ワーカーズ305号 2005/9/15 案内へ戻る
小泉自民党の圧勝!
郵政解散・衆院選の結果を読む
マスコミの予想通りというべきか、あるいはマスコミの後押しがあってというべきか、小泉自民党が圧勝した。これは多くの有権者が小泉に何かを期待した結果であるが、小泉を支持した有権者はほろ酔い加減のあとに、長く続く悪酔いに悩まされることになるだろう。この結果を前に我々は、ヒットラー政権が登場した時代を経験しつつあるのではないかと恐れる。
一方で、こうした結果は小選挙区制と二大政党制にはつきものであり、なだれ現象が起きて得票差や有権者の期待以上の大きな議席差が生じたともいえるだろう。公明党は実質的に自民党と一体化しているので、自民党の一派閥とみなしていいだろう。沖縄は例外として残ったが、共産党や社民党は比例区での救済なしには生き残れなくなっている状態である。また、自民党と民主党の枠組みは流動的であり、米・英にみられる政権交代可能な二大政党制は時期尚早であった。
さて、小泉政権はどうなるのか。あと1年で終わらないでさらに続くのか、郵政民営化はどうなるのか。これは、自民党そのものが今回の選挙を経て小泉オンリー、勝ち組オンリーへと純化しつつあり、小泉は我が意を得たりと改革≠さらに進めるだろう。焦点の参議院自民党の郵政民営化反対派は、鴻池祥肇の変節に見られるように小泉への屈服によってすでに空中分解しつつある。従って、有力な後継候補が出なければ、小泉続投もあり得るだろう。
民主党はどうなるのか。岡田の代表辞任が決定したが次は誰か、小沢一郎の名前が出ているが、スンナリ決まるのだろうか。都市部・無党派層での支持が後退し、結党後はじめての敗北のあとでもあり、今後どのような政策を掲げるのか困難な選択を迫られている。小泉に近い勝ち組派を抱え、小泉自民党との違いをどのように打ち出せるのか。例えば9条改憲ではほとんど同じだし、郵政民営化さえそんなに違いはない。
いずれにしろ、弱者・少数者を見捨てる政治がさらに進むことだけは間違いない。それだけではなく、小泉続投を支持した有権者も小泉の改革≠ノよって痛い思いをすることになるだろう。次の参議院選挙までにどれほどの反動法が成立し、憲法や教育基本法の改悪がどこまで進むのか、はかりしれない危機が迫っている。さらに、小泉の靖国神社参拝が強行されたら、中国や韓国との外交関係はさらに悪化する。
このように、小泉政治に白紙委任を与えてしまったことが、取り返しのつかない禍根をこの国に残すことになるだろう。我々はこの困難な時代の到来にあたって、その先にある戦争をする軍隊の登場を許してはならないという決意を改めて固めなければならない。 (折口晴夫)
自民圧勝《小泉改革幻想》を打ち破ろう!
市場原理=利潤万能型社会が招き寄せる《階級社会》労働者階級独自の政治勢力を創り上げよう!
小泉首相に《してやられた》ということだろう。郵政選挙となった今回の総選挙は、一夜明けてみれば小泉自民党の圧勝で終わった。まさに小泉首相の中央突破作戦が図星だったわけだ。
今回自民党が獲得した296議席は、公明党の31議席とあわせれば327議席。衆院全議席の3分の2を上回る勝利だった。小泉首相の強引な解散・総選挙によるこの結果は、小泉政権の政策選択と政局運営にかつてないフリーハンドを与えることを意味する。
総選挙後は、かつてないまでに膨らんだ《小泉幻想》の化けの皮をはがし、労働者階級の闘いを推し進めるためにも、小泉首相が推し進める新自由主義改革への対決軸として労働者階級の独自な対抗軸と政治勢力づくりを推し進める必要がある。
■強権委任
小泉首相は今回の解散総選挙で、有権者からみて実にわかりやすい対立軸をつくった。郵政民営化に賛成なのか反対なのか、その郵政民営化を突破口として構造改革を進めることに賛成なのか反対なのか。
実際、自民党は外見上は郵政民営化推進で一色になった。小泉首相による自民党内の反対派議員の選挙区に対抗馬を立てるという「刺客作戦」で、郵政民営化反対議員は自民党に居場所はなくなり、自民党公認候補は例外なく郵政民営化賛成の看板を背負って選挙に臨んだわけだ。
その結果の自民党の圧勝である。これは少なくとも郵政民営化のみならず、郵政民営化を突破口として肥大化し、非効率で腐敗を極める政官財の護送船団システムの改革を叫んだ小泉構造改革路線を有権者が承認したことを示している。実際、郵政民営化は今度の特別国会で成立するだろう。それだけの勢力を小泉自民党に与えたからだ。
衆院の3分の2という議席は、参院で否決された法案も衆院での再議決で成立させられる数である。この可能性があればこその参院否決――衆院解散だったわけだが、それが実現するとは誰も予想できない事態だった。この結果は参院無用論につながる。衆院で議決した時点で成立が決まったも同然だからだ。
今回の選挙結果は、参院という行政府に対する立法府のチェック機関の一つ、それに3年に一度の参院選挙という《国民の審判》の機会をしばらくの間は無効にすることで、それだけ自公連立政権に白紙委任を与えてしまったことになる。
■圧勝の構図
今回の総選挙でなぜ小泉自民党が圧勝したのだろうか。
選挙前には確かに郵政民営化を支持する世論は反対する世論よりは多かった。とはいえ、優先すべき政治課題としては年金・医療などの福祉問題や景気対策などに比べて一貫して低いままだった。それが解散・総選挙での刺客作戦など、いわゆる《小泉劇場》が展開される中で、郵政民営化の実現こそが行財政改革をはじめとする構造改革を進める突破口だ、という小泉マジックが急速に浸透した。
小泉首相は、当初は《郵政民営化こそ改革の本丸だ》といってきた。郵政民営化さえ実現すれば、改革の主要課題はほぼ達成される、というのもだった。ところが選挙戦の中ではこうしたロジックは巧妙にすり替えられ、《郵政民営化こそ改革路線の入り口だ》として、それ以降の《改革幻想》をあおりに煽った。
なぜ郵政民営化が「改革の本丸」から「改革の入り口」にすり替わったのか。それは小泉首相がこれまで進めてきた道路公団改革や三位一体の改革などが、利権集団と妥協を重ねてきわめて中途半端なものに終わってしまったからだ。だからこれまでの改革路線の集大成としての郵政民営化の実現だとはいえなくなってしまったわけだ。
小泉改革の羊頭狗肉ぶりを見せられてきた有権者も、郵政民営化で構造改革が終わりになるのではなく、それを突破口に利権集団を一掃して改革路線を継続していくという小泉幻想に飛びついた。それだけの不満や不安が膨らんでいるからである。
すでに国と地方あわせて今では《借金1000兆円時代》へ突入している。年金・医療・介護など、将来生活も不安だらけ、明るい見通しは見えてこない。いずれ増税や保険料の値上げが押しつけられる……。有権者は足下まで忍び寄る負担増の波を皮膚感覚で感じざるを得ない。そうであれば税金の無駄遣いや非効率な国のシステムは徹底的に効率化すべきではないか、と。そういう状況での《官から民へ、中央から地方へ》というスローガンは、有権者の不安と期待にマッチしたものだったといえるだろう。
こうした状況の中で出されたのが、二大政党の自民党と民主党の選挙標語だった。
自民党マニフェストのメインスローガンは《改革を止めるな》。対する民主党マニフェストは《日本を、あきらめない。》。自分たちこそ改革派だと売り込む小泉自民党の選挙戦術に対して、本来自民党に攻め込むべき民主党の煮え切らなさは際だってしまった。これでは時代の要請を巧みにたぐり寄せた小泉自民党に勝てるはずもない。
■《2005年体制》
選挙戦術としてみれば、小泉首相の中央突破作戦は的中し、長年の執念だった竹下派――橋本派つぶしも外見上は達成され、利権集団の解体という新自由主義改革の大きな一コマも進めたことになる。しかも衆院で3分の2近い議席を獲得することもできた。これだけみれば小泉自民党は盤石のようだが、すでに《2005年体制》ともいえる政治構造の転換を指摘する声もあるように、今回の自民党圧勝劇は、その裏側では党としての自民党の凋落局面の一つのステップでもある。
最初の大きなステップは1993年の細川政権の成立だった。このとき保守永久政権といわれた自民党は結党以来初めて野党に転落した。今回の《2005年体制》は、自民党の凋落の二つめのステップでもある。逆説的なようだが、その事情は以下のようなものだ。
その一つが「自民党派閥の外部化」、すなわち派閥連合政党としての自民党が解体され、少なくとも外見上、自民党は理念・政策を基盤とする政党になったことだ。
