ワーカーズ551-552合併号  2016/1/1     号案内へ戻る

 歴史が大きく動きだしたこの一年・・・ 民衆の力をさらに高めよう!

 この一年、安倍政権の強引な手法により防衛装備庁が新たに設置されたのをはじめ、どの世論調査でも圧倒的な「反対」や「慎重な検討」を要求する国民を無視して 九月には十一の安保法案をまとめて強硬可決という暴挙がありました。

そればかりではなくマスコにたいする官邸や自民党による圧力がつよまった一年でした。NHk報道番組はすでに安倍政権の「広報担当」と化していましたが、他の大手マスコミも次々に牙を抜かれ政権批判の「自粛」が強まってきました。少しでも批判的な著明コメンテイターやキャスターは狙い撃ちの状態です。次々と降板が決まっています。

 さらに深刻なのが、司法のロコツな政権よりの判断・判決が続いていることです。典型的なのが四月の福井地裁の「高浜原発差し止め判断」でした。ところがそのごその裁判長は更迭され、関電の申し立てで上記判判決が十二月に覆させられてしまいました。高浜原発は着々と再稼働を目指しています。
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 しかし、暗いことばかりがあったのではありません。安倍政権に抗する大衆的行動の高揚は最近にはないものでした。勤労者・高齢者、学生、主婦、知識人、などかつての左派政党プラス労働組合という反政府闘争の枠組みから大きく広がり行動にたちあがっかた意義はきわめてむ大きいものでしょう。

 安倍政権との闘いは、九月の「戦争立法」反対闘争以降は沖縄県辺野古基地建設闘争へと中心軸が変わりました。そして夏には(おそらく七月)第二十四回参議院選挙が闘いの山場となってゆきます。

 今年四月頃には初めての辺野古基地住民訴訟判決が出ると予想されます。沖縄県民の反基地闘争も山場を迎えます。今年こそ安倍政権を追い詰めよう。

 安倍政治は消費税を増税にして「軽減税」を語ったり、高齢者の年金所得を減らして一方では高齢者に一時金(三万円?)をだすと言ったりすることに典型的に見られるようにその政策は欺瞞に満ちています。東京オリンピックなどにバラマキ財政を展開してもその結果財政破綻を考慮することはありません。参議院選目当てのなりふり構わない人気取り政治なのです。

 安倍政権を追い詰めるカギは、大衆行動とその声です。沖縄では不当な政治と長年の闘いがあります。辺野古基地や自衛隊中東派兵、憲法改悪を止めるためにも全国でさらに「負けない、あきらめない抗議行動」を造ってゆきましょう。(文)


 改憲の野望を押し返そう!──大衆的な行動を拡げることが最大の課題──

 昨年戦争法を強行した安倍首相の本来の目標は明文改憲にあり、その扉を開けるためにも今年7月の参院選で参院の3分の2の議席確保を狙っている。消費税の軽減税率の導入を優先させたのも、予算案でバラマキを繰り返すのも、異次元金融緩和を続けるのも、政権保持に固執するのも、すべて安倍首相の〝悲願〟ともいうべきそうした目標を実現するためだ。

 昨年の戦争法案で盛り上がった反戦と平和への大衆的な闘いをさらに拡げることで、安倍首相の軍国国家への野望を封じ込めていきたい。

◆野望

 安倍首相は今年中の、あるいは自身の政権での明文改憲を諦めた、とも報じられている。

 安倍首相本人やその取り巻きの改憲強硬派は、昨年の初めまでは今年の参院選での国民投票同時実施にめざして改憲気運を盛り上げてきたはずだ。が、安倍首相の改憲戦略は、取り巻き連中の思いとは裏腹に順風とはいかなかった。

 第二次安倍政権発足時は、改憲要件を定めた憲法96条改訂に照準を合わせた。が、「裏口入学」との批判もあって頓挫し、いわゆる集団的自衛権での解釈改憲に軌道修正を余儀なくされた。

 昨年の閣議決定に続く戦争法の強行採決でいったん解釈改憲を強行した後には無理に明文改憲を強行する根拠が薄れ、改憲機運がしぼんでしまったという事情もある。現に、昨年秋に行った改造内閣のキャッチフレーズではアベノミクス第二ステージとやらの「一億総活躍社会」の実現を掲げ、経済への回帰を打ち出さざるを得なかった。それだけ戦争法を強行採決させたことへの逆風が強かったということでもある。

 こうした事情は、自民党憲法草案をいったん棚上げにしたことにも現れている。草案は野党時代の12年に自民党がまとめたもので、あからさまな国家優先主義で多くの批判が集中した。中身は昨年の戦争法をめぐる攻防のなかで焦点となった「立憲主義」を真っ向から否定するもので、自民党としても大上段には掲げられない、と判断せざるを得なかったということだろう。

 国会の憲法調査会を巡っても、正面突破を軌道修正する様な人事がおこなわれた。自民党憲法改正推進本部長だった船田元の後任に、安倍首相の取り巻きの強硬派ではなく部外者的な森英介をそえた。また国会の憲法調査会での議論が止まっているのも、改憲議論の仕切り直し余儀なくされた事情を物語っている。

 とはいえ、油断している場面ではない。参院選で自民党の補完勢力も含めて3分の2を確保すれば、安倍首相は再び明文改憲をめざして、暴走を始めるだろう。とはいっても改憲のハードルは低くはない。衆院こそ自公の与党で3分の2の議席を占めているが、参院では自民党単独では過半数を確保していない。現状は公明党も併せても135議席に過ぎず、3分の2の161議席を確保するには議席の半数の改選で26議席も増やさなくてはならない。このハードルを越えるのは簡単ではない。

 そこで安倍首相は、橋下おおさか維新の会への期待と連携を隠さない。橋下市長の任期切れの直後の昨年12月19日に、これ見よがしに東京のホテルで3時間半も会談している。11月におこなわれた先の大阪ダブル選挙で自民党公認候補が敗れても、党本部や地方組織とは違ってむしろ維新の会が勝利したことを喜んでさえいる。それもこれも、参院選での3分の2の確保を視野に、橋下おおさか維新の会による自民党別働隊としての動きとその議席に期待しているからだ。安倍首相としては、来年の参院選で自公の与党で3分の2を確保できるにこしたことはないが、仮にそれが実現しなくても、維新の会を合わせて3分の2の議席を確保したいと計算しているわけだ。当の橋下徹も、安倍首相が改憲に本気で取り組むなら出来ることは何でもやる、と、安倍首相の改憲姿勢への支持を隠さない。

 参院選での国民投票の同時実施自体は諦めたものの、安倍首相は参院選挙以降の改憲を諦めたわけではない。参院選までは、なんとか有権者をつなぎ止めるために、「経済回帰」での慎重な政局運営を図ってるということだろう。

◆戒厳令?

