ワーカーズ602号  2020/1/1     案内へ戻る

 待ったなし!腐臭ふんぷんたる安倍政権の打倒を実現しよう

◆誰のためのアベノミクスだったか

 第2次政権が発足した2012年末以降、アベノミクスは円安や株高を通じ企業収益を改善させるなどしてきた。これをもってアベノミクスが「成功」したとはいえない。なぜなら、大企業の役員報酬は約三倍になったが、労働者の賃金が低下しているからだ。実質賃金は安倍政権下で十六万円低下した。戦争や内乱もない国でこのような賃金低下を続けるのは日本だけである。

 その仕組みはこうだ。法人税の大幅減税や所得税の累進性の低下があり、逆累進性の消費税が合計五%アップした。さらに、雇用の劣化ともいうべき非正規労働者の拡大などだ。他方、ゼロ金利・マイナス金利により、株などの金融商品はバブル化し、富裕層の資産価値を大幅に上昇させた。輸出企業も「円安」により多大の利益をもたらしてきたのだ。

 アベノミクスはトリクルダウではなく、低所得者からなけなしの富を吸い上げつくす「ポンプアップ」経済なのである。アベノミクスの階級的性格はかくほどに年々鮮明となってきた。

◆毒々しく咲き誇る腐敗のあだ花

 一方、政治の腐敗や反動性もまた、より強まった。厚労省の統計不正調査問題は、国家官僚の堕落ぶりを改めて示した。国家統計が、恣意的にゆがめられたのは「アベノミクスの粉飾」と考えられるが、自ら国家行政を掘り崩す愚行である。極めつけは十一月に露見した「桜を見る会&前夜祭」事件だ。公費の私物化、公職選挙法違反、政治資金規正法違反、そのほかにも「反社会勢力」と安倍政権の密接さや詐欺グループ・ジャパンライフと官邸の深い関係も露呈。かくも腐りきった政権はほかに例がない。国会で追及が始まると、即座に処分し「名簿は無い」「答えられない」と開き直るあくどさだ。

◆とめどもない安倍軍拡

 沖縄県民の明確な「辺野古基地建設反対」の意思を無視しつつ、土砂投入は続けられ貴重な宝の海は汚された。さらに、沖縄を含む南西諸島では、これらの島々を対中国の軍事的最前線と位置づけ、住民の反対を押し切りつつ要塞化が進められている。

 最新鋭ステルス戦闘機F35の百四〇機購入決定、護衛艦いずもは「空母」に改修。反対が巻き起こっているイージスアショアの購入など軍事費も増大不可避であり、リボ払いともいうべき負債総額は、五兆円に達しており、年間防衛費に匹敵する巨額さだ。

 もちろん切り捨てられているのは福祉や医療関係の財源であり、うち続く災害対策の弱さとなっている。腐臭ふんぷんたる安倍政権の打倒を実現しよう。(文明)


 変革主体づくりは足下から!――末期症状の安倍政権を追い詰めよう!――

 安倍政権による政治の私物化と開き直りが止まらない。どんな独裁政権も、傲慢さと腐敗の広がりから崩壊が始まる。

安倍政権も同じだ。が、自動的に崩壊するわけではない。対抗勢力による政権への包囲網づくりと最後の追撃が必要だ。

◆証拠隠滅と開き直り

 安倍政権の退廃が進んでいる。森友・加計事件が収束しない中、昨年は「桜を見る会」をめぐる政治の私物化が暴露された。その上に、大学入試に絡んだ入試疑惑も積み重なった。そこでは大学入試での民間企業(ベネッセ)との談合の一端が垣間見えている。そこでも利益誘導や政治の私物化が蔓延しているのだ。実際、まだ表面化していないところでも、同じような構図がまかり通っているのだろう。安倍政権の傲慢さと退廃の拡がりはとどまることを知らない。

 「桜を見る会」では、招待者名簿の廃棄やパーティ会計隠しなど、私たちの身近に存在するどんな小さな団体やグループもやらないような説明拒絶や証拠隠しが横行している。通常、決算処理や監査が済んでいない当該年度内の文書破棄はありえない。それが公然とまかり通っていること自体、証拠隠滅の犯罪行為と同じ確信犯だと指弾されるべきものだろう。安倍政権も末期症状を呈している。

◆ばらまき政治

 そんな利益誘導や開き直りを続けていては、通常、政権は保たない。が、安倍首相の在職期間が歴代最長になったということは、通常に反して政権は保たれてきたわけだ。

 本来倒れていい政権が永らえてきたのは、安倍首相が金融と財政による経済の下支えに腐心してきたからだ。

 安倍政権は、第二次政権発足当初から大規模な財政支出を続けてきた。加えて、前例がないほどの金融緩和で円安を誘導し、対外貿易へのてこ入れや株価維持など目先の景気対策を演出してきた。それがアベノミクスだった。ひとことで言えば、ばらまき政治だ。

 その積極財政と金融緩和というばらまき政治。昨年12月20日に閣議決定した20年度予算案は、102兆6580億円で、前年の当初予算より1兆2000億円増えて過去最高額を更新した。あまり増えていないように見せているが、20年度予算とは別に、財政措置が13兆円で総事業費が26兆円の19年度と20年度にまたがる「経済対策」もすでに決めている。合わせれば放漫財政・ばらまき財政という以外にない。

 これらの放漫財政・ばらまき財政の積み重ねが国の借金を増やし、財政収支の悪化を招いてきたのだ。いまでは国と地方合わせた長期債務残高が20年度末には前年から8兆円も増えて1125兆円(対GDP比で197%)に達するまでに膨らんでいる。

 当然のごとく、プライマリーバランス(基礎的財政収支)の回復時期は、安倍首相によって次々と先送りされている。その大盤振る舞いが、格差社会を目立たなくし、あわせて支持母体や業界や一部の有権者を潤わせ、集票装置・政権維持装置として安倍自民党の生命力を永らえさせてきたわけだ。

◆深まる格差社会

 いま世界では富の偏在が進んでいる。巨額な金融資産からの収益ばかりでなく、タックスヘイブンなどを利用した税逃れも含めた二次分配のゆがみよっても格差が広がっている。マネー資本主義で富の収奪構造が拡大しているからだ。

 国際NGO「オックスファム」は、世界で直近1年間に生み出された富のうち、82%を上位1%が独占し、下から半分は財産が増えなかったとする報告書を発表(18.1.22)している。また、2018年に世界で最も裕福な26人の資産の合計が下位半分(約38億人)の資産合計とほぼ同じだとする報告書も発表(19.1.21)した。

 経営者報酬も増えている。米シンクタンクの調査によると、米国の大手350社の経営トップの報酬と労働者の年収の差は、1965年の20倍程度から一昨年には278倍に広がったという(朝日19.11.15)。

