ワーカーズ288/・289合併号 案内へもどる
2005年を労働者民衆の総反撃開始の年に
ピンチはチャンスにかえよう!
二〇〇四年に各地で高揚した世界の反戦闘争は、アメリカのイラク侵攻にどんな大義名分もなかったことを明々白々にした。世界の反戦闘争の力は、彼らがイラクに戦争を仕掛けた口実が、すべてとんでもないウソや詭弁であることを徹底的に暴露してしまった。
実際、EUを中心として世界がアメリカの強引な戦争発動に懐疑と反発を強める中で、イギリスとともにブッシュ支持し続けた少数派の小泉総理は、過半数を超えた反対にもかかわらず自衛隊の海外派兵を強行した。今度は一年の時限立法である事を無視して派兵の延長を国会での決定を経ずに自分達だけで決めた。新防衛大綱では自衛隊の海外派兵は本務化する。すべての労働者民衆は自分が今こそ何を為すべきかを真剣に自問する時だ。
こうした状勢下、一二月二四日の閣議で、政府は一般会計を本年度当初比〇・一%増の八二兆一八二九億円とし、所得税・住民税の定率減税の半減等を盛り込んだ大衆増税を含む〇五年度予算の政府案を決定した。一切の犠牲は労働者民衆に押し付けられたのだ。
歳入を見ると法人税収は、四四兆七〇億円と四年ぶりの五・四%増のため、新規国債発行は、三四兆三九〇〇億円と四年ぶりに六・〇%減と、国債依存度も過去最悪の〇四年度の四四・六%から四一・八%まで低下した。しかし国債残高は、〇五年度末で、過去最高の五三八兆円程度に達する。日本の財政はまさに破産しており危機という他はない。
また国と地方の税財政を見直す「三位一体改革」は、〇五年度だけで義務教育費国庫負担や国民健康保険国庫負担など一兆一二三九億円の補助金が廃止・縮減された。国から地方へ税源移譲される総額は、義教国庫負担廃止分の特例交付金も含めると一兆一一六〇億円にもなる。この間の自治体の劇的再編成は、自治体統合の急増にはっきりと示された。
新たな「国民」負担増は二兆円。九七年の二の舞だと言われながらも、政府与党は、労働者民衆に一切の犠牲を負わせる以外のどんな方策も持ち合わせてはいない。まさに危機である。ついに一月からの通常国会では、教育基本法の改悪が論議され、さらには憲法の改悪まで、その射程に収めた戦後日本国家の大改造の政治日程の幕が斬って降ろされる。
このような政府与党の無理無体の国家運営と策動に対して、私たち労働者民衆は、満腔の怒りをもって、今こそ反撃を開始していかねばならない。ピンチはチャンスだからだ。
二〇〇五年を労働者民衆の総反撃の開始の年にしていこうではないか。(直)
海外派兵を「本来任務」に
資本の軍隊の本性見せ始めた自衛隊
国益論の欺瞞を暴露しよう!
■新防衛大綱―海外派兵を主任務に
04年の12月10日、政府は新たな防衛計画大綱と中期防衛力整備計画を決定した。防衛計画大綱は今後10年間の防衛力のあり方を明らかにしたものであり、中期防は今後5年間の自衛隊の軍事力の装備目標を示すものだ。
これまでの防衛計画大綱は、米ソを軸とする東西対立下で日本への侵略の防止と「基盤的防衛力構想」を説いた76年の大綱、対テロ活動やPKO活動を強調しつつ日本周辺における「平和と安全」の確保のための日米安保の効果的運用を説いた95年の大綱があった。76年大綱から95年大綱への移行は、ソ連圏崩壊による東西対立の溶解を受けたものであり、自衛隊の活動対象や範囲を本土防衛から海外での活動に大きく転換させるものであった。
今回の新防衛大綱の最大の特徴は、95年大綱の対外指向をさらに発展させて、自衛隊の主任務を海外での活動へと大転換させようとしている点にある。新防衛大綱は、大量破壊兵器や弾道ミサイルや国際テロ組織、さらには北朝鮮の脅威や中国への警戒の必要を強調し、「国際安全保障環境の改善」を大きな任務として本格的に押し出しているのである。
自衛隊が備えるべき軍事力についても、「新たな脅威や多様な事態」に対する「実効的な対応」の能力、高度な技術力と情報力に支えられた「多機能で弾力的」な能力、ミサイル防衛構想の推進、陸海空三自衛隊の統合運用や情報機能の強化の必要など、対外指向とともに実効性が強調されている。
■中期防―ミサイル防衛、敵基地攻撃能力…
新防衛大綱と同時に明らかにされた新たな中期防衛力整備計画を見てみよう。ここでは新防衛大綱における「多機能・弾力的な防衛力」や「三自衛隊の統合運用」のための新たな装備や部隊再編成が語られている。
具体的には、弾道ミサイル攻撃に対抗するためとされるミサイル防衛構想の日米の共同研究から開発段階への移行、ゲリラや特殊部隊の侵攻に対すると称しての装甲機動車や戦闘ヘリコプターなどの装備強化、そして島嶼部侵略への対応を口実とした大型輸送ヘリや新型戦闘機の導入、C130への空中空輸機能の付加などが謳われている。
中期防で注意しておかなければならないのは、単に敵のミサイルから自国を防衛するというにとどまらず、逆に敵国の基地を攻撃する能力を得ようとする野心が示されている点だ。防衛庁内では、新防衛大綱の策定作業の中で敵基地を攻撃するためのミサイルシステムの研究が唱えられていたが、できあがった新大綱や新中期防ではこのことは直接には論じられていない。しかし敵基地へのミサイル攻撃のためのシステムの一環である戦闘機搭載型の「電子妨害装置」については、その開発の意志を表明している。このことは、F15戦闘機の改修やその沖縄配備、F4戦闘機の後継機(敵の戦闘機を迎え撃つ迎撃戦闘機と爆撃用の支援戦闘機の能力を併せ持つ多目的の新型戦闘機)の導入、空中給油機部隊の創設などの空軍能力の飛躍的強化と相まって、自衛隊が敵基地をミサイルでたたくという明白な侵略行為を行う能力を獲得しようとしていることを如実に物語っている。
■海外での戦争仕様に大再編
新防衛大綱や新中期防にお墨付きを与えられる中で、自衛隊はその部隊や装備や訓練を海外での戦争仕様に急速に再編しようとしている。
海外派兵が自衛隊の主任務化するなかで、それを実効あるものとするために陸上自衛隊に「中央即応集団」(4千〜5千人)や「国際活動教育隊」を創設し、その下で北部方面隊(北海道)に海外派兵に向けての待機態勢をとらせようとしている。この自衛隊の海外派兵部隊がどのようなものかは、「中央即応集団」に組み込まれる予定となっている「特殊作戦群」の任務を見れば一目瞭然だ。この部隊が想定している戦闘は、ハイジャック制圧、市街戦、ゲリラの掃討、要人警護、大量破壊兵器拡散調査などだ。またその訓練の実態は、橋やトンネルの破壊、車両の襲撃・伏撃、通信所の破壊、降下・投下・誘導、レーダーサイト襲撃等々であり、それは、まさにいま米英軍がイラクのファルージャやナジャフなどで行っているようなゲリラ掃討戦と見まごうばかりのものだ。
海上自衛隊においても、これまで進めてきたヘリ空母や大型補給艦の導入にさらに上乗せする形で新たなヘリ空母が追加されようとしている。また担当海域を持たず自由な運用が可能な護衛艦隊(8艦隊・32艦)を創設しようとしている。
航空自衛隊もまたC130を大きく上回る航続距離と搭載能力を持つ新型輸送機の導入をめざしている。
新大綱は北朝鮮の核やミサイルを脅威と見なし、中国の台頭への警戒心を語っているが、自衛隊はアジアを射程に入れた軍拡にも余念がない。イージス艦をミサイル防衛システム仕様に改造して日本海に展開させ、沖縄のF4戦闘機部隊をより戦闘能力の優れたF15部隊と入れ替え、同じく沖縄の第1混成団や四国の第2混成団をより大規模な旅団へと格上げし、また海上自衛隊の対潜水艦能力を強化しようとし、さらには敵の防空レーダーを無力化する電子妨害装置や敵基地攻撃用ミサイルの開発・研究に着手しようとさえしているのである。
■「不安定の弧」制圧めざす米軍変革と一体化
以上のような動きが、米軍のトランスフォーメーション(変革)と一体のものであることは明らかだ。
いま米軍は、かつての東西冷戦対応型の戦力配備の残滓を払拭し、彼らが新たな脅威の発生源と見なす中東・北アフリカから中央アジア・極東にかけての「不安定の弧」を射程に入れた新たな戦略配置を整えようとしている。ドイツや韓国に配備した兵員の縮小と機能強化、ブルガリアやルーマニアなど東欧諸国での新基地の建設、日本を舞台とした米軍配備の再編成を急速に進めているのである。これらの動きの背景には、米国にとっての脅威認識の変化(ソ連の脅威から中東・中央アジア・東アジアの反米諸国、反米ゲリラ勢力、潜在的ライバルの脅威へ)とともに、急速に進展する軍事技術革命が軍事力のコンパクト化や機動化を可能にしたという事情が存在している。
日本においては、米本土ワシントン州の陸軍第1軍団司令部の相模原市のキャンプ座間への移転、グアムの第13空軍司令部の東京横田基地の第5空軍司令部との統合などが日程に上っている。この移転や統合が進展すれば、キャンプ座間や横田の米軍基地はアジア太平洋全域をカバーすることとなり、横須賀基地を拠点とする米海軍第7艦隊を含をはじめ米国の陸海空軍すべての司令部機能が日本に集中することとなる。もちろんアジア太平洋だけではない。米軍のトランスフォーメーションは中東から東アジアにまたがる「不安定の弧」を対象としており、現に沖縄や本土の基地からアフガニスタンやイラクへと米軍が出撃している。在日米軍がアジア太平洋にとどまらぬ広い範囲にわたる軍事行動の司令塔の役割を果たすこととなるのは明らかだ。
■増長する自衛隊幹部、動揺を深める兵士
この間の海外派兵の既成事実の積み重ね、その公式化である新防衛大綱による海外派兵の主任務化の動きは、自衛隊の制服組幹部=職業たちを大いに勇気づけている。
自衛隊の制服組幹部たちは、文官である防衛参事官が防衛庁長官を補佐する体制に不満を露わにし、参事官制度を廃止せよ、替わって制服組をその地位に就けよと要求し始めている。それどころか、自衛隊を国軍と認め、国家緊急権を明記し、海外派兵を当然の任務とし、国民に国防の義務を強制するなどを内容とする憲法の改正案を政治家に対して提案、突きつけるという事態にまで至っている。
いずれも制服組幹部出身である中谷前防衛庁長官の指示で行われたことであったが、新防衛大綱が自衛隊の海外派兵にお墨付きを与え、積極的に後押ししようとしている今日、こうした動きは強まりこそすれ弱まることはないであろう。
自衛隊の海外派兵やその「存在意義」を誇示する機会の増大に有頂天になり、増長しているのは、もちろん自衛隊の幹部=高級軍人たちである。これに対して海外の戦場に送られることになる一般の兵士たち、そしてその家族たちは、大きな不安と動揺の中にいる。迫撃弾やロケット弾が飛び交う中東のイラクへの派兵に対して、一般の自衛隊兵士は「自衛隊に入ったがまさか本当に戦場に行くことになるとは思わなかった」「外国の侵略から日本を守ると言うならまだしも、なぜ中東のイラクに行かなければならないのか」と疑問の声も上がりはじめている。
■国益論、権益論のエゴイズムを打ち破ろう!