 その安倍自民党。96条改憲といった「裏口入学」ではないが、こんどは改憲の「二段階戦略」をめざしているという。本来の改憲目的はむろん憲法9条だ。棚上げしたという自民党の憲法草案では、9条は次の様に改訂するとしている。

  (平和主義)
 第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。

  2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。
 第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。

 草案9条1項は分かりづらいが、自民党改憲草案(Q&A)では、「宣戦布告」を前提に行われる戦争のみ否定して、侵略戦争以外での自衛権の行使としての武力行使、それに制裁目的の武力行使を認めているとしている。〝自衛〟を掲げた戦争を肯定してしまえば、結局はあらゆる戦争が認められてしまう。安倍首相が心酔する岸元首相も言っていた様に、あの太平洋戦争ですら〝自存自衛〟のための戦争であり、また米国のアフガン・イラク戦争も自衛のための戦争となってしまう。要するに、自衛権を名目にして戦争もできる、そのための国軍(制約のない軍隊)も保持すると明文化したいというのだ。

 ただ自衛権を名目にした戦争は可能だと詭弁を弄しても、いきなり憲法9条改訂を提起すると国民世論の批判が大きく拡がることが予想される。そうした反撥や抵抗を考慮し、最初は環境権条項や自然災害などへの対処を名目とする緊急事態条項の創設で改憲を実施したいという、いわゆる「お試し改憲」というわけだ。そこでの思惑は、一旦憲法が改定されれば、「改憲慣れ」して次の9条改憲への抵抗が薄められるのではないか、というものだ。有権者の「慣れ」を当てにするそうした「お試し改憲」自体、有権者を小馬鹿にしたものであり、呆れかえるばかりだ。

 ただし、その一回目の改憲で浮上している緊急事態条項、環境権,財政規律条項も、そんなに当たり障りのないものとはとても言い難い代物だ。環境権や財政規律条項についてはどうしても憲法に入れなくてはならないものではないし、緊急事態条項については民主主義の土台を揺るがす危険な性格を秘めているからだ。

 自民党が草案に書き込んだ緊急事態条項とは次の様なものだ。

 (緊急事態の宣言の効果)
 第九十九条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。

 草案はこの条項を緊急事態条項としているが、その意味合いは諸外国でも見られるいわゆる「戒厳」と地続きのものだ。広辞苑によれば、戒厳とは「戦時・事変に際し、行政権・司法権の全部または一部を軍の機関に委ねること」とあるが、その基本的な性格はいわゆる国家緊急権の行使だ。

 自民党改憲草案(Q&A)では、戒厳令とは違うと言っているが、実質的に憲法の効力が停止され、法律と同等の強制力がある政令で行政権力が市民を縛ることが可能になる。この緊急事態条項の創設は、権力を縛るはずの立憲主義のもとで、逆に憲法を否定する行政権力による超法規的措置を可能とするもので、立憲民主政治の基本的な矛盾と限界を象徴するものでもある。災害対策などを名目とする緊急事態条項とは、ソフトな言い回しにもかかわらず本質において民主主義と両立しがたい条項の創設なのだ。

 国家緊急権とはなにか。簡単に言えば、国民の意思にもとづく政治・行政を建前にしているはずの民主政治のなかで、国家を国民から独立した法人として捉え、国家が国民の意思に由来しない統治・施政をおこなう、というもので、こうした条項は、そこでは憲法に規定された国民の権利が時の政府によって停止、禁止、要は否定される。戦前の軍国主義の臭いが色濃く感じられる代物なのだ。実際、明治憲法では 第14条に天皇ハ戒厳ヲ宣告ス、とあった。その他、8条、31条、70条に天皇による専権規定がある。こうした立憲主義の原則に反する、戦前に回帰するかの改訂を「お試し改憲」で創設する、というのだ。〝災害対応〟でごまかされていい話ではない。

◆大衆行動

 安倍首相が明文改憲を諦めたと報道されたもう一つの理由は、先の戦争法を強行する過程で予想以上に膨れあがった国民世論の批判の声だ。ていねいに説明するといっても、もともとこじつけに過ぎない解釈への理解や支持が一向に拡がるわけもないし、憲法学者などの「憲法違反」という批判にも直面した。その上、これまで政治の舞台に登場しなかった普通の若者(学生など)、ママの会、学者の会など、新たな反対勢力も登場し、その行動は全国に拡がった。こうした事態に安倍政権は体力を奪われ、戦争法という解釈改憲でさえやっと成立させた、というのが実情だった。これが明文改憲、9条改憲だとなれば、反対運動もこれまで以上に拡がるだろう。

 その明文改憲には二つのハードルがある。一つは衆参での3分の2以上の賛成で改憲の発議が出来ること、第2は言うまでもなく国民投票の実施とその過半数による承認である。仮に国民投票で過半数を獲得できない事態になれば、改憲の勢いは一気にしぼんでしまう。10年かあるいはそれ以上、改憲の発議は出来なくなる。いったん否定されれば内閣総辞職は避けられず、与党、自民党内に限っても、再度改憲を政治日程に持ち出すことに懐疑的、あるいは反対の声が出てくる可能性もある。だから、改憲発議と改憲国民投票を実施するには、不退転の決意と体勢づくりが必要になる。果たして今の安倍政権にそれができるのか、あるいはそれを持たせていいのか、が問われているわけだ。参院選で3分の2,あるいはそれに近い議席を安倍自民党に与えてしまえば、必ず改憲策動に乗り出してくるだろう。

