ワーカーズ416号 2010年5月15日号
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鳩山政権の裏切り許さず、普天間基地撤去、新基地建設反対の闘いを!
沖縄に連帯し、本土でも労働者・市民の大衆行動を起こそう!
鳩山政権は米軍普天間基地の県外・海外移設の「公約」を反故にし、辺野古沖での新基地建設に向け舵を切りつつある。「海兵隊の抑止力」に対する理解が「浅かった」などという姑息な「反省」の弁を弄している。これは、どんな言い訳をしても、自民党時代の安保・沖縄政策への後戻り以外の何ものでもない。
鳩山民主党以上にぶざまなのは、自民党と自民党から逃げ出した新党の連中だ。彼らは、ここぞとばかりに民主党を批判するが、自民党の政策に接近した民主党を無理矢理に批判しようとするのだから、鋭さも迫力も持ち得ない。せいぜい、民主党は沖縄県民に期待を持たせて事態を混乱させた、というのが関の山だ。
自民党も、そして今では民主党も、米軍基地がなくなれば「日本の安全」が脅かされると叫んでいる。しかしそれはウソだ。イラク、アフガン戦争が物語るように、沖縄の米軍は「日本の平和」のためではなく、米国の世界利権、世界覇権を追求するための「殴り込み部隊」以外の何ものでもない。
米国は、一方ではグアム統合軍事計画に見られるように沖縄の海兵隊をグアムまで引き揚げる計画を進めながら、他方で海兵隊の訓練基地の存続を強く求めている。「思いやり予算」をはじめとする日本政府による米軍への破格の待遇が、それを後押ししている。
日本側にも、在日米軍基地と日米軍事同盟よ永遠なれ、と願う勢力がいる。森谷元防衛事務次官が絡んだ防衛汚職事件がその一端を明らかにした、防衛族議員、防衛省や外務省の官僚、それと結んだ防衛関連企業などの「日米同盟で飯を食う」勢力だ。
沖縄の人々は、戦後数十年間、相次ぐ米兵犯罪、授業も出来ない騒音被害、珊瑚礁を殺す環境破壊、優良地を基地に奪われたための経済のゆがみ、本土の倍の失業率等々に苦しめられてきた。新たな基地の建設を許してしまえば、さらに何十年も基地禍にさいなまれ続けることが避けられない。
いま沖縄では、かつてないほどの怒りと不信が県民をとらえようとしている。沖縄への「差別」だという声があげられつつある。5月15日の「平和行進」、16日の普天間基地包囲の人間の鎖で、沖縄は再び明確に、普天間基地撤去、新基地建設反対の意思を示そうとしている。
鳩山政権の裏切りを挫折させ、米国政府に普天間基地の撤去と新基地建設の断念を決意させるためには、沖縄県民の闘いに加え、それと結びついた本土の労働者・市民の闘いの広がりが重要な意味を持つ。沖縄、徳之島の人々の決起に応え、本土でも連帯の行動に立ち上がろう!(阿部治正)
それでも普天間基地撤去は可能だ──米国の覇権は過去のもの──
鳩山首相が明言する普天間基地移設問題の5月中決着は絶望的になった。それは同時に鳩山政権が掲げてきた国外・県外移設方針の頓挫を意味する。
昨年発足した鳩山民主党中心政権にとって、普天間基地の国外・県外移設は実質的には最大の公約の一つだった。多岐にわたるマニフェストの中で、当時の代表だった鳩山首相が声を高く明言したものだからだ。にもかかわらず、先送りを続けたあげくの頓挫は、鳩山政権に託した沖縄県民をはじめとする民意を裏切るものと言う以外にない。
普天間問題に止まらないとはいえ、鳩山政権最大の弱点は、政策目標に立ち向かう戦略構想とそれを実現するための決意と手順が欠落したまま政権の座についたことだった。
政権交代という絶好の好機を生かし切れなかった鳩山政権。場当たり的で八方美人的な鳩山首相の対応は論外としても、それでも普天間基地の撤去は可能だと主張したい。アジアをはじめとする世界の様相をざっと見ただけでも、もはや海外展開する米軍基地が米国による世界覇権を支えてきた時代はとうに終え、世界の多極化に見合った共存関係へと転換せざるを得ないからだ。
■さもありなんの"頓挫"■
鳩山首相が先送りと迷走を繰り返しあげくに打ち明けた〝腹案〟は、辺野古崎での桟橋方式による新滑走路建設と徳之島へのヘリ部隊の一部移転だった。ところが4月に相次いだ沖縄と徳之島での反対集会に象徴された現地住民の受け入れ拒否の反発に遭い、その〝腹案〟も事実上泡となって消えた。自ら設定した期限切れに焦った末のあがきともいえる単騎での沖縄行きも不発に終わり、自作自演だとはいえ、鳩山首相は崖っぷちに追い込まれてしまった。
もともと、沖縄基地の本土への移設という選択肢が無理だったというしかない。鳩山首相自身、かつて常時駐留なき安保論を述べてきたわけで、日米同盟の見直しを模索していたのではなかったか。アジア共同体構想も、その延長線上にあったはずだ。
そうであれば、鳩山首相としてはまず第一に、冷戦構造の終焉と世界の多極化という現実を見据えた世界やアジアの共存構造の実現、そのための平和構想を一歩進めることを目指すべきだったのだ。それを土台としてこそ、沖縄基地の返還という永年の課題の実現に道筋をつけることも可能だった。
ところが鳩山政権は、そうした平和構想と日米同盟の見直しには踏み込めず、いまでは中国や北朝鮮などの脅威とそれに備える抑止力論という、冷戦構造を土台とした軍事整合性論に屈服してしまったかのようだ。今になって、海兵隊の抑止機能については政権の座について初めて勉強させてもらったなどと釈明してはいるが、政権発足前からのぐらついた姿勢の当然の帰結でもあり、まさに語るに落ちた、というたぐいの発言としか言いようがない。民主党のマニフェストや常時駐留なき安保論の底の浅さを自ら認めてしまったわけだ。
