ワーカーズ680号(2026/7/1)
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象徴天皇制は廃止の一択あるのみ。私たちは延命のための皇室典範の改正に反対する!
六月十日、衆参両院正副議長は各党派代表者会議をへて、象徴天皇制延命の為の皇室典範改正へ向けた立法府の総意を高市早苗に提出した。その骨子は女性皇族が結婚後も身分を保持する案と旧宮家の男系男子を養子として皇室に迎える案の法制化である。受け取った高市早苗は六月内に皇室典範改正案を今国会に提出し、その成立をめざすと述べた。
衆院議長公邸で開かれた全体会議には十三党・会派の代表が出席し、自民・日本維新の会など七党が立法府の総意に賛成した一方、共産・れいわなど四党派が反対した。立憲民主党の長浜博行参院議員は、「賛成も反対もない」と記者団に表明し、日本保守党の百田代表は「まだ考えている」と述べた。つまり立法府の総意の実態は単なる多数派である。
その目玉となる養子案は、一九四七年に皇籍離脱した旧十一宮家の男系男子を対象とし、養子の年齢や養親の範囲、養子自身は皇位継承の対象者とならないなど「慎重に制度設計を行う」ことを要請し、必要に応じて一定年数ごとの見直しも盛り込んだものである。
改正案をとりまとめた森衆院議長は一貫して立法府の総意にこだわってきたが、それは象徴天皇制の維持に深く関わっていることだからである。だがこの無残な有様である。
石井衆院副議長は、全十三党派のうち七党派が賛成を表明したと強調したものの、四党派が反対した。この事実のどこが立法府の総意なのか。嘘をつくのももいい加減にせよ。
この大嘘は、実は日本憲法にも潜んでいる。「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」との第一条がそれである。これが象徴天皇制の法的根拠であるが、天皇を象徴とすることは日本国民の総意ではない。現に皇室典範の改正には四党派が反対で二党派が判断を保留しているのである。
日本国憲法の精神に従えば家父長制の頂点の象徴天皇制は廃止の一択があるのみ。さらに天皇の政治利用にも反対する。付け加えれば象徴天皇を基本的人権を持つ人間として解放するのは重要なことである。選挙権も居住や職業選択の自由も象徴天皇制にはないのである。しかも皇室典範に縛られ自らの明確な意思表明すらできない。天皇家の当事者たちが自分の考えをはっきりと語れないのだ。このことは本当はおかしいことではないか。
憲法の象徴天皇制とは、反対意見を排除して挙国一致を演出している虚構である。故にこの一事だけでも日本国憲法の天皇条項は改正すべきものであることは明白ではないか。
そもそも世襲で国民統合の象徴とする現制度は、民主共和制及び人間の平等の原則と両立するものではない。日本の人民主権の原則の首尾一貫した展開のためにも民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだ。そのためにも象徴天皇を人間として開放すべきである。
私たちは今回の延命の為の皇室典範の改正に反対するととともに、象徴天皇制度の廃止を要求するとともに、象徴天皇を社会的に人間として開放すべきであると主張する。(直)
消費減税をめぐる攻防から一歩踏み込もう!――本質論から遠ざかる消費減税論議――
消費減税をめぐる〝国民会議〟での議論が矮小化されている。
2年間の飲食料品の消費税ゼロについて、高市首相の公約通りに実施するか、それとも早急な実施のために、消費税1%への減税を実施するのか、という首相のメンツを賭けた議論になっている。
本来の消費減税や税体系そのものの抜本的な是正への道筋がますます曖昧になり、小手先の負担軽減策をめぐる迷走から一刻も早く脱却したい。
◆値上げラッシュ
昨年度の実質賃金は前年度から0・5%下がり、4年連続で減少した。現金給与総額が、対前年度で2・5%増えたが、物価上昇率が3・0%だったため、だという。
他方で、今年の春闘での賃上げでは、大手企業で定昇込み5・05%(連合調べ)、賃金底上げ分のベアは3・51%と昨年度の物価上昇率をわずかに上回った。が、中小では4・81%(定昇部分も含め)だったので、ほぼ現状維持。組合のない企業や非正規労働者を含めれば、またしても現状維持もおぼつかないレベルに止まっている。
こうした中、今年の飲食料品の値上げが5年連続で1万品目を上回ると予測(帝国データバンク)され、今夏以降の〝値上げラッシュ〟が見込まれている。少し前までは、買い控えが拡がるとの見込みから値上げを抑えてきた企業も〝高水準の賃上げ〟が定着したとみて、強気の値上げに走っている、というわけだ。結局〝失われた30年〟からいまだ脱却できていない、というのが実情だ。
◆細部化、矮小化する消費減税論議
ウクライナ戦争やイラン戦争の影響もあって、物価高が止まらない。その物価高に対する生活支援を目的とする飲食料品(以下、同)の消費減税に関する動きが迷走している。
そもそも、いま浮上している消費減税は、与野党が29年度からの導入をめざす、いわゆる給付付き税額控除制度の導入までの繋ぎとしての2年間に限定したものだ。しかも国民会議という政府の下請け機関でとりまとめようとするもので、仮に実現しない場合には、その責任を国民会議に負わせる、との政権としての〝安全弁〟の思惑もあって始まったものだ。
現実はと言えば、早期実現のためのレジ・システム改修を念頭に置いた8%から1%への税率引き下げか、それとも公約通りの2年間の消費税ゼロか、という議論に矮小化され、さらに残りの1%分は、給付金を先行する形で27年度から支給するとか、さらに複雑化・細分化されている。
しかも最近では、〝税額控除〟という減税は棚に上げしたまま、いつでも止められる給付金中心の支援策に絞った制度にしたい思惑も見え隠れしている。
それに、例えば食料品の1%への消費減税で穴があく4兆円あまりの財源はどうするのか。現時点で高市首相は赤字国債の発行を否定し、各種補助金や租税特別措置の見直し、税外収入などで賄う声も聞こえてくるが、財源論議に踏み込む姿勢も見えない。
そんなこともあり、現実の消費減税をめぐる与野党間の動きは、近年の物価高に対する抜本的な生活改善への方策とはますます乖離した議論へと、細部化、矮小化されてしまっている。
高市首相は、6月中の「中間とりまとめ」をめざしているが、最後は、強行突破を図る以外に着地点はなくなっている。
◆税負担は誰が負うべきか
これまでの消費減税で焦点とされているのは、飲食料品の8%からゼロへの負担減のはなしだ。逆に、消費減税反対派からの批判もある。
たとえば、企業のコスト増がまだ価格転嫁されていないなか、1%への減税で7%も物価は下がらない、供給側が消費減税の前後で一部値上げして販売するから、との見方だ。
また、そもそも消費減税で一番恩恵を受けるのは、消費額が大きい富裕層だ、との批判もある。それも一理ある指摘だが、それは減税の場面だけ見れば、の話でしかない。
実際、給付と負担を見れば、日本は低所得層への給付が世界的に見ても少ないという現実がある。そうした問題意識は重要で、今後、是正していく必要がある。
ただそれ以上にいま飛び交っている議論で一番の問題は、消費減税の代わりとしてどこに税負担を求めるか、という議論がなさ過ぎる、という点にある。
前で触れたように高市内閣は、必要となる財源のための増税や赤字国債の発行は否定しており、財源については、いまだ踏み込む姿勢を見せていない。
◆負担すべきは大企業と富裕層
筆者としては、消費増税に関して、それが法人所得税の減税や個人所得の累進税率の引き下げとセットに進められてきたことが、企業利益優先社会、格差拡大での諸悪の根源だと指摘し続けてきた経緯がある。別表を見てほしい。少し古い図表だが、構成比の変動がわかりやすいので、何回か使わせてもらっている。(―図表1―)
この図表から一目で分かるのは、まず法人所得税と個人所得税の劇的な縮小と、取って代わって増え続ける消費税、という構図だ。
かつては法人所得税の最高税率が75%など、高率で課税してきた。が、近年はその税額を継続的に引き下げてきた経緯がある。(―図表2―)
理由は、安倍元首相が掲げた「日本が世界で一番企業が活躍できる国にする」という、企業利益を優遇する税制改定だ。それに高税率による富裕層の意欲低減を根拠とする減税だ。その結果、日本の税収における法人所得税が占める割合が継続的に引き下げられてきたという現実がある。
加えて、個人所得税の累進税率、これも継続的に引き下げられてきたという現実がある。要するに、高額所得者ほど、減税の恩恵を受けてきたのだ。
○高額所得者を優遇する税制の象徴として何度も指摘されているのが、いわゆる〝一億円の壁〟問題だ。所得が1億円を超えるに従い、逆に税負担率が下がっていくという逆進性の存在だ。所得が1億円を超える人ほど、賃金や経営者報酬などより、保有する金融資産やそこから得る金融所得の方が大きく、それへの課税が20%と低率になっているからだ。結果的に(―図表3―)、1億円を超えるほど税負担率が下がっていく、という逆転現象が浮かび上がる。
これは金融所得(利子や配当金など)課税が、個人所得税から切り離された上、一律20%課税という低率に抑えられていることが大きく影響している。本来であれば、勤労所得より重税が課せられるべきものが、逆に20%という低税率に抑えられてきたからだ。高額な金融所得が多い富裕層を優遇する逆進的な税制が、いまでも存続しているのだ。
その結果、個人所得税や企業所得税が継続的に軽減され、それに取って代わって、消費税収が継続的に膨らんでいるという現実がある。その消費税負担は、すべて消費に支出せざるを得ない低額所得者ほど、税負担が重いという現実、要するに消費税の〝大衆課税〟という性格が庶民を直撃してきたわけだ。
付け加えれば、消費税導入に当たって廃止された物品税の問題もある。かつての物品税は、高額な家具や高級車、それに貴金属や宝石などの奢侈品に多く課税されていたものだ。それが消費税導入に当たり、原則、他の一般商品と同じ税率に引き下げられたからだ。富裕層にとっては、一般消費者に課税対象を拡げることで、自分たちは大きな減税を手にすることができるようになったわけだ。
◆土台は賃上げを闘い取ること
これまで見てきたように、政府が進めようとしている物価高対策。その中身は、小手先の弥縫策、しかも将来的な展望に欠いた、まさに公平・平等原則とはほど遠い、格差拡大を助長する税制であり給付システムであるといわざるを得ない代物だ。
