ワーカーズ641号(2023/4/1)     案内へ戻る

  大阪の政治を維新の手から市民の手に取り戻しましょう!

 3月23日、大阪府知事選が告示され、6人が立候補しました。まず現職の大阪維新の会 吉村洋文知事も立候補し、「万博やIRカジノについて推進していく」、「破綻寸前だった財政を立て直してきた」、「府市一体での成長戦略」などを訴えました。

 今回の大阪府知事選の争点は、「カジノの是非を問う」ものです。維新の会は、カジノの住民投票を求める条例案約21万筆もの署名について公明党とともに大阪府議会で否決してきました。大阪市廃止・分割=トコーソーを強行しようとした時は、あれほど住民投票と言ってきたのにです。

 また、吉村大阪府知事や松井大阪市長ら維新は、「カジノに税金は使わない」と言ってきましたがこれはウソでした。カジノ誘致の開発費に約5400億円(カジノ用地の土壌改良費に788億円、インフラ整備費904億円、万博跡地の土壌改良費790億円、淀川左岸線第2期工事約2900億円)もの公金を使おうとしています。

 維新がやってきたと言っている財政改善や府市一体化は、市民サービスを削ってきただけです。維新は、大阪市立住吉市民病院を廃止し、公務員を減らし続けて住民サービスを悪化させてきました。

 あと知事候補は、元参議院議員の辰巳コータローさんが無所属で共産党推薦立候補しています。辰巳さんは、カジノに反対で他の主張やこれまでの行動をみて、一番まともだと思います。谷口真由美さんは、自民党・立憲民主党の一部から自主支援を受けています。谷口さんはカジノについて、「個人的には反対、住民投票で決着」と。中途半端な気がします。

 あと参政党、新党くにもり、政治家女子48党から立候補しています。

 大阪市長選は、この原稿を書いている(3月24日)段階では候補者が誰かは確定していませんが、維新からは松井市長の後継として横山英幸さん、大阪市議の北野妙子さんが無所属(自民や立憲が自主支援)、その他何人かが立候補予定です。

 維新政治を終わらせるという観点から、北野さんを支持します。それと北野さんは、大阪市廃止・分割=トコーソーの時は、反対運動を熱心に行なっていました。

 大阪府議会は、定数が88人から79人に減ります。その中で定数2の選挙区が1人になるのは5つもあります。維新が48人、公明15人、自民13人、自民保守の会3人、共産2人、民主2人、旭区民の会1人です。与党である維新だけで48人、事実上与党公明が15人もいます。

 大阪市議会は、定数は83人から81人に減ります。維新40人、公明18人、自民14人、自民・くらしが第1 5人、共産4人です。維新と公明で58人もいます。

 現在大阪府政・大阪市政を牛耳っているのは、維新です。カジノを止めさせるためにも、住民サービス低下をストップさせるためにも、維新候補を落とさないといけません。そのためには、投票率を上げる必要があります。2015年と2020年の、大阪市廃止・分割=トコーソーの住民投票では、投票率が60%を超えました。そのためトコーソーを否決に追い込みました。

 この選挙たいへん重要です。(河野)


  南西諸島を戦場にさせるな!――戦争準備に突き進む岸田政権――

 沖縄の離島など南西諸島のミサイル要塞化が進められている。

 米中対立の激化やロシアのウクライナ侵攻、それに日本の軍拡も進み、南西諸島は米中対立での最前線化が進んでいる。

 沖縄の人たちは、自分たちが住む島が再び戦場にならないか不安を募らせ、ミサイル基地化に抗議を続けている。

 しかし、コトはもはや沖縄の問題にとどまってはいない。いざ戦争ともなれば、本土も戦場となる。本土の反戦・平和の闘いも正念場を迎えている。
               ………………
◆南西諸島の要塞化と〝台湾有事〟

 3月16日、石垣島に陸上自衛隊の駐屯地が開設され、ミサイル部隊と関連部隊570人が配属される予定だ。

 宮古島駐屯地は19年、奄美大島駐屯地も19年に、すでにミサイル部隊が開設されている。与那国島には16年に沿岸監視部隊が配備され、22年にはレーダー部隊も常駐。昨年12月には新たなミサイル部隊の配備が発表され、さらに有事に通信妨害をする電子戦部隊の配備計画も進行中だ。

 今回の石垣島へのミサイル部隊配備に当たっても、住民への説明では「ミサイルの配備先はまだ決まっていない」として、搬入直前まで明言しない姿勢をとっている。

 日本が南西諸島の要塞化を強行する背景にあるのが、近年の経済力と軍事力増強を背景とする中国の膨張傾向と、それを敵視する米国の覇権争い、加えて、米国をバックにアジアの盟主を自認してきた日本の軍事大国化志向がある。

 米国では、デービッドソン米インド太平洋軍司令官(当時)が21年3月に、中国が「今後6年以内」(=27年まで)に台湾に侵攻する可能性があると警告した。また、米国CIAのバーンズ長官は、「27年までに侵攻を成功させる準備を整えるよう習氏が指示した」と発言したとされる。3~4年後にも〝台湾有事〟が勃発するとの観測だ。現に、日本の防衛省幹部も「27年までに周辺国を抑止できる態勢にしないといけない」(「朝日」1・11)と発言しているという。

 が、それらは習近平総書記の任期に関連する状況証拠の一つに過ぎない。現に、米国防総省のカール次官は今年2月、27年までに台湾に軍事侵攻する可能性について、「中国の習近平国家主席や人民解放軍が『準備が出来ている』と考えている兆候はない」とも述べている。

◆策定される《戦争計画》

 近年の沖縄のミサイル列島化、それに敵地攻撃能力の保有や軍事費の2倍増などを決めた昨年の安保戦略などの改定をみると、現状はもはや一定のシナリオに基づいた戦争準備に突き進んでいるとしか考えられない状況だ。その一端が垣間見えるのが、日米安全保障協議委員会(日米外務・防衛閣僚会合)「2プラス2」で進められている《日米共同作戦計画》づくりだ。

 その日米共同作戦計画。18年には尖閣有事を想定した共同作戦計画(コードネーム=5051)が策定されている。共同作戦計画とは、有事のシナリオごとに活動する部隊名や使用する基地や地名を書き込み、時系列まで具体化したものだ。22年1月の「2プラス2」の直後、岸防衛相(当時)が「相当突っ込んだ議論をしている」と言及したように、今はその最終段階だと報じられている(「毎日」23・1・3)。

 昨年改定された安保三文書では、こうした共同作戦計画づくりと並行するかのように、スタンド・オフミサイルの保有と配備計画も明確にされた。これは「統合抑止」「統合防空ミサイル防衛」を掲げる米国に日本も参画する前提で、〝台湾有事〟を念頭に共同作戦計画の策定と並行して準備されてきたものだ。
 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
   《別表――1南西諸島への長射程ミサイルの配備計画》

 *12式地地上発射型対艦ミサイル(能力向上型-地上攻撃も可能)(射程1000キロ、実際は1500キロとも)――23年度の量産開始、26年度に配備・運用開始
 *(同)艦艇発射型――28年度に配備
 *(同)航空機発射型――30年度に配備
 *(同)潜水艦発射型の開発も検討中
 *島嶼防衛用(??)高速滑空弾――26年度に配備
 *巡航ミサイル・トマホーク(米国から購入―400発)――イージス艦に26年度~27年度に配備
 *極超音速誘導弾、03式中距離地対空誘導弾(能力向上型)、迎撃ミサイルSM-3・ブロックⅡA、長距離艦対空ミサイルSM-6など――27年度までの配備
 *射程2~3000キロの高速滑空弾・長射程ミサイル――今後10年をめどとして配備》を挿入
 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 《別表――1》は、改訂安保三文書などでこれまでに明らかにされた長射程ミサイルの配備計画だ。これを見れば一目瞭然、26~27年にかけて〝予想〟される中国による台湾への武力侵攻、いわゆる《〝台湾有事〟》を想定した対中国戦を想定した配備計画になっている。

 これらの長射程ミサイルを九州や南西諸島に配備すれば、1000キロで平壌を、1500キロで北京を射程に収めるなど、中国内陸地までミサイル攻撃が可能になる。

 さらに米国は、今年1月の「2プラス2」で、在沖の第12海兵連隊を改編し、即応部隊となる海兵沿岸連隊(MLR)(=2000人、対艦・対空ミサイル部隊)を25年までに南西諸島に配備する計画も進めるとアピールした。

