーズのお祭りが始まる。新しい黒曜石の鏃(やじり)を急いで作成し、各部族に配分しよう。壮年のリーダーが黒曜石の採掘と加工、配分の手順を決め、諸部族あげての共同作業が始まる。
◆石器時代人の底力◆
 いよいよ本格的な噴火が始まった。その頃には、日本列島中の人々が、また海を越えて朝鮮半島の人々までが、巨大噴火への備えを終え、長老たちの助言にしたがって、動物の逃げる方向へ大規模な避難を始めた。噴煙の降灰を避け、岩陰に避難しながら、より安全な新天地へと長い旅を続けた。冬至の日が来るたびに、各部族は約束された地に集合し、どの方向が危険で、どの方向が安全か、情報交換を繰り返した。
 こうして人々は巨大噴火という危機を、おそらく何世代にもわたって乗り越えたのではないか?その経験がベースになって、さらに高度な後期旧石器時代後半の文化を築くことができたのではないか?
◆交流の大切さに学べ◆
その後の縄文文化は、単に気候が温暖になり暮らしやすくなったから形成されたわけではないと思う。厳しい気候変動を乗り越えた旧石器人の文化を土台としてこそできたのではないか?旧石器時代人の底力とは何か?他の部族を排除したり支配したりせず、対等な立場で交流し、情報を交換し、物資を交換し、結婚相手を紹介し、連帯して危機を乗り越える社会的な知恵を重視したことだと思う。長老の言い伝えに謙虚に耳を傾け、壮年が実際の作業を企画運営し、青年が危険な任務を率先して引き受け、若い男女が部族を超えて積極的に結婚し、出産や子育てを周囲が援助し、病気や怪我や障害で傷ついた人を助け合い、より高度な文化を築いていったのだ。
あらためて、鹿児島湾を見渡しながら、かつて本当にここから巨大噴火が起きたこと、足元のシラス台地はそのときの火山灰であること、日本列島中が火山灰に埋まり、後期旧石器時代の人々が必死になってその危機を乗り越え、今日の我々があることに思いを馳せた。(誠) 号案内へ戻る


 パブコメと現実の闘い

 8月15日〆切の「川内原発パブリックコメント」(九州電力株式会社川内原子力発電所1号炉及び2号炉の発電用原子炉設置変更許可申請書に関する審査書案に対する科学的・技術的意見)と、24日〆切の「内閣府本府組織令の一部を改正する政令(案)」(特定秘密保護法関連)のパブリックコメントを提出した。まるで夏休みの宿題のように気になりつつ放置し、〆切間近になってあわてて送った。
 原発再稼働と特定秘密保護法の親密な関係は、事実を隠蔽して原発再稼働を強行し、原発関連の公文書は特定秘密に指定し、30年を待たずに破棄して闇に葬り去る、という思惑のなかにある。敗戦から69年、この国の政治は大本営発表から一歩も前進していない。それを良しとする一大勢力が結集し、パブコメの向こうで笑っているようだ。
 それでも、パブコメを無視することはできない。イーガブ(電子政府の総合窓口)を開いたら、無数のパブコメの受付が行われている。これに異議申し立てをすることも闘いの一環であり、無数の反対意見を集中することによって、〝イーガブ〟を挫かなければならない。 (折口晴夫)

原発再稼働をめぐって

 関電大飯原発3・4号機の定期点検による停止から1年になろうとしているが、停電も起こらず夏も越えようとしている。そんななか、安倍自公連立政権は原発再稼働と諸外国への輸出をめざしている。九電川内原発1・2号機がそのトップに立って再稼働へと歩みを進めている。ところが、原子力規制委員会は規制基準についての審査は行うが、原発が安全だという保証はしない、住民避難が出来なかろうと関知しない、と公言している。
 にもかかわらず、安倍首相も菅官房長官も規制基準に合格したら安全だから再稼働と言い、九電や立地自治体も再稼働を求めている。誰も安全について責任を負わないなかで、原発再稼働だけは進めようというのだ。パブコメは科学的・技術的意見の募集というが、膨大な科学的・技術的チェックを行ってきて、なお安全を確認するものではないというのはどういうことか。
 原子力規制といいながら、過酷事故の可能性を否定できない原発の再稼働を止めることもできないなら、任務放棄と言われても仕方がない。規制委員会は虚構の上に膨大な科学的・技術的審査を行っているが、そんなものは無に等しい。原子力規制委員会は人々の負託にこたえるために、蛸壺での科学的・技術的審査に逃げ込むことなく、第2のフクシマを阻止するために全存在をかけるべきである。
 忘れてならないのは、経産官僚は原発の維持、更には新設に向けても利益を確保させるための制度、新たな総括原価方式を準備していることである。8月21日の「日本経済新聞」は次のように報じている。こんなことを許してはならない。

