ワーカーズ419号 2010/.7/1
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沖縄・・・戦後65年目の「慰霊の日」捨て石にされた痛みが、今なお消えない沖縄県民!
6月23日、沖縄は戦後65年目の「慰霊の日」を迎えた。
沖縄県民にとって、この日は特別の日である。「1961年、琉球政府立法院は「全住民が亡き人々の尊い犠牲を無駄にせず二度と惨酷な戦争が発生しないよう祈念しつつ戦没者を慰める」との趣旨で、6月23日を「慰霊の日」と制定し住民の休日とした」
当日は、朝早くから摩文仁崎の「平和の礎」を訪れて、身内の戦没者の名前の前に花や食べ物や飲み物を供えて家族全員で慰霊する多くの人たちの姿が見られる。
「平和の礎」に訪れる遺族(祖父・祖母、父・母、孫の3世代訪問が多い)が手を合わせて祈る姿を見ていると、沖縄戦の深い悲しみと傷を感じ、同時に沖縄の人々の戦争反対・平和への強い思いが伝わってくる。
この「平和の礎」は、国籍や軍人、非軍人の区別無く、沖縄戦で戦没した24万名余の名前を刻んだ碑で、太平洋戦争・沖縄戦終結50周年にあたる1995年6月、沖縄県(県知事・大田昌秀)によって建立された。
当時、大田県政が平和行政の基本とした「沖縄国際平和創造の杜構想」の一環として建立したものである。世界に向けて恒久平和発信の場にするという壮大な計画であったが、途中で頓挫してしまった。(ご存知のように大田知事は本土日本政府の横やりで、知事退任に追い込まれてしまった。)
この「平和の礎」のすごさは、まず石碑に刻まれた名前の圧倒的な量である。敵味方関係なく全ての死者たちの名前が刻まれており、刻銘碑の配列は@沖縄県民、A本土出身者、B米英国の軍人、C朝鮮半島・台湾出身者に分類してある。
大田氏は、「この『平和の礎』は、たんなる『「慰霊の塔』ではない。むしろ『「非戦の誓いの塔』と言える。沖縄戦の、想像を絶する苦い体験を通して得られてものであり、沖縄県民に共通の痛恨の思い、悔しさの表現である。」と述べている。
東京の大本営司令部は最初から沖縄戦を本土防衛のための時間稼ぎの「捨て石作戦」と位置づけ十分な兵力や武器を準備しなかった、現地守備軍には降伏を許さず「玉砕戦法」を強要していた。これが沖縄戦であった。
首里城に司令部を構えた沖縄守備軍(第32軍)は、激しい攻防戦の後、5月下旬までに沖縄守備軍はほぼ戦力を消耗してしまい、もはや闘う軍隊の体をなしていなかった。しかし5月22日、牛島司令官は新作戦計画「首里から喜屋武半島に撤退する」方針を決める。ここにおいて、沖縄県民の運命は決せられたと言ってよい。
狭い喜屋武半島に日本軍の敗残兵・防衛隊員・婦女子などが逃げ込んだため、多くの悲劇を生むことになった。沖縄県民の犠牲者はこの南部での1ヶ月間の戦闘に集中している。
軍と一体となって戦闘に協力しながら、捨て石にされた沖縄の人たちの心の痛みは今なお消えない。(英)
最優先目標は長期政権>氛汨Oのめりの菅内閣──
民主党政権10ヶ月の成果を問う参院選が始まった。鳩山首相の政権投げ出しによる棚ぼたで発足した菅内閣。参院選挙では何はともあれ負けない$術が目につく。
政権発足直後の所信表明演説で早くも本格政権≠めざすとして、長期政権の野望を隠さない菅内閣。世論調査でも容認の声が高かった消費税の引き上げを打ち上げてパラダイムチェンジをはかった。が、参院選マニフェストでの変身も含めてみれば、菅内閣の最優先戦略が長期政権自体に置かれていることが浮かび上がる。
鳩山政権の挫折は有権者の民主党からの離反に直結しなかった。もう一度民主党のチャンスを与えたわけだが、長期政権をめざす菅民主党政権はいずれ普通の政権党に迷い込む以外にない。私たちとして、その先を見据えた闘いを拡げていきたい。
■前のめりの菅首相■
「最小不幸社会」をめざすはずの菅首相。何を思ったか、いきなり消費税引き上げで突っ走っている。強い社会保障、強い財政、強い経済をめざすためには財源確保が必要だというわけだ。マニフェストでは「消費税引き上げも含む税制の抜本改革」という官僚用語で曖昧に語っていたが、記者会見では10%という数字をあげることで消費税引き上げがにわかに参院選の争点に浮上した。
その直後の世論調査で菅内閣の支持率が軒並み落ち込んだことで、引き上げはまだ先の話だと沈静化を図ってはいるが、図らずも菅首相の描く政策課題での優先順位が垣間見えたといえる。
菅首相が10%という消費税の引き上げ方針を打ち出した思惑は二つ考えられる。
ひとつは普天間≠ニ政治とカネ≠ニいう鳩山内閣の退陣に結びついた民主党政権の負の遺産を、「たらいの水」と一緒に流してしまうこと、そのことで民主党政権10ヶ月の中間総括という参院選の争点の外側に棚上げにしてしまうこと、だ。
もう一つは、国民生活が第一≠ニいう総選挙のマニフェストと決別し、政権政党として統治優先≠フ政治への大転換をめざすことだ。
この二つ目の思惑には保険が付けられた。10%という引き上げ方針は「自民党の案を参考」というもので、大衆増税への批判票が自民党に流れないための保険だ。さらには消費税引き上げを目的とした自・民による大連立≠フ選択肢も残すことで、菅内閣による長期政権を可能にする、という思惑も垣間見える。自・民政権となれば、衆院で圧倒的多数の民主党内閣=菅内閣になるのは目に見えているからだ。
しかし菅首相による消費税引き上げ方針はデフレ下の大増税策だ。経済・税制・社会保障の三位一体改革は頓挫し、失われた20年≠ヘ消費税不況でさらに引き延ばされるだろう。
その前に、菅内閣の増税路線が世論に受け入れられるとも限らない。というのも、世論調査での消費税引き上げ容認の声と選挙での容認の投票は全く別だからだ。世論調査で容認の声が高かったのは、借金財政の破綻が目に見えているからであるが、投票行動では引き上げまでの手順や有権者の利害が入り込む。
■隠しきれない野望=。
それにしても就任早々の本格政権=i=長期政権)の野望を語るとは、ちょっと前のめりに過ぎるという以外にない。遊説では「10年ぐらいがんばる」とも公言している。
そもそも本格政権=長期政権になるかどうかは政権の実績による結果であって、はじめから長期政権をめざすとは言わないのが普通だ。あえて公言したのは、本来であれば鳩山首相辞任を受けた選挙管理内閣になるところ、菅内閣発足の第一幕でその制約を突破しておきたいとの思惑からだろう。それだけ政権への思い入れが強い証左で、逆に政権運営では首相の地位に固執する本末転倒も予感させる。