 安倍首相の改憲の野望を放棄させるには、改憲反対の理論武装や共通理解の形成も不可欠だが、何より国民的な反対運動の拡がりをつくることが一番だ。戦争法の成立で一旦は小康局面だが、年明けの通常国会が始まれば、再び大きな政治焦点として浮かび上がる。

 参院選やその後の安倍自民党打倒と明文改憲阻止の闘いは、私たちにとって今年最大の課題になるだろう。今から態勢を整え、圧倒的な反対運動をつくりあげていきたい。(廣)号案内へ戻る


 「エイジの沖縄通信」(NO.21)・・・安倍政権の辺野古推進に連動する右翼地方議会活動

①全国の5市議会で「辺野古新基地建設」容認の意見書を可決

 12月20日付の琉球新報によると、長崎県佐世保市議会・東京都豊島区議会・新潟県糸魚川市議会・佐賀県多久市議会・沖縄県石垣市議会の5議会が、「沖縄は国益上地政学的に不可欠な存在」として「辺野古新基地建設」容認の意見書を可決したと言う。

 この「辺野古新基地建設」容認の決議だが、11月29日の辺野古反対の東京集会に参加したとき、東京の女性市会議員が自民党系会派が議会での建設容認の意見書の採択活動をしていると、その活動に警告を発していた。

 この運動は、名護市議会自民党系会派である「礎之会」(岸本直也会長)と「あけみおの会」(吉元義彦会長)が、全国の地方議会議長宛てに送付した「陳情」にある。
 ある地方議員は「沖縄の人からうちの議会にも書面が届いたんですよ。辺野古反対ばかり報道されるが、沖縄でも我々のような賛成者は多い、だから外部に訴える。おたくの市議会で賛成決議してくれと言う感じだ」と述べている。市議たちは、沖縄の基地問題には興味も薄いし、判断材料も少ない。

 課題としては、こちら側からも「辺野古新基地建設」反対の意見書の可決をめざす働きかけを各地方議会にする必要がある。

②沖縄市議が「県内紙購読中止」を議会で発言!

 12月21日の沖縄市議会で浜比嘉勇氏(会派躍進)が「議員や当局のみなさん、ネットで議会中継を見ている人に対して(琉球新報と沖縄タイムスの2紙)をやめた方がよいと大きな声で申し上げたい」と発言した。また、「翁長知事を礼賛する報道ばかりで、ストレスがたまる」とも発言。

 なお、この市議は「琉球新報・沖縄タイムスを正す県民・国民の会」に入会する事も表明した。この団体は、沖縄でも琉球新報や沖縄タイムスの2紙を批判する講演会や2紙の会社前で抗議活動を展開するなどの活動をしている。

③辺野古から「警視庁機動隊」が帰任

 沖縄防衛局が年内の大規模な資材搬入を終えたようで、警視庁機動隊は東京に帰任した。辺野古ゲート前の座り込み抗議に対する強制排除はなくなっている。しかし、海上ではボーリング調査が続いており、カヌー隊はフロートを越えて激しい抗議活動を展開している。

 年明けの工事作業再開後は、東京の警視庁機動隊だけでなく、全国の機動隊をローテーションで辺野古に派遣することを検討しているとの情報が流れている。(富田 英司)


 何でも紹介・・・T4作戦、そしてユダヤ人大虐殺!

 それはホロコーストの〝リハーサル〟だった

 今夏、NHKハートネットTVで「シリーズ戦後70年、障害者と戦争」が放映された。600万人のユダヤ人大虐殺の前に、そのリハーサルとして20万人を超える障がいのあるドイツ人らが殺害されたという内容だった。「命の選別を繰り返さないために」、埋もれた歴史を掘り起こす力作だった。11月7日には、ETV特集「それはホロコーストの〝リハーサル〟だった~障害者虐殺70年目の真実~」がそのまとめとして報じられた。社会のお荷物としての障がい者抹殺を存外スムーズに実行できたことが、ナチスによるホロコーストへとエスカレートしたという。

 1933年に「断種法」が制定され、ドイツ軍のポーランド侵攻の日にT4作戦がスタートし、42年にユダヤ人虐殺が始まった。その間、キリスト教司教による障がい者殺害は殺人だという説教による告発があり、直後の41年8月14日にはT4作戦中止というエピソードはあったが、ドイツ社会は生きるに値しない命の抹殺という激流を止めることはできなかった。

 ダーウィンの「種の起源」から社会ダーウィニズムが生まれ、ドイツにおいては1920年に「生きるに値しない命を終わらせる行為の解禁」という書籍が出版されている。これを実行したのはドイツの精神科医たちであり、安楽死は恵みの死だと考えた医師たちはナチスに強制されたわけではなく、自ら精神病院に設置されたガス室での障がい者の殺害を実行した。

 ある病院では1日に120人、それも毎日殺害が行われ、煙突からは嫌な臭いのする黒い煙が出ていた。兵士がそれは戦場で死体を焼く臭いだと言ったというのだから、住民はそこで何が行われていたか知らないはずはなかった。殺害に助手として加担した医療関係者は、数年後に「殺すべき患者は他の人より価値が低い」「私は生涯一度も悪いことをしたことがない」と証言している。つまり、障がい者の抹殺は市民に受け入れられていた、司教以外は積極的に抵抗しなかった。これらはいったい何を示しているのか。