自衛隊の海外派兵軍化の動きは、「国際貢献」や「人道復興支援」や「米国との同盟関係の維持」などを口実に推し進められている。もちろん「国際貢献」や「人道復興支援」の欺瞞はいまさら指摘するまでもない。しかし、なぜ「米国との同盟」重視かとの問いには、「北朝鮮の脅威」が強調され、さらには「中国の脅威」をあげつらう風潮さえ現れ始めている。公然と中東の石油や東アジア海域の海底資源へのアクセス権の確保と強化を主張する声さえある。支配層の海外派兵や軍事強国化を合理化する理屈は、ますます公然たる「国益」論へと傾いていく様相を見せ始めている。
もちろんこの「国益」論に対しては、支配層の一部(重要な一部)から疑問と批判の声が上がっている。米国一辺倒の外交政策と軍事政策はむしろ中東やアジアの諸国との軋轢を生むだけだ、とりわけ日本の資本にとっての有望な巨大市場として成長しつつあるアジアを敵に回すことは愚の骨頂だ、むしろ真の「国益」はアジアとの関係の深化・拡大の中にある、というのである。
もちろん、彼らアジア派が、だからといって平和愛好家・軍拡消極派であるというわけではない。彼らもアジア派もまた、日米同盟一辺倒派とやや様相は異なるにせよ、強大な軍事力の信奉者である。アジアで経済権益を拡大していこうとすれば、アジアのスーパーパワーである中国とのしのぎ合いは避けられない、経済権益をめぐる駆け引きを優位に進める最終的な拠り所は軍事力とそれを背景にした政治的影響力である、と彼らもまた確信しているのである。
いま、自衛隊も政府も、サマワからオランダ軍が撤退することについて無念の思いを強めているといわれる。オランダ軍撤退後の自衛隊の安全を心配してのことではない。もし自衛隊に憲法9条の制約がないなら、オランダ軍や英軍など外国の軍隊に安全を守って貰わなくても、自分の武力でその任にあたれるはずだ、という無念さだというのである。新防衛大綱と新中期防は、その延長線上で憲法問題とも結びついているのである。
自衛隊は、海外派兵を主任務化し、国内の治安にも以前にも増して強力なにらみをきかせ始めている。支配層の利益を国の内外で暴力を持って貫徹するという資本の軍隊としての本性をますますあらわにしつつある。資本の暴力装置を無力化することができるのは、広範な労働者・民衆(軍服を着た労働者たる一般の兵士を含む)の団結した闘い以外にはない。国益論、権益論のエゴイズム、反社会性、反民衆性、そのうつろさを暴露し打ち破ることができるちからは、国境を越えた労働者・民衆の共同の闘いの他にはない。ともに進もう!
(阿部治正)
教育基本法を変える? なんでだろう〜Q&A6
Q6 学校区をなくして学校を自由に選べるようにするとか、少人数指導をもっとふやすとか、中高一貫校をもっとふやすとか、学校がずいぶん変わるみたいだけど、それっていいことなんじゃない?
東京の品川区では、小中学校の学区制をやめて学校選択制を導入してから、小学校は3年目、中学校は2年目を迎えました。最近は、統一学力テストの結果を公表して、学校間の競争に拍車をかけています。
公立高校の学区制も廃止の動きが進んでおり、東京では、今年から学区制を廃止して4つの進学重点校を設定するなど、エリート教育をいっそう推しすすめています。また中高一貫校がすでに各地で設置されていますが、これも事実上のエリート校となっているところが多いのです。
答申には、30人学級の実現は見当たりません。その代わり、習熟度別、はっきりいえば能力別に分けた少人数指導が強調されています。
それと同時に、教育投資の重点化、効率化ということがいわれています。投資といえば、それは必ず利潤を生み出すものでなくてはなりません。教育が利潤を生み出すためには、どこに予算が重点的に配分されるのでしょうか。それは大企業が「大競争」を勝ち抜いて利潤を生み出すのに必要なエリート養成のために重点的に配分されるしかありません。エリート以外の普通の子どもたちのための教育予算は、もっと貧しくなるでしょう。
現在の学習指導要領を作成したのは教育課程審議会です。その会長だった三浦朱門氏の次の発言は、いみじくも、答申の本質をついているのではないでしょうか。
「今まで落ちこぼれのために限りある予算とか教育を手間隙かけすぎて、エリートが育たなかった、これからは落ちこぼれのままで結構で、そのための金をエリートのために割り振る、エリートは100人に1人でいい、そのエリートがやがて国を引っ張っていってくれるだろう。非才、無才は、ただ実直な精神だけを養ってくれればいいのだ。
ゆとり教育というのは、ただできない奴を放ったらかしにして、できる奴だけを育てるエリート教育なんだけど、そういうふうにいうと今の世の中抵抗が多いから、ただ回りくどくいっただけだ。」
こうして個性重視の名のもとに、平等な教育ではなく、エリート教育を重点とした能力別教育がすすめられようとしているのです。ですから、いま学校が変えられようとしているのは、多くの子どもや親にとっては、いいこととはいえないのです。(「子どもと教科書全国ネット21」より)
私が住んでいる西宮市では、公立高校入試に総合選抜制をとっています。当日の試験だけでなく内申書評価を用いたこの制度の利点は、一定の学力に達していればもれなく合格し、高校間の格差を作らないという点です。しかし、校内10%以内に達していれば、理数コースという特別枠に入ることが出来る、そんな抜け道も用意されています。要するに、大学受験体制に組み込まれ予備校化した高校では、純粋に平等な教育は不可能ということなのでしょう。(恵)
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環境に対する犯罪!
