ワーカーズ372号 2008.7.1.        案内へ戻る

1945年6月23日・・・沖縄戦が終わった日  63年目の「沖縄慰霊の日」

 本土の多くの人たちにとっては、6月23日はただの日だろう。
 しかし、沖縄の人々にとっては、毎年やってくる6月23日は特別な日である。20万人余の命と県民の財産、文化財、自然が奪われた沖縄戦の終結の日である。沖縄ではこの日は公休日となり、各地の慰霊塔などで一斉に慰霊祭が行われる。
 この沖縄戦は、沖縄の人たちにとってはまさに「地獄」。戦没者20万人のうち、沖縄県出身戦没者が約12万2千人、県外出身日本兵戦没者が約6万6千人、米軍戦没者が約1万2千人という数字が示すように、犠牲者の圧倒的な人数を沖縄県民が占めている。
 当時の日本軍首脳部にとって、当初から沖縄を防衛する意思はさらさらなく、本土防衛の決戦準備が整うまでの時間稼ぎで、沖縄戦は「捨て石作戦」であった。従って、日本軍は「軍官民共生共存」という表現で、沖縄県民に軍と運命を共にし死ぬよう求めた。ここから沖縄戦の悲劇がはじまったと言える。「本土防衛」という美辞麗句のもと、沖縄に派遣された日本兵士も沖縄県民も「捨て石」とされた。
 今年も、激戦地となった糸満市摩文仁の平和祈念公園で、県主催の「沖縄全戦没者追悼式」が開かれた。追悼式には福田首相も出席した。
 仲井真知事は平和宣言の中で、「沖縄県民は先の大戦で戦争の不条理と残酷さを体験し、・・・戦争の記憶を正しく伝え・・・」と「沖縄には依然として広大な米軍基地が集中し、基地から派生する事件や事故、騒音など県民が納得できない負担を強いられている。目に見える形で負担を軽減するために・・・」と述べた。
 とするならば、県知事として「戦争の記憶を正しく伝える」ためには、昨年の文部科学省の教科書検定で「集団自決」の記述が削除されたことに、断固として反対すべきではなかったのか。
 また、「納得できない負担を強いられている。目に見える形で負担を軽減する」ためには、辺野古での新基地建設を認める立場はまったく矛盾する言動である。
 福田首相の挨拶もうわべだけの美辞麗句そのものであった。「米軍施設の集中は今なお県民の大きな負担となっている」と言いながら、その負担の軽減の具体策についてまったく触れていない。
 沖縄戦で犠牲者になった人たちの思いはただ一つ「平和な島」の再現である。
 世界戦争の発進基地になっている沖縄の米軍基地。その基地の撤去をめざすことが、今生きている私たちの重大な責務ではないか。(若島三郎)


生きにくい“利潤万能社会”  ――続く“自殺者1万人時代”――

 昨年1年間の自殺者がまたしても3万人を超えたという。
 これでそれまで2万人台だった自殺者が98年に一気に3万人を超えてから10年連続で3万人の大台を推移したことになる。6月19日に警察庁が発表した「平成19年中における自殺者の概要」で明らかになった。
 毎年3万人を超える自殺者がいたということは、単純にいってこの10年間で30万人以上の人が自ら命を絶ったということになる。この数字は東京の新宿区の全員が死んだのと同じ数にもなるという。またこの数字はバブル期に年間1万人以上の死者を出して“交通戦争”にたとえられた交通事故の死亡者が1993年以降減少に転じ、07年には5000人台にまで減少してきたことと対比するとその悲惨さの程度がはっきりする。いわば“自殺戦争”とでも言い表すしかない事態でもある。
 一人の死は多くのドラマをイメージさせるが、万を単位とした死者数に対しては具体的イメージはわきづらい。なぜこれほど多くの人が毎年自らの命を絶つような事態になったのだろうか。
 もとより自殺者が100人いれば100通りの事情と人生をつづれる。が、それが10年前から急に増え、それがまた10年にもわたって続くということからは、単に個人的事情以上のものがあるはずだ。“自殺者1万人時代”も一皮めくれば、自殺という究極の個人的選択の背後で、平成という時代が帯びた「生きづらい世の中」という、特殊な時代相が浮かび上がる。

■働き盛りが死に追いやられている

 すでに報道されているように警察庁生活安全局地域課の発表によれば、昨年の一年間に自殺した人は3万3093人で、03年に次いで過去2番目に多かった。自殺者3万人越えはこれで10年連続だ。発表では、性別では男性が多い、年代別では60歳以上の高齢者が多い、職業別では無職者が多い、原因別では健康問題が多い、等々が並べられている。が、「概要資料」によれば、それらの無味乾燥な統計以上に深刻で悲惨な状況がかいま見える。
 統計自体は職業の分類や原因・動機の集計方法が昨年改訂されたことで、単純には比較できない。年齢別の自殺者の統計は同じで比較しやすいが、その年齢別の統計では30〜39歳、40〜49歳、それに60歳以上で増えている。なかでも30〜39歳の自殺者が6・0%と突出していることに目を引かれる。40〜49歳という年齢層も含めてそれだけ社会を担っている中堅層の世代に自殺者が急増していることは、その年代にいわゆる“過労自殺”が集中していることも含めて、“大自殺者時代”を際だたせている。
 遺書や遺族への聞き取り調査が中心の統計では、自殺という事の性格上、正確な分類は難しい面もあると思われるが、それにしても分類自体が不正確で曖昧なものにとどまっている。
 たとえば家庭問題の分類の中で「親子関係の不和」や「夫婦関係の不和」「家族の将来悲観」といっても、何が原因かははっきりしていない。なかでも健康問題の中の「身体の病気の悩み」や「鬱(うつ)病の悩み・影響」という分類はあるが、なぜ体や精神的な問題を抱えるようになったかの調査はない。「うつ病」などもその多くが職場の処遇や会社・上司・同僚との軋轢、あるいは借金苦などの経済問題が背景にあることが推測されるが、そうした本来の動機・原因に踏み込んだ分析もない。それに自殺の動機、原因がはっきりしていないケースも全体の3割もある。まだ自殺の全体像に迫るには不十分な統計であるといわざるを得ない。

