ワーカーズ526号 2014/12/15
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全ての小選挙区において安倍政権に痛打を浴びせよ!
衆議院総選挙も終盤戦に突入している。この時に当たって全国紙の各紙は、信じ難い事に自民党の三百議席確保の大見出しを付けて、世論誘導の紙面作りに狂奔している。確かに数年前官房機密費による汚染を暴露された全国紙の役割は余りにも明確であり、その実態に相応しい紙面作りではある。しかし労働者民衆は、マスコミの世論操作による諦めの中で醸し出される低投票率を誘導する一大キャンペーンに膝を屈する事はできない。
現在の問題の核心は、自民党の政治に対する反対党の不在である。既に破産した民主党や急に結束した維新の党も、有権者にその第2自民党の本質が知れ渡り、目を覆う様な体たらく。生活の党も低迷し、みんなの党は解党してしまった。自民党の破廉恥議員や安倍総理が、傍若無人に振る舞えるのも、こうした不甲斐ない野党のお陰である。確かに労働者民衆には投票すべき政党がない。これは事実で、社民党にも共産党にも問題はあるのだ。
それ故安倍総理は口を開ければ消費税増税延期に対する審判を、アベノミックスに対する信任を、デフレ脱却の為のチャンスを下さい等々の空言を繰り返している。しかし経済指数は、冷酷にこの4月からの消費増税による日本経済の停滞と地盤沈下についての深刻な実態を告げ知らせた。唯一「成果を誇る株高」も円安ドル高の現実の中では全く影が薄くなり、輸出も低迷。経済を知らない安倍総理一人が、まだ舞い上がっているのである。
今回の総選挙は、安倍政権の2年間の審判と自民党支配を今後も容認するかを問う選挙であるだけでなく、改憲か戦争準備を認めるかどうかの岐路となる重大な総選挙である。
今この時、私たちは全ての小選挙区で労働者民衆の総決起を呼びかける。正規雇用の破壊の上で非正規雇用を蔓延させ格差社会を現出し、貧困層を拡大させて労働者民衆の生活の向上を全く顧みず、福一原発事故の教訓を無視し原発再稼働を性懲りもなく追求する安倍政治に対して、満腔の怒りに充ちた投票行動により、安倍政権に痛打を浴びせよ、と。
闘う労働者民衆は仲間と語らって、全ての小選挙区において階級的な立場に基づく自主投票に決起し投票率を向上させる事が、今現在もっとも求められているのである。(S)
安倍暴走政治は許さない!──草の根からの対抗勢力づくりを!──
消費再増税の先送りをセールス・ポイントに始まった年末の衆院選挙。その衆院選挙。自公の与党が圧勝だという。4月の消費増税の結果、消費者や中小業者の苦境が拡がっているにもかかわらず、自公政権の継続を承認することになるのだろうか。
選挙結果を冷静に受け止めながら、草の根からの対抗勢力づくりを進めていきたい。(12月10日)
◆暴走する安倍政治
今回の衆院選挙は安倍首相による、総裁・総理続投による長期政権づくりの野望から始まった。
消費再増税を延期し、ともかく景気回復が最優先だとの土俵をつくることによって政権を延命させる、その結果確保した与党絶対多数の議席の力で歴史を逆流させる類の安倍カラーの政治を推し進めたい……。これが安倍首相の思惑だった。
安倍政治とはどんなものなのか。それは第一次安倍政権からの経緯を振り返るだけで明らかだ。
安倍首相は、政権発足前から憲法改定の野望を隠さなかった。第一次政権では、その憲法改正に道を開く国民投票法を成立させた。いったん下野した首相だったが、政権に復帰すると同時に前政権時になしえなかった憲法改定への扉をこじ開ける作業を始めた。
安倍第二次政権発足直後の12年暮れには、世論と直接行動による反対の声が大きかったにもかかわらず、特定秘密保護法を強行成立させた。その後も改憲要件を定めた憲法96条の改定を目論んだが、世論の支持を集めることが出来ずに撤退を余儀なくされた。とはいえ、改憲の一里塚としての集団的自衛権行使を容認する閣議決定を強行し、さらには武器使用基準の改定、武器輸出の拡大を決め、改憲への道を走り続けてきた。13年暮れには靖国神社への参拝も強行し、新たな英霊づくりというソフト面でも戦争態勢づくりに突き進んできた。
その他、沖縄米軍基地の辺野古移設、あるいは原発の再稼働や輸出などでも国民の反対の声を振り払って着々と逆流政治を推し進めてきた。
アベノミクスでも同じだ。格差社会の拡大、円安による国民生活の悪化など、その弊害は深まるばかりだ。さらには、法人減税に執念を燃やす一方、派遣労働の緩和や残業代ゼロ法案の画策など、安倍政権の財界べったりの姿勢が鮮明になってきた。
◆自民圧勝?
この記事が掲載されたワーカーズの発行日は12月15日だ。この記事が読者の手元に届くのは、衆院選挙結果が判明してからになる。結果が出ないうちにそれをふまえた記事を書くのは本意ではない。が、それもやむを得ない。この記事を書いている10日前後には、メディアによる結果予測が相次いで公表された。最大公約数でいえば、自民党単独で300議席越え、自公の与党で衆院の3分の2を確保、だという。まだ投票先を決めていない有権者も多く、結果がどうなるかはふたを開けてみなければ分からない。とはいえ、過去の傾向などから、そう大きくは外れないとの声が多い。
この予測数字には暗澹たる気分にさせられる。仮にその通りの結果に終われば、安倍首相の思惑的中という結果になるからだ。有権者の判断は、結局は日々の暮らし、経済・景気がまずまずであれば、与党への白紙委任という結果になる、これが自民党の政治家などの観測でもあった。
確かに庶民が時の政権に反旗を翻すのは、これまで続けてきた生活が維持できない場面、先行きの生活が見込めない時だ。安倍首相が消費再増税の延期を決めたことも、来年10月から再増税されるものだと思っていた有権者にとって、とりあえず一息ついたのかもしれない。それにアベノミクスで20年間続いた経済の低迷から抜け出せるとは思わないにしろ、他の政権でも無理だろう、と冷めた目で見ているのかもしれない。結局、とりあえずの政権承認の気分が有権者に残っているということだろう。
ただ、個々の政策では安倍政治への批判が多い。原発、秘密法、集団的自衛権、社会保障などは無論のこと、アベノミクスへの懐疑も多い。が、それが自民以外に投票先を変えるまでには至っていない、というのが実情なのだろう。
