ワーカーズ490号   2013/6/15     案内へ戻る
原発輸出と再稼働・・・安全神話を復活させるな!

 安倍政権の原発戦略は、官民挙げた輸出の推進と「原子力規制委員会の判断を尊重し、再稼働を進める」(成長戦略)だ。この間、原電敦賀原発2号機直下の活断層を認め、高速増殖炉「もんじゅ」に運転禁止命令を発した規制委がどこまで頑張れるか疑問だが、安倍政権はこれを組み伏せても再稼働を目指すつもりだ。
 フクシマ後に、なぜ再稼働なのか。電気が足りないという強迫によって関電大飯原発を再稼働させたが、今は火力の燃料代がかさむので電気料金値上げだと脅している。しかし、原発が廃炉の時代に入ったことを誰も否定できないだろう。敦賀2号機が廃炉になれば、原電は破綻する。その影響は、これに投資してきた関電などの電力会社にも及ぶ。その関電も、40年越えの美浜1号機の廃炉費用積立てが94億円も不足している。
 原発は稼働していれば利益をもたらすが、止まってしまったら単なるお荷物であり、廃炉となるとお手上げだ。まして使用済み核燃料など、どこにも行き場がない。かくして、電力会社は再稼働の大合唱をする他の術を知らない。ところが、米国では原発2基を廃炉だという。それも、三菱重工製の蒸気発生器の配管に異常な摩耗があり、周辺住民の安全性への懸念が膨らみ、米原子力規制委員会の許可が得られないからだという。この電力会社は三菱重工に損害賠償を求める模様だ。
 さて、原発輸出については日本は韓国やロシアと競合している。それが国家的競合となり、民主党政権時代にベトナムに2基の輸出を決め、安倍首相はトルコに4基売り込み、アラブ首長国連邦との原子力協定に署名し、サウジアラビアとは協定締結交渉に入った。そして、5月末の来日したインドのシン首相とも、原発輸出促進で合意している。インドは核拡散防止条約(NPT)未加盟で核保有国にもかかわらずだ。
 さらに安倍首相は、6月に入って来日したオランド仏大統領と原子力産業の隆盛に向けて意気投合した。日経は2月15日の夕刊において、「原発アジアで100基新設」「20年で50兆円市場に」という記事を掲載し、原発輸出が前途洋々だと報じた。安倍首相は「福島の教訓を共有し安全性向上に貢献していくことが日本の責務」だと、原発輸出を正当化している。内に再稼働、外に輸出、この暴挙を許して反らない。
 (折口晴夫)


「反被ばく」の闘いなくして「反原発」なし!
茨城・千葉・埼玉の市民団体の請願署名提出し、6回目の省庁交渉を行う


 6月7日、茨城・千葉・埼玉の放射能汚染ホットスポットの市民が、原発事故子ども・被災者支援法の支援対象地域指定、子どもや妊婦の健康調査を求めて、国会議長宛に請願署名を提出するとともに、6回目の省庁交渉を行った。
 請願署名は、2ヶ月間の短期間の取り組みであったが、駅頭でのアピール、地域の幼稚園や保育園、スーパーマーケット、生協や町内会などの協力により、3万7千筆が人分が集まった。7日に、紹介議員となることを承諾した衆参の国会議員20名にこれを託すべく、議員会館の議員の部屋を訪ねた。
 請願署名の提出に先立って行われた環境省や復興庁などとの交渉では、市民は次のような要求を突きつけた。

①追加被曝線量1ミリシーベルト以上・重点調査地域での健康調査を行え
 交渉に臨んだ市民たちの住む地域においては、放射能汚染対策特措法において重点調査地域に指定されていることに加え、茨城県当局を始め千葉県下の9自治体が実際に国に対して支援法の地域指定と健康調査を求める要請を行っているという事実がある。市民は、この重点調査地域である、自治体の要請があるという2点を押し出して、国に健康調査などの施策実施を迫った。
交渉の中で市民は、いま国が主張している、UNSCARE(国連科学委員会)や放射能総合医学研究所や福島県立医大に依拠した「1ミリ神話」(何という表現か)攻撃、「20ミリ以下はまったく安全」論、100ミリの事実上のしきい値化(100ミリ以下では健康影響は判別できない論)を厳しく批判した。

②文科大臣の国会答弁にもとづき学校検診での放射能検査を行え
2月27日の国会で、文科大臣が「福島県以外でも自治体の意向があれば学校検診の中で放射能検査を行うことに協力する」と答弁したことを指摘し、福島県以外の関東ホットスポットでの子どもの健康診断・健康調査実施を求めた。
 しかし、文科省は了解しているにもかかわらず、健康調査の担当省庁である環境省、支援法の所管官庁である復興庁が頑なな姿勢を崩しておらず、この日の交渉の中でもそうした構図が改めて明らかとなった。