■“98年現象”――揺らぐ企業社会――

 今回の発表も含めて、年間の自殺者以上に自殺者数が98年(平成10年)に入ってから急に激増していることに注目せざるを得ない。それ以前は2万人台前半で推移していたのに、だ。それが98年に一気に1万人近くも増えた。こうした現実は単にばらつきといってすますわけにはいかないほどの急激な変化といえる。むしろ自殺者が増える構造的原因が新たに生じた、あるいは自殺者を多発させない構造が崩れた、ととらえざるを得ない事態である。
 なぜ98年なのか。
 この分析には山田昌弘氏のユニークな分析がある。04年に出版された『パラサイト社会のゆくえ』で、直接的にはパラサイト社会の変質を分析したものだった。そこでは当初の牧歌的なパラサイト・シングルの時代が暗転し、いわば“強いられたパラサイト”が広がっている、というのが著者の見立てだが、そこで“98年現象”の特徴ともいうべき現象を列挙している。
 いわく、98年前後を境にして凶悪犯罪、強制わいせつ、セクハラ、児童虐待、離婚、あるいは当時問題になっていた社会的引きこもり(ニート)などが軒並みに急増している。またこの時期は不登校、高校の中退率、児童生徒の平均勉強時間、それの失業率やフリーターなどが急増した時期でもあった。
 その前年、1997年は北海道拓殖銀行、三洋証券、山一証券などの金融機関の破綻が相次いだ年だった。端的に言えば潰れるはずのない大企業や銀行が破綻したことで、高度経済成長期以来の企業社会に対する大会社・銀行はつぶれないという神話が根底から揺らいだ年でもあった。終身雇用や年功処遇が音を立てて崩れ、リストラという言葉が首切りと同義のように語られてもいた。若年層では就職氷河期が続き、仮に就職できてもいつリストラされるか分からないという、生活不安や将来の不安が急激に拡大した時期でもあった。1998年というのはこうした企業社会の神話が崩壊した翌年、堰を切ったように社会の病理が噴出した年だった、と言うのが著者の見立てだった。いわば「」1998年問題」だというわけである。
 要は“もう一度やり直したい”という想いも可能性も失われた時代になってしまった、ということなのだ。こうした時代的な構造変化あるいは時代的風潮が、個々人レベルでは様々な経緯はありながらも多くの自殺者を生み出す土壌となっていたと受け止めるべきだろう。

■“生きにくい”時代

 思い起こせば新自由主義的政策をひっさげて小泉首相が登場したのは01年だった。が、実は日本の構造改革路線はすでに橋本政権の時から始まっていた。そうした時代展開の中で「機会の平等」や「敗者復活が可能な社会」「やり直しができる社会」などという新自由主義的キャッチフレーズが多く語られていた。
 が、実際のところはといえば、現実にはそうした構造改革のかけ声の背後で98年から大量に自殺者を生み出すにいたる社会の構造変化が進行していたわけだ。深層では「新たな機会」どころか、自らの境遇とその将来への底深い「絶望」が拡がりつつあったというのが真相だったのだ。
 一口に絶望といっても、その行き着く先はいくつものルートがある。
 消極的形態としては、もちろん自殺がある。たとえば働けど働けど仕事に追い回される“企業戦士”や借金苦で苦しんでいる人など、電車のホームにたちながら「いっそこのまま飛び込んでしまえばどんなに楽になれるか、と考えた」などと述懐するケースも多く聞かれる。
 対極ともいえる「攻撃型」では、近年頻発している様々な「凶悪事件」がある。そうした場合の多くは、矛先は小学生や女性、あるいは無抵抗な不特定の市井の人々などに向けられる。
 またそうした絶望が、特定の標的に向けられるケースもある。たとえば99年には会社の理不尽な対応に悲憤を募らせた会社員が社長室に立てこもって包丁で自殺したタイヤメーカーのブリジストン社事件もあった。この場合は社会的矛盾が特定の人格に結びつけられて標的にされたわけだ。当否は別にして評者によっては、これを“テロ”と規定する。
 「絶望」の現れ方は様々だが、その背後には社会に対する疎外感、あるいは被害者意識、それらがない交ぜになった終末意識、精算的意識などがあるかもしれない。凶悪犯も、事件を起こせば死刑になるかもしれない、あるいは死刑を望む、という供述も現にあるという。
 いずれにしてもこれらは社会で生きていくことの絶望に根ざした消極的、あるいは攻撃的・破滅的な形態をまとった社会への反発・反乱だと受け止めるべきであり、逆からみればそうした人々を社会が抱えていく包容力も余裕を失ったことへの警鐘といってもいい。

