ワーカーズ557号   2016/4/1       案内へ戻る

 安保関連法施行  大衆行動で追いつめ戦争法は廃止させよう!

3月29日に安保関連法が効力を発揮する「施行日」となります。このことは日本国民ばかりではなく世界にとっても戦闘の激化や治安の不安定化要因になります。参
議院選挙(同時選挙も)あります。これからも断固として安倍政権の改憲策動の野望を暴き対決してゆかなければなりません。

 今、日本ばかりではなく世界の軍拡が進んでいます。直接の理由は、中東の不安定や中国の台頭です。他方では米国の国力の相対的凋落という現実もあるでしょう。
アジアでは「中国の脅威」が特に東南アジアで強く叫ばれています。

 しかし、北朝鮮やイスラム国のテロの多発も含めてむしろ武力による対決は問題を困難にするものです(これこそテロリストの狙いなのです。)。米国の中東介入を
思い起こしてください。イスラヘルへの軍事支援から始まり、湾岸戦争(90年)やイラク戦争(03年)さらには今も続くアフガン戦争も平和を実現できませんでし
た。むしろそれらが原因で、テロを拡散させ、これらの地域の不安定をもたらせてきたことを、肝に銘ずるべきです。これらの地域でどれだけの人が傷つきどれだけの
避難民が発生しているのかをみれば明らかなことです。

 これらは全く無用な、欧米の軍産複合体により仕組まれた戦争だったのです。私たちの敵は「北朝鮮」や「テロリスト」である以上に国内の、右翼反動派と軍需産業
なのです。

 中国台頭という現実でも、過剰に騒ぐのは軍拡勢力と右翼政治家だけです。安倍首相は「脅威」をダシにして軍事予算を嵩上げし、中国包囲のために世界を駆け巡り
、一説では数十兆円もばらまき外交をしています。いつまでも反動勢力の勝手にはさせておけません。

 日本こそこんな流れに抗う必要があり、経済と文化と外交というカードで新しい時代をリードすべきなのです。このような道が可能であることを私たちはうったえて
います。

不戦の枠組みはEUや東南アジア諸国などにも多くの参考事例があるにもかかわらず、短絡的な、”武力には武力を!”という志向へと安倍政権は国民を追い込もう
としています。

彼らの野蛮な野望や軍需産業の暗躍を暴露してさらに大衆的に包囲してゆきましょう。(文)


 緊急事態条項   やっぱりあぶない緊急事態条項──対置すべきは人民・民衆の抵抗権──

 安倍首相が憲法改定に照準を合わせている。すでに改憲への思惑は、一般論や原則論の域を超えて周到な環境整備の段階に入ったとみてとれる。

 安倍内閣は、7月参院選での3分の2の議席確保に向け、選挙の障害になるような対立案件の棚上げを拡げている。加えて、前回の総選挙の様に、有権者に負担を強
いる消費税再増税の延期を材料とした衆参同日選挙の可能性までほのめかす様になった。

 なりふり構わず改憲を追い求める安倍政権の野望は跳ね返す以外にない。

◆〝お試し改憲〟

 安倍首相は、改憲への思惑を隠さなくなり、繰り返し改憲を示唆する発言を繰り返している。この3月には自身の任期中での改憲にまで言及した。側近も言っている
様に、手順としては「有権者が納得する条項の新設から始めたい」ということらしい。有権者の改憲慣れを誘う、いはば〝お試し改憲〟というやつだ。

 自民党が野党時代に発表した改憲草案は、それこそ憲法前文からすべての条項での対案を示した網羅的なものになっている。が、その柱は言うまでもなく憲法9条の
改訂だ。合わせて国民主権の曖昧化や個人的人権の概念を矮小化しようとする思惑も見て取れるものになっている。

 今回お〝試し改〟憲として首相本人や周辺があげているのが、環境権や財政規律、それに緊急事態条項の新設だ。なかでも緊急事態条項の新設がメインになっており
、環境権や財政規律はその刺身のツマでしかない。

 緊急事態条項については、11年の東日本大震災のような大災害や経済の大きな障害でも発令できる様な組み立てになっているが、本当の狙いは言うまでもなく内外
からの攻撃への対処の方策として緊急事態条項だ。安倍政権は、災害対処との抱き合わせで緊急事態条項の新設を提起すれば、国民に受け入れやすい、とみているわけ
だ。

 自民党や安倍首相が言う様に、本当に緊急事態条項は、国や国民が危機に遭遇している時に、それを防ぐためのものなのだろうか。私たちとしては、むしろその狙い
が〝主権者鎮圧法〟であることを見ないわけにはいかない。

◆立憲主義の矛盾

 自民党が改憲草案に書き込んだ緊急事態条項とは次の様なものだ。

 (緊急事態の宣言)
第98条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱などによる社会秩序の混乱、地震などによる大規模な自然災害その他の法律に定める緊急事態に
おいて、特に必要と認める時は、乗率の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発する事が出来る。

 (緊急事態の宣言の効果)
 第九十九条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は
財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。

 この緊急事態条項の意味合いは、諸外国でも見られるいわゆる「非常事態」「戒厳」と地続きのもので、その基本的な性格はいわゆる〝国家緊急権〟の行使だ。

 自民党改憲草案(Q&A)では、戒厳令とは違うと言っているが、実質的に憲法の効力が停止され、法律と同等の強制力がある政令で行政権力が市民を縛ることが可
能になる。この緊急事態条項の創設は、権力を縛るはずの立憲主義のもとで、逆に憲法を否定する行政権力による超法規的措置を可能とするもので、立憲民主政治の基
本的な矛盾と限界を象徴するものでもある。災害対策なども対象とする緊急事態条項とは、ソフトな言い回しにもかかわらず本質において民主主義と両立しがたい条項
の創設なのだ。

◆すでにある緊急事態法制

 安倍自民党がお試し改憲での導入をめざす緊急事態条項とは、憲法に規定されてはいないが現実は法律の形ですでに存在している。それは災害対策基本法や自衛隊法
などだ。

 災害対策基本法では、大地震などの大災害にあたって、生活必需物資の配給等の制限や金銭債務の支払猶予などが規定されている。いはば非常時では通常の商取引や
資金移動などを政府が規制できる様な内容になっている。制定当時は、緊急事態法の地ならしではないか、と危惧・批判されたものだ。

 自衛隊法にも同様の条項がある。むしろこちらの方が非常事態にあたって政府や自衛隊の行動をより直接的に規定したものになっている。

 自衛隊には防衛出動と治安出動に関する規定があるが、緊急事態条項に直接関係するのは、治安出動に関する条項だ。自衛隊法78条は次の様な内容になっている。

 第78条 内閣総理大臣は、間接侵略その他の緊急事態に際して、一般の警察力をもってしては,治安を維持することが出来ないと認められる場合には、自衛隊の全
部又は一部の出動を命ずることが出来る。

2、内閣総理大臣は、前項の規定による出動を命じた場合には、出動を命じた日から20日以内に国会に付議して,その承認を求めなければならない。(以下略)

3、内閣総理大臣は,前項の場合において不承認の議決があったとき、又は出動の必要が無くなったときは、すみやかに、自衛隊の撤収を命じなければならない。

 治安出動で自衛隊が出動した場合にはどういう権限でどういう行動が可能になるのだろうか。自衛隊法89条には、警察官職務執行法を準用する、とあり、同90条
では武器使用に関する規定がある。治安出動した自衛官が武器使用を認められる場合として部隊指揮官の命令によるほか、正当防衛と緊急避難のケースがある。正当防
衛とは相手側から攻撃された場合で、緊急避難とは暴行される様な「明白な危険」があった場合のことだ。