 MLRは、米海兵隊の機動展開前進基地作戦(EABO=対艦・対空ミサイル部隊を敵の攻撃範囲内の地域に分散展開し、移動を繰り返してミサイルによる攻撃拠点を確保する作戦)を担う中核部隊だとされる。むろん、自衛隊ミサイル部隊による島嶼内作戦行動も、同様のものだ。そうなれば、狭い島嶼全域が攻撃対象となり、島全体が焦土と化すような作戦であり、部隊なのだ。。

 すでに中国による台湾への武力侵攻の可能性が《予想》される26年や27年を視野に日米共同作戦計画は練られており、それに沿う形で日本のミサイル部隊や米国の即応部隊の配備が進行中なのだ。まさに《戦争計画》《戦争準備》としか言い様がない事態なのだ。

◆南西諸島は最前線

 その〝台湾有事〟の戦場はどこか。

 米軍が介入すれば、安保法制で日本も後方支援国や戦争当事国となる。戦場となるのは、台湾を別にすれば、ミサイル列島化した南西諸島、それに後背地の九州だ。さらには全国各地にある自衛隊と在日米軍基地も戦時態勢に組み込まれる。

 中国は通常兵力ではまだ近接海域などから米国本土を攻撃する力は無いし、だから攻撃しない。核戦争にならない限り、米中全面戦争にはならないし、米国本土は当面は戦場にならない。仮に、核戦争になったら勝者はいないし、それこそ現実世界は、終末期の様相だ。

 また中国は、台湾を攻撃・破壊は出来るが、台湾海峡を越えての兵員輸送力も含め、当面、占領支配は困難だとされている。米国は「統合抑止」という同盟国を巻き込んだ戦争で、覇権の死守を貫く。結局は、長期の消耗戦になる可能性が高い。疲弊するのは中国、台湾、それに日本だ。

 ロシアの侵攻を受けるウクライナ戦争の性格は諸相あるが、その一つに、米国とロシアの代理戦争という側面もある。米国は、一人の戦死者を出さないまま、ロシアを政治的・軍事的に疲弊、弱体化させるという思惑で、ウクライナ領土内での消耗戦にの軍事支援を続けている。

 仮に〝台湾有事〟となった場合、日本はまさしく米中の覇権争いの代理戦争を担わされることになる。もとはと言えば、台湾問題は、本土と台湾の間の問題だった。それが今では米中覇権争いの《カード》とされている。そんな覇権争いに組み込まれるのが、〝台湾有事〟での日米共同作戦なのだ。

 その〝台湾有事〟に関する世論調査では、日米安保条約を支持する声や、南西諸島への米軍の駐留や自衛隊配備に関して、容認する声も多い。仮に〝台湾有事〟になっても、それは南西諸島の問題だと他人事だと、自分たち本土への影響を考慮しない声も多い。

 が、いざ〝台湾有事〟となった場合、中国の攻撃は南西諸島に限ったものではあり得ない。最低限でも、南西諸島と一体の九州の米軍・自衛隊基地への攻撃は不可避だ。

 しかし現実はそんなものにとどまらない。〝台湾有事〟に日本が米軍とともに加われば、日本本土が戦場と化す。そんな悪夢のような事態を招いてはならない。本土の私たちも、遠い他人事ではなく自分事として考えるべき場面なのだ。

◆戦場は本土全体に

 戦場になるのは、南西諸島にとどまらない。例えば、以下の例だ。

 米国のシンクタンク(CSIS)が、中国の台湾侵攻を想定した昨年のシミュレーションについて今年1月9日、「報告書」を公開した。その結論として、2026年と想定した中国による台湾への武力侵攻は跳ね返されるが、日米双方は大きな代償を被る、という内容だった(「朝日」1・12)

 その報告書では、韓国や豪州など他の同盟国は問題外視し、日本こそ台湾防衛戦争の「要」だとされている。さらには「グァムの米軍基地では地理的に遠い。作戦において、日本国内の基地に代わるものはない。」(報告書をまとめた研究員)と話したという。報告書でも「日本の基地で航空機を攻撃から守るため、強靱性を高めることが必要だ」「有事に備えて日本の民間飛行場の利用も確実にすることも必要だ」ともされている(朝日・同)。まったく、米国は覇権争いで日本を利用することしか考えていない。

 こうした米国側の動きに呼応した国内での動きも見られる。

 昨年、安保三文書の改訂に向けて岸田首相が設置した「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」だ。そこでは、民間空港や港湾に関して、「軍用と民生に分けず、防衛力という観点で一体として運用すべきだ」という議論が交わされ、南西諸島の空港・港湾施設を手始めに「特定重要拠点空港・港湾」に指定、予算措置までするとされた。

 この米国のシミュレーション結果と「報告書」は、今後具体化される可能性があると結ばれている。米国内では、〝台湾有事〟での日本国内全体の戦場化が当然視されており、日本国内でもこれに呼応した下準備が進められているわけだ。戦闘のことしか考えていないのは、日本の政権も同じなのだ。

◆戦争計画を押し止めよう!

 いま沖縄では「再び沖縄が戦場とされるのでは」と、危機感が拡がっている。かつて様々な事情を背景に自衛隊基地の配備に賛成してきた沖縄の自治体や住民の中にも、政府が一方的に進めるミサイル部隊の配備などに対して、不安や危機感を背景に反対に立場に転じるケースも多くなっている。

 政府や好戦派の識者などは、基地やミサイル部隊は住民を守るためだとずっと言い張っている。が、そもそも住民保護の役割を負っているのは、直接的には政府であり自治体だ。自衛隊法や国民保護法でも、自衛隊には住民保護の直接的任務はない。〝戦争に勝つ〟ことで、結果的、間接的に《国や住民を守る》と言うだけだ。だから、かつての満州や沖縄戦でも戦闘が最優先、日本軍は住民を壕から追い出したり、〝開拓民〟を置き去りにして先に逃げ帰ったりしてきたのだ。

 いま、威勢良く軍事力増強を叫んでいる政治家や識者などは戦場に行かないし、戦死しない。死ぬのは自衛隊員であり、沖縄をはじめ、攻撃対象地に暮らす普通の住民だ。その自衛隊員も、戦争の可能性が切迫するに従って希望者が減り、それでなくとも進む少子化の影響もあって充足率が下がっている。場合によっては、徴兵制による召集なども先行き無いとは言い切れない。ウクライナでは国民総動員令で18才から60才は、全員、領土防衛隊の対象者だ。

 しかも事態はそれに止まらない。いまは威勢良く敵基地攻撃能力の確保だ、などと騒いでいるが、それが実現すれば、次は核武装の選択肢も現実に浮上(《核の傘=拡大抑止》を掲げる米国は許可しないだろうが)するだろう。

 果てしない国家間対立と軍拡のエスカレーションを終わらせるのは、いまは抑圧されている国も多いが、国境を越えて連帯した人々の平和を求める闘いだけだ。厳しい時代だが、草の根から声を上げて闘い抜いていきたい!(廣)案内へ戻る


  戦争準備はなぜ開始されたのか

■「台湾武力統一」というフェイク

日・米と中国との武力対峙がいよいよ本格化しつつあります。岸田政権は、あらゆる過去の自公政権よりも攻撃的です。それにはもちろん後で述べるように理由があります。

 「台湾危機」なる事態は、そもそも日・米が「中国脅威」でほかならぬ自国民を脅し付けるための策略でしかありません。つまり軍事力増大の正当化のためだと言えます。

 現実に台湾に独立派が多数を占め武力独立を目指す可能性は低く、現実的な話ではない。時間をかけて両地域の問題を解決すべきだし、両地域もこれまでも現実的立場をとってきた。それに横やりをいれようとする日・米は、まさにロシアと変わらない不当干渉だ。

 ところが、中国の隣人である日本政府のみならず、最近では独・仏・英も「中国の台湾武力統一の危険性」などと言いつつ、日・米と連携して対中国経済・軍事包囲網を強化している。どうしたことなのだろう?