その最初の兆しが早くも垣間見える。その兆候は菅首相による普天間≠ニ政治とカネ≠フ棚上げ姿勢だ。
仮に鳩山内閣ができなかった普天間基地の海外・県外移設を、再度の仕切り直しから実現への扉をこじ開けることができれば、菅首相は間違いなく平成の高杉晋作になれた。が、就任早々に辺野古への移設を確認した日米共同声明の遵守を打ち出してその道を放棄してしまった。沖縄の声を袖にして対米関係を優先することで政権基盤の安定を優先させたわけだ。
政治とカネ≠ノついても同じだ。
内閣と党人事では小沢切り≠演出したとはいえ、徹底したものとはほど遠い。選挙や党運営での小沢排除には慎重だ。それもやっと政権の座を手にしたいま、足下の民主党が分裂したのでは元も子もなくなるからだ。ここでも政権保持最優先の姿勢がみえる。
菅内閣で新たに入閣した荒井国家戦略相の事務所費問題にしても同じだ。漫画本やパチンコ屋の音楽CD、女性用下着などの支出には唖然とせざるを得ないが、問題はそれに蓋をする姿勢や感覚そのものである。なんとか還元水≠ナ当時の自民党農水相を辞任に追い込んだように野党時代は厳しく与党を追及する。が、自分たちが与党になったとたん逃げに走るという姿勢は、自民党時代と全く変わらない。「とことんクリーンな民主党」の看板が泣くというものだろう。
一事が万事、そうした姿勢そのものが、菅内閣や民主党政権にボディブローのように打撃を与えつつける。こうした態度も政権保持最優先≠フ姿勢の結果だろう。
菅首相にとって政権保持が最優先だとはいっても、現実は危ういことに変わりはない。
普天間問題では、言葉の上では鳩山内閣に責任を押しつける日米共同声明の尊重≠ニいう姿勢だ。とはいっても8月を期限とした「工法」の決定を含め、普天間への新基地建設の推進という場面では、菅首相自身が矢面に立たざるを得ない。保守も含めて反対の総意で固まる普天間への移設実現への道は、自民党政権時以上に不透明でハードルは高い。
思えば菅首相が持ち出した奇兵隊内閣、その創設者の高杉晋作と菅首相の最大の違いは権力への執着心だろう。高杉晋作には時局の大転換という目標はあっても、権力への執着心はなかった。菅首相の権力への執着心は、時と場合によっては政権の墓穴への道と背中合わせだ。
■大転換?■
鳩山首相の辞任から菅内閣の登場で様変わりしたのは政権の旗印だろう。
鳩山内閣の看板は、マニフェストでも掲げていた国民の生活が第一≠セった。大衆迎合的な小沢流の選挙戦術をそのまま政権の看板にしたわけだ。
とはいえ、鳩山内閣でも国民生活が第一≠ニいう総選挙でのスローガンを含めて民主党政治の変質は進んでいた。が、菅内閣の登場で国民の生活が第一≠ニいうスローガン自体は残されたものの、それまでの有権者受けを狙ったマニフェストはガラリと変わった。菅民主党が参院選挙向けに発表したマニフェストの特徴は、なにはともあれ政権保持第一≠ナある。
菅民主党の参院選マニフェストは、なによりも看板倒れを警戒した現実主義≠セ。前回のマニフェストが一貫性も実現性も度外視した空約束だったことが鳩山内閣8ヶ月で分かってしまったから、だから空約束から現実的に、というわけだ。
その菅マニフェストの特徴は、数値目標とタイムスケジュールが欠落していることにある。とりわけこの1年、2年の数値目標とタイムスケジュールはどこにも見られない。経済成長率は10年間の平均、財政再建は5年先、10年先の数値でしかない。政権発足初年度と2年目以降4年間の数値目標とタイムスケジュールを掲げた鳩山代表時代のマニフェストから見れば、明らかな曖昧化だ。空約束がすぐ暴露されて政権が失速しないようにと、長期政権への予防線を張るがごとしだ。
語られる言葉もお役所言葉になってきた。「検討します」「進めます」「取り組みます」「見直します」「図ります」「尽くします」「全力をあげます」「継続します」「強化します」「拡充します」「是正します」等々……。確かに無難ではある。
民主党政権の大きな旗印も後退している。
政治主導=官僚支配体制の打破は、官僚との二人三脚へと替わった。
子ども手当やガソリン税の特例税率の撤廃など、バラマキ政治は引っ込んだ。すでに政権を手にしたからだ。代わって登場したのは財政再建であり、手っ取り早い手段としての消費税増税だった。
国家公務員法の改正もそうだ。政治主導を貫くためのトップ官僚の降格制度導入や、天下り撲滅のための定年まで働き続けられる制度の導入も、みなご破算になっている。継続するといっても、一端廃案になって混乱だけが残った公務員制度の根本的な改革はかえって遠のいた。国家公務員人件費の2割削減目標もマニフェストでは具体化の手順は示されておらず、結局空手形に終わる公算が高い。
地域主権改革も同じだ。紐付き補助金の一括交付金化では、「地域が自己決定できる財源」が消え、省庁が関与する記述が加わってしまった。
それにしても、たった10ヶ月で手のひらを返したようなマニフェストの変更には世論を侮っているとしか言いようがない。
そもそも政権交代後初年度で7・1兆円、2年後には12・6兆円、3、4年後には13・2兆円という必要な財源は、特別会計を含む総予算の組み替えや無駄の排除でなんぼでも出てくる≠ヘずではなかったか。それが事業仕分けでも7000億円だけ。それがいまでは財源不足で大増税案だという。舞台がぐるっと回転して消費税引き上げ構想が浮上したいま、当然の結果として無駄の排除や予算の組み替えは脇に追いやられている。
むろん、当初から民主党の個々のマニフェストは多くの支持を集めたわけではなかった。が、少なからずそうしたバラマキ政策に飛びついた面もなかったわけではない。乗せられた人たちにとっては、あまりの豹変ぶりに話が違うでしょう≠ニ言いたくなるのは、当然の結果ではある。
■民主党政権は通過点■
普天間≠フ醜態と庶民の生活とかけ離れた政治とカネ=Bそれにマニフェストでのバラマキ政治から統治優先政治への転換など、民主党政治は自民党と大差のない単なる政権党であることがはっきりした。
しかし細川内閣崩壊の後に続いた自民党政権への回帰と同じような自民党政権への復活を許すのは最悪の選択だろう。自民、民主のどちらにするか、という選択肢ほど政治を閉塞させるものはないからだ。