そのあとは例によって日本国内の基地たらい回しという醜態で、それも当然のごとく拒否された。政権発足から9ヶ月ものすったもんだのあげく、結局は、米国の同意、現地の受け入れ、連立与党の合意という、三つのハードルは、どれも越えられないままに、5月末の期限切れを迎えようとしている。
■政権交代のための〝リップサービス〟■
とはいえ、普天間基地の国外・県外移設という鳩山首相の意気込み自体は、もちろん間違っているわけではない。私たちも沖縄の人々の思いは当然のものであり、昨年の政権交代はそれを実現する絶好の機会だと主張してきた。日本の有権者の総意として、国外・県外移設を主張してきた民主党政権を実現させたからだ。その民意をバックにした普天間の国外・県外移設の要求に、米国といえどもそう簡単には拒否できないからだ。
鳩山政権は、総選挙で打ち出した国外・県外移設をなぜ実現できなかったのか。それはその約束自体の性格にもありそうだ。
もともと総選挙前の民主党は、政権交代至上主義の観点から、自民党の対米政策、基地政策の軌道修正の姿勢を打ち出していた。鳩山首相の常時駐留なき安保論や、その前の小沢代表による「軍事戦略的に米国の極東におけるプレゼンスは第7艦隊で十分だ」という発言などがその土台にある。が、総選挙前の米国で広まった〝民主党は反米的だ〟との反響に慌て、マニフェストでは「対等な」という言葉の前に「緊密で」を挿入して軌道修正を始めた。はなから腰が引けた姿勢に後退してしまっていたわけだ。国内の有権者受けと対米配慮という八方美人の態度が、ここにものぞいていた。戦後半世紀以上の従属的な対米関係の根本的転換を目指すという姿勢は、政権の座が現実のものになると同時にブレ始めていたわけだ。そうした足腰が定まらない姿勢が、沖縄の民意や米国にも連立与党にも支持されない数々の迷走の背景になっていたわけだ。
■覇権国家への執着■
普天間基地の国外・県外移設が〝頓挫〟したといっても、果たして鳩山首相をはじめとして民主党(連立)政権は、米国に真剣になって普天間基地の国外・海外移転の交渉をしたのだろうか。現実はといえば、そうした形跡そのものがない。政権としての目標や戦略的思考がないので、政権が一丸となって米国に迫るということ自体ができない。首相や防衛相・外相なども疑心暗鬼のまま、個別にバラバラの対応に終始してきた。米国がまともに相手をしてこなかったのは当然ともいえる。
とはいえ、普天間問題の迷走の真因は米国にもある。
普天間基地の国外・県外移設に反対する論拠として米国や自民党などが列挙するのは東アジア情勢と脅威に対する抑止力論だ。要は軍事強国として台頭する中国やいつ暴発するかもしれない北朝鮮の脅威に対する抑止力の確保、という問題の立て方だ。
これらの議論の背景には、覇権国家への執着という時代錯誤の戦略にこだわり続ける米国の姿勢がある。確かに戦後の米国は、経済的にも軍事的にも他国を足下にも寄せ付けない力があった。そうした現実の力関係をバックに世界の警察官として振る舞い、そうした振る舞いを受け入れること以外に世界には選択肢はなかった。
が、冷戦後の米国一極支配は終わりを告げ、経済や政治の世界で米国は今なお多極化した世界の中での一番手の位置を確保してはいる。が、その存在感の低下は覆い隠すことはできない。今ではGDPでは世界の4分の一以下だ。政治的にもアフガン・イラク戦争の失敗で権威喪失。軍事的には通常戦力では他国を圧倒してはいるものの、ロシアの復活や中国の台頭で、覇権国家としての国際秩序の決定権は大幅に喪失している。
沖縄における米軍基地は、かつてのソ連封じ込め戦略の一環だったが、いまでは中国の軍事力の領土・領海内への封じ込めは、事実上不可能になっている。一例を挙げれば、中国潜水艦による米国空母に対する攻撃可能な距離への接近、宇宙やサイバースペースの軍事利用など、米中の軍事的な攻防関係は一時代前とは様変わりしている。
ところが、米国は今でも中国封じ込めの前線基地として沖縄基地の存続に固執しているわけだ。ところが沖縄の前線基地は、中国に対する牽制の意味合いもある反面、いまではその中国の攻撃目標にされ始めている。だからこそ、海兵隊の中でもグアムなどへの後退の必要性が語られているわけだ。
■脱皮すべき"抑止力論"■
戦術的にも沖縄基地の必然性は薄れている。海兵隊は、対象地に真っ先に乗り込んで、陸軍など本隊の上陸作戦の橋頭堡を築く部隊だ。しかし近年の武力紛争では、アフガンやイラクをみても、いきなり海兵隊が強行上陸するという戦術は採っていない。一ヶ月や数ヶ月かけた空爆などが先行し、その後に陸軍などが侵攻していく、という経緯をたどっている。グアムや米国本土からでも十分間に合うし、そもそも海兵隊の出番の機会はそれほど多くはないのだ。
では北朝鮮による"暴発"はどうだろうか。そうした場面を想定しても海兵隊が出動するような国家間の武力衝突という事態になるかどうかは大いに疑問だ。仮にそうなれば金正日体制は崩壊するだろうし、北朝鮮自体が"石器時代に逆戻りする"ような──アフガン攻撃に際しての米国によるパキスタンに対する脅し──壊滅的な打撃を受ける。仮にあったとしても、それは今日明日の問題ではなく、具体的な兆候がいくつも現れた後だろう。海兵隊が出動する準備期間は十分あるのだ。
