ワーカーズ681号(2026/8/1) 案内へ戻る

   敗戦後81年、悪法作る高市政権を糾す 戦争させない、9条守る若者の行動に続こう!

 ロシアによるウクライナ侵攻、アメリカによるイラン攻撃、止まらないイスラエルによるパレスチナジェノサイドが現在進行形の今、若者たちに緊迫感が迫ります。もし、私の恋人、私の夫、私の兄弟が戦場に行くことを押しつけられたら・・・。具体化した人物が想い浮かぶ、そんな時代になってしまったのではないでしょうか。

 ペンライトを持って国会前、街角に立つ若者、しかも女性の数が多いのは事実です。私が参加する西宮駅頭、百貨店前通路なども、これまで面識のない方がスーと横に来て一緒に立ちます。そこから挨拶して話が弾んだり交流が始まることがあります。それぞれの出来ることから戦争反対・憲法改悪反対などをアピールする、そんなスタイルだからこそ何度も足を運べるのでしょう。

 では、どれほどの人が集まって行動しているのでしょうか? 「高市政権はめちゃくちゃするな」の呼びかけで、7月10日の国会前では2万7000人が集まり、ペンライトやボードを持ちそれぞれの思いを表現しました。主催は市民団体「WE WANT OUR FUTURE」(WWOF)で、45都道府県の158ヵ所で連帯アクションが取り組まれ、総勢3万5000人が参加しました(しんぶん赤旗日曜版2026・7・19)。

 今は、SNS利用が進みデモカレンダ-で、情報が拡散されるので集客力は抜群。この日の動画配信の視聴者数はのべ11万人。スピーチには、働きながら小中高の息子さんを育てる女性が「戦争になったら俺は行くの?」と15歳の息子さんに聞かれ、参加を決意したことなど、動機は様々です。行動することで戦争しない社会作りにつなげたい!と。

 国会運営を数の力で押し切る高市政権。議員は、私たちが選んだ代表ですが、その仕事が民意からかけ離れ既存の法律を無視するとなると、議員失格です。「安倍政治を許すな!」は「高市政治を許すな!」に引き継がれ毎月3日はスタンディング実行しています。

 兵庫県川西市では駅の連絡橋で、高市早苗の憲法改正発議に危機感を覚え、友人と2人で始めた「静かなデモ」の紹介がありました(神戸新聞・2026・7・23)。7月21日が100回めのまちかどデモになります。平日の夕方1時間、当初は攻撃的な言葉を投げかけられたが、少しづつ輪が広がりつつあるようです。最大の敵は猛暑、どう乗り切るか?これは、私たちのグループでも課題です。

 多様性が重んじられながら、固定観念にしばられていることを実感する日々です。相模原障害者殺傷事件10年の記事(同新聞・7・26)には、「幸せかどうかは、本人が決める」という見出しに、理解していたつもりがドキッとしました。「東京おでかけプロジェクト」代表の中嶋弓子さんの言葉です。おでかけプランで、地域参加できる、とてもいアイデアだと関心しました。そうです、一人ひとりの思いを行動につなげるプロジェクトを早速、実行しましょう。(折口恵子) 


   令和版・治安維持法への一里塚――〈政府批判の犯罪化〉と、強まる〈監視社会化〉――

 高市政権初の特別国会(通常国会)が幕を閉じた。

 2月の総選挙で圧勝した高市自維政権。その性格が露骨に示された国会だった。とりわけ首相が言う〝国論二分の大胆な政策〟を、衆院での圧倒的な議席を背景に相次いで強行成立させた。

 そうした施政は、秋に予定される臨時国会以降も、再現される可能性が高い。

 反面、今国会の最終盤にかけて、高市内閣や自民党の支持率が急落している。直接的には物価高対策など後回しの「生活軽視」と皇室典範改定などでの有権者の意識との乖離、それに首相自身による下請け扱いした国会運営、などが見透かされた結果といえる。(7月25日)

◆露骨な〝国家権力ファースト〟

 今国会では、〝令和版治安維持法〟に地続きの法律も制定された。国家情報会議・局の新設、国旗損壊処罰法の制定、それに個人情報保護法の改悪だ。

 これらは、高市首相が執着している、国家権力の強化に直結する、いわゆる〝国家を二分する大胆な政策〟の一部だ。高市首相にとって、国民は主権者などではなく、国家・政府による統治対象に過ぎない。

 今回成立させた国旗損壊処罰法は、「人に著しく不快または嫌悪の情を催させるような方法」で、「公然と国旗を損壊」した場合、2年以下の拘禁刑などの罰則を科す、というものだ。「不快」「嫌悪」という感情は、人によって異なる抽象的な概念で、一律に処罰の対象とするのは無理がある。だから、法案提出者は、「駅前広場など人通りの多い場所で、自ら持参した国旗を引き裂いだり、燃やしたり、切り刻んだりするのは処罰対象だ」、と例示したりしている。が、人通りが少ない駅裏での行為ならどうするのか、など、具体的な適用ケースは千差万別。基準を示そうとすれば、〝お子様ランチの日の丸小旗〟の話のように、漫画チックな線引きとならざるを得ない。

 国旗損壊事件が新法をつくって処罰しなければならないほど頻繁に起こっているのか、という〝立法事実〟、それに、この立法によって何を誰から守るのか、という〝法益〟も曖昧なままだ。

 提案者は、「メッセージの内容には踏み込まない、外形的な態様で判断する」、「今は頻繁に起こっていなくても予防的立法事実も必要だ。」という。最後は「国の威信と名誉こそ法益」(百地章)と、露骨な国家至上主義的な声も出てくる。反対派が、「国家権力による愛国心の押しつけ」と批判するのは当然だろう。

 この新法の本質は、〝国旗〟という国家や政権を象徴させる〝小道具・代替え品〟を介在させることで、国家、政権への批判を処罰する、という現憲法下での初めての政権・政府批判への処罰法であることだ。

 〝言論の自由〟が憲法(21条 集会、結社および言論、その他一切の表現の自由)で保護された日本では、時の政権や政府を批判することは、憲法上の権利として保障されている、はずだ。が、この法律は、国旗の損壊という物理的行為を処罰するという手法で、国家や時の政権への批判を封殺する、という立て付けになっている。

 現に、この法案の提出者は、この法律によって〝愛国心が醸成される〟と述べている。国旗が象徴している日本という国、それを運営している政権・政府への賛美が醸成される、というわけだ。

◆収集される〝要配慮個人情報〟

 高市首相の〝国論を二分する大胆な政策の実現〟のかけ声の下で強行した国旗損壊処罰法や皇室典範改定の陰に隠れてしまったが、今後の国の情報活動の強化に直結する法改定が成立した。個人情報保護法の改訂だ。

 この改定案は、個々人の重要情報、具体的には病歴や犯罪歴、ネット通販の購買履歴、ネットでの閲覧履歴、INSなどに残る支持政党などの思想信条、人種、社会的身分等々、いわゆる〝要配慮個人情報〟について、AI開発やビックデータの活用目的であれば本人同意無しでの民間企業への提供を可能とするものだ。