■前世紀型帝国主義は通用しない

 中国は、後発国独特の国家主導的な強権的経済開発(国家資本主義)を成功させ、今後は米国に並び追い越す新興の経済大国・政治大国・軍事大国となるのは誰もが予想することです。

 この三十年、中国は外資を呼び込み最新技術を獲得し、他方では自国の過剰な資本を一帯一路政策などでどんどん海外に投下している。今では、一帯一路にこだわらずにグローバルな「支援と友好」路線で影響力を拡大。このことが米国や欧州の間で、経済力のみならず政治的な摩擦を呼び起こしているのは事実です。
 ・・・・・・・・・・・
 日本も米国も中国との経済的結びつきは強い。ゆえにこれらの国の資本家や政治家たちにとって中国との相互利益を重視する面も当然あります。しかしながら、他方では戦後70年間に先進諸国で形成されてきた既存の経済権益を保持する諸国(米、独、仏、英、日など)の不安と反発を招いていることもまた事実でしょう。添付の表【対外債権の多い国の順番】を観ればよくわかります。中国は日・独・仏・英などをしのぎ、海外投資を先進国のみならずグローバルサウスにも拡大し、債権額として米国に迫ろうとしています。この事実だけからも中国の国際的影響力は着実に増大しています。 

  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  ★2021年時点で、対外債権の多い国の順番と金額
 
  1 米国: 29400000(約2兆9400億ドル)
  2 中国:  1921000
  3 日本:  1341000
  4 ドイツ:   941000
  5 オランダ: 762000
  6 香港:    710000
  7 フランス:  648000
  8 イギリス:  542000
  9 スイス:   503000
 10 イタリア:  457000
    以上(単位は億ドル)
  この数字は、各国の政府、中央銀行、商業銀行、企業などが
  保有している対外債権の総額を示しています
      (統計の取り方で異なる資料もあります)。

  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 つまり中国の台頭が欧・米・日にとって自国の諸権益に対する危機としてとらえられることに始まり、さらに人種差別や反動的人士・勢力によって政治的に利用されることが強まっています。すなわち「オレ達の縄張りに中国が勝手に入り込み利益を吸い上げるのは許せない」「中国は秩序やぶりだ」「反民主的だ」・・と言うわけです。やくざ集団同士の「シマ(島)」争いと何ら変わるところはありません。一般国民は迷惑至極だ。
  ・・・・・・・・・・・・・・
 すでに述べてきたように、この国家間対立は資本同士の競争があり、そして資本家国家同士の摩擦・軋轢の問題に拡大転化されたモノであって一般の労働者市民にはあずかり知らぬ問題です。それにもかかわらず欧州や日本では中国の脅威をことさら叫び、軍事的対立を今では意図的に政府が煽り、国民を不安に陥れ軍事国家としての道に戻ろうとしている。これはすでに意図的な国民誘導です。米国は世界の中心で国家間対立を煽り続けています。

 今では米国ばかりではなく、英国、フランス、ドイツ、つまりNATOもアジアに関与することを主張し始めた。野蛮な前世紀の帝国主義の悪夢再び、と言う事態が忍び寄ってきました。我々はそれを止めよう、古臭い帝国主義の戦争を止めよう、そして止めることができます。十九世紀末や二十世紀初頭には実現できなかった国際的連帯の大きな力で、日本政府や各国政府の戦争準備に反対しよう。私たちの歴史的な力を示そう。

■日本軍国主義の衝動と日米軍事同盟の新展開

 中国について述べてきたことは日本にも当てはまります。日本は、対外債権では中国に次ぐ三位であるだけではなく、実は対外純資産残高では30年間世界一なのです。直接投資の利益を示す「第一次所得収支」は最近世界一位となり、国内の経済不振を海外の稼ぎで補う典型的な寄生国家となっています。世界中に進出した日本の虎の子の資産・資本を日本国家は守らなければならないという意識が彼らの中で強まっても少しもおかしくありません。ますます膨れ上がる海外の日本資産、その利益を脅かしつつある中国は「けしからん」と言うことになります。それが、日本資本主義と岸田政権の歴史的任務なのです。

 もちろん中国ばかりではい。日本の軍事化と海外進出は、日本の資産を欧・米諸国その他地元の武装勢力等からも守り護持すべき任務でもあるのです。米、日、中、ドイツなどは、世界を股にかけて資本投資競争を繰り広げている資本主義国としてライバルでもあるのです。
 ・・・・・・・・・・・・・・
 とはいえ、日・米にフォーカスすれば、現時点では対中国の思惑は一致しています。アジアにおけるロシアの影響力を抑制するかつての日英軍事同盟に似ています。アジアの大国を目指す日本と世界の宗主国を中国と争う米国の利害はこの限りで一致します。日本による米軍武器の購入も、米国政府は望むところでしょう。ゆえにこれを単なる対米追随・属国だからだ・・と短絡的に決めつけるのは一面的です。日本は米国(特に軍事力)なしに中国とは対峙できないし、米国もまた日本なしには中国を長期に抑える手立てはないと思われます。
  ・・・・・・・・・・・・・・
 日本は、先進諸国ばかりではなくグローバルサウスを収奪する、米・欧・中と並ぶ存在となっているのです。これこそが戦後長期にわたり日・米同盟の下で日本資本主義が築き上げた地位なのです。このうまい役割を新興中国に奪われたくはない。中国にトンビにアブラゲを持っていかれたくない。この日本資本主義の深淵を理解しなければ、日本軍国主義の現代的意味を理解できないでしょう。

 戦前の軍国主義的な亡霊の憑依とか、戦後に染み付いた米国追随根性によってだけ、日本は軍拡と戦争準備を進めているわけではないのです。このことは現在最も強調したい点です。(阿部文明)


  世界経済危機が生活危機へと転化されようとしている――闘いを始めよう

■金融緩和を巡る攻防

 SVB(シリコンバレー銀行)を始めいくつかの銀行崩壊と信用制度の危機は、たしかに金融業界への手ひどい懲罰となった形だ。しかしながら、これで金融資本や金満富裕層が「身を正す」はずもない。そんな素直な連中ではない。

 彼らが狙うのは、新たな金融緩和への口実、例えば「預金者保護」とか「金融システムの安全のため」とか・・。なんだかんだの口実を持ち出して、形ばかりのQT(金融引き締め)を中断してQE(金融緩和)すなわちバブルの再生の道を再確立する政策に誘導しようとしている。次期大統領選の前に大盤振る舞いしたいバイデンは勿論、FRB(米国中銀)も米国財務省もこの金融界の要求に譲歩している。FRBは債券購入(QE)を急遽再開した。これが米国の現状だ。
 
■バブリーな時代と金融略取 

 リーマン銀行破綻以降継続され、コロナ禍で加速した金融緩和政策は金融機関をぬるま湯につけてきた。過去一年間の欧米当局がとった「緊縮」政策は、資金の蛇口を止めたのではなく少々絞っただけだが、それで中堅銀行が潰れたのだ。それが事実である。リーマン危機後も緩和は金融界の圧力で実現され、共和・民主かかわりなく堅持された政策でありドットフランク法も骨抜きとなった。

 コロナ禍対策での大金融緩和で貧富格差が米国で急速に拡大したことが内国歳入庁(IRS)による2021年の調査で明確化された。緩和政策とバブル経済は金融資産家をとりわけ優遇するものであり、格差拡大のシステマチックな道具となっている。(詳しくは別稿で)

 このQE(量的緩和)政策によって、彼らの金融資産は「値上がり」という有利な局面が繰り返される。それだけではなく、邸宅や土地や家具や高級車、贅沢三昧、芸術品そして宝飾品や金の延べ棒に有利に転ずることができるのである。値上がりした債権類などの架空資本を貨幣へ、そして実在的な価値に有利に転換できるからだ。金融緩和政策はやり手の金融資産家にとって理想の経済環境なのである。失敗組はいつもハイリターンを狙いすぎた脇役だけだ。

 一方、彼らには庶民と異なり、インフレを怖がる直接的な理由は何もない。彼らが買い集めた贅沢な使用価値は、インフレによって棄損されない。いやインフレで市場価格が高まるばかりである。とはいえ米国及び世界経済は彼らの思惑のようにはならない。

■金融大緩和時代のマネー・ショート

 2022年、米国は記録的な倒産件数の減少であったが、他方、巨大テック企業の人員大合理化が紙面をにぎわし続けた。半導体事業も不振から減益へと転じている。そんななか「世界のマネー 歴史的減少」(2/17日本経済新聞)と言う報道があった。米国は前年同月比初めてのマイナス。EUもかなりの減少、OECD諸国も前年同月比で初めてマイナスと。