日本の原子力行政について、その愚かさをはどれだけ指摘しても終わることはない。その愚かさの極致ともいうべき、日本原燃の核燃料再処理工場の稼動試験が、12月21日開始された。それが、すでに2兆円もの建設費(当初計画は7000億円)をつぎ込んでいるから引き返せない、というのではあまりにも情けない。
再処理に突入したらこの工場は19兆円もの巨費を必要とするのに、劣化ウランを使用する試験を止める勇気を持つものがいなかったのか。もちろん、稼動試験に入ったからといって必ず本核本格するとは限らないが、現状ではよほどの大きな抵抗力が働かない限り、既定方針の変更はないだろう。
現在、世界中で再処理工場が稼動しているのはイギリスとフランスだけで、いずれもその周辺では放射能汚染が進み、深刻な被害が発生している。原子力発電の稼動、使用済み核燃料や廃棄物の生産≠セけでも十分に環境破壊なのに、余計な再処理までするのはもう犯罪というほかない。
再処理工場は原発1年分の放射能を1日で放出するという。六ヶ所村の再処理工場も、100メートルもある排気塔からはトリチウムやクリプトン、ヨウ素などの放射能が環境にばらまかれる。北朝鮮やイラクの核開発が指弾されているが、米・英軍による劣化ウラン弾の使用や再処理施設の稼動などによる地球全体の核汚染が確実に進んでいる。この事実を看過してはならない。
核燃料サイクルをめぐるもうひとつの焦点、「もんじゅ」再稼動に向けた動きも見逃すことができない。12月2日、最高裁第一小法廷が国側の上告を受理し、2005年3月17日に弁論を開くことを決めた。これは、03年1月に国側が敗訴した「もんじゅ」設置許可訴訟の上告審であり、弁論が開かれることで住民勝訴の名古屋高裁金沢支部判決が見直される可能性が出てきた。
さらに12月15日、福井県議会予算特別委員会において、西川一誠福井県知事が質問に答えて次のような発言をおこなった。「これまで求めてきたことが一つ一つ解決に向かっている」「(核燃機構)統合後の新法人におけるもんじゅの位置付けが確認されたこと。エネルギー研究開発拠点化構想の概要が明らかになってきた段階で、もんじゅについての判断が行われると考えており、年が明ければそうした環境が整ってくるのではないか」(12月16日付「毎日新聞」)
この発言は「もんじゅ」改造工事の事前了解を行う環境が整ってきたというものだが、どんな環境≠ェ整ったのいうのか。それこそ、再処理工場の稼動のゴーサインを出した三村申悟青森県知事のように結論が先にあり、その上で原発利権を拡大するという目論見を遂げたということか。三村も西川も、それがどんなに危険な選択か考えてみようともしないのだ。
12月14日、原発の老朽化対策強化を経済産業省原子力安全・保安院が決めた。その3日前の11日、「神戸新聞」に「使用済み核燃料、先進国の現状と課題」という記事が1面の3分の2を使って掲載された。企画特集≠ニなっていて、新聞社独自のものなのか政府機関の後ろ盾があるのか不明だが、「次世代に負の遺産を残すな」としつつ、最終処分場を受け入れる自治体を公募中の国を後押しするような怪しげな特集≠ノなっている。
老朽化した原発の延命策と高レベル放射性廃棄物の最終処分地の確保、これらは日本の原子力政策にとって後門のトラといえよう。前門の狼は、もちろん先述した核燃料再処理工場の稼動と「もんじゅ」再稼動だ。進むも地獄なら、留まるのも地獄だ。廃炉にともなう原発の解体処理は実に頭の痛い問題であり、老朽原発の延命策は電力資本にとっても死活問題となっている。それがたとえ重大事故の可能性を強めるものであっても、延命による利益を優先する道をこの国は選択したのだ。
さて、こうした閉塞した原子力とは対照的に、4月に神戸発電所2号機を稼動させた神戸製鋼はそれを追い風とし、04年9月中間連結決算において売上高過去最高を更新している。川崎重工業(神戸市)は木質バイオマスで高効率発電に成功し、2007年ごろの実用化を目指すという。バイオマス発電では兵庫県内のパルプ工場も木くずを利用するバイオマス発電施設を完成させている。
もはや、いかなる角度から考察しても原発に未来はない。それに代わるエネルギー源は端緒についたばかりだが、可能性はある。その方向性は再生可能な自然エネルギーの活用であり、近場での適正規模の発電であり、効率化と省エネルギーである。これらは総て原発とは正反対のものであり、脱原発は不可避である。 (折口晴夫)
コラムの窓
新年の言葉・・・命こそ宝<ヌチドゥタカラ>
早いもので、もう新年を迎えました。読者の皆さん今年もよろしくお願いします。
昨年の新年は、小泉首相の自衛隊イラク派兵決定で幕を開けました。その後、イラク戦争の泥沼化、ブッシュの再選、それに追随する小泉のイラク派兵延長の決定等々、まさに戦争に振り回された1年間でした。
日本がイラク戦争に参戦している現実を直視し、今年もあらためて反戦の闘い=「戦争反対」の声を広めていかなければならないと、決意しています。
昨年12月の小泉首相のイラク派遣延長の説明は、相変わらずウソと詭弁でごまかしていました。多くの労働者・市民はイラク全土が戦争状態<米英軍との全面ゲリラ戦争に突入している>にあること、サマワが非戦闘地域であるなど考えられない、日本の自衛隊は安全ではない大変危険な状況だと認識していると思います。
昨年末の世論調査でも、イラク自衛隊派遣の延長について、「賛成が31%」で「反対が58%」でした。その反対の理由の一番多いのが、「派遣先が危険だからが28%」でした。また、小泉首相が派遣延長の説明責任を果たしていると思いますかとの質問に対して、「76%の人が果たしていない」と答えています。
こうした多くの反対意見がありながら、なぜ小泉らはイラク自衛隊派遣にこだわっているのか?それは、今の自衛隊を本当の「軍隊」に変えていこうと決意しているからだと考えます。本当の「軍隊」とは、戦傷者が出ても敵を殺すことのできる集団のことです。自衛官ではなく、「軍人」に変えていくための訓練、それが派遣の目的だと言えます。
自衛隊の第1次・第2次派遣は北海道の部隊が中心でした。そして、第3次・第4次派遣は東北の部隊が中心になっています。さらに、今年の2月に派遣される第5次部隊は名古屋を中心とする部隊となります。
「週刊金曜日」にも、「皮膚感覚は大切だ。たとえば、なんとなく最近、『お巡りさん』が『警官』になった気がする。顔付き、言葉付きがいやに剣呑としてきた。たとえば、『自衛隊員』に『軍人』の雰囲気が出てきた。」と書かれています。まったくそのとおりだと思います。
小泉のウソ=「人道支援だ、非戦闘地域だ」の説明のもと、日本の自衛隊は確実にイラク戦争に参加し米軍を支援しています。
輸送機を派遣している航空自衛隊の任務は、米軍兵士と米軍の物資を輸送してイラク戦争を支えている事、これが事実です。最近も、自衛隊輸送機が米軍のどんな物資を運んでいるのか?まったく知らされていないまま飛んでいる、との新聞記事が出ていました。
「テロ特措法」でペルシャ湾に派遣された海上自衛隊も、各国の艦船の燃料補給という名目で活動を展開しています。しかし実際はアフガン・イラク戦争を展開している米艦にきわめて効果的な支援をしているのが事実です。
そして、1日1億円もの巨額の税金を使い、重武装の陸上自衛隊をイラクに派兵しています。
これらの活動は軍事用語で言えば、「補給路の確保」であり、まさに「後方支援」です。これは、イラク戦争への参戦を意味しています。この軍事行動を見ている相手側からすれば、「補給路をたたく」という作戦を考えるのは当然のことになります。
今現在、中東・イラクに存在した親日的感情は消え去り、自衛隊は「占領軍」、日本人は敵国民という意識へと変わりつつあります。
しかし幸いなことに、まだ日本の自衛隊員に戦死者は出ていません。しかし、イラクではすでにもう5人もの日本人犠牲者が出ています。
さらに怖いのは、自衛隊がイラクの人々を殺傷してしまう可能性が高いことです。人を殺す・敵を倒すこと、そして殺すことに慣れていく事、自衛隊が人殺し集団になっていく事、すなわち「軍人」になっていく事、それが一番怖いことだと思います。
ご存知のように、戦後自衛隊からは戦死者は1人も出ていません。同時に自衛隊は1人も人を殺していません。この事は大変重要な意味を持ちます。軍隊を持つ他の国では考えられないことです。
こうした事が可能だったのは、言うまでもなく私たちの平和憲法=第9条の存在が大きな意味を持っていました。だからこそ、今自民党をはじめとする反動勢力は、自衛隊を「軍隊」に変えるために、憲法改正に乗りだしているのです。
沖縄には「命こそ宝」と言う反戦言葉があります。沖縄の歴史、薩摩や大和の支配、沖縄戦、米軍の支配による沖縄民衆の悲惨な歴史の中から出てきた言葉です。
また、沖縄の伊江島で米軍と闘った阿波根昌鴻さんは次のようなメッセージを残しています。「われわれは、先祖の畑を米軍から奪還するが、それで万事めでたしというものではない。軍隊というものを認める体制があるかぎり、この闘いは終わらない」と。