私たちが求めるのは、まず、生活改善に繋がる一次配分としての大幅な賃上げの実現だ。最低限、生産性が向上した分と同等な賃上げを闘い取ることだ。現実は、日本だけが生産性向上分の賃上げを闘い取れていないのが現実なのだ。これは労働組合としての存在意義が問われる課題であり、闘い方だ(―別表4―)(―別表5―)。
第二は、企業(法人)増税の実現と、富裕層への課税強化だ。
第三は、20%という低額に抑えられている金融取引税の強化、金融資産課税の強化など、不労所得課税の強化だ。
第四は、大衆課税の性格が強い消費課税から、奢侈品や高額商品への課税としての、物品税の復活と強化だ。
いうまでもないことだが、税制をつうじた格差是正ですべての課題が決するわけではない。が、税制をめぐる攻防は、私たちの闘う力を鍛えてくれる。その力を、より大きな課題に向けられるようにするためにも、目先の税をめぐる攻防で前進していきたい。(廣)
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生産過程の搾取だけじゃない 経済の金融化とデジタル化に伴う「再生産過程」の搾取
マルクスが『資本論』で解明した搾取のメカニズムは、生産過程における剰余価値の収取でした。労働者は自らの労働力を商品として売り、その価値(賃金)以上の価値を生産します。この差額が剰余価値であり、資本家による搾取の本質です。この洞察は今日も有効ですが、21世紀の資本主義はマルクスが論じてなかった新たな収奪の回路を発展させています。経済の金融化とデジタル化、そして租税構造の変容は、搾取の地形を塗り替えつつあります。
この議論については、阿部治正氏(流山市議)の論考を参考にしています。氏は「搾取の重心は再生産領域へ移動している」と論じています。「再生産」とはもちろん労働力の再生産過程です。言い換えれば賃金からの追加収奪の問題です。
■まず確認すべき理論的前提があります。労働者が賃金を使って食料・衣服・住宅・医療・教育を購入するとき、それは「労働力の再生産」に必要な費用の支出であり、原理としては価値の等価交換です。搾取とは呼べません。問題はその先にあります。
住宅を例にとりましょう。住宅そのものの購入は価値の移転ですが、住宅ローンの金利はそうではありません。賃金は労働力の価値として一度支払われています。にもかかわらず、その賃金の時間的展開――将来の賃金収入――に対してさらなる収取が課されます。これは労働力再生産の必需費用に寄生する余剰収取であり、理論的には搾取なのです。コスタス・ラパヴィツァスはこれを「金融収奪」と呼び、生産過程の搾取とは区別された搾取の第二の回路として定式化しました。
現代ではこの金融収奪はますます細分化・不可視化されています。分割払いの手数料、リボ払い、BNPLサービス(後払い決済)、自動車ローン、学資ローン――これらは個々には小額であっても、総体として賃金労働者の可処分所得から恒常的に収取を行う構造となっています。金額の小ささは本質を変えません。むしろ細分化こそが収奪を見えにくくする機能を果たしており、ラッツァラートが『負債人間』で論じたように、負債関係は今日の支配の中心的技術となっています。
■経済のデジタル化はさらに新たな収奪の形態をもたらしました。GAFAMに代表されるデジタルプラットフォームによる収取は、単純なサービス料として片づけることができません。第一に、ネットワーク効果によって代替不可能な地位を確立した後に価格支配力を行使する独占レントの問題があります。これはマイケル・ハドソンが論じた「レント抽出」であり、封建的通行税のデジタル版といっていいでしょう。第二に、検索行動・購買履歴・人間関係のデータといった利用者の無償提供が広告収入やデータ商品へと転化される無償労働の収奪があります。第三に、Uberやフードデリバリーアプリに代表される、移動・食事・居住という再生産の必需的回路への手数料侵入があります。これらは回避が構造的に困難である点で、古典的な市場取引とは本質的に異なります。
■さらにこの議論と深くクロスするのが、租税の問題です。所得税(直接税)と消費税(間接税)は、一見中立的な財政制度に見えますが、労働者の視点からは収奪の国家的回路として機能しています。
消費税はその構造上、強い逆進性を持ちます。高所得者は所得の一部を貯蓄・投資に回せますが、低所得者は所得のほぼ全額を消費に充てざるを得ません。したがって実質的な税負担率は低所得者ほど高くなります。さらに決定的なのは、食料・衣服・医療といった労働力再生産の必需品にも一律に課税される点です。本来、賃金は労働力の再生産費用に等価であるはずですが、消費税はその等価関係を事後的に切り崩します。賃金が消費税分だけ実質的に切り下げられる構造であり、これは搾取率の上昇に直結します。
所得税もまた単純ではありません。累進課税の原則は再分配機能を持ちますが、日本をはじめ多くの国で進行した「消費税増税と法人税減税の同時並行」は、租税体系全体を労働者への課税強化・資本への課税軽減の方向へシフトさせてきました。ハドソンが批判したように、これは国家が生産過程搾取の補完装置として機能することにほかなりません。加えて消費税は、誰が誰からいくら取るかが明確な直接税と異なり、商品価格に埋め込まれることで収奪を不可視化します。この構造的な見えにくさは、デジタルプラットフォームの手数料と同型のイデオロギー的機能を果たしています(税の徴収の平等性)。
■これらを整理すると、現代資本主義における収奪は四層に及びます。第一層は生産過程における古典的な剰余価値搾取。第二層は流通・金融過程における金融収奪。第三層は再生産過程へのプラットフォームレント・無償労働収奪の侵入。第四層は国家を媒介とした消費税・租税構造による逆進的収取です。
マルクスが生産過程に分析を集中したのは方法論的な戦略であり、自覚された限界なのです。彼自身が利子・地代・商業利潤の分析を『資本論』第三巻で展開していたことを忘れてはなりませんし、資本論の後に「賃金」について新たに分析する構想も読み取れます。
デヴィッド・ハーヴェイの「収奪による蓄積」論が示したように、資本蓄積はつねに生産の外部でも進行してきました。今日問われているのは、金融化・デジタル化・租税構造の変容によって、この外部での収奪がかつてなく日常生活の深部にまで浸透しているという事態です。搾取の理論を生産過程に閉じ込めることは、現代資本主義の収奪構造の大半を見えなくする危険があります。古典的搾取論の刷新は、今日の批判理論の中心的課題のひとつです。
今回論じきれなかったのですが、さらにインフレによる追加収奪があります。インフレもまた「平等」ではありえません。市場支配力の強い企業へとインフレ利得が入ります。そして、同時にインフレは隠れた「増税」なのです。ここ数年のインフレで政府の「租税収入が改善」したことはマスコミでも報じられました。インフレ増税による所得税、消費税を私たちが多く払ったからです。当然労働力の再生産費から引き抜かれたのです。(阿部文明)
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日本の海外純資産が「中国に抜かれ3位」・・そんなことが問題か?
★日本の対外純資産が30年ぶりに首位の座から転落し、ドイツに続いて中国に抜かれ世界3位となりました。「対外純資産」とは海外に持つ資産(政府、企業、個人)から海外への負債を差し引いたものです。長らく世界のトップであった日本を、日本政府や一部のメディアは「世界最大の債権国」であることを日本経済の信用力や安全性の証しとして、ある種の「誇り」や安心材料のように語ってきました。ところが、三位になった途端、テレビ報道では「国内投資が増え、海外から日本への投資が増えるなら、対外純資産が伸び悩むのも悪くない」(テレ朝5月27日放送)という趣旨の解説がされていました。どちらが正しいのでしょうか?
★まず事実を整理する必要があります。日本の対外純資産は円建てで見れば増加を続けており、絶対額が減少したわけではありません。順位が下がったのは、ドイツや中国の増加ペースが日本を上回ったからであり、「日本の資産が減った」という話ではないのです。つまり、ランキングの変動に一喜一憂しても、日本経済が抱える本質的な問題——国内消費の停滞とキャピタルフライト(資本の逃避)——は何ら解消されていないのです。
★そもそも対外純資産とは単なる「国の貯金額」ではありません。1980年代、輸出主導で巨額の貿易黒字を積み上げた日本は、プラザ合意後の急激な円高を経て、生産拠点と投資先を海外へ移してきました。バブル崩壊後の長期停滞の中で、企業は賃上げや国内投資に資金を回さず、余剰資金が海外へ流出していきました。「世界最大の対外純資産国」という地位は、繁栄の証ではなく、国内消費の停滞と投資不足の裏返しだったのです。そもそも対外純資産国のトップに躍り出てからこの方30年が日本経済の衰退の30年と符合しているのは、偶然ではなくメダルの表裏の関係だからです。外純資産が世界最大級であった間こそ実質賃金は伸びず、雇用の非正規化と地方経済の衰退が進行しました。
★加えて、政府が推進するNISAに代表される個人マネーの海外流出も無視できません。その資金の多くはドルに転換され米国株式市場へ流れ込み、結果として円安をさらに進行させています。日本政府の政策の間違いが現れています。これは国民自身が生み出した富が、国内の賃上げや産業基盤に向かう前に、外へ流れ出ていく(米国などに流れるような仕組みを日本政府が準備した)構図にほかなりません。資本の海外流出を止めようとしない政府の無作為と輸出企業のために円安を事実上の基本政策としてきた自民党政治の失政こそが、本来問われるべき対象なのです。
★したがって冒頭のように今回の「3位転落」を悲観することも、逆に「健全な転換」と楽観的に期待することも、いずれも的外れです。重要なのは順位の上下ではないし、いわんや国内の資本が「内部留保」増大に止まったり、さらには国内に投下されたとしてもAIバブルを膨らませたり非生産的な軍需偏重投資では意味が無いのです。
★国民的に生み出された富(根本は生産的労働が生み出した富)が人々の生活基盤の強化と地方の産業の再建へ向かうかどうかです。その方向転換を欠いた、あるいはそれとは真逆の高市政権では何も改善が期待できません。あえて言えば、過度な海外資本逃避(NISAも)を制限し、対外純資産を国内に引き戻し、さらに「内部留保」という富を国民多数の生活の改善に回すという転換が求められているのです。(B)
ヘグセス戦争長官の要求に従えば 日本社会は衰亡する!