 戦前の衛戊令では正当防衛にほぼ限定されていたが、自衛隊法では「明白な危険」があれば武器を使用できるとされているわけで、天皇制国家の軍隊以上に自衛官に
よる武器使用の裁量が拡大されているのだ。

 現行法での緊急事態について一例を挙げたが、これらは首相が緊急事態を宣言すれば、現行法でも自衛隊が治安出動をして対象者を武器で攻撃できる法制になってい
る。このこと自体、国民主権を謳う現行憲法体制でも、内閣総理大臣という行政権力が、主権者である国民を武器で攻撃できるというのが現実なのだ。これが民主主義
国といわれる日本の現実なのだ。

◆〝国家〟緊急権

 現在でも存在する緊急事態法制を前提としても、なおも憲法に緊急事態条項を新設したいという理由は何なのだろうか。一つは、憲法9条改定の入り口として本当に
必要かどうかも定かではない条項が持ち出されている、ということだろう。が、実際はそんな生やさしいものではない。

 いまの憲法に緊急事態条項がない、あるいは明文化の必要性が否定されていた、ということ自体を再認識する必要がある。現行憲法が、国家が主権者たる国民に銃を
向ける事態は起こってはならないし、あるいはそうした事態を招くことがない様な国づくりをめざす、という当時の起草者やそれを受け入れた国民の中の理想主義の思
いに根ざしたものと考えるべきだろう。

 それはともかく、憲法で緊急事態条項がない状態での法律のレベルでの緊急事態条項の場合では、政府が発する命令の如何に関わらず、憲法秩序は法的にはそのまま
生きており、憲法で認められた国民の権利行使としての意思表示や行動も保障されることになる。逆に、緊急事態条項が憲法に明文規定されると,非常時という例外措
置が幅をきかせ、他の憲法条項の有効性にも影響を与えることになる。現に多くの非常事態措置や戒厳令などでは、憲法秩序が停止されたり否定されるケースが当たり
前になっている。だから、緊急事態条項を憲法に明文化することは、それだけ権力による主権者たる国民への規制がより強力なものになる。だから国民主権を出来るだ
け薄めて、むしろ「憲法とは国民を縛るもの」としか考えない自民党などが求めているものなのだ。

 こうした緊急事態条項は、法的には国家緊急権とも言う。安倍自民党が掲げる緊急事態条項の性格は、あくまで〝国家〟緊急権であって、国民・有権者・市民の、で
はない。要するに緊急権を国家に与えるというものであって、主権者としての国民にとっての緊急権ではないのだ。

 緊急事態条項については、フランスやドイツでも憲法に明文化しているとして、日本でも明文化が必要だということらしいが、現実は憲法に明文化していない米国や
明文憲法がない英国も含めて、国家に緊急権を与えていること自体が民主主義の成熟度が不十分である証拠なのだ。国家というものは、時に主権者たる国民から離れて
逆に国民と対峙するケースも多々あった。現にアジアやヨーロッパでも、そして今また中東などでも、戒厳令や軍政を敷く国家が頻発してきた。それらの多くは、敵国
など外からの攻撃に対処するというものではなく、国内の反対派の行動を鎮圧するために発動されてきたものなのだ。国家緊急権を容認する憲法秩序そのものが、これ
までの国家と人民の興亡の歴史がもたらした矛盾的所産なのだ。

◆主権者鎮圧法

 日本の憲法は、象徴天皇制など民主制・共和制に反する条項もあるが、全体としてみれば平和主義・理想主義に根ざした進歩的な性格が強い。ただ現実には、憲法理
念に反する法制度も整備されているのが実態だ。

 たとえば自衛隊法第3条の〈自衛隊の任務〉では「自衛隊は我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを
主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序にあたるものとする。」とある。この「間接侵略」と「公共の秩序」がくせ者なのだ。

 間接侵略とは、主権者たる国民による反政府運動であっても、それが外国からの指示や教唆によるものだとの解釈も可能だからだ。国内の反政府運動が外国勢力によ
って煽られている、との批判は、当該国の政権からよく言われることだ。「公共の秩序」についても同じで、判断するのは政府だ。

 自民党の改憲草案では、もっと露骨だ。

 改憲草案第98条では、「内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱などによる社会秩序の混乱、地震などによる大規模な自然災害……」とある。
「内乱」などは、その主体や形態・規模によっては主権者たる国民の大多数が時の政権に異議申し立てをしている、というケースもあり得る。そうした場合にも、政府
にそれを鎮圧する権限を与えようということなのだ。自民党の改憲草案は、「関節侵略」という欺瞞的表現を「内乱」という直接的表現に変えているわけで、それだけ
に本音がモロに現れたわけだ。

 むしろ国家緊急権といった時、それは外国からの攻撃への対処ではなく、国内の暴動・反乱・内乱などを鎮圧することにこそ主たる目的にされているのだ。日本でも
天皇の戒厳大権が規定され明治憲法のもとでは、戦時に適用されたケースもあったが、2・26事件や関東大震災時の「朝鮮人暴動」などのデマに際しても準用された
。また60年安保闘争のように、実際に自衛隊の治安出動はなかったが、その一歩手前までいったケースもある。

 また外国では、南米チリでのアジェンデ政権を倒した軍事クーデターの場面、韓国の歴代軍事政権、中国の天安門事件、選挙結果を蹂躙されたミャンマー、最近では
イスラム同胞団などを弾圧したシーシ政権によるエジプトのケースなど、ほとんどは国内の反政府運動を鎮圧することやクーデターのために適用されてきた。結局、外
国からの攻撃という非常事態に対処することが目的ではなく、民衆の、主権者の、あるいは政敵の鎮圧に向けられたケースが圧倒的に多いのだ。現に、非常事態として
は典型的な外国軍による包囲状態にあった第2次大戦終盤の沖縄では、戒厳令など発令されなかったのだ。

◆抵抗権・革命権

 私たちは国家緊急権としての緊急事態条項など憲法に明文化することに反対するし、又明文化していなくとも国家に緊急権を与えること自体を拒絶すべきなのだ。

 外敵への対処としても、なにも国、国家だけが主体になってきたわけでもない。対ナチスでのフランスのレジスタンス、ベトナム戦争での南ベトナム民族解放戦線(
ベトコン)など、抵抗権を行使するのは、当該国の民衆・人民の権利であって,政府や国の権利ではないとしなければならない。それに戒厳令を明文化しているドイツ
連邦共和国基本法でも、憲法秩序を破壊することへの抵抗権は「すべてのドイツ人」にあるとの規定もある。(20条)。自然法に由来する「正当防衛」や「緊急避難
」の権利はあくまで生身の人間に認められたものであって、国家をかたる行政・執行権力に認められたものではないのだ。

 日本の憲法でも、否定しているのは「政府の行為としての戦争」(前文)だった。政府に任せていたのでは、又何をやらかすか分からない。私たち1人ひとりの主権
者が主体になるべきなのだ。

 イギリスの哲学者ジョン・ロックは、民衆の側に立って権力に対する革命権・抵抗権を擁護した。安倍政権が実現をめざす緊急事態条項に対しては、民衆・人民によ
る抵抗権を対置すべきなのだ。現行憲法には、28条に労働者の団結権や争議権に保障した条文はあるが、抵抗権は規定されていない。安倍首相がやりたいことは、私
たちからすれば全くのアベコベだ。立憲主義というならば、内外の危機に際して、むしろ人民の、主権者の緊急権としての抵抗権・革命権こそ明記すべきなのだ。