■メスは“利潤万能社会”へ

 自殺者3万人時代を目の当たりにして、対処療法に飛びつく人々もいる。たまたま目にしただけだが、たとえば産経新聞は、自殺者3万人時代に対して「うつ対策」、とりわけ職場での早期発見や適切な対処などの重要性を説いている。対処療法としては必要だろう。しかし「大自殺者時代」という大きな構造変化に対して、「うつ対策」などという対処療法に人々の目線を誘うことは、明らかな矮小化といわざるを得ない。苛烈な企業社会に対する切開を棚上げにするその意図もまた明らかであろう。
 その意味では昨年制定した政府の「自殺対策基本法」も問題の根本的解決にはほど遠い代物でしかない。
 繰り返すが、“絶望”から帰着する自殺は、社会に対する消極的形態をとった反発・反乱である。そうである限り、その根本的な解決は、様々な企業犯罪に象徴される、利潤のためなら偽装も偽造もいとわない、あるいは派遣業界に象徴的に現れている、人を人とも思わない“利潤万能”の企業社会のあり方そのものを根本から変えていくという課題を解決していく以外にない。
 そのためにも、自殺や凶悪犯罪につながるような消極的・攻撃的な反発・反乱から、前向きな、積極的な、集団的な解決の道を切り開いていくことこそ求められていることを今一度銘記したい。(廣)案内へ戻る


高齢者と貧困 年金では生活できず、万引き、再犯…刑務所が終の棲家になる高齢者

 全国の刑務所の65歳以上の新受刑者がこの10年で3倍になっている(法務総合研究所の調査2007年12月)。同調査によると、65歳以上の高齢受刑者は1996年には517人だったのに対し、2005年は1597人と3・1倍に増加している。さらに70歳以上では162人から597人と3・7倍にも達し、年齢が上がるにつれ増加していることがわかる。また女性の高齢受刑者の増加も著しく1996年から2005年では4倍増になり、70歳以上では5倍近くにも達している。
 この要因の一つは超高齢化による高齢者の急増にある。10年前に比べ高齢人口の増加率は30・7%であるが、高齢者の窃盗犯検挙者数は111・5%と高齢人口の伸び率を大幅に上回っている。刑務所がまるで老人ホームのようになっているところもあるという。
 福岡県警のまとめでは、2006年に窃盗容疑で検挙された65歳以上の高齢者は717人で、10年前の2・1倍に達し、20歳以上の窃盗犯検挙者全体の約3分の1を占めるまでになっている。そのうちの半数以上がスーパーなどの万引きであるという。
 また、認知症と診断された高齢受刑者も増加している。介護機能のない刑務所で認知症受刑者の処遇をどうするかも大きな問題になっており、刑務官がおむつ交換やその他の介護に追われるという現状もある。
 認知症を患ってはいないが、高齢のために日常生活に支障が生じている人も多く、車いすやおむつなどが必要な受刑者も増加し、食事も「刻み食」「全粥」「減塩食」と老人ホームの食事のようである。施設内はバリアフリーに改築され、歩行補助用の手すりも設置され、トイレは車いすごと入れ、作業場の椅子には転倒防止のために背もたれやひじ掛けを付けたりもしている。高齢のために一般の服役作業ができない受刑者の増加により、全国各地の刑務所で高齢者を集めた「養護工場」という作業場も増加している。
 刑務所内での死亡者も増加傾向にあり、寝たきりの受刑者もいる。彼らは刑期が満了をすれば出所しなければならないが、病院が受け入れを拒否することもたびたびである。そのために、法務省は病院と刑務所とをつなぐパイプ役とし受刑者に医療ソーシャルワーカーを配置する予算を計上した。
高齢者の犯罪が増えている背景には大きく二つあると思われる。一つは独り暮らしや高齢者世帯の生活の見守り体制の欠如である。認知症の高齢者が万引きをせざるをえない状況に陥るのは、認知症高齢者の早期発見やサポート体制の欠如と無関係ではないだろう。また、孤独感より万引気をしてしまう例も多いといわれている。高齢者の地域生活を保障できていない現実があると思われる。
 そして、高齢者犯罪増加の最も大きな原因は、高齢者の貧困である。
 高齢者の万引きの場合には、被害品は刺身や肉などの食品や植物や種、球根などの園芸用品、作業用軍手などの生活用品が多く、万引きした際の所持金も極めて少ないという。
 本来なら仮出所ができる受刑者が、親族などの身元引受人がいない、高齢のために仕事に就けない、などの理由で生活が安定しないと判断され仮釈放が認められないことが多いという。このように、他に行くところがない、働けない人が満期出所することになるが、満期出所者の高齢者ほど再入所率が高いという。
 1996年から2001年に出所した高齢受刑者320。人を分析した結果、5年以内に再び罪を犯し再入所した高齢者は65歳以上の満期出所者が6割から7割、64歳以下の満期出所者を常に上回っていたという。福岡刑務所では07年10月現在の資料では、高齢受刑者の最も多い犯罪は窃盗であり、再犯率も9・5回と全体の4・1回を大きく上回り、入退所を繰り返すケースも後を絶たないことを示している。高齢者の問題は、日常の生活の上で生じる諸問題−所得、医療、介護の問題として論じられることがほとんどだ。
 しかし現在では、それの問題への無策が昂じた結果としての高齢者の貧困が大きな問題となり、そしてその行き着いた先としての高齢者の犯罪の問題さえが避けて通れない課題として登場してきている。少なくない高齢者が、市民としての生活の道を奪われ、衣食住にありつくために罪を犯さざるを得ない状況に追いやられている。彼らの生存が保障される場所、柊の棲家が、刑務所になっているという悲しい現実がある。高齢者の問題を論じるときに、このことを頭の隅に置いていく必要がある。    (Y)