 先に成立した国家情報局の「重要情報活動」では、主として外交・安保に関わる情報の収集・分析を行う、とされている。がそれは同時に「政府の意思決定のための情報」でもあり、国民統治や治安維持にかわる情報も当然集める。だから、民間開発業者や外国企業にも提供可能なものを、国家情報局が収集・分析しないはずはない。〝要配慮個人情報〟は、本人の同意もなく国家にも収集・蓄積され、プロファイリング(個人情報を紐付け、束ねる)されるのだ。

 国家・政府の機密事項は、特定秘密保護法などで国民の目から隔絶される一方、国民の〝要配慮個人情報〟など、個々人の重要情報は、一方的に民間企業や国家情報局に収集される時代になるわけだ。

 実際、本人が知ることのないまま、個々人の情報が警察など政府機関に収集され、それぞれの機関の目的のために収集、蓄積される事態が増えている実態もある。

 最近でも、マンションのエントランスに設置された監視カメラの映像を、ほぼ1年間、リルタイムで警察に提供していた裁判事例も報道(朝日新聞、7月10)されている。

 麻薬販売の現場だと見なされたマンションの防犯カメラ映像を、管理組合の理事会の承諾のもと、ほぼ1年間、リアルタイムで警察署に転送していた事案だ。映像には、当然のことながらマンション住民や出入りする人たちも映っている。証言した警察官は、これまで同様の機器を30個ぐらい設置した、と話したという。実態はといえば、こうした事例は自衛隊も含め、現実に行われていることのごく一部でしかない。

◆次は《スパイ防止法》

 高市政権が成立をめざす〝国論二分の政策〟の一つに「スパイ防止法」がある。

 スパイ防止法は、1985年に、中曽根政権が立法化をめざしたいわゆるスパイ防止法=国家秘密法(=国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案)の現代版であり、2013年のスパイ活動の防止を目的の一つとした特定秘密保護法の拡張版に当たるものだ。

 その85年当時は、筆者としても職場の仲間とともに《国家秘密法に反対する地域労働者の会》を立ち上げ、職場や地域でのビラ・パンフの配布や16ミリ映写会(当時)などを開催するなど、職場の仲間とともに反対運動の末端を担った経験がある。

 その国家秘密法案は、国家秘密を入手し悪用した場合、最高刑は死刑だとされた。が、そのときは国民の知る権利を侵害するとして、最終的に廃案になった。

 今回は、直接的な国民の知る権利の制限という色合いを弱め、〝スパイおよびスパイ行為〟を取り締まり対象としている。が、実際は、スパイ行為は敵を利する、あるいはそうした行為は敵のエージェントだ、と拡大解釈される可能性は高い。

 現に、高市首相から「台湾有事は日本有事」という発言を引き出したの岡田議員(当時立憲)に、ネットなどで「敵を利する質問」とか「岡田は中国のエージェント」だ、との非難が拡散され、スパイ扱いされた事例もあった。

 実際、政府批判の言説に対し、政府自ら「政府への批判だからダメだ」とは言いにくい。が、「外国のお先棒を担いでいる」「外国の代理人ではないか」との非難は言いやすく、また反論しにくい。

◆標的は〝外国のスパイ〟それとも〝内なる敵〟

 高市政権は、「スパイ防止法」については夏までに「有識者会議」を設置し、速やかに法案を成立させる、としている。法案内容もまだ定かではなく、「スパイ防止基本法」の制定や「外国代理人登録制度」などが言及されているだけだ。

 このスパイ防止法が危険なのは、その本来の標的が外国のスパイではなく、「内なる敵」、すなわち国内の反体制・反政府勢力、ひいては国民の不満や反発を弾圧・一掃する目的で制定しようとしていることだ。実際、スパイ防止法制定を掲げている参政党の神谷宗幣代表が参院選で行った演説で、その趣旨をあけすけに語っていた。神谷代表が昨年の7月14日、松山市であった参院選の街頭演説で、公務員を念頭に、曰く「極左の考え方を持った人たちが浸透工作で社会の中枢にがっぷり入っていると思う」、「これを洗い出すのがスパイ防止法です」と、スパイ防止法の狙いをあけすけに述べている。(25・7・17毎日)

 戦前、戦争体制づくりで猛威を振るった治安維持法。その処罰対象も、当初は「国体の変革」と「私有財産制の否認」を目的とした「結社行為」を処罰対象とし、取り締まり対象も共産主義者・共産党員としていた。が、その後、共産党員だけでなくそれを助ける行為に拡げる「目的遂行罪」も新設された。その次には、国体変革などの「結社」や「遂行」という「行為」に対してだけでなく、国体を「否認」するだけでも検挙できる運用にした。要するに「内面・思想」への取り締まりと弾圧だ。その処罰も、やがて最高刑が死刑に引き上げられた。

 戦争体制の整備が進めば必ず反戦・平和の闘いも拡がる。戦争準備と国民世論の弾圧は一対のもの、車の両輪のようなものだ。やがては、〝内なる敵〟のあぶり出しと〝不逞の輩〟や〝非国民〟〝売国奴〟への弾圧が待っている。

 高市政権の〝国家権力至上主義〟との闘いも、正念場だ。(廣)案内へ戻る


   戦略17分野官民投資にみる 「国家独占資本主義」の変容と大衆窮乏化

■国家独占資本主義の変容

 高市政権の経済政策は、「危機管理投資」と「成長投資」に大別されます。政府が示した戦略17分野・総額370兆円の投資計画では、2040年という長期目標ながら政府負担が160兆円(約43%)に達します。この規模は、単なる「過剰な国家関与」を超え、安倍政権下で進み始めた国家主導型産業政策をさらに拡大・体系化したものと言えます。新自由主義的な民営化重視路線から、国家が資本蓄積を直接支える政策への傾斜が一層鮮明になったと言えるでしょう。

 岸田政権のGX投資計画は七年間で「政府投資20兆円(約13%)」と比較してもその巨大さや政府主導が浮き上がります。
 小泉・安倍政権下の新自由主義(同じく国家独占資本主義の一段階です)では、郵政民営化は巨大な金融資産を市場へ供給し、派遣労働の拡大は企業の労働コスト削減を可能にしました。医療、介護、教育など公共分野にも市場原理が導入され、新たな投資市場が形成されました。これらは国家の行政力・財政力によって金融資産家や大資本の利益を保証する政策でした。

 それらを踏まえつつ、高市政権は国家自身が財政を動員して今や「投資主体」となる道を選びました。これは「国家独占資本主義」の新たな深化と呼ぶべきものです。

■国家独占資本主義とは何か

 ヨーロッパ近代初期における「国家」とは、英国のケースでは「夜警国家」といわれ、治安や軍事に国家は関与するが、経済には関与しないというものでした。

 それに対して戦後明確化した国家独占資本主義とは、大独占が産業部門ごとに独占体制が確立した後に、国家の財政・信用力によってこれらの資本たちの矛盾や損失を背負い、解消を試み、資本主義の維持・強化の全面に立つという時代のことです。「国家すなわち資本家たちの共同委員会」(マルクス)が資本主義護持の全面に出てきたのです。