この05年は反戦運動にとっても大変重要な1年になると思われます。軍隊も戦争も必要としない世界をめざし、粘り強く闘いましょう!(英)
物流労働者の連携を
――郵政民営化を考える―― 〈1〉
新聞やテレビのニュースで流れない日は少ないと思える程、昨年は郵政民営化に関する情報が垂れ流された。それというのも郵政民営化を構造改革の本丸だと位置づけてきた小泉内閣が、06年の任期切れを前にして矢継ぎ早に郵政民営化の段取りを進め、今年3月には郵政民営化法案を提出するという政治日程が組まれたからだ。
ところが、小泉首相が構造改革の一枚看板に掲げてきた郵政民営化も、どの世論調査でも民営化の緊急性はそれほど無いという結果が出ている。国民と小泉首相の認識のギャップは深い。それでも小泉首相も「はじめに民営化ありき」の強硬路線を突っ走っている。
小泉首相の突出が目立つ郵政民営化問題だが、これにどう対決していくのかという課題については、今後の労働者の闘いのあり方に関わる課題も含まれている。今回は郵政民営化の意味合いを考え、後半ではそれにいかに闘っていくべきかを考えてみたい。
■固まった07年の民営化
郵政民営化問題については、新聞やテレビですでに消化しきれない程の情報が垂れ流されているので、ここでは簡単に振り返るに止めたい。
昨年7月の参議院選挙を終え、郵政民営化に走り出した小泉首相は、まず8月6日の経済財政諮問会議で郵政民営化基本方針(骨子)を発表し、9月10日には郵政民営化基本方針を閣議決定した。その主な内容は以下の通りだ。
○組織形態――政府全額出資(スタート時)の持ち株会社の下に、窓口会社を加えて郵便・貯金・保険の4株式会社に分割する。株式は17年3月までに3分の2は売却、国は3分の一を保有
○サービス――郵便は全国均一サービスを義務づけ、優遇措置も検討。貯保は義務づけなし。
○政府保証――民営貯保の新規契約部分は保証なし。既契約分は「公社勘定」として分離して新設の公社継承法人が管理。政府補償を継続。
○労働者の雇用関係――公社職員は民営化時点で国家公務員の身分を離れる。
この他に、07年4月の時点で4会社に分離した形でスタートするのか、あるいは個々の労働者がどの会社の属するのか、等々、まだ固まっていないものも多い。それがどう決着するか、まだ分からない。が、ともあれ今年の2〜3月には郵政民営化法案が国会に提出され、今年秋か、来年早々には国会の舞台で決着が付く。
■妥協に向かう小泉改革
小泉首相が構造改革の一枚看板に掲げ、9月の新内閣発足に当たっては郵政改革シフトとも言われた布陣を敷き、抵抗勢力には解散の脅しを掛けながら突き進んできたかに見えた郵政民営化も、ここにきて妥協の様相を見せ始めている。
当初、小泉首相が郵政民営化を掲げてきた目的はどのようなものだったのだろうか。
その最大の目的は、道路公団など特殊法人改革、それに公的金融の縮小による金融システム全般の正常化、にあったはずである。公社・公団などの事業法人や各種公庫などの公的金融機関は、市場原理が機能しない財政投融資資金を使えることで非効率で採算を度外視した事業で巨額の負債を抱え込んできた。資金の元栓を止めることでそれらを再編・縮小していく、というのが当初の大きな目標だった。
ところが、郵政民営化法案づくりの最後の場面にきて、それらの特殊法人改革、公的金融改革で尻抜けを画策する動きも目立ってきた。そのことについては後でも触れるが、かわって前面に出ているのが事業会社の分割問題など経営形態問題だ。
国鉄の分割民営化の時も経営形態問題が大きな争点になったが、現時点での郵政事業の場合は当時の国鉄が直面していた問題とはかなり様相が違っている。
当時の国鉄は慢性的な赤字体質から抜け出せず、87年に民営化される時点では25兆5千億円もの借金があり、その解消のめどが立たないというせっぱ詰まった事情があった。98年に国鉄清算事業団を整理した時点では、多くの国鉄所有地を売り飛ばしたにもかかわらず、借金は28兆3千億円にもふくらみ、最終的にそのうち24兆2千億円を国が肩代わりした。結局、国鉄の場合には、国鉄が抱えた巨額の負債を国民に転嫁するための壮大な仕掛けとして分割民営化が強行されることになったわけだ。
が、郵政公社の場合はここ数年、料金値上げなしでも独立採算でやってきており、また国鉄のような巨額の負債もない。この間、効率化施策(人件費カットが中心!)などでコストダウンをはかり、また宅配会社のはじめたクレジットカード配達を官の威光をタテに止めさせたケースのように、えげつない排除策動などで取り扱い物数を減らさずにすませたからだ。だから国鉄のように今すぐ経営形態を変える大手術の必要性はないはずだ。
大義名分に欠けるから、小泉首相は郵政民営化は郵便局を無くすわけではないと釈明を繰り返し、なんとか郵政民営化の実現にこぎ着けたいと焦っている。当初、過疎地の郵便局の廃止などで地方の切り捨てになる、との声が郵政民営化に反対する地方から強かった。それがいまでは削減されるのは都市部の郵便局窓口で、地方の郵便局は大幅には削減されず、基本的には維持されることになっている。具体的には「窓口の設置基準」をつくるなどで過疎地での郵便局維持で努力義務を課すことを基本に、自治体との協力業務や郵便局のコンビニ化などで、むしろ地方での肥大化につながるような方向で議論されている。それに郵便局員も国家公務員である必要はないとさんざん言ってきたにもかかわらず、何らかの見なし公務員という中途半端な身分を作ろうとしている。実際には民営化で郵便局が減ることや、労働者には義務だけが課されて権利が規制されるのは避けられないが、その目くらまし策が声高に語られているわけだ。
郵便事業への新規参入が問題になった01年の公社化の時も、ポスト数の設置基準を全国で10万カ所にすることで宅配業者の参入を断念させたように、規制緩和や競争原理の導入によって事業の効率化を図るという当初の小泉首相の立場からすれば、窓口設置基準や全国均一サービスの維持などを法律で規制することは、明らかに逆行する内容である。規制は優遇策と裏腹なものだし、また利権の発生源になる。それらを承知で妥協に走っているわけで、世論や郵政族への譲歩と取られても仕方がないものだ。
要は、小泉首相にとってもはや民営化の実績づくりだけが目的であって、当初掲げた目的は二の次、三の次になってしまった。郵政民営化の「名」を取って成果としたい首相に対して、郵政族は支持基盤としての特定郵便局長組織との持ちつ持たれつの「郵政一家」の関係を維持し様々な利権を温存するという「実」を取れればいい、というわけだ。道路公団と同じで、またしても「大山鳴動してネズミ一匹」が繰り返されようとしている。
■雇用合理化だけは進む
小泉首相が強行する郵政民営化が、ここにきて当初の目的が霞んで実績づくりの妥協に走っているからといって、何も変わっていないということではない。大きく変わっているのが郵便貯金や簡易保険が原資となってきた財政投融資を取り巻く状況や郵便局職場で進んだ雇用構造の変化である。最初に郵便職場を中心に郵便局職場の変化をざっと振り返っておきたい。
郵便局職場ではこの10年程の間で進められた「民営化なき民営化」路線の結果、労働環境は大きく変わってきた。
例を挙げればその一つは、職員の人事・処遇制度の変化だ。
郵便局は01年に郵政事業庁に改変、03年の「改革」では公社化された。その過程で民間並みの人事・処遇制度が導入された。昇格・昇級制度では、他の公務員並みの職務職階級とういう年功的処遇に変わって、管理者による人事評価を基準に昇級・昇格するという新人事・処遇制度が導入された。中高年を中心に賃金カットもおこなわれ、その分が一部の役職者・評価優良者に配分されることになるなど、民間並みの人事評価制度が導入された。まだこれによって職員同士の関係が劇的に変わったとはいえないが、人事・処遇制度の変更はボディブローのようにじわじわと効いてくることは間違いない。
二つ目は、雇用構造の激変だ。
すでに民間でも長期・安定雇用から短期・不安定雇用へのシフトは進んでいるが、郵便局職場も例外ではなくなった。いまでは正規職員は30万人から27万人へと、この10年ほどで3万人も削減されている。今では郵便職場を中心として、短時間職員5000人(8時間換算)と「ユウメイト」と呼ばれる非常勤職員が10万人(同)も雇用されている。特大局などでは業務運行の基幹部分は基本的にユウメイトが担っており、正規職員は窓口など一部の部署に縮小されている。小包郵便物配達の外部委託、トラック輸送業務の外部委託などを併せると、すでに郵便職場のかなりの部分を民間業者や非常勤職員という不安定雇用に置き換えられている。少なくとも人事・雇用面で見る限り、郵便局職場はすでに民間と大差ない状態だ。
三つ目は職場の雰囲気の変化だ。
郵便局職場ではすでに「民営化なき民営化」路線のもとで、徐々にではあるが着実に民間並みの企業意識が浸透させられてきた。これは赤字体質から抜け出せないと民営化の圧力が強まるという、ここ数年の労使一体となった有言・無言の圧力を背景にして浸透してきた結果だ。いまでは「お客を宅配便に取られる」とか、「採算に合わない」などという言葉も職場で聞かれるようになり、かつてのように独占にあぐらをかいていると非難された時代とは様変わりだ。これは言い換えれば、職場で管理者側と組合側がともに相対峙してきた労使関係・職場関係から、業務と管理者を中心に運営される職場関係への転換ともいえる。