自由党と民主党の連合で発足した自民党は、かつてはその出自や政策決定過程での役割などから党より派閥の方が力を持っており、派閥連合だと言われてきた。あるいは自民党というのは中央官僚と業界と談合することで成り立ってきた権力システムの一翼を担う機能集団であり、理念や政策で結合する本来の政党ではない、だから政権を離れたら成り立ち得ない集団だとも言われてきた。それが特定の傾向を持った理念と政策に依拠した集団、いわゆる本来の政党に進化を遂げた、とも言えるわけである。そうなれば理念や政策が有権者から見切られれば、即、野党に転落する、ということになる。党内の派閥間での政権たらい回しで疑似政権交代を演出し、永久政権を維持してきたかつての自民党のような懐の深さはない。小泉首相が言った《自民党をぶっ壊す》というのはこうした意味を持っているが、仮にそう受け止めれたとすれば、確かに小泉首相は自民党をぶっ壊して新しい自民党を作ったということになる。
が、そうなると、自民党が失敗した場合に反体制派に政権を奪われることを恐れる財界など支配階級にとって、基本政策が自民党と同じ体制内野党の存在がどうしても必要になってくる。財界などにはかつての細川政権の《八派連合》がそうしたものに進化するとの期待感もあったが、小沢一郎の強引で粗雑な政権運営などで頓挫、二大政党制への転換は財界なども一時あきらめかけていた。それが今回の2005年体制の成立で一気に現実味を増した。もし野党第一党の民主党が今回の敗北の試練を乗り越えられれば、の話だが。
その土壌は有権者の側ではすでにできている、というのが今回の総選挙のもう一つの結果だった。
それは有権者の投票行動が政党の掲げたスローガンの是非を最大の判断材料にしているとみられているからだ。前回総選挙では《一区現象》という特徴が語られた。県庁所在地を含む各県の第一選挙区で野党の民主党候補が多くの当選者を出したからだった。それが今回は逆にひっくり返り、
第一区を含む都市部で自民党が圧勝した。小選挙区制という選挙制度にも関わるが、今回の自民党の圧勝劇は、裏を返せば次の総選挙での民主党への雪崩現象の可能性も造り出した、ということでもある
こうした理解に立てば、財界などにとって小泉首相の功績は、かつての地盤・看板・そろばんという固定的な選挙風土を一掃し、流動的な選挙風土を実現したことである。これによって保守二大政党制の土台ができたわけで、だから小泉首相はかつての保守政治のリーダーがなしえなかった《革命家》だとの評価にもつなるわけだ。
選挙風土のこうした変質は、何も保守二党制の擁護者だけが歓迎すべきものではない。私たち労働者階級の政治勢力結集を願う立場からも歓迎できることだろう。もし私たちが現実の人々の暮らしと直結したところで、現実社会のアンチテーゼ、オルタナティブを提起できれば、それなりの政治勢力を創り上げることも可能になるわけだ。
■国家主導型政治
ところで今回の総選挙で有権者を席巻した《官から民へ、中央から地方へ》という小泉改革の看板は本当に《改革》なのだろうか、そのことについて再度考えてみたい。そこで問われるのは次の三つの《なぜ》である。
一つは、小泉改革は本当に有権者が望むような政官業の利権構造を解体しようとしているのか
二つめには、小泉改革がそういうものだとしても、はたして利権派の抵抗を排除して本当に実現できるのか
三つ目には、政官業の利権システムからどういうシステムに改革するのか
ということである。
現実には、今回の自民党圧勝という結果に、投票した多くの有権者は喜んでいるか、逆に不安になるか、様々だろうが、本当に喜んだのは実は最大の利権集団といえる財界と中央官僚ではないだろうか。少なくとも郵政一家という利権派を排除した自民党は、かつての政官業の利権トライアングル構造から族議員とそれを動かす業界の圧力を削ぐことで、小泉内閣とそれを支える官僚にフリーハンドを与える意味合いを持っている。今回の選挙で圧倒的なパワーを獲得した小泉首相個人が多方面の政策判断にエネルギーを振り向けることは不可能なことを考えれば、官僚への圧力が弱体化するだけに、政策判断の場面での官僚の役割は大きくならざるを得ない。
以前から日本株式会社の中枢に居座り続ける官僚主導の政治構造の打破が言われ、民主党やマスコミの一部にも利権政治家の口利き政治や官僚政治から内閣主導政治への転換を求める声も大きかった。たとえばそうした声は官僚主導政治からへの転換を主張する声となって現れていた。
私としても以前にも言ってきたが、内閣主導政治というのは国民主権の強化とは相容れないものだ。マスコミなどは、議院内閣制度のうえでの内閣とは、間接的ではあっても結局は総選挙という民意の洗礼を受ける、という意味で、族議員と官僚が結託する利権集団から内閣主導政治への軌道修正はそれだけ民主的な政策決定への転換でもある、という理屈付けに立っていた。
たしかに内閣主導政治というのは表向きの政治システムだけを考えれば、民主的なように見えてしまう。かつての利権政治は良くも悪くも特定の有権者や利益集団と直接に結びついていた。それに対して内閣、あるいは官僚制というのは、特定の社会集団からは自立した存在であることを建前としている。特定の集団との癒着は好ましくない、あまねく公平にというわけである。住民から自立し住民を統治している存在、それが国家なのである。だから国家の意思決定は、実のところ民意とは全く無関係になされている場面が非常に多い。
今回の自民党の圧勝で、小泉内閣の力はかつてないほど高まり、文字通りの内閣主導政治への傾向を強めるだろう。それは住民自治や《国民主権》を強化するのではなく、国家主導型政治を強めるだろう。それとの闘いの課題は今後いっそう大きくなっている。
それにしてもかくまで見事に国家的英雄の采配に拍手を送る国民意識を考えると、寒気がするのは私ばかりではないだろう。国家的英雄を求める傾向は、明日の国家的破綻と裏腹のものなのだから。今回は新党日本の綿貫代表が《勧善懲悪の象徴》としてか、水戸黄門ばりに印籠を持ち出してみせた。が、むしろそれにふさわしいのは小泉の方である。《改革、改革、これが目に入らぬか》というわけである。議会政治の土俵とは最初からそういうものであるとすれば、私たちとしては議会政治とは別の土俵でも労働者の再結集とそれを土台とした政治勢力を造り出していく必要があるということだろう。
■一回こっきりの小泉劇場
今回は小泉マジック、小泉劇場は成功した。しかし同じマジックは二度は使えない。小泉劇場は一回こっきりのものでしかない。だから小泉首相が現実のものとして招き寄せた二大政党制は、逆からみれば、小泉改革の底が割れてしまえば自民党はいとも簡単に政権の座から追われるようにもなった、ということでもある。
それはともかく、小泉マジックは自公連立政権に衆院での3分の2以上という議席を与える結果をもたらした。今後これまで以上の強引な政権運営や憲法改正、大増税など、新自由主義改革をより強引に推し進めることも考えられる。
私たちとしては、今後も小泉新自由主義改革の化けの皮をはぐための活動を推し進める以外にない。と同時に小泉新自由主義改革に対抗できるような、労働者版の構造改革路線を創り上げ、二極化する社会、新しい階級社会の中での労働者・市民の闘う戦線づくりを着実に推し進めていきたい。(廣)
自民・公明と民主の年金危機論はまやかしだ
保険料と税への企業負担引き上げ、基金運営への労働者・住民の統制強化を
今回の衆議院選挙は、郵政民営化問題を最大のテーマとして闘われたと言われるが、民主党をはじめとする野党は、年金問題も重要な争点として押し出していた。自民党・公明党は、年金問題はすでに決着済みとしてあしらおうとしたが、有権者のこの問題に対する関心は高く、自民・公明も野党からの批判に応じざるを得なかった。選挙を終えた今、改めてこの年金問題を原則的な観点から考えてみたい。
■各党の年金改革論
年金問題において現在大きなテーマとされているのは、少子高齢化の進展や経済の高成長の頭打ちの中で年金の財源をどうするか、未納者が4割に達して崩壊寸前の国民年金をどうするか、だと言われる。
自民党・公明党の年金改革案は、次のようなものである。厚生年金と共済年金という二つの被用者年金の一元化をめざし、国民年金も含めた一元化は、自営業者の所得把握の困難などを理由に先送りするとしている。遅れている基礎年金の国庫負担の2分の1への引き上げは09年までに行う。被用者年金の保険料は毎年0・34%ずつあげて2017年には年収の18・3%として固定する、給付はマクロ経済スライドなるものを導入してそのときどきの人口構成や経済情勢に応じて徐々に下げていく、としている。
これに対し民主党は、国民年金も含めた一元化を唱えている。また一階建て部分は消費税(3%引き上げて8%とする)と国庫負担とを基礎年金に投入して「最低保障年金」(月額7万円)として再編、二階の報酬比例部分の保険料は15%以内におさめるとしている。
共産党案は、国が全額を負担する「最低保障年金」(当面月額5万円)を創設し、その上に基礎年金の保険料負担部分や被用者年金の報酬比例部分を乗せる、最低保障年金の財源は無駄な公共事業や防衛費の削減を行い捻出する、というものだ。共産党案も、国民年金の一元化は時期尚早としている。