小泉政権から民主党政権へと続いた劇場型政治∞二者択一政治≠ヘ民主党政権を期に卒業したい。それにはどういう社会を創っていくのかという労働者・市民の立場からの長期的な戦略構想が不可欠だ。そうした立場から自分たちの要求を自分たちに闘いで一つづつ闘いとっていくという姿勢が大事だ。これが私たちが掲げる第三の道≠セ。政権への甘い期待は禁物なのだ。
私は民主党中心政権について、当初から本格的な労働者・市民による政権への通過点だと指摘してきた。自民党長期政権に代わりうる体制内政党の実験は、そうした政権では結局は労働者の未来を切り開いていくことはできない。民主党政権は、このことを全国的で大衆的な規模での共通経験によって実証される、避けて通れない通過点なのである。
政権たらい回しでV字復活を果たしたかに見えた菅民主党政権。鳩山内閣に続いてもう一度の期待はずれを経験することになるだろうか。が、それも必要な通過点なのである。
菅首相が過去のものになったという公共事業主導型経済にしても市場万能型経済にしても、また菅首相による経済・財政・社会保障の一体的改革という道も、結局は利潤が第一の経済を土台とした第一の道のバリエーションに過ぎない。
私たちは協同型経済を土台とした社会をめざす文字通りの第三の道≠目標として、通過点としての民主党中心政権のその先を見据え、腰を据えた闘いを拡げていきたい。(廣)
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「報道とカネ」――日本のマスコミは「悪徳ペンタゴン」の一角を構成する
つい最近まで、日本のマスコミ、つまり五大全国紙とテレビ業界六社は、連日のように鳩山政権の「政治とカネ」の問題を追及してきた。マスコミの報道は、検察のリーク情報を一方的に垂れ流しただけのものであり、岩手県内の工事の談合で、小沢事務所が「天の声」を出し、そのため水谷建設が石川議員に五千万円を手渡したとの報道を繰り返した。
さらにTBSは、都内のホテルの喫茶店において、土産用の紙袋に入れた五千万円の授受場面をCGで再現するなどの工作までして事件を捏造した。読売新聞に至っては、石川氏が発言を否定しているにもかかわらず「小沢氏4億円不記載了承、石川容疑者が供述」という虚報を真実だと報道し続けた。まさに過ぎ去れば、事の一切が夢のようである。
野中氏による官房機密費の使途暴露
四月三十日、一九九八年から九九年にかけて、小渕内閣で官房長官を務めた野中広務氏は、都内で記者団の前で在任当時の官房機密費の取り扱いについて、「毎月五千万〜七千万円くらいは使っていた」と発言・使途について暴露した。それによると「首相の部屋に月一千万円、野党工作などのため自民党の国会対策委員長に月五百万円、参院幹事長にも月五百万円程度を渡していた他、政治評論家や当時の野党議員らにも配っていた」という。
さらに野中氏は「前の官房長官から引き継いだノートに、政治評論家も含め、ここには盆暮れにこれだけ持って行けと書いてあった。持って行って断られたのは、田原総一朗さん一人」だと付け加えた。この野中発言により、従来から自民党の太鼓持ちと揶揄されてきた田原氏の首は、かろうじて薄皮一枚残して繋がることになった。
また彼は、与野党問わず、何かにつけて機密費を無心された事もあり、「政治家から評論家になった人が、『家を新築したから三千万円、祝いをくれ』と小渕総理に電話してきた事もあった。野党議員に多かったが、『北朝鮮に行くから挨拶に行きたい』というのもあった。やはり(官房機密費を渡して)おかねばという人と、こんな悪い癖がついているのは絶対ダメだと断った人もいる」とも語った。
八十四歳になる野中氏は、今こうした話をあかした理由について、「私ももう年。いつあの世に行くか分からんから。やっぱり国民の税金だから、改めて議論して欲しいと思った」と説明する。だから野中氏は「機密費自体をなくした方がいい」とも提案した。
これが本当の理由かはともかくとして、野中氏の暴露は具体的であり、マスコミを震撼させたのである。ところが全国紙でこの事を報道したところは一切ない。鳩山政権は、平野博文官房長官が官房機密費の金額は公表したものの、その使途については一切明らかにしていない。民主党は、官房機密費を一体どのようなものとして考えているのだろうか。
現在、政権交代直後の昨年九月、河村前自民党官房長官が二億五千万円もの官房機密費を引き出したとして、大阪市の市民団体に背任容疑などで東京地検に告発されている。この問題に関連して、野中氏の証言は貴重である。野中元官房長官は、TBSテレビで官房機密費の使途を具体的に明らかにしたが、河村氏が官房機密費を持ち逃げしたのを知りながら、民主党にそれを追及する動きはまだない。鳩山政権が、歴代政権の官房機密費の使途を完全公開すれば、自公民前政権とマスコミと政治評論家は、一気に足下から崩れていかざるをえないのにもかかわらず民主党は沈黙したままである。全く不可解な事である。
渦中に巻き込まれた感の三宅氏は、迷惑がっているものの中曽根内閣当時、故藤波官房長官の秘書から百万円の提供があったと発言。「藤波氏が予定していた二回の後援会に出られず、代わりに講演し、百万円(講演料)をもらった事があった。しかし、自分の信条からして恥ずかしいことはしていない。お金の出どころが官房機密費かどうかは考えた事もない」と語った。三宅氏よ、まさに「問うに落ちず語るに落ちる」とはこの事だろう。
また小沢前幹事長の懐刀の平野貞夫氏も「官房機密費で朝日以外の(全国紙の)新聞記者に女を抱かせた」との証言もある。東京新聞が割とまともなのは地方紙だからである。
植草一秀氏は、常日頃から、日本は「悪徳ペンタゴン」に支配されているといってきた。「悪徳ペンタゴン」とは、政・官・業・外・電、つまり政治屋・官僚・大企業・アメリカ・御用メディアの五つの勢力である。野中発言等はこの一角の御用メディアを痛打した。
このような紐付きの金をもらっておきながら、何が「政治とカネ」が不透明だなどとはよくいえるものだ。まさに羽織ゴロである。御用マスコミの諸君には、骨がらみとなった自分自身にまとわりつく官房機密費の受け取り疑惑に対して、きっぱりと否定する証拠を出す事で、「報道とカネ」に対する説明責任をぜひとも果たしていただきたいものである。
さらに付け加えておく。官房機密費を配られていない東京新聞朝刊には「こちら特報部」という名コラムがある。六月四日付の欄には、佐藤優氏が「本音のコラム 官邸 機密費の闇」が掲載され、「みんなの党」の江田憲司議員にふれている。全文掲載しておく。