前線基地への海兵隊の駐留自体が相手国にとって抑止力となる、という議論もある。が、軍拡を続ける中国にとって、それは弾道ミサイルや潜水艦戦力の増強への動機になりこそすれ、軍縮や恭順の動機にはなり得ないだろう。現に中国は対抗的な軍拡を続けているのだ。いずれは沖縄の米軍基地など抑止力でも何でもなくなる。今でも中国の弾道ミサイルが台湾や沖縄に向けられているように、単なる中国による攻撃の標的になるだけである。
もはや米国による世界的な覇権の時代、前線基地による対ソ、対中封じ込め戦略は時代遅れになっているのだ。米国はその現実を受け入れなければならない。
米国のオバマ大統領は、核なき世界をめざすという。ならば対中国でも繰り広げられてきた日常的な軍事的包囲戦略も時代遅れだと宣言すべきではないだろうか。これまで米国は中国本土まぢかで、軍事的な威圧活動を展開してきたからだ。
他方、中国も第一列島線(沖縄諸島から台湾・フィリピンを結ぶライン)から第二列島線(日本本土からグアムを結ぶライン)へと、外洋活動を拡大している。これまで長い間列強の侵略を受け続けてきた中国の人々の領土保全の心情は理解できなくもない。が、近年の中国の大国化志向は、そうした被害者意識の枠を踏み超えて米国と覇権を分かち合うというものだ。より長期的にはそれに取って代わろうとする軍事的野心丸出しの軍拡路線の兆候も垣間見える。中国でも国土防衛と地域覇権は裏腹のものであって、中国に対しても、共存と平和へという労働者・民衆の声を対置していく必要性がある。
■普天間基地の撤去は実現できる!■
現在の米国による対中戦略は、二面作戦──ステークホルダー論と中国封じ込め戦略の維持──だ。しかし、もはや中国封じ込めは不可能で、ステークホルダー(利害共有者)としての共存関係を指向せざるを得なくなっている。論理的にはオバマ大統領による"核なき世界"の提言もその延長線上に位置づけられるものだろう。そうであれば、封じ込め戦略の前提としての仮想敵国論の見直しこそ不可欠のもので、その上で抑止力論の絶対化も見直しが不可避だ。
とはいえ、国家の戦略、国家関係の上での軍縮や共存関係づくりは本来的な限界がある。国家関係があり軍隊がある以上、軍事的に優位な位置を保持したいという論理がまかり通るし、少なくとも圧倒的な軍事力の格差は容認できないからだ。
それを可能にするのは、なんといってもそれぞれの国の労働者・民衆だ。国家や政府を離れて、個々の人間で戦争をしたがる人はいない。生活を犠牲とした軍事力など、本末転倒でもある。そうした生活者による政府や軍隊に対する規制力こそ、覇権指向や抑止力論に基づく暴走を封じることができる。それぞれの国の政府が軍拡競争や抑止論に傾斜すれば、そういう政府は取り替えるしかない。現地の人々を苦しめる基地の撤去に応じない政府に対しては、それぞれの国や地域でノーの声を突きつける以外にないのだ。
沖縄基地撤廃には、沖縄を始め、日本本土を含む、日本の労働者・民衆による米軍基地撤去の声と闘いの拡大こそが鍵を握る。米国も部隊運用の適否と会わせ、現地の同意を条件としている。そうであればこそ、沖縄や徳之島を始め、日本全土で基地撤去の声を盛り上げていくことで、沖縄や本土の米軍基地撤去を米国に受け入れさせることは可能なのだ。
沖縄や徳之島では大規模な反基地集会などが開かれた。東京や大阪などでも開かれた。もっと日本全体での基地撤去の声を大きくしていく必要がある。
それは同時に、国家的対抗関係から抑止力や基地の必要性を考える立場からでは不可能な基地撤廃や軍縮の課題を、やがては国境を越えた人々自身による善隣友好関係に置き換えていくことにもつながるだろう。鳩山政権への淡い期待が消えた今、私たち自身の反戦・反基地闘争で、普天間基地をはじめとした米軍基地の返還の実現をめざしていきたい。(廣)
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鳴りやまぬ警報! 「もんじゅ再稼働を憂う」
5月6日、遂にもんじゅが運転再開されてしまった。ナトリウム漏れ火災から14年と5ヶ月、我々は新たな核の〝脅威〟に曝されることになってしまった。運転再開翌日には、燃料が破損した際に出るガスを検出する機器の警報が鳴った。さらに翌日の8日、予備の冷却用ナトリウム配管の温度を測る温度計の警報が鳴り響いた。
8日の警報は温度が規定を上回ったために鳴ったものだが、ヒーターが自動的に切れたために問題ないという。この間にもんじゅは臨界に達し、しばらく試験を継続した後、「16~20日に原子炉を一時停止し、制御棒の状態や施設内の放射線量のほか、6~7日に起きた燃料漏れ検出器の誤警報の原因についても調べる」(5月9日「神戸新聞」)
早期運転再開に向けた〝総点検〟終了後の2008年にも、心臓部の一次系のナトリウム漏えい検出器の警報(誤報)が鳴ったことがある。それによって設計ミスと施工ミスが発覚したのであるが、同時にこれを抜き取って調べることをしていなかった、つまりその程度の〝総点検〟しかしていなかったことが暴露された。
そもそも、ナトリウム漏れ火災の原因は2次系の温度計の設計ミスによるもので、事故後に抜き取り検査が実施されている。にもかかわらず、一次系の検出器の抜き取り検査をしなかったのは、意図的な悪意あるサボタージュと言うほかない。運転再開直前の4月26日深夜にも、2次系のナトリウム漏えい検出器の送風機が故障したが、原因もわからないうちに運転再開となってしまった。