 日本でも同じだ。19年3月期決算での役員報酬で1億円以上受け取った役員は、275社564人だった。10億円以上が8人で最高額は約33億円。6年前からほぼ1・9倍に膨らんでいる。

 他方、労働者の賃金は低迷したままだ(グラフ―1)。その日本では相対的貧困率がじわり高まり(グラフ―2)、中間層の一部が下層へと移動している現実がある。

 加えて、近年注目されているように、企業の内部留保の肥大化が進んでいる。

 18年度の企業の内部留保は7年連続で過去最高を更新して463兆1308億円に、第二次安倍政権発足前の11年度末から約180も兆円増えている。

◆現状追認からの脱皮

 世界で格差社会化が拡がっても、労働者組織、労働者運動の国際的な連携は深まっているとはいえない。西欧でも米国でも、難民・移民排斥のナショナリズムが拡がっており、労働者組織の連携の立ち後れが目立っている。

 日本でも格差社会の深まりが、即、自民党・安倍政権離れにはつながっていない。とりわけ若者、しかも若者男性の自民党・安倍支持は際立っている(表―1)。

 これは過去の体験と比較しての現状肯定、現状維持思考が拡がっていることの現れなのだろう。若者には、格差の容認、自己責任論の浸透、社会システムへの無関心などが拡がっているという。かつての就職氷河期時代の閉塞状況や、民主党政権時のマニフェストを実現できないという〝決められない政治〟への嫌悪感、とりあえず高望みしなければ目先の働き口は確保できるというその日暮らしでの安住。これらが現状への肯定感を生み、安倍政権への相対的支持を呼び起こしているのだろうか。

 とはいっても、資本主義は本質的には弱肉強食の競争原理の上に成り立っている。そのジャングル・ルールを労働法制や社会保障をつうじた再配分などで規制・修正することで体制を延命させてきたというのが歴史的な実情だ。だから規制・修正の手を抜けば、事態はより深刻化することは避けらない。経済のグローバル化や安倍政権下で深刻化する格差社会の深まりは、それを事実で示しているわけだ。

 それに、自己責任論の蔓延には、政権交代可能な二大政党制も影響している。誰がやっても同じ、どちらの政党が政権を担ってもさほど生活は変わらない、と捉えるからだ。

 だから、若者が自民党支持から抜け出すには、より根本的な変革が可能なこと、資本主義にはオルタナティブが存在することへの自覚を促すことが必要なのだ。そのためには、新しい説得力のある将来展望の提示が不可欠になる。

◆改善は現場から!

 資本主義に取って代わる将来展望を持つことが大事だが、それだけではそれを現実のものにすることはできない。それを実現する主体形成が欠かせない。

 弱肉強食のマネー資本主義、その結果としての富の偏在と格差の拡大。それを終わらせるには共同原理による社会の再編とそのための政治の刷新が不可欠だ。そのための政治勢力・政党の形成・結集が極めて重要になる。

 政治勢力・政党の手前で大きな役割を果たす中間組織として労働組合や市民団体、それに各種NPOなどの自律的な組織がある。いずれも、自分自身が行動主体になる中間組織だが、その役割は大きい。

 とはいっても、経済のグローバル化で、それに素早く対応できない世界の労働組合が苦労しているのが実情だが、日本の企業内組合は、本来の労組機能を発揮しているのかさえ疑わしい現実がある。

 たとえば、17年暮れの高橋まつりさん過労自殺で労基法違反の有罪判決が出たあの電通で、昨年9月にまた違法残業で労基署から是正勧告を受けた。また、かつて労災認定が相次いだ三菱電気でも、昨年8月に自殺した新入社員に自殺教唆をした上司が書類送検された。その三菱電機の子会社でも、裁量労働制を適用されていた社員が過労自殺して労災認定された。他に日本を代表する大企業のトヨタ自動車でも、17年に自殺した社員がパワハラが認定されて昨年9月に労災認定されている。

 これらは全体のごく一部に過ぎない。18年度の労災申請者は、1820人で、6年連続で過去最高を更新している。が、労災が認定されたのは2~3割で、18年度は465人だった。うち、自殺や自殺未遂は76人だったという(朝日、11月20日)。

 安倍政権は働き方改革などと言っているが、個別の企業内では労働者は無権利状態で酷使され続けている実態が浮かび上がる。こうした悲惨な報道に接するとき、なんとも過酷な労働実態に憤懣やるかたない感情が湧き出てしまう。企業の冷酷さには怒りがこみ上げるが、他方で、ひとり一人の労働者を守るのが労組の基本的役割の一つのはずだが、それが全く機能していない現実にも無力さも思い知らされる。

 まずは現場で解決できる運動と組織作りが問われている。

◆対抗勢力づくりを

 次のような事例もある。

 日本郵政のかんぽ生命保険の不正に関して、日本郵政のJP労組が昨年8月の大会で日本郵政の経営責任に関連して五つの問題点を指摘して検証を求めている。が、それはあくまでかんぽの不正問題がメディアで大きく報道された後の話。現在進行中の事態を把握することもできなかったか、あるいは把握しながら何の是正行動もとらなかったかのいずれでしかない。事件化してから検証を求めるなどと言うのは、本来の労組の役割機能が発揮できていないことの告白でしかない。

 事実、労組の中央組織として時に労働者の利益に沿ったコメントを発する「連合」も、個別労働現場での指導力はまったく無いといえる。企業は、長年飼い慣らしてきた企業内組合を通じて労使一体の職場統制を整備してきたからだ。今回の三菱電機の事例に際して、連合会長の神津里季生会長が記者会見で次のように述べている。そこでは「極めて遺憾な状況だ。」としながら、三菱電機労組の取り組みについて「電機労連を通して把握していく必要がある。」などと産別労組に事態把握の報告を求めているだけだ。〝何をいまさら取り繕って〟という以外にない。

 個々の現場・地域でも、労働者・市民が主体となる取り組みや組織が不可欠だ。その中軸となるべき労働組合は、企業・経営者に従属した企業内組合から脱却し、個々の企業から自立した労働者による産業・企業規制ができる組織へと脱皮することが欠かせない。産業別組合、地域ごとの組合、職種別組合への転換も大きな課題だろう。

 最近ではブータン人留学生の労組結成や、飲食宅配代行サービスのウーバーイーツの配達員による労組の結成という、新しい挑戦もあった。中長期的課題は足下から変革主体の形成を!それを土台に末期症状を呈する安倍政権を追い詰める闘いを拡げていきたい。(廣)案内へ戻る