③国連人権委員会の勧告(アナンド・グローバー報告)に従え
 5月2日に国連人権理事会の特別報告者による調査報告書が公表され、日本政府に対して勧告を実施することを求めた。報告は、実行線量が年間1ミリシーベルトを超える福島県以外の地域にまで健康調査を広げること、原発事故子ども・被災者支援法で対象となる地域は年間積算線量1ミリシーベルトを超える地域を含むべきこと、1ミリシーベルトを超える地域に市民の帰還を勧めてはならないこと、子どもなど放射線に脆弱なグループに特別の注意を払うこと、国家は資源に制約がある場合でも特に社会的弱者に対する差別を防止する即時的義務を負っていること、国家と地域のレベルにおける意思決定のすべての段階で市民と地域社会の参加を保証すべきこと等々を主張している。
 市民は、政府に対してこの勧告を受け入れ、従うことを要求した。
 
④各地で取り組まれている市民の自主測定、自主健診の活動を国は支援せよ
国の無策に待ちきれなくなった市民は、各地ですでに自主的に取り組み始めている。自ら基金を立ち上げてエコー検査の機器を購入し、市民の側に立って行動する医師や専門家の協力を得つつ、子どもたちの健康診断や健康調査に乗り出している。こうした市民自身による活動に対して、国は財政等の支援を行うことを要求した。

⑤被災者市民の意見聴取の場をつくれ
 支援法の支援対象地域や具体的な施策を決定するに際して、市民の声を聞くことを求めて、パブコメ、意見聴取会のあり方、そのスケジュールなどについての明確化を求めた。意見聴取の方法は、既存の手法だけでなく、市民やコミュニティーとの直接の話し合いの場の設定等々、新たな方法も取り入れることを訴えた。

 こうした市民の要求に対して、環境省と復興庁は、UNSCAREや放医研や福島県立医大などが主張している理屈を持ち出して、支援対象地域への指定と健康調査の必要を否定しようと苦しい議論を展開した。もちろんその論拠は至る所で綻びを見せ、論理的に矛盾だらけで整合性がなく、非専門家である市民の側からち批判にタジタジとなってしまう代物であった。
 国は今、総力を挙げて、放射能など恐るるに足らずのキャンペーンに乗り出している。
 ついこの間まで政府が最大限に利用してきた国際放射線防護委員会(ICRP)の1ミリ指標や直線しきい値無し説(LNT仮説さえ「1ミリ神話」と呼んで攻撃し、放医研をはじめとする自称「専門家」を動員して20ミリは安全論、100ミリでも大丈夫論(100ミリしきい値論)を主張している。また日本の原子力ムラ発、原子力ムラ製のUNSCARE報告などを活用している。
 その一方、国連のグローバー報告は無視、あるいは貶めるための悪宣伝に努めている有様だ。
 背景には、何としても支援法を骨抜きにしたい、これが生きている限り原発事故に対する国の責任が問われ続ける、国の事故対策の欠陥や不十分さが指摘され続ける、ひいては核政策(原発再開・核武装オプション)が推進できなくなる、という強い思いあるようだ。

 国の頑なな姿勢にもかかわらず、この日の行動に参加した市民は諦めず、くじけず、意気軒昂だ。今後も粘り強く国との交渉を継続し、国の責任で子どもの健康調査を実施させること確認し、さらに市民自身が独自の健康調査の仕組みを立ち上げ、それをテコに自治体や国に対してさらに具体的な対応を迫る活動に乗り出し始めている。(流山市議会議員 阿部治正)案内へ戻る


コラムの窓・・・原発輸出、事故責任は誰が取る?