賃金をめぐって

 発足以来、とかくマスコミを賑わす橋下大阪府政だが、給与削減をめぐる組合との団交が決裂した。橋下知事は例によって公務員だからと強圧的に賃下げを迫り、基本給で16‐4%の削減を断行しようというもの。組合側は「我慢の限度を超えている。われわれにも家族や生活がある」(6月21日「神戸新聞」)と反論。所得が100万円前後の非常勤職員の給与もカットするというのだから、その乱暴さにはあきれる。それは官製ワーキングプア≠フ世界だ。
 自らは30%も削減するというのだが、それでも月額100万円を超える。一方、4%削減の大卒初任給は171648円、12ヶ月で約206万円、手当てや一時金があるとしても知事給与の2ヶ月分に過ぎない。部長級は14%削減で約48万円弱だか、これほどの賃金格差というか若い労働者の賃金の低さ、それにも増して非正規労働者の処遇は限度を超えて非人間的だ。
 橋下知事は第一声で府の多くの施設を切り捨てると言ったが、そこで話題になったドーンセンターの顛末は象徴的だ。聞くところによると、トップの方は府から多額の給与が出ていて、碌に仕事もしないのに今後も生き残ることになったが、実際にスタッフとして頑張っていた非常勤職員は切り捨てられるということだ。橋下知事の姿勢が強きを助け、弱きを挫く≠烽フであることを示す、これは一事例に過ぎない。
 目を転じてみると、世界のトヨタはやはり凄い。2008年3月期決算の純利益が過去最高となるなかで、役員報酬を17%も増額し、取締役の平均年収では一人当たり約5%増の1億2200万円になるという。労働者を過労死させた儲けの行き先がこれだ。株主総会で米国経済の減速の影響を懸念する質問が出たが、渡辺捷昭社長は「経営環境は厳しいが、徹底的に無駄を省いて仕事を見直していきたい」(6月24日「神戸新聞」)と答えている。いったい何がムダ≠ネのか、それが問題だ。
 ムダに車を生産し続けているトヨタが儲けすぎている一方で、介護業者の倒産が過去最悪ペースとなっている。いうまでもなく、これは国が決める介護報酬が2006年度に引き下げられたためである。介護労働者は重労働なのに生活が成り立たない低賃金、介護を受ける方も自己負担に耐えられない、制度の崩壊は近い。その解決には、09年度の次回改定での報酬引き上げが不可欠だが、ここでも弱者切捨て≠フ政治がこれを阻もうとしている。
 衣食住というが、今はその最低限が保障もされず放置されている。その上に発言権の強い者が持て囃され、マスコミを賑わしている。すると、あたかもそれが正論であるかに闊歩しだす。橋下徹といった人物が大阪府知事になったのは、まさにそうした世相の反映だろう。小泉が自民党をぶっ壊すといって登場したのと同様だが、問題は何をぶっ壊し、何を創造するかである。まずは、すべての労働者に喰える賃金を、というほかない。(晴)案内へ戻る
  

幸福の科学≠ニいう建物

 生活上の必要もあって、これまで親しんできた分野とは全くちがった実学の世界へ飛び込むことになった。大阪の国分町近くがその講義の場である。国分町のバス停を降りると目につくのは、まだ入れ物だけ出来上がったばかりのこぢんまりとした建築物。
 その看板が幸福の科学≠ニある。展示物はまだ用意されていない。このうたい文句にこだわってみると、これまでの科学の進歩は、自然をこわしてきた元凶とばかり思い込んできた。同じく国分町近くのある古い建物の中で受講している講義が、生命科学に属する分野であり、その先端は現在では神の領域≠フ一歩手前まで進んでいるそうだ。
 万事休す、で祈るしかないとされてきた限界も学問研究の前線では、乗り越えうるかも知れないという期待を持たせる。古くから言い習わされてきた人事をつくして天命を待つ≠ニいうコトバがある。それは祈りしかない地平であろう。
 手塚治虫氏のブッタ≠ニいう巻にわたる著作の結論は、神≠ヘ己れ自身の中に≠ニいうことであった。遠い永遠の未来の世界と思われる神≠フ世界は我の中に≠ニいう彼の結論は、永遠の遠い挿話をわがもの≠ニしたい、あくなき人間の意志・意欲・実践の力(の源)への礼讃ではなかったか。
 科学が終わったと見なされた地点(アインシュタインの自己批判−原爆使用)から始まった人間による科学の世界の展開。私がこの小さな実学の講義の中から汲み出しえた、というか、かいま見せてくれた世界。雨にも負けず暑さにもめげず、死にそうになりながら通っている甲斐があった。
 たとえ合格せず落第しても私は幸せに思う。こういう世界に出会ったことに感謝する。ただ意欲はあっても体がついていかない。魂の作用の肉体的表現にはなかなか至らぬもの。願わくば科学≠ェ人を介して幸福≠もたらさんことを!!08.6.20 教室の片隅にて 宮森常子


地球温暖化について

 最近地球温暖化の本を読み継いでおります。そもそもはアル・ゴアの『不都合な真実』を購読したことがきっかけです。その後、『不都合な真実』のDVDを購入して、数々の「衝撃的映像」を確認しました。
 しかしアル・ゴアにノーベル平和賞が授与されたこと、イギリスで『不都合な真実』のDVDを学校の授業で使わせない裁判がおこされ、裁判の判決で、DVDの視聴に当たっては、九つの警告を児童・生徒に提示することを義務づけた判決だ出たこと等々で、私の立場は固まりました。まさに現代政治です。
 そのことを職場で議論していた矢先、六月二十六日の「しんぶん赤旗」の一面には、「温暖化対策国際責任をはたせ」とのヨコの大見出しと「3つの転換を提起」のタテの小見出しが、踊っています。
 このことも「地球温暖化」の科学的根拠を、物理・気象学者の党員を大量に抱える自らの党内での冷静な議論を省略した上でなされたもので、まさに日本共産党指導部の政治の指導性です。
 真理は多数決でも政治の指導性でもないと私はこの際強調したいと考えます。二酸化炭素が増えたのは、「地球温暖化」の原因ではなく地球温暖化の結果だとするエントロピー学者・槌田敦氏の見解は傾聴するに値します。
 彼の本を読むと様々な言論規制や記事差し止めの策動があると聞きました。
 是非皆さんもマスコミの喧噪を離れて、自分の頭で、地球温暖化問題を考えるべきではないでしょうか。(笹倉)