 また短期債権金利が急に上昇(直近は下落へ)、長期金利との金利逆転なども考慮すれば、米国と世界は経済恐慌に突入したと考えるほかはない。

 「債権はあるが、誰も現金に代えてくれない」「現金はどこだ!」「破産だ!」・・と。SVBやその他の銀行も倒産したのが流動性の枯渇だ。実体経済からも資金回収や決済が求められ、金融分野では去年の半ばからバブルは収縮に転じ、レバレッジの高い取引に追証や決済が迫られて、安い低金利マネーに油断してきた企業は資金がショートした等々。だから短期債金利は一時急上昇したのだ。FRBが資産を九兆ドルまで増やして銭ダク金ダクにしていたのに、さらに「利上げ」が行われたとはいえ米国の「実質」短期金利は依然としてマイナスなのに銀行破綻が始まった!このことは銘記されるべき異常な事態だ。
 
■資本主義固有の矛盾が、今、信用制度を激しく攻撃している

 繰り返すが、この信用制度の国際的動揺はSVBの特殊な倒産から始まったものではないし、クレディ・スイスの経営失態で説明すべきではない。さらに言えば、すでにふれたようにFRB(米国中銀)ECB(欧州中銀)の「緊縮」政策のせいでもない。それらは単にきっかけであるにすぎない。

 今回のような信用制度の動揺の本質は資本主義の根本矛盾にこそある。資本の利潤志向の経済拡張主義と大衆の消費力の狭隘性である。それが定期的に衝突する経済恐慌が金融緩和をベースとした時代にあっても爆発しようとし、破綻が始まりさらに信用制度を揺さぶり始めたとみる。
 ・・・・・・・・・・・・・
 K.マルクス的に言えば、信用危機を導いたのはほかでもなく、資本主義に随伴する諸矛盾(売りと買いの分離、生産と消費の分離、生産の限りない拡大指向と消費の制限性、資本の有機的構成の高度化と過剰労働力、産業資本と商人資本の分離、資本間競争、信用制度による矛盾の拡張と先延ばし等々)がそれぞれ自律して運動し周期的に対立の限界点に達する。次に始まるのがそれらの総合的かつ暴力的調整である経済恐慌だ。つまりは皮肉な話だが資本主義によりゆがめられた市場経済のしっぺ返しであり、引き裂かれてきた価値法則の貫徹のなせる業なのだ。社会的に価値の持たないものは無用物として暴露され投げ出される、倒産と失業の波が労働者を襲う・・。
・・・・・・・・・・・・・
 すでに、この生産と消費のアンバランスは2019年の末、つまりコロナ禍以前に忍び寄っていた。その後のコロナパンデミックと生産の落ち込み、さらに空前の世界的な金融大緩和が続き、スタグフレーション(経済停滞下のインフレ)が準備されたのであった。2022年、予想通りインフレによる大衆の追加収奪が昂進し、資本主義的生産と大衆消費のアンバランスは一層極端なものになってきた。このような資本主義固有の矛盾が、今、信用制度を激しく攻撃しているのである。(『ワーカーズ』記事「恐慌は すべての窓から世界資本主義を見つめている」2022/7/1、「エブリシング・バブルは収縮中――金融資本主義と経済恐慌の変容」2022/10/1など参照)

 世界資本主義を結びつける信用制度の動揺は、そのことが反作用として実体経済に逆に襲い掛かるだろう、魔のスパライルに陥る・・これが繰り返されてきた資本主義の歴史なのだ。
 
■経済危機が生活危機へと転化されようとしている――闘いを始めよう

 労働者市民は、この経済危機が生活危機へと転化されないように団結して闘う準備を始めなければならない。

 世界の指導者は国民をなだめるのに言葉を弄している。例えばバイデンはSVB預金者保護に税金は使わないと断言し、また、「預金全額を保証する」とFRBと連邦預金保険公社(FDIC)の共同声明で確認された。冒頭で触れたが、つまりは新たな「救済」と言う名のQE=緩和政策への大転回であることが確認できる。米国経済や先進国経済は、延命装置(企業の力ではなく、国家の財政信用力)で生き延びていることが、ここに改めて示された。

 しかし、米国も欧州も日本も各国政府の財政問題が緊迫しており、QE政策をさらに大規模に遂行できそうもない。したがつて、「不良」企業や中小金融機関の整理、人員合理化などが強行されるとみなければならない。企業と金融資本と彼らを保護する国家との闘いとなる、その時代は目の前にある。(阿部文明)


  読書室  宮田惟史氏著『マルクスの経済理論』(岩波書店)二0二三年二月刊

〇 正規の書名は、『マルクスの経済理論 MEGA版『資本論』の可能性』である。その内容は、メガ版『資本論』が刊行し終わり、永らく論議されてきたエンゲルスの『資本論』編集作業の全貌が確定したことで、改めて『資本論』の可能性を十の論点に絞って提起したもの。まさに世界最先端の議論で、画期的である。マルクスの経済理論は古臭いものというのが既に定説である。しかし本当の所、つまりエンゲルスにより編集された『資本論』ではなく、メガ版『資本論』の内容とは一体どのようなものなのか。これが問題である 〇

本書出版の目的

 実はこのメガの出版事業は、全百十四巻・百二十二冊を刊行する計画であり、二〇二三年一月現在、刊行されたのは約半数の六十九巻である。つまり事業は今も進行中。しかしこれらが出現したことで、マルクス思想の研究はまさに新たな局面を切り開いている。

 一方で、一九七五年から刊行のメガ版第Ⅱ部門「『資本論』とその準備労作」(全十五巻・全二十三冊)は、実に三十七年の歳月を経て、すべてが刊行された。今やメガ版によって『資本論』に関するすべてのテキストを読むことが出来るようになったのである。

 他方で、並行的に刊行の第Ⅳ部門の「抜粋ノート」の登場は、新たなマルクス研究の源になっている。トロツキーの秘書だったドゥナエフツカヤの影響下にあるアンダーソンは、『周縁のマルクス』の著作を持ち、「抜粋ノート」の研究者として世界的に著名である。

 こうして世界的には、「マルクス・リバイバル」と呼ばれる動向が巻き起こり、嘗て世界を席巻した教条的な「マルクス・レーニン主義」の呪詛の脱却や訣別に貢献している。

 宮田氏の本書は、メガに基づいてマルクスの経済理論を再考し、改めて資本主義システムの存立根拠と矛盾及びその制限性、これによりいかにして新たな社会―マルクスの表現ではアソシエーションである―が促拍するかを追求したものである。

メガにより明確となったエンゲルスの『資本論』編集の問題点

 今回の「『資本論』とその準備労作」の刊行完了によってマルクスが心血を注ぎ、何度も書き直した草稿がすべて出揃った。これにより、永年論議されてきたエンゲルスの『資本論』編集の問題点が具体的に検討できるようになった事が、まずは一番の成果である。

 このエンゲルスの『資本論』第二部及び第三部の編集については、エンゲルス本人が最小限の訂正等とその経緯を説明してきたこともあり、軽微なものと理解されてきた。しかし今回はまさに「論より証拠」である。エンゲルスの編集は、マルクス草稿の書き換えを含む、実に大胆なもので、部分的には極めて恣意的な編集がなされていたことが発覚した。

 これは多くの研究者にとっても想定外のことで『資本論』研究者は驚愕したのである。

 もっともこれとは別にマルクスが残した『資本論』第二部及び第三部の完成度に差がある各草稿をほとんど散逸させずに保存し、問題がありながらも『資本論』体系を「完成」させたことは、エンゲルスの不滅の業績としなければならないもの、と私は考えている。

 まさにエンゲルスのマルクスに対するこの誠実さがなければ、メガの「『資本論』とその準備労作」の刊行完了はそもそもなかったのである。このことは実に明確である。

本書で取り上げた十の具体的な問題点

 久留間鮫造氏を学統とする久留間学派の重鎮である大谷禎之介氏に公私ともに親しく師事してきた、宮田氏が本書で取り上げた核心を突く十の具体的な問題点を以下に列挙する。

 まずは資本主義システムの存立根拠として、①マルクスの経済理論の課題と方法、②市場―均衡論批判の基礎、③貨幣―貨幣数量説批判、④資本主義の存立根拠―所有基礎論批判。続いて資本主義システムの矛盾と危機として、⑤剰余価値と資本蓄積―資本の生産過程における支配・矛盾、⑥資本の流通過程と再生産―社会的再生産の攪乱条件、⑦利潤率の傾向的低下法則―法則の内的諸矛盾の展開、⑧信用と恐慌―貨幣資本の蓄積と現実資本の蓄積、そして資本主義システムの超克と現代として、⑨現代資本主義―利潤原理から脱利潤、⑩アソシエーション― 資本主義システムの超克である。特に①③④⑩は重要だ。