社民党案は、民主党案と同様に国民年金を含めての一元化をめざす、また10年以上日本に在住する者すべてに支給される「基礎的暮らし年金」(月額8万円)をつくる、その財源は特別会計を含めた歳出の見直しや社会保険料の企業負担分の半分の投入などによって賄うとしている。
■年金財政破綻論のまやかし
自民党や公明党、そして民主党の年金改革論は、ともに年金財源の危機を強く主張している。少子高齢化が進行し、かつてのような経済の高成長が期待できない今日においては、年金財政の逼迫が日に日に深刻化することは避けられない、この問題に対処するには、保険料の引き上げ、給付の引き下げは不可避だ、というわけだ。
彼らの議論は、「世代間不公平」を強調する点でも共通している。少子高齢化の趨勢の中で、より少人数の現役世代でより多数の高齢者を扶養しなければならない事態が進行する以上、若年世代の負担増を緩和するとともに、年金受給者に給付減を甘受してもらうことは当然だというのである。
しかし、この議論には、大きなまやかしが存在する。彼らは、年金財政の危機をあたかも不可避の自然現象のように描くのであるが、しかしこうした議論には根拠はない。
彼らは、経済の成熟化による成長の頭打ち、年金の支え手である労働人口の減少等々を言い立てるのであるが、しかし経済の成熟化は同時に生産力の高度化を意味しているはずだ。また労働人口の減少という事態でさえ、社会的な富の生産の停滞ではなく、実際にはその飛躍的な増大と両立する。実際、今日の日本経済においては生産的な労働にたずさわる人々の割合は日々減少しているが、彼らの生み出す富は逆に年々増大しており、いまでは人口のわずか2割3割の生産的労働者がそれ以外のすべての人々の生活を支えてまだ余りある富を生産するようになっている。そもそも、91年に日本経済を襲った経済パニック、その後の長期不況、今も続くカネ余り減少は、資本主義が生み出した高度な生産力が一方の背景に存在するのである(他方の背景は言うまでもなく生産の動機が「利潤」に縛りつけられていることことである)。
問題は少子高齢化、経済の低成長そのものにあるのではなく、むしろ(生産の動機の問題はさておくとしても)富の用い方のゆがみにこそある。今日、生産的労働者が生み出した巨大な富は、労働者とその家族自身、そして社会的弱者と言われる人々の生活をまかなうためにはわずかの部分しか用いられず、その大きな割合が官僚機構や、軍隊や、無駄な公共事業や、膨大な数の専業政治家やその取り巻きの御用学者・知識人や、その他あらゆる種類の寄生的人口等々を支えるために浪費されている。社会的富のこうした不生産的支出や浪費にわずかでもメスを入れるだけで、自民・公明や民主党などが叫んでいる「年金財政の危機」は雲散霧消してしまうはずなのである。
共産党や社民党が彼らの「最低保障年金」や「基礎的暮らし年金」の財源として示している無駄な公共事業、防衛費、特別会計等々の項目は、そうした無駄や浪費のほんの一部分に過ぎない。労働者や「弱者」がより断固たる姿勢で政府と国家の浪費にメスを入れるならば、社会的富のさらに大きな部分を庶民のため、より人間らしい社会づくりのために振り向けることも可能になるのである。
年金財源危機論、世代間不公平是正論は、支配層が自らの既得権益に手をつけられることを避け、勤労者内部で負担の押しつけ合いをさせるために振りまいている悪質なデマゴギーに過ぎない。我々は、支配層の「聖域」にも大胆にメスを入れ、支配層の負担の拡大によって年金の改善と再構築を実現させる必要がある。その第一歩は、保険料の企業負担割合の大幅引き上げ、そして法人課税強化や所得税の累進制の強化を財源とする基礎年金へ国庫負担の抜本的引き上げだ。
■国民年金の破綻、一元化論、最低保障年金について
自営業者や無職者などが加入する国民年金は、厚生年金や共済年金などの被用者年金以上に深刻な危機に見舞われている。年金一元化をめぐる、被用者年金を先にするか、国民年金も含めるか否かの議論、あるいは「最低保障年金」や「基礎的暮らし年金」導入などの議論は、この危機への対処策として出てきたものだ。
国民年金の破綻の原因についていうならば、「年金不信」や「不心得な未払い者の増大」だなどと言ってすませられるものではない。また厚生年金や共済年金に比べ高齢化率がより進んでいるということだけによるのでもない。問題は、保険料を払いたくても払えないほどに生活に困窮した人々が激増していることにあるのであり、そのことが背景となって国民年金への不信の高まりと未払いの拡大の悪循環が止まらなくなっているのである。
未払い者の激増の大きな原因が、企業と政府が押し進めてきたリストラ策、弱肉強食の競争原理の徹底、勝ち組支援策にあることは言うまでもない。不安定雇用や失業者の増大、自営業者の経営破綻の拡大は、彼らを加入者とする国民年金を真っ先に直撃したのだ。
国民年金の財源の破綻を加入者、労働者や庶民に押しつけようとする策動を許さず、財界や官僚や政治家たちの利権・権益追求のために膨れあがった国家財政の無駄と浪費の徹底的削減、企業課税の強化を通した国民年金への国庫負担の増大を要求し、年金基金運営への労働者・住民統制の強化等々を追求していかなければならない。
■根本問題は「労働の保障」にある
しかし、年金問題を語るときに重要なことは、実は財源や給付の水準をどうするか、最低保障をどうするかという点ではなく、むしろ年金に頼らなくても良い生活をどう実現するかにある。つまり、働く意思と能力がある間は働ける社会をつくることである。他人の労働、社会の扶養によってではなく、自らの労働によって生活することを、どうやって可能な限り多くの人々、高齢者や若者や女性たちに保障するかという事こそ、根本的な問題なのだ。そうした課題こそ、高齢者や女性や若者たちの本当の要求にかなっており、また人間の暮らし方として、社会のあり方として、自然であり健全であろう。
年金を、社会連帯のシステムとして再建し、更に充実させていくためにも、働く意思と能力のある者に仕事を保障していくことは重要である。そのためにも、高齢者や女性や若者たちが働きやすい社会的条件、労働環境、必要な知識や技術の獲得を援助する体制を充実させていかなければならない。
今、財界や自民・公明そして民主党は、年金の支え手を増やす必要を論じている。高齢者や女性の労働力化を通して、保険料支払い者を増やすことが彼らの方策である。それはそれで悪いことではないだろう。仮に彼らの高齢者や女性たちを見る目が「保険料の支払い者」、搾取と収奪の対象という一面的で狭い観点からのものでしかないとしても、高齢者や女性たちが社会的労働の場にとどまり、進出していく条件が拡大することは歓迎すべき事だ。
もちろん支配層の政策は、そのエゴイスティックな動機や狭い視野の故に、必然的に中途半端なもの、高齢者や女性たちに負担を強いるものにならざるを得ない。
そもそも、年金財源の危機に拍車をかけてきたのは、企業自身であり、彼らがが押し進めてきたリストラ、失業増、パートや臨時等々の不安定雇用の拡大策こそが「支え手」を減少させてきたのだ。そのことを棚に上げたままの「支え手」拡大策が、矛盾に満ちたものになるのは避けられない。
彼らのやり方は、高齢者や女性たちをパートや臨時や有期や嘱託等々の雇用形態に押し込め、そのことを口実に不安定で劣悪な労働条件を押し付け、企業の保険料負担の引き下げをねらい、高齢者や女性からの新たな保険料収奪という苛斂誅求策の一方で、賃金収入についても将来の年金についても結局は低水準に押しとどめようというものなのである。
我々は、支配層の年金「支え手」増加策も利用しながら、その矮小な位置づけや狭い枠を打ち破って、高齢者や女性たちの社会的な労働の場へのよりいっそうの進出をかちとる必要がある。多くの女性たちが、未だに三号被保険者などという不本意な寄生的立場に追いやられているが、女性たちがそうした立場に甘んじなければならない合理的な理由は何もない。
また、賃金をはじめとする労働諸条件の場合と同様、家族単位や世帯単位ではなく、個人単位の社会保障、年金を要求していくことも重要だ。社会保障制度を、男女間や雇用形態間の差別を助長する制度から、本当の社会連帯のシステムに近づけていくためにもシングル単位の観点が欠かせない。
高齢者も女性も、自立した労働者として社会的労働の場に踏みとどまり、労働者としていっそうの進出を実現していこう。そしてそこにおける団結や闘いの経験を通して、支配層の利己的な思惑、労働者への負担と犠牲の押しつけを打ち破る力を獲得していこう。 (阿部治正)
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総選挙に見る《民意》の曖昧さ
今回の解散・総選挙では、いわゆる《国民投票》選挙の論議もあった。片や《国民の声を聞きたい》、片や《総選挙は任期4年の「国民の代表」を選択する選挙。それを郵政改革という単品での国民投票に限定するのはおかしい》云々。