 経済産業省は21日、総合資源エネルギー調査会の原子力小委員会を開き、電力の完全自由化後も電力会社が原発の新増設や建て替えをしやすくするためとして、原発で発電した電気に一定の販売価格を保証する制度の導入や、廃炉による経営への影響を緩和するための会計制度見直しを提案した。
 自由化で電気料金が下がった場合も建設や廃炉の費用を確保できるようになるが、政府の掲げる脱原発依存の方針や、「原発は安価」としてきた従来の政府側の説明と矛盾する可能性がある。価格保証で消費者の新たな負担も必要になり、世論の反発を招きそうだ。
 経産省は原発の維持策として、廃炉や使用済み核燃料の処分に必要な費用を含めた基準価格を設定し、市場価格が下回った場合に差額を電気料金に上乗せして補う仕組みを説明。同様の制度がある英国をモデルにした。
 電力会社は電力小売りの全面自由化や発電と送配電部門の分離が進むと、原発の維持が難しくなると訴えている。これを受け、経産省は「官民の役割分担の見直しや新たな政策措置が必要」として、国の関与を強化する姿勢を強調した。〔共同〕

特定秘密保護法の施行をめぐって

 昨年12月13日に公布された特定秘密保護法は、1年以内の施行が定められている。パブコメでは特定秘密指定の適正確保などが問われたが、結局のところその仕組みをつくろうとはしていない。制度として、一定の年月の経過後すべての公文書を公文書館に移管すること。秘密指定の最終判断をするのは指定した側ではなく、主権者でなければならない。
 これまで、米国発の密約暴露などが行われてきたように、残念ながらこの国では時の政府に都合の悪い事実は秘密のうちに闇に葬り去られてきた。内部通報も制度はあるが、通報者はしばしば〝裏切り者〟とされ、職をも奪われてきた。内部通報は握り潰すことを許さず、すべてを取り上げる。最終的には法廷で決着をつけ、その際はインカメラで秘密とされた情報を裁判官が見てその当否を判断する。
 これを要約すると、必ず政治家・官僚による恣意的な特定秘密指定が行われ、公文書館に移されることなく闇に葬り去られる。これを阻止するためには、内輪での監視・チェックを重層的に積み上げてもダメ。すべてが公文書館に移されることによって、主権者に判断が委ねられなければならない。もちろん、恣意的な特定秘密指定や公文書破棄は犯罪として罰せられなければならないし、内部通報は称揚さされなければならない。
 8月22日、学童疎開船「対馬丸」が米潜水艦の魚雷攻撃によって撃沈されて70年になった。この事実は沖縄では秘密とされた。「海に消えた学童 対馬丸撃沈70年」(8月21日「神戸新聞」)は次のように報じている。特定秘密保護法は廃止されなければならない。

 米国は開戦の翌42年から、日本近海で補給路を断つため船舶への無差別攻撃を始めた。対馬丸が撃沈されるまでに同じ海域で5隻が沈められていたが、日本政府は「情報統制」を名目に沖縄県民に事実を伏せた。「命を軽んじている。あってはならないことだ」。政勝は声を詰まらせた。
 戦時下、軍事上の秘密の収集や漏えいは軍機保護法で民間人も処罰対象になった。対馬丸事件後、生存者や遺族らは、思想犯を取り締まる特別高等警察に尾行された。別の生存者、上原清(80)も警察から厳しく口止めされたと証言する。その影響で、戦後長らく事件を語れずにいた。
 昨年末、国の機密の漏えいに厳罰を科す特定秘密保護法が成立した。上原には軍機保護法と特定秘密保護法が重なって映る部分がある。「同じように心を閉ざしてしまう人が出てくるのでは」。不安がよぎる。


 色鉛筆・・・「戦争体験」に学び、真実を伝えよう

西宮市の「男女共同参画センター」で、月1回のペースで行なっている「現代を問う会」では、8月例会で新しい試みに挑戦してみました。いつもなら、テーマに沿ったレジュメを報告し、その後、参加者で意見交換し議論を煮詰める作業になります。しかし、8月の例会では、会員の中で「戦争体験」をされた方に体験談を語ってもらう、そんな企画をやりました。
 そもそも、この企画を試みたきっかけは、5月例会で毎日新聞の記者が取材に来てくれたことがあったからです。その例会では憲法をテーマに議論し、その発言のなかで「戦争体験」を通して「憲法9条」の存在の重みをより実感し、二度と戦争を繰り返してはならないと指摘された肩がありました。例会終了直前に、その発言をされた83歳のHさんを是非取材したいと記者から依頼があり、それなら、別の機会に設定しようということになりました。
 「戦争体験」といっても、どんなことを話せばいいのか? 人前で語ることの大変さを知ることにも、気づかされました。気軽に、「戦争体験」報告を依頼した自分を反省しました。もう一人の報告者の79歳のKさんのお姉さんは、今でも戦争体験には口を閉ざされています。思い出したくない・・・、それは、そんな悲惨で残酷な経験は封じ込めることでしか、次の時代に生きていく自分を形作って行けなかったのかもしれません。
 HさんとKさんの「戦争体験」の報告は、学徒動員・学童疎開に強制的に「お国のため、天皇陛下のため」を押し付けられ、犠牲になった日々が語られました。共に、自宅は空襲で焼けだされ、Kさんは神戸空襲でお母さん弟さんを亡くされています。突然の別れの悲劇は、小学4年生だったKさんにとって、涙も出ないほどの衝撃でつらい体験となりました。昨年8月、神戸空襲で犠牲になった人の慰霊碑が完成し、今年で合計1910人の名前が刻まれたそうです。当時の犠牲者は8000人以上とされ、戦争になると市民も巻き込まれることを実証しています。
 同じ過ちを繰り返さないために、再び戦争への道をたどる「集団的自衛権」の容認には反対していかなくてはなりません。無関心こそが戦争を許してしまうことを、どう伝えていくのか、これからの課題です。「現代を問う会」ますます元気に頑張っています。少々の夏バテはありましたが、厳しい残暑を乗り越え、9月にはいつもの話好きのメンバーが集まることでしょう。(恵)