筆者が初めて内閣官房機密費をもらったのは一九九七年、江田憲司首相秘書官(当時、現衆議院議員・みんなの党)からだった。江田氏から「モスクワに出張する前に(首相)官邸に顔を出しなさい」と言われていたので、挨拶に行った。
一階の会議室に案内された。江田氏はポケットから白い封筒を出し、「これを使って」と言って差し出した。筆者は「ありがとうございます」と礼を言い、封筒を鞄に入れた。封筒には三十万円が入っていた。
このとき江田氏が「官邸にきて初めて知ったけれど、外務省は裏のカネをたっぷりもっている」と言っていたことを鮮明に記憶している。今になって思うと外務省から官邸に秘密裏に上納されていた機密費のことを江田氏は示唆していたのだ。
総理秘書官、しかも政務秘書官は、官邸に関わる機密費を使用する立場にいる。是非とも江田氏は、国民の税金を何に、どの様に使ったのか、自分が知り得る情報を有権者に公開する責任を積極的に果たすべきであり、常日頃きれいごとを言う前に、自ら国会議員である江田氏は、公人としての立場から、ぜひとも説明責任を果たしてべきである。
テレビで良識派の代表然として発言する江田氏は、官房機密費等の闇についてよく知っている、まさに生き証人だ。彼が自分の公人としての立場をわきまえず説明責任を放棄するのなら、断固国会へ呼び出し、証人喚問しなくてはならない。
今後普天間問題で窮地に追い込まれる菅直人政権が、沖縄県民の買収工作や分断工作に官房機密費等を用いる事を先制的に牽制するためにも、江田氏が官房機密費について知る真実のすべてを、彼を証人喚問する事を通して防いでいかなければならない。
ワンセットである外交機密費の使途
ここで思い出さなければならないのは、官房機密費とワンセットである外交機密費の使途である。官房機密費と同じく十数億円あるといわれてきた外交機密費は、官房機密費を少しでも潤沢にするため上納されてきた。
かねてから首相官邸が情報収集などのため使途を明らかにせずに支出できる官房機密費に外交機密費を充てていたとの疑惑はあったが、二00一年の外務省元要人外国訪問支援室長の機密費詐欺事件で発覚する。官房機密費を増やすため、外交機密費が上納されたとみられていたが、歴代の自民党政権はこれを否定してきた。
岡田克也外相は公開の記者会見で、外務省機密費詐欺事件が発覚した平成十三年以降は「上納」は行われていないと説明した上で、上納されたカネは「外交用務として使われていた」として違法性は否定し、「報償費の性格を超えて使われるリスクはあり、望ましくない」と語ったところである。
岡田氏は今回の公表について「(過去の政府答弁との)整合性はない。政権交代したので事実は事実して申し上げた」と述べた。ただ上納額や具体的な使途については「報償費の性格上言及すべきではない」として明らかにしなかった。この点も実に不可解だ。
しかし外交機密費についても、今回佐藤優氏から勇気ある発言が飛び出した。
『週刊朝日』七月二日号に、彼は自分の経験を踏まえた上で、受け取った新聞記者が特定できるような話し方をせずに、外交機密費を使って外務官僚がどのようにしてマスコミの記者たちを手なずけ、「官の利益のために世論を誘導する」情報操作のために働かせる状況をつくり出すのかを極めて抽象的に語っている紹介する。
「野党」に区分けされた正義感あふれ外務省にも公然と批判してくる誠実な記者を、まずは誠実なふりして対応し「野党」から「建設的野党」になっていただいて、ある程度、関係が深くなったところで「悪魔の囁き」をする。
「あなたのような政局動向に通じている記者の見解を、ぜひ外務省の幹部、あるいは在外公館の幹部に伝えたい。匿名でリポートを書いてくれないか」そして数十万を渡す。これももちろん「外交機密費」から出ているという。最初はできるだけハードルを低くして攻めて行く。
「新聞の重要な記事のところに、赤で印しをつけてください」「切り抜きをください」「切り抜きにコメントを書いてください」「報道についてリポートを作ってください」「役所の中の様子を教えてください」という「本当の狙い」に行き着く。
≪そして、だんだんモノを受け取ることに慣れさせ、その対価としてカネをもらう習慣をつけ、できるところから少しずつ深みにはめていくわけです。いったんこのリポートを書いたら、もう一生終わりです。どんな社も、記者が取材で得た政治家の懇談メモ=表に出さない前提のメモを使って、官からカネをもらってリポートを書いたことが露見したらクビです。それがわかっているから、そういう記者は、「無二の親友」になる。こうして「野党」側から「与党」側に移行してくる記者は少なくないのです≫(『週刊朝日』)
佐藤氏は、現在報道されている情報で、特に外交問題と検察の特捜部に関連する案件に関しての情報は、「九割」が官の側からの一方的な情報に間違いないと断定している。
そうした官僚側が取捨選択した、官僚の意向に沿ったヨイショ記事など、マスメディアは官製情報とも呼べる情報を垂れ流し、国民のためというより官僚のための御用メディアに成り下がっているのだ。これについては、私たちが「暴走検察」でイヤというほど見せられてきた。佐藤氏の証言はそれが全省庁にあてはまるという事だろう。
今や外務官僚の「天敵」ともいうべき佐藤「ラスプーチン」の証言は、鈴木宗男氏と同様に外務省の内部事情を知り尽くした人の発言だけに、実に重い。
鳩山政権における「普天間問題」に関しても、外務官僚のリークする情報ばかり垂れ流し続け、「対米追従・沖縄切り捨て」こそが正しい路線であると一方的な世論誘導をし続けた御用メディアの所業は、今なお私たちの記憶に鮮明である。
だから元外務官僚出身、しかも情報収集・情報処理の専門家だった佐藤元外務省主任分析官の発言は、官僚たちの傲慢かつ国家の主人公然たる思い上がった所業を明らかにした事により、官とメディアが一体となった「犯罪」だと動かしがたい事実として、私たちに告知された。官房機密費や外交機密費などの支払いを含めて、この「官とメディア」の問題は、「報道とカネ」の問題だと認識され、相当に根が深いものがある。
五百余日の獄中生活と裁判闘争を闘い抜いた事で、「官僚意識の呪縛」から解き放たれたとする佐藤氏の発言は、民主党政権下での現段階の日本国における「官僚支配」の一段の強化に対する彼の危機感から発せられたものと私たちは評価せねばなるまい。
諸悪の根源としての記者クラブ制度
自民党政権下で成立した記者クラブ制度には、その制度そのものに問題であるだけでなく、それを維持するに当たって、莫大な税金が不当に使われているという問題が潜伏する。