 民衆・主権者から遊離した国家権力による民衆・主権者鎮圧法ともいえる緊急事態条項の創設を許してはならない。(廣)案内へ戻る


 またしてもアメリカから消費増税にストップが掛かった安倍政権と属国の悲哀

 消費増税の延期については、前回の消費増税延期に至る経緯を振り返る必要がある。

 2014年11月18日、安倍首相は2015年10月から予定されていた消費税再増税を1年半延期して、2017年4月に行う事にした。その時、安倍総理は延
期の理由として消費税8%へ増税された2014年4月以降の日本経済の落ち込みが、深刻かつその後の持ち直しが極めて緩慢なためだとしていた。

 確かに2014年4~6月期の実質GDP成長率は、前期比年率7・3%減と、1997年4月の消費税増税直後の同年4~6月期3・5%減を上回ると共に、東日
本大震災直後の6・9%減を上回る悪化であった。実質GDP成長率の落ち込みの主因は民間消費の大幅な落ち込みであり、民間消費の落ち込みをカバーする事が期待
された設備投資や輸出も悪化していたのである。

 このため下支えとして期待されていた5・5兆円規模の経済対策も、公共投資が微増に終わった事で十分な効果をもたらさず、実質GDPの増加させたものは在庫の
増加と民間消費の縮小を反映した輸入の減少であった。

 こうした中で2014年7~9月期の実質GDP成長率は、前期比年率1・6%減となった。消費税が5%から8%になる駆け込み需要とその反動減の影響を平均す
ると2014年1~3月期と4~6月期の実質GDP平均値に復帰するために必要な7~9月期の成長率は3・9%であった。

 そして9月の成長率が確認されるや、事ここに至ってアメリカの財務省筋から、世界経済の一層の悪化をもたらす日本の消費増税に待ったがかかったのだ。これが本
当に本当の事実である。このように日本の経済政策は、今でもアメリカの強い影響下にある。

 こうして先に書いたように、安倍首相は2015年10月から予定されていた消費税再増税を1年半延期して、2017年4月に行う事にした。つまりはこの時安倍
総理は何らの自主的な判断もなく、国益本位のアメリカの財務省筋の判断に追随したのである。

 実はこの2日前、つまり2014年11月16日、安倍総理に面会するため首相官邸を訪れた人物がいた。消費増税について「アベノミクスを成功させ、デフレ脱却
を確実にしてからにすべきだ」と指摘した人物こそ、今回もまた「国際金融経済分析会合」のために来日して消費税に反対しているポール・クルーグマンその人であり
、この日事実上アメリカFRBからの特使の役割を果たしたのである。

 これに関連して、今や日本政府の広報誌となってしまった日本経済新聞を引用する。
         ※                    ※
「「スティグリッツ氏「消費増税すべきでない」国際経済分析会合」」2016年3月16日 日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFK16H26_W6A310C1000000/
 政府は、3月16日午前、世界経済について有識者と意見交換する「国際金融経済分析会合」を初めて開いた。講師として招いたノーベル経済学賞の受賞者であるジ
ョセフ・スティグリッツ米コロンビア大教授は、世界経済は難局にあり「2016年はより弱くなるだろう」との見解を示した。「現在のタイミングでは消費税を引き
上げる時期ではない」とも述べ、来年4月の消費税率10%への引き上げを見送るよう提言した。

 菅義偉官房長官は、3月16日午前の記者会見で「スティグリッツ氏から税制について、総需要を喚起するものではないとの観点から、消費税引き上げは今のタイミ
ングではないとの趣旨の発言があった」と説明した。

 分析会合の終了後、安倍晋三首相とスティグリッツ氏の他、首相の経済政策のブレーンを務める浜田宏一、本田悦朗両内閣官房参与を交え意見交換した。

 スティグリッツ氏は首相官邸で記者団に「首相は(消費増税先送りを)恐らく、確実に検討するだろう」と述べた。

 首相は分析会合の冒頭で「伊勢志摩サミットの議長の責任を果たすため、世界の経済・金融情勢について率直な意見交換をしたい。アベノミクスに関しても、どしど
し意見を頂きたい」と挨拶した。

 スティグリッツ氏は分析会合で「世界経済は低迷している」との認識を表明。「日銀の金融政策だけでは限界がある。次に財政政策をとることが重要だ」と強調し、
政府に財政出動を促した。

 分析会合の座長には石原伸晃経済財政・再生相が就いた。林幹雄経済産業相や加藤勝信一億総活躍相、菅氏や日銀の黒田東彦総裁が出席。本田、浜田両氏も陪席した


 分析会合は17日に米ハーバード大学のデール・ジョルゲンソン教授と元日銀副総裁で日本経済研究センターの岩田一政理事長を招く。22日にはノーベル経済学賞
を受賞したポール・クルーグマン氏を呼ぶ。

 首相はこれまでの国会答弁で増税の是非について「世界経済の収縮が起こっているか、専門的見地から分析し判断していかねばならない」と発言している。首相周辺
は「有識者が経済収縮のリスクを指摘するなら増税見送りの判断はありうる」と語る。

 サミットまで継続的に開く予定で、5月の大型連休に安倍首相が欧州を歴訪する際にも外遊先で現地の経済学者らを招いた分析会合を開く方向で調整している。
         ※                    ※
 ここで書かれているように、安倍政権に対してスティグリッツ米コロンビア大教授たちは、世界経済は難局にあり、「現在のタイミングでは消費税を引き上げる時期
ではない」とも述べ、来年4月の消費税率10%への引き上げを見送るよう提言したのである。

 ここで確認したいのは、今回の消費増税延期のための舞台作りの周到さである。

 前回の延期では、アメリカからの要請を隠すためか「今後の経済財政動向等についての点検会合」を開いて、総勢42人の学者や経営者、自治体首長らから意見を聞
いたものの、その全ては日本人だった。こうした姑息な手を使い安倍総理は、「外圧」隠しをしたのだ。

 それに比較すれば、今回の「国際金融経済分析会議」には、アメリカからの直接的な関与が見て取れる。アメリカも必死なのだろう。そのために2人のノーベル賞受
賞学者や同賞受賞の有力候補とみられる学者など、大物の米大学教授を3人も送り込んだのだ。

 会合2日目に意見陳述した米ハーバード大学のジョルゲンソン教授は、世界経済が「上振れして成長する可能性を十分に秘めている」との立場から、日本の税制のあ
り方にまで言及している。それは、生産性を高める国内改革が必要で、「負担を課す対象を投資から消費へと移して、民間投資を喚起すべきだ」とまで踏み込んだ。勿
論、全て我田引水だ。

 初日にトップバッターで登場したスティグリッツ教授は、2001年にノーベル経済学賞を受賞した学者である。この分野では大物中の大物である。そして会合では
、「2015年はリーマン・ショック以降で最悪の状況だったが、16年はさらに弱くなる」と危機感を露わにして、消費増税を再延期すべきだとおおいに熱弁を振る
ったのである。