 グリンピースが「原発にもメーカー責任を」というキャンペーンを展開しています。現状では〝利益は原子炉メーカーに、ツケはあなたに〟となっている、と言うのです。普通は「製造物責任法」(PL法)で製品を製造した企業が賠償責任を負うとされているのに、「原子力損害の賠償に関する法律」(原賠法)では製造企業の免責が規定されています。
 この法律の見直しが今年8月に予定されているので、免責規定の削除を求めようというものです。ちなみに、原賠法では電力会社だけが事故の責任を負うことになっていて、その上限が1200億円とされています。これは、事故が起きたら国が援助するということであり、東電を破綻させないで税金投入と電気料金への転嫁の現状を見れば、このことの意味がよくわかります。
 そこで問題となってくるのが、国策として行われている原発輸出です。輸出先で事故が起きて、日本が全く責任を負わないということは考えられないでしょう。例えば、ベトナムのグエン・タン・ズン首相は「日本はフクシマ事故を教訓として、決して事故を起こさない、絶対に安全な原発を輸出してくれる」と言って安全性を強調しているそうです。
 2007年、日本のODAで建設中のベトナム・カントー橋で崩落事故が発生し、50名を超える死者を出しています。ことは原発建設であり、輸出先権力が利権にまみれていたら、その危うさは比べものにはならないでしょう。最先端技術によって生み出される製品は、広いすそ野を持った産業によって支えられているものであり、原発は輸出するがその先の稼働はお任せということにはならないでしょう。
 1984年12月2日深夜、インドのボパールにおいて米化学工業会社ユニオンカーバイトの工場から猛毒(殺虫剤の原料となるイソチアン酸メチル)が漏れ出し、数千人の死者、50万人を超える被害者という大惨事となりました。事故原因はユニオンカーバイト社の現地スタッフ(米国人)が地域住民の安全を全く考慮していなかったからだと言われています。
 例えば、地価が安かったので人口密度の高い地区の風上に工場を建設した。貯蔵タンクは0度に保たなければならなかったのに、冷却装置を止めて常温で保存されていた。ガスが漏れた場合、それを燃焼させるための安全装置が装備されていなかった、等です。これはどこかで聞いたような、そう、東電福島第1原発事故の経緯とよく似ています。利益のためには安全を犠牲にするというのは資本の本性であり、事故が起きたら責任を最大限回避する、被害は最大限切り捨てるということに尽きます。
 インドはこの事故の後、「汚染者負担の原則」を原子力にも取り入れており、折角、安倍首相ががんばってもこれを引き受ける原子炉メーカーがあるかどうか怪しいのです。フクシマの事故では、東芝も日立もGEも事故の責任を一切問われていません。原発輸出において、東芝・日立・三菱重工は事故の責任を問われない国なら大歓迎、おいしビジネスだと考えているのです。
 安倍首相はまたオランド仏大統領を招き、「日仏は、六ヶ所村の再処理施設の操業開始に向けて、また、使用済み燃料の再処理及び核燃料サイクル政策の将来的展開に向け、協力を強化させる」(6月7日「原子力エネルギー分野における日仏2国間協力ファクトシート」)ことを確認しています。勿論オランドの後ろにはアレバ社(世界最大の原子力企業)がいて、原子力事故まで食い尽くそうとしています。ここにあるのは、毒を喰らわば皿までという餓鬼の世界ではないでしょうか。(晴)


安倍首相・・目論むのは時代錯誤の戦前回帰・・アベノミクスも選挙目当て?!