とはいっても、これまでの選挙だって総花的で耳に響き心地のよいきれい事を書き並べた《公約》=建前しか提示されてこなかった。公約に反した消費税の導入に象徴されるように、選挙後の公約無視は日常茶飯事だった。それに《選挙は政策ではなく人を選ぶ》などという、政党政治に逆行する物言いもまかり通ってきた。
だから今回の《単品選挙》にかつての《白紙委任》の意味合いが強い選挙方式を対置してもあまり意味はない。それぞれ短所と長所があり、そのどちらが良いとか悪いとか比較することに止まってはいられない。
それにしても今回の総選挙ほど、《選挙》とはいかに頼りがいがない、不確かなものであるのかがはっきりしたことはなかったと思う。《民意の反映》という点についても、郵政民営化については現時点での回答が出た。が、他のこと、たとえば年金、医療、財政再建、イラク戦争などなど、郵政以外の懸案についての民意は反映されたのかされないのか。されたというならどうされたのか、はっきりした基準はない。その検証方法もない。議席を増やした党が支持されたとおおざっぱに受け取る以外にない。しかもその総選挙も原則は4年に一度だけ。増税など、有権者の反発が予想される課題は選挙後に先送りされるという争点隠しがまたしてもまかり通った。
小泉首相が本当に《民意を反映》した政治を行うというのなら、自衛隊のイラク参戦や靖国参拝こそ《国民投票》で決めればいい。《民意》がそれほど大事なら、インターネットと住民基本台帳を組み合わせた恒常的な国民投票システム、意識調査システムの構築など、今すぐでも可能だろう。しかし小泉自民党がやっていることはといえば、インターネットを活用した選挙活動を禁止するなど、《民意》ではない政党側の都合だけで選挙制度を作っているだけだ。
むしろ今回の《単品選挙》では、かつて投票所に足を運ばなかった有権者をも引きつけたことを重視したい。
小選挙区制度は当選の見込みがない小政党支持者の投票が死票となることで有権者の棄権を増やし、投票率を引き下げるものとして批判されてきた。現実としても小選挙区制が導入されてから投票率は下がった。それが今回の《単品選挙》が国民投票に擬せられ、限定的ではあれ有権者にとってかつてなかった直接民主主義の機会が提供された、と受け止められたのだろう。今回の投票率は前回より7%も高い67%台になった。
そうした意味では今回の総選挙は、自民党圧勝という結果や、そうした結果をもたらした小泉政治の是非という問題とは別に、変わりうるものがないといわれてきた議会制民主制へのオルタナティブづくりへのヒントを与えてくれるものになった。それは白紙委任を原則とする議会制民主主義から、拘束委任を原則とする派遣制と直接民主制の結合という意志決定システムへの転換だ。このことは今後とも継続して考えていきたい(廣)
「帝国は内部から衰亡する」―暴かれた帝国内第三世界の存在
焦点化されたニューオリオンズ市とは
現代世界における最大最強の軍事力を持ち我が物顔に振る舞ってきた強面の帝国主義国家・アメリカの知られざる真の姿が、ハリケーン・カトリーナによって、決定的かつ赤裸々に暴かれてしまった。まさに「帝国は内部から衰亡するのであって、野蛮人達によって外側から崩壊させられたのではない」との『ローマ帝国衰亡史』著者E・エドワードの言葉はけだし千古の名言ではある。
ハリケーン・カトリーナにより、アメリカのミシシッピー州やルイジアナ州等において出来した人的かつ物的被害はとほうもなく巨大なものであった。周辺の住民二百三十万人が電気のない生活を強いられたばかりか、実際に五十万人が避難生活を強いられた。とりわけ甚大な被害を受けたのはニューオーリンズだ。湖と河川に囲まれたゼロメートル地帯の市街地のほとんどは、今でも水につかり、死者は一万人を超えるとも言われている。
ニューオーリンズは、スペイン・フランス・英国・米国と帰属が変わり、独特の「国際的」雰囲気を持っている事でも知られている。百年前にはジャズがここで誕生したことやノーベル賞作家のフォークナーと劇作家のテネシー・ウィリアムズがここに居を構えたことでも知られている。映画「欲望という名の電車」はニューオリオンズが舞台であった。
現在のニューオーリーンズの市民の六七%は黒人であり、その二七・九%は、貧困ライン以下である。そうした貧乏な黒人達の多くは、そもそも避難するための手段としての車を持っていない人も少なかったので、避難勧告にもかかわらず市にとどまった。また貯金や保険加入などもほとんどゼロなので、留守中家財道具が略奪されたらお手上げだった。 そして、アメリカ国内の第三世界の住民の殆どが黒人の貧困層であることは、リアルタイムで放映される現地からのテレビ画面を見るだけでも歴然たる事実である。しかし、レポーターやキャスター達は、この点について、コメントするものは誰もいなかった。
こうして、ハリケーン・カトリーナが去ってから、略奪行為が始まった。最初のうちは食糧や生活必需品、そして医薬衛生用品の略奪だったが、そのうちあらゆるものが略奪の対象になった。病院や銃器店も略奪の対象となり、銃器を振りかざす強盗も多発し始め、その一方で強姦事件も頻発するようになった。 このような治安の悪化に伴い、住民の市外への退去や救援物資の搬入にも支障が生じ始めたため、災害救援に従事していた市の警察官を全員、当面治安維持に振り向けざるをえない状況になった。
州兵の派遣を含む連邦政府の救援・復旧活動の本格化により、早晩情勢は沈静化に向かうと考えられているが、この状況は、二〇〇三年四月に多国籍軍によってイラクのフセイン政権が打倒された直後のバクダットと同じ状況だ。
まさに、ハリケーン・カトリーナが、米国内の第三世界が顕在化させたのである。
ブッシュ政権の弱点を直撃
九月二日、「取り残されたのが白人なら、連邦政府の対応はもっとすばやかったのでは」との質問がアメリカ議会の黒人議員団の記者会見で飛び出した。このことは、黒人団体の言い知れぬ不満と怒りが広がっていることを明らかにした。これに対して、ジョーンズ下院議員は、問題は「自分の身を守れない人々」「避難できなかった貧しい国民」であり、「階級だ」と応じました。ネーギン市長もABCテレビで、「人種問題か」との問いに「むしろ階級問題だ」と強調した。
一九00年にハリケーンで一万二千人の死者が出た。さらに一九0六年のサンフランシスコ大地震でも六千人の死者が出てたが、これらに匹敵する米国史上最も規模の大きい災害の一つとしてニューオリンズの被災が起きたのである。
ハリケーン・カトリーナの被災地対応をめぐり、当然にもブッシュ政権への風当たりが強まっている。ブッシュ大統領の現地入りが、実際の被災から四日経過した九月二日だったことに象徴される対応の遅れに加え、イラク派遣による州兵不足や災害予防予算の削減が問題視されている。
こうした自然災害の対応にあたる州兵が足らない。州兵は災害時に招集されるが、有事には米軍に組み込まれることになっていて、今回も多くの州兵がイラクに派遣されている。
しかも、州兵は平時に警察や消防などの職業に携わっているケースが多いとされ、こうした人々の不在が、結果的に被害を膨らませたとの指摘もある。大被害が出たルイジアナ州では、州兵全体の三分の一に当たる約三千七百人がイラクに派遣されていた。
このため、ハリケーン・カトリーナ発生前からの「反戦ムード」も強く、このため「(州兵が)イラクにさえ行っていなければ」という現地の声は大きくなる一方だ。
さらにニューオーリンズで決壊した堤防を強化するための予算を、ブッシュ政権が出し渋ったとの批判もある。現地では、二〇〇一年以降、堤防強化のため四億九千六百万ドルの予算を求めたが、ブッシュ政権の回答は、半分以下の一億六千六百万ドルであった。これ以外にも治水関係予算が削減されたという。
堤防が強化されていたなら「これほどの被害にならなかったはずだ」と指摘する現地関係者もいる。こうした事情に加えて、ブッシュ政権はイラク戦費確保のため公共事業投資などを抑えてきたという背景もあり、防災予算でもイラクが影を落としている。
さらに対応に遅れたブッシュに対しての批判も根強いものがある。夏期休暇中だった大統領がワシントンに戻るのが遅れた事実は、ブッシュの危機意識の低さを象徴している。現実に、被災者に貧困黒人が多かったことは人種問題に発展する可能性もあり、支持率低下に苦しむ政権には、あらたな頭痛の種になった。
このため、大統領自身は巻き返しに必死で、九月二日の現地入りには国民人気の高いローラ夫人も同行した。ただ、「本当に危ない場所には行かなかった」などの声があるほか、被災者と触れ合う大統領の姿が「過剰な演出」として、必ずしも評判は良くなく、大統領はイラクだけではなく、ハリケーン・カトリーナの暴風圏に巻き込まれてしまった。
大災害が起きたミシシッピ州とルイジアナ州は、そもそも大統領選挙でブッシュ大統領を選んだ州であり、ブッシュ大統領の政策を支持している。だからこそ今回の大災害が起きてしまったのも、ブッシュ大統領が、テロ対策費に四0兆円も使っているのに、防災対策には四0億円しか使わない国家安全政策の弱点が露呈してしまった。州兵も半数がイラクへ派遣されているから、初期の災害救助もまったく手が足りない事態が出来したのである。
