ワーカーズ304号 2005年9月1日 案内へ戻る
「勝ち組」応援、軍事強国化を進める小泉自民党に痛打を!
働く者・庶民の利益を守る候補を支持しよう!
衆議院選挙の火ぶたが切って落とされた。小泉自民党は「郵政民営化」を叫び、自民分裂組は「強権政治反対」「教育の充実」(国民新党など)を、そして野党は「年金改革」「消費税増税」(民主)、「暮らしと平和」(共産)、「二極化許さず、憲法擁護」(社民)等々を訴えている。
小泉が、政界の「常識」をあざ笑うかのようなやり方で「郵政解散」に打って出、反対派つぶしに躍起となっている裏には、彼なりの強い危機意識が存在する。小泉は、グローバリゼイション=熾烈化する国際競争の中で日本の資本主義が生き残り、勝者の地位に立ち続けるには、日本の国内を市場競争原理がより貫かれる社会=勝ち組優位の社会に改造しなければならないとの思いに駆られているのである。
このことは、小泉が支配エリートとして日本の資本主義の危機の原因を良く見抜いているということではさらさらない。それどころか、小泉が執着している「郵政民営化」にしろ「靖国参拝」にしろ、資本の危機に対する処方箋としてさえ、現実感覚を失ったまったくの愚策というしかない。
小泉は、郵政民営化によって数百兆円の資金が民間に回るようになり、そのことによって経済が活性化するのだという。しかし、民間企業自身が膨大な余剰資金を抱えてそれを国債に投資し、政府が国家の信用力をあてにその財源を借金に頼ろうとし続けている限り、いくら郵貯や簡保の資金を民間金融市場に投げ出したとしても、民間経済の活性化など生じるはずもない。経済の閉塞は、金融の不全に原因があるのではなく、むしろモノやサービスの生産の部面の先行きが見えないことに根っこを置いているからだ。
小泉構造改革の的はずれぶりは、「小さな政府」をめざすのだとの触れ込みで行われた道路公団民営化の顛末の中良く現れている。道路公団民営化は様々な妥協策の中で結局は骨抜きにされた。また小泉政権が任命した公団総裁の下で巨大な談合体質が発覚したが、「談合は無くならない」(奥田日本経団連会長)との経済界の開き直りにお手上げという有様なのである。
もちろん、だからこそ、小泉は「構造改革」をより声高に叫び、「小さな政府」に向けてより観念的・急進的に突き進まざるを得ないのだとも言える。道路公団改革などが曝露した言行不一致や政策破綻を覆い隠すとともに、市場競争主義を今よりもいくらかでも徹底させんがため、「改革」をことさらに強調するいるのである。
しかしもし仮に、小泉が掲げる「小さな政府」「市場原理重視」が劇的に進展したとしても、それが日本の資本主義の多少とも確固とした勝利につながる保証など何もない。それがいざなうのはむしろ、経済のいっそうの空洞化、めまぐるしい規模と早さでの産業や企業の新陳代謝、米国・欧州や新興諸国に挟撃されての激しい競争戦、経済と社会の不安定性の増大等々である。こうした社会では、働く者は労働条件悪化、賃下げ、雇用の不安定化などによって恐るべき辛酸をなめさせられ、女性や老人や子どもたちや病弱者はいっそう耐え難い状況に追いやられることは間違いない。
小泉政治の派手なスローガンや威勢の良い手法が実際にはどんな惨めな結果を生じさせるかは、すでに外交政策が実証ずみである。靖国参拝や新自由主義史観派などへのテコ入れは、中国や韓国との関係を最悪の状況に追いんだ。また日米関係重視路線や自衛隊のイラク派兵は、イラクと世界の混沌に拍車をかけただけであった。小泉は、こうした愚策とその破滅的な結果を国内政治の場、労働者や庶民の生活の上にももたらそうとしているのである。