 株価の暴落、金利急上昇などでアベノミクスに赤信号がついている。だが〝アベ経済学〟というほどには、アベノミクスは一貫したものではない。アベノミクスはデフレ脱却をめざす「三本の矢」にたとえられている。財政によるテコ入れ、大胆な金融緩和、それに成長戦略だ。
 アベノミクスの第一の矢、財政の大盤振る舞いの特徴は何のことはない、政官業利権システムを復活させたことだ。国土強靱化法案などは、大震災と原発事故からの復興を看板にした「人からコンクリート」への回帰に他ならない。復興予算の流用も止まらない、止めるつもりもない。安倍内閣の財政出動とは、デフレの元凶になっている供給過剰への絆創膏という対処療法であり、政財官癒着構造を復活させただけでもある。経済学レベルの話ではないのだ。
 民主党の菅内閣以降の消費増税路線は、消費税を引き上げて社会保障に使う、という触れ込みだった。他方で消費増税は1000兆円にも膨らんだ国の借金を解消するという、財政再建策が目的だとの建前があった。
 私は、消費増税は軍事費や公共事業費など他の支出を確保するためのものだとして、一貫して批判してきた。実際、菅内閣やその後の野田内閣,安倍内閣での推移を見れば、消費増税によって財源が確保されたとして、逆に防衛費や公共事業費は増やされた。「人からコンクリートへ」は民主党政権によって準備され、安倍政権で花開いた、というわけだ。それが消費税劇場のなれの果てであり、また安部積極財政の真実なのだ。
 ところで消費増税法には付則18条で、実質経済成長率2%等、増税実施の判断に関連したいわゆる景気条項が付けられている。しかし安倍内閣は、消費増税を可能にするために今年の春から夏にかけての経済状況を改善させることが目的であるかのような、赤字国債による公共事業を膨らませている。実際は、消費増税の目的とされた財政再建などお構いなしでの大盤振る舞いを続けているわけで、これではまさに本末転倒、経済学も何もあったものではない。結局は、ただ参院選に勝利することで衆参ねじれ国会を解消し、強力な安倍政権をつくりたいだけなのだ。
 金融緩和でも同じだ。デフレ脱却には供給過剰(=需要不足)を解消しなければならないはずだが、大量のマネーをばらまくだけで、実体経済への有効なテコ入れにはなっていない。
 これまで経済対策の選択枝として、供給サイドへのテコ入れか、それとも需要サイドへのテコ入れか、が議論されてきた。しかしアベノミクスでの異次元緩和は、そのいずれでもなく、2%のインフレ目標を実現するために、ただお札を市場に投入することでしかない。結果は資産バブルと輸入インフレであることが、すでにはっきりした。デフレは原因ではなく結果としての現象だ。慢性的な供給過剰構造が解消されないかぎり、経済の好転などあり得ないのだ。
 成長戦略も同じだ。
 供給過剰(=需要不足)を脱却するためには、需要の大半を占める民間最終消費と設備投資を増やさなくてはならない。設備投資も最終的には消費財を経て最終的には消費されなければならないので、肝心なのは民間最終消費としての家計=賃金を増やさなければならないのだ。あの中国も、外資中心の輸出主導経済からの脱却のため、労働者の賃上げを容認し、労働者のストライキにお墨付きを与えた。その結果が中国での労賃の大幅な引き上げだった。それもあって、中国は世界の工場から世界の市場へと進展を遂げてきた。
 一方の日本。安倍首相はデフレ脱却のキーポイントとなる賃金引き上げのために何をやったか。財界人を前に賃上げ要請のパフォーマンスをしただけだった。逆に賃金の引き下げバネになっている低水準の最低賃金の大幅な引き上げには熱意はない。逆に最低賃金を上げなくて済むように生活保護費の引き下げを強行した。これでは需要サイドへのテコ入れとはまったく逆で、むしろ需給ギャップを拡大するものでしかない。
 安倍首相はアベノミクスの危うさを補うべく、法人減税など盛り込んだ成長戦略の第二弾をこの秋にも発表するという。「失われた20年」、法人税減税など供給サイドへのテコ入れがまったく無力だったことへの反省のかけらもない。
 こう見てくるとアベノミクスは、好景気を演出するための劇薬・奇策の寄せ木細工だということになる。それが借金増加につながるとか財政破綻をもたらすかはどうでもよい、とにもかくにも7月の参院選に勝利したい、という安倍首相の思惑が突き動かしているのだろう。
 では安倍首相は何を目的にしているのか。強い日本=軍事大国日本という戦前回帰願望だ。安倍首相は鎧を隠さない。
 たとえば、第一次内閣の任期中に靖国参拝ができなかったことは痛恨の極みだ、と言い、村山談話、河野談話をそのまま継承しているわけではない、とも公言してきた。侵略は、した側とされた側で理解が違うとも強弁している。集団的自衛権の行使容認や敵基地攻撃能力の保有についても前のめりだ。そして9条改憲への地ならしとしての96条改定のもくろみも主導してきた。利権ムラに飴をバラマキ、バブルを煽って勤労者に甘い夢を振りまき、腹のなかでは戦前回帰の野望に燃える、というわけだ。
 安倍首相のこれらの言葉や態度から伺えるのは、戦争への無反省、戦前体制への回帰願望の根強さだ。アベノミクスの破綻が見えたいま、戦前回帰を目論む時代錯誤の安倍首相の野望は、はね飛ばす以外にない。(廣)案内へ戻る