ブッシュ政権の危機は深化している
9・11テロ事件の時には、ブッシュは素早くテロ対策を打って、USA愛国法も素早く成立させたが、今回の大災害には、一週間以上たっても被害者の数も被害の大きさも未だに確定できないでいる。軍の救助出動も遅れがちで、各方面から非難されているが、軍のヘリコプターもその多くがイラクへ行ってしまって、必要な数のヘリが確保できないでいる。このように、イラクでは数万の兵士が死傷しており、国内でも多くの被災者が出ているのに、ブッシュ政権は決定打が打てなくなっているのである。
こうして、ホワイトハウスでは、ハリケーンによる「政治危機」への懸念が強まっている。九月四日付けニューヨーク・タイムズ紙は、ブッシュ大統領の指導力の後退を危ぶむ声が与党・共和党内にも広がっていると指摘しました。
九月四日、救援活動を指揮するチャートフ国土安全保障長官は、CBSテレビ番組で、「緊急事態」をいま振り返って問題を分析しようとするのは「誤り」だと主張したが、その無責任さが非難され始めた。
そもそも、どうして米国は、今回の大災害に際し、もっと迅速かつ適切な対応がとれなかったのか、そして、どうして黒人ないし貧しい人々ばかりが大きな被害を被ったのか、これらの点が明らかにされなければならない。
今回のような大災害に際して、迅速かつ適切な対応ができないのは、第一に、米国が連邦制をとっている(合衆国ならぬ合州国である)ことから、連邦が州の頭越しにニューオーリンズの救援・復旧活動を行えないからではないか、第二に、(国務省と国防省はともかくとして、)民間企業に比べて人気が低く給料も安いので公務員に人材が集まらない上に、官僚機構の上澄み部分が大統領や州知事等が替わるごとに総入れ替えになることから、官僚機構が機能していないためではないか、という懸念を投げかけているのが、国家安全問題のプロ・太田述正氏である。この指摘は正しい。
実際、米陸軍工兵軍団(The Army Corps of Engineers)、この軍団は、米国の水利・水防の企画・整備・管理、陸空軍施設の建設等を任務としており、軍人六百五十名、文官三万四千六百名からなる大部隊だが、数年前、ルイジアナ州政府と共同して、ニューオーリーンズの堤防強化のための経費一億五百万ドルを要求したが、連邦政府は四千万ドルしか与えなかった。この事実は重い。さらに付け加えておけば、ニューディールが始まった契機の一つが、奇しくもニューオリオンズの前回の洪水、すなわち一九二七年の洪水の際、連邦政府が(やはり黒人や貧しい人々ばかりだった)被災者への食糧や避難所の提供に一切カネを出さなかったことに怒った米国世論が、連邦政府に対し弱者支援を求めるようになったことだったとの史実がある。
太田氏は、レーガンが、「政府はわれわれの直面している諸問題の解決には役に立たない。むしろ、政府こそが諸問題の原因なのだ。」と宣言し、爾来、米国の歴代政権は、ひたすら米国の伝統である小さい政府への回帰をめざしてきたことを指摘する。そして、ブッシュ政権が、極端なまでの小さな政府志向であるを確認した後、今回の大災害を象徴するニューオーリンズの冠水において、黒人や貧しい人々ばかりが被害者になったのは、米国の社会保障制度が不十分であるためであり、また、この冠水は、堤防の強化を怠ったことが原因であることから、それらの反省の上に立って、大きい政府路線への再転換を求める米国民の世論が高まり、政策の大転換がなされる可能性が取り沙汰され始めていると太田氏は主張する。
だめ押しに、イラク戦争等、対テロ戦争に米国の資源を投入しすぎていることが、今次大災害に際して迅速かつ適切な対応ができなかった原因ではないかと太田氏は付け加える。
太田氏は、「ブッシュのイラクでの愚行によってカネが蕩尽されただけでなく、州兵の三十%とその装備の半分がイラクに送り込まれている」、「ブッシュ大統領がイラクでの戦争にかまけていなかったとすれば、米国の市民の福祉をないがしろにしたり、米国の国内資源の稀少化をまねいたりはしなかったのではないか」等の声や、対テロ戦争は、米国を模範としてイスラム世界の体制変革をなしとげるというのが謳い文句であったというのに、今回の大災害を通じて、米国は、自らが抱える貧困問題や人種問題の解決ができないだけでなく、災害救援・復旧活動も碌にできない国であることを世界中に映像付きで見せてしまった以上、もはや胸を張って対テロ戦争を続けるわけにはいかないのではないか、という論調すら出てきていることを紹介している。
まさに、「米国は自分が文明の燈台であるというイメージを振りまいてきた。しかし、そのイメージには泥が塗られてしまった」のである。
こうして、私たちは再度、「帝国は内部から衰亡するのであって、野蛮人達によって外側から崩壊されられたのではない」との『ローマ帝国衰亡史』著者E・エドワードの言葉を確認することが出来たのである。 (直記彬) 案内へ戻る
豪雨をついて行われた9・11のデモ 東京
9月11日、アメリカで自爆攻撃があったこの日に、東京明治公園においてワールドピースナウ主催の4度目の集会がありました。私も、地域の仲間とともに参加しました。
会場には自然食品、エスニックグッズ、古着、シシカバブやカレーなどのお店がたくさん集まってにぎやかでした。集会の前段では、センスのよい音楽と踊りが披露され、若者たちの熱気があふれていました。
ところが、いよいよ集会の中身に入ってしばらくした後、一天がにわかにかき曇り、ぽたりぽたりと大粒のしずくが。その後にバケツをひっくり返したような激しい雨が降り出し、雷も激しくとどろき始めました。
主催者も参加者も、取るものもとりあえず近くのテント、樹木の下に避難し、1時間近く続いた豪雨をなんとかやりすごしました。
その後集会を再開、デモ(ワールドピースナウではなぜかパレードと呼びます)に出発しましたが、デモの最中にも再び激しい雨が再来しました。しかし、みんなびしょ濡れになりながらも、デモを最後まで貫徹しました。
この集会は、憲法9条をテーマに掲げたものでした。衆議院選挙と日程が重なったこともあり、反戦・平和を訴えるにはグッドタイミングな集会でした。
多くの人が、濡れねずみになりながらもデモを最後まで歩き通したのは、やはりすでにメディアなどで「自民有利」が下馬評されていた選挙情勢、小泉の強権政治ぶり、ないがしろにされる平和や人権、不安的雇用や失業の拡大等々に対して大きな危機意識を持っていたからだと思います。
この集会とデモは、総選挙の後にますます強まるであろう、小泉の強権政治や、アメリカ追随とアジア無視の外交、戦争ができる国造り、憲法の改悪の攻撃などに対する、最初の反撃ののろしとなったと思います。
草の根の民衆の、反戦・平和、福祉・人権、働く者が主人公となる社会の実現をめざす運動を、ねばり強めていきましょう。 (T)
静岡空港土地収用の測量阻止行動6日間
私たちの税金800億円もの大金が使われた「小泉劇場」の総選挙は、自公与党327議席獲得という圧勝で終わった。
この総選挙のさなかの9月5日〜10日までの6日間、静岡ではもう一つの熱い戦いが繰り広げられた。
静岡県当局は、7月国土交通省からの静岡空港未買収用地の土地収用事業認定を受けて、
土地収用法35条調査の強制測量調査を職員500名を動員して開始した。
第1日目の9月5日は、地権者4名をはじめ共有地権者やトラストの木所有者及び支援者が沢山いたことや多くのマスコミ関係者の取材もあり、県職員は穏便な行動をとっていた。県当局の責任者である空港部長も、「職員でも、反対派住民でも安全を優先して実施していく」と議会答弁をしていた。
ところが、2日目より反対派の支援者が少ないと見るや、安全優先はどこにいったのかと思うような危険な実力行使に出てきた。自分の土地をに入ろうとする地権者を職員10人位で取り囲んで身動き出来ないようにする、抗議に来た支援者を取り囲んで追い出す、等々。さらに、突然抜き打ち的に、まだ暗い早朝5時から作業を開始して、支援者が来る前に調査を終了させてしまうような事も行った。
私服警察官に守られて、500人という職員数で力づくで強制測量がどんどん実施されていく中で、地権者・支援者が最後の砦として防衛したのが、「オオタカの森の家」(団結小屋)周辺でした。
最終日の10日、昨日の9日ように県当局の早朝の測量を警戒し、地権者・支援者たちは朝5時に現地に集合してきた。やはり県職員は6時30分頃から行動を開始して、「オオタカの森の家」の前からと、後方からの侵入して測量しようと試みる、それに対して地権者・支援者たちは、みんなでスクラムを組み、県職員の前に立ちはだかり、まさに体を張って阻止行動を展開した。後方では、山の上部より県職員がいつもの阻止線を難なく突破して、小屋の5メートル後方に張った阻止幕まで来たが、これも女性グループや高齢者の仲間たちが、体を張って止めたのである。