 さらにスティグリッツ教授は、会合後に総理と個別に会談した。その後、記者団に「総理は(増税先送りを)検討するだろう」と語って学者ならぬ「政治家」ぶりを
示した。

 前回総理に引導を渡した2008年ノーベル経済学賞受賞者のクルーグマン教授も、日本の消費増税に反対の立場を採った事で有名な人物だ。彼もまた22日の会合
では意見陳述して、消費増税の再延期のダメ押しをした。勿論、安倍の経済ブレーンで内閣官房参与の浜田宏一、本田悦朗も再三、増税凍結を唱えているが、彼らは皆
役不足なのだ。

 このようにアメリカの経済学の大物たちがこぞって消費増税を否定したのである。

 では2014年11月18日、消費再増税の1年半延期と衆院解散を表明した安倍総理の記者会見における、全く無内容だった大言壮語を再確認してみようではないか


「来年10月の引き上げを18ヵ月延期し、そして18ヵ月後、さらに延期するのではないかといった声があります。再び延期する事はない。ここで皆さんにはっきり
とそう断言いたします。平成29年(2017年)4月の引き上げについては、景気判断条項を付す事なく確実に実施いたします」

「国民生活にとって、そして国民経済にとって重い重い決断をする以上、速やかに国民に信を問うべきである。そう決心いたしました。……税制は国民生活に密接に関
わっています。代表なくして課税なし。アメリカ独立戦争の大義です」

「確実に3年後に私たちは、消費税引き上げの状況を作り出す事ができると考えたわけであります」(首相官邸ホームページの記者会見の記録から引用)

 このように安倍総理は2017年4月からの再増税を「はっきりと断言」した上で、消費増税見送りは国民生活と密接に関わる事なので、衆院を解散して民意を問う
と宣言し、さらに2017年4月までに再増税できる経済状況を作ると確約していたのである。

 しかし今やアベノミクスが破産し再増税できる環境にはない事は、安倍総理が言葉にこそしていないが良く承知している事実である。だとすれば言葉に責任を持つ政
治家が成す事はただ一つ、辞職する事である。前回はなんだかんだと理屈を付けて、解散総選挙を実施したのではなかったか。今回は、それも出来ずにまたもやアメリ
カに追随するとは!

 まさに安倍総理がもっとも嫌う公然たる内政干渉がなされてしまった。そして2014年の時には、安倍総理が自主判断をしたかに振る舞ったのに対して、今回は何
という舞台回しで消費増税の再延期を、私たち有権者に伝えたのであろうか。まさに辞職すべき時だ。

 なぜ安倍総理は中韓に対するように、アメリカには内政干渉だと断固として反対しないのか。安倍総理は、何故アメリカにはかくも従順なのであろうか。ここに至る
までの安倍総理の発言と景気回復の約束とは、一体何だったのか。

 全ては空疎である。ここに来て私たちは、又々属国の悲哀を感じざるを得ないのである。(直木)


 経済政策の行き詰まり露呈  「ヘリコプターマネーに脚光」の報道

ブルームバーグにも堂々登場した「ヘリコプターマネー」。(「空から金のヘリコプターマネー-中銀直接引き受け可能か」Simon Kennedy2016年3月23日)今や仮説と
いうよりはデフレ脱却の切り札のような持ち上げられようです。

あまり一般には聞きなれない言葉ですね。「コトバンク」を見てみましょう。
「あたかもヘリコプターから現金をばらまくように、中央銀行あるいは政府が、対価を取らずに大量の貨幣を市中に供給する政策。米国の経済学者フリードマンが著書
「貨幣の悪戯」で用いた寓話に由来。中央銀行による国債の引き受けや政府紙幣の発行などがこれにあたる。」

あるサイトからです。
「この量的緩和政策の究極系ともいえるのが、ヘリコプターマネーです。
国債購入なんてまどろっこしいことなどせず、国民に直接カネを渡せば、消費が増えて経済が活性化する一方、その国には通貨安とインフレが進むはずなので、デフレ
を克服出来るという理屈です。一部で議論が起きている政府紙幣の発行や、1999年に行われた地域振興券の配布などは、一種のヘリコプターマネーです。」

私見です。
資本主義の絶命の叫びでしょう。もうやることがなくなったのですか。ほとんど自滅の道ですよ。我々はまだ次の準備ができてないのに(笑)まじ、ふざけすぎ。封建
制度も数百年、いやいや中国の官僚的中央集権制度は二千年も続いたのに、ローマ帝国の分けのわからない体制ですら四百年程度は存続しましたね。資本主義は三百年
で寿命ですか。サヨナラ。

さて、真面目な話しに戻りますが。国債の直接的日銀引き受けが一つには語られています。これ自体は戦時に実行されています。国家財政とりわけ戦費が嵩んだ財政資
金を、日銀に事実上増刷させるというやつです。貨幣の紙幣化です。信用貨幣としての日銀券がご臨終させられたという歴史で示されています。

同時にもう一つ別なことも言われています。つまり、国家財政の赤字補てんとしての国債⇒日銀券発行、ではなくて「直接的に国民にばらまく」ということがミソのよ
うです。なつかしい「地域振興券」の例が出ています。要は国民的に大衆的購買力が上がらないとデフレ脱却はできない、「賃上げ」「最低賃金の底上げ」は遅々とし
て進まないので、国民一人一人に現ナマをばらまく、という趣向のようです。マイナス金利とキャッシュレス経済がいまいち抵抗感があるのでこうなったのでしょうね


どこから解きほぐせばよいのやら。メタメタですよね。

日銀の金融緩和でマネタリーベースが勢いよく上昇しても、景気が回復しないわけを再度考えるしかありません。インフレかどうかは、本質的問題ではありません。利
潤のための投資先がないのです。つまり、資本がその機能を果たせなくなってきているのです。では、設備やノウハウを利用して「みなさんのお役立ち」経済をすれば
よいし、実際そのようにしている企業・経済単位も大いに増えているのです。利潤という、特殊な条件でのみ稼働する経済システムは壁に突き当たっているのです。

かつてより「資本主義はわがまま経済」だと私は言ってきました。日当たりのよい豊饒な土地にしか育たないのです。どんなに人々が必要としても、つまり社会的需要
があっても「儲からないこと」はしません。だから地方の過疎化を生み出したのです。地方はもうけが少ないからと。

「利潤」を前提にしないのならば、遊んでいる設備や人(失業者)なんてありえないのです。(意欲のある人の総活躍社会です。)どんな人でも、どんな企業(事務所
・設備)でも即座に活動できるし、社会貢献できるそれが新しい社会の原理です。

まあそこまでは言わないとして、利潤率が下がったのは誰のせいでもなく資本主義自身の重みに耐えかねて下降してきたのです。経済の金融化など腐朽化が進み、生産
的労働が評価されていません。パイは少しずつしか大きくはならないのに、(金融化・証券化した)資本が急速に膨れ上がるのでどうしても資本の単位当たりの分捕り
量が下がるのです。利潤率-利子率の低下です。

では、その状況で事実上の国家紙幣を「ヘリコプターから」ばらまくと。例えば一億人に一万円づつ配ります。財源は一兆円必要です。ブルームバーグのように「日銀
直接引き受け」もありえますが国家紙幣・政府紙幣となるでしょう、たしかにそうでないと中央銀行のバランスシートは債務だけが増え別な問題になります。

こうすればマネタリーベースの"ブタ積み"は避けられます。これまではマネタリーベースは増えても引き合いがない(企業が引き出さない)ので経済に生かせられない
、という問題はクリアーできます。企業は金を使わないのなら、国民に直接渡すということです。国民側とすれば、地域振興券と類似したものなのでとりあえず「あり
がたく」もらって使用するでしょう。その分では「生活の足し」にはなるでしょう。