そんな傾向が現れているのが、選挙への関心度や「必ず投票に行く」という有権者の割合がかつて無く低いことだろう。投票率も50%代半ばぐらいだと予測されている。低投票率になれば、業界票や宗教票に依存する自公の与党に利するわけだ。
選挙結果の予測で次に顕著に現れているのは、いわゆる第三極政党の低迷だ。消滅したみんなの党は言うに及ばず、維新の党、次世代の党など、軒並み議席を減らしそうだ。要するに中間政党、自民補完勢力の弱体化だ。有権者が本家の自民党に白紙委任するかぎり、それらの補完勢力の出番は少なくなるのは当然のことでもある。
唯一野党で健闘しているのが共産党だ。比例区を中心に議席倍増の,見込みだという。自民党に真っ向から対決してきたのがその理由だそうだ。共産党の躍進傾向は、前回の都議選や参院選でも現れた。仮に自公の与党圧勝だとは言え、明確な反自民の野党の躍進は歓迎すべきだろう。
◆草の根からの対抗勢力づくりを
仮に選挙が与党圧勝の結果に終わっても、安倍逆流政治に敢然と対決していくことは重要だし、それは可能なことだ。
この間の脱原発の直接行動、それに特定秘密保護法や集団的自衛権反対を掲げた首相官邸などの直接行動は、現在も続いている。そうした自分自身の声を直接政治に反映させるという直接民主主義の重要性はこれまで以上に高まるだろう。
直接民主主義と重なることだが、それ以上に既存体制に挑戦する中間組織を通じた,より働く場や生活の場に近いところでの闘いが重要になる。労働組合や各種NPOなどの闘いだ。今回の選挙の争点の一つにもなった「生涯派遣」や「残業代ゼロ」に通じる安倍政権による労働規制の緩和など、一義的には労働者、労働組合の闘いの課題だからだ。あちこちの企業、職場,地域で、雇用破壊や生活破壊をもたらす労働規制の緩和に対しては、まず労働者や労働組合の闘いが問われる。それなくして政治の舞台での攻防戦に勝利することは見込めない。
なかでも重要なのが、非正規をはじめとする不安定で低処遇の非正規労働者を組織化する活動、連合に集まる企業内組合、御用組合を労働者のための闘う組織に改造する取り組みや闘いだ。
現にその企業内組合や連合労組の堕落した姿の具体例がまた一つ報じられた(11月30日朝日)。ブラック企業への対応をめぐる労働者の態度を調べた調査だ。それによると、自分が働く企業がブラック企業ではないかと感じた労働者のうち、所属する労働組合に相談した割合が、なんと0・9%しかなかったという統計だ。個々の労働者にとって、もっとも頼りになるはずの労働組合をその構成員である労働者がまったく信用していないという、ブラックジョークともいうべき冷厳な現実だ。労働組合に相談しても、それが経営者側に即伝わり、逆に不利な扱いを受ける、という実情の結果だろう。そんな組織など、本来は労働組合などといえるものではない。そうした労働組合を改造することは極めて困難な課題だが、避けて通ることが出来ない現実なのだ。1人1人の労働者の奮起が、それを支援する仲間の輪が不可欠だ。
今回の衆院選は、安倍首相の思惑が功を奏し、自公の与党が圧勝する見込みだ。しかし、私たちは闘いを止めるわけにはいかない。本来の草の根、現場から闘いを拡大していく以外にない。(廣)
「エイジの沖縄通信」(本土と沖縄のかけ橋をめざして) <NO.3>
「仲井真氏と故菅原文太さん、どちらがウチナーンチュなのか」
1.仲井真氏の再度の裏切り
昨年の12月、沖縄県民の期待を裏切り埋立申請を承認した仲井真知事。県知事選の落選は当然である。なのに、退任4日前の5日、沖縄防衛局が提出した埋め立てに関する辺野古工法変更申請3件のうち、2件を承認してしまった。
関係者によると、落選後「レークダック(死に体)」と自から表現し、変更申請の判断の先送りを示唆していたが、11月下旬に上京して安倍首相や菅官房長官と面会してから風向きが変わったと言う。
どうも仲井真知事が工法変更申請を承認しそうだと聞いた市民団体は、急きょ県庁前での座り込み抗議行動、仲井真糾弾のビラ配布などを取り組み、県民に抗議の声を上げようとアッピールした。承認前日の4日には「止めよう辺野古新基地建設!12・4県庁包囲県民大行動」が行われ2,200人の県民が結集し、「(印鑑)押し逃げは許さない」「県民の民意を尊重せよ」との抗議の声が県庁前に響いた。
ここで県民をまた裏切り、昨年の12月から1年間沖縄県民を裏切り続けた仲井真知事。ヤマト政府の手先・代弁者になり下がり、安倍政権に忠誠を尽くした仲井真知事。「あなたは本当にウチナーンチュですか?」と問いたい。
この仲井真知事の再度の裏切りをバネにして、今「オール沖縄」の県民は「公約違反・裏切り自民党衆議院議員4名」の落選をめざし、沖縄1区~4区の選挙戦を戦っている。この記事が皆さんに届く頃には選挙結果が出ていると思う。
2.故菅原文太さんの沖縄応援
菅原文太さんは、沖縄の米軍基地問題にも強い関心を持ち、沖縄に何回も足を運び支援を続けてくれた。特に、今年1月の稲嶺進名護市長の選挙応援、そして翁長雄志県知事選には体調不良を押して「1万人集会」に参加。
この1ヶ月前の「オナガ雄志うまんちゅ1万人集会」でのスピーチは、多くの沖縄県民の心に残っている。
1万人集会の会場・セルラースタジアムの野球場に1万4千人が大結集。演壇に登場し「ピッチャー交代」の一言。さすが名俳優。「仲井真さん、弾はまだ一発残っとるがよ」と迫真の演技。万雷の拍手、聴衆を沸かせた。
辺野古基地建設に断固反対しテント村にも足を運んだ菅原文太さん。その訃報が届いた2日、辺野古新基地建設に反対する市民らは、米軍キャンプ・シュワブゲート前で集会を開き感謝と黙祷をささげた。
81歳を迎えた菅原文太さんは、安倍政権の露骨な右傾化、「戦争のできる国」づくりに人一倍危機感を持ち、最後の闘いに挑んだと言える。
琉球新報社長との対談で「基地問題に対する国民の無関心には、日本が戦争をきちんと精算しないまま戦後70年近く経過したことも影響している」と指摘。そうした思いの菅原文太さんが残した“遺言”とも言える『日本はいま危うい局面にある』を少し長いが紹介したい。(「日刊ゲンダイ・2013年8月29日号」より)
★「今の日本は真珠湾攻撃をした時と大差ない」の紹介