この間、続々と支援者たちが現地に到着して100人以上の人数となり、「オオタカの森の家」の周りに張られた最終阻止線の幕、その前面では対峙が続き、その幕の中では座り込みが続き、各所で県職員との攻防が続いた。
そして約2時間後の9時30分、ついに県は測量を諦め撤退した。
午後になり、県は「反対派の抵抗が激しいため」35条調査をあきらめ、37条の写真撮影に切り替え、3時に勝手に「土地収用法35条調査」の終了宣言をして、県職員は退散した。
今回の、土地収用法35条調査の「測量阻止行動」は、18年間続いた静岡空港反対運動の中で、始めて静岡県当局との直接実力対決となり、「オオタカの森の家」を守りきった闘いとして終了した。
静岡空港の土地収用をめぐる今後の闘いは、10月には事業認定の取消訴訟の裁判が始まり、12月には別の用地での35条調査の強制測量も予定されており、まさに闘いはこれからである。
全国の仲間の皆さんのご支援をよろしくお願いします。なお、現地闘争を闘った「静岡空港はいらない県民の会」のアピール文を下に紹介します。(若島)
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「静岡空港はいらない県民の会」のアピール・・・土地収用阻止闘争を闘い終えて
本日、午後3時静岡県は、土地収用法35条調査の初期の目的を達成することなく終了宣言を行いました。最後に残されたオオタカの森・トラストの家は、地権者初め多くの静岡県内から集まった空港反対派住民によって埋め尽くされ、土地収用を阻む県民の力がいかに強いものであるかを明らかにしました。
5日から始まった35条調査が、静岡県が議会やマスコミに説明していた「反対派への粘り強い説得工作」と「事業遂行における安全優先」方針とは程遠いものであったことはマスコミの皆さんの報道を通じて広く県民に伝えられました。土地の強制収用を食い止めようとする私たちに対して、県は時に大部隊で威嚇し、手薄であれば強行突入を行い、そして、陽動作戦を用いるというやり方を繰り返しました。それらは、行政執行というより軍隊的執行スタイルで多くの県民からの強い批判を巻き起こしました。私たちは、この静岡県の姿勢に、強く抗議するとともに謝罪を求めるものであります。
しかしながら、この悪辣卑劣・言語道断な行為に地権者は大地で生きる人間として、屈することなく、非暴力で体を張って敢然と立ち向かいました。私たちは、この地権者の戦いに感動し、勇気をもらいながら、雨の日も、台風の日も、暑い日も、この自然豊かな森や茶畑で、6日間を戦い抜くことができました。多くの県民の共感に支えられたこの戦いこそが、最後に残されたオオタカの森の家に測量隊を一歩も踏み込ませず、静岡県に35条調査をあきらめさせ、37条に基づく外観調査に方針転換をさせたのです。しかも、外観調査に対しても、反対派住民は、非暴力で抗議しながら測量隊を追い返しました。
今回の闘いを通じて明らかになったことは、静岡県が土地収用法にこだわればこだわるほど、静岡県民の静岡空港への批判が強まり、土地収用に反対の声が広がり続けることです。静岡県は、12月にも制限表面区域の強制測量を計画しています。今回の教訓を生かして土地収用法に基づく空港建設を中断すべきであります。地権者と私たちの戦いの決意がますます強まっていることを直視すべきであります。
私たちは空港中止に向けて今後も闘い続けることを宣言します。
介護保険制度改正法成立
不正請求がまかり通る介護保険事業
●措置制度から契約制度への移行
介護保険制度の問題点を、民間事業者の参入の実情の側面から見てみたい。
介護保険制度以前の福祉サービスは措置制度のもとで行われていた。利用者は自らの所得に応じて利用料を支払えばよかった。市町村の措置という行政処分により提供されるサービスは手続きが面倒で自由に自分の好むサービスを受けることができるとは限らなかった。
たとえば施設入所に当たっては、ミーンズテスト(資産調査)に類する膨大な資料の提出義務があった。それにより施設入所の必要性を判断するという理由からである。入所が決定した場合は市町村が指定した施設以外には入所できなかった。仮にその施設とトラブルが生じ退所した場合には他の施設には入所できない仕組みであった。そのために嫌な施設でも居続けるしか施設入所を継続する方法はなかったのである。利用者本位より「行政本位・施設本位」の仕組みがまかり通っていた。サービスを提供する社会福祉法人は費用徴収された利用料等が安定的に入る仕組みであった。社会福祉法人は税制の優遇や補助金などによって守られており、倒産の心配はなく、経営の効率を考える必要はなかった。土地持ちの地域の地主が何か安定した事業を興したい時に安易に始められる事業でもあった。
この様な措置制度が介護保険制度という契約制度に変わったことには大きな意義もあった。利用者主導・住民主体の福祉サービスを考えるきっかけになったことである。
しかし、厚労省のねらいはそこにはなく、今まで無駄が多かった社会福祉法人等の効率化を図るために民間活力を導入することが目的であった。そのため民間企業の参入が積極的に行われたが、利用者保護の視点や、福祉サービスの特性に配慮したサービス提供が行われるようにするための事業者への規制などの仕組み作りには、関心が払われてはいなかった。
マスコミをにぎわしている高齢者をカモにしたリフォーム業者の詐欺まがいの営業なども、福祉サービスとしていとも簡単に企業が参入する仕組みを作ったことに一因がある。
●指定取り消しをされた事業者も会社名を替えれば再度営業
今この時点でも介護保険参入の事業者の指定の取り消しが相次いでいる。
指定の取り消しは都道府県が行うことになっているが、実際には余り機能していなかった。利用者のサービスについての不満や苦情に対応するために介護保険審査会が都道府県単位で設置されているが、利用者には余り知られていない。市町村では「契約制度」であることをたてに、以前のように苦情に対処してくれない。苦情を市町村の窓口に持って行っても「ケアマネジャーさんに相談しましたか」などといって逃げられる事が多くなった。
介護サービス業界は、悪徳サービス事業者が何の指導も受けずにやりたい放題ができる業界になってしまっていた。介護保険施行から4年間で232の事業所が指定を取り消され、報酬返還額は29億円にものぼり、介護報酬の水増しなど、不正請求・受給が介護給付費を押し上げ、保険財政を圧迫してきた。かくして厚労省は、制度上の問題解決に取り組まなければならくなったのである。
そもそも指定取り消しが行われるのは氷山の一角でしかなく、指定以外の罰則が法律上はなかったのである。また縦割り行政の弊害であるが、指定取り消しを受けた事業者の情報が他と自治体に通知される仕組みがないために、自治体を変えたり法人名を変えたりして指定を取り消された事業者が直ぐ営業を再開することもできたのである。 それは制度そのものに欠陥があったからである。仮に指定取り消しをされても、別の都道府県で指定申請をしたり、法人の名義を替えてしまえば安易に事業を再開できる仕組みであり、介護保険法では事業者に対して、指定取り消し以外の処分の方法がなかったからである。
厚労省は不正請求で介護事業の指定取り消しを受けた事業所の再申請を一定期間認めず、不正に加担したケアマネジャーに業務停止などを科し、指定取り消し権限を市町村にも拡大する対応を取らざるを得なくなってきた。野放し状態であった、指定取り消しにまでは至らないケースについても、改善勧告、改善命令、業務停止命令などの処分を行えるようにした。県の権限を市町村に移行して事業所の指定や監督が市町村で行なえりようにし、取り消し履歴を全都道府県、市町村で共有するために必要となるネットワークシステムつくりにもやっきとなっている。また指定しないことができる理由として、申請者、役員個人の指定取消履歴や犯罪歴を追加する方針がとられるようになった。このように、ようやく事業所の規制強化に乗り出し厚労省であるが、こうした悪質事業者を排除するための仕組みは、本来制介護保険度発足時にできあがっていることが最低限必要とされていたはずなのである。厚生労働省の安易な「介護保険制度見切り発車」のために、膨大な国民の保険料が無駄になったのである。
●民間業者の認定調査は不公平
―市町村職員アンケートより
介護保険制度の要である要介護認定の訪問調査を、市町村はこれまで居宅介護支援事業者の介護支援専門員に依頼をしていた。が、2006年からはこれを廃止し、原則市町村の職員によって認定調査を行うこととした。これは民間事業者が認定調査を行うと利用者の囲い込みをおこなったり、自社の利益のための営業が行われ、公平・中立な認定調査が行われていなかったからである。2004年に京都府の市町村の職員を対象に行った調査では「要介護認定調査を民間委託した場合、公正・公平性が保てない」と考える職員が21%いたと報告されている。その理由は「利用者獲得の手段となったり、限度額を増やすため、本来より甘く認定調査を行い得る」というものである。民間事業所に認定調査を依頼している市町村の職員でさえ利益誘導型の認定調査を実感しているというのである。
