ワーカーズ679号(2026/6/1)
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強化すべきは〈国民の生活と権利〉 〝国民を服従させる国家〟づくりは拒否だ!
なぜ、いま、国旗損壊罪か。国旗損壊事例が今、何件起こっているのか。それで被害を受ける人たちがどれほどいるのか。
国旗損壊罪を今国会で成立させようと、参院の審議が続いている。その必要性が浮上もしていないのに、だ。
外国国旗損壊の罪はあるのに、自国の国旗を損壊する行為への罪はないのはおかしい、今は損壊事件は少ないが、将来のことを考えて、いまつくっておくべきだ、等々。安直なこじつけがあるだけで、なぜ必要か、という立法事実もなく、また、何を誰から守るのか、といった法益も曖昧なままだ。
国旗損壊罪の本性は、国旗が象徴する国・国家、さらにはそれを具現する政府への抵抗や闘い封殺することにある。
いま現在は、〝政府批判は許されない〟、それを〝罰する〟とも言えない。でも国や政府を象徴する〝代替え品〟を介在させることで国家・政府への服従を迫ることは、始められる。
逆の場面を想起してみる。学校の卒業式の挨拶や政府の会見などで、教育委員や政府高官が日の丸・国旗への一礼から始めるシーンを。
国旗損壊罪は、ただ日の丸・国旗という〝小道具〟の問題に止まらないことこそ問題なのだ。
自民党などは、いま、政府の情報収集機能強化策を進めている。首相がトップの国家情報会議の設置と国家情報局の設置だ。
それで終わりではない。次はスパイ防止法=国家機密法であり、行き着く先はあの戦前に猛威を振るった治安維持法だ。
高市政権が進める国家ありきの〝国論を二分する政策〟。その真意は、国民の生活や権利を強くするのではなく、逆に、国民を統治する政府・国家を強化する、というものだ。
それらに反対する運動も拡がっている。国旗損壊罪を〝とば口〟にした〝国民が服従する国家〟づくりを狙う高市自民党の思惑を跳ね返していきたい。(廣)
日本経済の長期停滞と高市経済政策の特異性を考える
この春以来、日本政府は多額の外貨準備を取り崩して為替介入を実施し「ドル売り円買い」を実施している。しかし、「円安」の歯止めが効いていない。世界における円の位置を示す「実質実効レート」でもその弱さは示されている。
直観でも分かるように円安はインフレを生み所得の減価となり私たちの貧困と同義である。なぜなのか?どうなるのか?
■日本円安の構造
近年の歴史的な円安は、「製造業の弱体化」という実体経済の変容と、「輸出立国」の成功体験に縛られた「政策当局の慣性」という、表裏一体の要因から生じている。
第一に、実体経済の衰退である。かつての日本は強力な製造業を背景に貿易黒字を稼いだが、プラザ合意(1985年)後の「強制円高」を経て生産拠点の海外移転(国内産業の空洞化)が進んだ。その結果、輸出力が弱体化に転じ、輸出による儲けも国内に還流する「円買い」需要は激減した。さらにエネルギーや近年デジタルサービスへの海外依存による巨額の円売りが常態化した。現在の日本は海外投資の配当等で稼ぐ構造に移行したが、その利益も現地で再投資されやすく、円を支える基礎体力は年々低下している。言い換えれば、日本企業の稼ぐ力はそれほど衰えていないが、稼いだ富が外貨(ドル)のまま海外で運用され日本に還流しない構造が出来上がってしまったのである。
第二に、過去の経験の刷り込みだ。1960年から80年代までの円安時に日本の商品は世界を席巻した。政策当局には円安是正(強制円高)であるプラザ合意以降「円高=悪、円安=善」という固定観念が刷り込まれた。「デフレ脱却」を掲げたアベノミクスが進めたのは強引な円安政策であった。以降、日銀は超金融緩和を継続した。コロナ禍の世界的なインフレ局面で欧米が利上げに転じるなかでも低金利に固執したことが、日米金利差を拡大させ現在の歴史的な円安を打ち固めた。
当局が「円安になれば輸出が増える」という過去のイメージを引きずり、緩和を継続しすぎた結果、安易な円安が続き国内産業力は低下した。もはや円安でも輸出数量は伸びず、輸入物価の高騰だけが国内を直撃する悪循環(悪性の円安)を招いた。これは不可逆的なループとなり、必然的に貧富の格差を拡大してきた。
■労働力の安売りと国内投資の減衰という悪循環
円安はこのように産業力衰退の反映であると同時に、政府が一貫して輸出大企業の儲けを保証するためにとってきた大企業優先の階級的政策でもある。円安による「有利さ」とは、日本の製品つまり労働力がダンピングされ、外国で安く買い叩かれることを意味する。その結果、国内の労働者は長年、欧米やアジアの主要国よりも不当に低い労働分配率と低賃金に据え置かれてきた。
こうした労働力の切り下げは、国内の消費需要を冷え込ませ、企業の国内投資を回避させる要因となっている。企業とすれば「売れないから投資せず、投資しないから賃金が上がらず、消費がさらに落ち込む」という縮小均衡の悪循環となり、国内投資の最大の足枷となった。
また、主要企業は海外への生産拠点移転を完了しており、人口減少が進む日本市場よりも成長性の高い海外へ投資する方が経営合理性に適う。資本の国内回帰率は制裁下の北朝鮮以下だとの指摘があるほどだ。国内にとどまる円も、深刻な労働力不足などで稼いだ利益を設備投資や賃上げではなく内部留保として溜め込む企業も多く問題視される。
高市政権が直面したのがこのような日本の衰退し続ける姿だ。
■高市政権の軍需中心の「国家主導経済」
従来政権が企業に賃上げや投資を「要請」するに留まったのに対し、高市政権は国家が前面に立つ「責任ある積極財政」へと舵を切った。①危機管理投資(安全保障・供給網強化)②成長投資(未来産業育成)とされるが、要するに防衛費のGDP比2%を前倒しする軍需経済を吹かすことにつきる。巨額の国費投入により民間の設備投資を強力に誘発しようと。
問題は財源だ。増税と企業内部留保を国内の成長投資へと半ば強制的に還流させるつもりだが、結局は巨額の赤字国債発行になると市場から見なされている。ゆえに円はさらに低下し金利は歴史的水準に達している。
この高市政権の「軍拡経済」は、日本経済をさらなる衰退へと導くだろう。最大の懸念は、資源の浪費である。武器や軍事インフラへの投資は、生産力を高める投資とは異なり、それ自体が新たな富を生み出さない「純粋な最終消費」である。高価な半導体や精密機械の集積体であるミサイルは爆発すればそれで終わりだ。橋やビルを破壊しても経済的に何も生まないのは言うまでもない。国費や民間資本が防衛関連分野に集中させることは、経済のさらなる負担にしかならないのだ。