毎年8月になると太平洋戦争を思い出します。日本が戦争に負けた昭和20年(1945)当時、私は小学6年生で、宮城県栗原郡(現・栗原市)の小さな村に住んでいました。
敗戦が近づいた頃のこと、仙台の街がB29の空襲を受けましてね。家の屋根に上ってかなたを見ると、夕暮れの薄暗がりの中で爆撃機がパラパラと焼夷弾を落とし、一面に炎が立ち上る光景が見えました。仙台とは100キロも離れているのに、無数の爆弾がまるで七夕の銀色の短冊のようにキラキラ光り、街全体を炎で赤く染めていたのをよく覚えています。
空襲は受けたけど、怖いとは思いませんでした。都会から離れたところに住んでいたこともありますが、大人の話を聞いて日本は勝つと信じていたからです。敵艦を何隻轟沈したという発表が幾度もあり、大人たちが「日本は勝ってる」と言うものだから、子供心に「日本は強いんだ」と信じていたんです。
ところが8月15日になり、いきなり玉音放送で「負けました」となった。ガーガーと雑音を発する祖母のラジオを叩きながら天皇のお言葉を聞いて、本当にびっくりしました。あとで聞いたら、大本営のウソの発表を疑問視する人たちもいたとか。「こんな戦争負けるよ」と言いたいけど、警察が怖くて言えない状況だったんですね。
だけど、考えてみると敗戦の兆しはあったんです。私の村でも出征のたすきを掛けた若者が「行ってまいります」と戦地に出かけ、その多くが命を失いました。現代では考えられないことですが、私も大人も、死に対する感覚が麻痺し、「戦争なんだから死ぬのは当たり前」というような錯覚に陥っていた気がします。
私の父の弟は37歳でルソン島に派兵されたのを最後に、いまもって行方が分かっていません。戦死扱いとされていますが、どんな死に方をしたのか遺族も知らされていないのです。父の兄は外地から復員するも、戦地で患ったマラリア熱が完治できず、死ぬまで発作に苦しみました。
私の父は中支(中国)で軍事物資を運ぶ輜重隊の隊長を務めたのち生還しましたが、戦争については一言も話しませんでした。あの時代、沈黙を通した人は父だけではありません。みんな、悲惨な現実を語りたくなかったのでしょう。
国外のあちこちで日本軍は米軍に押しまくられ、「救援を送れ」と要請しても兵隊は来ない。兵士は軍と国に見殺しにされ、昭和18年ごろからはアッツ島を皮切りに兵士の玉砕が繰り返されました。沖縄では兵隊のほかに大勢の民間人が巻き添えになりました。それなのに、軍隊のある参謀などは玉砕が怖いので「本土に用事があるから」と口実をもうけて沖縄を離れました。命惜しさのあまり部下と民間人を置き去りにして逃げたのだから、あきれた話です。
言い出したらきりがありませんが、すべては当時のリーダーたちが無謀な開戦に突っ走った結果です。
しかし現実の日本はどうでしょうか。私の目には、日本はいま非常に危うい局面にあるように見えます。
安倍政権は内閣法制局長官を交代させてまでして集団的自衛権の解釈の見直しをはかり、憲法を改定して自衛隊を国防軍にしようとしています。平和憲法によって国民の生命を守ってきた日本はいま、道を誤るかどうかの瀬戸際にあるのです。真珠湾攻撃に猛進したころと大差ありません。
いつの時代も為政者は国民を言葉たくみに誘導します。問題になっている沖縄の基地の件だって、彼らに利用されかねません。「沖縄に米軍は要らない」という国民の言葉を逆手にとって、政府が「米軍がいなくても大丈夫。自衛隊が国防軍になり、海兵隊の役割を果たしてくれるから安心してください」と言えば、国民はコロリとだまされ、国防軍化を許してしまうかもしれないのです。
その結果、自衛隊は本物の軍隊になり、米国が始めた戦争にいや応なく巻き込まれてしまいます。しかも米国は日本を自分の属国と見ているのだから始末が悪い。「俺たちに逆らったら、締め上げるぞ」と恫喝されたら最後、日本は逃げられなくなります。こうした数多くの悪要因の中で、日本が世界に誇る平和憲法が骨抜きにされ、戦争に突き進んでしまいかねないのです。
「まさかそこまで?」と笑われるかもしれませんが、いまの自民党は「ナチスに学べ」というバカな発言をした副総理を更迭できないほど自浄作用を失っています。実に恐ろしい状態です。
改憲派の政治家はよくこう言って現行憲法を否定します。
「いまの憲法は戦後、GHQに与えられたものだ。なぜ、進駐軍にもらった憲法を守らなければならないのか。そろそろ自分たちの憲法を持つべきだ」
この認識は正しいとはいえません。知り合いの学者に聞いた話ですが、いまの憲法は日本人が作成した草案を参考にして作られたそうです。社会統計学者で社会運動家だった高野岩三郎や法学者の鈴木安蔵らの「憲法研究会」が、敗戦の年に発表した「憲法草案綱領」がそれです。
この草案には、主権在民や基本的人権という民主的な概念が盛り込まれていました。GHQのある将校は非常に優れた憲法草案だと高く評価し、新憲法作成の下敷きにしました。
いま大切なのは、われわれ国民が政府のデマゴギーにそそのかされず、自分で考えることでしょう。書物や新聞を読み、多くの人の話を聞いて、平和を維持するために自分は何をするべきかを模索する。熟慮の末に真実を知れば、戦後ひとりの戦死者も出していない憲法9条がいかに素晴らしいものであるかが分かるはずです。
戦前のようにタカ派政治家たちの言葉に踊らされてはいけません。
故菅原文太さんを追悼すると共に、その志を引き継いでいこう!(富田 英司)
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荒れ模様の天候を突いて「もんじゅを廃炉へ!全国集会」に600名の結集!
12月6日朝、車で敦賀に向かうも、行く先は雪でチェーン装着となり、米原からJRに乗り換え要約敦賀着。駅前は大雪で、「もんじゅ」を望む白木海岸での原子力機構への抗議申し入れ行動は中止になる。市内での屋内集会のみの開催(敦賀駅前までのデモも中止)となり、これに参加する。
大雪を突いての参加者は600名、それにしても、出発点の阪神地域は晴れで、敦賀は雪に埋もれるような天候。もしこういう天候の日に、「もんじゅ」や関電の原発群で事故でもあったらどうなるのか。避難できるのはきっと少数で、多くの人々が被曝するだろう。 (折口)
「もんじゅ」は廃炉!核燃料サイクルやめろ!原発再稼働反対!