介護保険制度により、今まで福祉サービスは社会福祉法人や市町村が提供するものであったが、民間企業が参入できる道が開かれ、福祉ビジネスが巨大マーケットになった。民間企業の参入は、措置制度時代の弊害を見直す機会を与えてくれる反面、利用者には大きなリスクも伴う。
事業者の情報提供窓口を全国に設置、不正事業者を監視する。利用者やその家族は電話やメールで簡単に苦情を伝えるができる。苦情に対するその後の対応状態などを他の利用者が閲覧できるような情報ネットワークをつくる。「情報弱者」となりがちな高齢者世帯については戸別訪問するなどして事業者の情報を公開する、等々は最低限必要なことである。
高齢者や障害者の生活を支えるための福祉サービスに企業の参入を許す以上、サービス利用者の保護のためのシステム構築には万全を期する必要がある。悪徳事業者排除するためのシステムを住民の手で作り上げることが今求められている。 (Y) 案内へ戻る
『やさしいことばで日本国憲法』A 憲法前文 その3 池田香代子訳
わたしたちは、平和をまもろうとつとめる国際社会、
この世界から、圧政や隷属、抑圧や不寛容を
永久になくそうとつとめる国際社会で、
尊敬されるわたしたちになりたいと思います。
私たちは、確認します。
世界のすべての人びとには、恐怖や貧しさからまぬがれて、
平和に生きる権利があることを。
私たちは、信じます。
自分の国さえよければいいのではなく、
どんな国も、政治のモラルをまもるべきだ、と。
そして、このモラルにしたがうことは、独立した国であろうとし、
独立した国としてほかの国々とつきあおうとする、
すべての国のつとめだ、と。
日本のわたしたちは、誓います。
わたしたちの国の名誉にかけて、
この気高い理想と目的を実現するために、
あらゆる力をかたむけることを。
正文
われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
正文にある「国際社会において、名誉ある地位を占めたい」とするには、現状の日本の姿勢ではかなりかけ離れ後退していると言わざるを得ません。全世界の国民を視野に入れ、恐怖と欠乏から免れるよう努力することを誓いながら、イラク市民への「支援」もむしろ敵対関係を生んでしまっています。池田さんの訳にある「政治のモラルをまもるべき」は、小泉のこれまでの政治にたいする批判として受け取れるのではないでしょうか。日本の軍事的な地位を確立するためには、イラクの平和よりもブッシュの後押しが大事なのでしょう。そのブッシュもハリケーンの対策・対応の遅れから、国内世論で「対テロ」よりも「内政」と批判を受け、政権最大の危機とされています。アメリカ社会の差別構造が明らかになった政治災害ですが、もちろん人権問題も見過ごせません。ますます貧富の格差が大きくなる社会に今、日本の社会も突入していくようです。
We desire to occupy an honored place in an international society striving for the preservation of peace, and oppression and intolerance for all time from the earth.
We recognize that all peoples of the warld have the right to live in peace, free from fear and want.
We believe that no nation is responsible to itself alone, but that laws of political morality are universal, and that obedience to such laws is incumbent upon all nations who would sustain their own sovereignty and justify their sovereign relationship with other nations.
We, the Japanese people, pledge our national honor to accomplish these high ideals and purposes with all our resources.
(マガジンハウス・池田香代子訳「やさしいことばで日本国憲法」より) (恵 )
「ワーカーズ」304号・郵政民営化問題への質問
@ 公共の責任と個人及び家族などの責任の限界を明らかにせよという主張について。現実に公共の責任というのは無能の人=A子どもとか生活能力のない者(老いた者など‐その人の生死は自己の意志で決めていいと思うが、それをどう見るかも問題でしょう)をどう扱うか。だから社会保障とかをどの程度、公共の責任として担いうるか、今、全面的に民間の手で引き受けられないというのが現実でしょう。公共の責任も、われらの手に、というのは遠い先の目標というか、理念であることは確かです。
A 日常性の中での風化というように言い古されたことを、いまだに持っていることは、むしろ敗北でしょう。民俗学にも、ようやく柳田学から常民への深化と言いたいですが、進んでいるようです。
B 常民というのは、いかにも日本的なあいまいさがありながら市民と非市民との区別・境界を明確に出来ないよさもあります。それでも川端康成は自殺した。
C 大企業のことはよく分かりませんが、外国人労働に頼らざるをえないのではないでしょうか。それはさておき、中小零細・小商売のところでは、個々の企業努力・工夫に頼っているみたいで、生き残る努力をしてきたようだ。情報はもうかつてのように商売とともに、外側のことを伝えられる役割はなくなり、もっぱら売るばかりなのですが。外の世界と自分自身の商い場の問題とがどうもつながらないようで、ただコツコツと、ということとなり、生活の場を守ることだって十分大きな問題なのに。
例えば、年寄りの夫婦が商売をやめる理由として、子どもは子どもの世界があると認めること。よくわかりませんが、戦後の建造物は農家でも無害と思って大工さんたちがアスベストを使ったから、訴えるすべも知らず、残った商品を投げ売りして閉店ということになるらしい。年寄りのめんどくささはありますが、散歩がてらに閉店の理由をさしさわりない程度で聞いてみるつもりです。私はカヤの外におかれていますが、かえって具体的なことで、現実性のあることが日常性の中に見出せます。
省略
D 現場主義の限界として、内からと外からの目を持つ人でなければ肝心かなめの問題、つまり特殊的あるいは差異のあるそれぞれの現場での問題を、さらに普遍といっていいかわかりませんが、展開していく発想をもてないでしょう。日頃、現場にたずさわってないのに口出しするな、というのが多いようです。口出しの内容を問わねばならないのに。これまでの例をみると、一応現場にいてもそれぞれ役割が違うわけだが、給料を払う経営者的立場であると同時に職種のプロである人は、余り立ち入ったことはやらない。そして現場の人々に任せるという形を取る。間に介在する人は、労働問題でも人の関係でも相当に経験を積んだ人でなければうまくいかない。むつかしいことです。たいていは、介在者が泥をかぶって処分されることになるでしょう。現場に余り顔を出さないのに、というのはそれは本当の対立点を明らかに出来ない、最初の必要な第一歩に過ぎないでしょう。 (宮森常子)
質問へのお答え
宮森さんから5点の質問をいただきました。
とは言ってその多くは宮森さんご自身の現状認識やそれに立ち向かうスタンスに関するものと読み取れ、そのことについては真摯に受け止めたいと思います。
ご質問についてですが、@について、私の記事では「公共の責任と個人及び家族などの責任の限界を明らかにせよ」と主張しているつもりはありません。小泉首相が「官から民へ」という新自由主義路線は確かに「弱者の切り捨て」を含んでいます。しかしそれに「大きな政府」対置するのは大目標として方向性が違うのでは、といっているだけです。国家による社会保障を家族やNPOなどに肩代わりさせるというのではもちろんありません。国家を必要とする階級社会から新しい共同体づくりを目標とすべきだといっているだけです。これはアソシエーション革命という最近の考え方でも重視している視点です。この点は今後も議論が必要で、ぜひ宮森さんのご意見もいただきたいと思っています。
AとBとCはそのまま受け止めておきます。なお外国人労働者が入ってくるのは不可避の現実であって、私たちとしては「排除」「隔離」ではなく、「連帯」を模索すべきでしょう。