色鉛筆・・・「慰安婦」ではなく「日本軍性奴隷」そして「強姦所」と表記すべき

安倍・橋下らの[慰安婦」発言、それらに同調する妄言が相次ぐ。
『戦場の宮古島と「慰安所」』(なんよう文庫 2009年発行)は、2006年から2008年にかけて宮古島での「沖縄・韓国・日本『慰安婦問題』共同調査団」(団長ユン・ジョンオク)による「慰安婦を見た」という住民らの証言集だ。
敗戦間近、政府・軍によって本土防衛のための捨て石とされた沖縄に、10万人の日本兵が配備され、「慰安所」も持ち込まれた。その数130カ所以上。(1992年沖縄の女性たちの調査による)
本島から南西約300㎞にある宮古島にも、1944年10月頃までに日本軍3万人が送り込まれ(そのほとんどが「満州」駐屯の関東軍)、全島を軍事基地化。そして島全域に「慰安所」が16カ所あったことが明らかになっている。
米軍上陸による地上戦は免れたものの、輸送路を断たれた島は、連日の爆撃と飢餓や伝染病によって死者が続出した。島のあらゆる土地・建物などは、軍に奪われ、全島民が作業に狩り出された。山の無い平坦な地形の上、当時5万6千人の住民に対して3万人もの日本兵がひしめいていたのだから、「慰安婦」も「朝鮮人軍夫」への暴行も他の地域の様に「隠す」ことは出来なかった。
当時14歳だった渡久地昇永さんの証言。
「隣家も球部隊に徴せられ、数人の女性が日本軍人の性の対象になり、兵隊が列をつくって並んでいる情景を屋敷林の間からのぞき見た思い出がある。毎週一回、部隊本部から軍医(将校)が馬に乗って同所を出入りする姿が見られた。」
この他にも「(女性が)川沿いでボーとして何も表情の無い顔で座っていた姿、その無表情が今も忘れられない」(下地トミさん1931年生まれ)「アリランの歌を歌いながら泣いていた」「唐辛子を求めて島を歩いていた」(佐和田方英さん1915年生まれ)など、軍用性奴隷とされた女性たちが確かにそこに居たことが多くの証言で明らかとなっている。
佳村文子(創氏名・ ソウル在住)は、1944年12月大田で「日本本土に行き女工として働けば賃金が多くとれる」と川本某(創氏名 韓国籍)に騙され、大田-釜山-下関-鹿児島港-宮古島へ連行され、日本軍将校に引き渡された。翌日からワラ葺きの掛け小屋で昼12時から夜12時まで一日数十名の相手をとらされ、外では片手にお金を持って列をなして順番を待つ兵隊たちが連日見られた。これは前述の渡久地さんの証言と一致している。
日本軍が「慰安所」を組織的に設置・管理・運営していたことは、証拠隠滅のためあらゆる書類を焼却処分してもなお、証拠書類は残されており、否定しようのない歴史の真実だ。侵略・植民地支配した国の、幼い少女も含む多くの女性たちを強制連行。脅迫、誘拐、就業詐欺や甘言で狩り集め、性奴隷として扱っていたことはまぎれもない事実であり、橋下の言う「どこの国でもやっていた」事ではない。日本軍だけの特異な制度だ。
その「慰安婦」問題は、1990年6月に国会で初めて取り上げられ、日本政府の「民間業者が連れ歩いたもので、軍・政府は関与していない」との答弁をニュースで知った韓国の金学順さん(故人)が1991年、「日本政府は嘘をついている」と被害者として初めて名乗り出たことから表面に表れた。それまでの半世紀あまりを、すべての被害者たちは激しい性暴力のため身体も心もボロボロにされたまま、極貧・孤独・病気・差別の中で息をひそめて生きてきた。半世紀もの沈黙を強いる、それほどに酷い被害でありその傷は今日に至るもなお、痛み続けている。
被害によってボロボロにされた人を、その弱者をさらに叩く、罵倒する。「主権回復」した「美しい国・日本」は、弱者の犠牲の上に立って、こんなに醜い実態を世界中にさらしている。
同書には、2008年9月に日本軍「慰安婦」の碑が宮古島に建てられたことが紹介されている。「アジア太平洋戦争期に『慰安婦』とされた女性たちの11の言語と、今も続く戦時性暴力の象徴として、ベトナム戦時に韓国軍による被害を受けたベトナム女性たちのためにベトナム語を加え、12の言語で追悼の碑文を刻んだ。この碑は、『慰安婦』を見た人々、その記憶を持ち続けてきた人々、そして今、彼女たちに思いを寄せる人々が、ともに軍事化に抗する意味で建てたものである。(編者)」この「アリランの碑」を、ぜひたずねて見たい。(澄)

 
連載 オジンの新◆経済学講座⑥ 上藤拾太郎

●人は甘い物がお好き
 君はあまいものがすきだろう? 女性は特にその傾向があるらしい。オジンはもう年なんで、なるべく控えるようにしているが、やはりチョコレートや生クリームのとろける甘さはたまらない。肉も好きな人が多い。悲しいことにこれがメタボの原因だ。
 食の好みの理由を考えたことがあるかな?詳しく調べたわけではないが人間の食の指向性にも、人類進化が大きく影響しているらしいことが近年明らかになってきた。
 人間は基本的に雑食だ。何でも食べることができる。とはいえ数百万年間の狩猟・採集・スカベンジャー(死肉あさり)生活のなかで進化を続けてきた人類は、カロリー不足に悩まされていた。糖分や脂肪を多く摂取できる食料は、巨大な脳を持ち移動範囲の広い人間には一層必要だった。人間の大脳はカロリーの二〇%を消費するという。
 また、大脳の成長を支える良質のタンパク質への優先選好があるらしい。だから甘い物や肉が好まれる。
 この二百年の間に、企業による大規模な牧畜業やサトウキビ畑が発展し、現代では低価格で多くの人にも肉や砂糖が入手可能となった。ところがDNAにすり込まれたこの「食の選好」は、限度というものをよく知らないらしい。このために運動不足もくわわり「食べ過ぎ」「カロリーの取りすぎ」「高脂血症」「糖尿」という新たな問題がおきてしまった。
 たしかに食事はバランスよく取るのがよい。だが、生活ストレスもあり、実際にダイエットが難しいのはみんなが体験済みだろう。