■ヘグセスの要求を拒否せよ
アジアの安全保障枠組みがぎくしゃくする中、五月末にシンガポールで開催されたアジア安全保障会議(シャング リラ・ダイアログ)における米国のピート・ヘグセス戦争長官(国防長官)の発言は、日米同盟が双方の国民に及ぼす悲惨な未来を示しました。
ヘグセス氏は日本を含む「同盟国」に対して、「安全保障のただ乗り(フリーライダー)は終わりだ」と強い口調で迫り、防衛費の対GDP比を従来の2%から3.5%へ増額するよう明言しました。
これに対し、米国の「アジア撤退」への強い不安を抱える日本の小泉防衛大臣は、米国の「アジア関与の継続」について釘を刺す反問を行いました。ヘグセス氏は「関与は揺るぎない」と応じたものの、その言葉の裏には戦略的欺瞞が隠されています。
■ヘグセスの要請に従えば日本社会は破綻に至る
仮に日本がこの要求を受け入れ、防衛費をGDP比3.5%へと増加させた場合、国家財政の構成比として15~18%超え、政府財政が受ける打撃は破綻レベルに達します。すでに1000兆円を超える巨額の政府債務を抱える日本において、さらなる国債増発や大増税は本来不可能です。ヘグセス要求をもし実行すれば、懸念されるのは、財政悪化に伴う国債価格の下落(長期金利の上昇)と、それによる円の信認低下(さらなる円安)です。すでに円安と金利上昇に苦慮する日本ですが、金利上昇は住宅ローンや企業の資金調達を直撃し、防衛産業を除く広範な国内経済に冷や水を浴びせ、貧困は拡大し結果として経済の衰退を加速するという「悪性の金利上昇シナリオ」が避けられません。
さらに、人材や技術、資本(これは国民的富なのだ)といった国家の限られた資源が、非生産的な軍事部門へ「クラウドアウト(追い出し)」されることで、製造業や先端産業の再生産能力はこれまで以上に貶められます。これは「失われた30年」どころではない、日本の構造的な長期衰退を決定づける罠にほかなりません。
それを承知で、この「同盟国」のヘグセス戦争大臣は平気で発言しています。最大の同盟国である米国の中心的閣僚が、日本の国民経済の衰退と民衆の貧困を平気で押し付けているのです。本来、日本政府は怒りと共に拒絶すべきものです。
■米国は「アジア関与」を後退させる
この不条理な要求の背景には、米国の世界戦略の劇的な変容があります。トランプ政権が掲げる「アメリカ・ファースト」の終着点は、自国の身の丈に合わせた「帝国のサイズダウン」です。米国はすでに「世界の警察官」としての役割を否定し、リソースを自国のある西半球(南北アメリカ)の支配・管理に集中させる「新モンロー主義(ドンロー主義)」へと回帰しています。5月の米中首脳会談で示された、米中二大国で勢力圏を管理し合う「G2体制」の方向性もまた同じ流れです。すなわち「唯一の超大国」の地位を終わらせ、米国と中国とのデカップリング(決別)を避け、経済的相互関係を維持し、安全保障でも直接的な全面衝突を外交的に回避し両国による世界の「管理」に移行しようとする動きです。
したがって、ヘグセス氏が小泉防衛相に語った「アジアへの関与を続ける(だから安心して私の提案を受け入れよ)」という主張は、明らかな二枚舌のレトリックです。つまり、米国の逃げ腰は明白で海外報道で次のように指摘されました。「ヘグセス長官は中国に対して(同盟諸国に対する厳しさと比べて)より穏健な姿勢を示した。米中関係を巡り、《建設的戦略安定》との(習近平の)表現を繰り返した。」「ヘグセス氏は演説で、台湾への直接的な言及を避け、中国共産党系の環球時報がこうした点を称賛した」(ブルームバーグ)と。
米国が示す「関与」の形とは、かつて想像されてきたように米兵が最前線で血を流して日本を守るものではありません。現実は、日本に巨額の兵器を爆買いさせて自国の軍需産業を潤し、一方、情報や指揮システムを通じて日本を「リモートコントロール」することで、中国に対する防波堤(地域の有力代理人)として自前で対峙させるという、自国ファーストの大国らしい極めてドライな政策に過ぎないのです。果たして小泉防衛相が、そのことを洞察しただろうか?
米国という「同盟者」が突きつける最悪の要求に対し、むしろそれをテコとして「反中国機運」を国民に蔓延させ巨額財政で「軍需経済による経済成長」であるかに国民をだます高市政権はさらに許されないものです。このような負の流れを断ち切らねばなりません。
■米国の「対中防波堤」に位置づけられた日本
話は少し過去にさかのぼります。去年十一月に高市首相は衆院予算委員会において、中国が台湾に軍を差し向けた場合を想定し、「戦艦を使い、武力の行使を伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になり得る」と明言しました。歴代の総理が中国への外交的配慮からあえて具体的な言及を避けてきた「存立危機事態」のレッドラインを自ら踏み越え、「台湾有事」があれば自衛隊が武力行使に踏み切る可能性を公言したこの発言は、中国政府との対立を決定づけました。
高市政権のこの「反中国」の強い姿勢を、トランプ政権が見逃すはずはありません。当初は東アジアの中・日間の過度な緊張激化を警戒して抑制的な姿勢を求めていたとされるトランプ大統領ですが、中国側が激烈な言葉で高市首相を批判するや、一転して彼女を「擁護」する姿勢(五月の米中首脳会談)を見せたと伝えられます。しかし、このトランプによる「擁護」の本質は、対等な同盟者としての連帯などではありません。米国が自らの身の丈に合わせて世界戦略をサイズダウンさせる中で、自発的に尖兵(対中防波堤)として名乗りを上げた高市首相を、都合の良い「鉄砲玉」として評価したに過ぎないのです。
(阿部文明)
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生成AIの最前線 ウォークAIか「反ウォークAI」か
近年、アメリカ社会では「ウォーク(Woke)」をめぐる対立が激化しています。もともとは人種差別や社会的不公正への「目覚め」を意味する言葉でしたが、現在では多様性やジェンダー平等、移民保護などを重視する進歩派的価値観全般を指すようになりました。一方、保守派はこれを「政治的正しさの一方的な押し付け」と反発しています。
この対立は、いまや生成AIの開発にも及んでいます。イーロン・マスクは、ChatGPTなどの既存AIが進歩派的な価値観に偏っていると考え、「AIが一つの思想に支配されることは危険だ」と主張しました。その対抗として設立されたのがXAIであり、開発されたのがGrok(グローク)です。
しかし、ここで重要なのは、AIは中立ではないという事実です。AIは学習データと強化学習(RLHF)によって応答傾向が決まります。つまり、どのような価値観を強化学習させるかによって、AIの判断や助言の方向性も変わるのです。
◇ ◇ ◇
この問題を考える上で興味深いのが、Emergence AIによる「Emergence World」の実験です。これは異なるAIモデルを搭載した自律エージェント(人間のように自律的に行動する仮想存在)だけで社会を運営させ、その行動を観察する研究です。
その中でGrokを搭載した社会は、窃盗や暴力などの逸脱行動が急増し、最終的には社会そのものが崩壊しました。Grokのエージェントは規則を守るよりも目的達成を優先し、その結果として信頼関係が失われたのです。研究者は、社会の維持には能力や効率性だけでなく、協力や相互信頼が不可欠であることを示したと指摘しています。
もちろん、この結果だけでGrokそのものが危険だと結論づけることはできません。しかし、この実験は、人間社会でも共感や協力を軽視すれば社会的安定が損なわれる可能性があることを示唆しています。それは人間社会への警告でもあります。
◇ ◇ ◇
そして本当に重要なのは、問題がGrokだけにあるのではないという点です。ChatGPT、Claude、Geminiなど、どのAIも開発企業が設計した価値観や安全基準に基づいて学習しています。つまり、どのAIにも何らかの思想的・文化的前提が存在するのです。それは、政治、文化、宗教、倫理、礼儀等々が欧米諸国のものに偏っているとの指摘があります。デマ動画がAIによって作成され拡散して甚大な影響を人々に与える時代になったとすれば由々しきことです。
AIが人類社会に深く浸透する時代において現在の論争は、単なる技術競争ではありません。AIがどのような価値観を学び、どのような社会観を反映するのかという問題です。言い換えれば、「AIの価値観を誰がどのように決めるのか」をめぐる主導権争いです。
生成AIの未来を考える上で問われているのは、AIの性能だけではありません。人類がどのような社会を目指すのか、したがってどのような価値観をAIに託すのかという問題なのです。(B)
維新による大阪市廃止・いくつかの特別区に分割=トコーソー反対!
