ワーカーズ442号  2011/6/15    案内へ戻る
今こそ脱原発に向けて大きく舵を切れ!

 6月6日、ドイツのメルケル政権は、世界に先駆けて既存の原子力発電所17基を2022年までに全廃する事を決した。福島原発事故の深刻さを受けての政策転換である。勿論即時の廃止ではなく、1980年以前に建設された古い原発などや現在運転停止中の8基は再稼働させずに廃炉とし、残りの原発も2022年をメドとして順々に停止する。
そもそもメルケル首相の率いる中道右派連立政権は昨秋、風力などの自然エネルギーだけでは必要な電力需要を賄えないとの判断から、2002年に中道左派の前連立政権が法制化した「脱原発」を転換して「再原発」化する方針を打ち出していたのだ。
 それをわずか半年余りで再転換し「脱原発」に回帰させたのは、東京電力福島第一原発の事故がドイツの労働者民衆に与えた衝撃の強さとメルケル等の動揺による。福島原発事故直後のドイツ地方選では、原発の早期廃止を訴えた「緑の党」等の環境政党が大躍進して、メルケル等の連立与党は敗北を喫し、この政策転換をせざるをえなかったからである。
 ドイツでも原発は、全発電量の2割強を供給する重要なエネルギー源である。脱原発で生まれる不足分は、当面は火力発電所の増設などで、将来的には自然エネルギーの拡充で埋めるという。今後増強を計画する風力発電はバルト海沿岸など北部に集中し、南部への送電網の建設にも多額の資本投資が必要となる。しかし原発が安価というのは、「原発安全神話」と同様のごまかしだ。事故以来三ヶ月も経つのにいまだ原発事故を終息させるに至る目安すら立っていないのは、事故を未然に防ぐため絶対に必要とされていた三重四重の安全対策面でのコストが不当なまでに削減され、いかに無駄なものと理解されていたかを逆証明した。なるほどこんないい加減な計算では低コストになるのもあたりまえだ。
 福島原発事故以来、世界では脱原発の運動が活発化して、スイスでも2034年までに原発廃止を明確にしている。ここ日本でも反原発デモは数万人単位で拡大しつつある。
 労働者の命を縮める被爆労働=「現代の奴隷労働」なくして、原発による発電はありえない。この間の住民に対する放射線量を問題視するのなら、原発で働く労働者にも大きな関心を持ち重大視せよ。今こそ脱原発に向けて大きく舵を切ろうではないか。(直木)


本来の協同組合で──東北の漁業復活──

 大震災の被害が広がる東北の漁業の復興で、県と漁協の対立が続いている。
 県は民間資本への漁業権の開放によって復興をめざすのに対し、漁協は猛反発して対立が解けない。
 私は,民間開放による漁業の復興ではなく、漁協を本来の協同組合として作り直すことでの復興を提案したい。

◆復興構想

 大津波で壊滅的な打撃を受けた宮城県を中心とする東北太平洋側の水産業の復興の方策をめぐって揺れている。
 村井宮城県知事は5月10日、地元の漁業協同組合が独占してきた漁業権を開放し、民間資本の参入による復興特区構想を東日本大震災復興構想会議で提案した。
 漁業権は地元の漁業者が優先して取得してきたが、大震災による壊滅的な打撃で漁業者の自力での復興が困難なため、民間資本の活用に踏み切ろうというわけだ。あわせて宮城の水産業を、これまでの漁業者中心の伝統的な水産業を企業経営の手法を導入することで効率化・近代化を進めようという思惑もある。
 村井知事は4月には水産業の施設や漁船などを国費で整備する「国有化」構想を発表しているので、村井知事の復興構想は、一言で言えば「国有化──株式会社化」方式といえる。
 こうした知事の特区構想に対し、宮城県漁業は「漁業者をサラリーマン化する」として猛反発、「大きな会社は経営が駄目になったら撤退する」として知事と真っ向から対立している。これまで独占してきた漁業権が民間資本に開放されることで独占的な地位を失いかねない、という思惑からだ。
 こうした構図は、民間資本の参入をめぐる最近の農業改革論議と同じであり、利益至主義の民間資本へのぬぐいがたい不信の表れでもある。