Revolveする世界 7   北山 峻

(3)主な工業生産の世界分布

(a)銑鉄・粗鋼生産

 工業生産の基本材料である銑鉄・粗鋼の生産を見ると、2006年で、1位中国;銑鉄404億トン(46・4% )粗鋼 419億トン(33,8%)、2位日本;銑鉄84億トン(9・7%)粗鋼116億トン(9・4%)、3位アメリカ;銑鉄38億トン(4・3%)粗鋼98億トン(7・9%)、4位ロシア;銑鉄52億トン(5・9%)粗鋼71億トン(5・7%)、5位ドイツ;銑鉄30億トン(3・5%)粗鋼47億トン(3・8%)、6位ウクライナ;銑鉄33億トン(3・8%)粗鋼41億トン(3・3%)、7位インド;銑鉄28億トン(3・2%)粗鋼44億トン(3・8%)です。ここにはかつて「鉄を支配するものは国家を支配する」「鉄は国家なり」と豪語し権勢を振るったアメリカの鉄鋼王カーネギーの面影はもはやないというべきでしょう。

(b)原油消費量と自給率

  鉄鋼と並んで現代産業のもう1つの最も重要な原材料である、つまり自動車・航空機・船舶や火力発電などの主要な動力源であり、石油化学工業の原料でもある原油消費量と自給率を見ると、さすがは石油帝国主義として20世紀の世界に君臨していただけの事はあって、依然としてアメリカが強いことがわかります。
(2004年・単位;10万トン)1位アメリカ;消費量8003(22・1%)自給率33・5%、2位中国;消費量2901(8・0%)自給率60・6%、3位日本;消費量2012(5・6%)自給率0・1%、4位ロシア;消費量1913(5・3%)自給率233・2%、5位インド;消費量1294(3・6%)自給率26・3%、6位韓国;1129(3・1%)自給率0・0%、7位ドイツ;消費量1119(3・1%)自給率3・1%です。
 この石油の支配こそがアメリカの生命線といってもいいでしょう。これに対し、昨年サウジアラビアを抜いて生産高世界一になり、埋蔵量世界一といわれる天然ガスのドイツやポーランドなどのヨーロッパへの輸出によってEUとの連携を強化している資源大国ロシアや、政府のてこ入れによって国内の石油資本を中国の三大メジャーとして再編し、カスピ海の大油田カシャガンに至るパイプラインを建設し、イランやアフリカ諸国の石油開発に力を入れ、アメリカと対立するミャンマーの軍事政権と提携してベンガル湾の天然ガスの利権を手に入れ、さらにチャベス反米政権と連携してベネズエラの石油や、最近(07年11月)発見されたブラジルの大油田(埋蔵量50〜80億バレル)にも手を伸ばす中国が、米英石油資本の支配に挑戦しこれを崩そうとしており、この中ロとアメリカとの石油や天然ガスをめぐる世界規模での戦いは、中東の産油国やEUをも巻き込んで、アメリカの世界支配の野望を崩す最後の大闘争になりつつあります。
 中国がエネルギー開発で投資している国はすでに世界の40カ国に上るというのです。
 
(c)自動車生産

 自動車生産では、各国の自動車メーカーが他国に工場を建てて生産し販売する体制が一般化しており(例えば2006年統計で、トヨタの海外生産比率は48,5%、日産は62・8%、ホンダは63・6%である)、国別の生産台数ではその国の国力を正確に反映しないうらみが有りますが、一応国別の生産台数と、主な自動車メーカーの生産台数を見てみると、2005年の統計で、
 1位アメリカ;1198万台(18・0%)、2位日本;1080万台(16・2%)、3位ドイツ;576万台(8・7%) 、4位中国;571万台(8・6%)、6位韓国;370万台(5・6%)、7位フランス;355万台(5・3%)となっており、これを会社別に見てみると、
 1位ゼネラルモーターズ(米)892万台、2位トヨタ(日)804万台、3位フォード(米)627万台、4位フォルクスワーゲン(独)569万台、5位ホンダ(日)367万台、6位ブジョー=シトロエン(仏)336万台、7位日産(日)322万台となっています。
 ここでも世界を支配していたGM、フォード、クライスラーの衰退はすさまじく、トヨタ、ホンダの日本勢ばかりか、ルノー=日産、ブジョー=シトロエンのフランス資本やフォルクスワーゲンなどのドイツ資本がアメリカに取って代わりつつあります。さらにその後には、現代自動車や起亜自動車などの韓国や、中国・インド勢の台頭もあり、もはや世界を席巻していた「アメ車」の栄光の日々は永遠に過去のものとなりつつあるようです。

(d)船舶の生産

 世界の貿易の主要な手段である船舶の製造(造船)を見ると、2006年の船舶竣工量(単位;万総トン)実績で、第1位;韓国1872(35・9%)、第2位;日本1818(34・9%)、第3位;中国766(14・7%)で、この3国で世界全体の85・5%を占めています。アメリカなどは第10位のルーマニア45(0・9%)以下で、アメリカでは造船業は今ではほとんど姿を消してしまいました。さらに、日本造船工業会が2月19日に発表した、英ロイド統計に基づく2007年の各国の船舶受注実績によると、第1位;韓国6796万総トン(前年比78・3%増)、第2位;中国5801万総トン(前年比112・1%増)、第3位;日本2067万総トン(前年比8・4%減)で、3カ国合計で世界の造船量の88%を超える模様です。(日経新聞、2月20日付)
 