これらの変化はほんの一例であるが、すでに郵政公社の現状にあっても限りなく民間企業化されているのが郵便局職場の現状だ。こうした職場の変化は、郵便局が民営化されればさらに急速に進むことになる。
■郵貯・銀行の100年戦争の帰趨
すでに触れたように、小泉首相にとって郵政民営化は構造改革の「本丸」であり、また日本の金融システムの健全化が目的だった。こうした大義名分には二つの側面がある。一つは新自由主義路線に基づく規制緩和による非効率分野の効率的な産業への再編という財界からの要請、二つめは民業圧迫を主張していた銀行業界からの要請だ。
最初に銀行業界の郵政民営化論を振り返ってみたい。
銀行業界からの郵政民営化の圧力は「郵貯・銀行の100年戦争」と言われてきたように、何も今に始まったことではない。このたとえのように銀行業界は、ことあるごとに巨大な官営銀行による民間金融市場の圧迫論を主張してきた。郵貯は法人税や預金保険機構の負担を免れ、あるいは預金の全額政府保証という武器によって民間がまねの出来ない半年複利の定額預金で過大な資金を吸収してきて銀行を圧迫している、というわけだ。が、国営金融機関として預金者に民間以上の利子を保証するのは何も日本に限ったことではない。ドイツの貯蓄銀行を見るまでもなく、労働者の財形貯蓄などに割り増しの利息を保証している国は西欧にも多い。だからドイツやフランスでは公的金融機関が個人預金者の占める比率は日本以上に高いのだ。銀行業界による郵貯批判は、自分たちが小口預金者を大事に扱ってこなかったことを自白するようなものでしかない。
また法人税や預金保険機構への受託金問題についても、最高預け入れ限度額の設定や、社会政策上の割引郵便物など郵政事業が法的に義務づけられている見返りとしての優遇措置だ。それに理論上は利潤を含まない相対的に低い通信・物流コストによって、企業の共通経費が割引されるという見えない費用効果で相殺されていると考えることもできる。ここでも銀行業界の批判はご都合主義的な論理でしかなかった。
それにも増して、銀行業界の郵貯批判には手前勝手な業界エゴが目立った。自分たちは暴利を求めて闇社会とも結託しながら不動産投機に走り、その結果生じた巨額の不良債権を抱えて「公的資金」のお世話になってきた。さらには意図的な低金利政策のもとでの実質ゼロ金利の資金調達を受け入れながら不良債権の削減に追いまくられている銀行業界に,官業の圧迫と批判する資格などあるはずもない。自分たちも長年にわたって護送船団方式という親方日の丸的な業界擁護システムに安住してきたのだ。
しかも郵政民営化を求めていながら、いざ郵貯が民営化されて巨大な民間金融機関が生まれる段になると、郵貯は事業別だけではなく、地域的にも分割すべきだと主張し、郵政民営化に逆の焦りまくっている有様である。挙げ句の果てはあれほど郵貯を敵視していたにもかかわらず、いまではATMの相互運用などで郵貯との連携に走り、一時の郵貯批判はなりを潜めている有様だ。
銀行業界の郵貯批判は、これらのことを振り返っただけでも説得力に欠けるが、それでも中・長期的な資金調達先として庶民の小口金融分野を開拓していく必要性は拡大しているのが実情だ。その場合にはその引受先になってきた郵貯の牙城を切り崩す郵政民営化はなんとしても実現すべき課題であることは変わりはない。 (次号に続く) 案内へもどる
日本資本主義の構造と特質とは何か―野口悠紀雄『194〇年体制』を検討の素材に
『[新版]194〇年体制 さらば戦時経済』の構成
この著作は、一九九五年初版であり、二〇〇二年に新版が出版された。新版の最終章としてこの七年間での経済体制の変化と本著作の意義を考える内容が付け加えられている。
野口悠紀雄氏が書いた結論は、「世界経済の大きな変化にこの態勢が対応しえないことは、ますます明確になった。経済活性化のキーは、日本経済の基本を規定する四〇年体制からの脱却にある」というものだ。まさに新年に読むにふさわしい著作ではないか。
ここでこの本の構成を紹介すると、第一章われらが出生の秘密 1残存する戦時体制 2総力戦遂行のための一九四〇年体制 3連続説対不連続説 第二章四〇年体制の確立(1)―企業と金融 1日本型企業の形成 2統制的金融制度の確立 第三章四〇年体制の確立(2)―官僚体制 1官僚統制の導入 2官僚の思想基盤の形成 3直接税中心の中央集権的税制度の確立 第四章四〇年体制の確立(3)―土地改革 1「借地・農地法」の強化 2農地改革を準備した四〇年体制 第五章終戦時における連続性―戦後改革とその評価 1戦後改革 2なぜ四〇年体制が生き残ったか 3逆コース 第六章高度成長と四〇年体制(1)―企業と金融 1成長のエンジンとなった「日本型企業」 2金融統制による資源配分 3産業政策は有効だったのか 4財政―小さな政府へ 5高度成長のメカニズム 第七章高度成長と四〇年体制(2)―摩擦調整 1官僚の役割―摩擦の調整 2財政の役割―低生産性部門への補助 3戦後日本の土地制度 4戦後日本の政治と土地制度 第八章四〇年体制の基本的理念 1生産者優先主義 2競争否定 3経済政策を変えられるか 第九章変化した環境・変わらぬ体制 1高度成長後も残った四〇年体制 2九〇年代の条件変化と改革の必要性 3経済改革の方向付け 4改革の桎梏となる四〇年体制 第一〇章未来に向けての選択 1政策理念不在の政治 2四〇年体制へと逆行する政治 求められる理念の対決 4福祉についての政策理念の対決 第一一章現時点での一九四〇年体制 1一九四〇年体制再論 2四〇年体制のコアは不変 3四〇年体制がなぜ問題なのか 4本当の構造改革とは何か というものである。
この構成によって、野口氏は日本資本主義の構造と特質を見事に解明したのである。
1940年体制の特徴と基本的理念
それでは野口氏の主張に耳を傾けてみようではないか。
野口氏が問題にしている「一九四〇年体制」論とは、端的に言えば一九四〇年頃に導入された「戦時経済体制」に戦後日本資本主義の発展・衰退の基礎があるということである。
今から六年前の一九九八年四月一日、日本銀行法はやっと改正され、新法が成立した。この背景には、大蔵省のノーパンしゃぶしゃぶ事件のようなスキャンダルの発覚により、大蔵省の巨大な権威と権力が崩壊していったことが挙げられる。そして、同年一二月には証券取引法が改正され、証券業界もそれまでの免許制から登録制へと移行したのである。
こうして戦後の金融業界と金融行政を特徴づけた「護送船団方式」は解体していった。逆に言えば、この時まで、土地担保による貸し付け・間接金融・終身雇用等々の特徴を持つ日本資本主義は世界の資本主義との違いは歴然としていたのである。
では、一九九八年まで通用していた日銀法旧法とはどんなものだったのか。核心を紹介する。「第一条 日本銀行ハ国家経済総力ノ適切ナル発揮ヲ図ル為国家ノ政策ニ即シ通貨ノ調整、金融ノ調整及信用制度ノ保持育成ニ任ズルヲ以テ目的トス 第二条 日本銀行ハ専ラ国家目的ノ達成ヲ使命トシテ運営セラルベシ」。何とも仰々しい国家経済総力の発揮や国家目的等の文言、私たちはこれが古文書ではないと認識する必要がある。
野口氏は、日本の金融制度の基本法が、ナチス・ドイツのライヒスバンク法に範をとって制定されたばかりか、戦後五〇年の今も通用していることほど日本を象徴的にあらわしているものはないと断言する。未曾有の経済成長を経験しながら銀行業界のみが戦時中に統合された六一行体制を守ったことも驚くべき事実であったと野口氏は強調もした。
戦後日本経済再建のためな傾斜生産方式は実施されたが、それが可能であったのは、きわめて単純化して言えば、第一に「戦時体制」下の日本型企業の誕生による終身雇用制と年功序列賃金体系と密接不可分な企業別労働組合と軍需産業増産のための緊急措置から導入された下請け制度、第二に株式による資金調達という直接金融ではなく間接金融システムへの転換、第三に戦時中の企画院に象徴されたような官僚体制の政治家や財界に対する不信感と産業政策の実行があったからこそだと野口氏は指摘する。
そして、経済運営に当たっての生産者優先主義・共同体としての生産組織・競争否定の平等共生哲学が基本的理念となっていると野口氏は指摘するのである。
小泉内閣の唱える構造改革とは何か
ここで誕生以来、一貫して構造改革を訴え、できなければ自民党をぶっ壊すと公言して止まなかった小泉内閣の言う構造改革とは一体どういうものなのかを確認しておこう。
私などは完全といって良いほど幻惑されてしまったが、旧田中派や橋本派に代表される業界と骨がらみになっている利権政治の打破を、半信半疑ながらも、小泉はやるものだとばかり考えていた。もちろん充分にはできないだろうとは考えてはいたものの旧田中派や橋本派支配によって生じた自民党の危機を福田派が党内革命を断行することで回避しようとしていると私は誤認したのである。