 一方で、精神科医は医学の進歩の名の下に、〝劣等な遺伝子〟を断つことを正当な医療行為と考え、実行した。これを助長し、国家的事業として〝自動殺人装置〟として確立させたのがナチスだった。生きるに値しない命を絶つことは正しいことだというプロパガンダが繰り返され、ドイツ国民に刷り込まれただけではなく、少なくない市民がこれに加担した。それゆえに、このT4作戦による障がい者虐殺は長く〝忘れ去られていた〟のだ。

 2010年、ドイツ精神医学精神療法神経学会が長年の沈黙を破り、過去に患者の殺害に大きく関わったとして謝罪した。「私たち精神科医はナチス時代に人間を侮辱し、自分たちに信頼を寄せていた患者や家族を裏切り、自らも殺しました」と。遅きに失したが、事実を事実として認めたことは評価できる。日本の医学界は731部隊に象徴される人体実験等で侵略戦争に加担した、その残滓を今も引きずっているのだから。

 顔のないヒトラーたち

 今秋、ドイツの歴史認識を変えたアウシュビッツ裁判までの若き検事の苦悩を描いた、映画「顔のないヒトラーたち」(2014年・ドイツ)を観た。

 ハンナ・アーレントが1961年にイスラエルで行われたアイヒマン裁判(62年5月死刑執行)のレポートは、63年2月から3月にかけて「ニューヨーカー」に連載され、5月には「イェルサレムのアイヒマン―悪の陳腐さについての報告」として出版された。そのなかで、アーレントはユダヤ人組織のナチスへの協力にふれ、アイヒマンが統括したユダヤ人移送業務にユダヤ人リーダーたちが一役買っていたと書いた。

 アーレントの問題意識は、アイヒマンが思考の欠如した官僚だったこと、「悪の陳腐さ」「悪の凡庸さ」こそが大虐殺の実行を可能にしたいう点であったが、ユダヤ人社会から激しい非難を受けた。真実を追求するために、社会の底に沈められているものを浮上させることは、痛みを伴うことなのだ。

 さて、本題は63年12月20日にフランクフルト・アウシュビィッツ裁判が始まる、そこにたどり着くまでのドイツ社会に沈殿しているナチスの烙印を暴き出す過程である。日本と同様に、西ドイツにおいても戦後経済復興の過程で、過去の戦争犯罪を忘れ去ろうとし、ナチスの一員だったものも善良な市民として生活していた。

 アウシュビィッツ強制収容所の元親衛隊員(SS)が教師をしていることが明らかになっても、検察は動かない。これをあらゆる妨害、困難を超えて若き検事が起訴までこぎつけるのだが、これは実話に基づくものである。戦争犯罪・国家的犯罪においては社会総体が共犯関係にあり、その告発は社会が事実の暴露に耐えられるか試される。それは、父祖の悪事をも暴き出すことになるのだから。

 残念ながら、日本社会は歴史の事実と向き合えないでいる。侵略戦争、南京大逆殺、強制連行・強制労働、戦時性奴隷等々、これらが歴史的事実として認めることは父祖を辱めることだと否定する勢力がはびこっているのは、憂慮すべきことだ。ナチス的ドイツと、どれほど日本は違うののだろうか。その同一性にもかかわらず、社会的反省のなさが怖い。

 裁かれるユング、ハイデガー

 小俣和一郎「精神医学とナチズム」(講談社現代新書)を読んだ。著者はナチ国家における精神障がい者大量「安楽死」と精神医学・精神分析学の動向をみつめることで、精神医学史の見直しを行う。そこから、「ヒトラーに心酔したユング、ナチ党員だったハイデガー。現代思想史上に輝かしい足跡を残した『知の巨人たち』の知られざる暗部が明かされる」ことになる。1997年発刊の古い本ですが、タイミングよく古本屋で見つけた。

 はじめにで、「本書が取り上げようとするナチ国家における精神障害者大量『安楽死』と、それをとりまくナチズム期の精神医学及び精神分析学の動向、さらにはその戦後への見過ごすことにできない深刻な影響なども、そのひとつである」と述べ、T4作戦について詳述している。

 ドイツの精神医学において「精神病は脳病である」とされ、「原因不明の精神病に対してもその病因を直接能の変化に求めようとする学問的傾向が生まれた。精神病の原因については本来、心因、社会因、文化因などの幅広い要因が同時に考慮されるべきであるにもかかわらず、この傾向は、その後のドイツ精神医学に深く根付くこととなった」という。

 ナチ断種法の正式名称は「遺伝病の子孫を予防するための法律」であり、「次世代の健全な社会を実現するため、民族の身体に巣食う劣等な遺伝子を排除する」。これはずばり優生思想であり、ドイツ精神医学は優生学に彩られてたということだろう。日本における「らい予防法」も、この系譜に繋がるものだったろう。ちなみに、日本では1940年に「国民優生法」が成立している。なお、ドイツ精神医学史の詳細については手に余るので、特徴的な言葉を拾い出すことにする。

 ヴィクトア・フォン・ヴァイツゼッカーには「〝安楽死〟と人体実験」という著書があり、その意味するところは異様だ。「生命全体を救済するために、火傷を負った下肢だけを切断する場合があるのと同様に、民族全体を救うためには、一部の病んだ人間を抹殺することが必要な場合もある。どちらの場合も犠牲は正当であり、医療行為として必要性と意味を持つものといえるだろう。このような考え方に賛成できない者は、(中略)人間性や人権にとらわれるあまり、医師の責務を個人の治療だけに限定して集団の治療をおろそかにする可能性すらある」

 ヒトラーはナチ党を宗教性を有した政治結社だとしたが、それは天皇と赤子という関係を構築して国民の命を奪ったかつての日本と重なる。医学が宗教性を帯び、民族主義と結びつくことの危険性を、T4作戦は余すことなく暴露している。T4研究では、「精神薄弱児ならびに精神病患者を、特定の『安楽死』施設に移送して抹殺させ、死後その臓器(主に能や内分泌器官)を取り出して返送させ研究材料とした」り、「先天性障害を持つ双生児の標本を多数蒐集し、『遺伝生物学的研究』を行っていた」