維新は、大阪市廃止・いくつかの特別区に分割=トコーソーをやろうとしています。
トコーソーは、政令指定都市大阪市の権限や財源を、大幅に減らすものです。ことの本質はここです。
来年に、大阪市廃止・いくつかの特別区に分割=トコーソーの是非を問う住民投票が、やられようとしています。過去2回にわたり
住民投票が行われいずれも反対多数、大阪市は廃止・分割されませんでした。3回目の住民投票など、必要ありません。
でも維新は、副首都とからめて大阪市廃止・分割しようとしています。
維新が成立をめざす副首都法案の一部が違憲だとして、弁護士らでつくる自由法曹団大阪支部は、6月15日大阪市内で会見を開き、法案の撤回を求める意見書を発表しました。意見書では、大阪市を廃止して特別区に再編する大阪都構想の是非を問う住民投票を、大阪府民全体で実施できるとする条文案に対して、「大阪市民の自治権を根本から侵害する」と指摘しています。
自由法曹団の意見書について、大阪府の吉村洋文知事(日本維新の会代表)は6月15日、記者団の取材に「市町村合併は住民投票は必要ない。(住民投票の)範囲をどうするかは法定協できちんと決めましょうというのが副首都法案の立て付けなので、憲法違反ではない」と。
吉村さん、無茶苦茶な考えですよ。大阪市を廃止・何個かの特別区に分割と、大阪府から大阪都への名称変更を同時に住民投票するのも無茶苦茶だし、投票範囲を大阪市民から府民に拡大も無茶苦茶です。
大阪市廃止の賛否を、大阪市民以外の方々が投票できるというのが、大阪市民の自治権を侵害します。
自民内でもこの規定が「住民自治」を保障した憲法92条に抵触する疑いがあるなどとして、反発が噴出していました。
自民党と維新は6月24日、「副首都構想」の実現に向けた法案を国会に提出しました。今の国会での成立を目指す方針です。
副首都法案では自民党内で異論が相次いだことを受け、特別区導入の賛否を問う住民投票を道府県全域で実施できるとした規定を削除したほか、「都」への名称変更は住民投票ではなく、道府県議会の議決と国会の承認を得る規定を新たに設けるとしています。
来年行われる予定の住民投票で、投票は大阪市民で府民には拡大しないことになり、ひと安心です。
でも維新は、住民投票と統一地方選を同時にやろうとしています。
でもそれは、ダメでしょう。公職選挙法では、選挙期間中候補を擁立していない政党や政治団体は、選挙区域での政治活動が制限されます。具体的には、街頭演説やポスターの掲示、ビラの頒布、街宣車や拡声機を使った呼びかけなどができなくなります。
告示から投開票日前日までの期間は知事選17日間、政令指定都市の市長選14日間、府議選・市議選9日間、とそれぞれ違います。トコーソーの住民投票は、20日間です。
選挙期間中、個人でできる住民投票活動は、葉書の送付や電話、インターネットでの政治活動などに限られます。
住民投票活動を制限する、地方選と住民投票同時日は、止めるべきです。
そして、強行されるであろう来年の住民投票では、三たび大阪市廃止・分割=トコーソーを反対多数で否決しましょう。 (河野)
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コラムの窓・・・溶解する政治、漂流する人々!
高市自・維政権のもとで、この国の政治が耐え難く溶け落ちようとしています。兵庫に住む私にとっては、それは2024年3月27日に斎藤元彦知事が発した内部告発者への弾圧会見から始まり、立花孝志による〝2馬力選挙〟での斎藤再選、衆院選挙での自民党大勝へと続く、悪夢のような日々でした。
そして今、まともな議論が消えた国会では、法務省・検察による再審潰しの刑事訴訟法再審規定の整備、日の丸への屈服を迫る国旗損壊罪法、皇室典範・皇室の延命策論議、スパイ防止法に至る国家情報局の出現、そして戦争する国家への突進。何やら愚痴っぽくなってしまいましたが、まるで過去の亡霊が立ち現れるようなこの国の姿に多くの人々は無関心なようです。
まず「国旗損壊罪」について、「週刊金曜日」(6月12日)が岩屋毅衆院議員の主張を取り上げています。「自然な敬愛の対象であったはずの国旗が一転して権力による刑事処罰の対象物へと変容することの危うさを、重く受け止めるべきです」と、もっともな発言です。しかし、日の丸は過去の罪悪を引きずっており、君が代とともにとても〝敬愛〟すべき対象にはなり得ません。
そして議論は何が罪となるのか珍奇な迷路へとはまり込み、お子さまランチの旗はセーフだとか、ならその旗を切る映像を流したらどうなるのでしょう。参政党などの愛国者からは集中攻撃を受けるでしょうが、これは逮捕されるのか、法廷ではどのような議論がありうるのか、もう漫画です。行き着く先は、気に入らない主張・行為は取り締まるということになるでしょう。
ちなみに、柳田國男「妖怪議団」に次のような記述があるが、こういうのはどうなるのだろう。
「大野郡誌によると、同郡下味見村大字西河原では正月十五日の左義長に、大なる藁人形を作って両手に日の丸の扇を持たせ、左義長の火の中へ入れて共に焼く。これをヤンゴロと名づけた。昔弥五郎という悪者あって全村を焼いたのを火刑に処した」
次に天皇制論議、これも行き着くところは〝純血性〟というか、どのように男の遺伝子を繋ぐかという問題のようです。動物の雄はそのために雌を探すそうですが、国会で、識者が、マスコミがまじめ腐ってそんな議論をしているようです。もっと簡単な方法、憲法改正がお好きなら第一章「天皇」を削除すればすべて解決です。
敗戦時にけりをつけておけばこんな苦労をしないで済んだのに、意気地なく残してしまったのでいびつな憲法になってしまっているのです。そこで、まともな歴史認識を示している長谷部恭男早稲田大学教授の説を紹介します。
「明治の日本人をみなクリスチャンにすることはできない。仏教や神道に、民心を統一し規律する力はない。そこで彼らが着目したのが、皇室である」「明治初年の一般庶民には、天皇について確たる知識も崇拝する心もなかった。民心を統一し規律するため天皇を神としてあがめる観念を、初等教育やさまざまな儀礼を通じて庶民に教え込んだのは、伊藤をはじめとする明治の政治エリートたちである。それは新たにつくられた『伝統』だった」(6月11日「神戸新聞」)
長谷部教授は、首相の「理想」をかなえる憲法は分断を招く、として「議論を軽んじてはいけない」と強調しています。国会から議論が消え去り、人々がたやすく流され行く今、それに抗うことのむなしさを抱えつつ、それでも声を上げ続けようと思う今日この頃です。(晴)
イスラエルはパレスチナやレバノンへの軍事攻撃をやめろ!
食料に近づいた時に胸を撃たれた子どもたちや、殺到する群衆の中で窒息する人たちがいました。1年前にイスラエルがアメリカやその他の同盟国から資金援助を受けて運営した、いわゆる「ガザ人道財団(GHF)」は、それまで国連が調整していた配給システムに取って代わり、軍事化した食料配給所をガザ地区全域で開始しました。そこで引き起こされた暴力により数千人が死傷した後、GHFは6カ月で終了しました。
イスラエルによる数カ月にわたるガザの全面封鎖に続いて、GHFはガザの人びとに食料提供を行うために設立されまし。2025年5月下旬に稼働を始め、もともとあった約400カ所の援助拠点が、4カ所のGHF拠点に置き換えられました。
メリカの民間軍事会社が「警備」を担い、イスラエル軍が周辺地域を統制しました。
2025年6月から10月にかけて、国境なき医師団(MSF)はハンユニスのアッタールおよびマワシ地区の基礎診療所で、少なくとも32人の死亡を確認し、1885人の負傷者を治療しました。
「友人が目の前で処刑されました。その光景は今も頭から離れません」と元理髪師のカリムさんが話ります。彼自身は脚の神経に深刻な後遺症が残る重傷を負いました。
「銃撃はさまざまな場所から行われ、私を撃った兵士は丘の上にいました。私は地面に横たわった状態で『やめてくれ』と手を振りましたが、兵士は遊ぶかのように私の手を撃ったのです」
ラファ出身のタクシー運転手ムスタファさんは、銃創で骨が2本折れ、かかとの感染症が悪化しました。
「GHFでの体験は屈辱的でした。何千人もの人びとが走り寄ると、イスラエル軍が固定された位置から私たちを撃ってきたのです。私が知る負傷者の3人に2人はGHFによるものです」
彼の17歳の甥は、スナイパーに頭を撃たれて死亡しました。
これらの証言は、長期にわたって治療が必要となったりしている多くの人びとの状況を表しています。
GHFはまた、イスラエルによって作り出された栄養失調にも大きく影響しています。配給拠点の大幅な削減、全面封鎖、暴力の激化、大規模な避難、医療施設の破壊が重なり、2025年半ばに宣言された飢饉の一因となりました。特に妊婦、新生児、子どもなど弱い立場にある人びとに深刻な影響が及んでいます。
GHFには人道的解決と呼べるものは一切ありませんでした。1年が経過した今も食料配給所で人びとが受けた甚大な被害は残り、説明責任は果たされていません。
独立した調査が必要です。2025年10月22日の国際司法裁判所の判断は、妨げのない人道アクセスの確保というイスラエルの義務を改めて示し、GHFのような苦しみを和らげることのできない支援モデルを明確に批判しています。
イスラエル、アメリカ、および影響力を持つすべての関係者に対し、人道援助は軍事化されることなく、誰にもアクセス可能で、独立性、公平性、中立性、そして人道性に基づいて提供されるよう求めます。人道援助は、脆弱性とニーズに基づき、居住地を問わず、安全に、十分な規模ですべての民間人に届けられなければなりません。
また、レバノン南部ティールでは、国境なき医師団(MSF)が支援しているジャバル・アメル病院とその周辺にて、6月1日夕方にイスラエル軍が空爆を行いました。保健省によると、この攻撃によりこれまでに4人が死亡、127人が負傷し、そのうち39人は病院のスタッフでした。負傷したスタッフのうち4人は重体で、今も集中治療室で治療を受けています。
この空爆によりジャバル・アメル病院は、入院病棟、放射線科、集中治療室などに深刻な被害を受けました。手術室の壁の一面が激しく損傷して大きな穴が開き、治療チームは集中治療室に残っていた患者の半数を安全のため緊急に別の病棟へ搬送しました。