さらに、この構造は「レント資本主義」を意味する。国が唯一の買い手となる市場では、一部の巨大防衛関連企業に巨額の国費(国民の労働の成果)が還流し、特権的な利権(レント)が固定化する。企業は技術革新よりも予算獲得のために「中・朝の脅威」を喧伝するようになり、経済の活力を奪っていく。
そのような次第なので昨今の「歴史的円安」は克服されることはない。むしろそれゆえに進み、輸出産業やグローバル企業、軍需関連企業群の繁栄と、他方での国民的な窮乏化が不可避的に進行する。
結果として、ナショナリズムに依拠した軍拡経済は、経済の延命治療に過ぎず、構造的な内需停滞を固定し、国内では労働者市民の生活とはますます相いれないものとなる。対外的には軍事緊張と中国との経済連携の後退などによりデメリットにしかならないのだ。(阿部文明)
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中国と米国による「G2体制」への試運転 五月の首脳会談から見えるもの
五月の米中経済合意は、関税の一部引き下げや輸出規制緩和といった一見すると地味な内容に見えるかもしれません。しかし実態としては、バイデン大統領時代を含めここ数年「デカップリング(経済切断)」や「新冷戦」として語られてきた米中関係を、大きく修正する性格を持つ、極めて重要な転換点だったと言えます。
■中国の「デカップリング」を止めた米国
合意では、中国側がレアアース輸出規制や米企業への制裁を緩和し、米国産農産物の購入拡大などを示した一方、米国側も追加関税や一部輸出規制を緩める方向を打ち出しました。これは単なる貿易摩擦の休戦ではありません。両国が、互いを完全に切り離すことは現実的ではなく、むしろ経済的相互依存を維持しながら競争する方向へ舵を切ったことを意味しています。
特に象徴的なのは、中国のレアアースと米国の半導体規制が、互いの「交渉カード」として機能したことです。つまり両国は、相手を完全に封じ込めるよりも、「互いに必要とし合う構造」そのものを戦略資産として利用し始めたのです。
これは、従来の「米中デカップリング」「サプライチェーン全面分断」という見方に対する大きな修正でもあります。安全保障面では矛盾を抱えながらも、経済面では再び深く結びつく――今回の合意は、そうした新しい米中関係の出発点となる可能性があります。その意味で、この合意は見た目以上に歴史的な転換点だったと言えるでしょう。
■「G2体制」ににじり寄る米・中
今回の米中首脳会談は、「共同声明」や記者会見もなく、派手な演出にもかかわらず「成果」と言ったものが見えづらかったのも事実です。ところが、会談の後に少しずつ情報が双方から漏れ伝えられてきています。
台湾に対する厳しい米国側の認識も明らかになりました。台湾問題を巡る真の山場は、トランプ氏が大統領専用機(エアフォース・ワン)で離陸した後に訪れました。「機内での《(台湾の)独立は見たくない》という発言や、帰国後の米FOXニュースのインタビューでの《米国の支持を盾に台湾に独立を主張してほしくない》《9500マイルも離れた場所で戦争はしたくない》といった一連の発言を受け、米台関係および中台関係は歴史的な転換点を迎えようとしている」という報道(「風伝媒」台湾紙)がありました。
さらに「ハンギョレ新聞」(韓国紙)は以下のように伝えました――
米国のトランプ大統領の訪中で、中国は「建設的な戦略的安定の米中関係」に合意したと発表した。ホワイトハウスの発表にはそのような表現はなかった。しかしマルコ・ルビオ国務長官はNBCでの会見で、「誤解がより広い対立につながらないよう」にするために「米国は中国のこの強調点に同意した」と語った、と。
つまり、「建設的な戦略的安定の米中関係」とは、中国が長年望んでいたもの(以前は「新型大国関係」と呼んでいたもの)です。ハンギョレ新聞によれば「中国の新たな大国関係には《核心利益の相互尊重》という条項があるが、それには台湾、チベット、新疆ウイグル、南シナ海が含まれる。米国がこれを受け入れれば、事実上この地域での中国の行動に米国は異議を唱えないという意味になる」と。これは重大な問題です。要するに中国の「新型大国関係」を承認したことになります。
■かつて近代史にはなかった国際情勢の中で
しかし、これは偶然でも意外なこととも言えないのです。と言うのは、すでにトランプ米国が中国との関係について「G2」体制と言い始めてきたのだからです。両者はイコールではないとしても中国の「建設的で戦略的に安定した米中関係」とか「新型大国関係」と似たようなものなのです。両者は、二国の特別な立場により、国際的に影響力を行使して資源や安保問題など国際問題などを「管理する」、と言う事です。微妙な差もありますが、本質的な共通性を確認しましょう。そもそも水と油の両国ですが、ここでは語りえない「事情」により接近する選択に踏み切ったようです。
中国と米国は対等性を事実上認めて経済的対立を緩和しかつ地政学的摩擦も最小限化し、世界への共同管理(支配)を二国によって構築してゆくという野望を一歩前進させたと言えるでしょう。この動きは世界の労働者市民の闘いの基本認識に組み入れられるべきです。(阿部文明)
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元大阪地検検事正の性的暴行事件と検察組織の堕落
大阪地検のトップであった元検事正・北川健太郎被告による、部下の女性検事(仮名・ひかりさん)への性的暴行事件は、加害者が組織の最高権力者であるという点で極めて悪質かつ深刻な事件である。
★事件の経緯と一転した被告の主張
「関西検察のエース」とも称された北川被告による被害は2018年9月に発生した。ひかりさんは、被告から「表沙汰になれば大阪地検が立ち行かなくなる」との口止めや「自殺する」という心理的圧力を受け続け、6年近く苦しみを抱えてきた。しかし、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症して職務継続が困難となり、2024年2月に被害申告を決断した。