(e)工作機械の生産

 あらゆる工業の生産財を生産する、旋盤に代表される最も基本的な機械である工作機械の生産で見ると、2006年度実績で(百万ドル)、第1位;日本13522(22・7%)、第2位;ドイツ;10277(17・3%)、第三位中国;7000(11・8%)、第四位;イタリア5452(9・2%)、第5位;韓国4144(7・0%)、第5位;台湾3692(6・2%)、第6位;アメリカ3625(6・1%)で、アメリカはやっとここで顔を出してくるのです。この点、技術の蓄積が最も要求される工作機械の分野での日本とドイツの強さは格別で、この2国はここしばらくの間は工業先進国にとどまるであろうと思われます。

(f)綿織物・毛織物・化学繊維の生産

 代表的な軽工業である綿織物・毛織物・化学繊維の生産を見てみると、
 綿織物の生産では(単位;千トン)2006年度実績で、第1位中国;4173(31・8%)、第2位;パキスタン2050(15・6%)、第3位;インド1931(14・7%)、第4位;ブラジル806(6・1%)、第5位;トルコ613(4・7%)であり、
 毛織物の生産では(単位;百万u)2006年度実績で、第1位;中国731(59・3%)、第2位;トルコ91(7・4%)、第3位;日本78(6・3%)、第4位;ロシア52(4・2%)、第5位;イギリス38(3・8%)。
 化学繊維の生産では(単位;千トン)2006年度実績で、第1位;中国19188(51・3%)、第2位;台湾2531(6・8%)、第3位;アメリカ2511(6・7%)、第4位;インド2469(6・6%)、第5位;韓国1497(4・0%)となっています。

(g)携帯電話の生産

 最後に弱電部門で日本でもたいそう人気があり、中国や東アジアの熱狂が伝わる面白い統計を見てみよう。それは携帯電話、パソコン、ノートパソコンおよびカーナビとデジカメの生産です。(2006年)
 携帯電話;1位中国46022万台(46・7%)、2位韓国17910万台(18・2%)、3位日本4812万台(4・9%)、4位台湾4300万台(4・4%)、同率5位 マレーシア、インド、ともに2500万台(2・5%)、ちなみにこの年ヨーロッパ全体で11230万台(11・4%)、北米3000万台(3・0%)、南米4600万台(4・7%)ですから80%近くがアジアに集中しています。
 それにしても、中国の4億6千万台とは恐るべき数字でしょう。今まであまり有線の電話も普及していなかった中国だからこそ、簡単な基地局の設置によって通話可能な携帯電話が、経済の発展とともに爆発的に普及しているのでしょう。これを見て、北朝鮮から中国への脱北者が携帯電話で連絡をとるという話がよく理解できました。また、今後インドやアフリカで、同じような現象が起こるだろうと思いました。

(h)パソコンとノートパソコン(2006年)

  1位中国;パソコン18755万台(87・3%)そのうちノートパソコン6619万台(88・1%)、2位台湾;パソコン756万台(3・5%)そのうちノートパソコン241万台(3・3%)、3位日本;パソコン450万台(2・1%)ノートパソコン392万台(5・3%)、4位マレーシア;パソコン342万台(1・6%)ノートパソコン180万台(2・4%)、5位韓国;426万台(2・0%)ノートパソコン50万台(0・7%)で、この時点では欧米ではほとんど生産されていない。
 これを見て分かる事は、原子力発電などの重電部門ではなく、このパソコンやテレビ・冷蔵庫・カメラなどに代表される弱電部門の生産は近年圧倒的に賃金の安い中国やタイ・マレーシアなどのアジア諸国で集中的に生産されているようです。ちなみに中国は2006年度実績でカラーテレビで40・6%、カメラで83・3%を生産しているのです。

(i)カーナビとデジカメ(2006年)

 カーナビは車とともに世界中で普及しているのかと思っていましたが、アジアが中心で欧米には余り普及していないことがわかりました。また、デジカメはまだアジア特有のものであることにも驚きました。
 カーナビ;1位日本568万台(66・0%)、2位中国23万台(2・7%)、3位韓国18万台(2・1%)、ヨーロッパ全体で209万台(24・3%)、北米全体で43万台(5・0%)
デジカメ;1位中国5480万台(56・0%)、2位日本3119万台(31・8%)、3位インドネシア350万台(3・6%)、4位マレーシア300万台(3・1%)、5位タイ155万台(1・6%)であり、欧米はともに0なのです。
(以上いずれも出所は「データブック・オブ・ザ・ワールド」2008年版)