◆協同組合

 とはいっても、漁業にとっても大震災からの復興はとてつもない難事業だ。津波で漁船や水産施設の大半を失った宮城漁協は、自力での復興の見通しはいまだに持てないでいる。反面、農業と同じでやはり近刊資本による利益中心の経営からは漁業・水産業の持続的な発展の保障もないのも確かだ。
 ここは、これまでの旧態依然とした漁協のあり方を抜本的に変え、本来の協同組合に脱皮することで東北の漁業の再生・復興に挑戦したらどうだろうか。
 沿岸水域を対象とする漁業権は地元の漁業者や漁協に優先して与えられ、他からの参入を阻んで海面水域での漁獲行為を排他的に認められてきた。とはいっても、その漁協は協同組合といっても本来の協同組合とは根本的に違う。
 本来の協同組合とは、協同出資、協同経営、協同労働で成り立つものだが、農協と同じで漁協も協同組織とされているものの、実態は個々の漁業者の連携組織でしかない。漁船や水産施設は個々の漁業者や水産業者の私有で、利益の取得も個々別々だ。
 宮城漁協による復興構想でも、共同で水産施設を造り直す案を練ってはいるものの、漁船の共同購入には踏み込んでいないという。「漁船漁業は一匹おおかみ」という漁師魂からだろうか。
 確かにそうした漁師魂による漁獲での競い合いが収穫高を上げたり、あるいは猟場の保全に役立ってきたことは事実だろう。しかし、旧来型の漁業では将来の見通しが立たないのも、農業と同じように冷厳な現実でもある。ここは営利目的の民間資本ではなく、漁業者自身による協同出資にもとづく協同経営・協同労働による復興に挑戦すべきではないだろうか。「一匹おおかみ」とは違った、協同労働としての新しいモチベーションも生まれる。
 大震災の復旧には様々な支援も不可欠だろう。しかしその後の復興には、民間参入か漁業権の排他的な維持かではなく、新しい、本来の協同出資・協同労働に基づく漁業協同組合への脱皮で挑戦したい。(廣)
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《連載》21世紀の世界D 脱資本化による地域復興を−アソシエーションのさらなる活性化

●資本企業では地域社会を復興できない
現在宮城県では、村井知事の提案した「水産業復興特区」をめぐり地元の宮城県漁協との対立が深まっています。簡単に言えば、「特区は漁協が漁業権を独占的に持てる現行の漁業法を緩和し、民間企業も権利を得られるようにする」(『河北新報』)もの。伝統的な「漁業権」をめぐり、「規制緩和」を旗印に資本の新たな参入をめぐる宮城県=大資本と、従来の独占特権を維持しようとする零細地場産業との闘いなのです。「震災復興」を旗印とした大資本が、「養殖」や「沿岸漁業」に触手を伸ばしてきたといってもよいでしょう。
 この問題は「震災復興」をめぐる対立点の一つの例にすぎません。私たちは「資本主義的復興」を望みませんが、どのみち大資本主導の復興は、避けられない運命なのでしょうか。
 被災地に限らず、過疎化の問題は全国津津うらうら深刻です。地方自治体はこれまで資本の導入が雇用を生み出し地域振興になるとして熱心に取り組んできました。しかし他方では宮城県漁協が指摘するように、「二十年ほど前、大手水産会社の資本を導入したが、販売価格が下落したとたんに企業は手を引き、破産や廃業する漁業者が相次いだ、利益優先の企業が参入すれば浜が荒れてゆく」(主旨『河北新報』五月二十九日)のが現実。よいときだけ進出して、状況が思わしくなくなると資本はさっさと撤退してし、その後に残るのはいつも荒廃ばかりでした。やっと誘致された企業も、経済状況が変化すれば大都市圏やさらには中国や東南アジアへと「利潤追求」のためにはさっさと移転してしまいます。 資本による過疎の克服、地方の振興というのは幻想に過ぎなかったことが、戦後六十五年の歴史が示しているのです。過疎と過密の両極分解は今でも進行中なのです。

●脱資本化プロセスによる復興を
 このように地域の産業と雇用の創出には、地域経済の「脱資本化」「脱利潤化」が必要なのです。そのための「社会的企業」という第3の道がそんざいします。この道は地元産業の「協同組合」化「アソシエーション」化であり、地域社会による産業の脱資本化プロセスなのです。
 「社会的企業」の定義はいくつかありますが、イギリスの例では以下のようなものです。
「社会的企業はなによりも社会的目的を有する事業体である。その余剰は、その社会目的を果たすために、主に事業あるいはコミュニティに再投資される。社会的企業の事業は株主や事業主のために利潤を最大化しなければならないとする動機によって遂行されるのではない。」(イギリス通商産業省作成「社会的企業・成功のための戦略」より2002年)。
 この様な社会的企業には、日本でもおなじみの共済組合、協同組合、さらには非営利事業であるNPO,NGOその他ボランティア的な組織も連携しているのです。

●自治組織の再生も
 宮城県や岩手の三陸海岸沿いの町々は、もともと地元意識が強く、地域に対する愛着や助け合いがまだまだ息づいていた地方です。そして今回の津波でたいへんな試練をうけました。行政や警察が機能不全におちいった地域でも、住民達は助け合いや分かち合いを実践して頑張りました。支援物資の入手、分配、共助精神による助け合い、そして自警団のような治安組織も作り出し奮闘したことはたびたび賞賛されまた報道もされました。しかしながら、人的な喪失ばかりではなく仕事場や自宅の喪失等被害は甚大です。転居してゆく人も少なくなく今では自治会の解散も相次いでいます。地域コミュニティが一層の危機にさらされています。
 そのためにも「地元雇用の創出」が大きな課題とであると同時に、地域住民の「シチズンシップ」(公民権)をたかめ活性化してゆくことが二本の柱となります。
 イギリスの例では、「コミュニティ協同組合」「コミュニティ企業」の生成が、地元の住民の雇用を提供し、また「シチズンシップ」を高め、連帯感や自治意識の高揚に結びつくという報告をしています。
 国家や県レベルにとどまらず、釜石市や石巻市の地区で住民自身による「復興構想」「復興協議会」などのたちあけの報道がすでになされています。この様な動向はいっそう加速するものと思います。人的被害、土地の水没、津波の恐怖、雇用機会の喪失等々、人口のさらなる減少はさけられません。地域社会としての良き伝統を生かした再建が求められます。