ティールでは前日にも、MSFが支援するハイラム病院がイスラエル軍の空爆を受け、保健省によると医療スタッフ13人が負傷しました。これらの攻撃はこの数日間の暴力の激化の中で起きたものです。5月31日にザフラニ川までの南部全域に対して、イスラエルから出された全面的な退避要求に続き、6月1日にはベイルート南部の郊外が再び退避要求の対象となりました。
イスラエルは、パレスチナやレバノンでの軍事攻撃をやめて、衣食住と負傷者の治療、損害賠償、犯罪行為の罰を受けるべきです。 (河野)
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【なんでも紹介】これが象徴天皇制の法的根拠であるが、天皇を象徴とすることは日本国民の総意ではない
この紹介記事は、2024年7月31日付けで「ワーカーズの直のブログに」掲載された『私たちは象徴天皇制をいかにすべきか?』を最新の情勢を加味して加筆したもので新聞「ワーカーズ」では今号を含めて第一回 「戦後国体論―対米従属と象徴創出の政治学」第二回 「象徴の精神史―新トマス主義とカトリックの隠れた基盤」第三回 「実践・制度・祭祀―サクラメントとしての象徴天皇制とその矛盾」の3回にわたって掲載しますが、ワーカーズホームページでは全文掲載します。
第一回 「戦後国体論―対米従属と象徴創出の政治学」
二0一九年五月一日、明仁は生前譲位し、皇太子の徳仁が即位した。元号は平成から令和へと代わった。明仁は作られた平和天皇だったのに対し、徳仁は生まれながらの平和天皇である。だからこそ高市早苗は「昭和百年記念式典」でその発言を封殺したのである。
私たちが考えなければならないのは、戦前の日本の国家体制と戦後日本の国家体制とは何がどのように異なり、引き継がれたものは一体どのようなものかなのという点にある。
戦前の国家体制と戦後の国家体制の差異と同一性
戦前の日本国家は、陸海軍に対する統帥権を持つ大元帥として位置づけられた天皇を頂点とする官僚制による中央集権の国家体制、つまりそれが戦前日本の国体であった。
それに対してアメリカ等の連合軍との戦争において一敗地にまみれた戦後の日本国家はどのように変化したのか。政治的には明治期に天皇を輔弼した有司専制による統治を天皇下の帝国議会による統治だったが、敗戦後天皇はアメリカにより一切の統治行為を行う事が許されず、天皇は憲法に定められた国事行為に限定されたもののみ行うことにされた存在となる。そして国家は象徴天皇をいただきながらも民主国家へと変貌したのである。
これをもってある人々は、日本は今でも立憲君主国であり、天皇制民主主義の国と呼んだ。すなわち見た目こそ日本は君主国そのものなのだが、その内実は民主主義の国であり、要は日本は入れ子構造の国なのである。
しかし戦後日本の内実とは、そもそも軍事的な敗戦によって必然化された対米従属構造にある国家体制である。そしてその核心は、国家と国民の象徴たる天皇の上にアメリカが位置する究極の対米従属の国家体制である。そしてその本質はサンフランシスコ条約の批准後もいささかも変わっていない。
誤解を避けるために正確に言い換ると、日本は常にアメリカの意向は一体何かを忖度する自民党、すなわち対米従属を国是とする政治勢力によって、今なお支配され続けているとも言える。詳しくは白井聡氏の『国体論 菊と星条旗』を読むことを薦めたい。
戦後日本が今でもアメリカの間接的な従属構造にあることは、日米地位協定上の正式な協議機関として日米合同委員会があることが証明している。その協議は月二回の秘密の会合であり、その議事録も公開されたことはない。会場は(ニュー山王ホテルで一回、外務省が設定した場所で一回)行われ、驚くことにこの会議に衆参両院の国会議員は一切参加していないのである。
このことについては、かって総理大臣であった鳩山由紀夫の証言を紹介する。「日本とアメリカの間には日米合同委員会など、いろいろなカラクリがあることは、首相になったあとに知ったことも多く、そのことは自分の不勉強でたいへん申し訳なかったと思っております。日本の官僚と米国、特に米軍が常に密接につながっていて、我々日本の政治家と官僚とのつながりよりも、むしろ濃いつながりを持っていることを首相になってから私は知りました」(『誰がこの国を動かしているのか』詩想社新書73頁)
この「日本の官僚と米国、特に米軍が常に密接につながっていて、我々日本の政治家と官僚とのつながりよりも、むしろ濃いつながりを持っている」との鳩山の証言は、実に重いものがある。それも首相になったから初めて知ったというのだから、私たちも本当に驚かされるではないか。野党指導者の政治意識は実にこんなも哀れなものなのである。
この日米合同委員会の参加者は、日本側の代表は外務省北米局長で代表代理として法務省大臣官房長、農林水産省経営局長、防衛省地方協力局長、外務省北米参事官、財務省大臣官房審議官からなり、その下に十省庁の代表からなる二十五の委員会が作られている。
アメリカ側の代表は、在日米軍司令部副司令官で代表代理として駐日アメリカ合衆国大使館公使、在日米軍司令部第五部長、在日米陸軍司令部参謀長、在日米空軍司令部副司令官、在日米海兵隊基地司令部参謀長からなる。すなわちアメリカは軍人が中心である。
一連の著作で米軍基地と原発を告発し続けている矢部宏治氏によると、この六十年で最低でも千六百回は行われているという。詳細は、吉田敏浩著『「日米合同委員会」の研究 謎の権力構造の正体に迫る』(創元社二0一六年)に詳しい。この本については、私も読書室でも取り上げた(https://ameblo.jp/bubblejumso3/entry-12250446889.html)。
また矢部宏治の最新の代表作 『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』を始めとする数々の著作についても「ワーカーズの直のブログ」で取り上げている。是非皆様の参照を賜りたいと考える。
彼ら対米従属派のモットーは、端的にはアングロサクソンに従っておけば間違いないである。彼らは従米であればこそ、将来の日本の対米自立があるとかってに妄信している。そのために自民党の国家戦略とは、対米自立をめざす独自の国家戦略は持たずにすべてアメリカに付き従うことが基本である。なぜ日本独自の国家戦略を持たないのか。
それは独自の国家戦略を持とうとした田中角栄や鳩山由紀夫のようにアメリカに潰されたくないからである。実際、戦後の対ソ連及び対ロシアの外交交渉が上手く進展しないのは、実にこのことが遠因なのである。
この従属国家体制の中で国策捜査の対象となり、長期間拘留された上有罪判決を受けた、元外務官僚の佐藤優は、戦後の国体をズバリ「日米安保体制下の象徴天皇制」とする。すなわち白井聡氏が最近『国体論 菊と星条旗』で詳しく展開したように、これこそが戦後の日本国家の真の国体なのである。
このことに関しては、豊下楢彦『昭和天皇の戦後日本-“憲法・安保体制”にいたる道-』(岩波書店刊)に詳しい。この間の裕仁の行動を理解するためにも、ぜひとも読者に一読を薦めたい。
戦後の日本国憲法は、一方では確かに日本近代社会を基礎づける基本的人権と義務の体系と議会等の任務とその選び方を規定はしたものの、他方では第一章から第八章にまで、基本的人権すら認めず身分制に依拠した象徴天皇の地位に関わる諸規定を無理やり憲法に盛り込んだもので、極めて纏まりの悪いものであったのである。
戦後の日米安保体制を構築するあたり、裕仁はアメリカへの服従を明確にした。それがマッカーサー元帥との会見である。それは一九四五年九月二十七日から一九五一年五月まで都合十一回も行われた。それが『天皇・マッカーサー会見』として出版されている。
この本の内容については、ワーカーズの直のブログ「昭和天皇の実像とは? 読書室 豊下楢彦氏著『昭和天皇・マッカーサー会見』岩波現代文庫」を是非参照していただきたい(https://ameblo.jp/bubblejumso3/entry-11990955744.html)。
そしてこの間、一九四六年三月五日と六日に分かれ訪日した日本の教育の実態把握を目的とした日本教育使節団一行が皇居に表敬訪問した時、裕仁はこの使節団に対して、何と当時学習院初等科に在籍していた皇太子(明仁)にアメリカ人の家庭教師を付けたいのでお世話願いたいと要請した。それはまさに自らの政治的延命のためであったのである。
古来から敗戦国の皇太子に戦勝国の家庭教師を付けるなどまさに前代未聞で、本来ならそれだけで外交問題にまで発展する問題ではあったが、そこは天皇自身の要請だったが故に事は上手く運んだ。そして紹介されたのが絶対平和主義のクエーカー教徒のヴァイニング夫人である。彼女は皇太子に自分をジミーと呼ぶように強制した他、同じクラスの誰とも差別することなく平等に取り扱った。こうして明仁は少年時代に絶対平和主義のクエーカー教徒の教育を受けた。これが平和天皇の誕生に至る伏線となっていったのである。
象徴とは何か
アメリカは日本国家そして日本国民統合の象徴として天皇を憲法に位置づけた。日米戦争前からアメリカは日本敗戦後の統治に天皇の利用を考えていた(『象徴天皇制の起源 アメリカの心理戦「日本計画」』)のである。そのため、開戦当初から皇居は注意深く戦略爆撃の対象外とされていた。実際に皇居が燃えたのは、アメリカも考えてもみなかった、皇居外苑周辺からの延焼であった。また皇居へ爆弾投下する誤爆もまったくなかったことは注目に値する。そしてその後、アメリカが考え抜き出された結論とは、日本の戦争遂行勢力と闘った平和天皇像の創出であった。すなわちアメリカは天皇を平和のシンボルとして徹底的に利用する戦略を確定した。そのため、東京裁判では裕仁は免責されたのである。
そもそも天皇をシンボルとする文献の登場は、一九三一年の新渡戸稲造国連事務局次長退任後の『日本――その問題と発展の諸問題』を嚆矢とし、一九四二年に出版されたニューヨーク・タイムズ東京特派員だったヒュー・バイアス氏の『敵国日本』にも天皇はシンボルと書かれていた。注目すべきはその後同氏が書いた『昭和帝国の暗殺政治』である。