 新しい年を迎えて―30代の女性首相誕生に思う

 昨年12月、フィンランドの首相が34歳の女性だ、ということを新聞記事で知りました。その記事には、エストニアのヘルメ内相がラジオ番組で、就任したばかりの隣国フィンランドのマリーン首相を中傷し、両国の外交問題に発展した、とありました。

 ロイター通信などによると、ヘルメ氏は70歳で、反欧州連合(EU)や移民排斥などを掲げる民族主義的な極右政党エストニア保守政党の党首。15日のラジオ番組で「売り子が首相になり、路上活動家や教育を受けてない人々が閣僚に入った」と侮辱し、資質にまで疑問を呈したとあり、私も見過ごせないと記事にしました。

 マリーン首相はツイッターで「フィンランドを誇りに思う。ここでは貧しい家庭に生まれた子どもでも教育を受け、多くのことを成し遂げられる。お店のレジ係だって首相になれる」と投稿。マリーン氏は幼少期に両親が離婚、10代からパン屋で働くなど苦学を強いられてきた。政界入り前にはデパートで働いていた。そして、2015年に国会議員に当選。

 日本社会では、若者が奨学金返済で身動き出来ず、自身の未来を見失う事態になっています。フィンランドでは、大学まで一貫した教育無償化が行われ、大学では、住まいや食費に充当できる金銭的支援も受けられるシステムがあります。女性が政界への進出するチャンスも、性別や年齢のこだわりない土壌が、後押ししてくれるのでしょう。

 そんななか、西宮市議会本会議の最終日、耳を疑う男性議員の発言がありました。それは、「女性差別撤廃条約選択議定書の批准を求める意見書」に対しての反対意見でした。国連は世界政府でない、大国のエゴが国連の見解で、国連に多くを期待しない。「日本の事は、主権者として、普通の日本国民がきめます。急進的な偏った方々の声やこれに汚染された、国連の勧告は必要ありません」と、鎖国時代の島国根性丸出しの思想に怒りを覚えました。こんな議員が存在することは、とても恥ずかしいことです。2019年版、日本の男女平等の地位が、更に後退して121位であることが、この男性議員の発言を物語っていると言えます。

 後日の新聞記事には、フィンランドのマリーン新閣僚19人中12人が女性。その内、30代がマリーン首相を含め4人。「さらなる平等を実現し、人々の能力や教育に投資します」とマリーン首相の演説を紹介しています。企業や資本ではなく、人への投資を大切にする政治の実現に向け、私も微力ながら頑張りたいと思います。今年もよろしくお願いします。(折口恵子)


 読書室 ケヴィン・B.アンダーソン氏『周縁のマルクス ナショナリズム、エスニシティおよび非西洋社会について』社会評論社 2015年5月刊

○ 資本のグローバル化による植民地主義やエスニック・マイノリティの問題等をマルクスは如何に考えたのか。著者は既刊の著作・手紙だけでなく、未刊行の抜粋ノート等の膨大な文献を踏まえて答える。晩期マルクスは単なる西洋中心主義的な近代主義者ではなく、非西洋社会の共同体を高く評価した、近代の批判者に思想的転換を遂げていたのである ○

 著者のケヴィン・B・アンダーソンはカリフォルニア大学教授で、専門は社会学、政治学、フェミニズム研究であり、理論的な関心領域はマルクスやヘーゲルを中心にフランクフルト学派、フーコー、オリエンタリズム論争など多岐にわたり、『マルクス=エンゲルス全集(MEGA)』の編集にも携わっているとのことである。私が驚いたのは、彼がトロツキーの秘書として知られたラーヤ・ドゥナエフスカヤを生涯の恩師とし、さらにローレンス・クレーダーを不屈のマルクス研究者と形容し、本書を捧げていることである。

 ここで本書の各章の構成を紹介してみよう。 

 凡例
 日本語版への序文
 謝辞
 序文
 第一章 一八五〇年代における植民地との出会い
      ――インド、インドネシアおよび中国に対するヨーロッパの衝撃
 第二章 ロシアとポーランド――民族解放と革命の関係
 第三章 人種、階級、奴隷制――第二次アメリカ革命としての南北戦争
 第四章 アイルランド――ナショナリズム、階級および労働運動
 第五章 『要綱』から『資本論』へ――複線的テーマ
 第六章 非西洋社会および前資本主義社会に関する晩期の諸著作
 結論
 補遺 一九二〇年代から今日までの『マルクス=エンゲルス全集』(MEGA)の遍歴
 訳者解説
 参考文献
 索引

さて以上の内容を持つ本書は索引29頁を含めて431頁の大著である。したがって限られた紙面で本書を充分に論じることは不可能である。そこでそれに換えて日本語版にしか付けられていない著者による日本語版への序文を詳しく紹介することで書評としたい。

 この日本語版への序文は、本書の元版が出版されてから5年後に書かれた。この序文においてアンダーソンは、英語で出版された本書は当初の目的の1つに成功したかも知れないとする。その目標とは、近代西洋資本主義社会を理論化する際に、マルクスは西洋社会と前資本主義社会を副次的な対象としたのではなく、それ自体に深い関心を持って研究していたとの事実を明らかにすることであった。その意味で、マルクスが19世紀という時代の偏狭な枠組みに囚われた、根本的にヨーロッパ中心主義的な思想家であり、それ故人種、ジェンダー、植民地主義といった現代の問題に対して鈍感であるとの広範に流布している議論も弱められたものと、アンダーソンは驚くほどに謙遜して語っているのである。

 この文脈において彼が念頭に置いているのは、サイードの『オリエンタリズム』やフーコーの「マルクス主義は…19世紀の思想のなかに生息しているのであり、それ以外の場所では…呼吸することができない」との見解である。まさに俗耳に入りやすい議論だ。

 確かに1850年代前半までのマルクスにはそのように読める側面もあった。だが既にマルクスは、53年のインド関連の著作においてインドにおけるイギリスの植民地主義を野蛮なもの、そしてインドの社会的抑圧と手痛いに対する解決策としてインドの独立を提起していた。さらに一層重要なことは、1856~58年のインド・中国関連の著作の頃には反植民地主義の立場へと移行していた。またアメリカ南北戦争の議論も重要である。

 その後、1879~82年に作成されていた非西洋社会と前資本主義社会についてのノートが新MEGA出版が進展する中で、マルクスの全体像がやっと明らかになってきた。

 アンダーソンはこれらの出版物の研究から、第一章から第四章をまとめたのである。そしてここで特に強調しておきたいのは、アンダーソンが第五章、つまり「『要綱』から『資本論』へ――複線的テーマ」においてフランス語版『資本論』第一巻を重要視していることである。この取り扱いは最終版として重要視していたE・H・カーと同じだが、アンダーソンは現行のエンゲルス版等にはない重要で明確な記述があることだと主張する。