北川被告は同年6月に逮捕、7月に準強制性交罪で起訴された。10月の初公判で被告は起訴内容を争わず謝罪する意向を示したが、その後一転して「同意があると思っていたため故意がない」「抵抗不能だったか疑わしい」として無罪を主張。2025年11月には検察が「地位の利用」を明示する形で起訴内容の一部を変更した。現在は期日間整理手続きが続いており、公判スケジュールは確定していない。
★組織による二次被害と被害者の法的対抗
刑事裁判と並行し、検察組織の対応をめぐる問題も深刻化している。ひかりさんは第三者委員会の設置や「準強制性交等致傷罪」への訴因変更を求めたが、検察側はいずれも拒否した。また、捜査情報の漏洩や被害者への誹謗中傷に関わった副検事は不起訴となり、懲戒処分も最も軽い「戒告」にとどまった。
ひかりさんはこれを不服として、2026年4月30日に検察審査会へ審査を申し立てた。さらに同年2月には、国や北川被告、当時の検察幹部ら計7名を相手取り、約8,300万円の損害賠償を求めて提訴している。また、同年4月30日には「復職の環境が整えられなかった」として辞表を提出せざるを得ない状況に追い込まれた。
★検察の構造的欠陥と外部検証の必要性
検察は「自らの行為を自ら捜査・訴追する」という構造的な利益相反を抱えており、身内や権力者への不当な不起訴や不当な起訴(冤罪)を生み出しやすい強大な権力を持っている。独立した外部検証機関である第三者委員会を設置しないこと自体は直ちに違法とは言えないが、自己保身・組織防衛に終始する姿は民衆の怒りをさらに呼び覚ますだろう。もちろん客観的な意見を排除した公判は信頼性を大きく損なう。
「被害申告から2年間、検察のひどい対応に命が削られた」というひかりさんの言葉は、形式的な平等にすぎない法制度の形骸化を物語っている。外部検証と透明性の確保を切り捨てる検察組織への不信感は深まるばかりであり、国民的な関心と声によってこの現状を変えていく必要がある。(B)
高市早苗は「経歴詐称」「誹謗中傷動画」「違法広告動画」の三大疑惑で火だるまに!
「経歴詐称」とは
高市早苗の政治家としての原点は、米連邦議会立法調査官という経歴詐称である。昨年九月の総裁選出馬会見後、高市早苗は過去に鳥越俊太郎から指摘された経歴詐称疑惑を記者から再度問われた。その時、高市早苗は「私が米国連邦議会のコングレッショナル・フェローであったことは事実」と答えたのだ。確かに高市早苗は一九八八年一月から一九八九年三月まで民主党所属のパトリシア・シュローダー下院議員事務所にインターンとして勤務していたのだが、実際にはそこでは電話番などの雑務を担っていただけだった。
高市早苗の英語力はトランプとの会談の時、ただちに早苗に通訳を付けろと彼に指摘されたほどのもの。とてもシュローダー事務所を切り盛りする能力はなかったのである。
この高市早苗の経歴詐称について、最近鋭く切り込んだのが適菜収である。彼の問題意識は「総務大臣の時の電波停止発言だったり、週刊文春が報じた総裁選で対立候補を中傷する動画を作ったり、後はサナエトークンだったり、統一教会の問題だったり。なんでこんな人間が政治家になって、ついに総理大臣になってしまった」のかというものである。
適菜は、高市早苗が最初に立候補した時から経歴を詐称していること、米連邦議会立法調査官だと経歴を詐称していることは、政治に興味のある人は、みんな知っているとし、「実はその手前の話があって。大宅文庫(公益財団法人・大宅壮一文庫)で、過去の新聞記事や雑誌の記事という資料」を読み込み「なぜその職を得られたのか、色々調べてみると下院議員の事務所に虚偽の経歴を書いた履歴書を出していたんです。肩書を得るためにもぐりこんだ事務所に入るのに、嘘の肩書を書いていた」と明らかにしたのである。
一九九二年発売の「CLASSY.」(光文社)のインタビューで、高市早苗は自らの経歴詐称を告白。一九八七年に米民主党議員の事務所で電話番として働き始めたのだが、履歴書には「自分は日本の軍事問題の権威」と偽りの経歴を書いたことを明かした。
このように目的のためには、自分は日本の軍事問題の権威と嘘をつく。これがこの時から現在に至るまでの高市早苗の政治的な経歴を貫く、彼女の本性そのものなのである。
適菜は、「一九九二年の雑誌なんですが、高市さん、高校時代、校則で禁止になっていたバイクに乗っていたとか言っていますが。そこにシュローダー議員事務所に入り込む経緯」が書かれていたと語る。そして適菜は、「高市さんは『シュローダー議員に私を雇ってくれと、履歴書とか色々書いたんだけど、私の英語力って大した事なかったから、その頃つき合ってた男がすっごく英語ができる男だったんで、随分添削して貰った。私、自分は日本の軍事問題の権威だって、ウソ書いたの』」と得意げに語っていると明らかにした。
さらに高市早苗は自身のブログで「(『立法調査官』という名称の考案者は)女優桃井かおりの父親である桃井誠氏と述べた。たが英語に堪能な桃井誠が単なる「議会研究員」(コングレッショナル・フェロー)を「立法調査官」と殊更に立派に訳すとは考えにくい。
「誹謗中傷動画」とは
週刊文春によると、高市早苗陣営は総裁選の対立候補だった小泉進次郎防衛相、林芳正総務相の中傷動画を多数作成し、匿名のアカウントから動画サイトや「X」に投稿していた。二月の衆院選では、中道改革連合の候補者を中傷する動画を拡散させていたとする。
高市早苗は国会で、今回の衆議院選挙においてマスコミで問題となっている他候補や他党の中傷動画の作成や発信は「一切行っていないと(事務所から)報告を受けている」とし、自身の関与は「一切ない」と述べ、関係政治団体の費用支出も否定したのである。
だが週刊文春は高市早苗の公設第一秘書が中傷動画の作成を技術者に依頼したと実名で報じ、これら二人のメールの内容も示した。中傷動画を作成したのは松井健氏。高市首相の木下剛志秘書からSNS戦略の支援を依頼され、中傷動画の作成、発信に関与したと報じられ、松井氏は五月十八日のネット番組で木下とは直接面会はしなかったものの、オンライン会議でやりとりしていたと証言した。六十七本のメールも公開されている。だが高市早苗はオンラインでやりとりした事実は隠し、松井氏との面識はないとするのである。
高市早苗はこれまで「私自身も秘書も(松井氏と)面識がない」と国会で主張してきたので、当然にも翌日に記者から高市早苗の答弁と松井氏の証言との整合性を問われた。
その際、高市早苗は表情をこわばらせ、自身と秘書が松井氏と「会ったことがない」と強調し、自身の「答弁の整合性はある」と再度強調した。これが高市早苗の本性である。