主催者が福井県と敦賀市、及び近隣市町に提出した「もんじゅ廃炉への要望書」
2012年11月、高速増殖炉もんじゅで約9700ヵ所もの点検漏れが発覚しました。その後もさらに増え14000点を超える未点検が明らかになりました。また今年に入っても7月~8月に行った保安検査で、ナトリウム漏えい監視カメラの3割が故障したまま放置されていたと明らかになりました。ずさんな管理を何度も何度も繰り返し、その度に組織改革・意識改革が強く指摘されたにもかかわらず、その体質は一向に変わっていません。日本原子力研究開発機構(以下原子力機構)は、原子力規制委員会から保安規定違反により、体質改善が充分行われるまで、運転再開の準備を禁じられるに至っています。原子力機構に、軽水炉原発より比べものにならないくらい危険だと言われるもんじゅを運転する資格などありません。
もんじゅは現在停止中にもかかわらず1日約5500万円とも言われる維持費がかかり、これまで約1兆円もの巨費を投じてきています。しかしまともに動いた試がありません。さらに安倍政権が打ち出したエネルギー基本計画の中でもんじゅは、高速増殖炉から高速炉となり本来の目的である「増殖」が抜かれ、役割も高速炉として高レベル放射性廃棄物の量を減らす「減容化・有害度低減」の研究炉として延命を図ろうとしています。もんじゅに関連した施設として茨城県東海村にあるリサイクル機器施設(RETF)も廃止し、もんじゅの使用済み燃料の再処理を行う研究施設だったのを、再処理で生じた高レベル放射性廃液のガラス固化体を輸送容器に詰める施設として活用することになりました。高速増殖炉の実用化の目途がまったく見失われ、もんじゅの存在意義が否定されていると言えます。そのようなもんじゅにこれ以上の血税を投入することの意義は見出されません。
さらにもんじゅには、原子炉施設直下の活断層や破砕帯の問題があります。原子炉建屋直下にある破砕帯が炉心の西約500メートルをほぼ南北に走る活断層「白木(しらき)-丹生(にゅう)断層」(約150キロ)と連動して動くかが現在最大の焦点となっています。問題の破砕帯が活断層かどうかの調査・議論は長期化し、それにより運転再開への道は大きくずれ込むことは確実です。
炉心の冷却材に液化ナトリウムを使うもんじゅは、炉心の冷却機能を喪失したときに、軽水炉の原発と違い、外部から大量の水を注入して冷却することはできないという根本的な欠陥を持っています。原子力規制委員会は、もんじゅに対する安全基準を軽水炉に準じた多層安全設備を要求していますが、これとて根本的な安全対策となっていません。住民避難も、30キロ圏内に福井県、滋賀県、岐阜県が含まれていますが、それぞれの安全対策は不十分なものです。特に原発立地自治体と違い、安全協定もなくリスクだけを背負わされる周辺自治体は、もんじゅから何らの恩恵も受けていません。危険だけを押し付けられる人々にまともに説明さえしていないこれまでの在り方は、不安と不信を増大させるだけです。安全性にも開発の先行きにも不透明感が増すもんじゅに未来はありません。ついては、下記の点を強く申し入れるものです。
1.将来性のないもんじゅに固執することなく、住民の安心・安全の立場から廃炉を国・事業者へ働きかけてください。
2.国に核燃料サイクル政策からの撤退を求めてください。
3.出てきた放射性廃棄物の具体的処理・処分の説明を求め、その実現性についても具体的に求めてください。あわせて、これ以上放射性廃棄物を増やさないよう求めてください。 以上
アベノミクス失墜 日銀ご乱心
◆OECDの成長予測下方修正続く
11月25日のOECD成長率予測(日本14年)は、二期続けての下方修正。
9月の大幅下方修正値0.9%。今回さらに0.4%となった。日本の場合、3月の駆け込み需要という「ゲタ」を履いているが、それでも来年早々に出る確定値はほぼゼロかも。同じく不況に悩むEUだが、それでも予想は0.8%です。
これを14年「度」という日本風のスパンで見れば、GDPマイナス成長の可能性も出てきた。アベノミクスの失墜はもはや確定的しょう。
思い起こせば、総選挙で惨敗した「何も決められぬ」野田内閣時の12年のGDP成長率が1.5%なので、今から振り返るとりっぱな「成果」にみえるからなんともおかしい。
「雇用回復」と「二%賃上げ」しか言えない安倍首相。ところが実態は正社員は減少、非正規が増えただけ。そのうえ約三%のインフレが進行中で、どうりで16カ月実質賃金減少が続いているわけです!
◆日銀 リフレ派独裁へ
[朝日11月25日]
日本銀行は25日、追加の金融緩和を決めた10月31日の金融政策決定会合の議事要旨を公表した。
激論の末、2%の物価目標の早期達成にこだわる賛成派(黒田派)に押し切られた。
政策を決める政策委員9人(総裁、副総裁2人、審議委員6人)のうち賛成は5人、反対は4人だった。
加えて、複数の委員が「物価目標の達成は2年程度の期間に過度にこだわるべきではない」と主張。さらに、「(追加緩和で)円安が進めば、景気回復を下支えしてきた内需型の中小企業への悪影響が懸念される」と警告する委員もいた。(朝日ここまで)
黒田さんがゴリゴリと押し切ったようで。
日銀の「激論」は、何が何でも2%のインフレを目指す黒田派と、その目標を柔軟に目指そうとするグループの争い。どちらもどちらではありますが、反対意見の方がまだしもまともです。
◆要注意! 黒田流2%インフレ
しかし、ここで大きな疑問が生じます。というのは、この一年間の物価上昇は現時点で2.9%。「日銀目標の2%を越えている」のでは?
と思いきや、消費税増税による物価上昇を2%と日銀は読み込んでいるとか、その分を引くとインフレ率はコアで0.9%となります。目標の2%にははるか遠いと黒田さんは考えているご様子。
ということは、なんと恐ろしや。消費税増税分の2%プラス、コアの2%インフレで合計4%の物価上昇を黒田さんが目指していると言うことです!
しかし、10月31日の、日銀は国債買い入れ額を年間50兆円から80兆円に拡大した。
この「追加緩和策」は年金運用独立法人が大量に株式市場に資金を回すために、30兆円の国債を売却する(日銀が買う)舞台造り。だからインフレ押し上げ効果は乏しいと見られます。
つまり、今回の「追加緩和」は、露骨な株価押し上げ策なのです。少なくとも1年目は。ということは、黒田さんは「追加緩和」を今回限りではなく、来年も再来年もやる、コアインフレ2%になるまでやる気でしょう。
◆コアインフレ2%にこだわる理由・・なぜ?
黒田さんのインフレ2%とは、「2%の物価上昇」ではなかったのです。その理由は何んでしょう?
消費税増税は、価格転嫁できた大企業でも基本的に国庫に入ります。大企業に利益を直接もたらしません。
それに対して、コアのインフレは全く別な意味を持ちます。
そもそも大企業は2~5%のインフレがお好みです。(これを越えると企業の再生産の混乱が予想される。)理由は明快。インフレはそれ自体で大企業にインフレ利得を与えるという事ですから。
だから黒田さんは、増税による価格上昇2%を別枠であるとし、コアのインフレ2%を追及しているのでしょう。安倍首相と黒田さんは2%づつ国民大衆から追加徴収して、国家財政と大企業の恵みを追及しているのです、許せます?
◆五里霧中の黒田さん
そもそもリフレ派=日銀は、大緩和にもかかわらず市中貨幣数量の増大にわずかしか成功していません。そうなのです、30年前ならとっくにインフレ大爆発だったでしょう。 ところが流通する貨幣数量を増やそうとしても,金融市場や海外投資へと向かい、肝心の国内商品市場にあまり向かっていきませんから。
第2に、こちらがもっと重要ですが、今回の様に過剰貨幣が少しばかり商品市場に流れ込みインフレになっても、景気が回復するとは限りません。
現在日本では、企業では本業の利潤が上がらず、そこで国家・日銀が人工的に無理やりインフレを起こして、どうなるのか?