 それは何かというと、本源的蓄積の分析範囲を西ヨーロッパに限定する記述であり、したがって当時のロシア、インドの他の非資本主義を対象外としていることである。アンダーソンも複線的かつ非決定論の思想家としてのマルクスの見解を支持するため、この章句に注目する。まさに素晴らしいの一言だ。その着眼により、本書が完成したのである。

このようにアンダーソンの指摘通り、その後のマルクスは時の経過とともに西ヨーロッパと北アメリカ以外の社会においては、その発展と革命の経路が多様であることにますます敏感になっていった。その具体的な指摘は、本書の各章のそれぞれの箇所にある。

 引き続いてアンダーソンは、本書の土台となった自らの理論的伝統について語る。弁証法についてはフランクフルト学派、G・ルカーチやレーニンに強い影響を受けたが、本書の主要なインスピレーションはラーヤ・ドゥナエフスカヤによるとした。同様にF・ファノン、W・E・B・デュボスやC・L・R・ジェームスによる人種、植民地主義、革命に着いての著作に強い影響を受けた一方で、ここでもまたアンダーソンの見解はラーヤ・ドゥナエフスカヤに最も負っているとした。そして私は成人後の大半を彼女のマルクス主義ヒューマニスト的伝統の下で研究してきたため、『周縁のマルクス』に関係する限りで、彼女の作品について述べることが読者のためになるかもしれない、と続けたのである。

 1940年、彼女はヘーゲル弁証法そのものの再生に関心を持ち、C・L・R・ジェームスと並行してアメリカのトロツキスト・サークルのためにレーニンの『哲学ノート』を翻訳し、彼女の革命的解釈をヘーゲルの『論理学』と『精神現象学』への跳躍台として用いた。その後、1953年にはヘーゲルの絶対者についての手紙を執筆し、ヘーゲルの『精神哲学』の革命的解釈を成し遂げたのであった。彼女によればヘーゲルの体系は論理学、自然、精神についての3つの推論で終わる。それらは自己を思惟する理念や自己を知る理念というカテゴリー、つまり絶対精神となるのだが、このヘーゲル的概念は20世紀後に現れた社会意識を表現する。つまりそうした意識を持つ一般従業員、黒人、そして他のエスニック少数派、若者、女性は、自らの解放への道程をもはや他人に決めさせはしない。

 同時にヘーゲルの絶対者の他の側面は、彼女によれば資本主義の絶対的発展、つまり至る所で死と破壊の匂いに満ちた全体主義的国家資本主義の一形態のことだとする。

 1958年、この認識から彼女は最初の著作『マルクス主義と自由』(邦訳『疎外と自由』1964年刊)の第一版への序文に「私たちは、絶対的なものの時代に―すなわち絶対的な専制たいする闘争をへて絶対的な自由に達する入り口において生きている」と書いた。私も当時読んではいたが、ヘーゲル理解が未熟だったので全く理解できなかった。

 現代のネグリからハーバマス、フーコーからサイードまで、又他の人々が一致団結して、ヘーゲルの革命的弁証法を避けている今日、ラーヤ・ドゥナエフスカヤのヘーゲルの絶対精神概念の解釈は我々にとっての遺産である、とアンダーソンは考えているのである。

 実際、ラーヤ・ドゥナエフスカヤの理解するヘーゲル弁証法概念はこの『周縁のマルクス』のテーマに対する直接的な架け橋をなしている。彼女は階級闘争一般の中へ、黒人の闘争やジェンダー等への闘いを解消することを許さず、それらの発展に尽くした。

 これらを主題として取り上げているのが、第三章である。特に読者の熟読を期待する。

 そして晩年の彼女はマルクスの『民俗学ノート』を徹底して研究する。1972年、この本を出版したのは、序文で触れた不屈のマルクス研究者のローレンス・クレーダーであった。ドゥナエフスカヤはこの本を利用して『ローザ・ルクセンブルク、女性解放、マルクスの革命哲学』を書き上げた。この本はマルクスの晩期と初期との分断を書くためでなく、生涯にわたるジェンダーへの関心と非資本主義的農村への資本主義の貫徹の衝撃や、それに続く資本と植民地主義への新たな抵抗の形への関心を書き出すためであった。

 さらに『民俗学ノート』の大部分をなすモーガン抜粋を基に研究し、エンゲルスのモーガン読解の差異に基づいて、エンゲルスの『家族、私的所有、国家の起源』に対する最初のフェミニスト的批判を展開した。この『ローザ・ルクセンブルク、女性解放、マルクスの革命哲学』は第六章にとってとりわけ重要である。かくも彼女の影響は絶大なのだ。
 アンダーソンが強調したが、マルクスは現代の思想家なのである。一読を薦めたい。(直)案内へ戻る


 《何でも紹介》あなたは『POSSE[ポッセ]』という年間三巻刊行の雑誌を知っていますか?

 この12月4日、公立学校教員の働き方改革を進めるための改正教職員給与特別措置法が参院本会議で可決、成立した。

 学校現場では、長年教員の長時間勤務に歯止めがかからず、精神疾患による休職者が増加しており、教員採用試験の受験倍率低下なども深刻で、改革はまったなしの状況にある。

 こんな状況の中で文部科学省は、「教員の『休日まとめ取り』を促進させる、変形労働制の導入」をめざして給与特別措置法(略:給特法)改正法の法改正を梃子に学校の業務改善を急ぐことになった。

 今回の法改正の柱は、勤務時間を年単位で調整する「変形労働時間制」を、自治体の判断により公立学校で導入可能にすることだ。繁忙期の所定労働時間を増やし、代わりに夏休み期間中に5日程度の休日を確保。土日などと合わせて長期休暇を実現し「教職の魅力を向上させる」(萩生田光一文科相)としている。

 たが現場の教員からは批判の声が上がる。先月28日の参院文教科学委員会の参考人質疑でも、岐阜県立高校教諭の西村祐二氏は変形労働時間制導入に強く反対した。西村氏の主張は、「繁忙期の定時が延長されれば、その分の業務負担増が懸念される。夏休み中に部活動や研修などがなく長期休暇が取れる状況ならば、制度を導入しなくても年休消化で対応できる」というものである。

 実際、変形労働時間制は直接教員の負担軽減につながるものではない。文科省も「働き方改革の選択肢の一つ」(担当者)としている。ただ制度の導入により学校側が業務の繁閑期を適切に把握し、勤務時間管理の徹底、夏休みの部活動や研修の見直し、学校閉庁日の実施といった、長時間勤務是正に必要な取り組みが進むきっかけになると期待している。