今回の衆議院選においても残念ながら断固たる労働者派は存在しない。しかしそうした中でも、小泉政治に厳しい批判を突きつけていく必要がある。労働者・庶民の利益を守る候補に支援を集中しよう! (阿部治正)
「郵政選挙」「刺客選挙」
小泉の新保守主義「再編」と対決しよう!――労働者の確かな「軸作り」をめざして――
小泉首相による「自爆解散」から20日あまり、この間、新聞やテレビでは「刺客騒動」や「利権新党」づくりのドタバタ劇が連日派手に報じられてきた。参院での郵政法案否決から電光石火の衆院解散、矢継ぎ早の反対派つぶし作戦などで一時は小泉自民党に引き寄せられた世論も、ひとときの熱気が過ぎ去った今、その興奮状況は早くも冷めつつある。
■「荒技」とわかりやすさへの共感
確かに小泉首相が解散・総選挙を仕掛けた当初は、小泉首相の荒技の毒気に当てられたかのように世論は小泉自民党に引き寄せられた。反対派つぶしの「公認拒否」や「刺客作戦」も、近年にはなかった「政治活劇」を見せられるような鮮やかさで受け止められたのかもしれない。
たしかに政治綱領で成り立つ政党のあり方としては、一面の正当性を帯びていた。しかし郵政民営化法案の否決に対する態度としては内閣総辞職が本来のあり方だ。しかも最大の課題が他にあるとの世論の中ではなおさらだ。自民党とすれば今回の「郵政選挙」を「国民投票」だと位置づけたいとの思惑もあった。が、選挙で選出される議員の任期は4年、選挙で成立する新しい政権は郵政以外の政策も進める。一面の正統性はその根底ではごり押し政治の土台の上での話なのだ。
しかし当然にもというべきか、「強行解散」「刺客作戦」が当初熱気を持って迎えられた状況も次第に様変わりしている。ひとときの熱気が過ぎ去ってみればということか、有権者も落ち着いて状況を見渡せるようになったと言うことだろう。
こうした状況の移り変わりは、多くの世論調査でも明らかになっている。
たとえば朝日新聞の世論調査では、解散直後の8月15〜17日には「比例区で投票したい政党」として自民党は31%を得ていた。それが日を追って低下し、25〜26日には24%まで落ち込んだ。対する民主党は15〜17日に17%だったのが、一旦はは落ち込んだが25〜26日には16%に回復した。
ちなみに同じ調査では小泉首相の政治姿勢(「解散」「刺客作戦」への評価も含む)への評価は、最初は43%だったものが40%、41%、38%と落ちてきている。「郵政民営化を投票の判断材料として重視するか」という設問については、58%、56%、54%、52%と漸減している。
こうした世論調査の結果から伺えるのは、解散初期の小泉人気は、「民営化法案が否決されたら解散・総選挙」「選挙は郵政民営化の賛成か反対かで選択」という「分かりやすさ」と鮮やかな「荒技」への共感だろう。それは「言行一致」という政治姿勢、庶民にとっては、正しいとわかっていても現実は様々なしがらみで妥協せざるを得ない自分たちの境遇に照らして、電光石火の荒技を繰り出したその爽快感からくるものだろう。
だが最新の世論調査からも見て取れるように、そうした「小泉劇場」の賞味期限はあっという間に切れかかっている。転機になったのはあのホリエモン擁立劇だろう。結局は無所属での亀井への刺客として広島6区で立候補するようだが、さすがの有権者も小泉首相による刺客劇のうさんくささをかぎ取ったようだ。これが小泉人気のターニングポイントになったのかもしれない。
■思惑は《保守二党体制》
小泉自民党の刺客作戦は、表向きは「選択の場の提供」だというふれこみだ。実際、小泉は反対派に自民党内での居場所を与えなかった。結果的に自民党は表向きには郵政民営化賛成一色に染まった。