(4)中国に続くインドとブラジル・ロシア

 以上工業生産の代表的な生産物の国別生産量についてみてきたが、世界の工業生産の中心は今でははっきり中国を中心としたアジアに移ったか、または今も移りつつあるということです。このすさまじい勢いは、ちょうど100年前、わずか50年ほどの間に、アメリカがイギリスやフランス、ドイツなどの先進国を一気に追い抜いて世界最大の工業国に躍り出た当時の勢いに匹敵するか、あるいはそれをも上回るものでしょう。しかしその当時と大きく異なっていることは、そのような国がもう1つ、いや少なくとももう3つはあるということです。それはインドとブラジルとロシアです。
 インドはもともと1000年以上にわたって中国をしのぐほどの超大国でした。それがダニのようにくらいついたイギリスなどの西欧の強盗どもによって、一時は見る影もなくずたずたにされていたのですが、今200年の眠りから醒めて巨像のようにゆっくりとその雄姿を現しはじめました。昔からインド亜大陸と称されてきたような日本の8・7倍の広大な領土に11億7千万人もの膨大な人口を擁するこの国は、中国に劣らない巨大な潜在能力を秘めており、今の勢いが続くならばこの2〜30年の間にアメリカをしのぐ経済大国になるであろうと思われます。
 さらにブラジルは、日本の面積の22・5倍の広大な国土に1億9千万人の人口を擁する中南米一の大国ですが、02年10月の大統領選で当選した労働党のルラ大統領は、アメリカが進める新自由主義に反対し、国内では貧困対策・雇用対策を進めると共に、対外的にはアルゼンチン・パラグアイ・ウルグアイとの南部共同市場(メルコスル)を強化し、特にEUとは07年7月、環境・エネルギー・教育などでの広範な協力を目指す戦略的パートナーシップ協定を締結し、さらにベネズエラやボリビアばかりか中国やロシアとも貿易を拡大し協力関係を進めています。また世界で1・2を争う埋蔵量を持つ鉄鉱石やボーキサイトなどの豊富な鉱産資源に加えて、06年には原油の自給を達成したばかりか、最近発見された埋蔵量50〜80億バレルといわれる巨大油田の開発を踏まえて原油輸出国としてOPEC加盟も検討しています。
 また南米・アラブの34カ国を集めた南米・アラブ諸国首脳会議(05年5月)やブラジル・インド・南アフリカ首脳会議(06年9月)などを主催して南・南協力の中心国としても活躍しており、今後全体で5億人を数える中南米諸国(メキシコを加えれば6億)の中でもボリバル代替統合機構と協力して反米自立の統一経済圏形成の中核になると期待されています。
 ロシアは、日本の45倍、地球の全地表面積の12・6%(8分の1)の領土を持つ世界最大の土地持ち国家です。ただ、その多くがユーラシア大陸の北方の寒冷地に属しているため、今までの文明によっては十分に開発することができず、未開の荒野の状態で残されていますが、しかしそれだけにそこに埋もれている地下資源の開発に伴って、大きく発展する可能性を持った国でもあります。
 またロシアは、第2次世界大戦後の世界において、アメリカに対抗して冷戦と軍拡競争を繰り広げた超大国ソ連の後継国家として、今でも依然としてアメリカに次ぐ世界第2位の核兵器・ミサイルの保有国家、兵器輸出国であり、もし核戦争が勃発したときにはアメリカを破壊し尽くすに十分な力を持っている軍事大国でもあります。
1991年のソ連の崩壊ののち、ロシアは壊滅的な経済状態においこまれましたが、広大な領土から産出される石油や天然ガスなどの天然資源の切り売りと、一流の兵器の輸出によって何とか危機を脱し、新興財閥に対する統制と石油や天然ガス価格の値上がりによって国家財政を好転させ、再び勢いを取り戻しつつあります。
 更にロシアは、かつては自分の勢力圏であった東欧諸国へミサイル基地を建設しようとしたり、中央アジアにまで入り込んで来ているアメリカへの警戒心を高め、中国と結んで上海協力機構を設立し、中印ロ外相会議を定期化し、EUやイランやブラジルなどとも協力関係を強めてアメリカの一極体制に反対する動きを強めています。
 政治的・軍事的には、このロシアの動きは国際情勢の動きに大きな影響を及ぼしますから、これがアメリカの衰退を促進するものであることは明らかでしょう。案内へ戻る


コラムの窓  天災と人災

 岩手・宮城内陸地震発生の数秒前に、緊急地震速報が発令されて、地震発生前(間に合わなかったところもあったが)に地震が起こることが知らされた。地震予知については、不十分ながらも地震発生を確実に予知できる時が来ている。
 古来人間は、自然現象の変化による自然災害については「天災」としてあきらめ受け入れてきた。しかし、人間の叡智は徐々にあれ自然界を分析・理解し人為的に利用し変化させてきた。
 災害は気象などの自然現象の変化、あるいは人為的な原因などによって、人命や社会生活に対する被害を生じる現象をいうが、人為的な原因による大きな事故(操縦・操作ミスの事故、又、犯罪被害も)は、特に「人災」と呼んでいる。
「人災」はもともと「天災」に対して作られた言葉であるが、多くの自然災害においては、たとえ直接的な原因が自然現象であったとしても、人間が自然を理解し関与している以上、人的被害の多くには人為的な原因が大きく関与している。
 中国の四川省大地震では、学校の校舎が耐震設計の偽装などの手抜き工事が原因で崩壊し、多くの子どもたちが被害にあった。人為的ミスで災害を大きくした例として心に留めておくべきだろう。
 人間は、自然界の理解の範囲内で、災害を未然に防ぐための施策、行為を様々な形で実行し、被害は対策により最小限に抑えることもできるのだ。(自然界の理解に限界がある以上、災害を完全に防ぐことは現代の人間の叡智を持ってしても不可能な場合もある。)しかし、耐震強度偽装問題のように個人の欲得や利潤追求のために手抜き工事が行われたとしたら、また、財政赤字を原因に防災工事予算を削減し、その為に大きな災害が起こるとしたら、これはすべて「人災」なのだ。
 欲得や利潤追求で防災に制限や手抜きがあるとするならば、欲得や利潤追求を求める社会こそ変えていかなければ、真の意味での自然界の理解や本当の意味での防災も出来ないし、「人災」もなくならないだろう。(光)