これは需要喚起であり、その分では企業にも跳ね返るはずです。インフレも進行する。しかしそれらはあくまで一過性です。継続性がなく何も変えるものではありませ
ん。インフレは、過剰な流動性が出回ればそれが"吸収されてゆく過程"にすぎないからです。それで終わります。

それとも「ヘリコプターマネー」を継続的にばらまくのでしょうか。一兆円相当の政府紙幣の財源はどうするのか。日銀券=円との関係を完全に遮断するのは不可能と
思われるので、結局は財政赤字の拡大に拍車をかけることは間違いないでしょう。いすれにしても”打ち出の小づち”は存在しないのです。

仮に、信用貨幣としての日銀券から切り離して、国内用の「政府紙幣」を発行する(これはグローバル化経済では不可能に見えますが。)とします。それを頻繁に増刷
して国民にばらまけば、その量に応じで「インフレ」が進行することはまちがいありません。しかし、資本主義の低迷は前記したように全く別の原因から来るのであっ
て、紙幣を流通に強引に押し込んでも「景気回復」とは無関係ですし、再生産過程の混乱から一層経済が縮小する可能性だってあります。

景気サイクルの変動は多少あっても、「低利潤」「低利子」状態を変えるものでは全然ありません。インフレは貨幣現象であり、実体経済を押し上げるものではありま
せん。繰り返しますが、利潤目当ての経済はますます動きが鈍くなるばかりです。機能が落ちているのです。社会のお荷物ですらあります。古い荷物はどうしましよう
か?(竜)

 関連資料【ブルームバーグ】より転載
 「空から金のヘリコプターマネー-中銀直接引き受け可能か」Simon Kennedy2016年3月23日
度重なる利下げと12兆ドル(約1347兆円)の資産購入が世界的な金融危機以降に行われたにもかかわらず、インフレの針を十分前に進ませることができない中央銀行は
、未踏の領域にさらに深く歩を進める必要があるかもしれない。

世界をディスインフレから脱却させる新たな手段は、中銀による政府の景気刺激策の直接ファイナンス、すなわちノーベル経済学受賞者のミルトン・フリードマン氏が
1969年に提唱した「ヘリコプターマネー」と呼ばれる戦略が鍵を握っている可能性がある。・・・以下略


 「テロとの戦い」「テロに屈しない」は無力だ テロ及び欧米の戦争勢力と闘おう

ベルギーの首都ブリュッセルの空港と地下鉄で3月22日午前、同時爆発攻撃が発生し、少なくとも30人が死亡した。攻撃後に過激派組織「イスラム国」が犯行声明
を発表。ベルギーの交通機関は一時全面運休となり、欧州各国で警戒態勢が引き上げられた。

今回のテロは、EUの心臓部であるブリッセルで発生した。中東ではなく近隣のトルコでもなく(この地域でのテロはすでに多発しているが)欧州でも繰り返されるテ
ロ行為だ。イスラム国の無意味な無差別殺戮を糾弾する。同時に大都会のテロ行為はほとんど防ぎようがないことが再び明らかになった。それゆえに一般市民を守るた
めにはその根絶を改めて考える他はないのだ。

欧米諸国は「テロとの戦い」「テロに屈しない」と無意味に繰り返すが無力にしか聞こえない。彼らは解決策が分からないのだ。

イスラム国の戦略戦術は今ではかなり明らかだ。彼らの言うカリフ時代=ワッハーブ主義は、一つの時代の産物であった。十八世紀の当時は、オスマン・アラブの豪族
支配がある一方では英国などの植民地主義の介入があるなど混迷の時代であった。そのなかでイスラム教の「原理に立ち返る」運動が台頭した。このような過激な原理
主義運動こそが社会不正や無秩序、外国勢力との対峙に不可欠な勢力国民にも受け入れら、カリフ制度の再興を目指したのである。

現代の中東も確かに同じような現状ではないか(アフガンのタリバン運動も同じような滋養強化で台頭している。)。米国の支配や介入が「イラク戦争・2003年」以来
大なり小なり継続されている。当時のブッシュ大統領は米国軍を「十字軍」と称していたが、これはイスラム原理主義にとっては望むところであった。他方では、シー
ア派とスンニ派の「宗派対立」も存在する中で、このような対立をあおり、勢力を拡大してきたのがアルカイーダでありさらにイスラム国なのだ。

今回のブリュッセルテロ事件の、イスラム国の犯行声明にも「十字軍の中心を攻撃した」と明記されている。イスラム国は、イスラム教徒同士の対立を煽るばかりでは
なく、キリスト教対イスラム教徒の対決の構図を描こうとしているのである。このような策動・宣伝に動かされて、西側のキリスト教諸国が「イスラム排撃」を実行す
ればそれは彼らの思うツボなのである。

いうまでもなく、「大悪魔」=米国とその軍隊、そして同盟してシリア空爆を行う英米仏なども彼らの標的となっている。

 イスラム国は、しょせんはゲリラ的戦術の集団である。アルカイーダとそれほど変わっていない。「カリフ制国家」は、古代国家がそうであるように「国境」「領域
」の死守にこだわってはいない。(それらは近代国家のものである。)彼らの存在形態は人的・宗教的ネットワークであり、戦略的撤退はお手の物であることを理解す
る必要がある。西側やロシアの空爆で撤退しても、イスラム国の衰退ということには必ずしも結び付かない可能性がある。

一時は大ブリテン島と同じ程度の「領域支配」をしていたイスラム国だが、最大の戦闘員は十万人程度とみられている。日本本土でも、一度も戦争をしていない自衛隊
員が二十万人もいるのだ。世界の強国と戦闘中のイスラーム国の戦闘員が十万人とは「少なすぎる」と思われる。しかし、「領土死守」という戦術を持たないイスラム
国はその人数で世界を相手にしてきたのだ。これは彼ら固有の戦術の反映でもある。

そんな中でイスラム教徒の多いアラブ・中東世界では、「神はアッラーのみ」「唯一のカリフに従う」といったスローガンがストレートに若者に吸収されてきた。それ
ばかりか、エジプト、リビア、チュニジア、モロッコなど北アフリカそして中央アフリカでも浸透が始まっている。それらの国・地域は押しなべて治安が悪く貧富の差
が大きく、失業者が多く、欧米資本による収奪がひどい。若者は、思想信条以外に"就職"として彼らの戦いに参加していることはすでに明らかなのだ。

ここまで言えば我々の結論は明らかだろう。まず、タリバンやアルカイーダ、そしてイスラーム国などは、そもそも米国が軍事的経済的支援で育ててきたのだ。そのこ
とを重視しその轍を踏ませないこと、そのためには国際的規制を強化し今後一切紛争地帯への武器支援を禁止すべきだ。また避難民の保護受け入れ(イスラム社会との
融和)は欠かせない。このような遠回り策がないかぎり問題は悪化するばかりだ。
同時に、欧米諸国とそのあと追う日本の軍需産業をこれからも監視・規制することだ。かれらはどちら側にも武器を売る死の商人だ。紛争の火の手が上がることを喜ぶ
のは、テロリストと死の商人だ。彼らは人類の敵である。(山)案内へ戻る


 読書室 原田 宏二氏著『警察捜査の正体』講談社現代新書 本体価格840円

 本の帯には、「職質、検問、通信傍受、DNA、カメラ映像…… 警察が何でもできる時代が来た 元警察幹部『渾身の警告』」とこの本の帯にはある!