米国では、日本のような記者クラブ制度は一切なく、すべての記者が記者会見場のそばにあるフリースペースを取り合って作業をする。その場所は、全メディアに公平に開かれており、無償であっても何ら問題はない。まさにパブリックだからこそ当然だ。
韓国ではかつて日本と同じような記者クラブがあったが、二00七年に盧武鉉政権が大統領府や国防省などを除いて原則禁止し、すべての記者に開かれた「合同ブリーフィングセンター」が新設された。このように今や記者クラブ制度があるのは日本だけなのだ。
記者クラブメディアは、官庁舎内に記者室を有しており、各社ごとに一定のスペースを確保している。記者たちはそこを彼らの勤務先とし、そこで記事を書き資料を作成するなどの作業を行う。それに加えて、記者クラブが主催権を持つ記者会見場に関しても、非記者クラブ以外の記者を締め出し、事実上の情報の占有を行なってきた。言葉を換えて忌憚なくいえば、横並び一線の記事を書く事に良心の呵責もなく神経を集中してきたのである。
記者クラブ室を造るについては注目すべき話がある。二00九年九月に消費者庁が発足した。この官庁は、そこになければならない必然性がないにもかかわらず永田町の山王パークタワーという民間ビルに入居した。一等地のため賃料は法外に高く、年間8億円だ。
ところが消費者庁記者室と会見場は、その豪華ビルで約百三十平方メートルを占め、しかも記者クラブは無償で入居している。傑作なのは、当初新聞・テレビで、「豪華・贅沢・無駄」と書き立てながら、自分たちがその中に無償で占有している事実は、他言無用なのだ。山王パークタワービルの賃料は、一平方メートル当たり月約一万一千円、だからこれを基にして年間の賃料を計算すると、記者室は約二千六百万円、会見場を含めると年間約五千六百万円にもなる。今こそ「豪華・贅沢・無駄」のため身を切るべきだ。
新しい官庁ができる度にその官庁の記者クラブが作られる。記者クラブ制度では、その度に記者クラブの新規加盟条件が決められる。消費者庁記者クラブ加盟条件は、「加盟二社以上の推薦を必要とし、総会で三分の二以上の承認を必要とする」とされた。 記者クラブ制度の打破のために闘ってき岩上安身氏や上杉隆氏は、その甲斐あって最近著名人になり、フリーランスのジャーナリストが活躍する場を造り上げたのである。
上杉氏は、中央官庁の記者クラブが占有しているスペースの家賃を計算するとその総額は、年間十二億六千二百六十八億円になると試算する。その他の机・椅子・電話・ファックス・テレビ等の備品や電気代まで含めて計算すると十三億四千三百八万円だとした。
ここまで肥大化するのは、数ある官庁には電話やファックス代まで負担している官庁や農林省のように記者クラブのために専従の職員をつける官庁もあり、この例でいうと、記者クラブの受付要員として三名を外部委託し、年間千六十八万円の人件費を払っているためなのである。
こうなるとどうして民主党は、記者クラブ制度にお得意の「事業仕分け」を仕掛けなかったのかが全く理解できないほどの不思議さだが、彼らは財務省の手の内で暴れるだけの能しかないからである。民主党の政治主導は決して官僚主導を廃してはいない。
先に述べてきたように、記者クラブ制度は日本にしかない。非記者クラブの記者と外国の特派員記者は何回も煮え湯を飲まされてきた。「ニューヨーク・タイムズ」の東京支局長であるマーティン・ファクラー氏は、西松建設事件について関心を持ち、取材しようとしたが、やはり記者クラブの壁に阻まれた。彼は日本の記者クラブはカルテルにも似た最も強力な利益集団だと言い切ってはばからない。
かつてニューヨーク・タイムズ紙等に在籍した上杉氏は、インタビューに答えて、こう答えている。
記者クラブよるほとんどの報道が検察のリーク情報に乗るだけで、検察の立場とは明確に一線を画し、なぜこの時期に検察 は民主党代表の小沢氏を夕−ゲットにしているのか、自民党の 政治家は法律上問題のある献金を受けていないのか、といった視点から独自の取材、分析を行なうメディアはなかったように思います。西松建設事件の時、私も東京地検に取材を申し込みました。しかし、「記者クラブに加盟していないメディアの取材は受けられない」と拒否されました。以前ウォールストリート・ジャーナル東京支局の記者だった時には、日銀総裁の記者会見に出席しようと思い、日銀に許可を申請したところ、記者クラブに申請するよう求められました。記者会見への出席をメディアがメディアに依頼しなければならない、というのは異常なことです。仕方なく日銀の記者クラブに連絡したところ、当時の幹事社だった日本経済新聞社から「出席は認めるが、質問はできない」と言われました。─―上杉隆著『記者クラブ崩壊/新聞・テレビとの200日戦争』小学館101新書
だいぶ長いい引用になって恐縮だが、この証言には日本の記者クラブ制度が果たしている役割が端的に述べられている。まさに記者クラブ制度は、世界に比類なき日本の政府・官僚による御用マスコミと記者クラブの個々の記者に対する巨大な買収システムである。
鳩山政権への「政治とカネ」を巡る執拗なまでの追及をするだけの暇があるのなら、私たちは鳩山氏や小沢氏に説明責任を果たせと説教してきた御用マスコミ自身が、「報道とカネ」に対する自らの説明責任を堂々と果たすよう要求するものである。 (直木)
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コラムの窓 労働者に寄生する、増税による成長!?
民主党の菅首相は6月17日に「参院選マニフェスト(公約)」を発表し、その中で消費税について「2010年度内にあるべき税率や改革案の取りまとめを目指したい。当面の税率は、自民党が提案している10%を一つの参考にしたい」と述べ、消費税を10%へ引き上げることを目指し、今年度中に具体案をまとめる考えを表明した。
さらに、消費税率10%の根拠を「社会保障を念頭に入れるとこの程度(10%)の財源が必要になる。自民党の考え方もほぼ同じです」と説明し、自民党をも巻き込んで、超党派での関連法の改正を2〜3年後には計りたいとも述べた。
所信表明での「強い経済、強い財政、強い社会保障の一体的実現」に対して「財源の確保策についての具体的な説明が不十分」と、実現性を疑問視する意見も多い中での消費税率10%発言である。果たしてこの増税で得た財源は何処へ行くのか?