ところが「(木下と松井氏の)オンラインでのやりとりはあったのでは」と問われると「それはちょっと私に聞かれても分からない」と言葉を濁し、最後は不自然なサナエ・スマイルで「(韓国に)行ってまいります」と締め、そそくさと立ち去ったのだ。
松井氏の証言でも木下とはオンラインでやりとりしたのであって、直接面会はしてはいない。だから核心は「オンラインでのやり取り」をゴマカしたことにある。そもそも高市早苗の「会ったことがない」という主張は、「オンラインでのやり取り」をゴマカし、「面識があったか否か」をゴマカした上で「整合性はある」と言い張るのは、典型的な論点ズラシだ。こんな無理筋で逃げ切れると考えているのか。だから高市早苗が「秘書を信じる」と強弁するだけの説明だけでは、何の具体性、客観性にも欠けると言わざるを得ない。
こうした「誹謗中傷動画」を野党のみならず自民党総裁選挙でも行っていたことは高市早苗の目的のためには何でもする本性のなせる技である。まさに高市早苗の面目躍如だ。
こうした行為は公職選挙法を見るまでもなく、民主主義の根幹である選挙の公正さを根底から損なう行為であり、政権への信頼が揺らぐ行為であることは疑いようもない。
当然ながら選挙や政治活動に今や欠かせないSNSの発信には、誹謗中傷や虚偽情報が目に余る。政治家はSNSを個人攻撃に利用しないよう厳しく自戒せねばならない。
ここで驚くのは、高市早苗陣営が昨年九月の自民党総裁選で対立候補を中傷する動画を作成し、SNSで拡散させたと報じられたことである。事実なら高市早苗の人格にも関わる重大事件ではないだろうか。疑念を払拭する説明が必要だ。
「違法広告動画」とは
さらに二月の衆院選では、宮城県の全五選挙区から出馬した自民党候補五人がインターネットの有料動画広告に出演した。公職選挙法は、選挙期間中に候補者本人が有料動画広告に出演することを禁じている。これに関連しては本人たちの公選法違反疑惑のみならず、自民党宮城県連が動画広告の出稿を主導したことまで分かった。まさに組織犯罪である。
日刊ゲンダイがこの問題を報じるや否や、SNSで猛拡散した。経歴詐称問題が再浮上した高市早苗本人と有料動画広告を流した自民党への批判が大噴出したのである。
だが騙すゴミは沈黙を貫いた。高市早苗の経歴詐称と選挙の公平性を著しく歪めた現実性が高い有料動画広告は、多くのメディアが徹底して検証すべき重大問題である。騙すゴミとはよく言ったものだ。騙すゴミは、ただただダンマリを決め込んでいるのである。
SNSでは、経歴詐称を巡って〈ウソばかりの首相! メディアよ報道してくれ!〉といった批判や田久保真紀前伊東市長の経歴詐称疑惑が散々批判的に報じられていたことを念頭に〈どっかの女性市長も経歴詐称でメディアは連日報道してたやん。高市早苗は?〉との意見も多数見ることができる。小池百合子の経歴詐称もまた同列の問題である。
自民党総裁高市早苗には説明責任があり、騙すゴミの沈黙の罪は実に重いのである。
高市早苗は三大疑惑で火だるま
安倍政権下で発覚したモリカケ事件や「桜を見る会」の問題では、騙すゴミはもう少し厳しい姿勢で報じていた。なのにこれら三大疑惑には、騙すゴミはこの有様なのである。
高市早苗の経歴詐称や誹謗中傷動画、違法広告など、いずれの疑惑も実に重大だ。本来、報道機関であれば。こうした問題を積極的に取り上げ、徹底的に検証すべき問題である。それが議論を呼び起こすきっかけとなり、政治論議の活性化が一段と進むからである。
だが騙すゴミはなぜか沈黙している。それは高市早苗が総務相時代、放送局に電波停止を命じる可能性に言及したことが原因であろう。テレビ局は勿論、大手新聞社も何をされるか分からない高市早苗の強権発動に戦々恐々として萎縮してしまっているからである。
しかし高市早苗は今三大疑惑で火だるまの状態にある。だが高市早苗を追及するための糸口は、他でもない。まさに高市早苗自身の過去の言動そのものの内にあるのである。
高市早苗が削除した過去のブログには、「秘書がしたことで私は知らないとはいいたくない」との記述がある。すべての問題に自ら目を通す高市早苗はどこへ行ったのだろう。
水に落ちた犬を叩くのは、今まさにこの時なのである。 (直木)
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水俣病公式確認70年の今、伝えたいこと
「現代を問う会」は、毎月第1日曜日に西宮市で学習会を行っています。5月は、水俣病を取り上げ映像を通じて、当時の「工場技術者たちの告白」を見ました。当時とは、戦後50年で1995年の制作、冒頭にチッソの前身である日本窒素コンツェルンが、1920年代朝鮮北部に興南工場を建設し東洋一といわれる大工業植民地を形成したことが紹介されています。敗戦時には従業員だけでも5万人、どれほどの被害を現地住民に押しつけたことか。現地では、この奇妙な病気を「興南病」として片づけられたと、証言されています。
水俣での工場労働者たちは、海の異変に気付いた漁師の訴えを聞き、工場長が現地調査には出向くが排水が原因であることを否定し続けます。若い工場研究者は猫の実験を行い、結果汚染された魚を食べ続けた猫は数週間後には水俣病の症状が明らかになったのです。しかし、会社上層部はこの事実を公表せず、会社存続のためと汚染水の排水口を移動させさらに汚染を拡大することになります。内部告発ができていたら、と思いますが当時のチッソが労働者の生活基盤であることが口封じとなってしまったのでしょう。
今年4月、「水俣からあなたへ」9人の写真家がみつめた水俣病の70年、というタイトルの写真集が出版されました。店頭でご覧になった方も居られるかもしれません。大きさがA5サイズで持ち運びも手軽で、そして表紙には1972年当時19歳の田中実子さんが写り「中学生から大人まで」が対象となっています。痛みと向き合ってきた人々の記憶を未来へ。そして二度と繰り返さないために、写真家達の熱い思いが込められています。
9人の内、塩田武史さんは2014年に亡くなっています。塩田さんの写真集は自宅にあり、これまでは手にしていなかったのですが、1945年生まれで1967年に水俣を訪れています。当時、大学生であり、その2年後には水俣に移住、写真集「水俣、深き淵より」は68年から72年に撮影されたものです。