色鉛筆・・・映画「在日朝鮮人『慰安婦』宋神道のたたかい オレの心は負けてない」

 「戦地に引っ張っていく時は『御国のため、御国のため』と言っておいて、なして今になって『朝鮮人』だの『慰安婦』だのと差別つけるのや。軍人は恩給だの、年金だのといばりくさって、オレは『(生活)保護』食らってるって、白い目で見られるんだよ。なして自分の国の戦(いくさ)に朝鮮人のオナゴを引っ張って行かなきゃなんねえの。なして今になって、こんな差別つけられるかってことを、はっきりさせねえと死んでも死にきれねえ」「いらない、金。謝れば一番いいんだ。謝って二度と戦争しないこと」
 6月22日は、朝からどしゃぶりの雨。昨年、670人あまりの市民からのカンパにより完成したドキュメンタリー映画『オレの心は負けてない』(安海龍監督)の、ここ清水での上映会の日。三ヵ月近くの準備を経て、それでも雨の中を延べ100人を越す人が観に来てくださった。「在日慰安婦裁判を支える会(以下「支える会」)」のAさん(在日二世)によれば、この雨は宋さんの悔し涙だという。
 宋神道さんは1938年、16歳でまだ心身ともに子供だった時、騙されて日本軍に慰安婦として中国本土を連れ回された。「お国のため」と繰り返し言われながら、兵士たちから殴る蹴る切り付けるなどの虐待とともに性行為を強要され続けた。多い日には慰安婦一人に一日70人もの兵士が押し掛け、眠るどころかベッドから起き上がる事もできなかった。一番嫌だったのは、弾の飛び交う最前線で穴を堀りそこでの「慰安」を強いられたことだったと言う。兵士は自暴自棄になっているが、宋さんは恐くて逃げ出したかったが許されなかった。
 妊娠・出産そして堕胎、これらすべてをひとりで済まさねばならなかったし、生まれた子供は、慰安所では育てられるはずもなく手放さざるを得なかった。戦地での移動は軍のトラックで、米などの食料も軍から、人手の足りない時には歩哨にも立たされた。これで「慰安婦には軍の関与は無かった」などと言えるはずがない。日本の敗戦の翌年、24歳で日本に連れて来られるまでの7年間こうした凄まじい生活をずっと強いられた。
 1946年から今日までの「在日」としての人生もまた、激しい差別と抑圧・蔑視そして貧困の中で送らねばならなかった。国民年金法からも、引揚者に対する給付金等支給法からも国籍条項で排除され、働き詰めに働いた後やむなく生活保護に頼ると、「さっさと韓国に帰れ!」などという心無いことばを投げ付けられる。「慰安婦」としての7年間だけで、心身がズタズタに引き裂かれて余りあるのに、さらに日本でのこうした生活はとても普通では耐えられるものではない。Aさんは15年以上前に初めて宋さんと会ったとき「まるで手負いの獣の様だった」と言い、同じ「支える会」の梁澄子さんは「針の穴の隙もないほどの鎧を身に着けている人」と表現する。そんな宋さんと「支える会」の人たちが出会い、宋さんの過去に耳を傾け共感してゆく中で少しづつ信頼関係が築かれていった。
 映画で描かれている様に「支える会」のメンバーと一緒に、迷い泣き怒りながら1993年4月「在日韓国人元慰安婦謝罪・補償請求事件」原告*宋神道、被告*国として、本名で顔も隠さず裁判に立ち上がる。東京地裁(1999年)、東京高裁(2000年)、最高裁(2003年)いずれも請求は棄却、敗訴が確定となる。そんな中でも宋さんの明るさやたくましさ、時に出る即興の歌などに周囲も私たち観客も深く引き込まれる。それらはどこまでも底知れぬほどに深い悲しみや怒り、絶望のすぐ隣りから出てくるものだからなのか。
 映画を観終わった女性が「以前、宋さんの裁判のニュースを見ていた夫が『まだこんな昔のことを言っている人がいる』と非難した。これからは身近な家族ときちんと話をしてゆきたい」と語ったことが印象に残る。宋さんを16歳当時のままに戻すことも、子供や孫たちに囲まれた老後を実現することも不可能ならば、加害者(総理大臣や政治家、元兵士、天皇なども)が直接謝りに行くべきだし、一日も早く安心な暮らしを補償すべきだ。今も月7万円の生活保護を頼る一人暮らしの宋さんは、つらい裁判闘争の中から「裁判まけてもオレの心は負けてねえ」と変わっていった。私たちひとりひとりも、このことと向き合い自覚して変わってゆかねばならない。
 ぜひ『オレの心は負けてない』の上映会を各地で開いて下さい。(澄)案内へ戻る


編集あれこれ

 前号は一面で韓国の労働・市民運動の高揚とその背景を分析し、二面で秋葉原の無差別殺人事件について「集団的解決」の道筋として自分たちの課題を提起した。
 東アジア社会を席巻する市場原理主義と発生した大きく二分される「格差社会」の現実について、韓国と日本の姿を考える上で参考となる、一対の良い記事とはなった。
 リボルブする世界もそろそろ次号あたりで終了する。この力作については、今後も折に触れて読めるように久々に電子パンフの発行を検討したい。
 六月二十六日、「しんぶん赤旗」は、一面に「温暖化対策国際責任をはたせ」との大見出しを、「3つの転換を提起」の小見出しをつけている。また5・6面に「党の見解」を掲載している。
 洞爺湖サミットで議題の一つとなる「地球温暖化」の問題をこのように大々的に取り上げるのはいかがなものか。洞爺湖サミットの美化に繋がるこの問題の徹底した論議を期待したい。(直記)案内へ戻る