こうした経過からも明らかなように、もんじゅ運転再開の安全性を確認することは不可能なのに、日本原子力研究開発機構は実に杜撰な検査だけで運転再開をめざし、文部科学省はこれを容認し、西川一誠福井県知事は北陸新幹線延伸などの希望と引きかえに県民の安全を売り渡してしまった。安全最優先で判断するなら、もんじゅは廃炉にするほかないのだが、かの動燃の平気でウソをつく無責任体質を受け継いだ原子力機構にそれを望むことは不可能であり、事業仕分けで真っ先に抹殺すべき組織であった。
政権交代によって誕生した鳩山政権は、もんじゅの事故によって破綻した〝核燃料サイクル〟に引導を渡す役割を放棄し、その延命に手を貸してしまった。これは、米国に米軍普天間飛行場の即時無条件返還を求めることが出来ずに、沖縄に新基地を押し付けようとしていることとあわせて、政権交代の大義を失わせるものである。4月25日の沖縄県民大会は鳩山由紀夫首相にイエローカードを突きつけたが、もはやそれをレッドカードに代えるほかない。
米軍の抑止力に頼り、米国の核の傘に庇護される、主体性の欠片もないその外交を、たとえほんのわずかでも憲法9条的平和外交へと進めることができないなら、鳩山首相は退場するほかない。政権交代を〝革命〟だなどと言葉遊びをしながら、沖縄の米海兵隊を日本の安全に必要な存在だと言い、核兵器開発に最も近いもんじゅの運転再開を行い、核軍縮に逆行する。平和を願う世界の人々に敵対する、最悪の選択である。
今後ももんじゅの警報は鳴り続けるであろう。しかし、あえて言えば、それが誤報である間は幸いである。致命的なところで本当の警報が鳴ったとき、風向きによっては首都圏をも放射能が襲うことになろう。そうなる前にもんじゅを止められないなら、我々はチェルノブイリ級の大災害に怯えなければならない。(折口晴夫)
ユーロ諸国内の矛盾を痛打するギリシャの体制的危機
はじめに
今年の二月段階で、ギリシャの危機は、四月から五月にかけて二百億ユーロ(約二兆四千億円)以上のギリシャ国債が償還期限を迎えるが、この償還ができるかどうかが本当の山場だとされてきた。予想通りギリシャは、自力では国債を償還できなかったのである。
五月七日、この事態に対しユーロ圏十六カ国は、緊急首脳会議において十日に金融市場が開く前に金融安定化メカニズムを創設し、ギリシャの危機の拡大を防ぐ事で合意した。
ユーロ圏首脳会議は、声明でユーロ圏各国および欧州中央銀行や欧州委員会を含むユーロ圏の機関は、ユーロ圏の安定のためあらゆる利用可能な手段を活用すると表明した。
また各国の財政赤字の削減を加速し、今年の目標達成に向けて一層努力する事でも合意した。具体的には、EUの財政規律を強化し、規律に違反した国により効果的な罰則を適用して、各国の債務の水準と競争力に注意を払う。創設が検討される金融安定化メカニズムについてユーロ圏関係筋は、ユーロ圏各国の保証の下で欧州委員会が債券を発行して市場から資金を調達する事もありうると述べた。
ギリシャの危機を引き金に世界の株価が急落し、金融危機が拡大する状況にある。
この論文はギリシャ危機の背景とその意味を考察し今後の影響を予測したものである。
ギリシャの体制的危機
0七年七月のフレディマックとファニーメイの倒産によるサブプライム・ローン危機の発生と0八年の「9・15リーマン・ショック」によるアメリカ発の金融危機が深刻化する中で、ヨーロッパにおいてもイギリスやスペインで住宅バブルの破裂が伝えられた。
これらの二国はアメリカのポチとしても知られ、危機感なくアメリカの金融工学で創造された各種の金融商品を大量に買い込んでいた。まさに世界同時のバブル崩壊である。
こうした中でユーロ圏の中核国は混乱の渦中にあり、ドイツやフランスも含めて自国本位に行動せざるをえない現実のため、ユーロ圏の周縁国の経済危機には冷淡であった。
昨年十月の政権交代で国家財政の赤字額が前政権発表の二倍半あると公表したギリシャでは、財政再建が急務となったが、その事がギリシャとユーロの危機を一段と加速した。
昨年末からユーロ下落の原因となった危機が顕在化し今年の二月に爆発したギリシャの金融危機は、ドイツの思惑から数カ月も先送りしてきたが、とうとう国際通貨基金からギリシャの債務残高の三分の一を上回る額に相当する千百億ユーロを融資する等の救済策が提案された。このうち三百億ユーロをIMFが拠出し、残りをユーロ圏が拠出するとの事。
この支援と引き換えに、ギリシャは既に実施済みの再建策の他、今後三年間でGDP比十一%相当の財政再建を約束した。昨年末にGDP比十三・六%にも達した財政赤字を一四年までに三%するのが目標だとの事。そのため政府の支出削減策で今後の三年間にGDP比五・二五%の支出を削減し、今回の危機を生じさせた原因であるドイツと比較して手厚い年金と公務員賃金は減額および三年間凍結され、年三回支給のボーナス支給は廃止される予定だと伝えている。これで二月以来のストライキはさらに長期化するは必至だ。
また増税によって、GDP比四%相当の歳入増が見込まれるが、それでもギリシャの公的債務は、ピーク時にGDP比百五十%に達する見通しだ。ここでもギリシャにおいてもすべてのしわ寄せは、労働者や勤労者へという事で、ゼネスト等の闘いが必ず起こる。
五月二日、これらの救済策が発表されてからギリシャの三年物国債の利回りは十一%から十七%に跳ね上がった。さらに厄介な事に、投資家のリスク回避のため、他のユーロ圏の周縁国でも国債利回りが高騰しだした。スペインとポルトガルの三年物国債の利回りは五月第二週の一週間で、一ポイント以上も上昇する。まさに危機拡大の予兆である。