 その特徴は、全般的な利潤率低迷に遭遇した大資本に対して、第一に、赤字財政に基づく公共投資による需要創出を通じて独占資本の市場を国家が保障すること、第二に、軍需生産や軍事費が恒常的な需要創出装置として機能すること、AIや半導体投資がそれに続きます。第三に、危機やリスクを社会化し損失を財政負担(国民)へ転嫁する一方で利潤は私的に独占体へ帰属させる「利潤の私有化・損失の社会化」構造、第四に、産業政策や補助金・税制を通じて国家が特定資本の競争力を直接育成すること(トヨタなどの輸出産業重視)、第五に、独占体の人材が官僚機構や審議会に進出し人的にも国家と資本が融合することにあります。

 日本で見れば分かるように、資本の「儲け」を国の財政で(つまり国民からの追加税徴収により)保障してやると言う現実がリアルに浮き上がります。国家による企業の儲けは国民の零落を広めます。

■日本経済の苦境と高市経済への移行

 日本では長期にわたる低賃金とその結果とも言える少子化によって国内の大衆購買力が先細りし、資本は国内に十分な投資先を見出せませんでした。その結果、過剰となった資本は長期にわたりキャピタルフライトの形で海外へ流出し、30年に渡り日本は世界有数の対外純資産国という地位を維持し続けています。しかしこれは決して誇るべき実績ではなく、国内の蓄積条件が枯渇していることの裏返しの指標にすぎません。

 資本は国内で拡大再生産の環を形成できず、海外、特にグローバルサウスや米国などで利潤機会を求め続けてきたのです。高市政権肝いりの戦略17分野への官民投資は、意図においてその流出した資本を国内に呼び戻すことや、内部留保となっている資本の再駆動のための、国家による強制的な蓄積条件の創出だと見ることもできます。まさに、資本主義の諸矛盾への対応として「国家すなわち資本家たちの共同委員会」が、その経済の弱さや無力さを代替えし、強力な信用力での拡大でそれらを救済するという道をさらに一歩二歩と進み、財政の赤字を拡大し企業収益を確保する一方、円安、国債安という「日本売り」に直面しています。

■国家独占資本主義を通じて強化される「金融収奪」

 ここでラパヴィツァスの金融化論の視点を加える必要があります。高市政権の打ち出した財源とされる「つなぎ国債」の性格がより明確になります。高市経済の「税収増の見込み」は経済成長が前提となりそれはまさに「取らぬ狸の皮算用」(木内氏・野村総研)であると酷評されます(あり得ない税収です)。

 このように、高市経済計画はつまるところ経済の金融化であり、バブル経済の蔓延です。ほとんど償還財源を欠くこの債券とはいえ、金融資本にとっての新たな蓄積機会として機能します。国家信用を裏付けとした利付債券の発行それ自体が、実体的な生産過程とは独立した金融的蓄積の回路を拡大するのです。

 金融資本にとって、戦略17分野の投資が実際に成功するかどうかは二次的な問題にすぎません。これはまさに、生産から分離した金融的収益追求というコスタス・ラパヴィツァスの指摘する構図そのものです。

高市経済政策は、実在的な国民的富の生産と分配に背を向け、日本国内の生産と再生産を細らせ、せいぜい経済の金融化による資産運用で資産家・資本家を富ませるものとなります。
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 むしろ日本は、先進国の中でいち早く、資本主義という経済システムそのものの限界を露呈させていると見るべきです。低賃金、少子化、需要不足、資本の海外流出、そして利潤のその穴を埋めるための国家による財政動員という一連の循環は、もはや資本の論理では社会は持続できないし、国民を豊かにすることが出来ないことを示しています。必要なのは「官民の投資比率の最適化」(木内氏)ではなく、資本を蓄積の主体とする経済そのものを、協同組合的な経済へと置き換えていく展望ではないでしょうか。(阿部文明)


   日本の「異常株高」は架空資本の水膨れ 金融化資本主義でバブルは常態化する


日経平均株価が7万円台に達し、史上最高値の更新が続いています。2023年春には約2万8,000円だった日経平均は、わずか3年余りで約2.5倍にまで上昇しました。2024年には34年ぶりに1989年のバブル期最高値を更新し、その後も上昇に拍車がかかっています。TOPIX(東証株価指数)も史上最高値を更新し続け、日本市場全体が歴史的な株高局面にあります。1980年代後半のバブル期を除けば、これほど短期間に主要株価指数がそろって急騰した例はほとんどありません。

 しかし、この「異常株高」は、日本経済の地力が高まった証拠なのでしょうか。むしろ設備投資は伸び悩み、実質賃金は改善せず、国内の産業基盤が強化されているとは言えない状況のなかで、株価だけが上昇しています。ここにこそ、現代資本主義の本特徴が凝縮されています

■架空資本の水膨れ

 マルクスが論じた「架空資本」という概念があります。例えば株式や債券などです。それらは「商品」として売買されますが将来の収益への請求権(剰余価値の分配にあずかる権利)を表すものに過ぎません。その価格は現実に生産される商品(自動車やテレビの)価値とは異なりそれと独立して動きます。架空資本の膨張(バブル)とは、こうした請求権の価格が、現実の価値増殖??生産設備の拡大・技術革新・生産性の向上・実在的富の増大??の速度を大幅に上回って膨らむ状態です。現在の日本株価は、まさにこの状態にあります。

 この架空資本である国債や株式は金利の低下とともに価格上昇します、他方では、貨幣資本が流れ込み需要が増大すれば(価値法則から切り離されているので)いくらでも上昇しうるのです(マルクス「資本論」第三巻)。

 日本を取り巻く環境を見るとまさに貨幣資本の流入やもろもろの株価上昇要因がみられます。

 第一に、中国の不動産不況と米国のトランプ関税による国際金融環境の「悪化」を受けた資金の流入です。2025年には中国大陸からの月間資金流出が9兆円近くに達し、その一部が「消去法」で日本に向かいました。日本が選ばれているのは日本経済の強さゆえではなく、他に行き場を失った資金の消極的選択の結果です。

 第二に、AI・半導体関連銘柄への国際的な投機資金の流入です。これは日本企業の実力の証明ではなく、キオクシアがあるとはいえ、グローバルなAIバブルの飛び火に過ぎません。

 第三に、東証によるガバナンス改革を受けた企業による「内部留保」を利用した配当の増加と自社株買いです。ROE(当期純利益÷自己資本×100%)という指標を上げるために分母(自己資本)を圧縮するという会計操作は、企業の実体的な価値増殖とは無縁な財務工学であり、アングロ・サクソン型金融資本主義の評価基準を日本に移植したに過ぎません。テクニカルに株価は増大します。

 第四に、高市積極財政と円安による円換算利益の企業利益の嵩上げです。

■空洞化経済でバブルは慢性化する

 重要なのは、これだけの資金(金融資本)が日本株に流入しながら、一部のAI投資を除けばそれが国内の産業投資には転化していないという事実です。株高は起きているが、工場は増えず、技術は蓄積されず、実質賃金は上がらない。ここに「空洞化した架空資本の水膨れ」という現状の本質があります。これは確かにバブルです。

 ところが、こうした事態を「一過性のバブル」として捉えることは、問題の核心を見誤ることになります。確かに、円安の急速な是正、中国市場の回復、AI期待の剥落のいずれかが生じれば、株価が大きく調整する(下落する)局面は来るでしょう。2024年8月に一日で1割超の急落が現実に起きたことは、その脆弱性を示しています。