しかしこれは全くの見かけだけのことだった。小泉にはいかなる体系的かつ基本的な理念もまったくないことが、この間の小泉政治で証明されてしまった。未だに小泉が本当は何をしたいのかが分からないというという経済界の声が聞こえる。そのとおり、小泉は「」構造改革なくして成長なし」とスローガンは言うものの、その実態は、破産した道路公団民営化の実態を見れば明らかなようにすべて官僚らに丸投げしていたのだ。したがって、現在声高に叫ばれている郵政民営化も単なる目くらましをするだけのことだとのうがった解説もある。小泉は自民党党内の「抵抗勢力」に包囲されたままなのである。
確かに特殊法人の整理や公社・公団の整理はちっとも進まず、政治家の利権の巣窟にもほとんど手は付けられてはいない。アメリカ流の弱肉強食の市場原理至上主義の下、この間日本資本主義の底辺を支えてきた労働市場は、悲惨にも過剰なまでに流動化してきた。
労働組合の組織率が低くなって闘争力がなくなったことや折からの不良債権処理の加速化の中で倒産の増加や金融・生保業界での加速化した人員整理と相俟って、各企業は生き残りを懸けて雇用の調整を始めた。その結果、各企業における正規社員を甚だしく減少させ、それにかわって契約社員や派遣社員という労働力の階層化を極端な形とスピードで推し進めている。その端的な例として、つい最近まではカルロス・ゴーンは日産中興の恩人ともてはやされてきたが、今や必要な熟練労働者まで切り捨てて成功したカットマンでしかなかったと言われ始めている。こうしたリストラの重圧は若年層に一段と厳しく辛いものになっており、失業率は社会的平均の数倍ではないかとまで言われているのである。
まさしく、現在の日本資本主義は、一部の資本家達自身が将来に危機感を持つほどの理念なき労働市場の流動化が現出するまでに、労働者の雇用の荒廃が進んできたのである。
こうしたことを見れば、小泉内閣が口ではともかくとして、実際にやっていることは、日本資本主義の構造改革ではなく、従来の日本型労働市場と日本型企業の構造破壊によるアメリカ流の労働市場と企業の創出であることが分かる。企業倒産が続いていることをどう思うかと新聞記者に問われて、小泉は構造改革が進んできたからだと言い放った。
ここで改めて確認するまでもなく、本来皆が問題にしている構造改革とは、日本資本主義全体の産業構造をどのような目的意識を持って、摩擦を最小限に抑えて代えていくのかという問題であったことは明白である。したがって私たちが確認できることは、小泉は構造改革の名に値することなど実際は何も行っていないというこの冷徹な事実なのである。
真の構造改革とは何か
四〇年体制のもとで、戦後日本は、六〇年代に高度経済成長と七〇年代に経済大国化が可能であった。少し石油ショックで躓いたが、体勢を立て直しさらに発展していった日本の未来は八〇年代には順風満帆だと思われていた。空前の経済繁栄とプラザ合意以降のバブル経済発生と崩壊の後、つまり九〇年代の前半に突然に制度疲労はやってきたのである。
野口氏は、石油ショックの時、それまでの経済成長を踏まえて日本資本主義は構造改革しなければならなかった。まさに客観的にはこのことが要請されていた。しかし実際取った行動は、皮肉にも、新たな国難の石油危機に対する防衛のための再総力戦であった。これにより、「一九四〇年体制」の基本的理念である生産者第一主義・会社中心主義・労使協調路線は、一段と強化されていった。こうして訪れた一大チャンスは見逃された。
このころ野口氏は「大蔵省・日銀王朝の分析―総力戦経済体制の終焉」を書き上げ、戦時体制からの脱却を訴えていた。石油危機を乗り越えた日本資本主義は、日本型システムに対する手放しの賛美を繰り返すようになり、野口氏らの指摘に従って構造改革に着手しようとする芽は摘まれてしまった。
ではこの時野口氏の指摘した構造改革とはどんなものであったのか。彼は、大量生産の消費財の製造業中心から新しいリーディング・インダストリーを中軸とする産業構造の転換を訴え、アジアとの新しい分業関係の構築によって国際間の労働者の雇用問題の解決を展望した。さらに、国民生活のレベルで言えば、大都市における生活関連社会資本の整備と農業・流通業・サービス業などの低生産性の改善であり、端的に言えば国内産業防衛のため円高対策にシフトするよりも、円高のメリットを活用するシステム仕組みを導入すること、つまり国内重視の経済対策を取るのではなく、国際的に開かれた経済対策を取るべきだと野口氏は今しなければならない構造改革を方向付けたのである。
しかし四〇年体制は当然にもこの改革の桎梏になる。この桎梏を打ち破るには、端的に言えば、企業間の移動を可能にする雇用構造と間接金融と土地問題の根本的解決が不可避だと彼は結論する。野口氏の改革案は、ここからさらに詳しく展開されていくが、私たちは、ここで彼とは別れを告げる。野口氏と私たちは立場がまったく違うからだ。
彼は資本主義存続の立場から様々に立論する。しかし私たちは全く反対の立場にいる。為政者が期待するような対案は私たちにはない。なぜなら私たちは、日本資本主義にとどまらず資本主義主義一般が行き詰まるのには必然性があると考えているからである。
資本主義を行き詰まりに追い込む根本的基盤・限界となる資本・賃労働関係を、単なる制限として基本的に揚棄していくことが、今後なによりも問われている実践的な課題だと私たちは認識しているのである。
はっきりと書けば資本・賃労働関係を基本的に揚棄して社会・政治革命を成し遂げ、自由で自律した労働する個々人が連帯することにより誕生してくるアソシエーション社会こそ、私たちがめざす新しい社会だと考える。そしてこれこそが私たちが考え、言葉本来の意味においても、近い将来勝ち取らなければならない真の構造改革だと私たちは宣言する。しかしここまでおつきあいしてきた彼の本は、今後とも私たちが様々な観点から、様々な研究を可能する素材となる現実性があることを再度確認して筆を置くことにする。(直)
色鉛筆ー「ゆとり教育」で学力低下?
日本の高校生の学力低下が明らかになり、明治以来「知恵・知力」を最大の「資源」としてきた日本教育が大きな曲がり角に立たされているなどと、騒がれています。調査は、昨年世界40ヵ国で義務教育を終えた15歳を対象にしたもので、いわゆる「生きる力」のテスト。なかでも、読解力が8位から14位に大きく下がり、読書離れとメールのやりとりに原因があるかのような評価です。
その後、小中生も基礎学力低下が分かり、教育関係者や文部科学省は「ゆとり教育」の見直しを言い出しています。小学4年生の理科の問題では、同じ積み木をそれぞれ3通りの置き方で、はかりに乗せてその重さを比べるというものです。積み木が、横向き、上向き、縦向きで重さが変わるのか、という問いかけで生活常識的問題というものだそうです。正答率は国際平均が72%、日本は66%と低い。そもそも、単純に原因を考えると日常的に、はかりを使う経験が無いからと思うのですが・・・
読書離れは、子どもだけの現象ではなく大人も含め毎日の生活で、テレビを見る時間が増えていることが影響していると思います。本を読むことで得られるものは、ただ学習面からだけでなく集中力、想像力など自分にとって充実した人生を用意してくれるはずです。読書の楽しさを伝えていくのは、学校での授業だけに求めるのではなく、子どもに関わっている大人の姿勢にあると言えるでしょう。
毎週土曜日が休みになり、自分の時間が持てることは、「心のゆとり」を作ってくれます。のんびり過ごしたり、友達と遊んだりと仲間づくりにも、有効です。知識だけの詰め込み教育の反省から生まれた「ゆとり教育」、やっと定着し地域でも催し物が行なわれています。学力調査結果ばかりにとらわれずに、友達がどれだけ増えたとか、こんな体験をしてこれが出来るようになったとか、そんな調査を子どもたちにやってほしい。
「出来る子」とそうでない子との学力差がさらに広がった今回の調査。これは、文部科学省の意図したものだったのではないか。一部のエリートを育て、日本の将来を託すこと、それだったら、全体の学力低下など問題ないのではないか。そんな皮肉なことを考えながら、今年も色鉛筆を書き始めました。皆さん、今年もよろしくお願いします。(恵)案内へもどる
読書室
『痴呆を生きるということ』 岩波新書 小澤 勲 著 当事者や寄り添う者の声に耳を
痴呆症に対するの関心がここ2〜3年で高くなりました。新聞やテレビなどで取り上げられることも多くなり、身近な人達が痴呆症を患ったり、痴呆症の家族の介護をしていると言う話もよく聞きます。でも、まだ痴呆症についての正しい理解が十分に浸透しているとは言いがたい状況です。
「医学のどんな理論でも何が私の中で起こっているのかわからない。何ヶ月か過ぎるごとに、また別の私が失われていくのを感じる。私の人生…自分自身が…が、だんだんなくなってしまった。いつか目が覚めたら何にも考えられなくなっている日が来るだろう。自分がいったい誰なのかと言うことさえも。誰もが人はいつか死ぬものだと思っている。しかし、からだが死ぬ前に、自分自身が死んでしまうなんて、いったい誰がそんなことを考えられるというのか。」これはドナ・コーエンとカール・アイスドーファーの著書『失なわれ行く自己』の一節で、70歳でなくなったアルツハイマー病のジェームズ・トマスという人の日記の一文です。