それが現在進行中と考えられるスタグフレーションなのです。
消費税増税由来の物価上昇を日銀は「真正インフレ」とは考えていないようですが、結果は同じことです。インフレなのです(黒田さんは実は4%インフレを目標にしているのです)。
つまりは人々の購買力の縮小です。同じ二十万円の給与でも、4%物価が上がれば購買力はその分縮小します。貨幣価値の下落なのです。個人消費を縮小させ経済の足を引っ張る。
消費税増税や円安=輸入インフレというジャンプ台を通じて、インフレがゆっくりと作動し、この要因も加わって賃金は15ヶ月連続、個人消費は13ヶ月連続で下降しています(11月現在)。結局はGDPの下降にも現れています。これはスタグフレーションです。
◆禁じ手乱発黒田さんにムーデーズ国債格下げ
[11月5日 ロイター]
日銀の国債購入は「ブラックホール」の様相を呈し始めている。政府が発行する国債は日銀が吸収し続け、そこから2度と市場に出て来ない──。少なくとも、それが投資家の信じたいことだ。
日銀の国債保有額はすでに約200兆円に上り、公的債務残高の24%に相当する。公的支出が大幅に増減しないと仮定すれば、来年には国債発行残高のさらに7%が日銀の重力に吸収されることになる。このペースが続けば、2018年までには日銀が国債の半分を保有することになる可能性がある。(ロイターここまで)
日銀の国債直接引き受けは、御法度。禁じ手。これはわかりきったことです。戦前の財政破綻からの教訓なのです。しかし、現在の日銀は実態として戦前と同じことをやっていますね。
「米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスは1日、日本国債の格付けを上から4番目の「Aa3」から5番目の「A1」に1段階引き下げると発表した。」(朝日12/1)
3年前イタリア、スペインを襲ったソブリン危機。日本だけがフリーであるわけはないでしょうが。
「(黒田総裁が)財政規律は政府・国会の責任で、中央銀行が責任を取る問題でない」と反論、「日銀に課せられた課題は2%の物価目標の早期達成だ」と強調した。(11/19ロイター)
みんなが無責任になって、他人のせいにする。メド(出口戦略)もないまま日銀券の大バーゲン。一方、安倍政府は無分別に財政雪だるまの道を突き進んでいます。そのツケ払いに消費税再増税ですか。いい加減にしてください!
国会も等閑視され、このような無謀な政策をチェックする機能がないのもとても問題です。(竜)
「田母神」を読む 論文『日本は侵略国家であったのか』③
植民地支配はあったが 侵略はなかった?
侵略なしに植民地支配を確立した 不思議
「我が国は満州も朝鮮半島も台湾も日本本土と同じように開発しようとした。当時列強といわれる国の中で植民地の内地化を図ろうとした国は日本のみである。我が国は他国との比較で言えば極めて穏健な植民地統治をしたのである。」(田母神論文『日本は侵略国であったのか』以下引用は同じ)
日本は他の列強諸国とはひと味違う「ソフトな植民地支配を実施した」と、ひきつづき他母神氏は言い張る。
【参照 前回ブログhttp://ameblo.jp/masatakayukiya/entry-11944775737.html 】
なんとも情けない言い訳だとおもうが、それでも氏がようやく戦前日本が「植民地支配」を中国や朝鮮地域で行ったことを認めてくれたわけだ。そのことは大いに評価したいところだ。
それにつけても不思議なのは、氏がこの「植民地支配」が軍事的暴力なしで実現したかに描き出していることだ。中国・朝鮮の植民地支配は存在したが「侵略」はなかった、と。
「我が国は満州や朝鮮半島や台湾に学校を多く造り現地人の教育に力を入れた。道路、発電所、水道など生活のインフラも数多く残している。」
「満州の人口は何故爆発的に増えたのか。それは満州が豊かで治安が良かったからである。侵略といわれるような行為が行われるところに人が集まるわけがない。」
「農業以外にほとんど産業がなかった満州の荒野は、わずか十五年の間に日本政府によって活力ある工業国家に生まれ変わった。朝鮮半島も・・・」(田母神論文)
しかし、本国の政治的そして経済的支配を、武力の行使や圧力で現地住民に押しつけたのが植民地支配である、と私は理解する。その過程は「侵略」でしかありえないだろう。
事実、江華島事件(1875年)をきっかけに開始された、日本の大陸進出の過程は侵略そのものではないのか。
当時は朝鮮半島をめぐる日本、ロシア、清の三つどもえの抗争のなかで、日清戦争(1894)、日露戦争(1904)で次々とライバルを駆逐して支配権を確立したのが、ご承知のように日本である。
朝鮮民衆の反乱、知識人の抵抗運動や独立運動も弾圧や分裂で壊滅した。
一旦、植民地支配が確立すれば、例えば本国たる英・仏・日などによるインフラ整備や経済事業が開始される。また宗主国による治安が実現しうるが、それが植民地であり侵略であった本質を一つも変えるものではない。
氏の理屈は、物事の上っ面をなでているだけだ。銃声や軍事衝突が収まり治安が維持されたら「侵略」ではなくなるのだろうか。目をつぶっても世界が消滅するわけでもないだろうに。
関連して論及するが。氏のすり替えは、「従軍慰安婦」問題を「強制連行」があったかどうかに問題を矮小化するのとよく似ている。
物事の本質は、銃剣で連行した場合でなくとも、ダマしあるときはお金で誘導し、本人の意志に反して性奴隷として扱われたこと、そして重要なのはこれに軍=日本国家が噛んでいたと言うことだ。
●苦しい立場の田母神氏
それとも氏は、軍事的圧力や直接の進軍なしで、つまり侵略しないのに「植民地」というものを日本は獲得したと言うのだろうか?こんなとんでもない歴史がホントにあるのか?