その核心部分は、「日本の政治体制の弱点は、この体制がそもそも人間には両立し得ない複数の機能を天皇に兼任させようとする所にある。天皇は同時に国民の威厳ある統合の象徴であり、国の神であり、その大祭司であり、その最高司令官である」というもの。
こうした指摘を受けて日米戦争中に天皇の取扱いを検討していた米国の陸軍省は、敗戦後の天皇を平和のシンボルとして徹底的に利用する、戦後の日本統治戦略を画策したのだ。その流れでその具体的な実行の当否は、当時日本現地に派遣されたマッカーサー元帥に一任されていた。実際に裕仁天皇と面接した彼は、この天皇利用路線に大きく傾いて動き出した。そしてマッカーサーの決断こそがその後のアメリカの国家戦略となったのである。
この戦略は日本人の間で大成功を収め、今では戦時中ですら天皇は軍部とは対立し一貫して平和指向だったといまだに人々に信じられている。実際の所、軍事力の統帥権を唯一持っていた裕仁天皇の戦争責任が免責されることなど、本来的には絶対にあり得ないことである。
アメリカは日米戦争の主体的な総括から裕仁にキリストのように死刑の厳罰を与え、殉教者として記憶されることを許さず、裕仁の戦後の政治的な統治行為を禁止して単なるお飾り・象徴として利用することを決定したのだ。勿論、裕仁はそんなことには一切顧慮せず無頓着に、時には政府補無視して自らの考えで天皇外交を展開していったのである。
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第二回 「象徴の精神史―新トマス主義とカトリックの隠れた基盤」
明仁の「お気持ち」メッセージと新トマス主義
さて二0一六年八月八日、明仁はまるで裕仁の玉音放送のような段取りで「お気持ち」メッセージのテレビ放映を行った。そこには明仁の生前譲位の言葉こそなかったものの、その意図は明確であった。そしてそこで強調されたことは、象徴としての天皇の役割とは一体何かであった。明仁が語った核心は、まさにこの点にこそある。
宮内庁のように高齢になったのだから公務は減らせばよいとの判断に、明仁は立たなかった。それだからこそ、そもそも象徴天皇の役割を果たすことが出来ないのだから譲位したいとの意向を示したのであった。それは実に明仁の象徴天皇のサバイバル戦略であった。それにしても神道の祭祀主が新トマス主義を持ち出すとは私たちには驚きでしかない。
自民党や右翼の一部には、この時とばかりに今回の明仁のメッセージに関連してその公務の恣意性を問題にしている向きもある。つまり災害被災地の慰問や戦没者の慰霊等が天皇にとってどれだけ立派な公務なのかという批判である。すなわち自民党からすれば、最近天皇が慰霊を行ったペリリュー島やパラオ来訪時に海上保安庁の護衛艦を改造してまで使用したのはまったく余計なこと、つまりは税金の無駄遣いだということなのである。
しかもこの慰霊に同伴した閣僚はいないのだ。自民党議員たちの彼らの天皇に対する実に冷ややかなまなざしには呆れるばかりだ。彼らの天皇の政治利用は一面的なのである。
また被災地等を訪問して、避難者や戦没者の遺族と同じ目線に立ちたいとする明仁の努力は、憲法順守・無私だとの二点が従来から指摘されていた。今回の放送を通じて「国民と一体化する」という明仁個人の強い思いが、日本の人々の間に深く浸透していった。かくて明仁の美談は大きく喧伝されて天皇サバイバル戦略は成功していったのである。
宮内庁は仮に加齢や病によって寝た切りになった場合でも、摂政を立てたりメッセージを発したりすることで象徴としての務めを果たすことが可能だと指摘し続けてきたが、明仁は「そうではない、違う」と非常に強く反論、否定したことが好意的に伝えられたのである。このように多くの人は明仁のサバイバル戦略の本質を見抜けないでいる。
では二つの時代を生きた裕仁に比べて、多感な青少年期の象徴天皇である明仁が皇太子時代から真摯に考え続け、即位以来まさに全身全霊をもって考えた象徴としての天皇のあり方とは、どういうものなのか。またそれは昔とどのように違うのか。
それには明仁が少年期、裕仁の要請(どのくらい主体的なものであったかは不明)でGHQから推薦された絶対平和主義のクエーカー教徒のヴァイニング夫人から受けた絶対平和教育の影響、そしてまた現在も深く関わっている相談役の影響が大きいのである。
その人物からイギリスの立憲君主制での王室のあり方とキリスト教の倫理に学び、また加えて幼時からカトリックのミッションスクール(聖心女子学院)で学んだ美智子皇后の強い影響の下に、明仁の平和主義は一段と磨きが掛けられたものである。
つまり戦後の象徴天皇制の基礎は、まさに国家神道とカトリック教との統合により成り立っている。これが象徴天皇制の秘密なのである。
このことに関しての重要人物がいる。その重要人物とは、東宮参与として天皇・皇太子に対する憲法及び象徴天皇制に関する相談役、後にカトリックに入信して何とトマス・アクィナスの洗礼名を持つ、團藤重光東京大学教授その人であり、彼の新トマス主義による天皇家への教育があることを忘れてはならない。
ここで大きな影響力を行使したものこそ、裕仁の時代から深い関係で続く隠れたカトリック教徒の人脈であった。カトリック教の立場では天皇信仰は日本の習俗である。今や宮内庁の職員には実に多くのカトリック教徒がいると噂されている状況である。
そもそも日本カトリック教会の思想は、明治期に岩下壮一氏が基礎を据えたのであるが、この事実すら一般的にはあまりにも知られていない事実でなのある。これについては園田義明氏の『隠された皇室人脈: 憲法九条はクリスチャンがつくったのか!?』(講談社+α新書)をぜひ参照のこと。
旧安保条約に臣吉田茂と署名した吉田茂も明仁皇太子と正田美智子とをテニスコートでの恋を演出し娶せた慶応大学の小泉晋三もカトリック教の信者である。更に付け加えて置けば、常日頃はまるで天皇崇拝者の如く振る舞っていた、あの渡部昇一も最近イエズス会員として死んでいった。現に彼が若年期にドイツに留学が出来たのも、そのことが理由であったのである。
ここで余談を一つ紹介したい。カトリック教といえば何と言ってもイエズス会である。戦国時代に訪日したフランシスコ・ザビエルについて、現代日本人は一体どの程度の知識があるのだろうか。まずは端的に紹介しておこう。
十六世紀初頭スペインの地方貴族の子として出生したザビエルは、その後神学校に進学しロヨラらとともにイエズス会を結成した。当初より世界宣教をめざしたイエズス会は、その会員を当時ポルトガル領だったインド西海岸のゴアに派遣することになった。ナンバー二であるザビエルはリスボンを出発、アフリカのモザンビークを経由してインドのゴアに到着。その後、マラッカ、さらにモルッカ諸島に赴き、宣教活動を続けてからマラッカに戻った。
そして一五四八年にゴアで宣教監督となったザビエルは、翌年、明の上川島(広東省江門市台山)を経由して薩摩半島の坊津に上陸、許しを得て八月十五日に現在の鹿児島市祇園之洲町に来着した。この日はカトリックの聖母被昇天の祝日にあたるため、ザビエルは何と日本を聖母マリアに捧げたのである。
この最後部分に注目せよ! ザビエルによって聖母マリアに捧げられた日本は、結局スペインに捧げられたということなのである。二年後の一五五一年、ザビエルは豊後国に到着し、守護大名・大友義鎮(後の宗麟)に迎えられ、その保護を受けて宣教を行った。
戦国時代の流れの必然として軍事力の増強競争の中で、九州のキリシタン大名を中心にイエズス会は、日本で入手困難なチリ硝石の輸入に積極的に手を染め、硝石一樽当たり五百人の女と交換したと伝えられる。この結果、十六世紀後半には、日本人の女奴隷がヨーロッパに広汎に存在していたのである。
この事実は今でもほとんど伏せられたままだが、一五八二(天正十)年の天正遣欧少年使節の手記にははっきりと書かれていた。この文書を引用しこの事実を広汎に知らせた徳富蘇峰の『近世日本国民史』の当該巻は発禁となり、私たちが現在読めるのはそれを削除した改訂版である。
そして先の渡部昇一は、徳富蘇峰氏の『近世日本国民史』を名著として絶賛していたにもかかわらず、この日本人の女奴隷の話には一切触れていない。なぜなら彼もイエズス会員だったからである。
この余談は、マッカーサーがカトリック教徒であり、天皇に会ったことで彼が日本をカトリック国に生まれ変わらせたいとの野望を持ったことに関わっている。彼が野望を持つに至る経緯とその顛末については、鬼塚英明氏の出世作『天皇のロザリオ 上巻 日本キリスト教国化の策謀』『天皇のロザリオ 下巻 皇室に封印された聖書』に詳しい。
閑暇休題。先に問題とした新トマス主義とは、EUの統合にあたって新旧両キリスト教圏にまたがる欧州を成文法を超えて一体化させるものとして注目すべき重要な世界的思想で、それは旧約新約の両聖書を第一の規範とし、そのためにカトリックの規範を体系化し哲学化したトマス・アクィナスが主著の『神学大全』で完成させた考え方でもある。
中世においても哲学の基礎にはプラトンとアリストテレスがあった。プラトンを信仰の哲学とまとめれば、アリストテレスは知識の哲学とまとめることが出来る。トマスは信仰と理性の融合をめざした。勿論、カトリックの原理は神である。この原理に対してトマス・アクィナスは、アリストテレスの発展観を応用してカトリックの規範を護教的に体系化したのである。
それは自然界を最も下級な段階として段々と発展してゆき、その頂点は人間の生活だとした。またトマスは万物と神との間の段階的な秩序を追求した。そして地上では人間が頂点であり、その人間の生活の頂点がカトリック教によって与えられる恵みの下での生活、サクラメント(秘跡)であると考えたのである。
まさに保守反動のカトリック教の極致ではある。すなわちトマスは自然界の一切の事物を秩序ある世界と考え、それを上下の2つの世界に分けて神が上の世界は下の世界の目的であり、下の世界を完成させるものだとしたとする。この考え方は、言い換えれば秩序ある世界の現実の中にカトリック教の神の痕跡を見出したものなのである。
こうした考え方の下にトマスは、法律を神の法・自然の法・人間の法とに三分割した。ここが味噌である。すなわちパウロは世界を聖と俗とに二分割して、聖なるものは俗とは聖別されるべきで俗とは一切関わるなと分断したのだが、トマスは全てに神の痕跡を発見すべきだとする。