これらを見れば確認できるように、マルクス経済学のまさに基礎の基礎から真剣に議論されていることが理解できるだろう。紙面の関係で詳説が出来ないことは残念である。

本書のまとめ

先に述べたように本書は、メガに基づきマルクスの経済理論の核心を究明したものである。マルクス理論の発展やその批判的な克服を本当にめざすなら、まずメガを読み込むことが大前提である。メガの登場で現行『資本論』の理論的な不備やエンゲルスの編集やその意味不明ぶりをあげつらうことには、もはや何の意味もなくなってしまったのである。

 また多くの自称マルクス派は、マルクスの経済学と「現代資本主義」を切断している。「『資本論』はもう古い」は、彼らの暗黙の了解である。マルクスの時代は「自由競争段階」、現代は「新しい段階・形態」であるから、『資本論』は古いのだとする。しかし独占資本主義、国家独占資本主義、グローバル資本主義、株式資本主義、金融化資本主義、デジタル資本主義等々、屋上屋を重ねるような段階規定を思いついても、資本主義という質そのものは何の変化もしていない。事の本質はこのように明々白々な事実である。

 本書は、『資本論』の中枢をなす資本主義分析は、まさに現代と共通の土台を持つとの見地に立っている。問題は各段階の特異性ではなく、各段階を貫く同質性なのである。

この観点から宮田氏は、メガ版『資本論』第二部及び第三部のテキストに基づき新知見を踏まえ、十の論点に絞りつつも、全面的に展開してみせたのである。
 世界初のメガ版『資本論』の研究成果の発表である。読者に一読を薦めたい。(直木)案内へ戻る


  書籍紹介  『地域主権という希望』杉並区長・岸本聡子著(大月書店)

●杉並区長選挙の意義

 昨年七月の杉並区長選挙で、新人候補の岸本聡子が、僅差で勝利した。その大きな意義を、マスコミの多くは理解できていなかったように思える。「初の女性区長」「野党共闘の勝利」といった月並みな見出しが、それを表している。しかし、このマスコミの旧態依然とした論調は、日本社会の大多数の政治意識を反映しているとも言える。

 杉並区の市民が「ミュニシパリズム」をキーワードに、それまでの多様な「市民運動」の積み重ねを結集しで新市長を生み出したことの意義に、ピンとこないのが、日本社会の平均的傾向であるかもしれない。

●東京西部の市民派

 この落差を理解するには、実は杉並区だけでなく、この二十年近く東京の西部、具体的には、世田谷区、練馬区、多摩市、武蔵野市、小金井市、国立市などで、市民派の議員や首長が相次いで登場し、安倍首相の政治とは異なる地域主権のベルト地帯が形成されていることが、背景になっていることを認識することが前提となる。

 この東京西部の市民は、 「ミュニシパリズム」を、何もヨーロッパの政治理論として詳しく学習したわけではなく、自分たちの市民運動の経験から、体感的に共感して、岸本聡子を候補に迎え入れたのである。

 また、政党関係では「野党共闘」「市民連合」といった国政政党の野合ではなく、「地域から政治を変える」に軸足を置いた「杉並・生活者ネットワーク」や「緑の党グリーンジャパン」や「新社会党」などが縁の下で支え、むしろ国政政党(立憲、社民、れいわ等)を巻き込んだことも、特徴である。

●新自由主義との闘い

 ミュニシパリズムの特徴は、九十年代から世界を席巻した新自由主義との闘いがベースにある。

 しかも旧来型の「保守党と社民党」の国政レベルの攻防より、「バルセロナコモン」やナポリ市の「民主主義と自治党」といった地域政党が自治体を舞台に攻防している。それは右派ナショナリズム政党との闘いでもある。

 さらに、新自由主義のロビイストに取り込まれた欧州議会や、欧州連合版グリーンニューディールのあり方にも、地域主権の立場から意義申し立てを行うため、積極的に参加・介入を目指している。これはかつてマーストリヒト条約に反対した「社会的欧州」運動の第二幕とも言える。

●対話型の地域民主主義

 岸本聡子は、日本の環境活動の流れで、オランダに移住し、ヨーロッパのミュニシパリズムを連携させる組織を通じて、各地の地域主権の運動を肌で体験してきた。

 しかし、岸本聡子の目指す市長像はヨーロッパのミュニシパリズムを上から垂れる「カリスマ市長」では全くない。

 むしろ「対話」からはじめるのが、その基本的スタイルである。しかも対話の相手は「区議会の与野党議員」や「区の職員」に留まらず、「気候市民会議」や若者たち、女性たちなどの一般市民を重視しているのが大きな特徴である。

 また「公契約条例」の拡充も、地域のワーキングプアの労働・生活条件の改善と地域循環型経済への民主的転換に向けた重要な課題である。

 折しも統一地方選を目前にして、「地域主権という希望」をキーワードに、地方政治のあり方の未来を考える良書である。(夏彦)


  何でも紹介 国際連合安保理の機能不全

●国連安保理は、ウクライナ情勢などをめぐり、拒否権をもつ大国どうしの対立で一致した対応がとれず、機能不全に陥っている。それは国連の生い立ちと安保理の特権的な運営そのものから発生するものである。

 今年の2月28日から3月2日まで国連総会が緊急特別会合を開き、3月2日、ロシアを非難し軍の即時撤退などを求めた決議案が賛成多数で採択された。(欧米や日本など賛成した国が141カ国、ロシアやベラルーシなど反対した国が5カ国、中国やインドなど投票を棄権した国が35カ国だった。)しかし、採択された決議案ではあったが、拘束力はなく、参考にするべき意見として、国際社会の総意を示す意味はあるものの、「拒否権」を持つロシアへの圧力としては限界があり、一向にロシアによるウクライナ侵攻は収まらず長期化の様子さえ見せて、戦闘激化と民間人の犠牲拡大に手を打てずいる。

 国連憲章は、安全保障理事会を平和と安全を維持することに主要な責任を負う機関としているが、侵攻が始まって以降、安保理は10回以上開かれたが、法的拘束力を持つ決議は一度も採択されていない。

 第2次世界大戦の反省から創設された国連が、戦争を防ぐ本来の役割を果たせていないのは、加盟国の主権を認めつつ、大国による押しつけや常任理事国の「拒否権」等、自国の政治・利益を最優先するという国連運営の現状があるからだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  国際連合とは

 第2次世界大戦の反省を踏まえて1945年10月24日に設立された国際機関で、国際の平和と安全を維持すること、国家間の友好関係を育てること、 国際問題の解決と人権尊重の促進に協力すること、そして、各国の行動を調和 させるために中心的役割を果たすこと、という 4 つの目的がある。
現在は193カ国が加盟し、本部は米ニューヨークにある。総会や安全保障理事会、経済社会理事会国際司法裁判所など6つの機関を持つ。さらに国連教育科学文化機関(ユネスコ、UNESCO)や世界保健機関(WHO)、世界銀行グループなどさまざまな専門機関や関連機関がある。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  安全保障理事会(安保理)とは

 国連の中で国際平和や安全の維持を役割として担っている機関で、国連憲章の第23条で、安保理は15の国際連合加盟国で構成されることが決められている。具体的な活動としては、国連平和維持活動(PKΟ)の設立や多国籍軍の承認、制裁措置の決定などがある。常任理事国の5カ国(第2次世界大戦の勝利国である米国、英国、フランス、中国、ロシア)は「拒否権」と言う特権を与えられており、入れ替えもないが、非常任理事国10カ国は任期が2年で、全加盟国による秘密投票によって選出される。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  「拒否権」とは

 国連安全保障理事会、略して国連安保理の決議は常任理事国5カ国を含む理事国9カ国以上の賛成投 票によって採択されるが、世界平和の維持には大国が協調して行動することが必要との「大国一致の原則」の考えから安保理は、第2次大戦の戦勝国である米英仏中ロの5カ国に、常任理事国として恒久的地位を保障し、自分たちにとって都合の悪い決定を一方的に拒否できる「拒否権」を与えた。
 拒否権を持つ常任理事国が1カ国でも反対をすれば、その決議は採択されないというルールになっているので、常任理事国5カ国の賛成が必須なのである。
 そもそも紛争を根本的に解決しようとしても、国連の中心的な存在であるこの5つの国が戦争当事国のどちらかにつき支援すれば、自分たちの国益を優先したいがために「拒否権」を行使することによって、紛争がなくならない現実がある。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
●改革は必要だとしながらも・・・ 第2次世界大戦の反省から創設された国連が、戦争を防ぐ本来の役割を果たせていないことに、安保理改革を求める声は以前から根強い。