●人間の特性を生かした社会を
 つまり進化がもたらした人の指向性は多岐にわたるが、要はそれらを無視することはできないのだ。そのことを理解し、リスペクトしつつ「つきあう」ことが必要ではないのか。この脈絡で以下のことを君に考えてほしい。
 かつて、あるマルクス政治学者からお叱りのコメントをもらった。「未開社会の高次復活としてアソシエーション社会を考えるのはナンセンス」と。
 だが、そうだろうか? 現代の市場経済社会を、少しでも根本から変革するには、人間のかつての姿にある程度復帰することなくしてありえないとオジンは思う。
 「原始に戻れ」なんてバカなことではない。オジンはもっと現実主義者だ。未開の社会は、人間の自然な特性が生かされた社会であり(たとえば互酬性)、それを軸として現代社会のゆがみを正し、もちろん近代文明の利器は活用する。
 そして、この運動はとっくに開始されている!

●対等者の「お互いさま社会」を現代に!
 貧困と闘い、格差の是正を求める運動、人権擁護の闘いは、逆流に抗しながらも今では全世界で繰り広げられている。アラブの春以降のアラブ社会、最近ではトルコでの市民の闘いが代表だ。その根底には、対等な人間として認めよという怒りがある。
 ロシア革命(一九一七年)では、工場委員会が工場を管理し、小作農民はミール(農民共同体)を復活させ地主の農地を自分たちで分配した。占有者が所有者へと駆け上がろうとしたのだ!一時の成功にとどまったが。
 しかし、大切なことは「大革命」ではなくとも、小作農民達が農地改革で土地を得るのは「当たり前」となった。西欧諸国はもちろん、日本では占領軍により、エジプトでもナセルらにより「農地改革」は断行された。(これにも逆流はある。市場経済の浸透で、農民は土地を再び手放している。)
 また何度かふれたように、現代では市民自ら形作る諸アソシエーション(NPOなど協働労働組織)の世界的成長もある。
 オジンは思う、これらの運動はバラバラなようだが、働く対等者たちの「お互いさま社会」が、現代に復権しようとする多様な道筋ではないのかと。
    *   *   *   *   *   *   *
 今日は先走ってしまったようだな。反省、反省! 互酬性と商品交換に話しをもどそう。(つづく)案内へ戻る


読書室・・・「天皇とアメリカ」(集英社新書、2010年)

 著者は「天皇は近代であり、アメリカは宗教である」と言うが、どうも言っていることが反対ではないか?と私たちは考えるが。
 この点について著者の吉見氏は「スズキ教授との対談は、ポスト帝国としての日本の現在を、一九世紀半ばにまで遡る歴史的射程のなかで考え直してみたものである。対談のなかで何度か触れているように、天皇とアメリカの間にある種の類似性を見出せるのは、何の不思議もない。アメリカも日本も、一九世紀から二〇世紀にかけて太平洋を挟んで発展していった二つの帝国である。・・・そこでこの対談では、常識的な『アメリカ=近代』『天皇=宗教』という構図をずらし、『アメリカ=宗教』『天皇=近代』という図式で近現代の日米社会を捉え返してみようとした。・・・私たちは今、さまざまな意味での『戦後』を生きている。最初はアジア太平洋戦争の、次は朝鮮戦争やベトナム戦争の、最後は二つのイラク戦争(湾岸戦争とイラク戦争)の『戦後』という意味である。」と述べている。
 この本の二人の著者紹介から。
 一人はテッサ・モーリス=スズキ氏。1951年生まれ。オーストラリア国立大学教授(アジア太平洋学院)。専門は歴史学、特に日本近代史。慰安婦問題などをはじめとする大日本帝国の戦争犯罪に積極的に発言している。著書に「辺境から眺める・・・アイヌが経験する近代」(みすず書房)。「批判的想像力のために・・・グローバル化時代の日本」(平凡社)。「過去は死なない・・・メディア・記憶・歴史」(岩波書店)。「北朝鮮へのエクソダス・・『帰国事業』の影をたどる」(朝日新聞社)など。
 もう一人は吉見俊哉氏。1957年生まれ。東京大学大学院教授(情報学環)。専門は社会学、文化研究、メディア研究。著書に「万博幻想・・・戦後政治の呪縛」(ちくま新書)「親米と反米・・・戦後日本の政治的無意識」(岩波新書)「シリーズ日本近現代史(9)ポスト戦後社会」(岩波新書)など。
 この二人の5年間にわたる対話をまとめたものが、本の内容である。
 本の構成にそって、本文からいくつか印象に残る著者の問題提起を紹介する。