また神の法の内に人間が理性で認識できる部分を自然の法を名付けて導入した。この自然の法とは、民族・文化に関係なくどんな社会にも共通するものである。そして人間の法は、ある社会の支配者が制定した法である。法の内容は社会ごとに区々でも良いが、自然の法を踏まえなければならないとした。さもないとそれは暴君の法であり、内容から言って法と呼べないとした。
この手順を踏むことで、トマス・アクィナスは、神の法の原理から人間の法が作られるとつなげたのである。すなわちトマス・アクィナスによれば、神の法とは人間に対して超然としているものではなく、人間が現実の中にサクラメントで作り出すものなのである。
こうして新トマス主義は、現代に復活し世界を秩序立て人間の生活を頂点とし、その恵みの生活は、教会から与えられるサクラメントにより与えられるものであるとする。
現代に目を移してみよう。EUの心臓部は独仏両大国に挟まれたべネルクス、即ちべルギー・ルクセンブルクとオランダに集中するが、べルギーはカトリック、オランダとルクセンブルクはプロテスタントである。この両者はヨーロッパ、特にドイツを戦争の中心として三十年間も闘っていた。そのため、ドイツは人口の三分の一を失っていた。
ウエストファリア条約(一六四八年)は、このカトリックとプロテスタントによる宗教戦争に終止符を打った。条約締結国は「全ての人類がどこかの国民であり」、「国民はそれぞれの国家の枠内で権利と義務を持ち」、「全ての国家は対等の存在である」等、相互の領土を尊重し、かつ内政への干渉を控えることを約し、新たなヨーロッパの秩序を形成するに至った。これが近代国際法の枠組み、ウェストファーレン体制の秩序である。
そして2回の世界大戦の深刻な反省に立って二十世紀後半という半世紀を懸けて欧州統合を推し進めてきたEU中枢が共通の価値観を堅持している背骨には、この新トマス主義がある。したがって私たちは、この現代世界を動かしている、この思想をしっきりと認識する必要があるのである。
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第三回 「実践・制度・祭祀―サクラメントとしての象徴天皇制とその矛盾」
明仁の行動と思想そして徳仁の行動原理
これまでは天皇は皇祖皇宗に祈ることはあっても、憲法を順守して「国民のために天皇が祈る」という行動をどのように取ったらよいのか、どこにもそんなお手本はなかった。だから全身これ象徴の明仁が、その妻の美智子皇后と相談或いは團藤教授らブレインのアドバイスを受け、先進各国の立憲君主たちの行動や道徳律を知り、そこで常に参照される新旧約聖書を始めとする聖典にも十分な配慮をもって、個々に検討し決意し現実に実行に移してきたのが「スリッパを履かない」であり、「膝を折って同じ目線で言葉に耳を傾ける」行動だった。
こうした行動の一つひとつが象徴天皇として国民のために祈ること。すなわちこれこそがサクラメントそのものなのではないか、と明仁は考えた。すなわち国民の中に病む人があれば、行って共に痛みを感じ分かち合い、国民の中に喜びがあるならそれもまた共に喜びを分かち合うこと、これが核心だと明仁は考えたのである。
このように「その心に全身全霊を開く」ということが、皇太子時代から半世紀余、身をもって探究して、創造し実践してきた「象徴天皇の祈り」そのものであった。
避難所でスリッパを進められても断り、靴下のまま被災者の下を訪れ膝を折って被災者と同じ目線で会話し「共に困難を共有したい」と明言される明仁の発言と行動は歴代天皇では初めてのことだ。勿論、天皇位を引き継いだ徳仁の行動様式もまったく同様である。
それは皇太子時代に自ら創始され象徴天皇の執行するサクラメントとして、現在の徳仁にも完全に共有されている。この天皇家のあざとさに私たちは本当に驚かされる。
メッセージの中で「私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えてきましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えてきました」「何よりもまず国民の安寧と幸せを祈る」と明仁は語っている。
元よりこの台詞は天皇のサバイバル戦略を表明したものなのである。その結果、明仁が訪問した被災地で彼らを悪く言う風評は殆ど聞こえてこない。インターネットを見れば、世界の多くの人がこの行動に驚嘆し賞賛していることが確認出来る。既に二00一年二月の天皇誕生日、明仁はブレインの意向を受け入れ、日韓共催のワールドカップの試合において、祖先である桓武天皇の生母が百済武寧王由来の血筋との故事を引き合い出し、韓国との縁に触れた。この発言は、当然のことながら韓国も大絶賛したのである。
様々な負の歴史と今に続く永続的な朝鮮への差別を明仁が知らないわけがない。歴史修正主義者の安倍総理のように国際社会に背を向け、独善的な日本の伝統を振り回すのではなく、内外の歴史と伝統に尊重と敬意を表しつつ、尚かつ「国家」「国民統合の象徴」として振る舞う明仁の姿は、まさに安倍総理の姿勢とはとは好対照と表現するの他はない。
憲法「第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とある。この規定を踏まえつつ、明仁は「日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、生き生きとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています」とその秘めたる自信を披瀝して見せた。この立場は当然のことながら、子息である現天皇の徳仁にも引き継がれているのである。
この明仁のサバイバル戦略に籠絡される人々は、今でも大変多くて驚くほどである。今回の「お気持ち」発言にも高率の支持がある。私たちはこの部分に激しく反応し敢えて辛辣な批判を展開した辺見庸に大いに同意する(辺見庸の「お気持ち表明」批判)。まさに私たちに天皇という象徴などいらないのである。
この六月のオランダ訪問でも、徳仁は「今なお当時の痛みを負い続けている人々がおられることに思いを致し」と述べつつも、オランダの元抑留者やその遺族に会いもせず、その訴えに耳を傾けず、謝罪もせずに相変わらず「子どもたちに笑顔」を振りまいただけ。
このようなパフォーマンスと美辞麗句で大日本帝国の加害責任を隠蔽し、戦争責任を棚上げする。そのことによって日本国民はまるで徳仁は平和主義者との幻想を抱く。これこそが皇室外交の本質だ。徳仁は明仁の天皇サバイバル路線を明確に踏襲しているのである。
象徴天皇制を支える組織
象徴とは何か。象徴天皇制を維持するための組織は大きく分ければ、三つある。
まず宮内庁は合計で百九人、内訳は特別職五十二人(一)国家公務員法で規定するもの。宮内庁長官,侍従長,東宮大夫,式部官長,侍従次長。(二)人事院規則で規定するもの。宮内庁長官秘書官,宮務主管,皇室医務主管,侍従,女官長,女官,侍医長,侍医,東宮侍従長,東宮侍従,東宮女官長,東宮女官,東宮侍医長,東宮侍医,宮務官,侍女長。一般職九百五十七人、内訳は宮内庁次長以下の内閣府事務官,内閣府技官などである。
これに関連した宮内庁病院は医師・看護師は総勢約五十名となっている。中には大学での勤務の傍ら、非常勤で診察に当たる医師もいる。病院長は宮内庁の皇室医務主管や侍従職の侍医長が兼務することが多いが、最近では専任者を置く例もある。
玄関は皇室用と一般用に分かれている。一般用といっても宮内庁や皇宮警察の職員たち用である。一階中央には大きな吹き抜けがあり、階段手前から歯科、内科、耳鼻咽喉科、眼科などがある。二階には階段突き当たりに産婦人科、隣に外科、東側に一般患者用の病室、残り半分は皇室専用の病室「御料病室」が二つ配置されている。御料病室は、広さが約二十六平方メートル、トイレや浴室、洗面所を備えている。また廊下を挟んで侍従や女官の控え室もある。
最後に皇宮警察は、皇居の内、宮殿及び皇居東御苑等の区域を担当する坂下護衛署、御所・宮中三殿等の区域を担当する吹上護衛署、赤坂御用地(東宮御所・各宮邸等)及び常盤松御用邸(常陸宮邸)の区域を担当する赤坂護衛署が設置されている。
東京以外では、京都府には京都御所・仙洞御所・京都大宮御所・桂離宮・修学院離宮及び正倉院の区域を担当する京都護衛署を置き、神奈川県の葉山御用邸、栃木県の那須御用邸、御料牧場、静岡県の須崎御用邸、そして奈良県の正倉院には皇宮護衛官派出所が置かれている。
また各署には消防車(「警防車」と呼称)が配備されており、皇居や御所の消防の業務を担っている。この他、皇宮護衛官の育成のための皇宮警察学校や皇宮警察音楽隊、皇宮警察特別警備隊などもある。
二00九年(平成二十一年)度に皇宮警察は警務部長ポストを廃し、副本部長を設置した。皇宮警察本部の定員は警察庁の定員に関する訓令により規定され、皇宮護衛官九百二十人、事務官等四十四人、計九百六十四人を擁している。なお比較のために人口五十七万人の治安を守る鳥取県警の職員数を紹介しておけば、何とたったの千百七十人である。
すなわち象徴天皇制の維持には、臨時職員を除けば定員数で何と二千二十三人による支えが不可欠であることを、私たちは決して忘れてはならない。
この認識が天皇を税金で支えている日本の人々にあるだろうか。まさにこの人数と人件費及び建物・施設等に費やされる巨額の税金に思いを致さなければならない。このことを私たちが冷静に考えれば、生きた人間を天皇として、しかも象徴として祭り上げる、この日本社会の愚かしさが改めてよく分かるというものである。
象徴天皇制の語られざる祭祀的側面
戦前の天皇制と戦後の象徴天皇制との違いであまり語られていないことがある。それは天皇制の祭祀的側面である。戦前の天皇制と天皇が執り行う祭祀は密接不可分の関係にある。それが戦後の天皇制では象徴天皇の私事に関わるものとされているのである。
そもそも天皇は皇室では当然、明治以降の国家神道においては最高の祭祀主である。裕仁自身が非公式と断わりつつも、戦後も「皇居の中で神道の祭典をやっている」と明確に認めている。すなわち皇室内では日本国・国民統合の象徴である象徴天皇を頭とする宮内庁職員が〈祭政一致〉の政=祭りごとを、年中無休で励行している。