 日本人「拘束事件」で明るみに出た「民間軍事会社」

●「イスラム国捕虜」(?)湯川氏とは
 湯川はるな氏という人物がシリアで、あの「イスラム国」に拘束された、と報道された。(依然として真相は不明確であり、自作自演の可能性もある。)
 それはさておくとして、自称カメラマンと伝わっていたが、その後自身のブログ、フェイスブックなどで日本の「民間軍事会社(PMC)」の経営者(今年一月設立)であると言うことが明らかになった。
 本人のブログで「自分の戦闘写真を撮る」と語っていた。そんな流れからすれば、戦地で自分の存在をアピールしようとする荒手の売名・実績作りのためのシリア渡航だったようだ。

●民間軍事会社(PMC)
 PMSC(PMC)のコントラクターはジュネーヴ条約の適用を避けるため軍服を着用しないので、民間人に近い服装の上からボディアーマーやタクティカルベストを着用しているという。
 主な業務としては軍隊や特定の武装勢力・組織・国に対して武装した社員を派遣しての警備・戦闘業務に加え、兵站・整備・訓練など旧来型の傭兵と異なり提供するサービスは多岐に渡る。正規軍の訓練なども行うという。(ウィキペディアより)

●米国発の新軍需産業
 冷戦の終結により各国で軍縮が進む一方で、民族紛争やテロリズムが頻発した1980年代末期から1990年代にかけて誕生し、2000年代の対テロ戦争で急成長した。国家を顧客とし、人員を派遣、正規軍の業務を代行したり、支援したりする企業であることから、新手の軍需産業と定義されつつある。(ウィキペデア)
 「対テロ戦争」における実際の軍事行動は、敵対勢力への積極的な海外派兵によって行なわれ、兵器の使用に伴って大きな軍需物資の需要が生み出されている。特にアフガニスタンとイラクでは、主戦闘以外のあらゆる侵攻作戦上の業務を米国の民間会社へと委託する方式(民間軍事会社)を生み出すことで、従来のように遠く離れた母国から武器などの物の販売によって利益を得るのではなく、戦争や紛争が起きている現場での労働力の提供による利益を追求するといった、戦争そのものが新たな産業として確立しつつある。(同)

●紛争を求めて!
 軍需産業と言えば、ロッキード社、ボーイング社、レイセオン社といった巨大兵器メーカーは全米で多くの工場を持ち、また、陸海空海兵隊、四軍の基地はそれぞれの地元にとって他に代わりのない有力な就職先となる。冷戦など、兵器の開発競争が軍需関連産業をうるおしてきた。また、強力なロビー活動を誇る。
 このように米国の場合、軍産学複合体と言われ、利害共同体がすでに存在する。
 ところがこの「民間軍事会社」は、従来の軍事産業とは違う。それは、装備や兵器の需要を「もうけ」とするのではなく、戦争それ自体の頻発と介入を求める。
 この新しい「戦争請負会社」は紛争とそれへの介入を求めてすでに米国政府に対してロビー活動を始めていることが知られている。

●なぜ国家に重宝されるのか
 米国政府などはどうして民間に委託しようとするのか?
それは軍の増派がたびたび政治問題化していることや、より多くの兵士を最前線に送るために後方支援や警備活動の民間委託が進んだこと、民間軍事会社の社員の死者は公式な戦死者に含まれない等の理由がその背景にある。(同)
 つまり、政府側は国民の批判や政治問題化が多少とも緩和できると思い込んでいるのだ。
従来であれば正規軍の二線級部隊が行ってきた警備や後方業務を外注する民間組織としてイラクとアフガニスタンで正規軍の後方を支える役目を担ってきた。

●安倍政治の産み出したもの
 こうした民間軍事会社の日本での旗揚げは、言うまでもなく、安倍内閣が目指す、自衛隊の海外軍事進出を見据えたものである。その意味では、軍事会社は安倍反動政治の副産物なのである。
 事実、この湯川氏のフェィスブックには、軍事右翼の騎手、田母神氏との握手写真や自民党政治家や高級官僚とのツーショットを掲載している。
 彼は、ロビー活動を開始していたのである。
仮に「イスラム国の捕虜」であるなら湯川氏の無事な帰還を願うものではあるが、この様な「戦争それ自身」を商売とする軍事会社の設立や活動には断じて反対である。(文)  号案内へ戻る


 田母神『戦争大学』(産経新聞出版)を読む

◆「軍事力が強い方が安全」か
 田母神氏が本書で何度もくり返すテーマがこれである。たとえば以下のようだ。
「軍事力がつよければ、相手は戦争を挑んでこない。プロレスラーに挑んでくる愚か者はいません。強いからです。だから軍事力が強い方が安全です。核武装をしないよりする方が安全です。」
つまり、氏は自衛隊をますます強化すれば日本は安全だと言いたい。
 さらに,この「強化」は、軍事力の自立でもあり、米国だよりから脱する必要があると言う。武器の開発や調達も自国でまかなう「兵器の国産化無くして、国家の自立はない」という主張にもつながってゆく。