Dについて、「現場主義」について、おおむね同じような感想を持っています。
回答と言うより簡単な感想になってしまいました。今後もご意見などいただければ幸いです。(廣) 案内へ戻る
深セン訪問記―日中民衆の課題は同じ
3泊4日で中国の深センに行ってきました。中国の経済発展ぶりを象徴する経済特区の実情を見たかったからです。
1980年には人口わずか3万人弱の村だった深センが、登小平の「開放」の号令以後、倍々ゲームのように人口が増え、05年の今では1200万人をかかえる世界的巨大都市に変貌しています。都市の平均年齢は27歳、人口の7割超が女性だというから驚きです。製造業の加工組み立て、サービス産業などに若年の女性が進出しているのだそうです。
街並みは、東京や大阪とかわりありません。というより、新しい街であるだけに、もっと洗練されており、また道路(幅250メートルの道路もあり!)にしろビルにしろマンションにしろ何もかもが真新しく、巨大です。ジャスコの店舗も、日本のそれよりも遙かにドデカいものでした。
しかし、この新しい街で成功をおさめているのは、ニューリッチ、スーパーリッチといわれる一握りの人々です。深セン住民自身も中国の他の地方と比べれば多少豊かな暮らしをしているようですが、その深センの中で所得格差が猛烈に拡大しつつあります。土地成金、企業のエグゼクティブや高級技術者や高級完了たちが富を手に入れています。深センと他の地方や香港との間の入境チェック、住民管理はそうとう厳しいもののはずですが、すでにこの街にもホームレス、物乞いなどの最下層の民衆の姿が見え始めているそうです。
深セン内外での所得格差の拡大、急激なモータリーゼーション、環境悪化等々が、今後深刻化することが十分に予想されます。案内をしてくれたハルピン出身の青年の話の中でも、カネ持ち階層への反発、今後深刻化するであろう都市問題への危惧等々が語られました。
いずれにせよ、日本やアメリカの支配層の目から見れば、深センに象徴される現在の中国の急発展ぶりは、自分たちにビジネスチャンスを与える好事である反面、嫉妬の対象でもあり、また恐怖心の源でもあるのでしょう。「中国恐るべし」というわけです。
しかし、私たちに日本の庶民にとっては、ハルピンから来た青年のような中国の労働者、普通の人々が、お互いを理解し合うべき対象です。中国の庶民もニューリッチや役人たちに反発を持っています。この点では、中国の民衆と我々日本の民衆とは同じ課題をかかえています。ここに、連帯の条件と根拠があります。この根拠は、私たちの努力次第によっては、より確固たるものへと成長させていくことが可能です。今回の深セン訪問は、日中の労働者・民衆の連帯の不可避性についての確信を抱かせてくれた旅となりました。 (H)
辻本復活するも自民圧勝 衆院選・兵庫からの報告
兵庫県の小選挙区は12区まであるが、与党の完全制覇という結果になった。自民党が10人で公明党が2人、民主党は比例区で4人が復活したが、党副代表の石井一は議席を失った。そして、社民党の土井たか子も議席も失った。
民主党は前回、小選挙区で3人の当選を果たしたが、今回はいずれも僅差で敗北した。勝利した自民党候補は皆、改革を止めるな≠ネどと叫んでいるのだから、その転倒振りに唖然とする。彼らは小泉が巻き起こした風に乗るために改革≠口にしているにすぎない。
前回、土井を追い落とした自民党の大前繁雄は今回は郵政民営化を前面に出していた。前回は拉致問題を売りにして当選を果たし、拉致議連の事務局次長になったのだが、今年に入って辞任し、郵政民営化特別委員会委員になった。次回はなにを前面に押し出すことになるのか、それは風だけが知っているということになりそうだ。
ふがいなくも追い落とされた土井は、今回は小選挙区での挑戦も放棄してしまった。これはなし崩し的引退とでも言うべきものである。だから、開票速報においてもほとんどその名がでることもなく、すでに過去の人になりつつある。
その社民党だが、辻元清美が復帰し大阪10区から立候補したので、近畿で複数の議席を確保するかと思われたが、辻元の比例区での復活のみで終わってしまった。兵庫の小選挙区では阪神間で3人が立候補したが、中選挙区当時の強い社会党の面影は全くない。
というようなわけで、与党の強さだけが目立つつまらない選挙結果になった。もっともこれが最悪ということなら、これから少しはいい方向にむかうことも期待できるのだが、そんなに甘くはないか。 (晴)
天木選挙を応援して 総選挙の縮図としての神奈川十一区
今回の選挙では、9月3日と10日、私は天木氏を応援しに横須賀市に行きました。
前々回から神奈川十一区では、小泉のダントツの得票による民主党を圧倒する形の選挙が定着しておりました。前回の2003年総選選挙でも、当選したのは一七四三七四票の小泉純一郎であり、二番手は四六二九0票の民主党沢木であり、殿は一三六三二票の共産党瀬戸で、その時の投票率は五九・九一%でした。
今回の選挙も、一九七0三七票で、またもや早々小泉のトップ当選が決まり、「革新」勢力の大同団結により期待されていた斎藤つよしは、二万余りの票をとりまとめなければならなかったにも拘わらず前回よりわずかに四千三百上乗せした五0五五一票にすぎませんでした。前回と同じ共産党の瀬戸和弘に至っては、「たしかな野党」を訴えていたのですが、二千三百票も減らしました。さて、全国から注目されていた天木直人も七四七五票、目立ちがりやの羽柴秀吉は二八七四票でした。このように七ポイントほど上がった投票率による票のほとんどは、なんと小泉に流れていったと言っていいほどの大差となりました。
この選挙戦は、ここで立候補した小泉がただの一度も選挙区入りすることなく、したがって一度も肉声での訴えがない中で行われたのです。このことは、天木氏が小泉批判として何回も批判したように、全く選挙民を愚弄するものです。また天木氏の応援弁士が言ったように新潟の十日町でもないのに、小泉の名を連呼するだけの選挙カーが走り回る異様なものでした。しかし、小泉は天木氏の立候補に対して、小心者ぶりを暴露しました。
なんと8月30日の小泉の出陣式に、駐日レバノン大使をはじめとするエジプト・パレスチナ・ヨルダンの中東四カ国の駐日大使が、「応援」に駆けつけ、代表して天木氏の旧知のレバノン大使が挨拶したというのです。全く持って驚かされるではありませんか。
これらの国では、天木氏が自らの職を賭して、イラク戦争に断固反対したことは、たびたび取り上げられ、その「サムライ」的な信念の行動を高く評価する声が、各国政府首脳や中東各国外交官の中に今もあると聞きます。こうした中、四大使の小泉出陣式出席は、内政に干渉しないことを是とした外交上も極めて異例なことで、外交関係者の間では「小泉陣営が天木氏へのあてつけに、四大使に『踏み絵』を踏ませるために呼び付けたのではないか」との憶測もあるほどなのです。四大使が自主的に出陣式にかけつけたのか、小泉陣営からの要請を受けて出席したのかはもちろん明らかにはなっていません。関係大使館筋は「四大使は当日、横須賀市長を表敬訪問した」ので、その後に小泉事務所に立ち寄ったと説明してはいます。
確かに、現在の公選法では、外国人が選挙資金を提供することは禁じてはいるものの選挙運動に参加すること自体は禁じてはいません。しかし、憲法調査推進議員連盟が作成した「憲法改正国民投票法案」では、「外国人の国民投票運動の禁止等」を定め、寄付だけでなく、外国人が国民投票への賛否を呼び掛ける運動自体を禁止しているのです。
したがって、今回の事例についていうなら、小泉陣営側が四大使を招いたとすれば「首相の地位利用」であり、「信義則違反」とも断定できます。そもそも外国の国政選挙で、日本大使が特定の候補者の事務所に応援に駆けつけることなどは外交儀礼上のタブーとされており、小泉陣営が外交界における世界の常識を踏み破ったともいえるものなのです。
四大使の出陣式出席について、天木氏は「私を支持してくれる外国の首脳もいるし、応援に呼ぶことは不可能ではない。しかし、外国の公人を選挙運動に招くという発想は公選法の趣旨からも逸脱しているのではないか」と批判しつつ、「たとえば私が中国の外相を招き、小泉批判の応援演説をしてもらうような選挙をやっていいのか」とその問題性を鋭く提起しています。このように小泉の選挙は大変な奢りと小心をない交ぜにしたものです。
選挙最終日には、天木氏から昼食時直接田中康夫に対する辛辣な評語も聞いたのですが、ここでは書けません。大阪からも支援者が参加することもあり、全国の人々から手紙等での支持を受けて天木氏は元気に闘い抜きました。この選挙を通じて天木氏は、イラクへの自衛隊派遣に一貫して反対し、米主導のイラク戦争を支持する小泉政権を批判し続けてきました。確かに少ない得票ではありましたが、組織力もなく、最少の動員数の時はわずか五人にも満たない運動員で闘っていた天木氏に私は大きな拍手を送ります。(笹倉) 案内へ戻る