 著者はあとがきで、ドイツ語圏の精神医学関係学者のナチズム期の経歴が空白になっていることに気づき、また「日本の研究者の手による人物伝や紹介記事・学会発表などには、対象となる人物を不自然なまでに神聖化したり、露骨な感情移入によって都合の悪い事実を隠したりする傾向があることに深く失望した」と述懐している。

 ヒトラーは「国民のために、国民を守るために、一体となって戦おう」と言ったが、この言葉は安倍晋三首相が戦争法制定に向けて強調したこととぴったり重なる言葉だ。ティエリー・ダナ駐日仏大使は「フランスは国家非常事態宣言下にあるが、『99%の人の生活に変わりはない。普通の生活をするために治安対策を強化している』と述べた」(12月17日「朝日新聞」)。彼らはあけすけに国民が一体となること、そのために異端を見つけ出して排除するのは当然だと言うのである。

 ホロコーストは悪党の集団だけで実行されたものではない。真理を探究する学者、法に従い命令に忠実な官吏、そして善良な市民の支えがあってなし得たものである。過ちを繰り返さないためには、法を疑え、命令にではなく自らの判断に従え! (折口晴夫)号案内へ戻る
     
 色鉛筆・・・Oさんへ

 お元気で新年を迎えたことと思います。

 私は昨年12月から沖縄で暮らしています。娘が2人目の出産で入院したので、4歳の上の子を面倒をみつつ娘家族を支援をしている日々です。こちらは風さえ無ければ暖かく過ごしやすい冬でありがたいです。

 沖縄から日本政府の言動を見聞すると、その醜さ底のあさい姿がよくみえます。

 昨年11月、国に訴えられた翁長知事の地裁での口頭弁論の全文を読みました。誰にもわかる言葉で、沖縄の歴史をふまえ、先祖をうまやい、新基地建設反対を貫く、その上で未来をきちんと見据えたすばらしい弁論でした。

 一方、私たち日本政府の言動たるや、デタラメとその場限りのウソ、すりかえ、巧妙な脅しと甘いエサ(露骨なお金のバラまき)の繰り返し。遠く離れた沖縄だから、本土にはバレないと思っているのでしょう。

 例えば、政府は昨年前仲井真知事が埋め立て承認をしたことを、ことさらに強調するが、その時に前仲井真知事が「普天間の5年以内の運用停止」を条件としていたことには、全く知らん顔。米軍との交渉も今だに全くなされていません。それで「普天間の一刻も早い危険性除去のために辺野古移設が必要だ」などと言うのは、こじつけ、キベンもはなはだしい。「一刻も早く」すべきは、普天間の5年以内の運用停止、全面返還であるべきです。

 12月4日、菅官房長官とケネディ駐日大使がそろって記者会見し「普天間の一部を返還する」と発表したのも、思わず吹き出してしまうほどの茶番劇です。菅官房長官は「米国との話し合いが実を結んだ目に見える成果だ」と、はずかし気も無く自慢していますが、今回返還されるのはわずか「7ヘクタール」で、沖縄県の米軍専用施設面積の0.03%にすぎません。

 この茶番劇は、普天間基地の地元である1月24日投開票の宜野湾市長選をひかえ、政府がテコ入れする現職佐喜真市長支援の「ディズニーリゾート」誘致構想にもみられます。

 政府が決定した新年度予算では、防衛費や公共事業費は4年連続で増えていますね。中でも「思いやり予算」はさらに増加しています。

 琉球新報(12月19日付)によると、日米で「思いやり予算」増加が合意されたと。毎年平均1893億円、5年間で1兆円近い血税が支出されます。米国防総省昨年度統計によれば、米軍1人あたりの支援額は、イギリス・ドイツ・韓国が2万1千ドル台、それに比べ日本は10万6千ドル!。

 駐留米軍経費負担率は、イタリア41%、韓国40%、ドイツ33%、日本はなんと74.5%も負担しています。37年前に始まった「思いやり予算」は当初の62億円から、今やその30倍以上にもなります。

 琉球新報の社説は次のように指摘しています。

 「1千兆円にのぼる借金を抱える国がなぜ?。米軍のための支出はこれだけではない。土地・施設の借り上げ、米軍再編や訓練移転の経費を含めれば、年7250億円に上がる。この予算があれば、例えば貧困家庭の子の進学をどれだけ無償化できるだろう・・・この国は財政の優先順位を間違えている。」

 政府は本当に間違えている。間違えた方向にますますかじを切っている。「思いやる」べきは、福島原発の被害者をはじめとするこの国の弱者であるべきです。

 沖縄の福祉職場などにおいても予算・人員が削減されて職員の負担が増加し体調を崩す人が多い。辺野古新基地建設では私たちの税金がまさに湯水のごとく日々浪費されている現実が進んでいます。

 今日も住宅地の上近くをオスプレイが飛んでいます。本土では見られない光景ですね。また、お便りします。(澄)


 明仁の一連の発言について考えること

 12月23日、明仁は戦争の事を考え続けた1年と自分の発言を振り返りました。

 確かに安倍政権の政治姿勢と明仁発言との齟齬は誰の目にも明らかです。この事からもっと明確に明仁に安倍内閣を牽制するように期待する向きもあるようです。

 実際、従来からリベラルであるとする人たちも結構明仁発言には共感している模様なので、年末にあたって一言注意を言ってみたくなりこの手紙を書きました。

 日本国憲法の成立過程については、政府関係者とマッカーサーとのやりとりは知られているものの、裕仁とマッカーサーとのやりとりはほとんど大多数の日本人には知られていません。今刊行中の『昭和天皇実録』はまだ第4巻までしか出版されていません。