●コミュニティ協同組合方式
 今回の大震災から立ち直るために、自然発生的に「協業」「協同組合化」が一部ではすすんでいるのは事実です。津波による塩害や資材の喪失などの苦境のなかで、「行政の対応があまりに遅すぎる」として十四戸の同じような農家が「新組織を結成」。資材を共有し土地を借りて野菜の生産をはじめる動きなどが報道されています(『河北新報』5月18日)。
 前述の宮城県漁協も、すでに協業化の方針を出していますが、依然として「小資本」の立場に固執していることにはかわりがありません。
 多様な社会的企業のなかで被災地復興という脈絡では、イギリスで健闘している「コミュニティ協同組合」が参考になります。
 「地方のコミュニティによって創設され、地方のコミュニティによって所有・管理され、地方の人たちのために最終的に自立した仕事(雇用)を創出することを目指し、かくして地方の発展の核になることを目指す事業組織である。活動から生み出される利益(利潤)は、より多くの雇用を創出するためか、(地方における)サービス業務を提供するためか、いずれか、またはそのすべてにむけられる。」(コミュニティ・ビジネス・スコットランド『社会的企業とコミュニティの再生』大月書店より)。
 漁業、養殖など、地域的特性の強い産業は、このようなコミュニティ企業として、漁業者のみならず、地域の人々が、出資・設立に参加し「利潤」ではなく「地域貢献」を全体として評価し企業体の運営を決定してゆくことが必要と思われます。
 このような企業の運営には、周辺にもボランティアやNPOの存在が欠かせませんし、国家や地方自治体の助成金なども必要なのです。国家も地方自治体も、東京電力等大資本を支援するのではなく、また大水産会社の誘致に時間と金をつかうのではなく、このような「社会的企業」こそ地域の再建のために支援すべきなのです。そして「規制緩和」を謳うのであれば、村井宮城県知事は、「社会的企業」や労働者協同組合設立の要件の整備こそ政府に求めるべきなのです。
 研究者や実践家たちが求めている「協同労働の協同組合法」「社会的事業促進法」等の実現が必要でしょう。
 被災地ばかりではなく、全国の過疎に悩む地域では、このようなコミュニティの維持発展と雇用の創出のために脱資本化による経済振興の道を選択すべきだとおもいます。
 
●「アソシエーション革命」の今
 脱資本、脱利潤の大衆的な経済組織は、世界的に拡大の一途です。その他市民オンブズマンや平和・人権のための市民団体、グリーンピースのような環境団体、そして災害ボランティア等限りない広がりをみせています。このような個々人の自由な連帯にもとづく組織を「アソシエーション」と規定します。このようにアソシエーションの本質は、脱資本、脱国家であり、個々人の意思と意欲による自由な直接的結合なのです。
 米国の政治学者レスター・サラモンが、このような現実をふまえて「グローバルなアソシエーション革命」(地球規模でアソシエーション組織が激増したこと指しています。)を論じてからすでに十数年がたっています。現時点での正式な統計はないにしても国際的にアソシエーションは、消滅や再生をくり返しながら拡大はつづいているでしょう。
 現存の多くのアソシエーションは、「脱資本」であっても「反資本」ではありません。資本の間隙をぬって、あるいは資本や国家の支援を受けたりしながら共存し、独自の地歩を築いてきています。ですから諸アソシエーションの拡大が、そのまま社会変革に直接につながると単純に考えることは現時点ではできません。しかし、新社会=「アソシエーション社会」の地ならし、土台作りであると十分に考えられます。二十一世紀は、アソシエーションのさらなる発展により切り開かれてゆくでしょう。 (仙台スズメ) 案内へ戻る