◆プロレスラーは安全?
 まあ、揚げ足取りをしたくはないが、田母神氏の年齢ならば、1963年日本最強の現役プロレスラーである力道山が、チンピラとのいざこざから刺され39歳で死亡したことは知っているはずだ。
 だからというわけではないが、「暴力・武力」の強弱で安全を語ることなどできはしないのだ。

 現実の世界政治にもどっても、田母神氏の主張には、止めどなく疑問符が付く。世界最強国=米国は安全か?中東の最強国=イスラエルは安全か?核保有国北朝鮮は安全か?そしてこれら三つの国々はそもそも平和を守っているのだろうか?否であろう。
 これらの国は「強国」であるが故にたえず戦争をしており、戦死者は絶えない。テロによる報復もくり返されている。もちろん死ぬのは高級軍人ではなく一般人や末端の兵士だ。北朝鮮も再三、軍事挑発をくり返し韓国との「戦争状態」を継続している。田母神氏と同じく軍事力が安全の最大の保障と考えるこれら三国は、世界のなかで決して安全な場所ではない。
 こうした野蛮な社会に日本をしてはいけない(日本だけではないが)。

◆軍人の狭い視野
 田母神氏の、きわめて狭い認識がうかびあがる。「つよければ安全だ、土地や富を奪われない」と。
 ところが現実は、強者が平和を踏みにじり、他国に攻め入り略奪と無法の限りを尽くしている。そうではないのか。イラクやアフガンでの、過去にはベトナムでの米国がそうだ。現在のパレスチナのガザを見よ!強者の「正義」とやらが破壊と不法と悲劇を生んでいるのではないか。
 そして「弱者の報復」を呼び起こしているではないか。当然であろう。強者は少しも安全ではない。「テロ」は弱者による形を変えた戦闘である。
 また、氏がすっかり都合よく忘れているようだが、旧日本帝国軍隊も同じではなのか。当時の日本軍がアジア最強であることは間違いない。それで、平和な日本が実現したのか?そうではない!軍事強国になればなるほど戦争を韓国・中国など近隣諸国に仕掛け、たくさんの人が死んだではないか。戦争地獄の連続だったことを田母神氏は思い出すのがいやらしい。
「強ければ安全」は神話でしかない。「軍事力での平和」は幻想だ。

◆平和の現実的道筋
 「国際平和」。いうは容易でも困難なのはもちろんだ。
しかし、新しい平和的外交のチャンネルも拡大している。軍事一辺倒から「世界」を見るのを止めるべきだ。このよう視野を育てるべきだ。
 二つの世界大戦の舞台となっ欧州。EUという国家融合が少しずつ進んできた。今では、ドイツがフランスを攻撃するとか、かつてのように弱小のルクセンブルグやオランダに軍事侵攻することは考えられない。
 ようは経済の連係を深めたことと政治的枠組を確立したという、二重の関係が国家間の対立を無意味にしたのである。同様にASEANの教えるものもも小さくない。さらにEUを範とした「南米諸国連合」も新たに生まれた。
 田母神氏は、この様な国際政治の流れを一顧だにしていない。軍事力一辺倒の視野の狭さは生粋の軍人としての立場に由来するのだろう。再び日本を「田母神ワールド」に引き戻らせてはならない。(文)

【田母神俊雄氏は元航空幕僚長。彼の名が知られるようになったのは、懸賞論文『日本は侵略国であったのか』が、当時の政府見解と対立し、職を解かれたことだ。その後、右翼反動論壇の中心人物となる。今年の都知事選に出馬。落選したが歯に衣着せぬ主張で約六十一万票を獲得、政治家として第一歩をを踏み出した。1948年生まれ。石井義哲氏は田母神氏の盟友。『戦争大学』の共著者】