元オーストラリア政府高官で痴呆の当事者として始めて国際アルツハイマー病協会の理事になったクリスティーン・ブライアン氏は、自らの痴呆の体験を「私は誰になっていくの」という著書にしています。最近『私は私になっていく』と言う本も出されています。彼女は各国を訪問し痴呆の人がどのような体験をしているのか、どのような生活の困難を感じているのかを話し、政策やケアの内容を始めとする様々な決定に本人が参画することの意義を訴えています。2004年10月に京都で行なわれた国際アルツハイマー病協会国際会議で痴呆症の前田氏と手嶋氏が自らの体験を語り、痴呆症に対する周囲の偏見を取り除いてほしいと訴えました。このように痴呆症の当事者の発言を聞く機会が増え、痴呆症に対する誤解や偏見を解消しようとする気運も高まっています。2005年より「痴呆症」という呼称も「認知症」と改められるようになりました。
私は、「痴呆症につい知りたいので、何か良い本はないか」と聞かれた時には、左記のクリスティーン氏の著書か小澤勲著の「痴呆を生きるということ」を読むことを勧めています。
小澤氏は医師として20年以上も痴呆性高齢者に関わってきた人です。彼は「私もまた長年、精神科医として、精神病院で、あるいは老人保健施設で痴呆のケアにあたってきて、『ぼけても安心』とか『楽しくぼける』などと、あまりに楽観的に痴呆を語ることはできない。しかし、死の傍に立ってではなく、生の側から光をあてたいとも考えてきた。そして、彼らの、あるいは彼らとともに生きてきた人達の、不思議に透明な笑顔と出会うことで、私たち痴呆ケアにあたるものが、逆に励まされ、癒され続けてきた。そのなかで、痴呆を病む人達の心が、ようやく、ほんの少し見えてきた」と語っています。私自身も痴呆性高齢者のケアに長く関わってきました。その際、彼らの混乱や不安などによく出会いました。「分からないのよ」、「馬鹿になっちゃったのよ」、「知ってる人が誰もいないのよ」。「怖いのよ」、「帰して…」など、今でも不安そうに訴えてきた彼らの悲しそうな声を思い出します。
この本の第二章に「私小説にみる痴呆老人の世界―耕治人を読む」と言う部分があります。小説家であり詩人でもある耕治人が晩年に痴呆を病む妻を描いた三部作(『天井から降る哀しい音』、『どんなご縁で』、『そうかもしれない』が紹介されています。耕治人は売れない詩や小説を書いていましたが、戦争中、自分の罪を免れようとして無関係な彼を不穏分子として密告した知人のために留置場に入れられます。彼の妻は差し入れに通います。彼が62歳のとき不動産のことで争いごとに巻き込まれます。しかもその相手は恩師である川端康成だったので、彼は極端に不安定な状態に陥り精神病院に入院し、その後もうつ状態となります。そのような彼を支え続けてきたのが彼女でした。二人には子どもがなかったので歳をとってからは寄り添うように日々を過ごしていたのですが、彼女に痴呆症状が現れてきます。痴呆症状が進み、買い物もいけなくなり、料理をしてはなべを焦がすことが多くなります、「異様なにおいがあたりに流れてきたのを感じた。急いで台所に行くと、なべはジリジリ怒ったような音を立てている。『早くガスを消しなさい、なにしてるんだ』家内はニコニコしている。私は不気味になり、あわて、ガスを止めた。…無性に腹が立ち、『何度焦がせばいいんだ』とわけのわからぬことを、隣近所に聞こえるような声で怒鳴った。家内は『ごめんなさい』ともの柔らかくいったが、目は坐り、顔色は変わっている。私は後悔したが、家内はそのあと料理をこしらえたいとは言わなくなった」。
彼女は彼の世話をしようとして、小火を出したり、夜中に食事を作ったり、徘徊をしたり、失禁をしたりと、痴呆症が進行し一人にはしておけない状態にまでなっていく。
ベッド脇で転倒をして失禁している場面での一節です。「ドスンと大きな音で醒めた。電灯をつけたら、二つのベッドの間に落ちている。…両脇に手を入れ、起こしにかかった。重くて、抱き上げられない。起きる気がないのだ。…『起きなさい。いま体を拭いてあげるからね』…手拭を絞り、家内の腰から足のつめ先まで拭きはじめた。家内はその私を見ていたが、『どんなご縁で、あなたにこんなことを』と呟いた。」
痴呆症を理解する一助となる本として、推薦します。 (Y)
矛盾深める資本の世界に、リアリティあるオルタナティブを対置していこう
ソ連圏の崩壊、東西対立溶解以降の世界は、それ以前にも増して対立と混乱に満ちた世界、労働者・民衆にとって災厄に満ちた世界であることがますます明らかになりつつある。吹き荒れる新自由主義的グローバリゼイションは大量失業・低賃金・セーフティネットの荒廃を生み出し、グローバリゼイションにおける勝者の地位を揺るぎないものにしようとする米国の野望は戦乱と大量破壊・大量殺戮をもたらしている。
日本の小泉首相は、米国の巨大な覇権に寄り添いつつ自らを国際競争での勝ち組国家に押し上げようと、国家・自治体の大リストラ、金融再編、雇用流動化を進め、軍事強国化をめざしている。
これらの動きの背景には、情報革命に象徴される新たな技術革新の下での生産、交通運輸、情報通信の全地球を覆うネットワーク化の進展、地球を股にかけた巨大な多国籍企業の成長、アジアNIESやBRICSの発展が拍車をかける資源争奪戦などがある。各国の支配層は、こうした新たな競争条件の中で、自らの利益と生き残りをかけて、経済・政治・軍事のあらゆる領域で激しい争いを演じているのである。
もちろん、いつの時代も現実の世界を底辺で支え動かしているのはその時代の労働者や民衆である。しかし現状はというと、労働者や民衆は、この世界の動向を規定し左右する自覚的な社会的・政治的勢力としては、いまだ登場し得ていない。我々は、自律的な意識的な力としてはまだ未形成であり、世界の動向を左右するにはほど遠い状況に置かれている。
その原因や背景はもちろん単純ではない。しかしひとつの重要な問題として、我々が現在の資本主義に替わるオルタナティブの社会構想を説得力のある内容において提示し得ていないことがある。我々が、ソ連圏崩壊以前の時代に勤労者の綱領としてあったスターリニズムや社会民主主義の処方箋、急進主義的なニューレフトの革命論、そうした旧来の左翼の国家主義的な革命論や社会主義論に替わる新たな社会変革のプログラムを獲得し切れていないことが、労働者・民衆の自覚的な社会・政治勢力としての未形成を余儀なくさせ、支配層によるリストラ、戦争の政策をほしいままにさせているのである。
もちろん我々は、資本主義に代わる経済や社会の基本的なイメージを、国家主義的な社会主義論への批判を通して、アソシエーション社会=自由で自立した諸個人の連合に基づく社会として明らかにしてきた。またアソシエーション社会の基礎は生産の部面にあること、生産の場面において、一人一人の労働者が、生産・管理・労働のあらゆる面、意思決定と執行のすべての面を、他の労働者とともに対等・平等に、協力・協働しつつ担っていくことが鍵であることを語ってきた。それを実現する道筋は生産手段と富に対する生産者の共同占有の実現にあり、それは人類の占有・所有史の発展の必然の道であることも論じてきた。
しかし我々のこうした主張は、まだまだ抽象理論の域を出ておらず、労働者・市民が置かれている日々の労働と生活の現実と切り結ぶ具体論にはなっていない。多くの人々の現実の生活と闘いの実践的指針として具体化されてはいない。
もちろん、具体的な実践の分野でも、我々はいくらかのことを明らかにすることはできた。既成の労組運動の関心の外に置かれていた周辺的労働者の自主的・自律的な労組運動、シングル単位の同一労働同一賃金論、戦略的なワークシェアリング論、資本の国家がその手から放り出しつつある福祉や教育などの分野を労働者・住民自身が自ら組織していこうとする多くの試行、地方自治体を真の住民自治に近づけるための努力等々が新しい社会変革の質を内包していること、それらの運動がより根本的で全般的な社会変革と結びついていくためにはどのような条件が必要であるかということについても、いくらかの見解を表明してきた。
今後の課題は、生産の場・事業や企業の運営のあり方をどう具体的に変革・再組織していけばよいのか、自衛隊の海外派兵や軍事強国化の動きにどのようなオルタナティブを対置していけばよいのか等々を含めて、国家と社会と経済の全体的な変革のプログラムを、現実の世界を実際に揺すぶり、よりよい方向へと転換させていくことができる具体性を持って解明していくことである。
我々は重い扉を開くことにいくらかは成功し、向かうべき進路も大まかには知ることができた。今後はこの内容、この方向を、社会変革の戦略論、戦術論としてさらに具体化していくことが求められている。むこう一年、多くの人々と協力・協同しながら、この作業を着実に前進させていきたいと思う。
(阿部治正)
不安社会に抗して!