国内総生産(GDP)の180%を超える債務残高、国債や政府短期証券などの「国の借金」が今年3月末時点で882兆9235億円、国民1人あたりの借金は、単純計算で約695万円。
鳩山政権では「無駄」をなくすために、行政改革などを優先的に行い4〜5年は増税は行わないとしていたが、マニフェストに掲げた子ども手当の全額支給やガソリン税などの暫定税率廃止の撤回など、バラマキ政策を含む政策実現のためには、何をやるにも財源が壁となっていることを改めて強調し、エコポイントなどの付加サービスで電気や自動車産業を優遇し、消費の拡大による景気の底上げ・垂れ流し政策を押し進め、労働者市民にその付けを回す、寄生的財政政策を風習しようとしている。
この増税に期待を寄せているのは民主党や自民党の政治家だけではなく、財界や経営者の団体である。日本青年会議所は会員の66%が消費税増税による財政再建に賛成とするアンケート結果を示し、「消費の冷え込みよりもまず国家財政を立て直し、強い経済体質の下で景気刺激をしてもらいたい」と訴え、政府による景気刺激予算を当てにしているのだ。
菅首相の「増税分は社会保障の財源に充てる」根拠については、『10年度予算で年金や医療、介護の給付費などに充てる社会保障費は27.3兆円。予算総則では、このうち基礎年金と老人医療、介護にかかる費用(10年度で16.6兆円)の財源に消費税を充てることが規定されている。しかし消費税収は地方に回す分を除くと6.8兆円しかなく、配分割合が同じなら10%にしても財源は単純計算で6.8兆円増えるだけ。しかも少子高齢化の進展で社会保障費は毎年1兆円以上増加する見通しだ。一方で、政府発表予定の財政運営戦略と中期財政フレームで、国と地方の基礎的財政収支を20年度に黒字化するとの目標を示す方針。10年度は33.5兆円の赤字見通しで、消費税だけで赤字を埋めるには単純計算で10%を超える引き上げが必要になる。』等、焼き石に水程度で10%ではすまないことが言われているから、将来は15%や20%など恒常的な値上げによる財源の確保を考えているのであろう。
菅首相は、社会保障費の不足額を埋めるだけでは、経済成長を促すことはできないと「増税しても使い道を間違わなければ景気は良くなる」として、増税で確保した財源を経済成長につながる分野に集中投資する考えを示してきた。前原誠司国土交通相も「法人税の減税と合わせた消費税の税率アップは不可避だ。全面的にサポートしたい」と菅首相の発言に同調したが、景気回復を言い訳に需要喚起のために赤字国債を発行し続け、わずかばかりの社会保障を餌に増税を認めさせ、資本や財界を優遇する“成長路線”を認めるわけにはいかない。
鳩山首相を退陣にまで追い込んだ米軍普天間飛行場移設問題や政治資金問題から目をそらし、参院選の争点を転換させることも含めて、超党派で増税路線に進もうとする管政権に反対の声を上げよう!。(光)
男女共同参画社会基本法成立から10年 女性の能力を生かせる社会を作ろう!
@はじめに 「男女共同参画会議 基本問題・計画専門調査会」がまとめた基本法施行後10年間の反省では、◎固定的な役割分担がまだ根強い◎男女共同参画がもっぱら女性の支援という印象を与えた◎M字型カーブが解消されず長時間労働も抑制されていない◎高齢者単身女性世帯や母子世帯層などの貧困者の割合が多いなど、最近の経済・雇用情勢の急激な悪化が制度改革に大きく影響しています。この反省を踏まえ今後5年間の取り組みとして特に注目すべきは「強力な政治的思想の下、税制、社会保障制度、家族に関する法制などについて、男性片働きを前提とした世帯単位の制度・慣行から個人単位の制度・慣行への移行に向けた見直しを行なう」と、家族に関する法制(民法改正等)の見直しなどに積極的な点です。現行の家族制度には、法律婚で手続きした夫婦が単位となるなど、シングルや事実婚の人たちを排除しているのが現状です。まさに、世帯単位が基本の家族制度では多様化した社会の変化に適合できていません。今回、「選択的夫婦別姓」での賛否両論も取り上げ、戸籍制度、家族のあり方なども考えたいと思います。
Aワーク・ライフ・バランスの取り組み
第3基本計画の策定にあたっての留意点
「固定的性別役割分担意識を前提とした社会制度や社会構造の変革を目指すとともに、『仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス=WLB。)』『子ども・子育て支援策』『人権施策』など、政府が一体となって省庁横断的に取り組んでいる関連施策との密接な連携を図る」
仕事優先の男性が退職したら、地域での生活に馴染めず時間を持て余す、と言ったことをよく聞きます。家族とともに過ごす時間、家事・育児に費やす時間を意識的に作らないと、日本の男性労働者はバランスの悪い生活を送るのが通常ではないでしょうか。週平均家事・育児に60分しかとらない日本男性に対し、アメリカ193分、スウェーデン201分と大幅に上回っています。この夫の家事・育児に費やす時間が多い国ほど出生率が高いことも実証されています。
家庭だけでなく、地方自治体・会社もWLBに取り組み、地域がWLBを取り組むことで、ネットワーク作り(行政・企業・従業員・NPOなど)が広がり、
「地域社会から落伍しかけたとしても密なネットワークがあれば、安全網で跳ね返ってくる『トランポリン効果』が生じる。そして、行政との連絡網で情報が入り、必要となるサービスが提供される。やがて別の人が落伍しかけた時には、自分がしてもらった経験を踏まえて強力なサポーターとなる。かつての地域社会、企業社会が普通に持っていた『お互いさま・思いやり』の相互作用が無限に広がっていくのだ」と。
内閣府が出している定期雑誌「共同参画」からの実践例ですが、「地域戦略としてのワーク・ライフ・バランス」という表題が気になりますが。私たち労働者・市民からすれば、労働時間が減り、その時間を有効に使えるなら嬉しいことですが、それに比例して賃金も下がり生活が困難になるなら、たとえ時間のバランスが良くなっても困ったことになるのではないでしょうか。
B民法改正でどうかわる?
1996年に法制審議会が法相に夫婦別姓制度の導入を盛り込んだ民法改正要綱を答申したにもかかわらず、自民党内の反対で改正法案がとりまとめられず、政府案の国会提出が見送られてきた経過があります。つまり14年間も放置させられていたということです。今回の改正案は、夫婦別姓の他に◎別姓選択の場合、子の姓は夫婦のどちらかに統一◎結婚年齢を男女とも18歳にそろえる◎嫡出子と非嫡出子の相続格差をなくす◎女姓の再婚禁止期間を180日から100日に短縮、などです。
「明治民法の規定によって、古代以来の慣習であった夫婦の別氏は否定され、同氏が強制されるようになった。厳密に言えば夫の氏ではなく夫の『家』の氏を名乗ることになったわけで、それは夫の『家』の一員としてその『家』の戸主権に服することを意味していた。しかし、ここでは氏は本来もっていた『氏素姓』という出自をあらわすものではなくなったというか、妻を『家』に取りこむことによって血に擬制をするという矛盾をもつことになった」
妻に家制度を押し付けるための同姓への義務付けは、歴史的に見ても100年余りのものでしかありません。選択的夫婦別姓に反対する人の意見は、「夫婦別姓では家族の一体感が失われ、地域社会を構成する一つの基礎である家族制度が崩壊する」が主流で、現行の家族の多様化に対しては、社会が乱れているというような反論でしかありません。西宮市議会への陳情で夫婦別姓に反対する意見書が今年2月に出されましたが「夫婦の一体感の希薄化、しいては、離婚が容易にできる社会システムの形成に繋がることが懸念」とし、家族と国家の更なる強い結びつきを求めているのです。幸い、審議の結果、不採択となりました。
現行の非嫡出子の相続分が嫡出子の二分の一から、平等とする民法改正案は、既に国連の各委員会からも差別撤廃の勧告を受けています。特に子どもの権利委員会は2004年の審査で「嫡出でない子」という用語を改めるよう求めていました(婚外子という言葉を使う方が良い)。法務省によると、婚外子への相続を法で差別するのは、日本とフィリピンだけと言われています。婚外子の出生数に占める割合も、欧米諸国の約3〜6割に比べ2%に過ぎないことからも、婚外子とその母親への社会的差別や偏見が根強いことの表れでしょう。
C夫婦別姓になったら戸籍はどうなる?