 また改正法には原則「月45時間、年360時間」以内とする教員の残業上限ガイドラインを指針に格上げし、法的拘束力を持たせることも盛り込んだ。これに基づき同省は、2022年度をめどに教員の勤務実態状況調査を実施。その結果を踏まえて、さらなる法制度の見直しを行う方針とのことである。
           ◇               ◇
 そもそも給特法では、公立学校の教員に「原則として公務のために臨時の必要がある場合に時間外勤務を命じることはできないが、限定された場合に時間外勤務を命じることができる」「時間外勤務を命じることができる場合は政令で定める基準に従い条例で定める。政令の基準:いわゆる「超勤4項目」(1生徒の実習、2学校行事、3職員会議、4非常災害、児童生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合等)」

「これに応じて、時間外勤務手当及び休日給を支給せず、勤務時間の内外を問わず包括的に評価して教職調整額(給料月額の4パーセント)が支給される」「給特法第3条 教育職員(校長及び教頭を除く。以下この条において同じ。)には、その者の給料月額の百分の四に相当する額を基準として、条例で定めるところにより、教職調整額を支給しなければならない。2 教育職員については、時間外勤務手当及び休日勤務手当は、支給しない」

 だから問題は二つある。一つは給特法ではそもそも教員に時間外勤務は命じることが出来ないものなのである。二つ目は「繁忙期に長く働き、その分を児童生徒が夏休み中の8月などにまとめて休む変形労働時間制は、『夏休みは閑散期』との前提だが、実際には教員は8月でも残業をしているのである。

 それでも文科省が導入を急ぐ理由は、見かけ上の残業時間を減らすためで、同法によって現状では教員に残業代は出ないが、もし払えば年間約9千億円の財源が必要だとの試算が既になされている。

 ここで教員の働き方改革を考える上で大変重要な、1971年に成立した給特法を考える上で大変参考になるのが、『ポッセ』第40号の「教員労働問題と教育崩壊」であり、その中でも特に「給特法を産み落とした戦後教員労働運動の『献身性』」の記事である。

 ぜひビビッドな問題意識で、読者にこの記事と第40号の特集の検討をお願いしたい。
           ◇               ◇
 その他、『ポッセ』第40号には経済成長に舵を切れと主張する松尾匡氏らを批判する「『経済成長』は長期停滞の処方箋か?」という鼎談も掲載されており、注目したい。

 さらに『ポッセ』第41号の特集記事は移民が開く新しい時代で、ミニ企画は1東京オリンピックと体育系社会のゆくえ、ミニ企画2は沖縄の貧困と基地問題、ミニ企画3はAfter♯Marx200―社会運動とマルクスの可能性である。これらの記事も注目だ。

 私が初めて『ポッセ』を読んだのは第11号であり、その特集は〈3・11〉が揺るがした労働であった。それらの記事の中では東電の暴走と企業主義的統合―労使癒着によるチェック機能の喪失という木下武男氏の記事が印象に残った。

 2008年9月、記念すべき『ポッセ』第1号は出版された。その内容を紹介すると、
 特集1 派遣労働問題の新段階
 ●座談会「秋葉原事件に見る若者労働とアイデンティティ」
 ●「派遣労働の変容と若者の過酷」
 ●「派遣の広がり ―3つの業界から」『POSSE』編集部
 ●派遣会社の内側から見た派遣労働
 ●「派遣労働運動のこれから」
 ●「釜ヶ崎暴動と日雇い労働」
 ●「派遣労働ブックガイド10」『POSSE』編集部
 特集2 マンガに見る若者の労働と貧困
 ●「『働きマン』と『闇金ウシジマくん』をつなぐもの」
 ●「消費者金融・闇金マンガの背景」
 ●「労働と貧困の若者マンガ事情」『POSSE』編集部
 ●「権利主張はいかにして可能か」
 ●「労働と思想 1 アントニオ・ネグリ」  以上である。

 彼ら自身は自分たちのことを、「『POSSE』は日本で唯一の若者による労働問題総合誌として、2008年9月に創刊しました。NPO法人POSSEのスタッフが中心となり制作。労働・貧困問題をテーマに、現状、政策から文化までを論じています」と自己紹介している。20代から30代を中心に百名ほどがざっと発行に参加しているようだ。

 更に注目が必要なことは、彼らが雑誌の編集に協力のお願いを公開していることであろう。如何にその全文を引用してみよう。

【◇編集ボランティア募集中◇
労働・貧困の現場の取材、最前線の研究者やジャーナリストのインタビュー、 さらに原稿の執筆・発表、レイアウト・デザイン……。 さまざまな編集活動を通じて、労働問題について発信する雑誌づくりに携わってみませんか?

○日本で唯一の若者労働雑誌

日本には、労働問題をテーマにした若者向け雑誌で、若者が発信するものは、ほとんどありません。『POSSE』は、労働相談や貧困、被災者支援の活動に取り組むNPOの視点を生かし、社会に発信していきます。同時に、気鋭の若手研究者の論文や調査、ジャーナリストのルポを発表していくことも目指しています。 現在は、大学生や社会人のボランティアが中心となり、活動しています。

○こんな活動ができます

ブラック企業で働く若者や東日本大震災の被災者に話を聞くため、労働・貧困の現場を取材したり、 話題の研究者・ジャーナリストのインタビューを経験できます。また、論文やルポなどの執筆をすることもあり、さらに、誌面のレイアウトやデザイン、校正作業など 雑誌づくりはすべて、編集部で行っています。
初心者の方でも、講習をうけ、実際に作業をしながら、技術を向上させられます。

○編集に参加する

ボランティアに関する質問も受け付けております。 編集に興味・関心のある方はぜひご連絡ください。【TEL】03-6699-9375【FAX】03-6699-9374【e-mail】info@npoposse.jp

 私も労働現場を離れて10年になるが、今後の支援を前向きに検討している。(直木)案内へ戻る


 中村哲医師とスタッフたちに哀悼の意を捧げます

●銃撃事件の犠牲に

 十二月五日、アフガニスタンで活動中だったペシャワール会の中村哲医師と五人のスタッフたちが、何物かの銃撃を受け尊い命を失いました。心より哀悼の意を捧げます。

 中村医師は福岡県出身ということもあり、帰国のたびに地元で講演会があり、私も何度か話しを聞く機会をいただき、その活動の一端に触れてきただけに、今回の悲劇は大きなショックです。

●医療支援より水確保

 中村医師は、旧ソ連軍によるアフガン侵攻やアメリカ軍によるアフガン戦争の中、一貫して医療支援活動を行なってきました。しかし、やがて子どもたちが衛生的な水を飲むことができず、感染症や栄養障害で死んでゆく姿を見て、医療以前の問題として「水の確保」こそが、人々の命を救う緊急の課題であることに気づき、活動を大きく転換させます。