評論家の内橋克人氏は現代を「不安社会」と言う。小泉改革には「民」がないとし、「格差ある社会は活力ある社会」と言ってはばからない竹中平蔵氏を批判している。竹中氏に代表されるネオ・リベラリズム(市場至上の新自由主義)がこの国を覆い、雇用差別が奨励され、「不安社会」の様相が深まっている、と。
内橋克人氏はさらに、「60年を省みて、主権在民も基本的人権の思想も、果たして日常の現実でありえただろうか」「日常の安全、老後の生活保障、人間相互の信頼‐社会を支える背骨、人びとの価値観の座標軸、それらが脆くも崩れようとしている」等と指摘する。そして、「私たちの社会はどこへ向かおうとしているのか」と嘆く。
内橋氏ならずとも、昨今のこの国の世相に、誰もが暗い明日を見ないわけにはいかない。とりわけ労働現場の荒廃は目を覆うばかりである。あらゆる職場で権利の剥奪と全面的な服従が強制されている。そうした状況の下で、多くの労働者が明日の失業に怯え、今日の奴隷労働に甘んじてる。
我が郵政の労働現場においても、民営化にともなう公務員としての特権の剥奪を目前にして、本工§J働者は選別と排除の影に怯えている。彼らは、目前の全く無権利な日々雇用§J働者に目を向けることもない。それが明日のわが身であることも、見ようともしない。
最近、東京高裁で次のような判決が出た。「控訴人は、雇止めが有効であるためには、期間の満了のほかに雇止めを正当化するに足りる合理的理由が必要であって、合理的理由のない雇止めは、信義則に違反し、権利の乱用として無効であるとも主張するが、上記のとおり、控訴人は、期限付任用に係る非常勤職員であり、非常勤職員は、予定雇用期間が満了した場合、任命権者の何らの行為を要せずに当然に退職するものと解されるのであって、その退職につき、控訴人が主張するような理由は必要とされないから、上記主張は失当というべきである。」(12月9日・東京高裁第10民事部・大内俊身裁判長)
引用部分は、東京高裁が一審判決に付け加えた理由の総てである。「外国人は煮て食おうと焼いて食おうと自由」というのがこの国の入管行政の実態であるが、公務職場では「非常勤労働者は切り捨てられても文句も言えない」(文句を言ったら切り捨てられる)というのが、司法によってお墨付きを与えられた実態である。勝ち組の裁判官には、予定雇用期間満了となった非常勤職員の次の日からの生活費になど、全く関心がないのだろう。まして、憲法の理念とこうした実態の乖離に、目を向けることなど思いもよらないのだろう。
本当に、この国はどこへ向かおうとしているのか。終身雇用と年功賃金という相対的に安定した雇用形態は過去のものとなった。と言っても、この雇用形態は重層的な差別と資本への人格的従属の上に成り立っていたものであり、もはやその再建を求めてはならない。同一労働同一賃金という基準、健康で文化的な生活を維持するに足る賃金水準、こうした基盤なくして「不安社会」を克服することはできない。
安易な安定≠ナはなく、激動の不安定を乗り切る決意を持つこと。それが2005年の年頭の思いである。 (折口晴夫)
西宮ピースネットとわたし
アメリカのイラク攻撃が激しさを増すなか、各地で抗議の集会やピースウォークが行なわれています。
西宮でもピースウォークを目的に有志が集まりました。当初、横断幕・のぼりなどを持ち寄り、町ゆく人に反戦を訴えました。しかし、寒中、人通りの少ない少人数でのピースウォークでは迫力に欠け、アピール力もあまりありません。そこで、駅前での街頭宣伝に切り替えました。ビラ配布、ハンドマイクを用いた訴え、署名活動とそれぞれが分担して行なっています。
月l回の宣伝には、各自が順番でビラ作成をし、ハンドマイクで訴えるのも交代で行ないます。参加者それぞれの責任で、自主性を重んじた活動は、現在3グループ・7人で約1年間以上続いています。市民にイラク反戦の意思表示をし、さらに共に行動を呼びかける最も有効な手段ではないでしょうか。2005年1月、「テロリストは誰?」ビデオ上映会は、西宮ピースネットが主体となつて行ないます。今、この準備に集中し、多くの市民・知人に参加を呼びかけているところです。
街頭で市民との交流は、私たちがどれだけ説得出来るか、力量が問われます。そういう意味で、自分自身を鍛える場として西宮ピースネットを位置づけたいと思います。
各地で反戦の渦を巻き起こしましよう。 (恵)
読者からの手紙―NHK不祥事で急増した受信料不払いについて考えたこと
一二月一九日、午後九時から一一時一五分まで、実に二時間一五分の長丁場の「NHKに言いたい」という特別番組が放映されました。この番組は、最近の不祥事で爆発的に増え、今や五〇万人になったといわれている受信料不払いに対応して作られたようです。
私自身は、一九八八年九月の毎朝の天皇下血報道以来、番組を急に変えるなど報道姿勢に大きな問題があると集金人に抗議し、NHKが反省して謝罪するまで視聴料の支払いを保留すると宣言いたしました。その後十数回ほど集金人が支払いの督促にきましたが、「集金人の方と番組編成や報道姿勢についてお話ししても埒があかないので、権限を持つ神奈川県の責任者と直接話をしたいから訪ねてくるように伝えることをお願いする」と促したのですが、責任者がこないばかりか、私が不在の時など、集金人は不払いを理由に裁判に訴えると妻を脅して恥じません。私がたまたま在宅の時、集金人に裁判は白黒をつけたい私の望むところで「受けて立つからさっさと裁判をしましょう」と言うとそれ以降は全くなしのつぶてなのです。まったく弱きに強く強きに弱いNHKの体質を熟知している私には、こんなにも長時間の弁明番組を見るつもりはまったくなかったのですが、妻が見たものですから、読書していながらも狭い家なので私の耳に入ってしまいました。
さて、この長時間編集の番組によって、NHKは面目を回復して受信料の支払者は増えたのでしょうか。そんなことにはとてもならないと私は自信を持って保証できます。この番組は弁明すると言うよりもNHKの破廉恥さを一層際だたせる内容であったからです。
特に私が驚いたのは、登場したNHKの経営委員である堀部政男氏の人の質問に対してまともに答えないという傲慢と小心がない交ぜになった態度でした。「経営委員会はお客さまの満足度調査をしているのか。現在の満足度は何点なのか知っているのか」という北城氏の執拗な追求に、彼はやっとしていないと答えるお粗末さなのです。さらに今焦点となっていること―あなた方経営委員会の何人が会長に辞任を迫っているかとの質問にも答えなかったのです。まったく会長が会長なら、会長の任免権も持っているという経営委員会もまったく呆れ果てた組織です。今回、私は彼らが非常勤で月二回しか会合をしていないことを始めて知りまたまた驚かされました。一体彼らの報酬額はいくらなのでしょうか。
このことが番組視聴者に周知されただけでも番組が作られた意義はあると私は考えました。だからこんな番組では視聴料を払わない人を増やしこそすれ減らすなどと誰が想像できるでしょうか。NHKには不払い者を増やしただけの番組とはなりましたが、橋本派への献金に触れない報道姿勢にも大きな問題があることが鳥越氏の指摘により暴露され、海老原会長の介入なのかと大いに疑わせるに足る部分的には啓蒙的内容もありました。(S)
自由≠ニいうことばをめぐって
ヨーロッパでは自由≠ニいうことばは、一般の人々でもそれほど違和感のない言葉ではなかろうか。ファシズムの台頭する時代に自由からの逃走≠ニか奴隷への道≠ニか、サルトルでさえ自由への道≠ニいう小説を書いている位だから。(自由≠ニいう精神の起源も知りたいことの一つ)
ところで、アジアで自由≠ニいう言葉は、それほど民間に熟した言葉といえないのではなかろうか。ロシアではかつてパンのみにて生くるにあらず≠ニいう言葉があり、わがクニ≠ナも自由民権運動があり、中国では天安門事件もあったが、いずれもつぶされた。自由≠ニいう言葉は、それほど民間に熟した言葉でなく、現在でもそのナカミも個人の中で確かなものとしてあるようには思えない。せいぜいシニカルな視線として、夏目漱石のわが輩は猫である≠ニいう名無しのゴンベエのノラネコがみた世間というのが、自由≠ノ近い視線といえよう。その裏に絶望感がはりついているであろうが。
義理、人情にしばられてきた世間(あらゆる階層の共同体といってもいいだろう)にあらがう精神が、自由≠目指すものとも言えようが、現在どのような表現があるだろうと日頃、歩きながらもキョロキョロ見ていた。内発的なものが壁にぶつかり屈折した表現をとる場合もあり、さまざまであろうし・・・。
地下鉄の車内にぶら下がってる広告を見ていると、大体の世情がわかるものである。目にとまった宣伝広告の文句選ぶ自由=A何の広告かいなと見るとモノ≠ヘ覚えていないが、SONYの何かの宣伝。
都市は消費生活者が集まる所でもあるから、雑多な商品の中でこれこれ≠ニ気に入ったものを買う行為の中で自分の気質、らしさ≠見つけていく、一つの手だてとなるかも知れない。 (中略)
未刊であるが草思社のどや! 大阪のおばちゃん学≠ニいう、情に篤くてしっかり者の大阪のおばちゃんスピリットを研究した書に、興味を持つ。私の死んだ友はおばはん≠ニいう言葉を嫌った御仁であったが、泥臭い私とは違った美意識≠フ持ち主だったのだろう。東と西の違いはいっぱいであろうが、漠然と共通する何かが見出せるのではないかと思っているが・・・。それにはなんでやねん≠ニいう疑問を突き詰めていく過程で様々な事象に出くわし、ふくらんでいくものであろう。マニュアルを求めなくていいところまで、誰でもいきつけるのではなかろうか。私自身の経験からも。 (中略)
最近の傾向として異なったジャンルのものの共同が変化面でもあるが、それがぶつかり合うものとしてでなく、つぎ木細工のような気がしないでもない。前者の側と見てよいと思うのが、沖縄本部町を舞台とする映画風 =B思えば沖縄は、外の人々とふれることの出来たのは、戦争を媒介として。この映画ではヤマトの特攻隊の一人の兵士の死、そして現在はアメリカの基地。
土俗というのは島の習慣、それは守りの精神であろうし、定着する者それと全く矛盾うるジプシーの音楽。このぶつかりあう二つの文化のもつもの、つまり守りのための排他な精神のありようが、漂泊者のもつ精神(ジプシーの音楽)とのぶつかりあいから両者を包含しつつ超出していく可能性を感じる中で、未来につなげる何かの希望を持つことが出来るように感じるのだが・・・。
私の経てきたことからおおざっぱに言って、感覚の行き着く所から論理へ、その裏付けによる情熱を持ちたいものと思っている。そういう感覚をもちえた状況を知ることは、歴史から学ぶということであろう。これが、いわゆる主体的な意志といえるものであろう。だから風 ≠フ作者は、沖縄を草の根の意志≠ニ書く。まだまだ映画化は一般的にはなっていないが、プロでなくとも映像の技術をもちうるようになれば・・・と思うが、この島は技術負けの心配はなさそうである。 宮森常子 2004.12.20
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