色鉛筆・・・沖縄にて

@山原(やんばる)の森
本島北部に広がるこの森は、世界でも珍しいといわれるほど、狭い地域に豊かな自然が広がり、動植物の種類も驚くほど豊富で多彩だという。
案内してくださったのは中村保さん(1944年生まれ)。東村ノグチゲラ保護監視員として活躍しておられる。地元東村に育ち、幼時より野良仕事に励み(当時はみな素足で)、開墾のため兄弟で何日もかけてひとつづつおおきな切り株を鍬などで掘り起こす作業は、辛かったけれど爽快でもあったと話す。赤土が海に流れ出すようになったのは、戦後重機を使うようになってからだという話も印象的だった。今も何日間でも野宿をしながら、森に入る。その動作は機敏で、子どものように歌ったり楽しんだり。だからこそ、肌でひしひしと山原の自然破壊を敏感に感じ取られ、各方面に訴え続けている。
最初に案内されたのは、森の中に広がる大きな福地ダムの湖。沖縄の水瓶とも呼ばれ、那覇をはじめ南部に住む人々や多くの観光ホテルなどに必要な大量の水を供給し続けている。そんな貴重な水源地を囲む森の中に、米軍の訓練施設があり、不要になった武器弾薬を湖に捨てたり、ジャングルでの戦闘に備えて野営をした際に、上流の川のすぐそばで平気で排泄をするなどの不法行為を繰り返す。中村氏は激怒して、すぐに抗議したと言う。
途中で立ち寄った東村立『山と水の生活博物館』は、小さいながらも雄大な山原の自然を肌で感じられるすぐれた博物館だ。機会があれば、ぜひ見学を。

Aオスプレイの配備
普天間基地を抱える宜野湾市で、数日を過ごした。早朝でも夜間でも構わずパタパタパタパタと飛び回るヘリコプターの騒音には閉口した。2004年には近くの沖縄国際大学に墜落炎上している。住民の恐怖心は大きい。それなのにさらにおおきなオスプレイが配備されようとしている。
6月7日の朝日新聞によると、「防衛省の沖縄防衛局は六日に、米政府から得た情報として、来年の遅い時期に米海兵隊が新型輸送ヘリMV22(オスプレイ)を米軍普天間飛行場(宜野湾市)に配備するとの見通しを県と市に伝えた。ファクスで文書一枚を送った。」
オスプレイは全長約17M、全幅約26M、最高速度時速500キロ、航続距離最大3900キロ、搭載可能兵員24人。ヘリコプターのように垂直に離着陸し、飛行機のように水平高速飛行も出来る。2006年の時点で在沖縄の米軍幹部が、沖縄配備の構想を明らかにしていたが、地元の反対を恐れて日本政府はずっと「正式な通報がない」とシラをきりとうしてきた。
巨体で特殊な機能をもつゆえ激しい騒音を出し、開発段階で4機が墜落、30人もの死者を出している危険きわまりないオスプレイの配備を、とうとう日本政府として正式に認め市と県に通知したのだが「ファクス一枚で」とは呆れる。
6月9日の朝日新聞、「6月7日米国の航空基地で、対米交渉を担当する外務省の冨田浩司北米局参事官と防衛省の黒江哲郎防衛政策次長のほか、防衛省のパイロットらが、オスプレイに試乗した。・・・安全性や騒音の度合いを担当幹部が身をもって確認した形」だという報道。
どこまでも米政府寄りの、というより米政府そのものの日本政府の姿勢だ。沖縄で暮らす人々の上に、過去に何度もヘリコプターや戦闘機が墜落するという事故を繰り返し、今後さらにそれに拍車をかけるオスプレイの配備だ。しかも[世界一危険な基地」といわれる普天間基地に。そんな危険を押しつけ続けるものを「トモダチ」などとはいわないし、いえない。(澄)


コラムの窓・それでもやはり原発か!

 今、フクシマはどうなっているのだろうと考えたとき、いたたまれない気持ちになります。6月初めにもチェルノブイリの写真展に出かけたのですが、そこに写しだされている事態がフクシマの未来と二重写しになるのです。25年前のチェルノブイリが今のフクシマに繋がり、これからは私たちも放射能汚染と折り合いをつけながら生活しなければならなくなったことを思い知るのです。
 会場で、東京方面から来た人から聞かされたのですが、関西の明るさ、電気使い放題に驚いたというのです。最近、JR大阪駅が再開発で恐るべき状態になっているし、東日本大震災は遠方の出来事であり、省エネの空気はないでしょうね。関電の原発だって、11基とも福井県の若狭湾にあるので、関西の人間には危機感もほとんどありません。しかし、食べ物のことを考えてみても、長期的には放射能汚染と無縁ではいられないと思うのですが。
 そうしたこともあって、福島原発震災が示した事実、地震活動期に入ったこの国において安全な原発などないということが、どうしても国民的合意≠ノ至らないのです。すでに原発によってもたらされる電力の恩恵を受けているという思い、問題があっても原発なしではやっていけないという思い、放射能だってそんなに気にしないでいいのではという思い、そうした思いが脱原発は非現実的という雰囲気、あるいは無関心を装わしているのではないかと思います。
 それは、わざわざフクシマ現地に行って全く心配しないでいいと触れて回る権威≠ェいたり、今回の事故の教訓を生かせば次は大丈夫という人物がいたりで、真実を知ることより安心させてほしいという人の弱みに付け込んだ原発推進派の宣伝が功を奏しているからです。そうした原発ムラの懲りない住民、山地憲治東大名誉教授の主張はこうです。
「原子炉の炉心が損傷を受けるような過酷事故の拡大を防ぐ仕組みが不十分だった。炉心損傷が起こらないようにすることには多大な努力が注がれていたが、いざ起こった時の訓練が足りなかった。国にもその備えが足りなかった」「地球温暖化対策の重要性を考えれば、原子力という選択肢は維持すべきだ」「事故の教訓を生かせば過酷事故への対応能力も向上し、原発の安全性はさらに高めることができる。緊急安全対策などで国民の信頼を回復することが大前提だが、既設炉の運転は必要だ」(「神戸新聞」6月1日)
 東大卒でエネルギー工学の専門家にして、地球環境産業技術研究機構理事なるこの人物には、放射能汚染のなかに放置された人々の姿、未来に暗い影が差してきた子どもたちの姿は見えないのでしょう。放射能汚染を視野から消し去り、事故は克服できるし温暖化対策にも有効であると原発を持ち上げ、太陽光発電などは高価格だしあれこれ問題がある、だから原発は手放せないという結論に導くのです。
 それにしても、どのようにすればこうした思考が可能なのか、私には理解できません。直接的利益や路線の破綻は認めがたいにしても、若狭の老朽原発群が次のフクシマにならないと、関電は思っているのだろうか。私も何度か関電本社前の抗議行動に参加しましたが、ここに出入りしている人たちは今の東電の姿が明日の自分たちの姿だと気づかないのだろうか、と不思議でならないのです。   (晴)案内へ戻る