 2003年11月、北海道警察の組織的な裏金システムが発覚し、これをきっかけに全国の警察の多くで裏金システムの存在が明らかになった。

 この時、事実を完全否定する北海道警察本部長の姿を見て、意を決して立ち上がったのが既に退職していた、この本の著者の北海道警察の元幹部のノン・キャリアだ
った原田 宏二氏である。これ以降、原田氏は、全国の警察の宿痾ともいえる裏金システムを告発した著名人となり、毀誉褒貶の渦中の人物となる。

 原田氏が警察の「裏切り者」といわれる事を承知で警察の裏金システムを告発したのには北海道警察に対する義憤だけでなく、一人の部下の存在があったのである。

 2002年7月、かっての部下の警部が覚醒剤を使って逮捕される。彼の抜擢により銃器対策室の一員になったのだが、この人物が覚醒剤を使用する遠因には、人事
管理や裏金の問題もあった。結局、この人物を救うことは出来なかったが、この事がたとえ裏切り者と呼ばれても道警の裏金問題を原田氏が告発しようとする大きな要
因になったのである。

 さてこの本の特徴を一言で述べるとしたら、警察の誤認逮捕からどの様にして自分の身を守るかの最低限の法律上の権利を知り、実践する術を教える事にある。

 原田氏の言葉で言えば、「本書は警察の現場で犯罪捜査を体験した一人として、捜査の法的な側面に触れつつ、体験を通じて得た考えをまとめたものである。警察官
として半生を過ごし、元警察幹部として裏金問題を告発したのをきっかけに、冤罪事件などの解決に後半生を費やした私の体験をもとに、警察による『犯罪捜査の実態
』を明らかにすることを目的としている」のである。実に重たい発言ではないか。

 2016年1月20日に発刊された本書の構成を紹介する。          ※※

 はじめに
 第1部 警察捜査と刑事訴訟法
 第1章 刑事訴訟法「大改正」のポイント
 第2章 問題だらけの「デジタル捜査」「科学捜査」
 第3章 犯罪捜査と刑事訴訟法
 第4章 グレーゾーン捜査の存在
 第5章 自白偏重捜査と取り調べの実態
 第2部 警察組織の変容
 第6章 日本警察のしくみ
 第7章 階級制度のひずみ、パワハラ不祥事
 第8章 安全・安心なまちづくりの正体
 第9章 警察の権限強化
 第3部 市民のための犯罪捜査対応策
 第10章 警察マスコミの罪
 第11章 冤罪はなぜ繰り返されるのか
 第12章 人質司法と弁護士の役割
 終章 市民のためのガイドライン
                                      ※※
 300ページの本なのにこの包括的な内容である。安倍内閣の下で「新たな戦前」としての「警察国家」が出来せんとする状況の下、安倍内閣と闘おうとしている市
民の一人一人が自分の身を守るための最低限の法律的知識がここにはぎっしりと詰まっている。

 本書がこのような内容になったのは、この間に先鋭化した原田氏の問題意識があるからだ。すなわち原田氏は、「テロの防止、凶悪犯逮捕という大義名分のもと、『
警察国家』への道が強化されつつあるように見える。元警察官として、危険な兆候を感じている。このままでは市民に対する監視が一層強化され、ある日突然、普通の
市民である読者が冤罪事件に巻き込まれる事態になる可能性が増大している」と断言する。

 そのためどの章を取ってみても、今マスコミも取り上げていないものはないと言って良い内容である。とくに警察の変容については、筆者にしか書く事が出来ない充
実ぶりだ。

 とりわけ終章の「市民のためのガイドライン」は、かっての「救援センター」のハンドブックのように安倍政権下では市民必携の権利書とも呼ぶべき内容となってい
る。

 たったの6ページではあるが、熟読してしっかりと身につけたいものである。(直木)


 「エイジの沖縄通信」(NO26)

(1)米兵の女性暴行事件に、怒りの声広がる!

 13日未明に那覇市内で起きたキャンプシュワブ所属の米海軍一等米兵による女性暴行事件に関して怒りの声が広がっている。

 沖縄の米兵のために一体何人女性が犠牲になるのか。戦後70年もたつのに、いつまでこんな暴行事件が起こるのか。

 島尻安伊子沖縄担当相は「こういった事件が繰り返されることは大変遺憾に感じている」と述べているが、もうこうした単なる抗議のレベルではない、日本政府は何
をしているのだ!と言いたい。

 沖縄の女性団体「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」は下記のような抗議・要求書で、はっきり「沖縄から米軍の撤退を」要求している。本土の私たちも、
こうした事件の根本である植民地的な「日米地位協定」の抜本的改定、さらには米軍の撤退を政府に要求していく必要がある。

・15日、「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」がさっそく抗議・要求書を提出する。

・17日には、事件発生地の那覇市議会が「抗議決議案」と「意見書案」の両案を全会一致で可決。その後、次々に県内市町村議会で可決され、計23市町村議会で可
決される見通し。

 県議会も臨時本会議を開き可決。25日には、容疑者が所属する米軍キャンプシュワブの司令官や、在沖米軍トップの在沖米軍沖縄地域調整官(四軍調整官)に面談を
要求したところ、面談を拒否されたと言う。この四軍調整官らに批判の声が相次いでいる。。

 なお、この怒りの声を米軍に抗議ということで、21日午後2時から辺野古のキャンプ・シュワブゲート前で「緊急大抗議集会」が開かれ、なんと県民2500人が
怒りの結集をした。

★「米軍兵士の性暴力事件(準強姦事件)被害者への十分な対処を求め、米軍の撤退を求める要求書」

 2016年3月13日未明、那覇市内のホテルで、友人と観光で来沖中の女性が、米軍キャンプ・シュワブ所属で米海軍一等水兵の男(24)による性暴力を受け、
女性知人の通報により、加害者は準強姦容疑で警察に逮捕されました。

 楽しかったはずの沖縄の観光が、一夜にして恐怖と屈辱感に陥れられたという女性の心身の痛みはいかばかりか、同じ女性として激しい憤りを感じずにはいられませ
ん。

折しも、2年近くにわたって市民による辺野古への新基地建設反対行動がキャンプ・シュワブ前で繰り広げられているにも関わらず女性の人権を蹂躙する事件が発生し
たことは、駐留米軍にいかに人権意識が欠如し抗議行動への認識が皆無であるかを表しています。

起こり続けるこの性暴力事件は、個々の兵士の犯罪に留まらず、駐留する軍隊全体の構造的暴力であり、戦後ずっとこのような暴力による人権侵害に苦しんできた沖縄
において、改めて今回の犯罪に対して、強い怒りをもって米軍に抗議をするものです。

日本政府として、菅官房長官が、米側へ綱紀粛正と再発防止を申し入れたと報道されていますが、もはや言い古された建前の「綱紀粛正」「再発防止」であってはなり
ません。その原因について徹底調査の実施を求める必要があります。キャンプ・シュワブ所属の兵士が、なぜ那覇市内のホテルに投宿していたのか、ここ数年、米兵に
よる女性への性暴力事件は那覇市内を中心に発生しています。

2010年には、帰宅した女性がドアを開けた瞬間に米兵に襲われた強姦未遂事件、2012年、歩行中の女性が背後から襲われた事件など。日米地位協定によって、
米兵はいつでも自由に基地外に行動できることからこのような事件が発生しているのです。