 東電に当然ながらの賠償命令判決くだる

 8月26日、福一の原発事故後、政府の指示で川俣町から避難を強いられ、一時帰宅中に焼身自殺した女性の遺族が東電に計約9100万円の賠償を求めていた訴訟で、福島地裁(潮見裁判長)は、東電に約4900万円の支払いを命じる判決を言い渡しました。
 あまりにも当然の判決ながら、事故後三年あまりを経てたことで事態はやっとここまで動いてきたのです。こうしたこともあってか、次回の当選はないと観念した福島県佐藤雄平知事は、やっとこさ3期目の知事選出馬を断念する声明を本日公式に行ないました。
 訴えていたのは、亡くなった渡辺はま子さん(当時58)の夫ら遺族4人。遺族側の弁護団によると福島の原発事故と自殺の因果関係を認めた判決は、初めての画期的なものでした。この判決の波及効果は大きいものがあると私は想像しています。
 彼女は、原発事故から約3カ月後の2011年6月、川俣町山木屋地区の自宅から福島市に避難していたが、勤めていた山木屋地区の農場の閉鎖によって失職し慣れないアパート暮らしで不眠や体重減少に苦しみ、「山木屋に戻りたい」との発言を繰り返すなど、明らかに鬱の状態に陥っていたが、その3週間後、一時帰宅中の自宅の庭先で焼身自殺して悲惨な最期を遂げました。
 この裁判では、彼女の自殺について、原発事故がその原因だと言えるかどうかがが争われていました。遺族側は「山木屋の豊かな自然や温かい交流のあった地域社会などを突然奪われ、鬱状態となり自殺に繋がった」と主張していました。
 これに対する東電代理人の発言は、福島地裁傍聴席の人たちの血を凍らせるに充分な冷酷さを持ったものでした。それは、第3回口頭弁論において、発せられたものでした。
 東電代理人は、「個体側の脆弱性も影響していると考えられるから、考慮した上で相当因果関係の有無を判断すべき」と主張したのです。東電側の弁護士は、彼女の弱さが自殺の原因だと主張したばかりではなく、何とその弱さを「人格」を無視して「個体側の脆弱性」と表現したのです。
 東電は当該裁判に対するテレビ局からの取材に対しては、「真摯に対応してまいりたい」とコメントしてはいたが、この口頭弁論での何とも凄い言い方には、原発事故被害者の気持ちを理解するとの姿勢は一切ない冷酷さしか表現してはいないだろう。この発言のどこに「真摯」な態度が表されているのであろうか。
 まさに慇懃無礼という他ない、血も涙も感じさせない無機質な言葉があるばかり。しかしある意味実に正直な信条の吐露ではあるだろう。
 東電にとっては、被害者には一切の個性も人格もなく、あるのは単なる存在物としての「個体」であるという冷酷な真実なのです。
 この裁判を通して私には、原発推進勢力を必ず打倒するとの思いが沸々とわいてきます。 (猪瀬)


 「敗戦69年、広島・長崎被爆者の怒りに思う」--全国の怒りを結集して、安倍政権打倒をめざそう!

 6日広島と9日長崎の原爆犠牲者慰霊平和祈念式典での安倍首相の挨拶が、大変問題になった。
 6日広島の式典での挨拶が、冒頭部分が昨年とほぼ同じで「コピペ(文章の切り張り)だ」と批判を受け、被爆者から怒りの声が上がった。また9日長崎の挨拶でも、文章のほぼ半分が昨年と同じで長崎の被爆者からも早速批判が相次いだ。皆さんも安倍首相の挨拶に対して、「あきれた」と思い「腹が立った」のではないか。
 私が思うのは、安倍首相には原爆被害者に対する「心」(思い)がないと言うこと。皆さんも経験があると思うが、自分が大切だと思う式典での挨拶は自分でじっくり考え抜き自分の思いを伝えたいと思う。しかし、本当に行く気がなく義務的に出席した式典の挨拶は「棒読み」(原稿を読むだけ)になる。本人の「心」(思い)がそのまま表れる。
 安倍首相にとって、原爆犠牲者の平和式典参加の本音はきっと「行きたくない」と、それとも総理大臣としての義務的な「いやいや出席」だったのではないか。
 その反対の極が、長崎の被爆者代表・城台美弥子さんの挨拶であった。式典で「平和への誓い」を読み上げたが、途中で原稿になかった言葉を連ねた「『今、進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじる暴挙です』と。読み上げる直前、待機席で登壇を待っている時、来賓席に座る安倍首相ら政治家たちを見て怒りがこみあげ、文章を差し替える決意を固めた」と言う。(8月10日の東京新聞より)
 他の新聞で知ったが、城台さんは16年前に孫娘を生後5ヶ月で失っていると。それも、朝元気な顔を見たのに午後急死してしまった。その死因が不明とのこと。被爆者の城台さんは、私の被爆が孫娘に悪影響を与えてしまったのではないかと、いつまでも自分を責めていたという。
 被爆者の一人一人の皆さんにも、こうした辛い思いが一杯あり、それに耐えて今日まで生きてきたと思う。安倍首相には、あの原子爆弾の恐ろしさとその被害の実態(放射能の被爆など)の凄まじさを想像し被爆者の苦しみを理解しようとする姿勢がない。
 もう一つ。式典後の被爆者団体との面談も、これまた「義務的」な対応。
 広島・長崎の被爆者団体が式典後の安倍首相との面談で「平和憲法こそ国民の命と暮らしの要。火に油をそそぐような集団的自衛権は要らない」と延べ、「閣議決定の撤回」を求める要望書を提出したが、安倍首相は撤回に応じず被爆者の求めを拒否した
 山口二郎氏が安倍首相の広島、長崎での挨拶を次のように指摘している。
 「彼の真意は、この二つの行事には嫌々参加していることを伝えたいという点にあったのだと思う。彼は靖国神社に祀られている戦没軍人には大いなる『尊崇』の念を訴えるのだが、眼前にいる被爆者には『義理で付き合ってるんだよ』という尊大な態度をあらわにする。性格の悪いガキのような行動である。・・・理不尽な死を強いられたという点で、戦死した兵士も民間人も同じである。・・・戦争の犠牲者をどのように悼むかは、戦後の日本がどのように生きていくのかという問いに直結する。」(8月17日の東京新聞より)
 そこで、あらためて首相の「全国戦没者追悼式」の式辞全文を読み直してみた。形式的な挨拶内容の中に一カ所だけ具体的な事が「いまだ、ふるさとへの帰還を果たされていないご遺骨のことも、決して忘れません。過日、パプアニューギニアにて、ジャングルで命を落とされ、海原に散った十二万を超える方々を思い、手を合わせてまいりました」と、書かれている。
 アジア・太平洋戦争での戦没者数は約310万人(軍人関係230万人と民間人80万人と言われている)。靖国参拝にこだわる安倍首相には、戦争の犠牲者と言っても「戦没軍人」しか眼に入らないようだ。
 こうした安倍首相の「聞く耳を持たない」態度は、広島・長崎の被爆者問題だけではなく、3.11福島原発事故の被災者や避難者に対しても、沖縄の沖縄戦被害者や米軍基地問題に対しても、まったく同じである。
 それどころか沖縄の辺野古では、防衛省・警察・海上保安庁・民間警備会社などの職員を大量動員して(海上自衛艦「ぶんご」や陸上自衛隊のキャンプ・シュワブへの派遣も検討とのこと)、国家権力で言うことをきかない沖縄の非暴力抵抗運動を押しつぶそうとしている。
 今、辺野古の海も陸もまさに「戦場」と化している。海では、海上保安庁の巡視船やゴムボートがびっしりと並び、法律違反のやりたい放題の暴力取締が横行しており。陸でも、キャンプ・シュワブのゲート前には殺人用具になるような危険な「三角形の鉄板」がひかれ、歩道にも入れないようなバリケードをずらりと並べた過剰警備が毎日行われている。
 今こそ、全国で闘っている個々のみんなの力を結集させ、一日でも早く横暴な安倍政権を打倒しよう!
    (富田英司) 号案内へ戻る