五月五日、さらに注目に値する点が二つあると「フィナンシャル・タイムズ」紙は主張する。第一に、債務再編、つまり借金の棒引きはしない事。第二に、欧州中央銀行が流動性貨幣の供給のため、ギリシャ国債の現在の格付けを一時停止して脆弱なギリシャの銀行に助け船を与えた事である。これらの二点にまさにユーロ圏の危機も象徴されている。
何が問題か。ギリシャ国債は格付け上、市場で取引困難なのだ。この判断を棚上げにしたギリシャ支援策とは、単なる時間稼ぎの対策でしかない。ユーロ圏も苦しいのである。
今やギリシャは、市場から資金調達が困難だ。したがって債務不履行となれば、確かに債務の金利は払わなくて済むが、ユーロ圏の財政規律のためにGDP比九~十%程度の基礎的な財政赤字を即刻解消しなければならない。その場合、ギリシャが先に合意したより一層厳しい財政引き締めとなる。だからギリシャに債務不履行を選択する余地はなかった。
露わになったユーロ圏内の矛盾
さらに債務不履行となれば、ギリシャ一国だけでなく、ユーロ圏の金融システムが崩壊する現実性がある。ギリシャ国債のようなボロ国債を買い支えてきたフランスやドイツ等は、経済危機の波及に恐れおののいている。だからこそユーロ圏の中核国は、単なる時間を稼ぐための意味しかない小手先のギリシャ支援策に賛同するしかなかったのである。
今後、ギリシャは、一九八十年代に中南米諸国が行った事の実行を迫られる。そもそも債務再編、借金棒引きという大胆な選択肢をそもそも封殺しているのだから、今後二~三年内にギリシャの財政再建ができると考える事自体が不見識も甚だしい。
日本の不良債権処理を実際を見ても、目の前にある実際の損切りを惜しんでいては、時間が経過の中でより一層の多額のカネが必要になるのである。このやり方は、ギリシャに日本のような苦痛に満ちた「失われた十年」を強制するだけの事でしかない。
確かにユーロ圏でギリシャほど国家財政がひどい状況にある国はないし、ギリシャほど赤字隠しの不正行為を行った国もない。だがユーロ圏の中の数カ国は、持続不能な財政赤字を抱え、債務比率が急上昇した。次はポルトガルだとの声も公然と上がっている。
今回の救援策がギリシャ以外のユーロ圏内の諸国にとっては、当座は自国の脆い金融システムへの直接的なショックを防いでくれる。その意味では今回の国際通貨基金の措置は、公式にはギリシャ国家の救済だが、間接的にはユーロ圏内の諸銀行の救済なのである。
五月五日、ソシエテ・ジェネラルは、ギリシャ国債に対する投融資の残高が三十億ユーロあると発表し、翌六日にはBNPパリバが五十億ユーロの残高があると発表した。しかし同時にBNPパリバとソシエテ・ジェネラルの場合、二0一0年一~三月期決算で、それぞれ二十三億ドル、十一億ユーロの純利益を計上と投資家を安堵させようともしている。
五月六日、ドイツのコメルツ銀行は、二0一0年一~三月期決算で、同行の公的金融事業がギリシャ向け投融資の残高を三十一億ユーロあり、国営化されたヒポ・レアル・エステートは二00九年末時点で、スペイン向けに二百三十億ユーロ、イタリア向けに三百九十億ユーロ、ギリシャ向けに九十九億ユーロの残高があった。
スペインでも、サンタンデールがギリシャ向けの残高が二億ユーロあると述べる一方、バンコ・ビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリアの最高経営責任者アンヘル・カノ氏は、同行が保有するギリシャとポルトガルのソブリン債は「取るに足らない」と述べた。
しかし問題は正確かどうか分からない数字の公開ではない。本当の問題は、投資家がリスクが高すぎる、またはリスクを測るのが難しすぎると判断して、銀行の資金調達市場から資金を引き揚げる事である。投資家が市場から逃避する事が大問題なのである。
今ギリシャで進行している危機は、ユーロ圏内各国家の国内問題の深刻さを浮き彫りにした。これに関連してドイツ国内では、吹き荒れる反欧州感情が高まっている。
旧東ドイツの国家崩壊を西ドイツが抱え込んだため、賃金カット等が行われ労働者の生活水準が落ちていく中で、ギリシャの労働者たちは、年金支給年齢を五十八歳とし、ドイツに比べ比較的高い賃金水準と年三回のボーナス支給を戦闘力の強さで維持してきた。
ギリシャ一国でかつギリシャ固有の通貨であれば、こうした「放漫財政」は、時間の経過の中で大きなツケとなり、早晩厳しく精算を強いられる他はない。しかしギリシャは、二00一年にユーロ圏に加入した事でユーロを手に握るや財政規律を守ったのは、加入したその年だけで、これ以降は国家的な飛ばし行為を行い財政悪化を隠蔽し続けてきた。
まさにユーロ圏に加盟し、各国の諸銀行にギリシャ国債を売りまくり、諸銀行はこれを買いまくり、両者ともにバブルに浮かれてきたのだ。ギリシャは、ユーロで国家財政を運営でき、ユーロ市場を当て込んでいたからこそ、この利益を、享受してきたのである。
ユーロ圏の諸銀行は、ユーロという統一通貨を流通させる事で、各国独自の金融政策を不可能とし、ギリシャ国債だけでなく保有するユーロ圏周縁国の国債の評価損やギリシャ経済に絡む融資の貸し倒れ損失によって、直接に打撃を受ける現実性を持つに至った。
ユーロ圏の統一をどう担保するか、ここに困難がある。エコノミストの藤原直哉氏が強調しいたが、今やユーロから各国通貨へと後戻りする道は完全に閉ざされているからだ。
ギリシャ危機はユーロ圏の危機に直結
五月八日の「エコノミスト」の記事を掲載しておこう。
「長い間態度を決めかねていた欧州の政治家たちが、約千百億ユーロ――ほんの三週間前に話し合われていた金額の三倍近く――という巨額のギリシャ救済策をまとめた挙げ句に目にした結果は、修羅場と化したアテネの街で三人が命を落とし、市場も一息ついた気配をまるで見せないという状況だった。