「日本陸軍のみなさん、天皇さん、私たち中国の土地を皆さんの植民地に差し出します」とか?ww
たしかに、田母神氏は苦しい立場に陥っている。
氏も百歩譲って日本の「植民地支配」は認めた(当時の英独仏もしていたから何が悪いか、という氏の論理だが)。
しかしあくまで「侵略は認めない」。当論文のテーマが、日本の侵略を否定することにあるのだから、このレッドラインを越えて後退したら、氏の企図は玉砕してしまう。
苦し紛れにこんなこともいう。
「現地の人々はそれまでの圧政から解放され、また生活水準も格段に向上したのである。」
(同)
田母神氏は「戦後レジュームからの脱却」をめざして、論陣を張っている。戦勝国の作った「過てる戦後史」を覆そうというのなら、客観的な資料を自ら提出すべきなのだ。個人的希望や創作を繰り広げる意味は無い。
日本による植民地支配が、朝鮮・満州国民生活の向上と「解放」であったとは誰のどの様な研究に基づくものか、それが示されない限り一顧だに値しない暴論だ。
●田母神氏も否定し切れない「侵略」
「対華二十一箇条の要求について合意した。これを日本の中国侵略の始まりとか言う人がいるが、この要求が、列強の植民地支配が一般的な当時の国際常識に照らして、それほどおかしなものとは思わない。」(同)
田母神氏が「おかしなものでない」と言っても、「二十一箇条要求」は日本の軍事力を背景にした中国植民地化の要求のオンパレートーだ。まさに侵略と植民地化の重要な一里塚だ。「悪いやつは他にもいる、みんなやっているじゃないか」というのは子供じみた言い訳だ。通用しない。
【対華二十一箇条の要求は前々回http://ameblo.jp/masatakayukiya/entry-11939795919.html 】
そもそも「みんながやっているから」侵略ではないのですか?「みんながやっても」侵略は侵略ではないのですか。苦し紛れとはいえ言い訳もよく考えてからしていただきたい。
「また我が国は蒋介石国民党との間でも合意を得ずして軍を進めたことはない。常に中国側の承認の下に軍を進めている。1901年から置かれることになった北京の日本軍は、36年後の廬溝橋事件の時でさえ5600 名にしかなっていない。このとき北京周辺には数十万の国民党軍が展開しており、形の上でも侵略にはほど遠い。」(同)
田母神氏は何が言いたいのか。北京に五千六百名の日本軍がいたが、中国軍よりははるかに少数なので「侵略ではない」と?相変わらず枝葉の話しではぐらかせようとしている。
全体の流れを見るべきだ。日本軍はすでにその時点(1937年)で朝鮮半島と満州の支配を確立していた。「廬溝橋事件」とともに蒋介石政権との全面戦争(日中戦争)に突入。その1年後には五十万から六十万の日本軍が上海、杭州、南京、徐州、武漢、広東などに展開することになる(ブリタニカ)のであるから、「侵略」の事実を否定することはできない。高校生ならみな知っていることばかりだが。
ついでながら日中戦争での死者は日本軍人百三十三万、中国側は三百万とされている。日本帝国軍隊と国民党軍、共産党軍との闘いの結果だ。田母神氏はこれらの数字なら納得であろうか?これでも「侵略戦争はなかった」と言うのだろうか。
枝葉ではなく森全体を見れば、「侵略戦争」を否定しきることなどできはしない。「事実」とは枝葉ではなく事象の連関全体を見ることでしょう?(也)
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コラムの窓 ・・・地方創生!“まいうー”と賞賛し、消費を喚起するだけで良いのか?
テレビ放送のグルメを含む総合・バラエティ番組で、地方や各所の産物・グルメや伝統工芸・技術など盛んに取り上げられ、宣伝されている。テレビの前で、居ながらにしていろんな情報や知識を得るのは結構飽きないものである。
しかし、グルメレポートで「まいうー」とか「美味しい」と言って、褒めたやすのは、好き嫌いのある小生には、少し違和感を感じる。
出演しているリポーターは、すべてを食べ尽くし、そう感じて、報道しているのであろうが、報道を見ていると、焼き上がったばかりの食物を、熱くてまだ噛めないのに、熱いのを我慢し「美味しい」と言ったりし、そのほとんどが一口入れただけの評価が報道されている。
リポーターにはひとつとして好き嫌いは無いものなのか(「ありがとう」の思いを込めて「まいうー」を言い始めたとされる食リポーター石塚英彦はネギが嫌いで、料理にネギが使われている場合は「平静を装いながら、視聴者に分からないようにネギをカメラの死角へと隠し、料理を食べる」というテクニックを独自に習得したと言っている)、等々、いやな顔や怪訝な表情一つとせずに、あまりにもすべてを褒め称えすぎているのではないだろうか。
「うまいものはうまい」と言ってしまえばそれまでかもしれないが、例えれば、東西に長く、寒暖の差がある日本の、北海道ラーメンと沖縄ラーメンには"うまさ"の違いが実際にはあるのに、一言『まいうー』と言って終わりでは少し味気ないと思う。
その土地の気候や風土・土地柄、など含めてリポートしてもらえれば、同じ『まいうー』でも、その"うまさ"の違いを感じると思うのだが、どうだろうか!
こうした地方の産物・グルメや伝統工芸・技術などの報道は『ふるさと創生』に一役買ってはいるが、特定の地域や店舗に向けての、人々の消費意欲を高め、一時的ブームを創りだすことは出来ても、依然として農業等の第一次産業は先細り、商店街はシャッターの降りた店ばかりである。
消費意欲の喚起だけでは限界がある。!
地方創生のためには、第一次産業と他の産業との結合や気候・風土などあらゆる面での考察が必要であり、山が多く、田畑の耕作面積は小規模なところが多い日本の現状を考慮し、重労働の軽減と効率化のための機械化導入などと合わせて、分散した小規模経営を如何に統合し、生産力を高めていくのか?!新鮮な発想が必要なのである。
☆ ☆ ☆ ☆
アベノミクスの一つに「地方創生」事業がある。
安倍政権は「景気回復、この道しかない。」とアベノミクスを強調し、「地方に実感が届く景気回復を加速させ」「やる気のある、志の高い自治体」を地方創生特区に指定し、農協改革の推進や国家戦略特区で、産業や雇用の創出を目指す考えを示している。
そもそも、「地方創生事業」政策は安倍内閣が新しく考え出したものではない。アベノミクス政策のほとんどが、従来から自民党政権が行ってきた政策の物まねかその延長線上にあるように、アベノミクスの「地方創生」もその一つに過ぎない。
地方での産業や雇用の創出政策は田中角栄内閣の「列島改造」政策から、1988年から1989年実施の竹下登内閣が発案した公共事業政策(「ふるさとづくり特別対策事業」として1億円を各自治体に配布し、その使い道を自治体に任せた)等々、数十年言い続け、多少の違いがあるが、基本的には地方交付税を地方に“ばらまき”その資金をもって活性化を図ろうとするものである。
国家による有効需要の「創生」という政策では、アベノミクスの財政政策における“大胆な金融緩和と機動的な財政政策”の導入は、基本的には何も従来の政権の政策と変わっていないのである。
その為に国家財政は、負債総額が1000兆円を超すほどになっており、有効需要(好景気?!)をうみだす為の財政政策と財政赤字の増大というジレンマに陥っているのが、現代資本主義社会の実態なのです。
まさに現代資本主義経済は行き詰まっているのであり、そこからの脱出は基本となる資本主義経済そのものを見直して、新しい経済構造を創りだしていくしかないのだが、まだまだその未来を描ききれず、資本主義経済にしがみつき、それを風習しつつその手直しによって乗り切ろうとする勢力が強く存在している現状では、その対局となる新しい勢力を結集する地道な活動が求められているのである。(光)
色鉛筆・・・ 待機児童解消の認定こども園は増えない!