 そこで私がお薦めする本は、ワーカーズ第545 号に掲載された読書室にも取り上げられた『昭和天皇の戦後日本 〈憲法・安保体制〉にいたる道』です。

 では読書室からその核心部分を引用してみましょう。

「戦後70周年である現在も、日本は〈憲法・安保体制〉下の属国状態にある。一体なぜなのであろうか。その答えが、本書では実に克明かつ説得的に解明されている。
 いまだに「歴史認識」問題を日本が引きずるのは、昭和天皇が「全責任は私にある」と言ったとの「神話」とは全く裏腹に、戦争責任もとらず退位もせずにまた正式に世界に謝罪や反省をすることもなく、従って戦前と戦後とに明確な一線を画す事なく、米軍に継続占領を依頼したことに端を発する。

 そしてマッカーサーとダレスがこの昭和天皇の申し出を了承した結果、国体と安保、九条と米軍という対抗軸が、米軍の恩恵という論理で併存してしまう事態となったためだ。日中戦争の推進派だった吉田茂は、後年「対米独立」派だと「神話」化されたが、その内実はといえばさんざん安保交渉から「全権固辞」で逃避し続けた挙げ句、昭和天皇から引導を渡されるや米軍に安全保障を任せるとの天皇の対米従属路線に追随したのであった」

「現在でも戦後日本には政治的責任をとるべき政治的中枢が欠落しており、端的に表現すれば、戦後日本の体制とは在日米軍に守られる天皇とその官僚主導体制なのである。

 昭和天皇の公然たる「違憲」の戦後外交は、以下のようなものであった。

 昭和天皇の自発的な意向で行われた沖縄処分(本土と沖縄の構造的差別)も元を辿れば、重光へ在日米軍撤退反対の指示を出し従米安保体制(米占領軍による巧妙な日本統治の占領体制の継続)を構築することにあった。このように米軍の日本占領に協力することで、東京裁判を免れ、忠臣東条に全責任を負わせ(米側が東条に証言を指示)、日本国憲法(天皇が保証する民主政治体制)では天皇制(国体)を温存させたのである」

 ついでに明仁天皇と安倍総理の立場が違うこと、それはなぜかを書いておこう。

「まず昭和天皇及び皇族は、占領軍の日本占領に協力する代償に、天皇制を日本国憲法に維持できたので、それだけでも連合軍に心から感謝した。現憲法が占領憲法だから改正するとの安倍総理とは、立場が正反対なのである。

 現憲法に改正された時、天皇はマッカーサーに対し、今回成立する憲法により民主的新日本建設の基礎が確立された旨の御認識を示され、憲法改正に際しての最高司令官の指導に感謝の意を示したのである。このことは第一章に詳しく書かれている。

 昭和天皇は、東条非難をイギリス国王や米国紙等において行い、全責任を東条に押し付け、東京裁判を免訴された。これに関わって天皇には、この裁判のための日本語版と英語版の「告白録」があり、そして連合軍に東京裁判についても謝意を表明していた。これまた安倍総理とは、正反対なのである。これについては、第三章に詳しく書かれている」

「これに関連して昭和天皇は、一九七八年に元宮内大臣の松平慶民の息子永芳が、靖国神社の宮司として戦犯を、日本精神復興のために東京裁判を否定するという主旨で合祀した際に、これを厳しく非難し、以降天皇家は今に至るも参拝を拒否し続けている」

「皇統継続の強い意思をもった昭和天皇は、結局の所、米軍占領体制の継続となる安保体制(戦後対米隷属体制)の構築者した張本人である。すなわち昭和天皇は、日本側から米軍の継続占領を要請し、最終的にマッカーサー元帥もダレスもこの案にのり、そのために沖縄処分がなされたのである。当初は五分五分の論理での対等な日米(駐留)協定の交渉は、昭和天皇が占領継続を熱望した為に、早々に頓挫し米軍の占領が事もあろうに米軍の恩恵という形で交渉に入り、結果、全負担が日本に強いられることになり、現在に至る。

 すなわち昭和天皇にとって、〈憲法・安保体制〉とは米軍占領継続であり、天皇制護持の手段だったのである。つまり憲法も九条も、天皇制護持と一体のものなのである」

「一九七五年、外国人特派員から日本が再び軍国主義の道を歩む可能性があるとお考えですかと問われた昭和天皇は、「いいえ。私はその可能性については、全く懸念していません。それは憲法で禁じられているからです」と答えている。明仁天皇はこの立場にある。

 結局の所、明仁天皇とその一家の保守の立場とは、反軍国主義、九条及び日本国憲法擁護、ポツダム宣言に基づく東京裁判承認、靖国合祀問題反対なのであり、右派を自称する安倍総理ら日本会議一派の立場とは対局にある」

「豊下氏は、安倍氏ら日本会議について、本書で以下のように記述している。

「歴史的にみれば安倍政権の成立は、東京裁判とサンフランシスコ講和条約に基づいて構築されてきた戦後秩序を否定する論理と心情を孕み、しかも相当の大衆的基盤をもった政権が、戦後初めて誕生したことを意味する」「こうした安倍政権のスタンスは、米国をジレンマに直面させている」

 このジレンマとは、「米国がかねて求めてきた集団的自衛権の行使を積極的に進めようとする政治勢力が、同時に戦後秩序を否定する勢力に他ならない」というものである。

 かくして日本は戦後最大の岐路に立っている。しかもそこで問われていることは、豊下氏が提起するように「一九三○年代から終戦までの間」の時代をいかに総括するか、ということなのである」

 私もこの提起には全面的に賛成する。また九月十九日に安保法案が強行採決されてしまったが、多くの人々は憲法九条を守る立場から闘った。しかし私たちは、戦前と戦後確立してきた〈憲法・安保体制〉について、今こそ豊下氏の著作に学ぶ必要があるだろう」

 これらを子細に検討すれば、明仁発言に自分たちの政治的立場と共通する何物かがあるとの考える立場は全くの白日夢に過ぎないと言わざるをえません。
 私は読者の皆様に、年始の機会にぜひ楢下氏の大いに参考となるこの著作をお読み頂きたいと考えています。(猪瀬)号案内へ戻る