 しかし株価が調整しても、金融化経済という蓄積様式そのものは残ります。つまり、再び架空資本は、低金利と過剰貨幣資本(過剰な信用)によって膨張し、二度も三度もつぶれたとしても四度も五度も膨らむのです。

■格差と貧困を常態化する社会に

 現代資本主義において金融化経済とは「バブル」状態が継続し金融部門が巨大化し、金融資産家たちの「剰余価値請求権」が増大し生産的労働者への収奪が苛烈になることを意味します。

 そればかりではなく金融化経済は、コスタス・ラパヴィツァスの指摘するように金融搾取の主戦場です。生産過程での価値増殖が相対的に停滞するなかで、金融資本はデジタル化に伴い小口化しますます細分化・不可視化されています。分割払いの手数料、リボ払い、BNPLサービス(後払い決済)、自動車ローン、学資ローン――これらは個々には小額であっても、総体として賃金労働者の可処分所得から恒常的に収取を行う構造となっています。金額の小ささは本質を変えません。ゆえに金融化経済とは「労働力の再生産過程」(賃金から)の搾取が日常化し、金融資産家である「剰余価値の請求権者」に滔々とお金が流れ込むシステムのことです。

 かくしてピケティが実証し定式化(r>g/資本収益率>経済成長)したように金融資産家への富の集中による格差の拡大が「力強く」進行しているのです。

 「日本の異常株高」は、この構造の日本的な発現です。工場が増えず、賃金が上がらず、国内の産業基盤が厚みを増さないまま株価だけが騰勢を続け経済がますます金融化するとき、それは経済の強さの表れではなく、架空資本の膨張が産業資本の蓄積を凌ぎつつある現代資本主義の姿そのものです。しかもそれは、金融テクノロジーの多面的な搾取の仕組みで勤労者・労働者の生活を急速に貶めてゆくのです。(阿部文明)案内へ戻る


   「皇室典範改正」の裏でうごめく 高市軍国主義

 皇室典範改正をめぐる議論は、「男系男子か、女性・女系天皇か」「伝統か憲法か」といった歴史問題や憲法問題として激しく論争されています。リベラル派も多くが「女性差別」として「男系男子」を論駁しています。しかし、このようなイデオロギー論争は観念の対立に終始しており限界があり、その根底までは捉えていません。

 ★マルクスは、国家や法、宗教、思想を社会の「上部構造」と位置付け、その背後には支配関係や階級的利害が存在すると考えました(下部構造)。支配階級は、単に軍事力や警察力だけではなく、教育、文化、宗教、国家儀礼などを通じて自らの支配を正当化し、社会的な同意を形成します。さらに、アントニオ・グラムシは、これを「ヘゲモニー」と呼び、支配とは強制だけではなく、価値観や思想をめぐる闘争でもあると論じました。思想・イデオロギー論争(上部構造)は、実は階級対立や経済利害の対立(下部構造)を踏まえて分析されなければなりません。

 ★この視点から見るならば、皇室典範改正問題も単なる皇位継承の議論ではありません。そこでは、「皇室とは何を象徴する存在なのか」をめぐる政治的・思想的なヘゲモニー闘争が展開されていると考えることができます。

 ★平成から令和にかけて、現在の上皇夫妻、そして現在の天皇夫妻は、沖縄、広島、長崎、サイパン、フィリピンなどを訪れ、戦没者やアジアの戦争被害者への慰霊を重ねてきました。こうした行動は、多くの指摘があるように戦後日本の象徴天皇制に新しい伝統を形成しました。平たく言えば――明治、大正、昭和天皇とは異なり――平成以来の天皇は軍国主義を正当化する存在ではなく、戦争の犠牲者を慰霊し、反省や平和を祈る象徴として国民の前に立つという設定に自ら塗り替えたのです。

 ★他方、現在、日本の保守政治は大きく変化しています。防衛費の大幅増額、自衛隊の活動範囲の拡大、台湾有事への対応強化など、国家の軍事的役割を積極的に位置付ける路線が強まっています。巨額戦費と増税・インフレ路線の容認の国家像と、「戦争の記憶」と「慰霊」を重視し平和と対話をしてきた現在の象徴天皇像との間には、少なからぬ緊張関係が存在すると見ることは容易です。それは安倍政権以来、麻生・高市政権で一つのピークを迎えたのです。両者は長らく反目の関係にありました。

 ★その意味で、「男系男子」という右派の主張は、単なる男性王の歴史的伝統(歴史的には女性も女系も一部に存在するのに)の擁護というだけでは説明しきれません。もちろん、保守派の論理や主張が現在の天皇一家の平和主義を排除することを唯一目的としていると断定することはできません。むしろ指摘されるような保守派独特の男尊女卑もあり、時代錯誤もあります。しかし、なぜ世論の多数が女性天皇を支持し、安定的な皇位継承という現実的課題が存在するにもかかわらず、それに向けた制度変更を一切認めようとしないのか、それを強引に封じるのか。その背景には、皇室をどのような国家理念の下に位置付けるのかという政治的・階級的意思が強く作用しているのです。

 ★もし現在の天皇一家から次代の天皇の継承を阻止すれば、平成・令和を通じて形成された「平和と慰霊を重視する象徴天皇」という伝統は、切断されます。それは単なる継承順位の変更ではなく、高市政権派からみれば許せない「太平洋戦争の慰霊」であり、「歴史修正主義」(朝鮮半島や中国・アジア侵略は正しかった云々)の安倍・麻生・高市派にとって対立は歴然としたものです。高市路線の妨害となることを察知し、かつて自ら掲げた「女性天皇容認」を投げ捨て現在の天皇家の政治的影響の排除を狙ったのは明らかです。

 ★マルクス主義国家論は、国家を中立的な「社会の代表組織」とは考えません。国家とは、その時代の支配階級の秩序を維持し、再生産する装置です。そして皇室もまた、その装置の一部として時代ごとに異なる役割を担ってきました。明治国家では近代天皇制は「富国強兵」の精神的支柱として、戦後は平和憲法下の平和日本の象徴として位置付けられました。とすれば、麻生・高市らが目指す現天皇系列の首のすげ替えの試みは、これからの日本の進む道を象徴していることになります。

 ★したがって、この問題の本質は「男系男子か、女性天皇か」という制度論争や歴史・法学論争である以上に、階級的闘いなのです。真に問われているのは、日本の支配層が今後どのような国家理念を社会の「象徴」として押し出すかです。少なくともそれは「平和」「戦争の反省」の象徴ではあり得ないでしょう。ゆえにこの闘いは政治的・階級的闘いなのです。

 ★ここで詳しくは延べませんが安倍政権以来、麻生・高市政権への思想的反動化と飛躍的軍拡が開始され、GDP1%から2%へ、そして米国の要請にさらに答える姿勢もあり3.5%という財政拡大は、繰り返しますが円安・インフレと財政危機につながる流れが造られつつあります。中国との軍事対決姿勢を取る高市政権は安倍政権以来の政策を加速し、沖縄を含む南西諸島を前線基地化し、岩国、佐世保基地などは強化されています。ゆえに「皇室典範改正」「男系男子」は、まさに「富国強兵」の明治天皇や戦前の戦争に加担してきた天皇の再現を目指すことでしょう。これが、「皇室典範改正」をめぐる論争の核心だといえます。(阿部文明)