これ以上、軍隊の構造的暴力の犠牲を生まないためにも、私たちは以下のことを強く要求します。

・被害女性のプライバシィーが守られ、心身の十分なケアがはかられること
・被害女性への謝罪と加害米兵の厳正なる処罰を行うこと
・女性、子どもの安全は生活環境を保障するため、全米兵の基地外行動を禁止すること
・日米地位協定を抜本的に改正すること
・沖縄からすべての基地・軍隊は撤退すること

2016年3月15日    「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」  共同代表 高里鈴代・糸数慶子

(2)「第2次普天間爆音訴訟」が結審

 24日、宜野湾市の「第2次普天間爆音訴訟」(原告住民3417人)の第17回口頭弁論があり、結審した。

 この訴訟は単に損害賠償を求めるだけでなく、飛行差し止めと国の米軍普天間飛行場の提供協定そのものが憲法違反であると訴えたことに意義がある。

 全国各地(横田、厚木、岩国、小松、嘉手納)のこれまでの爆音訴訟では、賠償金が認められても、米軍機の飛行差し止めは退ける判決が繰り返されてきた。その理由
は、国も司法も「第三者行為論」(米軍の活動には国の支配が及ばない)という立場を適用し、原告(住民被害者)の救済に踏み込まない逃げの姿勢であった。

 今回の普天間爆音訴訟は、司法が憲法判断に消極的と言われる中、あえて憲法論を持ち込み、憲法判断に踏み込むよう求めた。

 注目される判決は、今秋以降年内に出されると言う。(富田 英司)案内へ戻る


 3.27 NO NUKES Parade!  みんなで止めよう女川原発-に参加して

 東日本大震災から5年、東京電力福島第一原子力発電所の一、三、四号機の水素爆発、二号機の格納容器破損という史上最悪の原発事故が発生して、悪夢のような放
射能汚染と放射線被曝が始まりました。原発事故が生み出した放射能は、十六万人もの人々を故郷から追い出し、残された街は人が住むのが困難な土地になってしまい
ました。

 事故を起こした四基の原発は、日本の科学技術では、手の施しようないまま、いまも大量の放射能を海と空に吐き続けています。
 集会でアピールした脱原発をめざす宮城県議の会 会長の佐々木功悦さんは、美里町の町長時代からずっと脱原発を訴えてきました。県議員の半数は原発再稼働を唱
えている中、彼は脱原発をめざし、政治に関わる立場から、さまざまな運動を続けています。

宮城県の栗原でおこった地震は世界一だとギネスブックに載っている。そして東日本大震災で、女川原発がある牡鹿半島の地盤は一メートル沈んだ。そんな状態でまっ
たく原因の究明がされていないのに、再稼働するのは倫理に反する、経済も大切だけれど、それよりも大切なのは「人の命」と訴えました。そして、脱原発をめざす県
議員が党派をこえて手をとりあってすすめていくことが確認されました。

そのあと、みんなで脱原発を訴え仙台市内をパレードをしました。

未来のこどもたちが健康に過ごせるすばらしい故郷を残すためにも、これからも脱原発をめざし、私自身も声を上げ続けたいと想います。(宮城 弥生)


 読者からの手紙
 共産党に対する破防法攻撃と共産党に対する不信

 民主党と共産党が選挙協力をするのは許せないとの理由で民主党を離党した鈴木貴子議員は、結局民主党を除名されましたが、その後父の鈴木宗男氏と相談した鈴木
議員は、二つの質問主意書を政府に提出したのです。

 その一つは、「日本共産党と『破壊活動防止法』に関する質問主意書」で、もう一つは、「日本共産党へのソ連からの秘密資金援助疑惑に関する質問主意書」でした


 そして2月22日、安倍内閣は、一つ目の質問に対する答弁は、「現在でも破壊活動防止法に基づく調査対象団体」「『暴力革命の方針』に変わりはない」とし、も
う一つの質問については、「お答えする事は困難である」とし「該当するとみられるようなものは見当たらない」と退けました。

 そして政府が共産党に対するソ連からの秘密資金に触れられないのは、自民党自身がアメリカから秘密資金を貰っていた過去、つまりすねに傷を持つ身だからです。
 識者に言わせると破防法の質問自体が、政府と鈴木議員の間で打ち合わせ済みの、34年前と17年前の政府答弁を蒸し返す事を許す、まるでやらせの問答だったの
です。

 確かに戦後一貫して公安調査庁は、20年前位までは、対共産党スパイ潜入作戦を展開していた事もありましたが、現綱領の策定過程において共産党の議会主義は完
成されてしまいました。かっては「敵の出方」論などを適宜使用して、その日和見主義を誤魔化していたのですが、今やその議会・合法主義は完成されている事を知ら
ぬ者はもぐりでしょう。

 これに対して山下共産党書記局長も記者会見で、鈴木議員の「このタイミングの質問は、力を合わせて安倍晋三政権打倒を掲げる5野党に不当な攻撃を加えたいとの
意図を感じる」と野党共闘の分断工作の一環と指摘しました。勿論、恥ずべきは鈴木議員です。

 この分析は正しいでしょう。ですが、実際の所、昨年の千葉県議選挙においても流山市では、社民党は公明党から支持を得ることと引き替えに戦争法賛成に転じた、
とのデマを流した事をいまだに謝罪していないのも事実です。

 流山市の社民党員である友人が、今まで各級共産党組織に対して謝罪を要求しているのにもかかわらず、何らの誠意ある行動も謝罪もしていません。そんな態度をと
り続けているというのなら、人から信頼される事などありえないでしょう。

 これが共産党の真実です。このように共産党には、人に嫌われるだけの不信と実態がある事もまた疑いもない事です。(猪瀬)案内へ戻る


 政府が「共産党は破防法調査対象」と答弁書を閣議決定 -- テロリストより危険な安倍政権! 許しえない政治弾圧予告か?

鈴木貴子衆院議員(無所属)の質問主意書に答えたというのもいかにも見苦しい。

父親「鈴木宗男」の新党大地は、最近自民党に大接近。その口実に使われているのが、「共産党と選挙協力する民主党はいやだ」という論理。選挙非協力で鈴木貴子
氏は先月民主党を除名になった。貴子氏の政党を渡り歩く狡猾で勝手な行動は、地元からも批判が相次いだ。

他方では、それをリードしてきたのが父親の鈴木宗男氏だ。彼が一時は自民党からも放逐されたのだが、ロシアコネクションを買われて安倍首相が高く評価している
。安倍政権は、異例なほどロシア・プーチンとの友好を重視し経済・政治そして北方領土の「回復」に力を入れている。

新党大地=鈴木宗男と安倍政権の大接近という状況の反映として、鈴木貴子氏の自民党入り(近々そうなるのは自明だ)という算段のダシに使われたのが、「共産党
⇒危険な暴力政党」「民主党には居られない」(ゆえに自民党に入る?)というロジックだ。それを安倍首相に国会で明確化させるという、まさに「儀式」というわけ
だ。政治的無節操な鈴木親子の行状をロンダリング(浄化)するためなのだ。

とはいえ、日本共産党を嫌いな方もシンパの方も安倍政権が「破防法」という政党弾圧の道具をチラつかせたことを重視すべきだ。先月高市総務相が「放送法と電波
法に基づいて大臣が電波停止を命じる可能性」を国会答弁して、マスコミを威圧したが、それ以上の危険性がある。