●カレーズの伝統

 アフガニスタンは、隣接するイランやパキスタンと同じく、降水量が極端に少ない砂漠地帯にあり、北にはアルプス・ヒマラヤ造山帯に連なるパミール高原の山岳が聳えています。乾燥地帯に住む人々にとって、この北側の山脈は巨大な水甕であり、その地下水脈にカレーズという井戸を掘って、そこから農業用水を引いて畑を耕し飲料水を確保してきました。その伝統技術によって、数千年にわたって独自の豊かな農業社会を基盤に高度な自治社会を営んできました。

●温暖化による枯渇

 ところが先進国の文明化がもたらす地球温暖化によって、ヒマラヤの氷河が縮小することに象徴されるように、山岳の貯水量が枯渇しカレーズから水が供給できなくなり、深刻な旱魃が人々の生活基盤を破壊しました。そのため、農業用水はもとより、清潔な飲料水が確保できなくなり、感染症や栄養障害で人々の命が脅かされるようになったのです。

 中村医師は帰国のたびに講演会で「アフガニスタンの人々を苦しめているのは戦争だけではない。先進国文明による地球温暖化で水が確保できなくなり、戦争以上に人々を苦しめている。」と訴えていました。

●井戸と堰の闘い

 こうして中村医師の「水を確保する」闘いが始まりました。まず試みたのが、カレーズの井戸をより深く掘ることでした。地下水脈が縮小したため、より深く掘らないと水脈に到達できなくなったためです。

 次に試みたのが、地域を流れる河川の灌漑です。蛇行する川に堰(せき)を建設し、そこから用水路を引き農業用水を確保しようというのです。ところが河川が蛇行する水流の力は予想を上回る強さで、工事は何度も失敗します。そこで中村医師は地元福岡の筑後川に江戸時代から作られて現在も活躍する山田堰に注目します。この高度な治水灌漑技術を学び、それをアフガニスタンの河川に応用し、ようやく堰の建設成功にこぎつけました。

●事業の継続へ

 こうした中での惨劇であり、志半ばで倒れた中村医師やスタッフたちの無念は如何ばかりだったでしょうか?銃撃事件の背景については、情報が錯綜し現時点で拙速な憶測は差し控えたいと思います。十二月十一日には福岡で葬儀が行なわれ、千二百人を超える人々が弔問に訪れました。一月二十五日にはお別れの会が福岡で開催される予定と聞きます。

 悲しみの中で、ペシャワール会は事業を継続することを決め、新たに現地代表を派遣する決意が発表されました。中村哲医師とスタッフの方々の遺志が、世界の心ある人々によって引き継がれるよう、心よりお祈りいたします。(松本誠也)案内へ戻る


 日朝・日韓交流史を学び始めて

●「嫌韓」と「反日」を越えて

 昨年の春ごろから日朝・日韓交流史を学び始めたきっかけは、何と言っても安倍政権による居丈高な姿勢に深い疑問と憤りがわいてきたからです。植民地支配や慰安婦問題について河野談話や村山談話で謝罪の意を表してから、しばらくは韓流ドラマやK・POPブーム、サッカー・ワールドカップの日韓共同開催など良い方向に向かっていたはずなのに、これを覆す「歴史修正主義」が台頭しました。その筆頭である安倍晋三が総理大臣になってから、日韓の間に抜き難い政治的不信感が生じ「嫌韓」「反日」の負のスパイラルが始まったのが、関係悪化の重要な要因だと思います。

●歴史修正主義者と否定論者

 「歴史修正主義」は「大日本帝国の栄光の歴史観」を取り戻したい右派のイデオロギーにそって、満州事変や日中戦争、太平洋戦争、朝鮮植民地支配を正当化しようとするものです。朝鮮植民地支配を正当化する根底に、「朝鮮は自力で発展できない」とする「停滞史観」「他律性史観」が根強く存在します。

他方「慰安婦問題は捏造」と喧伝する「否定論者」(ディナイスト)がおり、彼らは男尊女卑思想に基づくプロパガンダにより元慰安婦や支援者をネット等でバッシングすることで、「歴史修正主義者の別働隊」としての役割を果たしています(大日本帝国賛美と男尊女卑思想はメダルの表裏です)。

●内在的発展論と民衆史観

こうした「歴史修正主義者」や「否定論者」にまどわされず、日韓民衆の真の連帯を築くためには、客観的で正しい事実に基づいた歴史を学ばなければならないと考えたことが、日韓・日朝交流史を学ぶきっかけとなりました。

特に梶村秀樹の『朝鮮史・その発展』は「内在的発展論」「民衆史観」に基づいて歴史を叙述しており、「停滞史観」や「他律史観」の偏見から解き放ってくれる良書であったのは間違いありません。

●植民地近代化論と批判

しかし一九八〇年代から「内在的発展論への懐疑論」が生まれ、「植民地近代化論」や「植民地近代性論」が展開されるようになったと言われます。「植民地近代化論」は、戦後朝鮮の資本主義発展が植民地時代の近代化を基礎にした要素があるのではないか、という経済学的な主張で、必ずしも「歴史修正主義」に同調するものではなく、その主張は学問的に検討されなければなりません。

「植民地近代化論」に対しては、植民地期の重化学工業化の中心は主に北朝鮮であったが、その北朝鮮では必ずしも経済発展が順調に進まなかった点や、韓国の高度成長は戦後の外資導入による面が大きく、植民地経済との連続性は必ずしも見出せない点など、反論も出されています。

●儒教的民本主義の視点

他方、趙景達(チョ・キョンダル)の『近代朝鮮と日本』『植民地朝鮮と日本』では、梶村秀樹の問題意識を引き継ぎつつ、内在的発展論の欠点を克服すべく「政治文化」の視点を提唱し「儒教的民本主義」から朝鮮近代史・植民地史を叙述する意欲的な試みが注目されます。朝鮮民衆の活動を「民族主義」からではない視点から、その長所も短所も描いている点で、力作と言えると思います。

ところで、解放後の朝鮮・韓国との関係史を学ぶのは骨が折れます。というのは「韓国現代史」「北朝鮮現代史」「在日朝鮮・韓国人の歴史」を同時並行的に学ばなければならないからです。というところで、年が明けてしまいました。日朝・日韓交流史は、ようやく中間地点に来たようなものです。

●若い世代のフェミニズム

とくにここ最近の韓国における「♯ME TOO運動」に見られる「フェミニズム」の盛り上がりは目を見張るものがあります。若い世代が「女性の人権」に目覚め、80年代民主化抗争世代の「左派民族主義」意識を問い直す勢いであることに注目する必要があると思います。

最近『反日種族主義』という著書がベストセラーになっていますが、「反日か?親日か?」という対立軸は、もはや古い世代のものになりつつあることに気がつくべきです。若い世代にとっては「人権」が重要であって、それは「女性」に限らず「格差社会」の告発にまで進んでいます。