戸籍は、「一の夫婦及びこれと氏を同じくする子ごとに」編制されることになっている(法弟六条)。同氏同戸籍の原則−氏の同じ者しか同じ戸籍に入れないということ。三代戸籍の禁止の原則−同じ戸籍に入れるのは、夫婦とその子の二代までで、祖父母と孫のように三代以上離れた者は同じ戸籍に入れないという原理(法六条、十七条)。家制度はなくなったが、戸籍を徹底的に個人単位には解体せずに「夫婦とその一方と氏を同じくする子」という核家族中心の戸籍になった。戸籍筆頭者は優遇される−身分移動があっても筆頭者は動かない。
戸籍の見直しで、個人籍や夫婦別戸籍などが提起されています。しかし、夫婦別姓を選択したら、同時に戸籍も廃棄したらいいのではないかと思います。住民票があれば、現住所の確認はできるし、戸籍は必要ないのではと思います。
最近の新聞(厚労省既婚女性調査)で、20代中心に「妻は家庭に」の肯定派は47・9%と前回の12・2%もアップしたと、記事がありました。男女共同参画が唱えられ少しずつは改善されたように思っていましたが、この数字をどう見たらいいのでしょうか?仕事が見つからない、保育所が待機児童でいっぱい、子どもを預けるのが心配、なども背景にあるように思います。児童虐待の悲しいニュース、親を殺害してしまった息子の事件などは、家族のあり方を私たちに問いかけています。色んな生き方が尊重される社会の実現に向けて議論しましょう。
以上の文章は、6月6日に「現代を問う会」の例会で行なったレジュメです。その後、家族に関わる法律が紹介された本なども読み、いかに男性中心に法が設定されているかを思い知らされました。特に、女性だけに再婚禁止期間・180日を義務付けていること、離婚後、300日以内に生まれた子どもは前夫の子どもと推定認されるとすること。別居中に懐胎し、離婚後出生した場合でも、前夫の子でないことが裁判などで認定しない限り、前夫の子としての出生届けしか受理されない。このことは夫婦同一姓であることがその後の夫婦の関係の変化に対しても、不合理な結果を生むことにつながっていると思います。選択的夫婦別姓は、女性が自分の意志で同姓か別姓かを選ぶ権利をもち、その権利が夫婦の健全化を促し、女性の自律の手助けになると思います。夫婦単位ではなく、個人の権利を尊重できる社会の実現には、まだまだ道のりがありますが、がんばって行きましょう。
折口恵子
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色鉛筆 出生率1・37 上昇止まる
2009年の1人の女性が生涯に産む子どもの平均数を表す合計特殊出生率が前年と同じ1・37だったことが新聞に小さく書かれていた。(10/6/2朝日新聞)私は毎年この色鉛筆に出生率のことを書いているが、今年はなんと小さな記事であることに驚き、マスコミの取り扱いには疑問を感じる。05年の1・26と過去最低の時は大々的に取り上げて、大騒ぎをして毎日少子化問題を取り上げていたことを思い出す。06年には1・32、07年1・34、08年1・37と3年続けて上がっていたので「少子化は止まった」とそれなりにマスコミは取り上げていた。
ところが、今年は3年連続して上がっていた「出生率が止まった」という事をテレビのニュースにも取り上げず、新聞もその後取り上げていなく巷の話題にもなっていない。私も小さな記事を見つけて初めて知り、周りの人に聞いても知らない人ばかりだった。私たちの情報はマスコミによって操作されているようで様々な情報を得て、何が真実か判断しなければならないと思う。
09年の出生数は107万人で前年より2万1千人減少し、婚姻数は70万7824組で前年より1万8282組減少しているという。出生率の上昇が止まった原因としては、08年秋以降の深刻な不況で出産や結婚を控える女性が増えたということのようだ。その中で第1子出生時の母の平均年齢も29・7歳と17年連続で上昇して晩産化が進み、出生率も30〜34歳が最も高くなっている。また、平均初婚年齢は夫が30・4歳、妻が28・6歳でそれぞれ前年より上がっていて晩婚化が進んでいるようだが、今の社会では晩産化や晩婚化にならざるを得ない。というのも20代の若者に仕事はなく、仕事があったとしても安い賃金なので結婚をしたくても出来ないのだ。出生率を上げるには若者たちの雇用をしっかり保障することだ。若者の雇用を安定させて、安心して結婚や出産が出来る社会を望みたい。
政府は小 子化対策のひとつとして「子ども手当」を先月より支給したが、子ども手当を見込んで出産を決めた人たちは、来年度は満額ではなく半額支給でなくなるかもしれなく、『消費税10%』という話も出てきて「話が違うだろう」と怒っている!!(美)
読者からの手紙
ジブチに軍事基地が造られている
四月二十三日、フランスのAFP通信は、「日本が初の海外軍事基地を新設」と題する記事を配信しました。しかし記者クラブ制度の元で報道管制下にある日本のマスコミは、ほとんど報道しなかったのです。
それは、0九年三月からアフリカ・ソマリア沖の海賊対策で派遣されている海上自衛隊は、ソマリアに隣接するジブチにあるアメリカ基地に同居していたのですが、今回拠点となる基地をジブチに建設するとの報道です。自衛隊はついに海外に軍事基地を持つ事になりました。日本初の「四千万ドル(約三十七億円)をかけた基地は年明けにも完工」するのです。何でこんなに重大なことが報道されていないのでしょうか。
AFPの取材に答えた海上幕僚監部所属(当時)の北川敬三二等海佐は、「国外で唯一、アフリカでは初の日本の基地となる見通し」だと語り、これを受け、ロシアやシンガポールなどの海外メディアは「日本初の海外軍事基地」に関する報道をしています。
後述するが井沢氏の調査によると、五月十一日、この重大な事実について鋭い問題意識を持つフリーランスの岩上安身記者は、記者クラブ員以外にも開放している記者会見で、岡田外務大臣に対して「これは基地ではないか」と質問していました。
すると大臣は「今、海賊対策で船だけではなくて、飛行機も出している訳です。その飛行機を整備するとか、そういうことが必要になります。そういうスペースを確保したということです。それを基地と言うかどうかは別にしてということです」「各国それぞれ飛行機を持っていますから、そういったスペースを確保しているということです。(中略)船を出している、それを上から海賊船を見るために出している飛行機ですので、お考えのような基地というものではありません」(「外務大臣会見記録」)と答えました。