 国連は、1945年の設立から半世紀を経過したころから、参加国の増加や日本の国連分担率が常任理事国である英仏ロ中の4か国合計の分担率を上回るなど財政負担の偏りが生じている事や、後発国の経済的発展など新たな時代状況に対応した国連組織の抜本的改革を求める動きが強まってきた。

 その中でも(1)安全保障理事会改革が最大の争点であり、そのほか(2)敵国条項(第二次世界大戦の戦勝国(連合国)が母体で作られたから第二次世界大戦で枢軸国側に立った国(特にドイツと日本)が侵略行動を行った場合には、安全保障理事会の議決に基づかずに強制行動がとれるという規定)の削除問題、(3)信託統治理事会の改編問題などがある。さらに国連総会を含めた国家を単位としその利害に影響される現在の意思決定方法から脱却し、世界の市民、立法者の意思が直接反映される国際連合議会会議の創設が構想されているが、これらの改革には国連憲章の改正が必要である。

 日本やドイツなどの敗戦国やブラジルやインドなどの後進国が経済的にも力を得ることになり、国連改革に積極的に名乗りを上げている。

 日本とドイツ、ブラジル、インドの4カ国は、これまで2度、常任・非常任理事国の拡大を掲げた改革案を共同で提出したが、(各国からも安保理の改革を求める発言が相次ぎ、現在5か国の常任理事国を増やすべきだとか、拒否権の行使に制限を設けるべきだといった意見が出されている)ロシアや米国等は、現状変更に否定的な姿勢をみせて、常任理事国は既得権益を手放すことに抵抗感が強く、身動きが取れない状況が続いている。安保理の存在意義が、根本から揺らいでいるのだ。

●国連改革は万国の労働者の団結にかかっている。

 日本は世界有数の経済力を持ち、憲法で「戦争の放棄」を謳いながら、国連憲章51条の「自衛権」を縦にして防衛力強化を推し進め、敵基地攻撃能力を持つまでになっている。

 大国として岸田文雄首相は拒否権の抑制や「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持」「新たな国際秩序の枠組み」の必要性にも言及し、国連改革に意欲を示しているが、それは国連の根本的な改革ではなく、常任理事国を増やすべきだとか、拒否権の行使に制限を設けるとかの修正案であり、自分たちが(拒否権)を含む権限を持ち国連の主導権を握るためであり、大国として君臨するためのものである。

 日本の支配層や各国が目指している国連改革は「国の自立」を基にした国家同志の連合であり、連合内における力量の差で権限が強まり、権限によって運用される今の国連の諸活動と何ら変わらないものである。常任理事国という大国の仲間に入って国連の指導的地位を確保するための改革では現常任理事国の影響力は弱めても根本的な解決にならないことは明らかだ。

 国内で民族や宗教対立、差別・抑圧・収奪・搾取が行われている国と国がそれぞれ独立し分かれている以上競争や争いは起こりうる。そのための調停組織は必要であり、戦争阻止を求める多くの国々や国際世論と協調して、国連改革への主導的な役割を果たすことが求められているが、国連内の権限獲得や権力争いのための国連改革では真の改革とはならない。

 国という枠を超え新たな民主的で公平な国際組織の創設は、働くことのみを持って生活を支え、諸悪の根源である資本や国家からの搾取や収奪と闘う「祖国を持たない」労働者・人民の国際的な団結と連帯でこそ成し遂げられるものである。 (光)案内へ戻る


  ドイツ社会風刺のカーニバル

 先日、ドイツ・ケルンの友人からカーニバルのパンフレットと新聞が送られてきましたので紹介します。

 カーニバルというと、皆さんはブラジル・リオのカーニバルを思い浮かべるかもしれません。ドイツの各地では、社会風刺の山車が出るカーニバルが一般的です。その中でもケルンは、デュッセルドルフとマインツと並び、ドイツ3大カーニバルと言われ、人口(100万人)と同じくらいの観客が各地から集まります。

 私は2015年まで、9回ドイツの3大カーニバルを見学し、楽しみました。その後、「ドイツのカーニバル」という本を発行。友人によると、ケルンのカーニバルは歴史があり、今年は開催200周年にあたるとのこと。コロナ禍は規模が縮小されましたが、3年ぶりに従来のカーニバルが復活。 

 2023年2月20日、8.7kmの道路に80もの山車が出て、仮装した78グループ(1万2000人)が4時間かけて練り歩いたとのこと。新聞とパンフレットを見ると、山車のテーマで一番多かったのはプーチン。ウクライナ国旗のバスタブに入り、血を浴びるプーチン。悪魔とキスしているプーチン。これは、私が見たこともあるベルリンの壁絵(365㎝×480㎝)をモチーフにしたものです。東ドイツ建国30周年を記念した1979年、ソ連の指導者ブレジネフと東ドイツのホーネッカー議長のキスが報道されました。ロシアでは親しくなり、友情の証しとして男同士がキスする習慣があるようです。

 他にはウクライナに急きたてられ支援に回るシュルツ首相(社民党)、連立を組んだ緑の党のエネルギー危機や軍事支援のあがき、イラン女性のスカーフ問題、ファシズムの歴史に名を刻むイタリアのメローニ首相(ファシスト党)、再選をしたがっているトランプ前大統領、サッカー協会FIFAのカネまみれ問題など、多くの社会風刺をする山車が出ました。

 私が一番気になったのは、昨年11月から12月にかけて行われたカタールのワールドカップ。日本はスペインやドイツの強豪に勝ってベスト16に入り、「ブラボー」の流行語が生まれました。

 しかし、カタールの7つのサッカー競技場建設(2010年から10年間)で、6500人(イギリスBBC)とも1万5000人(NGO報告)とも言われる労働者が犠牲になりました。インドやパキスタン、ネパール、フィリピンなどの出稼ぎ労働者が、40℃の炎天下、時給125円で働かされたのです。

 カタール大会の総費用は30兆円(前ロシア大会の13倍)で、運営者FIFAは2兆円の収益を手にしました。ドイツはサッカーの盛んな国ですが、この大会のテレビ視聴率は非常に低く、私が購読している東京新聞(2022年11月25日付け)では、「ドイツの56%の人が全く見ない」と報道しています。サッカーの好きなドイツの友人二人も、人権問題もあり、今回の大会は全く見なかったとのこと。日本とドイツの意識の違いを感じます。カタールの人権問題を扱ったマスコミはごく一部でした。日本も多くのマスコミが、政府や国民の顔色をうかがい、自主規制しているようでは政府の思うつぼではないでしょうか。

 ドイツの社会風刺のカーニバルは、ボケ防止に始めた川柳とつながっているのかもしれません。
(石井良司)


  袴田巌さんの各種集会に参加し「再審法」の問題点を知る

① 鴨志田祐美弁護士の講演会に参加し本を購入する

 今年の1月、清水の「袴田巌さんを救援する清水・静岡市民の会」が、袴田巌さんの再審無罪をめざした集会を清水で開催した。その集会の講演者が鴨志田祐美弁護士であった。

 当然、私は鴨志田祐美弁護士のことはまったく知らなかった。講演が始まる前、会場の入り口で鴨志田弁護士の関係者の人が鴨志田弁護士の本を販売していた。本のタイトル「大崎事件と私/アヤ子と祐美の40年」と言うフレーズに目が止まり購入した。

 それから鴨志田弁護士の講演が始まったが、話がとてもわかりやすく、面白く、知らず知らずのうちに引き込まれてしまった。この人は、私が知っているような「真面目な堅物の弁護士さん」と言う感じではなく、ざっくばらんで人を引きつける力があると感じた。

 講演を聞き終えてから、さっそくこの本を読み始めた。

 大学時代は親からの仕送りは望めず、酒場のピアノ弾きから学習塾の講師まで、アルバイトと奨学金のみで生活する苦学生だったと言う。大学卒業後一転、実力勝負の世界である司法試験を目指したが、さすがに簡単に合格出来なかったようである。

 その後、東京の司法試験予備校に入社し、アメリカのロースクールの調査を命ぜられ、夫を東京に残し単身アメリカに留学。しかし、帰国後すると日本はバブル崩壊で会社を退職することになる。その後息子を出産し就職をめざしたが、鹿児島では「大卒・30歳・子持ちの主婦」では会社に就職できない。さしあたり鹿児島県庁の臨時職員のアルバイトとなり、さらに社会保険労務士試験に合格、その翌年に行政書士試験にも合格。さらに公務員試験予備校の鹿児島校の法律科目の教師として採用される。