日朝・日韓交流史の「学習の旅」はまだまだ続きそうです。(松本誠也)


 コラムの窓・・・やっぱりいらない!2020東京五輪、ついでに原発も

 東日本大震災、東電原発震災から9年が経とうとしています。オリンピックイヤーの狂騒を掻き立てることによって、放射能汚染を吹き飛ばそうとしています。愛国の炎で競技者と国民をメダル競争へと追いたて、被災者の口を封じようというのです。

 3・11以降、関電社長にして電気事業連会会長となった八木誠氏は、原発復活になりふり構わず邁進し、おかげでいち早く再稼働を実現しました。11基の原発のうち4基は廃炉としたが、大飯3・4号機と高浜3・4号機が再稼働し、40年越えの美浜3号機と高浜1・2号機も原子力規制委員会のお墨付きを得ています。

 そんな矢先、かの〝越後屋騒動〟が発覚し、八木氏は表舞台から消え去りました。汚い原発マネーを喰った関電幹部12人に対する刑事告発が取り組まれ、1000人の目標だったのが3272人の告発人を集め、12月13日に大阪地検に提出されました。

 当初、40年を超えた老朽原発は例外的に20年延長を認め、60年稼働が可能と言っていた規制委員会でしたが、今はすべて再稼働させようとしています。また、原発立地には怪しげなカネ=原発マネーが飛び交っていると言われてきましたが、地元有力者と関電の関係が明るみに出ることによって、こうした疑惑が事実であることが明らかになりました。

 立地自治体には電源3法で電気代に上乗せされた税金が投入され、原発建設・稼働と相まってあぶく銭に絡め取られ、地元の人々は原発の延命を望んでしまっています。その一方で、明るみに出た関電の醜態に危機観を持たれた方も少なくないでしょう。

 現在、日本全体では一般の原発で18基の廃炉が決まっています。炉心溶融事故を起こした東電福島第1原発の6基を含めると24基となっており、日本で稼働していた57基の約4割を占めるまでになっています。これは、40基近くの原子炉の廃止が決まっている米国などに次ぐ規模です。しかし、例え解体できたとしても、放射性廃棄物の行先がありません。

 3・11は終わっていません。いつになったら収束するのか、見当もつかないのです。こんな悲惨な事故を繰り返さないために、関電の老朽原発は直ちに廃炉にしなければなりません。また、プルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料を使用している高浜原発3号機では近く燃料取出しとなるのに、その使用済MOX燃料の行先もありません。関電の原発稼働はデタラメです。

 12月8日、関電本店前で「老朽原発動かすな!」が開催され、1100人の参加となりました。高浜から200キロ、兵庫では姫路から2号線を90キロのリレーデモを歩きついでこの日の集会にたどり着いています。世間はマスコミに煽られてフクシマが組み込まれた聖火リレー計画に浮かれていますが、多くは高齢者が歩き通した原発いらないの行進の先にこそ明日へと続く道があります。 (晴)案内へ戻る


 「エイジの沖縄通信」(NO69号)・・・「日米地位協定=沖縄からの告発」

 前号(NO68号)で最終号としたが、辺野古新基地建設や南西諸島への自衛隊配備等、最近の安倍政権は米政府と一体となって沖縄の軍事植民地化を推し進めている。今後も、沖縄問題を発信していきたい。

 私が沖縄で最初に住んだ場所が宜野湾市だった。私の住むアパートは、「米軍普天間飛行場」のすぐ近くで、住んでみて米軍機の騒音の凄さに驚いた。耳に騒音が残り眠れない経験をした。また、欠陥機オスプレイが沖縄に配備された基地であり、沖縄の皆さんと共にその反対闘争に参加した。

 皆さんもおぼえていると思うが、2年前の12月7日午前10時過ぎ、米軍普天間飛行場からわずか約300メートルにある緑ケ丘保育園の屋根に、米軍ヘリコプターが部品を「落下」させた事故を起こした。幸いにも園児にも保育士にも怪我人はでなかった。

 ところが、私は保育園関係者の話を聞いて驚いた事がある。事故の後、保育園を襲ったのが「自作自演」と中傷する電話やメールがあったとの事。「事故ではなく捏造事件だろうが、日本に楯突くなら日本から出て行け」「子どもまで利用するクソサヨク」等々、電話は1日10件以上鳴り対応におわれたと言う。

 それにも負けずに、保育園関係者で「チーム緑が丘1207」という会を結成し事故後、毎年政府交渉を続けている。

 今年も12月6日、3回目の政府交渉を行った。米軍はこれまで屋根の部品が米軍の物と認めても、落としたことについては否定している。

 交渉で警察庁や防衛省の担当者は、米軍機からの落下物かどうか、今も特定できていないと説明。保護者らが要望した落下の再現実験についても、担当者は「痕跡と音声データの解析を含め、再現を検討している」と答えただけと言う。

 今も保育園の上空を米軍機が飛んでおり、なにも安全になっていない。園児らは「うるさい、また来る」と爆音に耳をふさぎ、怖くて飛びついてくる子もいると言う。

 この問題は「日米地位協定第3条/基地管理権」に関わる。すなわち「米軍は日本国内の施設・区域内で、それらの設定、運営、警護・管理のために必要なすべての措置を執ることができる」となっている。協定3条で米軍の運用の自由が認められて、学校上空の回避は「できる限り」でしかない。

 私が最初にこの「日米地位協定」の問題に関わった事件が、1996年2月に起こった海老原鉄平君(当時19歳)の交通事故死であつた。バイク運転していた彼が、道路を右折してきた米兵(33歳)の運転する乗用車と衝突した事故。現場は、北中城村の在沖米軍司令部の正面ゲート前であった。

 私がこの鉄平君の事故死のことを知ったのは、父親である海老原大佑介さんが、なんとしてでも息子の死を無駄にしたくないと「地位協定の改定」をめざした全国運動を始めて、静岡にも「講演会」で来てくれた。その時に息子さんの交通事故死の事、地位協定の事等々を知ることになった。

 この事件の事を詳しく知りたい方は、「安保が人をひき殺す/森口豁・米軍人軍属による事件被害者の会」(高文研発行)を読んでほしい。

 戦後75年間、沖縄の人々は米兵や軍属の犯罪や交通事故等に苦しめられてきた。それは、米兵や軍属に国内法を上回る特権を与える日米地位協定の中でも、特権中の特権と言えるのが刑事裁判権に関する第17条である。すなわち、「米軍関係者の『公務中』の犯罪は米軍が、『公務外』は日本側が第1次裁判権を持つ」と言うが、「日本側が裁判権をもつ場合でも被疑者の身柄が米側にあるときは、日本が起訴するまで米側が身柄を拘束する」となっている。

 沖縄などに駐留する米兵たちは、凶悪犯罪や交通事故を引き起こした後、基地内に逃げ込めば日本側が立ち入って捜査や逮捕が出来ないことを知っている。事実、日本側が第1次裁判権を持つ「公務外」の犯罪のうち、8割超が不起訴処分(起訴率17.2%)となっている。

 日本全土に基地を置き、危険な飛行を繰り返し、犯罪や交通事故でも簡単に逮捕されない・・・そうした米軍の特権を定めた日米地位協定について、全国知事会でも「提言」をまとめるなど、地位協定の改訂をもとめる声が高まっている。(富田英司)案内へ戻る


 読者からの手紙・・・なぜ!労働者が自殺や退職に追い込まれなければならないのか・・労働組合活動を見直し、働く仲間の団結で職場を取り戻そう!