たしかに、反対派には党の公認は与えない、「刺客」の選定も首相の裁断で決める、という政治手法は、かつての派閥連合時代の自民党の意志決定システムとは全く別物だ。首相独裁によるトップダウン型、大統領型の統治スタイルが、政権運営から党運営にも波及した形だ。自民党の党内秩序は、確実にひっくり返せられた。
かつての自民党は利益団体の連合組織、派閥の連合組織という性格を持っていた。自民党の支持基盤は、官僚組織と利害関係で結合した業界団体、自治体の利害と関連する地域組織、農協などの農業団体の3つの支柱からなり、それに宗教団体、軍人恩給受給者などの特殊な利益団体が加わって形成されてきた。その中の最大の利益団体は、むろん財界=経団連だった。
そうした自民党は、政権が行き詰まると政治指向が異なる人や派閥に政権が移り、ある意味で政権交代がおこなわれたかのような党内での政権たらい回しが可能だった。小泉首相の強硬路線、独裁政治は、そうした「党内政権たらい回し」や「疑似政権交代」ができなくなることを意味する。
小泉首相がそうした強硬姿勢をとれたのは、自民党の外に民主党という第二保守党が形成されたからだ。だから党を超えて政権が移行する土俵、条件ができていたといえる。小泉首相は、「刺客作戦」の裏では、民営化が受け入れられれば万々歳、そうでなくとも民主党への政権移行、政界再編などで保守二党制は確実に現実のものになる、そういう思惑もあってのだろう。
とはいえそうした思惑がうまくいく保証はない。小泉自民党の勝利、あるいは民主党への政権移行からは、必ずしも安定した保守二党制が引き寄せられるとは限らない。むしろ私たちの闘い如何で、保守二党制ではない政治構造をつくることも可能だ。保守二党制と対峙する労働者・庶民の政治勢力を創り上げることが最大の課題だろう。
■支持基盤の再編
小泉首相による「刺客作戦」などの強硬路線には、各種の利益団体を政治基盤としてきたこれまでの自民党の利益配分型政治構造を断ち切る側面は確かにある。仮に次々と利益団体を切り棄てていけば、利益団体連合としての自民党は根本的に性格変化する。すでにこれまでも自民党は農家団体や地方の建設・土建産業など、いわゆる負け組産業を切り捨る姿勢をあらわにしている。そのうえで自民党が政権政党としての地位を維持したいのであれば、これまでの利益団体に変わりうる支持基盤を作らなければならない。だから小泉首相による新自由主義「改革」、実際は「弱肉強食社会への再編」は、自民党の集票基盤を根本的に再編することでもある。
では小泉首相が進める新自由主義「改革」は、何を自民党の支持基盤にしようとしているのだろうか。
小泉首相はグローバルな競争社会での「勝ち組」を新たな支持基盤にしようとしている。それは産業・企業レベルでいえば最先端のIT産業や業界第一位、二位の、それに多国籍メガ企業などだ。個人レベルででいえば、ベンチャー経営者や企業内競争ではい上がることができた企業内エリートなどの新たな中間階級だろう。負け組の大衆に対してはポピュリズムによる大衆操作での支持基盤作りだ。
いうまでもなく、これらはアメリカ型だ。小泉首相が進める新自由主義「改革」とは、単に経済構造としてばかりではなく政治構造としてもアメリカ型システムを追従しているわけだ。このことは訴訟社会化を想定した、いわるゆ競争至上主義のルールを前提とした、結果に対する個別救済システムの導入とも相通じるものだろう。
小泉新自由主義「改革」をこうしたものとしてみていけば、自民党の利権派や民主党の現状維持派も守旧派だと見なされても仕方がない。それらは小泉新自由主義「改革」から振り落とされる人々の消極的反抗を代弁することに止まっているからだ。国民の一定の層に今回の小泉強攻策が根強い人気を集めているのは、それなりの背景、根拠があるのだ。
■労働者・住民自治――「公共性」を国家の手から取り戻そう!