   三大疑惑の渦中の高市早苗と今なぜ突然に皇室典範改定なのか

 国会会期末が近づき、一週間近く審議が中断していた国会に高市早苗が再参加することでやっと正常化することになった。国会審議が中断した理由は、労働者が周知の誹謗中傷動画・サナエトークン・経歴詐称だ。その三大疑惑に加えて、最近急浮上してきた選挙区でサナエの名入りタオル無償配布の公職選挙法違反がある。

 この間、「逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて」の高市早苗は、こうした追及か逃げ切ろうと必死なのだが、事実上はかなり追い詰められている。実際、それらの疑惑は何一つ解消していないからである。高市早苗の憂いは実に深いものがある。

三大疑惑とは

 本来は自民党の総裁選挙時に誹謗中傷動画作成の問題がある。仲間に誹謗中傷を加えるなど並みの神経ではできない。これこそが高市早苗の人格そのもの。だが被害者である小泉進次郎と林芳正は、声を上げてはない。なぜ彼らは高市のこの卑劣さを糾弾しないのか。党内事情がそうさせているのか。まったく理解不能である。

 またサナエトークンについては、仮想通貨に関わったもので重大な金融犯罪である。それゆえ当然に金融庁にはサナエトークン無許可発行企業を刑事告発する義務があるが、いまだに何の動きもしていない。このことについては、当然のことながら総理案件として犯罪を放置し、高市早苗を無罪放免にするのかとの声が上がっている。

 さらに今焦点化している経歴詐称の核心は、米下院シュローダー議員事務所に「研修生」(インターン)として在籍したことを、「米国連邦議会立法調査官」(コングレッショナル・フェロー)であるとして官報等に掲載し続けてきたことが挙げられてきた。

 最近の高市早苗の答えは、最初はインターンとして就職したものの、途中からコングレッショナル・フェローになったというもの。よくもまあ屁理屈を考え付くものである。

 このコングレッショナル・フェローの日本語訳は、英語に堪能な元NHK解説委員長の緒方彰氏や防衛研究所の桃井真氏に相談して高市早苗が決めたと説明するが、両名とも故人であり、まさに「死人に口なし」で確かめようがない問題ではある。

 それにしてもなぜ米国のリベラルである民主党議員の事務所なのか。なぜ共和党議員の事務所ではなかったのか。これは、高市早苗にとって政治思想とは旗幟ではなく、どうでもよいものでしかないことを自らの行動で端的に証明したものと考える。

 だが誰に相談しようと、そもそも自分の経歴の記載なのである。その最終責任は高市早苗本人が負うものだ。また「米国連邦議会立法調査官」は米国連邦議会が雇用する正規の公務員を示す官職名であるから、日本人がそもそもなれるはずがないとの見解もある。またトランプとの対談中に直ちに通訳をつけろと要求された貧弱な英語力では実務をこなせないのでは、とその経歴詐称の疑いは深まるばかりである。

 さらにサナエブランドのタオル無償配布の問題がある。選挙区の有権者に寄附を行えば公選法第199条の二に抵触する違法行為。公職選挙法上の違反は重い。過去にこの疑惑で議員辞職した者、閣僚辞任に追い込まれた者が多数存在する。

 国会の集中審議では野党はこれらの疑惑を厳しく追及する必要がある。だが7月6日参院決算委員会においてなされた立民の羽田議員の質疑はあまりにも準備不足。

 核心の「連邦議会立法調査官」の名称が虚偽記載に該当する点についての指摘がない。すでにネット界では適菜収の「日本の軍事問題専門家」と嘘をつき就職したとの高市早苗の自白が周知されている。だから本当に問題の核心を射抜く力がある議員を質問者に立てなければ、国会の質疑などまったくの時間の無駄になる他はない。

 またサナエトークン問題では金融庁の対応を厳しく追及することは必須である。無認可での暗号資産発行と売買仲介は明白な資金決済法違反。実際、3年以内の拘禁刑もしくは300万円以下の罰金、またはその両方が科せられる重大犯罪である。

 いまだ何の動きもしない金融庁が総理案件としてこの問題に適正な対応を取らないなら、片山金融相に対する問責決議を野党の総力をもって突き付ける必要がある。

 さらに問題法案である議員定数削減法案は、結局は自維が自主的に取り下げて、臨時国会に先送りされたことで、今回ようやく高市早苗の出席となったのである。

皇室典範改定案のごり押し提案

 さて再登場の高市早苗が最優先議案としているのが皇室典範改定案である。先に立法府は「国民の総意」として政府に要望書を提出したが、この政府改定案には、皇位継承についての論議もなしに「国民の総意」に反する規定が盛り込まれていた。

 そもそもこの改定は「皇族数減少への対応」であり、だからこそその中に皇位継承問題は含まれていなかった。まさに完全な裏切りなのである。

 しかし政府が提出した改正法案には、女性皇族には天皇にもなれず結婚しても皇室から離脱できないなどの、さらに厳しい制約と、旧宮家から男子の養子を迎えた際に養子と民間人女性との間に生まれた男子に皇位継承権を付与するとしていた。

 皇室典範改定案に対する高市早苗のこの強行突破の姿勢には、当然のことながらこれは「立法府の総意」を大きく逸脱するものとして野党の反発が生まれた。

 7月6日、参議委の予算委員会で質問に立った小池共産党議員は、「国民の総意」とは何かの、また愛子天皇を容認する立場から高市早苗を問い詰めたのだ。その際、高市早苗は皇位継承に関わって今上陛下を「こんじょう」陛下と発言した。

 実は高市早苗のこの発言は3月11日、蓮舫議員が質問した時にもなされたが、その時は当然直ちに言い直された。小池議員はこの失言を問題とせずスルーしたが、この改正法を提案の本人自身が基本的語彙すら発言できない事態は看過できない。

 まさに高市早苗の語る天皇認識がいかに浅薄なものかの生きた証明ではないか。

皇室典範改正の狙いとは

 このような高市早苗に対して自民党の村上前総務大臣は、改正案について「皇室典範改正は皇室の皆様のお気持ちをまったく忖度せず、なぜ国会議員が決めるのか。愛子様の可能性をまったく否定している」と批判。「欧州の王室では長子が男女を問わず継承権を持つ。なぜ日本だけが男系男子なのか理解できない」と批判した。

 再確認すれば、問題の核心にあるのは現行の皇室典範が定める「男系男子による皇位継承」の規定。これは明治の大日本帝国憲法及び皇室典範の「残骸」で明治憲法にある「万世一系の男系男子」自体に、そもそも歴史的正統性がないのである。

「万世一系の男系男子」は明治憲法が創り出した「虚構」である。したがって私たちは、日本国憲法が第一条で天皇の地位を「国民の総意に基づく」と規定していることも「虚構」であると主張する。天皇制は廃止の一択があるのみ!