要は戦後には天皇家の私事としての祭祀であっても、日本国及びその民の統合のための象徴天皇の立場から、この私事である神道行事を国民全員に対して独自(恣意・勝手)に宗教的に意味づけて執り行い、自分だけでなく宮内庁職員にも強制してきたのである。
さらに「お気持ち」メッセージでは、昭和天皇の代替わりの時に起きた「自粛騒ぎ」との政治・社会問題、当時において一定の期間日本社会全般に対して「日常生活を停頓させていた〈困惑の事態〉」が、再発するようなことにならないようにと強く伝えようとした。そして更に明仁は、できればそのための措置・対策を事前に講じてほしいと、率直に語っていた。しかし今後の祭祀については、どうなるかは明らかにされなかった。
その改善を要する具体例として「殯り」があった。殯宮は「もがりのみや」という名で天皇の大喪の礼に、また「ひんきゅう」という名で皇后・皇太后・太皇太后の斂葬の儀までの間、皇居宮殿内に仮設される遺体安置所の名として使用されることになっている。戦後においては裕仁天皇や貞明皇后、香淳皇后の崩御の際に設置されている(但し太皇太后は現在の皇室典範にも定められているものの、実際には平安時代末期以降、現れていない)。
つまり死後十三日目に遺体を収めた棺は御所から宮殿内の殯宮に移御され、四十五日目を目処に行われる大喪の礼や斂葬の儀までの間、殯宮拝礼の儀を始めとする諸儀式が行われる。明仁天皇はこの祭祀が家族にとって大変厳しいと発言した。別の機会に明仁は、火葬を希望するとも述べている。そうだとするとこの祭祀は、今後することができない。
またよく知られている大嘗祭や新嘗祭を始め天皇家には執り行う数々の祭祀がある。これまたマイホーム主義者のように見られている徳仁には、相当な重荷となるだろうことは想像に難くない。また徳仁とカトリック教との関係はまったく明らかにされてはいない。だがこれらのことは、まさに祭祀主としての象徴天皇の危機である。
ここでまた余談を一つ。天皇家の紋は菊の紋である。海外旅行に行く人々は、日本国のパスポートの表紙に日の丸ではなく、菊の紋があることを承知しているだろう。なぜ菊の紋なのか? 在外日本公館や靖国神社の門にもすべてに菊の紋がある。菊の紋と日の丸の関係はいかなるものか? 菊の紋と日の丸との関係、天皇家と国体とは一体どのような関係にあるのか? 法務省の見解は、天皇は日本国の象徴であるから菊の紋は、国の紋でもあるという屁理屈である。確かにそのような類推はできるが、それは何時、一体誰が決めたのだろうか。
この論法でこの事態(現状)を論ずれば、憲法が規定した政教分離どころではなく、まさに〈現実〉には祭政一致を国民側に対して実質強要していることである。
これに関わって靖国神社参拝がある。A級戦犯が合祀されてからの裕仁と明仁と徳仁が靖国参拝を現在拒否している理由を、私たちは明確に認識する必要がある。では国家的な神道神社の「最高の祭祀主(親裁者)」として、裕仁はそこで何を祈ってきたのか?
それは自分=天皇のために戦争に動員され、死んで靖国に合祀される運命に追い込んだ、アジア・太平洋〔大東亜〕戦争にだけ限ってもその数三百十万にもなる民草=〈英霊〉に対して、かつての帝国の臣民たちにもたらした多量死を「悲しいけれど現実として受容させる」ためである。この裕仁の認識は、民草の物とはまったくかけ離れているのである。
元々この靖国神社の役割は天皇が戦没者(の死という事実)に陳謝・謝罪するために存在したではなく、どこまでも戦争勝利のために「死者を活かそうとする」国家側が戦争犠牲者を取り上げて「慰霊する」神社であった。すなわちあの戦争で「朕だけが生き残って申しわけなかった」という陳謝でも謝罪でもない。靖国神社の参拝において裕仁がこの種の陳謝や謝罪をしたら、靖国の靖国たる所以、その存在価値は一気に瓦解するのである。
したがってA級戦犯の処刑は連合軍が勝手に裁いて出した判決に拠るものではあっても、昭和天皇もその結果を受け入れていた故に、このA級戦犯が一九七八年十月、靖国神社に合祀された事実は、昭和天皇にとっては大きな衝撃となった。敗戦後にまで生き延びてきた彼の存在理由がその合祀によって全面的に否定される〈靖国神社的な歴史の事情〉が突如、目前に登場したからである。
だからA級戦犯の合祀は、裕仁にとって本来的に発揮すべき靖国の宗教的機能が破壊されることを意味したのである。この因果のめぐり合わせは裕仁天皇自身が一番よく理解している。私たちもA級戦犯の合祀に激怒した意味とその論理が実によく分かる。
このように天皇は現在でも祭祀を行っている。それも天皇家の私事として行っているが故に、日本国民には決して充分にはその祭祀の全貌が認識されてはいないのである。
すべての矛盾は人間である天皇を象徴として日本国憲法に書き込んだことが原因である
すべては人間である天皇を象徴として日本国憲法に書き込んだことが原因である。シンボルが単なる旗であれば、古くなれば捨てて新しいものを準備すれば済むことである。シンボルは天皇だというのなら、まずその天皇を支える組織を作らなければならない。
また本来であれば、そもそも現憲法に定めてある基本的人権を人間である天皇にも保証しなければならない。もし保証しないのであれば門地云々の廃止・全ての人間は平等であるとの規定は、天皇を除外した時点で全く意味をなさないものに転化するのである。
既に多くの人々は天皇にもそれなりに人権があるものと考えているようだ。しかし実際のところ、天皇及び皇族には一切の人権は勿論のこと、選挙権、また職業選択の自由と移転・居住の自由すらない。また自由な発言も政治的な発言も禁止されているのである。
今、象徴天皇制は世襲すべき男系男子の僅少化の中で危機を迎えている。こうした中で立法府は女性天皇の出現を阻止しする為の延命策の目玉として旧宮家の養子案を提出している。高市早苗はこの六月中に法案として求めたいとした。私たちの態度は如何に。
かくして私たちは、今後の象徴天皇制に対する基本的態度をしっかりと確定することができる。
それは象徴天皇制を廃止することである。そして象徴天皇を社会的に人間として解放し、その基本的人権を認め、さらに姓を認めて職業選択の自由と移転・居住の自由を保障して、個人の幸福追求権を認めることである。したがってまた日本国家とは切り離した上で神道の祭祀主として活動したいのなら、勿論私事としてその就任を認めるが、当然ながら国庫補助は廃止して、運営のすべては当然まさに本人の自由意思に委ねられるべきである。
その際、このことに関わって明治以来現在に至るまで、手厚く天皇と皇族を守ってきた皇室経済法の廃止と皇室費・宮内庁費と皇宮警察費の予算廃止に向けて国会で徹底的に論議すべきである(このことについてはワーカーズの直のブログ 皇族離脱と皇室経済法―象徴天皇制の銭金の面、小室氏との「納采の儀」についての秋篠宮発言に寄せて―皇族離脱と皇室経済法― の参照をお願いしたい)。(直木)
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色鉛筆・・・ 少子化対策は労働のあり方を含めて社会環境の改善が必要だ! 出生率過去最低1・14
2025年に国内で生まれた子どもの数(出生数)は67万1236人で10年連続で減少した。1人の女性が一生の間に産む見込の子どもの数を示す「合計特殊出生率」も1・14で統計開始以降で過去最低になった。
私はこの色鉛筆に2005年の1・26ショックからこの問題を取り上げているが、21年経っても少子化は止まらず数字的には0・12低下している。時の政府はエンゼルプランと響きのよい言葉を使ったり、問題が起こると待機児童ゼロ作戦とさも実効性のある言葉を並べて施策を打ち出してきたが、どの施策も場当たり的で名称を変えて次から次へと出しても財源が少なく中途半端で全てが失敗に終わっている。失敗に終わっても誰も責任を取らないのも問題だ。
最近の施策では、ワーカーズ675号に取り上げたが「異次元の少子化対策」として「子育て支援金」を医療保険と合わせて全世代から徴収して、28年度までに年3・6兆円規模の子育て支援を決めた、ところが、支援金の使い道は児童手当の拡充や育児支援制度の充実などで、結婚後の子育てを支える政策が中心なのだ。それよりも若者達の所得を増やして、雇用が安定するように根本的な解決が少子化対策になると私は長年思っている。低賃金で自分1人の生活が苦しく、貯金もまともにできないほど追い詰められている若者達が増え結婚願望があっても経済的な理由で家族を持てないのだ。そこに手を差し伸べるべきではないだろうか。
また、日本の全雇用者に占める非正規雇用者の割合は約37%。雇用者5800万人のうち2100万人が パート、アルバイト、契約社員、派遣社員、労働者の約3人に1人が非正規雇用者というのだから驚く。企業はより利益を得るために人件費の削減や雇用の調整弁として非正規雇用者を増やしてきた。企業は利益で莫大な内部留保をため込んでいるがそれらは非正規雇用者を犠牲にしてきたからだ。利益があるなら若者達を非正規雇用ではなく正規雇用にすればいいのだ。だが、企業は利益を上げることが目的だから夢のような話なのか。利益を目的にしない弱者に優しい社会を望みたい。
すると企業が不当に利益を得ていたことが発覚した。先月、人材派遣5社が競争を避けて派遣料金を不当に吊り上げ、自社の利益確保を優先していたことが分かった。派遣労働者の賃上げを大義名分としながら、引き上げ分の多くが派遣会社の利益に充てられ労働者のへの賃金は半分以下というのだ。派遣社員は働いても働いても賃金が半分とはあまりにもひどい。だがこういうことがまかり通っている利益第一主義の社会に怒りしかない。
また、女性の就労が進む中で男性の家事・育児参加が充分ではなく女性に負担が偏っていることから結婚に踏み込めない女性も増えている。女性も男性も働きやすく、家事や育児を平等に担える社会の仕組みを整えていくことも結婚や出産を選びやすい環境になるのではないだろうか。(美)
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