写真集の後ろに手記が掲載されていて私が驚いたのは、苦境に立たされながら1人で裁判を起こした女性が存在したことです。塩田さんが初めて訪問したのが田中実子さんの家で、お母さんが田中アサヲさん。そのお母さんこそが16年間の苦労をありのままに1972年夏、熊本地裁斉藤次郎裁判長に手記を提出した女性です。7年間の入院生活は病院を転々とし、三女静子さん、3歳下の四女実子さんの2人の世話(看護)に費やし、自宅に残してきた子ども達は自力で過ごすしかなかったと、当時を振り返っています。裁判のために必要な書類や汚染された魚介類の保存など6年間、船大工の夫が協力してくれその夫も水俣病で亡くなってしまいます。
写真家、塩田武史さんが初めて田中アサヲさん宅を訪問した1967年には、胎児牲水俣病を発症している患者が20人以上にもなっていたことが明らかなのに、なぜ、汚染水は止められなかったのか? 最高裁が行政責任を認めたのが2004年、関西訴訟判決でした。判決の骨子には、「①1959年12月末には、チッソの工場排水について旧水質二法による規制制限を行使すべきだった。②国が60年1月以降、規制権限を行使せず被害を拡大させたのは、著しく合理性を欠き違法である」とあるが、国は長すぎる裁判で被害者が更に置き去りにされる現実に目を向けるべきです。
東京都写真美術館では、約3年間水俣の現地に滞在し、人々に寄り添いながら制作された「W・ユージン・スミス写真展」が6月7日まで開催中です。最後に、坂本しのぶさんの言葉「水俣病はまだ終わっていない。自分が話せなくなっても別の人がまたその話をしてほしい」(4・25「神戸新聞」)。皆さんも是非、知り合い、友人、家族に話してみて下さい。 (折口恵子)
《何でも紹介》 『新しい階級社会』最新データが明かす〈格差拡大の果て〉橋本健二著 ちくま新書 2025年 税別1200円
昨今、〝SNS政治〟という言葉が飛び交い、注目されてもいる。
たとえば、このところの各種選挙で、SNSで飛び交う極端な〝言説〟の投稿が急速に拡がり、その影響が選挙結果に直結する、という現実もある。
そうした〝SNS政治〟の言論空間をつくりだす現実社会の実相はどんなものなのか、という関心も大きくなっている。
それらも含め現実を解明する一つの視点が、現実社会の基盤である階級構造の分析・把握だ。筆者はこれまで「階級」や「格差」を多数の著作をつうじて分析し、提言してきた。本書は、そうした著者による最新作だ。
◆最新のデータ
著者は、長らく日本の階級社会の分析を続け、新たな視点を提示してきた。主な著作としては、『現代日本の階級構造』(99年)、『階級社会日本』(01年)、『階級社会』(06年)、新『日本の階級社会』(18年)、『アンダークラス』(18年)そして最新の25年の本書だ。
私は、06年の『階級社会』と18年の新『新階級社会』、それに本書の3冊しか読んでいないが、06年の『階級社会』では、副題として〈現代日本の格差を問う〉として、著者は「4つの階級」相互間の格差に注目し、その超克を呼びかけてきた。実は本書を紹介する私もこの著作に注目し〝書評〟も書いている。
筆者はその著作で、00年代に入って増えてきたフリーターなどに注目し、4つの階級の外に〈アンダークラス〉が生まれていることを指摘していた。ただ、06年の『階級社会』では、アンダークラスは〈階級〉には含まれない。ただ「労働者階級すらにもなれ」ず、あるいは労働者階級からこぼれ落ちた「一種の下層階級」を形成している、との評価だった。
そして18年の新『日本の階級社会』では、新たに〈アンダークラス〉も一つの階級として捉えるようになり、5つの階級を総体的に分析するようになった。さらに、「女性たちの階級社会」も取り上げて分析しており、24年には『女性の階級』という著作も出している。
最新の本書でも、〈アンダークラス〉も含めて5つの階級について分析している。が、本書の一番の特徴は「2022年3大都市圏調査」から得られた膨大なデータの紹介とその分析が全編を占めていることだ。副題にも「最新のデータが明かす〈格差拡大の果て〉」と明示している。
ちなみにこの調査は、2022年1~2月に実施された著者自身が中心となった研究グループが実施したものだ。その調査対象は、東京・名古屋・大阪の3大都市圏に住む20~69才の住民を対象としたインターネット調査で、有効回収数が43820人だったという。また2015年に行われた有効回収数7818人のSSM調査データも併用している。筆者によれば、本書は2018年の『新日本の階級社会』の続編という位置づけだ。
◆階級分類
本書で著者は、現代社会を構成する階級を、1、資本家階級、2、新中間階級、3,正規労働者階級、4、旧中間階級、5、アンダークラスと区分けする。
資本家階級とは、従業員が5人以上の経営者・役員や自営業者。
新中間階級とは、医療・教育などの専門職、専門的知識に基づく業務、管理・運営業務従事者と正規雇用の事務職など。
その他、2と3の配偶者としての主婦パートは、2と3に結びついた経済的には非独立の存在で、本書の統計からは除外している。
正規労働者階級とは、新中間階級以外の正規雇用の労働者で、アンダークラスとは、パート主婦以外の非正規労働者だ。
旧中間階級とは、従業員が5人未満の自営業者と家族従業者。資本家階級を頂点とする支配・統合関係から一定程度独立した存在として位置づけられている。
本書でのこれらの区分けはある程度理解できるが、一点だけ違和感があるのは、労働者階級が27%程度を占めるのに対し、新中間階級が32%を占めていることだ。いわゆる専門職や上級管理職(同候補)に加えて正規雇用の事務職を含めるのは、拡げすぎかもしれない。
それに、資本家階級の中に、5人以上の従業員を雇用する経営者・役員や家族従業者を含めていることだ。かつての〝書評〟でも述べたことだが、これは筆者が小資本家階級(=プチ・ブル)というカテゴリーの存在を否定、あるいは過小評価していることの結果だが、従業員5人以下の旧中間階級との同一性や区別が問われるかもしれない。
◆〈新自由主義右翼〉
今回の調査・分析から読み取れるのは、筆者が5つの階級の特徴点として指摘している意識傾向が、必ずしも同一階級集団内でみられる意識構造と同じではない、という点だ。具体的な紹介は省くが、この点は参考になる分析結果と言える。
本書で参考すべき指摘や論点は多岐にわたるが、ここでは一点だけ着目してみたい。本書の最終章で述べられている政治意識からみた政治意識集団(=クラスター)を、〈リベラル〉〈伝統保守〉〈平和主義者〉〈無関心層〉〈新自由主義右翼〉という5つに分類したなかの一つ、〝新自由主義右翼〟というクラスターの抽出とその実態だ。