 私たちのように反対する勢力は現実に存在するのだ。それでもなお「国民の総意」を強調するのなら、「男系男子による皇位継承」を推し進める動きは、国民の中の相対的な多数派である「愛子天皇」を阻止するためのものであることは明白だろう。

 だがそのように意図を持った改定案は、衆議院でなんとたった三時間の審議で打ち切られ強行採決された。しかも審議の過程で養子の対象となる旧11の宮家と現天皇とは男系で実に36~38親等も離れているとの宮内庁の答弁があった。民法上の親族は6親等である。まさに歴史上の継体天皇どころではない、この離れようである。

 7月10日、衆院本会議の採決後、中道の野田元首相は、自ら賛成したことを明らかにした。「本来なら反対すべきだと思っていますが、(自身が)つくった党なので、火中の栗を拾ってくれた執行部のじゃまをするわけにはいかない。党の決定通りに行動した」と、その賛成の理由を語ったのである。

 皇室典範改正案への対応を明確にしていなかった中道執行部は、衆院本会議に先立ち賛成の方針を決めた。野田は、改正案の内容に「満足、納得はいっていない」と述べる一方で、「(執行部が)賛成と決断された以上は四の五の言わず、従いたい」と述べた。まさに吹けば飛ぶような野田の「信念」である。

 かつての衆院の立憲民主は、自民との連立を離脱した公明と合流して中道改革連合を創設したが、完全に公明色に染まってしまった。この中道が今自維に加担している。中道は綱領と基本政策において緊急避難的に公明案を丸呑み。総選挙までの時間が短かったための暫定的な措置であると見られたのだが、総選挙後にも見直しをしていない。そのため、今や完全に隠れ与党=「ゆ党」に転じてしまったのである。

 この路線を見直ししない現代表の小川淳也は野田の完全な傀儡である。

 この党内融和を優先、事を荒立てない姿勢は有権者への明確な裏切りである。

 参議院では、立憲民主は自民がドサクサに紛れて入れ込んだ「旧11宮家の男系男子の養子縁組」を認めず、反対する方針を決定し、現状はとても「国民の総意」とも「静謐な環境」とも程遠い状況である。

 なぜ今、天皇家は「あかの他人」である旧宮家の養子を取るのか。

 自民内からも当然に反発の声が上っている。船田元経済企画庁長官はホームページに「国会の総意から逸脱したものと言わざるを得ない」「皇室に対して極めて失礼ではないだろうか」などと投稿。また国旗損壊罪法案の衆院本会議採決では、岩屋毅前外相が退席し、公然と反旗を翻した。自民党内で高市早苗の天皇軽視の旧統一教会よりの姿勢に反対する「良識派」が反旗を翻す動きが表面化した。

 さて高市早苗は参議院でも国対委員会会議で自民と立憲と質疑は一日で終わらせると合意した。こうして口先だけ反対の立憲は、高市早苗の実質的な支持を与えたため、参議院でも強行採決された。共産・立憲・れいわは強く反発している。

 勿論私たちは象徴天皇制の延命のための皇室典範改正に反対する。そもそも基本的人権の尊重を基軸する日本国憲法の例外規定となっている、天皇と皇族の地位を社会的に開放するためにも、天皇と皇族に基本的人権を保障するとの目的をもって天皇制の廃止と日本国憲法の第一章の天皇条項の改廃を要求するものである。

 今回、高市早苗が皇室典範改定を強行するのは、端的に言えば、大きくは改憲のための天皇の政治利用が目的である。自民党の憲法草案では、現行憲法の「象徴天皇」から、大日本帝国憲法と同じ「国家元首」に権能を拡大させ実質化して、政治化させる。 そしてその新たな国家元首は、現実的には政権与党の錦の御旗となり、海外戦争の犠牲者の家族の前面に与党政治家の防波堤となって立たせることになる。米国と一緒に戦争を遂行するためには、こうした新たな道具立てが必要だからである。

 だから明仁から徳仁、愛子へと引き続く「国民のために祈る」象徴天皇路線は高市早苗にはまったくの邪魔者であり、今ここで明確に否定しておくためである。(直木)案内へ戻る


   コラムの窓・・・植民地から持ち帰った水俣病!

 水俣病発生の公式確認は1956年5月1日、相思社の年表には「新日窒附属病院(細川一院長)、小児科の野田医師を水俣保健所へ派遣し、原因不明の神経疾患児続発を報告」とあります。何かの原因物質に汚染された魚を食べたことから発症したのではないかと考えた細川医師は、水俣工場の廃液を猫に与える実験を行い3年後の59年10月、猫400号が患者と同じ症状を起こしたことから窒素の廃液(アセトアルデヒド酢酸工場排水)が原因だと会社に報告しています。

 ところが原因企業がチッソと確認されたのは68年9月26日、「政府、水俣病について正式見解を発表(公害認定)。熊本は新日窒水俣工場の排水に含まれるメチル水銀が原因と断定。新潟は昭電鹿瀬工場の排水が基盤とする『技術的見解』を発表」(同年表)。その間に、58年9月にはアセトアルデヒド酢酸製造設備の排水経路を水俣湾百間港から八代海に面した水俣川河口の八幡プールへ変更、68年5月18日にはアセトアルデヒドの製造を停止しました。

 こうした経緯から、チッソは時間稼ぎを行いつつアルデヒド生産を続行し、生産停止後の原因確定は国家的な犯罪というほかありません。59年12月、排水処理設備(サイクレーター・セディフローター)を完成させ、60年1月からアセトアルデヒド排水を八幡プール経由でサイクレーターに送水し百間へ排水を開始しています。ところがこのサイクレーターは水の汚濁を低下させるだけで、排水に溶けているメチル水銀の除去には全く効果がなく、その間に多くの患者発生をもたらしました。

 さて、細川医師はどうしたのでしょう。事実を公表することなく会社を去り、愛媛に帰郷したそうです。その後70年7月4日、肺がんのため入院していた細川医師に熊本地裁が臨床尋問し、ネコ400号実験などについてのメモを提出し証言しています。この証言の3年後の73年3月20日、「熊本水俣病第一次水俣訴訟判決、原告全面勝訴。熊本地裁、総額9億3000万円余の支払いを命じる。双方控訴せず、判決確定」(同年表)

 この証言後、細川医師は69才で亡くなられました。36年に日本窒素肥料株式会社に入社した細川医師は、朝鮮咸鏡北道慶興郡にある阿吾地(アオジ)工場の附属病院長に就任。植民地支配下にあった30年代以降、阿吾地炭鉱をはじめとする鉱工業開発が進められ、日本窒素肥料の阿吾地工場がつくられ、人造石油の製造が試みられ、技術者とその家族など日本人居留者も多くいました。

 27年に植民地に侵出したチッソは、水力発電を中核とする世界屈指の大コンビナートを展開、咸鏡南道の興南(フンナム)工場へ、水俣から植民地での豊かな生活を求めて多くの人が移っています。そこにあるのは支配・被支配の関係、朝鮮人は人間としてみるなという扱いのなかで、死亡事故が多発しています。

 この工場で働いた経験を李北鳴(イ・ブンミョン)が32年に「朝鮮肥料工場」(チルソビリョコンジャン)を発表、「朝鮮日報」連載は第2回で中止、逮捕投獄されています。この貴重な資料を、宋実成(ソン・シルソン)さん訳で少し紹介しましょう。
「2階からしばしば雨水のように滴り落ちてくる硫酸で、ムノの(ムノだけではない)作業着にはハチの巣状の穴が開いていた。そして硫安の結晶があたかも氷のように床にへばり付き、歩くたびにチクチクして痛かった。地下足袋は幾日も履かぬ間に、折れ目の出来た個所から刃を入れたかのようにシュッと切れてしまう」