井沢氏は、この答えを聞いた大手マスコミに所属する外務省記者クラブの面々も「ああスペースなんだ、基地じゃないや、じゃニュースにしなくてもいいな」と「判断」したと推論した。実際には本当にこんな推論が成り立つものかあやしいものです。私は残念ながらこの時点ではフォローしていない。ユーチューブにもこの動画は出ていないのです。
このように、大臣は「基地」ではなく「スペース」だとの強弁でこの場を乗り切ったのです。まさに官僚体質が強い岡田氏の面目躍如のとんでもない詭弁ではないでしょうか。この会見に同席していた大手マスコミに所属する外務省記者クラブの記者たちも、この答弁に問題意識もなく納得したか、関心があってもデスクに握りつぶされたかは全く定かでなく、現実に一切報道されていないのです。さすがにインターネット上では鋭い感覚を持つ何人かの人たちがこの問題を論じています。ぜひ皆さんにも読む事をお勧めします。
こうした状況の中で、井沢元彦氏 は『週刊ポスト』の七月二日号に、「拝啓 岡田外務大臣 なぜあなたは『海外初の(建設費37億円)の自衛隊基地(BASE=ベース)を「活動拠点(SPACE=スペース)と言い換えるのですか」との記事を発表しました。
もちろん自衛隊は軍隊であれとする彼の指摘は基地を持つ事を隠すなとの右翼的なものです。しかしこの事実に対して報道管制がしかれているかのような現状の中では、彼の反論は反面教師としての意義を持っています。社民党や共産党は、事ここに至るまで、一体何をしていたのでしょうか。彼らはまるで音無の構えでこの事実を知らないかのようです。
通勤電車内の『週刊ポスト』のど派手な中刷り広告は、労働者民衆の目を当然にも引き付ける事でしょう。労働現場で反戦平和勢力を自負する私たちがぜひとも取り上げたい話題です。自衛隊は抑止力を持った専守防衛態勢を堅持する事に特化すべきなのです。
この軍事基地を造る事はアメリカから押しつけられたものでしょうか。それとも自衛隊海外派兵の一環なのでしょうか。日本国家は一体何を企んでいるのでしょうか。 (笹倉)
南大阪・通天閣ふもとの看板にみる大阪の顔
赤バスで通天閣の足もとを通るとバスの窓からソースの二度漬けご遠慮下さい≠ニいう大きな看板が、串カツ屋の建物の側面に掲げてあるのが目に入る。
この串カツ屋ではタレは共用で、めいめいに小皿を出さず、串カツにタレを漬けるのは一度だけにせよ(衛生上から)というわけだが、こういう注意は店員さんがお客さんに店内で言うか、注意書きを貼り出すかだろう。だが、デカデカと大きく書いた看板を外側に掲げるのは、いかにも裏も表ない、奥までスケスケに見せてしまう大阪らしい風景。思わず笑ってしまう。
雑居世帯のような大阪、個々の間の壁をはずしたがるのが大阪人の特長、良くも悪くもこういう傾向が強い。壁を取っ払ってなれなれしく近づいてくる大阪人を、関東の人はたまらなくイヤなのだろう。
個の確立を大切に思う関東と、個がありそななさそなグズグズ煮の関西とは相容れないようだ。一言で言えば個人主義の関東、おせっかいの関西といえそうだが、相互浸透もはじまっているようだ。深夜放送で島田紳助さんはいう。関東の人の他者との接し方、ふみこまず、放っといてくれるのがうれしい、と。関西は前近代の乳くささの度合いが色濃いといえよう。
私どもが求めているのは何だろう。ここまでくると花田清輝氏の近代の超克の図式がなつかしくなる。その具現された例を見たい。また旅に出たくなった。10・6・11 宮森常子
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『ワーカーズ』購読と夏期カンパのお願い
私たちは小なりといえども日々働き生活する労働者や市民の感覚と目線を重視して『ワーカーズ』を発行してきました。あわせて可能な限りより根源的な解決の道筋を提案していきたい、という思いからです。こうした意気込みがどれほど紙面に反映しているかは読者の皆さんの判断にゆだねる以外ありませんが、少なくとも、民主・自民の二大政党中心の政治構造を前提としたマスコミ報道があふれる中、微力ですが労働者・市民の立場からの紙面作りに邁進していく決意です。
私たちの『ワーカーズ』は、読者の皆さんに支えられながら発行を維持しています。ついては、読者の皆さんやその周囲の皆さんに、私たちの思いを理解していただき、あらためて『ワーカーズ』への支援をお願いする次第です。ぜひ、『ワーカーズ』を購読することでご支援をお願いする次第です。
また夏期一時金の時期でもあります。生活も厳しさから抜け出るにはほど遠い状況ですが、可能な範囲でカンパしていただければありがたく思います。また『ワーカーズ』への投稿などによるご支援も歓迎します。より充実した紙面作りに励む決意を申し述べるとともに、ここに謹んでお願い申し上げます。
後続料・カンパの振込先
郵便振替 00180・4・169433 ワーカーズ社
編集あれこれ
6月24日に参議院選挙が公示された。私の住む大阪では、定数3に対して10人が立候補しました。誰に投票するかは決まっていません。これからゆっくり考えたいと思います。さて、前号の1面は、鳩山政権から菅政権に代わって普天間基地について述べています。普天間基地の撤去と、辺野古への基地移設反対、日米安保廃棄、非武装の日本という主張です。これらを実現するためには、多くの民衆の力を結集するしかありません。
2・3面は、菅内閣についての評価です。菅総理は、消費税を10%にしていくと言ったり法人税の減税を持ち出したり、反官僚主導からの軌道修正等、ひどいものです。こうした菅政権に対し、観客民主主義からの脱却と当事者運動の構築を目指すべきとの主張です。
4面は、沖縄の米軍基地の問題で東村・高江ヘリパッド建設が強行されようとしています。ヘリパッド反対行動への呼び掛けの記事です。
5面は、民主党内の内部抗争について述べています。小沢が権力の中枢から去って、党と内閣の要職に松下政経塾出身者が多用されました。松下政経塾の理念は、国家と企業を愛し、そのことで人類に貢献するというもので、ひどいものです。こうした連中との闘いも重要になってきます。その他の記事は、常設の色鉛筆やコラムの窓がありまた、読者からの手紙も3つありました。
読者のみなさん、これからもワーカーズをよろしくお願いします。河野)
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