筆者は、アンケート調査の6項目をふまえたうえで、その特徴を、「所得再配分」ではなく「自己責任」、「国の社会保障」は否定的、「憲法改定・国軍の保持」に賛成で「戦争容認」、「沖縄への米軍基地集中問題」は容認、「外国人排斥姿勢」が顕著で、「反韓・反中態度」がある、とまとめている。
このクラスターが全体に占める割合は13・2%とさほど多くはない。が、いわゆる〝岩盤保守〟に重なる部分が多く、現に自民党支持率が36.7%と高く、維新の支持率は15・2%で、その他野党支持率は4・5%に過ぎない。
このクラスターの特徴は、〈高学歴・高収入〉〈保有資産が多い〉〈男性〉〈性的多様性の否認〉〈高い国政選挙での投票率〉だったという。こうした人たちが、新自由主義右翼に分類された人たちとその政治意識だ、というものだ。これを筆者が言う5つの類型に照らし合わせると、新中間階級、すなわち専門職、管理職、正規雇用事務職に当てはまる。
ということで、ここで冒頭に記した問題意識に立ち返る。
こうした本書の分析と認識が現状を正当に反映したものだとすると、近年の〝ネット政治〟で影響力を増している〝ネット右翼〟が、右翼政治と国家主義政治を後押ししているのは誰なのか、修正が迫られるからだ。
紹介者としても、都知事選での石丸旋風、兵庫県知事選での斉藤知事を支持した有権者たち、それに最近の国政選挙での国民民主党や参政党を押し上げた有権者たち。かと思えば、今回の衆院選では、高市自民党を押し上げたとみられる有権者たちに対する見方を、変えなくてはならなくなる。
というのも、選挙のたびに大きく揺れ動く有権者が、自分たちの非正規労働者としての、あるいはアンダークラスとしての現実の苦境から救い出してくれる救世主を求めているのではないか、という認識、あるいは現状の中間階級としての、あるいは正規雇用としての地位から、いつアンダークラスに滑り落ちるか分からないという不安感から解放してくれそうな救世主を求めて浮遊する有権者達、という見方が成り立たなくなるからだ。
むしろ、現在は専門職など上層労働者や正規雇用労働者など、比較的安定した地位を得ている労働者こそ、筆者が言う〝新自由主義的右翼〟の有力な一翼を占めているのかもしれない、ということになる。
現実はと言えば、いつの時代でも単純な支持・補完関係などあるとも言えないわけで、筆者のこうした分析も踏まえながら、粘り強い活動や働きかけが大事だ、ということか。(廣)
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沸騰する地球と、もうひとつの人類史――斎藤幸平の「暗黒社会主義」によせて
日本でも酷暑日が増え、かつては考えられなかった規模の山火事が各地で発生するようになりました。これは単なる自然災害ではありません。気候変動が乾燥と高温をもたらし、山火事を引き起こし、その炎が大量のCO2を大気に放出してさらに温暖化を加速する——このフィードバックループは、もはや「政策の失敗」という次元を超えつつあります。
◇ ◇ ◇ ◇
気候科学者が最も恐れるのは、ティッピングポイント(臨界点)の連鎖です。グリーンランドや南極の氷床崩壊は数メートル規模の海面上昇をもたらし、シベリアの永久凍土融解は人類の年間排出量に匹敵するメタンを自動放出し、アマゾンのサバンナ化は地球最大の炭素吸収源を放出源へと変えます。恐ろしいのは、これらが連鎖して「将棋倒し崩壊」を引き起こす点です。産業革命前比ですでに1.5℃前後に達しつつある今、私たちはその崩壊の淵に立っています。
◇ ◇ ◇ ◇
ではなぜ、国際社会はこの危機に有効に対処できないのでしょうか。京都議定書からパリ協定まで、約束は積み上がるのに二酸化炭素排出量も積み上がり続けています。拘束力の欠如、化石燃料産業のロビイングによる政治の鈍化、そしてウクライナやイランをめぐる紛争が示すように、各国は気候協力よりも安全保障を優先する構造の中に閉じ込められています。気候危機が新たな紛争を生み、紛争がさらに危機を深刻化させる——これもまた悪循環の一形態です。
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マルクス主義者・斎藤幸平はこの行き着く先を「選民ファシズム」と呼びます。新著『人新世の「黙示録」』において彼は、資源と居住可能な土地が激減する中で、誰を生かし誰を切り捨てるかという選択が国家とエリートによって下される世界を描き出しています。イーロン・マスクらが火星移住や人工島建設という「脱出装置」を開発しているのは、未来への楽観ではなく、地球の未来への絶望の表れだというのが斎藤の鋭い指摘です。気候災害の犠牲になるのは常に貧困層であり、気候危機は自然現象である以上に、社会的不平等の増幅装置として機能しています。
斎藤が提唱する「脱成長コミュニズム」(前著)から「暗黒社会主義」(新著)への展開の核心は正当です。しかし、ここでもう少し異なる角度から「暗黒を楽しむ」人類の可能性を描いてみたいと思います。
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人類に課されているのは「より賢く身を縮める」ことです。化石燃料の大胆な削減を進めながら、再生可能エネルギーは限定的・戦略的に活用する。軍事・過剰設備・金融投機を廃絶し、浮いたエネルギーを医療・教育・芸術・地域の共同体へ振り向ける。これは貧困への後退ではなく、エネルギーの「浪費」を止め、「配分の工夫」によって生活の「質を確保する」道への転換です。
そこで重要になるのが文明観の転換です。効率と合理化のもとに造られた資本主義型インフラは、一点が崩れると全体が崩壊する脆さを持ちます。コロナ禍でグローバル・サプライチェーンが瞬時に機能不全に陥ったのがその証左です。一方、分散・多様・地域自律型の社会は、効率は低くとも、小さな失敗を吸収しながら全体は生き残るしぶとさを持ちます。
その基盤となるのが、私的所有と市場原理の支配から解放されたコモン(共有財)の復権と、人々のアソシエーション(自発的な結びつき)の再生です。入会地・共有林・共同漁場、祭りや芸能の協同生成——これらは理想の産物ではなく、人類史においてむしろ一般的だった存在様式です。この世界を分解させた市場経済と私的所有が「自然」に見えるのは、近代のわずか数百年の歴史に過ぎません。斎藤の前著の「脱成長コミュニズム」はだいたいこのような内容だったと思います。