「金属の腐食した臭い、猛スピードで回転する機械で燃える油の臭い、水色で塗装されたクモの巣のようなパイプの隙間から『シャー、シャー』と音を立てて漏れてくるアンモニアの臭いが混ざりあい、マスクをした労働者の鼻をチクチク刺す」

 興南工場で発生した〝奇病〟は「興南病」と呼ばれたが、それが何によってもたらされたのかわかっていながら、何の配慮もなく水俣工場は稼働し、かくして植民地朝鮮から水俣へと被害は持ち帰られたのです。細川医師は果たしてことの経緯を自覚していなかったのでしょうか。内部告発という言葉が飛び交う日々のなかで、取り返せない被害に思いを巡らす日々が続きます。 (晴)


   色鉛筆・・・なぜ、水俣を撮った写真家たちの作品に目を奪われるのか

 6月号のワーカーズ紙面でも紹介した写真集「水俣からあなたへ」は、表紙の田中実子さんの紹介しか出来ず、心残りでした。ページをめくれば、小学低学年ぐらいの女の子に背負われた1~2歳の坂本しのぶさんの姿がありました。2人の顔には笑顔はなく鋭い眼差しが印象深く残りました。しかし、後のページの写真説明で1960年とあり、しのぶさんはもう4~5歳だったのです。水俣病公式確認70年、胎児牲水俣病として生き続ける未来は、私たちの課題でもあることを確認する作業になりました。

 タイトルの呼びかけは、この写真集に寄稿された藤原辰史さんの言葉です。中学生にも伝えたい、この想いは語りかける言葉を慎重に選択され、きっと読者への共感を産むことでしょう。

 藤原さんの肩書きは歴史学者です。自身の仕事の紹介はこんな優しい言葉かけです。

「わたしの職業は研究者です。研究者といっても、白衣を着て実験をする研究者ではありません。人類誕生から現在までの長い時間のうち、自分が気になってしょうがない時代を、どう語ろうかと考え、証拠を集めて、文章を書いてみるという仕事です。」

 そして、自分が惹かれる時代が20世紀、1900年ころから2000年ごろと指摘。その理由は、あまりにも通常の理解を超えた事件が世界中で起こったからと、つまり第一次世界大戦の出来事にふれています。1800~2000万人が亡くなった戦争では、多くの若者が犠牲になり、運良く生きて帰ってきても身体障害・精神疾患で社会の重荷としての扱いだったこと。

その20年後の第二次世界大戦では、5000~8000万人が亡くなり、武器、化学兵器の利用が、戦後まもなく起こった水俣病などの公害病に続いていく、つまり戦争の延長線上に捉えることの大切さを教えてくれます。

 なぜ、有機水銀の排水を止められなかったのか? チッソ企業が生き延びるためなら、貧しい漁師は犠牲になっても仕方ない、経済優先の思考は新興財閥の存在を説明することで理解が深まります。

 収録写真数は89枚。その写真には何枚かを除いて、説明はありません。なんの先入観もない状態で見ることの大切さを大事にしているのだと思われます。私も中学生の孫娘に是非、写真を見てもらいたい気持ちです。最後に、藤原さんの写真集の感想をどうぞ。

「『この方々はなんと可哀想な人たちだろう。わたしたちの文明社会の犠牲者だ』という、水俣病という現象の決まり文句によるまとめかたを拒む力が、どの写真にもみなぎっている。」(恵)案内へ戻る


   国防相解任劇と ウクライナ軍に走る深層亀裂を分析する

 ウクライナのフェドロフ国防相解任は、単なる閣僚交代ではありませんでした。戒厳令下という極めて特殊な状況にもかかわらず、退役軍人や軍人家族らが抗議デモを行ったことは、この人事が軍の末端現場兵士にまで大きな衝撃を与えたことを物語っています。デモ隊はゼレンスキーに対して「解任を取り消せ」「フェドロフを戻せ」と声をあげています。

 全国に広がった抗議行動に驚いたゼレンスキーは、その一週間後に対立関係にありフェドロフから解任を要求されていたシルスキー総司令官を解任し「両成敗」の形で抗議運動を鎮静化しようとしています。
 
★発火点としての資源配分をめぐる権限と文民統制問題

 フェドロフ元国防相は、ドロー戦略の貢献で有名であり、他方、シルスキー総司令官は伝統的歩兵戦術で名をはせてきたとされます。しかし、今回の両者の対立について、多くの報道や専門家の分析は、「ドローン派対歩兵派」という単純な構図では説明できないと指摘しています。

 両者の明白な争点は、国防予算や兵器調達、軍事支援の配分を誰が決定するのかという軍隊統治の問題でした。フェドロフ国防相は、兵器調達のデジタル化や電子入札、監査制度を導入し、国防省による「文民統制」を強化しようとしました。これは反腐敗の政策です。一方、シルスキー総司令官側は、戦場の実情を知る軍司令部が資源配分についてより大きな裁量を持つべきだという伝統的利権に結びつく軍隊優位の立場だったと報じられています。

つまり対立の一つは数十億ドル規模の軍事予算や兵器調達を誰が管理し、戦争遂行の主導権を握るのかという国家機構内部の権限問題だったのです。しかし、フェドロフの改革志向は広範に及び、それを下級の現場兵士が支持することで、国防相vs軍最高司令官の対立が、軍を二分する様相を呈してきました。

 この問題は人事に端を発しましたがその本質は、現場・前線の兵士そして家族も巻き込んだ、ウクライナ軍を今後どのような軍隊へ変えていくのかという路線対立あるいは階級的対立に発展したのです。これはフェドロフの思惑を超えたものでしょう。

★フェドロフの改革とは何か

 フェドロフの改革は、ドローン導入だけではありませんでした。改革の柱は、①兵器調達の透明化とデジタル化、②AIやドローンを軸とした軍事技術の導入で兵士の死傷回避、③民間IT企業やスタートアップを軍需産業へ取り込むこと、④AIを活用した兵站・補給システムの構築、⑤徴兵・人事制度の見直し、⑥兵士の待遇改善やローテーション制度の整備、⑦リアルタイム情報を活用した指揮システムの構築など、多岐にわたります。

 その目標は、旧ソ連型の大量動員型軍隊から、情報・AI・無人機を中心とするネットワーク型軍隊への転換でした。古来の言い方を用いればパルチザンなどの遊撃戦的要素の組み入れ、つまり現場の判断の尊重に基づき柔軟性を高めることです。前線の兵士たちはこれを強く支持しています。

★ドローンと戦略・戦術の変化

 ウクライナ戦争は、軍事史の転換点とも言われています。従来の歩兵中心の戦闘では、「一斉攻撃」の号令の下で部隊が前進する場面が多く見られました。しかし現在では、小規模なドローン部隊が前線各地に分散し、偵察・攻撃・電子戦を組み合わせながら戦うケースが増えています。