幼稚園と保育園のふたつの機能を持つ「認定こども園」は、来年4月に始まる「子ども・子育て支援新制度」の看板として拡充をめざしているが、ここにきて問題がおきている。認定こども園は今年4月1日時点で全国に1359カ所、定員割れが増えている幼稚園が移行して認定こども園が増えれば、保育園に入れない待機児童を減らせると安易に考えた政府だったが、思うように進んでいない。認定こども園はいま、文部科学省と厚生労働省から補助を受けているが、新制度では内閣府所管の補助に一本化され、仕組みも変わり、園児が多ければ事務の人件費など効率化できるとし、園児1人あたりの補助額が低くなった。大規模なこども園を中心に減収が見込まれる施設が相次ぎ、認定を返上して移行を見合わせた幼稚園も少なくないという。
また、7月に国が実施した調査では、全国の私立幼稚園約6800園のうち、新制度が始まる来年度に認定こども園に移行する、と答えたのは約830園でたったの12%というのだから驚く、この新制度への不安があるから増えていないのだ。こども園の認定を返上しようとしている問題がおきると内閣府など3府省は補助金を増やす方針をだしたが、財源が確保できるかどうかわからないのに口先だけはうまいのだ。
私が保育士として働いている自治体の市長は、公立の幼稚園と保育園を来年の4月より認定こども園に全面移行することを決め、何故か政令市20市の中、我が市だけが全面移行だ。ところが、幼稚園では保育室の増設はなく給食室の設置もないので、3歳未満児は入園することができなく待機児童解消のためにこども園に移行するという目的はどこかにいってしまっている。市内の私立幼稚園53園のうち移行するのは11園、私立保育園59園のうち移行するのは6園だけという少なさで、『私立の幼稚園保育園が移行を進めるにはまず公立から移行しなければならない』と、後先考えずにつぱっしった市長が言ったようだ。こども園になるとどう変わるか園長より話があったが、保育時間が今の8時間から11時間になるというのだから私たち保育士に負担がかかってくることがわかった。今でさえ仕事の量が多く責任を果たすためにただ働きしたり家に持ち帰っているのだから、保育士を増やしてもらわなければならない。
やはり、認定こども園は待機児童解消の根本的な解決策ではなく安上がりの保育への移行ということになる。現行の補助金制度の下でも待機児童の解消は十分可能だ言われている。今回の無駄な選挙費用約700億円もあれば・・・そしてお祭り騒ぎな東京オリンピックのスタジアム建設費2000億円もあれば・・・新設の保育園がいくつできるだろう。お金が無いのではなく使い方に問題があるのだ!無駄なものではなく今、生きていくのに困っている人たちのために必要なものにお金を使うべきだ。(美)
特定秘密保護法、施行されてもあきらめずに廃止めざそう!
12月10日、ついに「特定秘密保護法」が施行され、私たちは国家的情報コントロール下におかれることになってしまいました。もちろん、これまでも官僚たちは情報を私物化し、隠したり捨ててしまったり好き放題していました。問題は、懲役10年という恐るべき刑罰で情報への接近をあきらめさせようとしているところににあります。
とりわけ、公安警察が幅を利かせ、これまで以上に露骨に労働運動や市民運動への弾圧を強めてくることでしょう。法の廃止をめざす一方で、こうした圧力に屈することなく、これまでと同じように活動を継続しましょう。
今日、神戸で行われた昼デモに参加しましたが、そこで敗戦の翌日(1945年8月16日)東京の空は煙に覆われていた。それは書類を燃やす煙で、やがてやってくる占領軍に見られては困る書類だったということです。侵略戦争という悪事を隠蔽すること、国家官僚や軍部が真っ先にやったことです。
昔も今も、この国の政治を動かしている連中は何も変わっていないのです。テレビでは、識者がこの法律が施行されても市民には何の影響もないと強調している映像が流れています。きっと、この人物の行動範囲においては公安ににらまれるようなものは何もないのでしょう。 (晴)
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読者からの手紙 翁長新沖縄県知事に期待する
私は、毎日天木直人氏のブログをチェックしています。
以前小泉純一郎氏と一騎打ちするために彼の選挙区から立候補した天木氏の選挙支援をしたことがあり、それ以後も彼の動向に注目しているからです。
2014年12月08日のブログは、翁長新知事の最初の仕事は米兵ひき逃げ事件の真相究明だ
というもので、そこで天木氏は、「12月10日に晴れて正式に沖縄県知事に就任する翁長新知事の最初の仕事は、キャロライン・ケネディ大使を訪れて辺野古移転中止を訴えること」だと主張していましたが、
もう一つの主張は「今朝のTBSテレビが報じ、きょうの各紙が報じた。12月4日に沖縄市で米兵によるひき逃げ事件があった疑いがわかったと。
この報道は明らかに不自然だ。4日に起きた事がなぜ今ごろになって、しかも一斉に報道されるのか。報道によれば6日の夜に外務省を通じ米側から沖縄県に「米海兵隊によるひき逃げの疑いがある」と連絡が入ったという。
なぜ沖縄県警がわからずに、米側の通報を受けて外務省が県に連絡してはじめて知る事になるのか。 交通事故が起きれば県警がすぐに知り、調べて、ひき逃げとわかるはずだ。
選挙期間中に面倒な事が起きたから隠そうとしていたのではないか。それが米側の発表で隠しきれなくなったのではないのか。あるいは関係者の内部告発で、メディアの知るところとなり報道せざるを得なくなったのではないのか。
そして政府は報道関係者に対し、大げさに報道するなと要請していたのではないか。この事件を報じる各紙の扱いはあまりにも小さすぎる。翁長知事にはお願いしたい。12月10日に就任したら、就任記者会見で、真っ先にこの米兵ひき逃げ疑惑の真相解明と日本政府の責任を追及してもらいたい。この事件は翁長知事の試金石となるだろう」というものです。
12月11日のしんぶん赤旗は、第15面にこの事を「米兵書類送検へ 沖縄男性重体のひき逃げ」の見出しでやっと報道したのです。事件は12月4日に起きたのですから、余りにも遅いと言わざるをえません。今でもし「米国の事実上の植民地状態にある」沖縄県の住民に対する法的不平等に対する怒りが、共産党には決定的に欠如しているといわざるをえないのです。
しかも記事を読めば、事故を起こした容疑者は何と下士官・兵隊などではなく、何と四十歳の少佐、つまり将校ではありませんか。この将校がひき逃げをして怖くなったから逃げたとの発言をしているのです。この少佐の根底には沖縄県民に対する優越感があり、それが事故後何の罪も意識もなくその場を去ったのだと考える方が自然だと私は考えます。