 連載24 オジンの新◆経済学講座  雇用労働と協同労働      上藤 拾太郎

●働くと言うこと
 働きたくないナーとこぼす君たち。でもこの話も聞いてくれ。
連載のはじめの頃にオジンは言った。アボリジニなどの未開社会では、しばし「労働」と「遊び」「祭り」などが区別されていない。
 労働は古来、楽ではないことも多いはず。たとえば狩猟なら時としてケガや命をかけて獲物を追う。しかし、仕留めれば集落の「英雄」だ。やる気が出るのももっともだ。
 原始農耕でも大変さは同じだ。食糧確保の安定化とは言え農業は天気任せの仕事だから、苦労は多いはずだ。しかし、「仕事を辞める」ということはない。辛いこと危険なことも、自分の家族や集落のためにがんばれたのだ。オジンはそう考える。
 労働が毛嫌いされるようになったのは、土地の所有が領主あるいは王侯貴族のものとなり、彼らによる地代、租税や労役(日本や中国では租庸調など)の搾取が始まったからなのだ。まさに苦役がはじまったのだ。
 自分たちの物にならない作物や王宮建設のためにどうしてあくせく働かねばならないのか?労苦や危険をどうして耐えるれるのか? だから農民らのボイコットや一揆が発生したのだ。近代の労働者階級のストライキも同じだ。働く階級の反乱だ。

●ホワイト企業の社員も搾取されている
 戦後の日本の労働者は、さまざまな労働法規で保護されている。代表的なのが「労働基準法」である。名前ぐらいは誰でも知っているだろう。安倍首相がこうした保護規定を空洞化させようとしている。残業代金ゼロ法案(ホワイトカラー・エグゼンプション)提出を策していることが、今問題となっている。全企業がブラック化する恐れがある。
 ブラック企業が強搾取であることは、みんなが知っているだろう。しかし、正規労働時間でも搾取されている。マルクスが『資本論』で解明した大切な要点の一つだ。

 ザックリ言えばこうかな。家電製造企業で八時間労働し君たち10人がそれぞれ一万円取得したとする(十万円の労賃)。部品購入代や電気代その他の諸経費が十万円だったとする。完製品(例えば冷蔵庫)が三〇万円で売れる物なら(ここでは価格変動は考えないで)、差額である「十万円」は剰余価値をあらわす。
 実際にこの商品が三十万で売れたとすれば、この会社が出費した額(人件費と材料費他)との差額「十万円」が搾取となる。

 ブラック企業が強搾取なら、ホワイト企業も搾取であることには変わりがない。しかも、雇用労働者のこの様な賃金労働は、企画から生産の過程、販売も、多くの働く者は企業の言いなりで指示にしたがうほかはないという、ムナシーものなのだ。

●協同労働という「生き方」
 近代の労働者階級は、団結して少しでも賃上げして生活を改善しようとしてきた。この労働者の運動の中に、協同組合というというのがあった。西欧(英国)では十九世紀中盤からもりあがりをみせた。前にも紹介したと思うが、ロバート・オーエンが生みの親だと言われている。
 この組織はいろいろだが、物の販売や製造もやるし、障害者支援の働き場、福祉介護事業、学童保育などなど。しかも、この「会社」自体を参加者が共同所有しているので、社長やオーナーというものがいない。働く組合員が協議をしながら運営するというものだ。 まさに、これからの経済のシステムだ。未来社会のひな型がある!
互酬性、対等性、働く者の連帯所有の土台の上に造られる社会の卵だ。

 オジンの連載もようやく第4コーナーを回ったかな? (つづく)