国民的反政府運動への恫喝でもあるからだ。反政府運動の取り締まりが、教育現場からマスコミへ、そして国民運動それ自体に及びつつあることを自覚すべきだ。(
コメントは山崎)


 色鉛筆・・・ ドキュメンタリー映画『袴田巌 夢の間の世の中』(金聖雄監督)

 この映画は、1969年に静岡県清水市(現静岡市)で一家4人が殺害、放火された事件で死刑判決が確定し、2014年3月の静岡地裁での再審開始決定で48年
ぶりに釈放された袴田巌さん(80歳)と姉の秀子さんの日々をありのままの姿を丁寧に追っている。 釈放後、巌さんが部屋の中をひたすら歩き続け、奇妙な動作を
したり、口からでる言葉は「世界の平和」「決定が聞こえる」など妄想や幻聴を思わせるこれらの姿は、長い独房生活の中で自由を奪われ、死刑執行の恐怖にさらされ
ながら生きてきた証で、心身に負わされた傷の深さを強く感じた。拘禁症状が見られながらも日々の暮らしが始まり、秀子さんや支援者達が笑顔で見守り続けていくと
・・・巌さんの表情が柔らかくなって、妄想の言葉から日常会話になっていく。見ている私たちも自然に心が和らいでいった。

 そして、後楽園ホールのリングに上がったときの凛々しい顔、赤ちゃんを抱き上げて微笑む優しい顔、家の中を歩き回るしかしなかった巌さんが1人で家を出て散歩
を始め、買い物をするようになっていく姿は本当に嬉しい。何よりも姉の秀子さんの存在が大きく、巌さんの好きなようにさせておきながらもさりげなく手助けをした
り、巌さんがおかしな事をしても怒らず笑い飛ばしてしまうおおらかさは見習わなくてはならないと思った。以前から集会でお目にかかった時、秀子さんはいつも背筋
を伸ばして凜とした顔つきでとても素敵な方だと常々思っていたが、自立した独自の生活スタイルや元気の秘訣を知り、ひとつひとつの言葉の力強さと優しさ感じ、映
画を見て納得した。是非、映画を見て欲しい。

 金聖雄監督はパンフレットの中で『巌さんにお願いをして書いてもらった「夢の間の世の中」というタイトルは、獄中で書いた知人宛の手紙にある言葉だ。江戸時代
の武士の言葉で「つかの間の人生、やりたいことをやらぬは愚かなこと」との意味らしい。巌さんの存在自体が放つ強烈なメッセージを、しっかり受け止め、一人ひと
りに映画を届けること。それが私にとっての「夢の間の世の中」と思っている」と語っている。様々な袴田事件の映画やドキュメンタリー番組があるが、この映画は事
件そのもの真相ではなく冤罪のしんどさ、惨さの現実を静かに伝えている。(美)案内へ戻る


 S高のアンケートをめぐって  高校生の政治活動を抑制しようとする学校・教育委員会  ――「主権者教育を考える3・7市民集会」に参加して

あらたに十八歳で選挙権を持つことになった高校生の政治参加をめぐっていろいろな議論が生じている。社会人の場合はともかくとして高校生の場合は学校の対応や
、教員の対応が問題とされることがある。

集会で配布された資料によると宮城県では、S高校の社会科学部の活動の一環としてアンケート調査を実施したが、県教育委員会が問題視した。そのアンケート用紙
は全校に配られたが、管理職の断りもなくしかも 文中「安保関連法(戦争法案)」「アメリカの肩代わりの戦争」などの表現があり「公正中立」にかけており「特定
の価値観に誘導する不適切な表現や質問が用いられた・・」(高校教育課長・政治的教養教育における中立性の確保について〔通知〕)と決めつけた。

しかし、このアンケートは部活活動の一環であり、主権者として思想の自由も保証されてて良いはずだ。受け取った高校生がアンケートに書くかどうかはは任意であ
る。高校生は学生でもあるがこれからは「主権者」としての立場が明確になったのであれば、問題にすることの方が「偏った誘導」を試みようとするものではないか。
「安保関連法(戦争法案)」との表現も、「一面的」ではない。安保法には多数の国民的批判があり、「安保関連法」「戦争法」の両論併記はむしろ、様々な立場に配
慮して書かれたともいえるものだろう。「安保関連法」とだけ記せばよいというのだろうか?それこそ安倍内閣の立場そのものであり「一面的で偏っている」のだ。

そもそも、教育委員会こそが「特定思想に誘導」していないのか。日の丸・君が代の押し付けこそ問題であるだろうに。
彼らの「公正中立」などは欺瞞である。それは安倍政権の思想的引き写しであり、それを高校生に押し付けているのだ。少なくとも十八歳以上の高校生の政治的活動
(この社会科学クラブのような)は自由であり、それを拘束し規制しようという教育委員会の動きこそ自立した人格や民主主義への挑戦であり許しがたい。(A.F)


 コラムの窓・・・ 裁判員裁判の罠

 3月25日、安倍政権によって2人の死刑囚に刑が執行されました。第2次安倍政権下、実に16人の死刑が執行されているのです。世界的には死刑廃止国が多数と
なり、OECD(経済協力開発機構)加盟34ヶ国で死刑制度を存続しているのは日本、韓国、米国だけです。韓国は16年以上死刑執行が止まっています。米国もで
廃止する州が増え、死刑は衰退しつつあります。そうしたなかで、日本のみが大量の死刑囚をつくりだし、死刑を執行し続けているのです。

 さらに最近気になるのは、裁判員裁判における死刑判決が増えている点です。しかも、高裁段階で職業裁判官によってそれが破棄されることもたびたびあります。3
月18日の神戸地裁「長田女児殺害事件」では、被害者が1人であっても死刑を回避するべき事情は見当たらないとされました。こうした事態について、神戸新聞は識
者の〝良識反映〟とするコメントを掲載しています。

「事件の特徴や残虐性などを深く審理した裁判員裁判ならではの判決で評価できる」「(控訴審で)判例で形成された量刑相場から死刑を破棄するのであれば、裁判員
裁判の精神を踏みにじっていると言わざるを得ない」(3月19日)

 この見解は死刑制度の存在を前提にしている点で、また市民が死刑という殺人に手を染めることを評価している点において、私は認めることができません。紙面には
、裁判員の「夜も寝られないほど悩んだ」という声も載せられています。当然でしょう。裁判員は極限的な状況のなかでそうした判断を迫られているのですが、これは
兵士が戦闘で敵を殺せという命令を受けた時とどこか似てはいなでしょうか。

 国家というのは狡猾なものです。こうして市民に人を殺すことにへの抵抗感を少しずつ奪うのです。犯罪者は隔離しよう、殺人者は死刑にしようという声が、この国
には充満しつつあります。マスコミが煽り、市民は死刑判決を望み、政府は死刑囚を次々と縊り殺しています。この先に何があるのでしょう。

 弱者を、異分子を排除せよ。そして、敵を殺せという喚声が今にも聞こえてきそうです。安倍自公政権によって、戦争法は現実のものとなりました。安倍自公政権に
よって、敵は誰か繰り返し国民意識のなかに刷り込まれつつあります。安倍自公政権によって、自衛隊員が敵を殺せと命令される日も近いのでしょう。

 その時には、〝鬼畜中朝〟と言い合うのでしょうか。いや、すでに少なからぬ市民の口からそうした言葉が発せられ、70年の時を越えて温存されてきた民族的蔑視
の毒花が開花しているのではないでしょうか。そんな大げさな、と言って笑ってすませればいいのですが。 (晴)

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