 ★序章「天皇とアメリカの二〇世紀」。
 まず、「天皇とアメリカ」の関係をどう考えているのか。
 「この二つは均等、イコールではないことです。天皇とアメリカの裏には、大統領と日本というフレーズもあるかと思いますが。印象がずいぶん違う。つまり二〇世紀、あるいは現在のグローバルな地政学を考えたときに、アメリカのほうが圧倒的に大きい。世界のかなりの部分で、アメリカという力が、直接間接に作用し続けてきました。」
 「第二次世界大戦後になると、アメリカが諸々の力を束ね、『象徴天皇制』と自民党の長期支配を支える非常に大きな留め金となっていった。つまり天皇とアメリカという問いを立てることによって、そうした力の交錯の構造が、内側と外側をつなぐ位相で見えてくるのではないでしょうか」
 「バブルの崩壊と『失われた10年』を経て、2000年以降にナショナリスティックな言説が大衆レベルまで浸透していきます。ナショナリスティックになりながら、相変わらずアメリカの依存からは抜けられない。ネオ・ナショナリズムとアメリカへの従属は、まったく同じプロセスをたどっていて表裏一体です。それはまさしく戦後日本の根幹だった。」
 「戦後冷戦体制のなかで、日本はアジアと共同体をつくるよりも、アメリカと癒着することにメリットがあった。そのメリットの一つは間違いなく経済発展ですね。」と述べている。

 ★第一章「近代」
 この一〇年で、日本だけでなく、世界情勢が大きく変わった。この点について、次のように述べている。
 「日本でアメリカが語られる時、『宗教的アメリカ』という側面は見えなかった。ところが9・11以降の状況の中で、宗教的原理主義が堰を切ったように溢れ出てきて、政治と結びついていった。・・・このように実際には、アメリカは過剰なほど宗教的だし、天皇は日本の近代化の基軸的なエージェントだった。ポイントは、どちらが宗教的で、どちらが近代的かということではなく、この宗教的と近代的の結合そのものにあります。」
 「どんな世俗的な社会でも、どんなに産業化された社会でも、国民国家体制をつくっていくために、やはり儀式とか宗教とかスピリチュアルな要素を強く含んでしまう。・・・近代国家においては、そういったリチュアルなもの、スピリチュアルなものが国民意識の動員システムになっています。」

 ★第二章「現代」
 ここでは、昭和天皇とマッカーサーの関係を取り上げ、日本の占領体制について述べている。
 「アメリカのメディアでは、天皇制を存続させることが当然の事柄であるかのような語りがなされた。1944年夏ごろから、昭和天皇は基本的に平和主義者であるのに、悪い軍国主義者に利用されてしまった、という印象を与える記事が出はじめます。」
 マッカーサーについては、面白い記述がある。
 「ダグラス・マッカーサーは二人いました。連合軍最高司令官のダグラス・マッカーサー一世と駐日大使のダグラス・マッカーサー二世。彼は一世の甥にあたり、A級戦犯容疑者だった岸信介と親密な関係を築いた。」
 「ワシントンDCで、J・グラハム・パーソンズという国務省官僚を調べたことがありました。・・・引退後に自伝を書いています。その自伝では、岸信介についてかなり触れています。『もと戦犯(戦犯容疑とは書いていない)の岸は、50年代に在東京大使館の我々の働きかけで傘下に納まり(中略)自民党総裁になったのちに、岸はアメリカの信頼できる協力者となった』と証言しています。・・・マッカーサー二世はちょぅど60年の日米安保条約のときに駐日大使のやっていた(1957~61)から、日米安保条約改定に重要な役割を果たしました。」とテッサ氏は述べている。

 ★第三章「現在」
 天皇とアメリカの相互補完関係について、次のように述べている。
 「戦後の占領期、アメリカは日本を民主化しようと、ある程度まではした。しかしながらある程度のところで抑え込んで、帝国としてのアメリカの体制に組み込んだ。そのメカニズムの最大のポイントは天皇でした。ある程度は民主化しながらも、その外枠に天皇制的な仕組みを残し維持することが、まあ戦後のアメリカの統治にとっても機能的だし安全だった。そうして天皇がアメリカという帝国の秩序の一部でありながら、日本社会における公共領域を一面で代補し、社会がそれなりにまとまっていく仕組みができた。」
 アメリカもブッシュの戦争で行き詰まり、昔の良きアメリカに戻りたいとオバマに期待が高まっているが。また日本も、バブル崩壊後「失われた10年」と呼ばれる長期停滞で混迷を続けている。その点については、次のように述べている。
 「つまりブッシュやネオコンが、アメリカの権利、政府を簒奪して自分たちに都合のいいように私物化してきた。そのことに対する怒りが基底にある。・・・アメリカのナショナルな統合をもう一回再構築するんだ。グローバルな世界における本来のアメリカのパワーをもう一回確立し直すんだ。・・・建国の理想に沿った『もうひとつのアメリカ』という、かなり力のある幻想です。」
 「九〇年代末以降、日本の企業は海外へ、国内ではいわゆる産業の空洞化が深刻です。日本の国内はスカスカ、足元はもうかなりボロボロになっています。そうしたなかで、日本社会の基盤もいろいろなところで、この2、30年の間に、国家としての経済力の拡大とは反比例して、ある種の空洞化が経済的にだけでなく、人間的にも社会的にも政治的にも、日本のなかで起こってきたのではないかという気がするのです。」
 「アメリカと日本で社会状況はかなり違うのだけれども、似たような状況も出てきています。明白に見えてきたのは格差の問題ですね。いま日本で非正規雇用の労働力が35パーセントと言われています。驚くべき数字です。・・・冷戦体制と福祉国家の時代には考えられなかったような社会の変化が起こりうる条件が、徐々に整いつつあるのではないかとも思います。」