ギリシャの短期国債の利回りが再び急上昇しただけでなく、今回の救済策で危機の連鎖を免れるはずだったほかのユーロ圏諸国にも重圧がかかった。特にポルトガルとアイルランドは大打撃を受けた。世界経済のほぼ四分の一を占めるユーロ圏の金融の安定性に投資家が不安を抱く中、全世界で株価が急落した。
欧州では多くの人が、ギリシャの様子に自分たちの未来を垣間見たのではないかと恐れている。一つの債務国から別の債務国へと危機が連鎖し、公共部門の雇用が削られて社会秩序が崩壊し、政治的な決断が何年も引き延ばされたうえに、ユーロ圏から追放される(または脱退する)しかない国が現れる――。
そうならない理由があるだろうか? 何しろギリシャのGDの半分近くに相当する規模の救済策が、アテネの街でも、市場でも支持を得られないとなれば、ゲームは既に終わったと言いたくもなる」
「エコノミスト」紙は、勿論この結論には反対する。同紙は深刻さを隠したいからだ。
既に国家破産したアイスランドに続いてギリシャの体制的危機の爆発は、ユーロ圏の危機に直結する。そうならないといいたい者は認めたくないだけだ。その事は、ユーロ圏の各銀行がギリシャ危機の影響は軽微だとの大宣伝を現に行っている事に象徴されている。
その宣伝が正確であるのなら、ユーロ圏の各銀行が今まで確定させた利益をただ吐き出す事で、ギリシャに対する借金をただちに直接棒引きする等の大胆な利他の行為をしなければならない。その事を一言もいわない・いえない事の内にこの危機の本質があるのだ。
今後予定されているスペインやポルトガル、さらにはアイルランドのユーロ圏の周縁国での国債入札が、「エコノミスト」紙がうすうす予測するような不調に終わるような事があれば、ギリシャの体制的危機の爆発は、ユーロ圏の危機にただちに直結するのである。
結局ギリシャは、何年後かに最終には債務不履行が避けられない。アメリカ発の金融大恐慌は、既に発動して三年が経過しているからだ。この金融恐慌はイギリスでの銀行取り付けで発覚したようにまさに世界恐慌として爆発するべく着々と拡大している。
したがってこうした状況の下で発生するギリシャの債務不履行は、ギリシャ国債を保有する欧州の全金融機関が、一大打撃を被る結果となる他はないのである。 (直木)
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色鉛筆 感染症胃腸炎騒動
4月、保育園は新年度が始まり新入園児の子どもたちの泣き声が響き渡り賑やかな光景が毎年繰り返されている。私の担当している1歳児の子どもたちも初めて母親から離れて不安で泣きじゃくっていた。ところが今年は入園早々に、「感染症胃腸炎」が流行してしまった。感染症胃腸炎とは流行疫学によると『例年冬期はウイルス性の胃腸炎が多くいわゆる「お腹にくる風邪」の主因であるノロウイルスの流行が晩秋から増加し始め、12月にピークとなり次いで、ロタウイルスによる乳児嘔吐下痢症の流行が2月から3月にかけてピークとなった後、初夏までだらだら続きます。夏期には細菌性のものが増加し腸炎ビブリオや腸管出血性大腸菌などによる食中毒の発生がみられ、年によって小さなピークを形成しますがその後は秋にむけて減少していきます』という。
市内の他の保育園でも「ロタウイルス」が流行していたが、まさか自分の保育園で自分の担当している子どもたちが「ロタウイルス」に感染するとは夢にも思っていなかったことが現実に起こってしまった。熱で2日間休んでいたAちゃんが登園。元気がなく笑顔もみられなく心配していると下痢をしたがその時はいつものように始末し、次の日Aちゃんは親の仕事の都合(仕事を休めない)で半日保育園にいたがぐったりして寝ていて午後病院に行った。そして次の日、給食を食べていると突然Bくんが嘔吐をしたので急いで別室に連れて行くと、今度は午睡から目が覚めたCくんを抱っこすると熱いので検温すると38、2℃の高熱。Bくん、Cくんはすぐに帰宅してもらうと家で嘔吐、下痢をしたので病院に行くと「ロタウイルス」と診断された。するとAちゃんの親から「ロタウイルスだった」という電話連絡が入るが、もう時は遅く次の日も発熱・嘔吐・下痢をする子や休む子も出てきてあっという間に感染してしまい感染力の強さに驚いてしまった。
それからというもの毎日、これ以上の感染を防ぐために、全員(子どもと保育士も)健康チェック表を記入し、患者と接触しないために家で嘔吐、下痢がみられる子は別室で保育をして、下痢の始末をする時は別室で使い捨てのマスク・エプロン・手袋をつけて行い、トイレや部屋の床・棚・ドアは毎日塩素系消毒剤(次亜塩素酸ナトリウム)で拭いて、子どもの玩具は毎日洗うなど凄まじい日々が続き、いつまでこんな生活が続くのだろうかと不安になり精神的に疲れる。また、乳児クラスだけで感染を防ぐために延長保育をしている早番と遅番を幼児クラスと別に行うことになり、急きょ乳児クラスの早遅番の仕事も入り体力的にもきつい。ロタウイルスは大人には感染しないということだったが、保育士の中でも気持ちが悪くなったり、感染した子の家庭で祖父母や父母が嘔吐、下痢になってしまい大変だったという。ロタウイルスに特別な治療法はなく嘔吐、下痢が続くと脱水症状を生じてぐったりしてしまい点滴治療を行うと少しずつ元気になるようだ。ロタウイルス騒動はいつまで続くのだろうか・・・(美)
コラムの窓 タダより・・・?!高速道路無料化計画