 さよなら アベノミクス

●統計が語るアベノミクスの失速
「内閣府は13日、国の経済規模を示す国内総生産(GDP)の4~6月期の1次速報を発表した。物価の変動の影響を除いた実質成長率は1~3月期より1・7%減、年率換算で6・8%減と、2四半期ぶりのマイナス成長となった。」(朝日8/13)
「消費増税による駆け込み需要からの反動減が大きく出た。年率換算では東日本大震災のあった2011年1~3月期の6・9%減以来の大幅減。前回の消費税率引き上げ直後の1997年4~6月期の3・5%減を大きく上回る減少率だ。」(朝日8/13)
 世界的に景気は今一つだが、日本の景気急落はあらためて異常というほかない。ちなみに米国は同期は年率換算4%プラス成長(できすぎなのだが)。

国民の間にあった疑惑「アベノミクスは景気の足を引っ張っているのでは?」が証明されたことになる。大震災当時と同じ規模の景気失速は、アベノミクス=災害の証明だ。
 これで、景気後退局面で株価だけが上がるという、小バブルの正体も浮き彫りとなったわけだ。今からでも、労働者勤労者は株式相場から手を引こう!
 国民を株取引に引きずり込もうと、年金の株式市場投入、NISA(少額投資非課税制度)非課税枠の拡大など、手段を選ばずバブルを膨らまそうとした安倍首相の罪を改めて非難する。

●公共投資のメタボ経済が老化を加速
 「特にGDPの6割を占める個人消費は幅広い商品やサービスで反動減が出て、前期比5・0%減となった。住宅投資も同10・3%減、企業の設備投資も同2・5%減だった。
 公共投資は同0・5%減で2四半期連続の減少。1~3月期より下げ幅は縮小したが、人手不足や資材高騰が続いており、経済対策の効果が思い通りに出ていない。」(朝日8/13)
 今回のGDP数値のひどさは、単なる消費税増税の「駆け込み需要の反動」というワクに収まらない。
仮に一時の駆け込み需要の反動であるなら、企業の設備投資は減少しないだろう。
 また公共投資消化が遅れているのは、一つの理由にあまりにも巨額の投資があり、インフレが動き出し入札不調で消化しきれないという深刻な事態の反映だろう。このインフレは個人消費をもしめつけ始めている。
 大型財政頼りのメタボ経済は、じわじわと足腰に内蔵にさらに悪い影響をあたえるだろう。

●忍び寄るインフレの影
 日銀の発表(8/12)によれば、企業物価指数は前年同月比4,3%の上昇だ。この企業インフレは、当然のことだが今後消費者物価に次々と波及してくる。この物価上昇のなかで、消費者が堪え忍んで買い続ければ、企業の利潤は上昇する。しかし、賃上げの実現できなかった多くの労働者サラリーマン消費者は、すでに消費税増税以来、財布のヒモを固くして身構えている。
 「実質賃金指数3.8%減」(厚生労働省6月統計)がすでに公表されており、国民生活は二十年間以上も低下に歯止めがかかっていないのだが、さらなる悪化を予想せざるを得ない。
 つまり、インフレがスパライル的に景気を押しつぶす「スタグレーション」の開始かもしれない。

●ファンダメンタルズの悪化
 「輸出も同0・4%減と伸び悩んでいる。輸入も原油や石油製品などで駆け込み需要があった反動で同5・6%減と大きく減った。」(朝日8/13)
 輸入減少が駆け込み需要の「反動」というのも苦しい言い訳だ。さらに輸出の減少は、全く「駆け込み需要の反動」とは関係ない。日本資本主義の衰退を示している。
「世界一企業活動がしやすい国」から、肝心の日本企業が脱出しているのであるから。海外生産へとシフトしているのが、長期トレンドとしての原因だ。
 甘利明経済財政相は速報値を受けた会見で、GDP急下降について「(減速は)和らぎつつある」と強弁。先行きについては「景気は緩やかな回復基調が続いており、明るいイメージになっていく」(朝日8/13)と述べた。
 安倍内閣には無責任な異次元の政治家がなんと多いことか。(竜)  号案内へ戻る