原発こぼれ話--・雨も上がって

 週末は雨、という予報が気分を重くしていたのです。10日の夜はまたすごい雨が降って、11日の朝もまだ降っていました。それが、家を出るころにはその雨も上がって、何だか嬉しくなっていました。
 午後1時、会場の神戸・三宮の東遊園地につくころには雨の心配は完全になくなっていたし、公園のベンチも座れるようになっていました。いろんな取り組みをしている人たちのアピールが続き、太陽光発電とLEDを組み合わせて文字表示ができる移動装置をつくった人はデモでそれをアピールしたようです。愛媛からは伊方原発に反対する飛び切り元気な大学生たちが、猫バスを仕立てて駆けつけていました。
 それから、映画「祝の島」の監督纐纈あやさんと京都大学原子炉実験所の小出裕章さんがあいさつに駆けつけました。これは、お二人の講演会が元町の方であり、それが始まる前にデモ隊を励ましに来たものです。大阪の御堂筋デモもあったので、私たちもどちらに行こうかと迷ったのですが、神戸の方が近いし、小出さんも来るんだしと言って西宮の顔見知りの多くが神戸組になっていました。
 関西電力神戸支店への申し入れの報告もありましたが、対応がよくないという怒りがあふれていました。会場の向こうに、オール電化の垂れ幕が下がった売出し中の高層マンションがあり、その後ろにあるさらに背の高い関電ビルを指して、儲けているのに・・・という声もありました。
 神戸の集会は500名の参加、大阪の御堂筋デモは5000人だったとか。それぞれ前回より多くなっていますが、脱原発を確かな流れとするには、まだまだ少ない参加です。警察のデモ規制も不可能になって、道路いっぱいに溢れ出た人々の洪水で神戸のフラワー道路が埋まり、大阪の御堂筋が埋まる、いつかそういう日が来ればいいと思いつつ、帰路につきました。 (晴) 


「6.11脱原発100万人アクション」に静岡も参加

6月11日は激しい雨となったが、雨にも負けず全国で脱原発運動が取り組まれた。
最初の「呼びかけ」は、東京でデモなどのアクションを開始した主要なグループの関係者が話し合いを行い発したものである。
 「呼びかけ」に「呼びかけ団体」を連記せず、シンプルな「呼びかけ」に多くの団体が賛同するという形で広げることになった。「脱原発」の一点で大きなアクションを実現しようと言う趣旨でスタート。
 また、福島原発事故は日本だけの問題ではなく、世界も注目していると考え、広く世界の各国にもアクションを呼びかけ、100万人アクションとすることになった。フランスでも6.11デモが取り組まれたようだ。
 静岡でも雨上がりの午後、静岡市葵区の青葉公園で100万人の脱原発アクションが取り組まれた。
 今回のアクションは若者たちが中心になり、浜岡原発がある静岡で「自然エネルギーに向かって一歩ふみだそう」をテーマに静岡の中心市街地をパレードした。
 チラシには「菜の花パレードはまおか〜自然エネルギーに向かって一歩ふみだそう」というタイトルのもと、「浜岡に自然エネルギーの大きな拠点をつくり、ステキな町づくりをして、静岡から新しい国づくりを発信していこう!原発震災にあった日本から世界を変えていこう!みんなの勇気ある一歩が社会を変えていきます!」と書かれている。
 4月24日に続き2回目の「菜の花パレードはまおか」(デモでなくパレード?)。前回同様、ベビーカーで眠る赤ちゃんや会場を飛び回る幼児たち、そしてショッピングカーでやっと歩かれているお年寄りまで、実に多彩な参加者たち。
 台湾から「稼働中原発順次廃炉へ」というビックニュースがとびこんできた。
 「台湾の馬英九政権は稼働中の原発6基(3か所)について、老朽化による危険性を回避するため、運転期間を延長せず18〜25年に順次廃炉とする方針を決めた。・・・また、来年末の運転開始を目指していた建設中の第4原発については、安全性を再確認することになり、運転開始はさらに先送りされる見込み。馬政権は今後、新たな原発は建設せず、これまで総発電量の約2割を占める原発への依存度を低くし、クリーンエネルギーの開発を強化する方針だ。」(毎日新聞、5月24日の要約)
 私たちも現在点検中の原発の再開を許さなければ、どんどん停止原発は増えていく、その先に「脱原発」の道が開ける。人間と共存することのできない原発をなくそう!(英)