民主党のマニフェスト(政権公約)の目玉だった高速道路無料化。2月2日発表の国土交通省が打ち出した「平成22年度高速道路無料化社会実験計画(案)」は、公共事業費の削減が続く中で、無料化と高速道路整備の両立を計る「苦肉の策」で、現行の料金割引の財源の一部を高速道路建設に充てる道路財政特別措置法改正案とも言えるもので、予算制限のほか、渋滞や公共交通機関への配慮などから、地方中心の限定的なものとなった。
この「平成22年度 高速道路無料化社会実験計画(案)」は、「流通コストの引き下げを通じた生活コストの引き下げや、産地と消費地へ商品を運びやすくするなどによる地域と経済の活性化を目的として、高速道路の原則無料化の方針のもと、社会実験を通じて影響を確認しながら、平成23年度より段階的に無料化を実施する。このため、地域経済への効果、渋滞や環境への影響を把握することを目的として、平成22年度より高速道路無料化の社会実験を実施する。」というもので、無料化されるのは首都高速道路と阪神高速道路を除く全路線の18%にあたる37路線50区間と、休日上限1000円による渋滞発生頻度や、他の交通機関への影響、高速道路ネットワークの状況を勘案して対象区間を選定したと言う。無料化は、ETCの有無にかかわらず、全車種、全日行われ、無料化の開始日は料金システム改良など準備状況によるとしている(予定では6月から)。実験終了日は、2011年3月末日。
しかし、政府が6月からの導入を目指した高速道路の新料金制度は、各種ETC割引は大幅に縮小しETCマイレージサービスも廃止される方向であることがわかった(首都高速や阪神高速では昼間の割引が2010年3月で廃止)。この場合、ETC非搭載車の場合はNEXCO区間を利用する場合で、上限を超える長距離利用だと大幅な値下げとなるが、首都高速や阪神高速の場合は距離制の最高額を払うことになるため走行距離によっては大幅な値上げとなる場合がある。一方ETC車の場合、上限に達しない短距離利用や通勤利用・夜間帯での利用・いわゆる1000円高速利用者等多くの場合は事実上の大幅な値上げとなり、トラックドライバーにとっても長距離トラック以外は同様に値上げとなる場合があることからトラック業界からの反発や、この案に対してもJRやバス事業者など公共交通機関は「更に乗客が減る」として現行割引制度の廃止や反発もあり、民主党内からも批判が噴出し「有権者にどう説明したらいいのか」「値上げは容認できるものではない」などの声が相次ぎ、法案がとうなるかは今のところ不明である。(改正案が通らねば現行案が続く可能性もある)
この実験、環境への影響や二酸化炭素排出量の調査、渋滞状況を調査するというが、地方に限定した実験で本当の意味でのデータは取れるのだろうか?
また、高速道路無料化に伴い多くの財源が必要になるが、民主党は、維持管理および債務返済の財源としては、「道路予算の一部振り替えと渋滞・環境対策の観点から例外的に徴収する大都市部の通行料でまかなう」としているが、一部には「車1台につき年5万円の課税」をあげる者もあり、今後その為の増税もあり得るのである。
社会的有用性のある道路は当然無料化すべきであるが、無料化する道路の維持や建設の為の財源はゼロということはない。その為の財源は誰かが支払わねばならないが、「流通コストの・・・引き下げや、産地と消費地へ商品を運びやすくする・・・地域と経済の活性化を目的として」計られる道路無料化は、主に経済界=資本家達の為に行う政策である以上彼らに負担させるのが道理である。もしもこの付けを労働者が支払うとするならばそれこそ「ただより高いものはない」と言うべきだろう!(光)
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読書室 自分を信じてゆっくり進め! 著者 伊藤真 発行 ダイヤモンド社 定価1400円+税
この本は、2002年11月に発行されたもので、私が買ったのは2007年です。著者の伊藤真は、司法試験など各種資格試験の受験生のための学習塾である「伊藤塾」を営んでいます。
この本は、主に資格試験の受験生に対し書かれていると思いますが、人生を生きていくうえでの参考にもなります。著者は、「夢は将来の自分のためにあるのではなく、今の自分を充実させるためにある。今を精一杯楽しんでください」。「過去の自分を否定することはありません。それを受け入れて自分のものにしてください」。「人はみな違っていて当たり前。人と違うことはすばらしい。それを受け入れる心の余裕をもちたいものです」。と述べています。
この本を読んで、少し気持ちが楽になりました。
たしかに何をするにしても、楽しんでやらないと進歩がないししんどいだけです。過去の失敗をクヨクヨしてもどうしようもないし、お互いの違いを認め合ったうえで人と付き合うのは大事だと思いました。
そして著者は、「自分の信念を貫き通してください。同時に、自分は誤っている可能性があると常に自覚しておくことが必要です」。と述べています。非常に含蓄のある言葉だと思いました。過ちのない人間はいないし、間違えれば謙虚に訂正すればいいのだと思います。
その他この本には、戦争放棄の憲法9条の理念の大切さや、勉強方法などが書かれています。皆さん、ぜひ読んでください。 (河野)
4.25県民大会『番外編』・・・読谷村の「ハン之碑」
2007年9月の「教科書検定意見撤回要求の県民大会」の時は、会場の宜野湾で大渋滞に巻き込まれ、バスにも乗車できず大変苦労した。