 12月5日横須賀講演会の報告

 今年は、江戸幕府が横須賀を軍港にするための鍬入れをしてから150年になる節目の年です。そして軍港建設から3年後、薩長等によるクーデターで幕府は瓦解し明治となりましたが、これら西南雄藩の背後には英国がありました。薩摩の英国留学組や長州ファイブが英国の手の中で動いていたことは間違いのないところでしょう。伊藤博文や井上馨らは実に英国に育てられた人物で、西郷隆盛は井上馨を三井(財閥)の番頭さんと呼んだこともあったほどです。渋沢栄一も銀行制度について英国から学んでいます。

 当時の日本は、現在の日米同盟のように日英同盟の国、つまり英国の属国でした。そして日露戦争とは英国の後ろ盾を得た上での代理戦争だったのです。日本艦隊の旗艦三笠や主力艦は、全て英国製でありバルチック艦隊へ石炭等の補給妨害・情報提供など、数々の英国の日本支援工作がなされていたことは知られてきています。

 この日本海軍が大正・昭和と経る事で、いかにして日英同盟を破棄し英国と距離を置きつつ米戦争に踏み切ることになったのか。この点が今に生きる私たちの問題意識でしょう。

 しかしこのような歴史的な年であるにもかかわらず、横須賀市にある数多の郷土史研究団体はそのほとんどが祝賀ムード一本槍で、こういった問題意識からこの問題に迫った講演を行っているグループは残念なことにほとんどないのです。

 その唯一の例外がここに紹介する横須賀市軍港政治史研究会の講演会です。代表は一柳洋氏で浦郷地区を地盤とした、また最近まで横須賀市議会の社民党議員でした。

 当日の講演会は、「帝国海軍の真実 中国とアメリカ相手に何をしたか 横須賀は何を担ったか」という演題で行われ、講演者は『南京事件論争史』の著者である都留文科大学教授の笠原十九司氏でした。講演中の発言の中で教授は、今迄は良く学生から「先生は政治的に偏向している」と指摘されてきたが、9月の安保法制の可決後は学生もそういうことを言わなくなったと明らかにしていました。

 この講演の内容は、今でもよく聞く海軍善玉論は米内光政や野村吉三郎たちが天皇制と海軍を残すため、陸軍に全ての戦争責任を押しつけ、天皇と海軍の免責を画策したのだとし、また海軍が犯したことが否定できない事件については全て現地の指揮官がやったことだと海軍エリートに傷が付かないように策動したことを暴露したものでした。

 この講演の内容そのものは、今年の6月に平凡社から刊行された同氏の『海軍の日中戦争 アジア太平洋戦争への自滅のシナリオ』の簡単な要約でした。私も出版されていたことは知らなかったので、会場にて直ちに購入いたしました。

 この本は、笠原氏も講演中に発言したように海軍の戦争責任を明らかにした、今のところ唯一の本です。

 この本の帯には、「日中戦争を対米英戦の実践演習ととらえ、南進と大規模な空爆を決行、さらなる泥沼化を進めたのは海軍だった。国の命運より組織的利益を優先させ、ついにはアジア太平洋戦争へ。東京裁判でつくり上げられた『海軍免責論』『海軍神話』に真っ向から挑む力作」とあります。実際に約480頁の大著です。

 確かに日本政府の日中戦争不拡大方針を反故にして戦争が拡大していったのは、大山事件の発生によるものですが、この事件自体が上海特別陸戦隊の大山勇夫中尉を「国のために死んでくれ。家族の面倒は見るから」と説得して鉄砲玉に使った上での海軍の一大謀略事件でした。この事実の暴露は、本書の白眉であるに間違いありません。

 笠原氏の講演は良いものでしたが、この講演をやはり『昭和史からの警告 戦争への道を阻め』(ビジネス社2006年刊行)の第3章「日米開戦を仕組んだのは米内光政だ」の中の小見出し「○内側から鍵を開ける者たちは常にいる○断罪されるべき人物こそ生き残る」の約40頁を既に読んでいた私には、笠原氏が米内光政の実像を捉え切れていないと思えて仕方がありませんでした。

 8月15日阿南陸軍大臣が割腹自殺した時、副官に「米内を斬れ」と叫んだことの意味を笠原氏は知らないのか、と私は問いかけたかったのです。

 この正月、これら2冊の本を精読して、又この問題を考え続けていきます。(直木)号案内へ戻る


 コラムの窓・・・「使用済み核燃料、逃れられない負債の集積!」

 この国の原発行政が迷走しています。国策としての原発推進は東電福島原発の崩壊によって危機に立たされましたが、原発推進勢力の巻き返しによって引き続き原発をベースロード電源と位置づけ、原発の再稼働と輸出促進によって復活したかのようでした。しかし、原発推進の最大の弱点である使用済み核燃料の最終処分が現実的課題となるなかで、原発推進勢力内の利害が微妙にすれ違い始めているのです。

 その発端は昨年11月13日、原子力規制委員会が「もんじゅ」の廃炉も選択肢とした見解を示し、使用済み核燃料サイクルの存続も危うくなる事態となったのです。あの日本経済新聞すら、「もんじゅの動向次第では核燃料サイクルときちんと向き合わなければならない時がくるだろう」(12月18日)と、核燃料サイクルの法をにおわせています。

 一方で、同紙は「核燃料サイクル自体を取りやめる選択肢をとることはなさそう」とも書いています。その理由はこうです。

「撤回となれば、電力会社が会計上は資産として計上してきた使用済み核燃料の価値がゼロとなり、財務状況が一気に悪化する。青森県六ケ所村が使用済み核燃料を受け入れてきたのはあくまでも再処理するために一時的に保管するという立場。電力会社は使用済み核燃料を自社で引き取ることが求められ、原発にある燃料プールが満杯になれば、もう原発を動かせなくなる」