紹介  巨大津波が襲った 三・十一 大震災 〜発生から十日間の記録〜 河北新報社

 三月十一日午後二時四十六分、三陸沖を震源に発生した東日本大震災は、国内観測史上最大となるマグニチュード九.〇を記録しました。栗原市で震度七、北海道から九州にかけて震度六強 から一を観測。巨大津波も発生し、東北の太平洋沿岸地域を中心に大きな爪痕を残しました。石巻市や気仙沼市など岩手、宮城、福島三県の主要な港町は建物や車が押し流されて廃墟と化し多数の市民が犠牲になりました。深い喪失感に覆われた東北の人々に、放射性物質を閉じこめる機能を失った東京電力福島第一原子力発電所の「見えない恐怖」が追い打ちをかけました。
 宮城県気仙沼市の市街地に折り重なるように打ち上げられた漁船が表紙の写真が使われており巨大津波の威力を物語っています。ページをめくっていくと、信じられない光景ばかりの写真です。津波が火を運び火災を発生させています。いつも知り合いが多く乗車している仙台・石巻間を走るJR仙石線の車両は津波に押し流され曲がっています。子どもが北海道から戻ってくるときよく利用する仙台空港の滑走路は飛行機と車とがれきが水に浮いています。震災直後は暖房もつかず追い打ちをかけるように雪がつもり寒かったです。がれきの上に雪がつもっている写真もあります。
 写真集を見ていると涙が止まりません。しかし地元の新聞社が総力をあげて取材した記録です。また売り上げの一部が義援金として贈られます。100ページを超えるあたりから、「前へ」「再生へ心ひとつに」をテーマに卒業を喜ぶ姿、人々が助け合っている姿が生き生きと写っています。
毎日届く新聞にも「再生へ心ひとつに」と必ず一面のどこかに記載されています。人々がおのずと助け合う姿、再生へ心ひとつに取り組む姿の中に自分も関わり共に歩んでいきたいと思います。
 それにつけてもいまの政治の混迷ぶりには怒りを感じています。 (弥生)案内へ戻る


郵政職場から 「お客様は神さまです」

久しぶりに、ますます働きづらくなってきた私の職場のことを紹介したい。前年度の郵便事業会社の赤字が1000億円あるそうだ。その内の500億円は職員の夏冬のボーナスをカットして埋め合わせるようだ。折角、職員の試験に合格し4月から職員になったばかりの元ゆうメイトは、最初から苦難を強いられることになってしまった。課長はミーティングで、自分たちは赤字解消に貢献していると自慢げに説明したが、そもそも、私たち期間雇用で働く者には、ボーナスと呼べるに値する額も支給されていない。そのことを棚上げにして、赤字解消に協力するために営業にも精を出すようにと声を上げられても、私たちの心には全く届かないのだ。
 他にも赤字解消のための策として、従来の速達要員を欠員にし、私たちにその仕事を押し付け、仕事を増やし複雑化し、それなのに早く正確に仕事をし残業はするなと、都合のいいことばかりを押し付けてくる。
 こんな状況で、新しく入ってきた人にじっくり仕事を教える余裕も無く、心苦しい思いをしながら仕事をこなす日々が続いている。そして誤配や不着が上がってくれば、新人も容赦なく上司から始末書を突きつけられる。「お客様が神さまです」と言わんばかりの上司の態度に、腹が立つと同時に自分自身を責め、自信を失くす同僚も少なくない。これでは仕事を続けることが容易でないのは明らかで、退職希望者が7月、8月と続く予定だ。
 「個人情報保護法」で、一体誰を守るのか? 疑問をもつことが多々ある。カード社会になって個人の情報が漏れるとそれを悪用して犯罪につながることもある。しかし、その場合でも、郵便事業会社は取引のある大手のお客様として、カード会社への心配りを必要以上に、神経を尖らせている。日々の苦情処理を担当する上司の態度は、異常なぐらい「お客様」に媚を売って、「お客様」離れをくい止めようとしているのだ。
 年間130万円の壁も、これまでは会社がその事情を踏まえ、年休を消化しなくても「欠勤」を使うことを大目にみていた。しかし、赤字を理由にぎりぎりの人員で仕事をこなすことをモットーとする方針転換をしてきた。だから、「欠勤」するなら人員に余裕があると判断されてしまう。その方針転換をみんなに説明をしてほしいと上司に要望すると、こんな答えが返ってきた。そんな説明は必要ない、労働契約は個人と会社で成立しているから、必要なら個々人が会社に要望し個人単位で解決することだと。
 そういえば最近は、業務研修もない、人権研修もない、これはもう職場単位での啓発活動などは、する時間も惜しい、ムダだと言う事なのか・・・。個人の責任、これをなんにでも応用すれば、会社はやり易いし保証の責任も逃れられるということなのか。会社がこんな態度なら、ますます怒りがわいてくる。この怒りを原動力に明日も職場へ行って来ます。                               (折口恵子)


公務員給与削減問題と公務員制度改革関連法改正問題
・・戦いのないところに成果は得られない!