 教え子たちに触発されて12年のブランクを経て司法試験に再挑戦することを決意し、受験再開から3年目の2002年11月に司法試験に40歳で合格する。その後、2004年10月に無事に二回試験(司法修習の修了試験)に合格し、鹿児島での弁護士としての一歩を踏み出した。

 その直後に福岡高裁宮崎支部は、大崎事件の再審開始決定を取り消して再審請求を棄却した。弁護団は最高裁に特別抗告を申し立てた。この最高裁での特別抗告審の弁護士選任届にサインしたときから、長い「大崎事件弁護団」の闘いが始まった。

② 冤罪被害者救済のため再審法改正が必要

 袴田さんに関する集会は、3月19日(日)の浜松集会、21日(火)の静岡集会、25日(土)の静岡での弁護士集会と1週間で3回も開催された。

 3月25日(土)に開催された静岡県弁護会主催の「袴田事件からみえる再審法の問題点」のシンポジウムはとても内容が豊富でありとても参考になった。

 この集会の最初に、東海テレビ制作「ドキュメンタリー・ふたりの死刑囚」(名張ぶどう酒事件・奥西勝<89歳>と袴田事件<79歳>)が上映された。この作品の中で、帝銀事件で逮捕された平沢貞道さんの事も取り上げられて、初めて知る事実もありとても参考になるドキュメンタリー作品であった。

 今回の袴田さんの「再審開始決定」を受けて感じることは。無罪求めて57年間も死刑囚・袴田巌さん(87歳)と姉・ひで子さん(90歳)は闘い続けてきた。

 ようやく袴田さんの再審開始を認めて釈放した2014年の再審開始決定をした時は、検察が即時抗告したので9年という貴重な月日が流れてしまった。

 3月25日のシンポジウムで袴田事件弁護団は「検察官の手元に残されている再審の請求人にとって有利な証拠がなかなか開示されず、再審開始決定が出ても検察官の不服申し立てで救済が妨げられている。再審法の抜本的な改正が必要なのは誰の目にも明らか。特に検察の証拠開示、上訴の禁止を法制化しなくてはいけない。」と強調した。

 県弁護士会は2月の総会で、再審請求審での全面的な証拠開示の制度化や再審開始決定に対する検察官の不服申し立て禁止など、再審法の速やかな改正を求める決議をした。

 日本弁護士連合会も新たなチラシ「無実を訴えても40年、50年、そしてこれからも。再審法が改正されない限り、私の人生は『法との戦い』だ。証拠開示の制度化、検察官抗告の禁止。えん罪救済を阻む現行法を見直し、公正・迅速な救済を実現するため再審法改正を、今すぐに」を作成し、全国キャラバンを展開している。

 私たちも、この理不尽な「再審法」の改正に声を上げていこう。(富田英司)


  袴田巌さん無罪の公算

★57年目、袴田さんようやく再審開始決定!

3月13日に東京高裁は再審裁判を認める決定をし、その中で「証拠ねつ造の疑い」も指摘した。対する東京高検側は、期限最終日の3月20日特別抗告を断念すると発表した。そのわずか3日前の静岡新聞一面トップには「袴田さん再審特別抗告-検察、高裁決定に不服」と大きく報じられるなど、ぎりぎりまで不安を抱かされた。

拷問による自白と、ねつ造された衣類の証拠、そうであれば無実は明白だった。巌さんはすでに1982年の上告趣意書に「衣類は自分のものではない、ねつ造だ」と書いている。これがようやく認められるのに、なぜ40年以上もかかったのか?最初からすべての証拠が開示されていれば、死刑判決も、長期の拘留そして巌さんの精神への打撃もあり得なかったはずだ。

決定に先立つ昨年11月、大善文男東京高裁裁判長は静岡地検を訪れ、検察による衣類の味噌漬け実験の結果を自らの眼で確かめた。12月には、短時間だが巌さんと対面し言葉を交わしている。裁判官が死刑囚と面会するのは異例だという。

3月15日の地元静岡新聞では、事件当時静岡県警清水署の巡査だった男性(80代)が「(事件4日後に徹底捜査)工場の味噌タンクには絶対何も無かった」と紹介している。この証言は、ずっと表に出されてこなかった。

証拠にとことん向き合い、被疑者の言い分に耳を傾ける等の当然な行為が、今まで関わってきた多くの裁判官にはほぼ無かったということだ。

かつて獄中で、巌さんは「声を限りに叫びたい」「胸いっぱいになった真の怒りをぶちまけたい」など無実を叫び続けていた。今の巌さんからはそうした言葉は出ず、かわりに「事件は無い」「自分は勝って無罪になった」「最高裁長官だ」等、現実を超越している言葉が聞かれる。

下された誤った死刑判決を正そうにも正せない半世紀以上の、先の全く見えない年月、絶望と死刑の恐怖が招いた結果が今の姿だ。失われた平穏な、親兄弟、友人たちとの日々は誰も取り返すことができない。生涯を台無しにした側はなぜ裁かれ罪を問われないのか?

3月20日検察の特別抗告断念の知らせを受け、弁護団らは記者会見の場で「ありがとうございます。みんなの力が一つになって・・・」と感極まって涙を流した。弁護団にとっても、再審裁判の高い壁を前にした日々がとてつもなく長くつらかったことを物語っている。巌さんにとってはどんな思いなのか、今は聞くことはかなわない。

ともあれ並外れた強い心身の持ち主である姉の秀子さんと巌さん、彼らを今も日々支えている浜松の見守り隊の皆さん、そして弁護団・支援者ら多くの市民の粘り強い戦いの力が大きく世論に訴え勝ち取った再審開始決定だ。ただ、無罪判決までもう少し戦いは続く。

これまでの経緯のなかから、証拠の不開示、検察の特別抗告、迅速ではない審理等、問題山積みの日本の司法を改革すべきとの声が次々に上がっている。ぜひ改革を実現させてゆきたい。

★「3・21再審開始決定報告集会」( 静岡労政会館)の報告

秀子さんは満面の笑みを浮かべ「本当にうれしい!ありがとうございました。これから最後の静岡地裁での無罪を勝ち取るまでもうしばらくご支援ください」とあいさつ。この日は、前日に検察が特別抗告を断念したことで、再審開始決定が確実になったばかり。3月13日の再審開始決定から、検察の抗告期限までの一週間、皆が不安でいっぱいだったのだ。だからこの日全国各地からの支援者ら130人あまりが集まった会場は、喜びであふれていた。

 まず西嶋、小川両弁護士から報告「高裁決定に対して、検察側が一切の抗告の理由が書けないのは当然だ」等と発言。続いて特別ゲストの周防正行映画監督は、日本の司法の問題点として、逮捕の後はえん罪であっても自白するまで釈放しない「人質司法」、証拠隠しなどについて語った。検察官・裁判官はたとえ誤っていたとしても「確定判決は真実よりも重い」との意識にとらわれえん罪を生み出し続けている。裁判官の最大の使命は「無実の人を罰してはならない。人権を守ることだ。」と強く訴えた。

秀子さんの後、巌さんがあいさつ。「龍との戦い」「皆の協力が必要」等穏やかな表情で話してくれた。続いて東京から駆けつけてくれたシンガーソングライターらが、巌さんを思い、また無実を訴える自作曲を元気いっぱいに歌ってくれた。

続いて、この長い戦いを引っ張ってきた歴代の弁護士7人が登壇。最近参加したばかりの若い弁護士を始め、40年以上前から関わる70代まで、各各の発言が味わい深いものだった。

「完全勝利です!支援者の知恵と力、抗議の声のおかげです。特別抗告の取り下げは、検察が自らの過ちを認めたわけでは無く、組織の打算のため。全く反省していない」(間光洋弁護士) 「巌さんはすでに1982年の上告趣意書に、五点の衣類はねつ造だと書いている。ようやくそれが認められた。えん罪は他にもたくさんある。だからこそ原因をただし、再発防止へとつなげたい」(田中薫弁護士) 「新証拠が支援者とともにつくられることに驚いた」と2019年から参加の水野智幸弁護士(元裁判官)。今後の静岡地裁での公判の見通しについては、「できるだけ早く開始して終わらせたい。地裁も同じ思いだと思う」とのこと。そして 集会の最後に登壇したのは元・現のボクサー3人。「うれしくてうれしくてうれしくて」「秀子さんは最高のセコンドです!」と熱い思いが伝わってくる言葉だった。

取り返すことのできない大きな犠牲を強いるえん罪事件、再発防止のために取り組むべきことは山積みだ。さらには確定死刑囚として処刑されていたかもしれない巌さんを思えば、死刑制度は廃止すべきだと強く思う。(澄)案内へ戻る


 コラムの窓・・・あまりにいかがわしいマイナカード普及策!