 もちろん、完全に独立して行動するわけではありません。作戦目標や攻撃区域は司令部が定めますが、その目標をどのような方法で達成するかについては、現場の小部隊に大きな裁量が与えられています。フェドロフが目指したのは、「上から細かな命令を待つ軍隊」ではなく、情報を共有しながら現場が迅速に判断できる軍隊への転換だったと理解されています。

★兵士の家族や退役軍人がフェドロフ解任に抗議したわけ

 戒厳令下で抗議デモが行われたことは異例でした。その背景には、フェドロフが兵士の待遇改善やローテーション制度、補給の透明化などを進めていたことがあります。これらは下級兵士とその家族の強い要望でした。家族にとって、装備不足や補給の混乱は兵士の死に直結します。また、ドローンを活用して歩兵の危険な突撃を減らすという発想も、「兵士の命を守る改革」として受け止められていました。

 もちろん、参加者全員が同じ理由で抗議したわけではありません。しかし、「改革が後退すれば前線の兵士にしわ寄せが及ぶ」という危機感が、幅広い支持につながったと考えられます。何より、兵士の人権など考慮しない怠惰で私利私欲に動かされる職業軍幹部たちと、一般の兵士達との意識の差は深刻で、そのような軍からの脱走は絶えません。これらの事例は「帰還兵の証言」で多面的に示されています。

 このようにフェドロフ自身の意図がどこにあったにせよ、対ロシア戦争で侵略者と命をかけて戦ってきた前線の兵士達にとって、軍は明らかに上下に二分されており、無能で兵士の命を肯んぜない腐敗幹部たちの一掃は前線兵士たちの強い要望でした。それを実現しうるのがフェドロフだと期待を寄せたのです。

★マスク、ビータ―ティールと結ぶウクライナ軍

現代のドローン戦は、通信網なしには成立しません。その中核を担ってきたのが、スペースXのスターリンクであることは良く知られた事実です。イーロン・マスク、ピーター・ティールとフェドロフ(ウクライナ前国防相・元デジタル転換相)の関係は、「シリコンバレーのテクノロジー資本」と「ウクライナのデジタル戦争国家」との結び付きとして理解すると分かりやすいです。これらのテーマは改めて論じることがあると思います。(B)


   停戦後もイスラエルによるパレスチナへの殺りくは続いている!イスラエルの蛮行を止めさせよう

 パレスチナ・ガザ地区では2025年10月以降に停戦が発表されて以降も、パレスチナ人がイスラエル軍に殺害されることが続いています。

 パレスチナ・ガザ地区北部にあるカマル・アドワン病院の院長、フサム・アブ・サフィヤ医師は、イスラエルに拘束されてから1年半がたったいまも独房に収容されています。

 アブ・サフィヤ医師が収容され、拷問も受けたとされる今回の事例は、イスラエル当局がパレスチナ全域で医療従事者を相次いで拘束し、攻撃の対象としてきた深刻な実態の一部です。

 医療従事者の拘束状況や医療施設への攻撃を調査する団体「ヘルスケア・ワーカーズ・ウオッチ」によると、2023年10月以降、イスラエル当局に身柄を押さえられたパレスチナ人医療従事者のうち、95人がいまも収容されています。同じ期間に、医療従事者1700人が殺害されています。

 国境なき医師団(MSF)の整形外科医であるムハンマド・オベイド医師は2024年10月26日、カマル・アドワン病院で勤務中にイスラエル軍によって拘束されました。それ以来、600日以上にわたって厳しい環境下に置かれ、家族との連絡も一切認められていません。

 パレスチナ保健省によると、停戦合意が成立した2025年10月以降、3500人以上が負傷しました。2026年6月には121人が死亡しています

 「停戦」はもはや名ばかりです。民間人の命は、今も軽視され続けています。

 ガザで働くMSFスタッフたちも、避難先のテントで銃撃を受け、家族を殺害され、恐怖に駆られて自宅から逃れ、空爆で家を失っています。

 3月には、MSFの看護師が、4歳のいとこが空爆で命を奪われるのを目の当たりにしました。6月には、別のスタッフが妻と娘と車で移動中、イスラエル軍の銃撃を受け、車内に閉じ込められました。障害のある兄弟と避難先を逃れ、持ち物をすべて失った看護師もいます。

 MSFの運転手だった夫を殺害された女性は、今もガザを東西に分断する「イエローライン」の近くで暮らしています。あるときには、寝ていたマットレスに銃弾が撃ち込まれて目を覚ましました。今も毎朝、砲撃の音で目を覚ますといいます。

これらは、決して例外的ではなく、ガザでは人道援助スタッフも民間人も決して安全ではありません。

 イスラエルの蛮行を止めさせるには、即時停戦の要求、国連や各国が一致して、戦闘の完全停止を強く求める。武器の輸出停止、イスラエルへ武器を送ることをやめ、軍事的な支援を断つ。

 占領や入植をやめさせる、パレスチナの土地への不法な占領や入植を終わらせる。

 イスラエルによる攻撃で損害を受けたことによる賠償、戦争犯罪の罰を受けさせる。

 これらを、何とか実現させたいです。まずはそこからです。(河野)案内へ戻る


   【なんでも紹介】高倉勝子美術館が伝える平和への願い

 宮城県登米市登米町にある高倉勝子美術館は、登米市出身の日本画家・高倉勝子さんの作品を展示する美術館です。四季折々の自然や人々の暮らしを描いた作品には、生命の尊さや人への温かなまなざしがあふれています。

 高倉さんは、女子美術大学を卒業後、広島で教員として勤務していました。そして1945年8月6日、広島に原子爆弾が投下された際、爆心地から約3キロメートルの場所で被爆しました。奇跡的に命は助かりましたが、その日、目にした惨状や被爆体験は、その後の人生と創作活動に大きな影響を与えました。

 戦後は故郷・登米へ戻り、美術教師として後進の育成に尽力する一方、自らの被爆体験や平和への願いを作品に込めて描き続けました。美術館には、原爆の悲惨さや、二度と同じ過ちを繰り返してはならないという強い思いが込められた作品も展示されています。静かな筆致の中に表現された命の尊さや平和への祈りは、訪れる人々の心に深く語りかけます。

 今年も広島では、原水爆禁止世界大会が開催されます。被爆から80年以上が過ぎ、被爆者の高齢化が進む今、その体験を語り継ぐことの重要性はますます高まっています。世界では今なお核兵器による脅威が続き、戦争によって多くの尊い命が失われています。だからこそ、広島・長崎の歴史に学び、核兵器の非人道性を忘れず、平和への願いを次の世代へ受け継いでいくことが求められています。

 高倉勝子さんの作品は、戦争や原爆の悲惨さを訴えるだけではありません。そこには、人が人として生きることの喜び、穏やかな日常の大切さ、そして平和な未来への希望が描かれています。その一枚一枚は、命の重みを静かに問いかけ、平和の尊さを私たちにあらためて考えさせてくれます。

 高倉勝子美術館は、美術を鑑賞する場であると同時に、平和について学び、考えることのできる貴重な場所です。作品に込められた思いに触れることは、過去を知るだけでなく、未来へ平和をつないでいくことの大切さをあらためて感じる機会となるでしょう。  宮城 弥生

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