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エネルギー的に縮小した社会は、必然的に分散型地域への回帰を促します。そこで人々が自治・相互扶助・文化の協同生成を行いそれがネットワーク化された時、それは決して「暗黒」ではなく、より人間的な文明の再開となりえます。人間が進化の過程で獲得してきた協力・共同の能力は、市場競争の論理によって覆い隠されてきただけであり、気候危機の時代にこそその真価が発揮されうるでしょう。
「エコロジー独裁」のもと、すべてのインフラや企業の私的所有を民衆的管理に置き換え「今だけ、金だけ、自分だけ」の文化を終わらせることで「大小の計画経済の国民的連結」生み出すとすれば、それは掛け値なしの「希望」と思われます。社会の質的な前進にはマルクスの言う「前古代(太古の共同体)への回帰」が必要なのだと思います。それは当然より低いエネルギーでも、エッセンシャルな医療・教育・インフラ保全、哲学・芸術・地域の生活を協同で維持することは理論的に可能であり、その領域においてこそ人間の類としての豊かさと文化は本当に花開くはずです。だとすれば、とりわけ過渡的に経済活動の統制や分配の強化(共同体的性格への回帰)を含むからといって、その未来を「暗黒社会主義」と呼ばなければならないとは思えません。
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資源の限界と気候崩壊を眼前にして、この転換を自発的に実現できるかどうか。ティッピングポイントの連鎖が始まれば、貧困者からなる環境弱者の傷みは強くなります。人類は、数十万年前のアフリカでも、近代のロシアでも欧州でも、十世紀の南北アメリカでも紀元前の日本でも、何らかの共同体原理に向かって絶えず模索してきたし、今もそのために苦闘しているのです。気候ファシズムへの道ではなく、アソシエーションと協力共同行動による「もうひとつの人類史」を選び取れるかどうか——その答えは、今を生きる私たち一人ひとりの認識と行動の中に存在します。(阿部文明)
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コラムの窓・・・金貨や小判が好きな関電幹部たち!
4月と5月で計4日間、終日、関電株主代表訴訟の証人調べが大阪地裁であり、会長・社長経験者ら8人が証言台に立ち、私は3日間6人の証言を聞きました。高浜町助役森山栄治から金品を受け取り、関連企業への水増し発注などで利益供与、会社・株主に損害(善管注意義務違反)を与えた事件。
原告は関電と株主で、被告らの金品は「預かっただけ」(預かり保管)であとで返したという主張は常識外れですが、関電は容認して信用失墜だけを問題視しています。なぜ受け取り拒否しなかったのか、菓子折りの下に小判が・・・といったものもあったとしても気がついた時点で返せるはずです。
この訴訟では「損失補填」というのもあって、こちらは3・11東電福島原発震災後の原発停止等で役員報酬減額(返上)に対して「労苦に報いるため」として、退任後に「嘱託」等の名目で減額分を補填していたものです。被告らはこれについても、その能力を活用とか証言しましたが、それも苦しい言い訳に過ぎません。
このように事件の構図は、原発稼働を推進するために地元の有力者の森山と友好な関係を保つ、助役は金品を送りつけその見返りに関係企業優遇を求める。要は持ちつ持たれつの共犯関係、とりわけ3・11後の再稼働、高浜原発を早く再稼働させることが関電にとって至上命題でした。
さてこの腐れ縁発覚のきっかけは、①金沢国税局が2018年1月に関電の原発関連工事を多く請け負う高浜町の建設会社吉田開発の税務調査を行い、森山が工事受注の手数料として吉田開発から3億円を受け取っていたことが判明。②同6月に国税局が森山の自宅を調べたところ、金品を渡した相手や金額が書かれたメモが出てきた。関電役員ら75人、総額3億6000万円(個人口座への送金・現金入りの菓子袋・高級スーツのお仕立券・金貨)が発覚。
さらに、③19年3月10日、岩根社長あて住民団体から内部告発状が送られたが、これは黙殺された。9月26日、共同通信がこれを報道。その後、社内調査が行われ、報告書が公表されました。なお、森山は3月20日死去。②関連で、金沢国税局はこれを収入とみなした追加納税へ、これも〝補填〟の対象となっています。さらに付け加えれば、こうした費用はすべて電気代として消費者に付け回しされています。
この時期、八木誠会長、岩根茂樹社長体制でしたが、私はこのふたりの証言を傍聴し、こんな常識のない人物が関西のトップ企業のトップだったのかとあきれ果てました。八木会長は5月11日、岩根社長は14日、共通した証言は森山は怒らせたらまずいのでとりあえず受け取る(預かる)、時期を見て返した。
一方で、八木はこれを自宅で保管、岩根は会社の金庫で保管、この違いは微妙ですが、どちらも取締役会には諮らない。その理由として、八木はそこ(社外取締役?)から漏れたら困る。岩根は諮る必要がない。どちらも社外に漏れないようにしたい、原発稼働の障害になることは避けることが何より重要。それが企業利益につながると正当化しているのです。
2011年4月15日、当時社長だった八木は電気事業連合会会長に就任。原発再稼働にまい進し、今や関電は最大7基の原発を福井県・若狭湾で再稼働させ、その実績を誇っています。彼らに対しては刑事告発も行われましたが不起訴となっています。その関連では、佐々木茂夫弁護士(元大阪高検検事長)が「関電側としては、金銭は預かったものであり、受け取ったものではないとのスタンスで今後も対応すべき」「森山氏が金品を渡すことについて相当特異な価値観を持って人物であることを際立たせること」等の助言を行っています。
この裁判、9月10日に結審。さて判決の行方は、時代遅れの時代劇でもあるまいし、「お主も悪よのう」と笑ってすますのか。検察は今や「悪代官」の姿をさらしていますが、訴訟指揮は悪くないとの印象の裁判官が「お代官様」ではないことを願ってやみません。 (晴)*下記は参考です。https://www.kandenkabudai.com/
色鉛筆・・・ えん罪被害者早期救済のための再審法改正を!