 働く者が長時間・過重労働や上司・管理役員によるイジメ・パラハラ等によって自殺や退職に追い込まれる事件が多く発生している。

 職場内における過労死や自殺の原因は企業側の加重労働などにあることは明らかであり、企業内における長時間・加重労働やイジメ・パラハラは資本主義社会の本姓=利潤追求の為のノルマ達成など過剰な生産性向上施策遂行にその原因が多くあり、個々の労働者では対抗することは困難が伴うから、労働者の団結(労働組合活動等)とそれによる監視・抑制活動などでチェックし、労使間交渉等で職場の労働条件改善と職場環境の見直しを図っていくべきことだと思う。

 現実は、労働組合もなく(あったとしても生産性向上に手を貸している現状では)個々の労働者は分断され、個々人が企業側と対処せざるを得ない状況下では、追い込まれて自殺や退職という非残な結果になっているのが現状なのだ。

  ☆  ☆  ☆
 最近、保育士の退職という事案が多々発生しているが、浜松市西区雄踏の私立認可保育園「メロディー保育園」の保育士17人と栄養士1人が女性園長らのパワハラなどを理由に、一斉に退職届を提出し、「メロディー保育園」は来年1月以降、保育士不足(認可基準に達しない)で存続できない恐れもあり、保護者の間に不安が広がった事案が発覚した。

 保育士らが市や保護者に提出した書面では、退職の理由を「以前から園長、専務からパワハラ、セクハラ、マタハラなどのハラスメントを受けていた」と説明。具体的には、ブログ掲載のため、写真映えするような保育をしろと要求されたり、妊娠中の保育士が欠勤した時に「つわりは病気じゃない」などと批判されたりしたと、「日常的に人格を否定する数々の言動、常に圧力をかけられ監視されている恐怖に極度のストレスを感じた」などと訴え、園長に対して8月、改善を求めたが、受け入れられず、弁護士や労働基準監督署に相談しても状況が変わらなかったため、12月11日に、28日を以て退職する意向を示した。

 市は11日、同園に対し、早急に保護者説明会を開くことと、16日までに来年1月以降の保育体制について報告するよう求め、高部園長はハラスメントの指摘については、「相手の受け止め方なので、嫌な思いをさせたとしたら申し訳ないと思う」と話し、今後については「保護者や子どもたちの迷惑にならないように、(辞表を出した)先生たちに残ってもらって存続できるようにがんばっていきたい」と述べたが、結果、園長等の退任と学習塾や保育施設を経営する「ヒーローズホールディングス」に運営を移して、保育士を慰留(18人中12人=来年の三月まで)するとともに新たな募集もして現在の規模を維持して運営を続けることが保護者等に説明された。

 しかし、保育園経営者の変更と保育士の確保による保育園の存続は継続されたが、これで本来の問題は解決されたのであろうか?   

 パラハラを実行した張本人は去ったが、パラハラを生んだ経営方針は改善されたのだろうか?職場環境は改善されていくのだろうか?
具体的には何も示されてはいないのだ。これらの問題は今後の課題でもあり、その職場で働く保育士さん達が乗り越えなければならない課題でもある。
☆  ☆  ☆

 職場の内外で、仲間を信じ、悩みや要求等を話し合い、問題意識を共有する中で、より多く強固な団結をうみ育てて、その組織力によって問題に取り組んでいくことこそ求められているのではないだろうか!
(乙見田 慧)

 
 色鉛筆・・・ライフプランセミナーを受講して感じたこと
 
私は今年度で定年退職になります。来年の三月に向けて退職の手続きがスムーズにすすむように、ライフプランセミナーを受講しました。手続きする項目は多くて十五項目もあり驚きました。退職金の計算や年金の受け取り方法の手続き等々です。

 順調にいけば、来年四月には退職金はいただけますが、年金はまだ支給開始ではなく、四年間はもらえません。セカンドライフを楽しくサポートという冊子をもらいましたが、そんな余裕はなく、毎日常勤で働くことを選ぶしかありません。必要な生活費を入力して、ライフプラン表を作成してみましたが、ため息しか出ません。

年金支給開始まで継続型雇用といって再任用制度があります。再任用制度を申し込み、昨日選考考査の結果が届きました。常勤として働けることになりそうですが、よくよく書類を見ると、「健康診断書にC要再検と判定されている場合は、勤務に支障がない旨を証明する資料を令和二月末までに提出してください」とありました。確かに健康状態は大切です。血液検査でC要再検の項目があったので、少しあせっています。

再任用の給料ですが、働けるだけありがたいと思えばいいのか、どうだかわからないのですが、同じ仕事をして、今の給料の半分になるので、悲しいですね。給料どおり、仕事を半分にするわけにもいかず、お手伝いのつもりもないし、志を高く持って働き続けるしかないですね。

年金も私は民間と公務員と両方働いたので、二箇所からいただける計算でしたが、今は一元化されてしまい、楽しみが減りました。老後は二千万足らないと叫ばれていますが、本当に苦しい世の中ですね。こんなに一生懸命に働いても、老後のことを考えると頭が痛くなります。年金額も私の父(一九三一生まれ)と比べると毎月八万くらい少ない試算が年金事務所から送られてきました。

二十年前は、定期貯金をすると、十年後には、元金の一・五倍になりましたが、今は全くお金が増えず、投資信託に目がいきがちです。元本割れしたら損をします。消費税は、どんどん上がり、食材購入もだんだんと大変になっていきます。

ノルウェーの平均年収は八百万くらい、労働時間は日本の半分程度だそうです。本当にうらやましいです。他の国ができているのだから、日本だってできるはずです。こんな世の中とあきらめては、いけないと思います。

組合で退職後の給料の討論をし、安定した生活が送っていけるように、働く人たちみんなで考えていきたいです。(弥生)

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