 講演会報告・・・「和」の集団から「積」の集団へ

 少し前のことですが、7月13日(日)、西宮市立勤労会館で、宇都宮健児さんの講演会「押し寄せる貧困と戦争への道」がありました。宇都宮さんのことは、東京知事選の時に名前を知ったぐらいで、ほとんど知りませんでした。第一印象は、弁護士さんというよりも、小柄で元気な近所のおじさん、という庶民的な雰囲気を感じました。
 400人定員のホールは、ほぼ満席で会場は活気づいていました。というのも、テーマの講演はもちろんですが、宇都宮さんのこれまでの実践から得た、教訓化されたものがとても良かったからです。どうしたら、安倍政権の暴走をストップさせ、憲法改悪を許さない運動を広げて行けるのか? 具体的にその方法を見てみましょう。
(1) 政治的立場・イデオロギー的立場を超えてつながることの重要性~同質の集団の集まりは「和」にしかならないが、異質の集団の集まりは「積」になる~
 宇都宮さんは、宗教団体から依頼された講演にもでかけて話をするそうです。まさに「和」から「積」への広がりです。
(2) 運動を一回りも二回りも広げていく工夫が必要性。無関心層である人々に対し、どうすれば自分自身の問題だと考えてもらえるか、自分に引き付けて考えてもらえるか。会場の大学生から、友達にどう伝えていけばいいのか? という質問がありました。宇都宮さんは、愛媛大学の学生が取り組んだホームレスの問題を報告し、その取り組みから憲法25条の「国民の生存権」の問題を考えるようになった、と身近なことから繋がって行ける例を示されました。
(3) 護憲運動だけでなく、憲法を実質化させる運動が重要である。憲法12条は「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。・・・」とあるように、憲法が本当に生活の中で役立つためには日々の努力が必要ということです。
(4) 憲法改悪の動きはピンチではあるが、あらためて日本国憲法の立憲主義の理念や国民主権・基本的人権の尊重・恒久平和主義の原理を日本社会に定着させるチャンスでもある。~私たち一人ひとりは微力ではあっても、決して無力ではない。一人ひとりがつながれば大きな力になる。~
 宇都宮さんの講演を聞いて、とても元気をもらった気がします。報告される内容が具体的で、自ら活動して得られた情報だからこそ、説得力もあると思います。このピンチの状況をチャンスに変えて私も頑張って行こうという思いです。  (恵)


 編集あれこれ

ワーカーズ前号の第1面は、「私たちの声と行動を拡げ安倍政権を追い詰めよう!」の闘争宣言が掲げられている。
 この記事にもあるように一見傍若無人であるかのような安倍政権の政治は、広範な世論の反撃にあって、着実に内閣支持率の低減を招いている。そしてついに安倍政権打倒のデモも始まったのである。
 マスコミでは以前4割台をキープはしているが、ヤフー・ジャパンの調査では3割6分の支持率でしかない。さらに広島県等での激甚災害に対する安倍自身の不誠実な対応により「国民の命」を軽視し顧みない総理との評価が下される結果を招き、安倍政権はさらに追い詰められている。私たちももっと安倍政権批判を強めていかなければならない。
 2面と3面は、イスラエル軍のガザ進行を糾弾した記事とガザ地区とは、何が問題かを明らかにした解説記事を掲載している。
 中東問題の理解には、この間の歴史的な経緯に関する知識が不可欠の前提となる。その一助となる記事なのでぜひ精読を賜りたい。
 4面と5面には、安倍首相の不戦のために海外派兵するとの詭弁を糾弾した記事と集団的自衛権の核心とその野望を暴露した記事を掲載している。集団的自衛権についての今回の記事は前々号からの連載記事である。ぜひ合わせてお読みいただきたい。こうした安倍政権の政治の本質に深く深く根ざした安全保障問題が、安倍の足元をすくう火種だとの自覚が全くないことが最大の弱点となるとを本人はどれだけ認識していることだろうか。
 6面には、コラムの窓が掲載されている。今回の記事は、ウクライナでのマレーシア航空機撃墜事件を取り上げたものである。そこではだれが打ち落としたかの犯人捜しではなく、「兵器の開発と戦争が及ぼす影響・その惨劇を思い、貧困や差別による民族・宗教対立など戦争に至る原因を無くす為に、反戦・反軍拡の活動を広め」る観点から記述されている。 7面には、「東京新聞を読もう!」との記事が掲載されている。日本では全国紙の電通汚染や官房機密費による情報操作が深刻化しており、読むに耐えない全国紙ばかりであるが、それらに汚染されていない地方紙、例えば東京新聞・中日新聞・北海道新聞そして忘れて鳴らないのが琉球新報・沖縄タイムズである。これらの新聞には日本の真実が報道されている。是非購読して指させていきたいものである。
 8面には、川内原発の再稼働問題と第8回「原発事故に伴う健康管理のあり方に関する専門家会議」を傍聴しての感想が掲載されている。原発の再稼働については、原子力規制委員会の「規制基準合格」が「安全」だとはいわない等の詭弁を暴露し、専門家会議では結論ありきで暴走する彼らが外部専門家たち意見・批判で動揺する事態を暴露した記事である。まさに情報公開により風穴が開きつつある現状を明らかにしたよい記事であった。
 9面には、兵庫県の号泣県議事件を巡っての記事とそれに関する兵庫県のオンブズマン3団体の見解を掲載している。この呆れた事件の背景には、県議会事務局と県議会のずぶずふの関係があり、それは当該議員の辞表を早々と受理した事に象徴的に現れている。
 本来なら辞職を認めず、百条委員会の設置による政務活動費等の違法支出についての徹底した疑惑解明が求められていたが、隠したい小「野々村」県議がいたからである。
 10面では、色鉛筆で「今、辺野古で!」との喫緊の話題が取り上げられている。安倍政権の暴挙の核心である。さらに力で反対運動を押しつぶす戦術も駆使している現状を記事にしている。是非精読を期待したい。
 8月1日号は合併号として発行されたが、多彩な記事を掲載できたと評価している。またこうした事情から、従来から思考を積み重ねてきた「ワーカーズ・ブログ」を全面公開した。ワーカーズのホームページの左側の最後にある「会員の声」をクリックしていただけば、ほぼ毎日投稿・更新されているので、読者には是非ご高覧を賜りたい。(直木)
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