 このように、原発の延命は使用済み核燃料をどう処理できるかにかかっているのです。国策では再処理後の地下埋設(埋め捨て)ですが、公募による立地自治体の名乗り出がないなか、今は国による候補地選定へと向かっています。日本学術会議は2012年9月11日、「高レベル放射性廃棄物の処分について」を原子力委員会委員長の審議依頼に対する回答を提出しています。そこで示されているのは、「暫定保管および総量管理を柱とした政策枠組みの再構築」として、使用済み核燃料の総量を示し、処理方策の国民的合意ができるまで暫定保管を示しています。

 学術会議は昨年4月24日にも政策提言を行い、重ねて「国民的合意形成に向けた暫定保管」を求めています。原発推進勢力にとって、総量規制と埋め捨て方針の見直し、つまり脱原発へと向かうような原発学術会議の提言は煙たいだけだったのです。

 安倍自公政権は御承知のように〝原発いのち〟の政策推進、経産省等の原発利権に群がる官僚が引いたレールをひた走っています。最終処分関係閣僚会議「使用済燃料対策に関するアクションプラン」(案)が10月6日に示され、今後の取り組みとして「使用済燃料対策については、原子力発電所の再稼働や廃炉の進展等も踏まえて、取り組みを着実に進めていく必要がある」とし、事業者(電力会社)に「使用済燃料対策推進計画」の策定を求めています。

 関西電力が11月20日に同推進計画を策定したことは、本紙12月1日号「八木誠氏の原発延命計画」で紹介しているところです。さらに、11月30日には資源エネルギー庁のワーキンググループが「新たな環境下における使用済み燃料の再処理等について」(中間報告)を行っています。これについてはパブリックコメントの募集が行われていますので、正月休みの宿題としてやってみてください。

 正月休みくらい休ませろという声が聞こえてきそうですが、この国の有能な官僚は一歩先を見据えて次の手を練っています。ことの成り行きが「もんじゅ」の廃炉で終わるのか、核燃サイクルの放棄まで行くのか、それとも現状で強行突破するのか、その行方は分かりませんが、トカゲのしっぽ切りで終わらせたら、再びの惨事を見ることになるでしょう。 (晴)


 総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会原子力事業環境整備検討専門ワーキンググループ中間報告「新たな環境下における使用済燃料の再処理等について(案)」に対する意見募集について

 ずいぶん長い表題ですが、パブコメ募集の広報です。詳しくは、電子政府の総合窓口「イーガブ」で<案件番号620215019>で検索したら、詳しい内容がわかります。〆切が1月5日となっていますので、ぜひ正月休むに取り組んでみてください。

 参考として、昨年11月30日に開催された「総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 原子力小委員会 原子力事業環境整備検討専門ワーキンググループ(第5回会合‐議事要旨)の最後の部分を引用しておきます。委員の発言から、「電力小売りが全面自由化される来年4月以降、電力会社の経営が悪化した場合、再処理から撤退する会社が出て必要な資金が賄えなくなる懸念がある」(15年12月1日「毎日新聞」)ことがわかります。 (晴)

(委員)
原子力事業者には、引き続き日本原燃への出資を継続していただきたいが、2つの懸念がある。1つ目は、原子力事業者による、日本原燃の取締役会への関与である。社外取締役として取締役会に関与し、経営をしっかりと見つつも、再処理技術に知見が無いことを根拠に、無責任な関与を行うことは控えるべきである。2つ目は、発生者責任を有する原子力事業者が連携して、日本原燃に事業を実施させるための環境を作ることである。今後仮に、原子力事業者が撤退するような事態が起きたとしても、過去に発生した使用済燃料に対する再処理の責任から逃げることはできない。原子力事業者には、拠出金を出したから終わりと考えるのではなく、グループで、日本原燃に再処理を実施させることを担保して欲しい。
再処理するということは、プルトニウムを消費することを意味する。いずれについても発生者責任があり、再処理・MOX・廃棄物がすべて拠出の対象となることは、この点において大変重要である。
(座長)
制度を変えるに当たって、具体的な内容について御意見をいただいた。中間報告案については、御意見を踏まえ修文し、定められたパブリックコメントの手続きにかけた上で、とりまとめることとしたい。  以上 文責:事務局(資源エネルギー庁原子力政策課)号案内へ戻る


 橋下氏は安倍政権とともに憲法改悪しようとしている それを許さない!

橋下徹前大阪市長の去就が注目されています。安倍晋三首相らとの12月19日の会談では、憲法改正や安全保障について議論していたようです。来年夏の参院選は、衆院選とのダブル選挙になるとの見方もありますが、橋下氏は国政に転身するのでしょうか?

 「私人なんだから、放っておいてくださいよ」橋下氏は18日の退任会見で、政界復帰の可能性について、こう語りました。 

しかし、翌19日夜には都内のホテルで安倍首相と約3時間半も会談し、菅義偉官房長官とおおさか維新の会の松井一郎代表(大阪府知事)も同席しました。菅氏は20日のフジテレビ系『新報道2001』で、前日の会談での憲法改正論議を認めたうえで、『橋下氏が安全保障や外交について、いろんな質問をし、首相が答えていた』と言いました。

「安倍首相は憲法改正に着手したい。参院で3分の2勢力が必要だが、任期内の参院選は来年しかない。勝利の秘策の1つが衆参ダブル選挙ではないか。安倍首相は、憲法改正に賛同する橋下氏が『衆院志向』だと思っているはず。ダブル選挙に橋下氏が出れば、衆参で一定の議席をおおさか維新が確保し、憲法改正で協力できる。そんな計算をしているはずだ」(自民党ベテラン)

橋下氏は、政界に復帰するでしょう。そして、安倍政権とともに憲法の改悪をしようとしていると思います。彼の政界引退発言など信用できません。そうした意味では、次期参院選は、大変重要になります。1人区で、野党統一候補をいかに擁立できるかが大きなカギになります。一刻も早く安保法を廃案にしたいし、憲法の改悪も阻止したいし2016年も重要な年になりそうです。 (河野) 

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