検察の抗告は禁止、証拠は全面開示とすべきだ。これまで再審法の不備のため、誤った裁判のやり直し(再審)を求めても、証拠開示はなされず、たとえやっと再審開始が決定しても、それが検察の抗告によって取り消されることが繰り返されている。多くの問題点が指摘されながらも77年間手つかずだった再審法の改正案が、5月15日にようやく衆院に提出され、国会で審議されることになった。ただ政府案は改正議論の原点であるはずの、えん罪被害の早期救済にはまだまだほど遠い内容と言わざるを得ない。
政府案の国会提出に先立って、法制審議会(法相の諮問機関)の答申に基づいて自民党内で行われた事前審査の議論は、3月から本格化、長時間に及び時に紛糾した。検察の抗告を維持し続ける内容に、批判が続出したためだ。結果的に抗告の「原則禁止」、つまり全面禁止ではなく、例外的に抗告が可能な文言となり、証拠開示も限定的で、更には新たに罰則規定を設けるなど現行より改悪となる恐れがある。元々法務省は再審法の改正に後ろ向きであり、その必要性も問題点も感じてはおらず、したたかに狡猾に抗告権などの既得権を守り通そうとしている。最終的に自民党が了承した政府案は、えん罪被害者の早期救済に繋がるものとはなっておらず、むしろ検察に有利なものではないのか。抗告禁止を訴えてきた自民議員の悔し涙がそれをもの語っている。
5月15日には野党三党(中道改革連合・チームみらい・共産党)が政府案の対案として、抗告の全面禁止、証拠の広い開示などを盛り込んだ議員立法を衆院に提出し、並行審議を目指している。昨年6月の時点で、自民党議員も含め衆参両院の半数を超える388人が加わっていた「再審法改正を求める超党派の国会議員連盟」のまとめた改正案に沿った内容だ。今後の国会での審議を通して、真にえん罪被害救済に繋がる法改正の実現を強く求めたい。
過去の仮の話をしても仕方の無いことだが、昨年6月の時点で今回の野党提出の改正案を全党が足並みそろえて国会へ提出できていたら、法改正は実現していた可能性は高い。提出直前に自民が党内手続き未了を理由に参加を辞退し、野党6党による共同提案となり国会での審議は見送られた。その後の衆院解散で廃案となった経緯がある。
◇ ◇ ◇
5月3日憲法記念日に、静岡県西部の袋井市で市民集会があり袴田ひで子さんが講演した。250人あまりが参加し椅子が足りなくなってしまった。この日は久しぶりに巌さんも車椅子に乗って参加、穏やかな表情で挨拶をした。ひで子さんの輝く笑顔が印象的で、無罪を勝ち取った喜びがひしひしと伝わってくる。この集会の案内チラシの写真は、桜の下の姉弟の穏やかな表情で、事件以来初めてお花見をしたときのものだと言う。
ひで子さんはまず「無罪確定まで巌は30才から88才、私は33才から91才までかかった。巌のような犠牲を二度と生まないために、再審法改正をきちんとして欲しい。神じゃない人間が作った法律、直せないものじゃない。」と力強く訴えた。質疑応答ではひで子さんの当意即妙の受け答えに、会場に笑顔があふれた。
余談ながら巌さんに無罪判決が出たあと、静岡県警本部長が謝罪したときの話を紹介する。ひで子さん曰く謝るに際し、はじめは県警本部(静岡市)に呼びつけたので(浜松からはは約80キロあまり、東名高速で1時間以上)異議を申し立て、浜松に来ることになったもののそこに至るまでもゴタゴタとしたやりとりがあり、ひで子さんは来たくなければ来なくていいと伝えたとか。
謝罪の当日ひで子さん宅では頭を下げっぱなしの県警本部長に、あなたは事件当時生まれてないでしょう?とたずねると「はい」との答え。「事件当時関わった人ならともかく、そうで無いなら何も言わない、言ってもしょうがない」ひで子さんは、謝罪は形だけのものであることを見事に見抜いておられる。
お話の最後に「えん罪被害者はたくさんいて、皆苦しい悔しい思いをなさっている。今も交流して、話し励ましている。巌だけ助かればいいのではない。これからも彼らをお助けしてゆきたい。今、93才、もうちょっと頑張ってゆける。」と笑顔で語った。えん罪被害を繰り返さないために、各地で訴え続けている。
大崎事件の原口綾子さんは98才、鹿児島の入所施設にひで子さんが会いにゆくととても喜ぶという。現在第5次再審請求中で、再審開始を心待ちにしている。狭山事件の石川一雄さんは、昨年3月86才で病没、第4次再審の請求人は妻に受け継がれた。
問題山積みの再審法そして日本の刑事司法のために、この他にも数え切れないほど多くの被害者が苦しんでいる。一刻も早く、えん罪被害当事者の確実な救済に繋がる法改正が必要だ。(澄)
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