今回は、大渋滞に巻き込まれないように、県民大会の前日と当日は会場の読谷村の民宿に宿泊した。
県民大会の午前中、時間に余裕があり読谷村を歩いて見学した。その見学で一番印象に残ったのが、「ハン之碑」であった。
沖縄でも朝鮮半島から強制連行されてきて”牛馬”のように酷使された元「日本軍軍夫」、”性奴隷”とされた元「日本軍慰安婦」がいた。この戦争犯罪は沖縄人を含む日本人が犯したものであり、この加害の責任を私たちは誠実に負い続けなければならない、との思いから謝罪と追悼の意を込めて「ハン之碑」は建設された。
「沖縄・ハン之碑」(2号基)には、次のような文章が刻まれている。
この島はなぜ寡黙になってしまったのか
なぜ語ろうとはしないのか
女たちの悲しみを
朝鮮半島の兄姉たちのことを
引き裂かれ、連行された兄たち
灼熱の船底で息絶え
沖縄のこの地で手足をもぎ取られ
魂を踏みにじられた兄たちよ
戦が終わり、時が経っても
この島から軍靴の音が絶えることはない
奪われた土地は、消えたムラ、女たちの悲鳴は続き
人々の心は乾いたままだ
兄たちよ
未だ供養されず石灰岩の裂け目に埋もれる骨、骨、骨
故郷の土饅頭に帰ることもかなわない
兄たちよ
私たち沖縄人は
未だ軍靴に踏みにじられたままの
兄姉たちの魂に 深く頭を垂れる
日本軍の性奴隷として踏みにじられた姉たち
軍夫として犠牲になった兄たちに深く頭を垂れる
やがて固く結んだ鳳仙花の種が弾け
相互の海を越えて花咲くことを信じて
兄姉よ、あなたたちの辿った苦難を語り継ぎ
地球上から戦争と軍隊を根絶することを
この地に果てた兄姉の魂に 私たちは誓う
なお、「韓国・ハン之碑」(1号基)は韓国ケイショウホクドウヨンヤングンにあると言う。(英)
零細な商店の現場から
①ビジネスとして割り切ること
経営者を含めて3人で営む小さな商店。小規模であるからだろうか、どうしても家族主義的で近代と前近代のゴチャまぜになった職場となり、不都合なことも多かった。一例をあげると、小さな商店であることと最近の経済状況から、月末の支払い日が近づくと経営者のストレスは大きい。人相が変わり(最近では毎月のこと故、一応平気な顔をしているが)私ども給料をもらうのも辛く、さりとてなければ困るし、いらざるウジウジした遠慮っぽい気分から奇妙な言葉も飛び出しかえってマイナス。そこでビジネスと割り切ってもらうものはもらうことにし、仕事により気を配ることにしている。
②非情でなければならない場合もある
①のことから、いらざる気を使う言葉やふるまいは抑え込み、よく言えばクールに、悪く言えば、サバサバと非情な言動に及ぶことになる。〝気休めいうても仕様がない。さりとて売り上げにプラスする名案とてない〟が、それぞれの役割をアッケラカンと果たすように心がけて、暗く落ち込まないようにしている。このような精神の位相を保って生き抜くようにしている。ここまでくるにもいくつもの峠を越えてきたように思う。さてこれからは・・・・ 10・4・30 宮森常子
詩作 三つ
① 若者たち
一心同体でありたい、と
叫び歌う若者たち、
若さ故の歌
ほんとのところ他者を求めたって
しょうがない、とつぶやく私
ひとりだけど孤立はするまい
そんな人が増えてきた
血縁を含めて結縁が大事な
世の中になるだろうな
②都会という雑炊
バラバラのひとりひとりを結ぶ
媒介を求める人々、
それはタイガースであったり
ライブであったり、
かつて一つであった記憶から
ピッタンコを求める人々もいる
今やそれはありえないけど
やっぱりひとりから
始まる。
10・4・3 朝4時 NHKの春歌をきいて
③イタリア人形
ペットのあかりにぶら下がる
小さなイタリア人形
ひもを引っぱると
両手をあげて
花のとんがった人形が
喜びの姿を見せる
一生感動といった人もいるが
それはもう去ったのかな?
心ゾーがくさってきたのかな?
10・5・6 検査結果の出る前日に 宮森常子
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編集あれこれ
前号の1面は、「本来の第三極づくりへ協同を拡げよう!」と題する記事でした。現在の民主党政権は、普天間基地問題での迷走ぶりをみてもわかるようにひどいものです。といって、前の自民党政権に戻るのはいいのかというとそうではありません。まさに、第三極づくりが必要なのですが、左派の運動は停滞しています。何とかしなければいけません。
2面は、普天間基地の撤去を求める沖縄大集会の記事です。この問題は、基地をどこへ持っていくという話をするのではなく、基地撤去しか道はありません。鳩山首相は、そういう考えで、米国と交渉するべきです。
3面は、協同労働法案についての記事です。協同組合に法人格を付与するようになるなど、この法案は一歩前進と言えるのでしょう。生産者と消費者の共通利益を追求していこうとする協同組合ですが、この法案で困難な状況が変わるかどうかはわかりません。いずれにしろ、私たちの活動が重要になります。
4~6面は、「溶解しやせ細る自民党」と題する記事でした。「たちあがれ日本」や「新党改革」等自民党離党者を中心とする新党ができています。そして、松下政経塾出身で杉並区長の山田宏を党首とする「日本創新党」もできました。どれも期待できません。
後は、コラムの窓や本の紹介、読者からの手紙、色鉛筆等常設の記事がありました。
読者のみなさん、今後もワーカーズをよろしくお願いします。 (河野)
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