 2022年度末までにすべての人々にマイナンバーカードを持たせる、とした政府の思惑はハズレました。大きく外れたか予想内だったかは、3月31日時点の数字が示されたときに明らかになるでしょうが、この間のいかがわしいあれこれの小細工が持つことへの抵抗感を高めたことは間違いないようです。

 マイナポイント第2弾の2万ポイント付与が取得に拍車をかけたのは確かですが、河野某などがしゃしゃり出て保険証を廃止してマイナ保険証だなどと鞭を繰り出した時点で、ことの本質が隠しようもなく明らかになりました。つまり、カネで釣ることも含めて持つことの利点ではなく、持つことを強制することがマイナカードの真の狙いなのです。

 新年度に向けて、すべての自治体で「個人情報保護条例」が改変され、〝保護〟から〝活用〟のための条例となっているはずです。もしかしたら、国と争っても市民の個人情報を守ろうという気骨のある自治体があるのかもしれませんが、「個人情報保護法」を超える規程は許さないという国家官僚の執拗な攻撃は避けられません。

 持ち歩くことの強制は何のためか、河野某が言った〝デジタルパスポート〟としてあらゆる場面で本人確認を行う、レジで、改札で、診察で、警察の職務質問となったらマイナンバーで直ちにあらゆる個人情報を調べられてしまいます。これは、悪いことをしてないからいいとかいう問題ではありません。大げさに言えば、支配と被支配の関係を示すもの、自らの情報はすべて隠し相手の情報は全て奪い取る、強制的に割り振られた12桁の番号はそういう役割を負わされているのです。

 マイナ保険証については、毎回これを提示しなければ受診できないし、全ての医療情報を見られてしまいます。紛失したら、再発行されるまで受信できません。多数のカードを持ち歩かなくてもよくなるとも言われ、落として番号を見られても大丈夫とも言われますが、暗証番号を書いてあったりしたら大変だし、番号を知られたら気持ち悪いでしょう。番号を書いたりしない? いろんな用途で使用してそれぞれ番号があったりしたら覚えられますか、私はムリです。

 この制度が始まったとき、番号を見られてはいけない、関係書類の取り扱いは厳重にとか言っていたのに、今は何の問題もないと言い出しています。普及のためには何でもあり状態で、乳児は写真なしでいい、本人が交付申請できないなら代行でもいいとか、厳密な本人確認はどこに行ったのでしょうか。乳児にカード持たせてどうするのか不可解ですが、子どもが生まれたらカード作れと市役所の窓口で言われたりするようです。

 備前市では2022年度、コロナ給付金で給食費、保育料、学用品を一律免除していましたが、23年度からは家族全員がマイナカードを取得したら減免し、市内で使える独自の電子地域ポイントで支給する条例を可決しています。さらに、カード取得者には市営バス運賃も無料にする条例も可決しています。

 法律で任意とされてるカードを持っているか持っていないかで差別する、トンデモ施策と言うほかありません。もっとも、国が先頭切ってやっているんだから自治体が真似るのも当然と言うべきか。今後も、あらゆる場面で持つことの強要が予想されますが、カードの交付申請は法的には任意です。持たない覚悟が身を守る、この国もそんな時代に突入しつつあると思ったら気が重くなりますが、春めく気分でそんな暗雲は吹き飛ばしましょう。 (晴)
 
 川柳2023/4 作 石井良司

 ペン先に平和を込めた巨星堕ち
 パラ選手テニスの汗へ栄誉賞
 自給率休耕田に叱られる
 腕時計外して歩む林住期
 トマホーク買って九条軽くする
 ペッパーミル挽いて野球はワンチーム
 支持率を見て政策を変えていく(「茶番」)
 戦争に放り込んでる人柱(「勿体ない」)
 自給率休耕田が泣いている(「勿体ない」)
 疑惑ある人も国葬日本国(「2022年の出来事」)
 ロシアから愛の代わりに届く弾(「2022年の出来事」)
 オカルトと恋仲バレた永田町(「2022年の出来事」)
 エリザベス慕い追悼長い列(「2022年の出来事」)
 戦争のニュースに飽きる外野席(「外」)
 八十億平等にある陽の恵み(「光」)
 核ごっこもう止めたらと千羽鶴(「遊ぶ」)
 少子化へ窮余の策の給付金(「配る」)
 殺処分卵メニューを消して行く(「消」)
 物価高どこ吹く風の防衛費(「吹く」)
 汚染水軽く撒くなと魚たち(「軽」)
 鳥インフル鶏の命を軽くする(「軽」)
 そろばんがブレーキかける脱炭素(「ブレーキ」)
 核威嚇歯止めかけろと千羽鶴(「ブレーキ」)
 危険の芽さらすロシアの核威嚇(「芽」)
 無理やりの土砂に咳き込む辺野古沖(「強引」)
 埋められる鶏へ一輪花手向け(「飾る」)


  色鉛筆・・・東日本大震災から十一年 伝えなくてはいけないこと 忘れてはいけないこと

 二〇十一年三月十一日午後二時四十六分、沿岸部近くに修理に出していた車を取りに行くため、コンビニで飲み物を購入しようと車を停車した途端、緊急地震速報が鳴ったと同時にとてつもない大きな揺れに襲われました。車が左右上下に大きく揺れ全く身動きできませんでした。目の前のコンビニはパリンバリンと音をたて、ガラスは壊れ、電気が消えました。地震がおさまってから、周りにいた見ず知らずの人と声を掛け合い、コンビニの店主は、店内は危険だからと欲しい商品を話すと取りに行ってくれ、レジは動かないけれど水と電池を販売してくれました。納車に行く途中の道は津波が浸水していたので、私自身は偶然にも命拾いしたと思います。

同時刻、石巻市にある大川小学校では児童は校庭に避難していました。午後二時五十二分三時十分と二回大津波警報が発令され、三時二十分頃には消防車が高台避難を呼び掛けましたが、児童は校庭に残ったままでした。三時二十八分の石巻市広報車が「追波湾の松林を津波が越えた」「高台避難」を呼び掛け、目の前にある山ではなく北上川沿いにある三角地帯に避難の最中に七四人の児童、十人の教職員が津波に巻き込まれ亡くなりました。

 地震発生から津波到達まで五十一分、ラジオや防災無線で情報は学校側にも伝わりスクールバスも待機していたにも関わらずこの惨事を引き起こした事実・理由を知りたいという親たちの切なる願いに対して、行政の対応には誠意を感じられず、その説明に嘘や隠蔽があると感じた一部の親たちは真実を求め、市と県に対して提訴に至る。彼らはその間、そして裁判が始まってからも記録を撮り続け、のべ十年にわたる映像を撮り続けました。

 裁判の結果は勝訴しました。小さないのちが遺した、伝えなくてはいけないこと、忘れてはいけないこと。なぜわが子が学校で最期を迎えたのか、その答えを探して撮影し続けてきた親たちの記録「生きる」ドキュメンタリー映画ができました。

 大川小学校は、震災遺構として残りました。大川震災伝承館も同時に建てられ、震災の日のことが詳しく分かります。

 そして、県内の校長の研修会を大川小学校で実施され、遺族の元教員(現在語りべされています)が二度とこんなことがあってはならないと切実に伝えました。今は毎年新人教育職に合格した初任者研修が大川小学校現地で毎年開催されています。

 後世に伝えるための準備は整いつつありますが、震災はまたまだ終わっていません。児童四人は行方不明です。そのうちの一人である鈴木巴那(はな)さんのランドセルは、屋上から見つかりました。巴那さんと同じ歳頃である新任教職員に「ランドセルはあの日まで輝いていた命の象徴。今も行方不明の子がいること、そしてこどもたちの命の重さを感じてもらえたら」と研修に合わせ伝承館に展示されました。

 こどもたちが、学校で最後を迎えることはあってはならないと強く思います。そうならないためなは、どんなことをしていくべきかを常に意識して毎日を大切に生きていきたいと思います。(宮城 弥生)

 案内へ戻る