 菅政権と連合系の公務員労働組合連絡会(連絡会)は5月23日、課長以上の幹部を10%▽課長補佐・係長を8%▽係員を5%それぞれ削減。ボーナスは一律10%減らす国家公務員給与の削減について、給与法の改正成立の翌月から適用して、2013年度末までの期限付きで実施する合意をした。
 給与の引き下げに反対している日本国家公務員労働組合連合会(国公労連)との合意を待たずに、連絡会が政・労会談で承諾したのは「震災の復興財源に充てるならやむを得ない」、重要なのは、公務員給与を人事院勧告制度に基づかず、一部労組との交渉で決める形ができ、政権側に労働協約締結権の付与が得られる公務員制度改革関連法案の提出を約束させたからというものです。
 政府はこれを受け、6月3日の閣議で、国家公務員の給与について、人事院勧告を踏まえて決める今の制度を廃止し、原則として民間と同様に労使交渉によって決めるなどとした国家公務員制度改革関連法案を決定。国家公務員の給与について、人事院勧告を踏まえて決める今の制度を平成24年度に廃止したうえで、警察の職員などを除く国家公務員に対して「協約締結権」を認め、民間と同様に労使交渉によって労働条件を決めるとしています。これに伴い、人事院は廃止し、新たに内閣府に「公務員庁」を設置して労使交渉を担わせるとしていますが、一方で、ストライキなどの「争議権」を付与することについては見送られました。
 しかし、この法案提出の目的は「震災の復興財源」にある以上、国会審議では給与削減の法案のみ先行審議し、労働協約締結権の付与が得られる公務員制度改革関連法案は後回しになる可能性もあり、ストライキなどの「争議権」の付与も見送られていることからも、労組側の相当の働きかけがない限り、政府による“いいとこ取り”に終わる可能性もあるということです。
 公務員の給与削減は、民主党政権からすれば、引き下げ幅は平均すると8%前後、削減額は2千億〜3千億円に達するとみられ、09年衆院選マニフェスト(政権公約)で国家公務員総人件費を十三年度までに2割減らすといった公約目標からすれば半分にも達しないが、その公約を見据えた行政改革の合理化政策の一環にすぎないものであるし、赤字財政再建のために東日本大震災の復興財源を目的とした消費税率のアップなど、増税案も頭をもたげつつある中で、政権維持の好材料であると言うことだろう。
 財政赤字が膨らんだのは、人事院勧告で「民間準拠」の公務員給与が高かったからではないし、菅政権は“復興”と言うが、三ヶ月もたつというのに、震災・原発事故処理に追われ、復興のための政策実行はほとんど何もしていない、復興政策が未定なのに「震災復興」という人の弱みにつけ込んだ財源確保だけを強調し、大企業を優遇する法人税率の5%引き下げの撤回、米軍への思いやり予算、大企業の内部留保、政党助成金の廃止などせずに、労働者・市民への負担ばかり行っているのは許せないことです。
 労組も、募金やカンパだけではなく、賃下げ政策と戦い、“実行”を迫る力強い活動が求められているのではないか。  (M)案内へ戻る