 最後に今後の展望について、次のように述べている。
 「アジアとの新しい共存関係を構築する好機到来です。・・・日本はまだアジアとの未来に向けての関係が結べていないのですね。冷戦体制のなかで、『天皇とアメリカ』というのは、そのような関係を結ばないで済ませておく遮断装置だったと思います。・・・とくに今の日本の状況を考えると、『天皇とアメリカ』というフレームを越えた別のオルタナティブが必要でしょう。」
 「アメリカの相対的な凋落の過程と中国の著しい世界パワーとしての台頭は、日本の多くの人たちに『脅威』として受けとめられている。しかしそれは、『脅威』ではなくて『新しい機会』だと思います。次の20年で世界は大きく変わるでしょう。・・・この新しい流動的な局面だからこそ、核兵器の代わりに平和憲法をもち、そして草の根運動の伝統をもつ日本は、その新しくて流動的な局面を『新しい機会』として捉え、アクティブな役割を果たしうる、と私は考えます。」と述べている。
 これ以外にも、「日本のオバマは沖縄から?」(沖縄から日本のオバマが現れる。もし沖縄からそんな政治リーダーが出てきて首相になれば、人々の価値観が大きく変わるでしょう)とか、「日本に来て、『天皇制』という用語に当惑した」(「天皇」はわかる。しかし、どこに「制度」があるのか?私のこの質問に、明確な回答を与えてくれた人はいなかった)など、鋭い指摘も展開されている。
 孫崎亨氏の「戦後史の正体」や豊下楢彦氏の「昭和天皇・マッカーサー会見」などで日本の戦後史が明らかになってきている。戦後史の分析をさらにすすめる意味で本書お読み下さい。(富田 英司)案内へ戻る

 
編集あれこれ

 前号の1面は、「内憂外患でボロボロの安倍内閣」と題する記事です。円高から円安に移ってガソリン・小麦等の価格の高騰のため、私たちの生活がきつくなっています。7月にある参議院選挙では、自民・公明・維新・みんな、など反動勢力を少数に追いつめなければなりません。
 2・3面は、「成長神話を卒業しよう! 協同・連帯型経済への転換を」という記事です。安倍首相が掲げる3本の矢は、財政出動と金融緩和、成長戦略です。財政出動は、12年度補正予算と13年度予算による公共事業を中心としたバラマキ政策、金融緩和は、2年間で流通するお金の量を2倍にするというものです。しかし、私たちの賃金は上がらず生活はきついままです。株価も5月23日大暴落しました。1143円安の14483円まで下がりました。
 成長戦略は、競争社会の激化による格差社会の拡大をもたらすものになるでしょう。これに対置するのが、企業利益ではなく人々の生活改善そのものを直接目的とする「協同・連帯型経済」です。
 4面は、コラムの窓で沖縄の「5・15平和行進」についての記事です。平和更新の時は雨が多く、今年も大雨でした。その後県民大会があり、一番注目を集めたのが韓国からの参加者2名の挨拶でした。1人は、元「従軍慰安婦」の方、もう1人は済州島の米海軍基地建設反対運動の先頭に立って闘っている方です。沖縄の真の「主権回復」を求める闘いは続きます。大阪の橋下大阪市長が、米軍のオスプレイの訓練の一部を大阪の八尾空港で受け入れると表明しました。沖縄の負担軽減のためだと言います。沖縄で危険なものは大阪でも他のどこでも危険なのです。オスプレイ自体を撤去することが必要です。
 5面は、5月24日にマイナンバー法案が可決され成立されましたが、それの危険性についての記事です。民間利用もするし、個人情報が流出したときの被害が大きいです。法は成立しましたが、施行までには時間があるので反対し続けて廃止に追い込みましょう。
 6~8面は、エンディングノート、常設の色鉛筆、読者からの手紙、過酷な郵便職場からの実態報告など多彩な紙面でした。(河野)

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