共産党はなぜこの点を鋭く糾弾しないのでしょうか。そして「米兵書類送検」の新聞見出しは、「米将校書類送検」へと直ちに訂正すべきことだと考えます。
私も天木氏と同様に翁長沖縄県知事のこの件の処理の手腕に大いに期待する者です。(清野)
読者からの手紙 菅原文太さんを追悼する
現代を生き抜いた行動の人 残念の一言・・・
菅原文太さんが亡くなられた。思えば高倉健さんに続いて、昭和・平成を代表するスターの死だ。哀悼の意を捧げたい。
日曜日に菅原さんの訃報をネットで知った。それから3日。追悼文が遅くなったのも私にとってのショックが大きすぎたことが理由だ。
菅原さんは、高倉さんが「銀幕大スター」であったのとはちがう。
理由は二つある。ひとつは「菅原」家は、実は仙台で一時ご近所であった。もちろん当時は高校生であったと思うが、こちらは幼年期、年齢差もあり直接にお会いしたことはない。思い出せば白い柵とバラの美しい庭が印象的だった。
彼の弟さんとは中学校が同じで、中学時代に弁論大会などで活躍していたことを覚えている。
そのときに友人から「あいつが"トラックやろう"で売り出し中の菅原文太の弟だ」と教えられた。当時洋画しか見なかった私は、「トラック野郎」と言う映画をその時初めて聞いたし、「菅原文太」という俳優を初めて知った。
ふたつめの理由は、先月の沖縄知事選挙だ。元気にオナガ候補を支援し勝利に貢献したと思う。そのちょうど一年前、震災復興を問う宮城県知事選挙があった。その時も菅原さんは大胆に自民党の大企業中心の復興路線を批判し、対抗馬の候補者を断固支援していた。
それ以外でも、菅原さんがさまざまな社会活動を通じて、市場資本主義ではなく新たな協同経済社会を模索していたことは、近年しだいに聞き及ぶようになった。
これは想像だが,ご自分でも実践していた有機農業や里山経済、支援していたワーカーズコープなどの新しい動きをもとに、政治的な極づくりも意識していたのではないかと思う。
それゆえに、ショックとしか言いようがない。ほんとうに惜しい方を失った。
せめて彼の情熱を少しでも受け継いでいこうと想う。(文)
読者からの手紙 特別支援学校より 超ヘルシーおから料理
私は支援学校で働いています。
昔は、障害者は家で隠す風潮がありました。しかし、生まれきたすべての子供に教育を受ける権利を与えようと、運動がありました。
そして、色々な方の願いが叶い、養護学校(今は、特別支援学校と呼ばれています)が出来ました。
家のすみで隠されていた子供も学校に通えるようになりました。
その子供達の学校は出来たけれど、高校卒業後の進路は?企業に働く人もいますが、介助を受けたりなど難しい子供達のために、福祉的就労施設がなく、みんなで作っていきました。
陶器を作ったり、豆腐やパンを作ったり、それぞれに頑張っています。その豆腐店で色々購入して、おまけにもらったおからで料理作りました。とても美味しいです。どの子供達も障害に負けないで、卒業後はお給料もらって普通の生活を送って欲しいと想います。
去年は障害者権利条約が国会で批准されました。ちょうど一年前ですね。
障害者に関する法は、リハビリテーションや福祉の観点から考えることが多いですが、障害者権利条約は国際人権法に基いて人権の視点から考えて創られたといいます。
障害のある人の多くが、差別、貧困に晒されていて、特に女性や女の子が家庭内外での暴力、ネグレクト、搾取等にさらされやすい現状です。国際人権法に定められた人権を促進すること明記されているとてもすばらしい条約です。
リハビリテーションは、乱用されると結果的には人権侵害にもなりうる。障害は個人ではなく社会にあるといった視点からの条約なのです。障害も多様性として互いに認めると。
世界はこんなに進んでいるのかと驚きます。
日本では障害者自立支援法というのがありました。とても障害者に不評でした。2年ほど前でしたか 障害者総合支援法と名前は変わりましたが、実際はどれだけ変わったか??
「自立」を謳うのはとてもすばらしいのですが、作業所で働いても働いても障害者は「利用者」として料金をとれらます。差し引きの給料は信じられないスズメの涙金。ひどい搾取です。とても自立できません。
障害者権利条約が、どう活かされるのか今後を見守る必要があります。(あ)
「笑う門には福来たる」(第2回大喜利コーナー)
★今回の大喜利テーマは「ことしの流行語大賞」。
・「ユーキャン新語・流行語大賞」とかけまして
・「集団的自衛権」とときます
・そのこころは「集団的自衛権はダメよ~ダメダメ」
<解説>
皆さんも知っているように、ことし話題になった言葉に贈られる「ユーキャン新語・流行語大賞」の年間大賞には、お笑いコンビ日本エレキテル連合の「ダメよ~ダメダメ」と、安倍政権が7月に行使容認を閣議決定した「集団的自衛権」が選ばれましたね。
年配者の私には、あの女性お笑いコンビ2人のスタイルや「ダメよ~ダメダメ」と言うセリフについて、どうもついて行けない感じをいだいていました。
しかし聞くところによると、この女性お笑いコンビ2人は、色々と苦労を重ねての今回の受賞と聞く。その限りでは、良かったかもしれない。
一方、安倍政権の「集団的自衛権」がなぜ選ばれたのか?疑問を感じたが。そのモヤモヤした気持ちを吹っ飛ばしてくれたのが、斉藤美奈子さんでした。
斉藤美奈子さんの東京新聞「本音のコラム」は、いつも冴えていて読んで楽しいコラム欄です。東京新聞12月3日の「本音のコラム」で、「流行語大賞に『ダメよ~ダメダメ』と『集団的自衛権』が選ばれましたが、これを『集団的自衛権はダメよ~ダメダメ』と読んで、みんなで広めていきましょう」との提起を読み、うん!納得。
みなさん、「集団的自衛権はダメよ~ダメダメ」を広めていきましょう!(四年寝太郎)
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編集後記
衆院選の真っ最中で、各候補の最後の訴えが街中に響いている。投票日は14日、果たして有権者はどんな審判を下すのだろうか。その最終盤の選挙区情勢がメデイアによって報じられている。なんと自民党は300犠牲越え、与党で3分の2の議席を確保する勢いだという。
ワーカーズ本号が読者の手元に届くのは15日。選挙結果の分析などは間に合わないが、たとえ自民党圧勝でも、より身近なところで対抗勢力づくりの闘いに邁進したい。
その身近なところでひとつの前進があった。ヘイトスピーチをめぐる裁判で、最高裁が在特会に賠償を命じたことだ。ただ法規制も必要だが、それ以上に重要なのが大衆レベルでの対抗行動だろう。在特会のデモに対して、それに反対する行動も重ねられている。こうした行動などでヘイトスピーチを許さない規範を定着させてこそ、偏狭な排外主義を封じ込めることが出来る。 (H)
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