読者からの手紙  今横須賀では

 福島原発事故が深刻化する中で、神奈川県にも研究用の小型原発や核燃料工場の存在がクローズアップされて、今まで存在を意識することなく過ごしてきた住人の間でも関心が高まり日常会話に登場するまでになっています。
 私がここで紹介したいのは、ペリーが上陸したことで知られる久里浜にあるウラン燃料工場のことです。会社の名前は、グローバル・ニュークリア・フュエル・ジャパン(略称GNF―J)、事業は日本中の原発で使用するウラン燃料の成型加工で、一言でいえばこの間有名になった燃料棒の製作です。前身の会社から数えると創業は1967年からです。
 三浦半島のほぼ中心を走る高速道路に横須賀―横浜線(通称横横道路)があり、この会社の製造した燃料棒等を積載したトラックが日常的に通行しているのです。
 私の知っている人にこの会社の社員がいて、その人は年に何回か六ヶ所村にある核廃棄物処理場へ出張します。私の家の勝手口には、原子力空母母港化反対のワッペンが貼ってありますが、この人から立場が違う人なので会うのに緊張したといわれた事がありました。
 この会社には、「しんぶん赤旗」6月9日の13面の首都圏頁によると「放射性廃棄物」が200リットルのスチーム製のドラム缶一万八千本分あると報道されました。この「放射性廃棄物」とは、ウラン燃料を「焼結炉」で焼き固める時に発生する排煙から無用のウラン燃料を回収するためのフィルターと「焼結炉」の金属製のヒーターの一部で、ビニール袋で二重に包まれてドラム缶に収められていたのです。本来は別々に収納しなければならない物であったのですが、手間の関係からいい加減な処理がまかり通っていました。
 これらのドラム缶の内の数缶が腐蝕して放射能を帯びた液体が漏れた事故でした。六ヶ所村の核廃棄物処理場のような本格的処理工場(現在稼働停止中)ではなく、町のど真ん中にこのような私的で監視もされていないいい加減な処理場があったとは驚きます。
 会社は「核燃料の加工施設から放射線廃棄物を施設外へ搬出する法律体系が整っていないので、現時点では施設内に保管するしかない」と事故後の対応の場面においてですらいうのです。先ほど挙げたドラム缶の数の膨大さは、創業以来の廃棄物の集積でしょうか。
 これらの廃棄物の危険性は燃料棒ほどの危険性はないでしょうが、原発とは「トイレのないマンションだ」とは、例えとしていわれてきましたが、燃料棒製作工場もまた「トイレのないマンションだ」だったとは私にとって全く想像もつかなかったことです。
 その昔、横須賀原子力潜水艦の横須賀港入りに反対して、運動が盛り上がっていたときには、この会社に対する監視活動もされていたと聞いています。今後反原発闘争を全体的に統一して進めていくためにも、ここは私たちの闘いで全国でも珍しく残っている三浦半島地区労に結集し闘っていきたいと考えています。           (笹倉)


がんばろう日本≠フかけ声

 上京した折(4月29日〜5月1日)、上野のアメ横の露天商からがんばろう日本≠ニ染めぬいたTシャツを買って帰った。その後がんばろう日本≠フ氾濫に出会うにつけ、ほしがりません勝つまでは≠ネど、私たちが戦争中の標語になじまされた時、宙にズラリと浮かべたお手盛りのコトバを取り込んで、突っ張っていく気分を思い起こした。
 誰が言い出したか、がんばろう日本≠フコトバを己のものとしてふりかざして進むという集団心理のようなもの。ここにもみんなで渡ればこわくない℃ョの行為から生まれた一体感に酔う、という安手の抒情みたいなものがあるように思う。先日の大阪府知事の教職員に対する強制、国歌・国旗≠直立不動で儀式にのぞめ、というのはがんばろう日本≠フ流れにのっかっての発議であろう。宙にプカプカ浮いているコトバをヒョイと取り込んで支柱とするのは、思考停止をもたらしはしないか。
 小学生であった私が、日清日露戦争から太平洋戦争に敗れて止むまでの間、国策に沿ったすべての方針・システムに嫌悪するものはあったにせよ、何の疑問ももたない熱い小国民であった。考えることも知らなかった。だから敗戦によって何が否定されたかも感じることもなしに、変化した日常へとつづきを生きた。
 私自身は変わったことを何の抵抗もなしに受け入れ、そこには変化した外側の世界にあわせていく生活があった。これがあるいはたくましさであるかも知れないが。まあ流されっ放し。また現在、被災地の人々の支援にがんばろう日本≠フ合言葉が流され、それを象徴するしるしとして日の丸が使われ、その被災地の人々との一体感? に酔う。
 こうした状況をバックとして橋下知事の国歌・国旗に対する儀式の形式強要に至ったものと思われる。国歌・国旗が戦争と結びついている記憶は、私どもに直接ふりかかった経験ではなかったが、戦争体験者がまだ生きていて、その経験を聞かされて育った時代、つづいて戦後の混乱・貧困・餓えの時代を生きた私どもであるが故に、最近のネコもシャクシもがんばろう日本≠フかけ声に、不吉なひびきというか、ある弱さを感じるのは、ひとり私だけであろうか。   2011・6・6 宮森常子案内へ戻る


編集あれこれ
 前号のワーカーズは、原発に関するものが多かったです。1面は、福島原発から200キロメートル以上離れた千葉県や埼玉県の地域でも、高い放射能が計測されている事実が報告されています。2・3面は、この間の原発事故に関して政府や東電等が情報隠しをしてきたことに対して、市民・住民の側に立った独立した調査機関が必要と述べています。
 3面の読書室は、「社会的企業とコミュニティの再生・・・イギリスの経験に学ぶ」と題する本の紹介です。4面の記事と共通することは、これからの共同体について書かれています。今回の震災で、改めて地域社会や人と人とのつながりや助け合い等について考えさせられます。5・6面の記事は、菅政権の背後にあるアメリカの影について述べています。菅政権がアメリカ追随であることは明白であります。
 コラムの窓や原発こぼれ話も、原発に関する記事です。やはり、一刻も早く原発からの撤退をすべきです。人類を滅ぼさないためにも、急務な課題です。 (河野)案内へ戻る