「小泉劇場」が一時観客を引きつけているのは、いま進行している社会の二極化という現実を覆い隠す「改革」という表看板に惑わされているからだ。が、これは同時に政治腐敗、官僚の堕落、既存システムの腐敗、将来に向けての閉塞状況が普通の人々の目にも受け入れらないまでに深まっているからでもある。そうした人々は、自分たちが不当に虐げられ、社会の中心から排除されていると感じ、将来にも希望がもてなくされていると感じている。だから有権者はとりあえず「改革」というスローガンに引きつけられるのだ。
現状に不満を持ち、「改革」を渇望する普通の人々が小泉に引きつけられるのは、「小泉劇場」に変わりうる将来像、対抗軸が他には見いだせないからだろう。私たち新左派を名乗る勢力がそうした対抗軸を鮮明に示せていないからだ。私たちこそ大きな立ち後れを自覚しなければならない。社会から阻害され、切り捨てられている人々を、新しい目的に向かって糾合していていかなければならない。それができていないからこそ、小泉劇場に引きつけられてしまうのだ。
小泉首相が「改革」を看板にしているのはむろんのこと笑止千万だ。現実にやってきたことをみれば、小泉政治は「改革」などではなく「再編」でしかない。それも財界などが推し進める「高コスト構造の是正」などを目的としたグローバル競争に勝ち抜けるような「弱肉強食社会への再編」だ。
新自由主義「改革」で公共サービスを切り捨てるということは、本来的には国家の役割を放棄していることを意味している。国家とは、もともとは社会的な果実から排除されている人々も含めて、治安、生活、公共サービスを提供することが土台になっているからだ。新自由主義「改革」とは、もはや国家がそれを提供し続けることができなくなったことの告白であり、いままたむき出しの競争社会というジャングルへ人々を投げ出すことを意味している。
では小泉政治に対して「国家の復権」を対置すべきなのだろうか。そうではないと思う。私たちは「国家の復権」を掲げる立場ではなく、労働と生活と安心を、すなわち「公共性」を国家の手から自分たち自身の手に取り戻すという立場を明確にする必要がある。それが《アソシエーション革命》の立場であり《第三の選択肢》なのだ。(廣)
【小泉劇場の無節操】
それにしてもよくもゾロゾロ出てきたものである。小泉首相が反対派つぶしで放った「刺客」の顔ぶれのことである。
最初は小林興起前衆院議員(亀井派)の東京10区から出馬する小池百合子環境相(衆院比例近畿ブロック)。彼女はキャスター上がりで最初は92年に日本新党で参院で初当選。その後新進党など四つの政党をわたり歩いだ末に自民党入り。かつては細川首相や小沢一郎に寄り添い、今は小泉首相といつでもトップに寄り添う。政治信条や政策などは二の次、要は権力に寄り添うことで和製サッチャーをめざす(?)権力すり寄より候補の典型だ。
次は猪口邦子。米エール大学大学院修了、上智大教授、元国連軍縮大使と華麗なキャリアを誇る。ずっと「権力のマスコット」と称された彼女の視線の先には米国のライス国務長官?
次は静岡7区から出る片山さつき。「とにかく目立つ人」といられた彼女は東大卒で財務省初の女性主計官というキャリアの持ち主。「後10年は財務省で働けた。それなりの処遇をしてください。」との条件付きだったという。
次は野田聖子への刺客、岐阜1区に出る外資系証券部長の佐藤ゆかり。彼女は埼玉でも公募候補に出たが採用されなかった経歴も持つ。
次は北海道10区の飯嶋夕雁。東京の青ヶ島の教育長に公募で採用され、任期を3年残してまたもや自民党のマドンナ候補への公募。キャリアアップが目的の典型候補。
次は奈良2区の刺客候補高市早苗。……きりがないのでやめるが、極めつけはマドンナではないが、亀井静香への刺客として見立てられたホリエモンこと、堀江貴文だろう。かつて「政治家なんて必要ない」と吠えるが、この段になって無所属で立候補。末はIT大臣を夢見ているとかの噂も。
かつては「なりたい人より出したい人」などという選挙標語もあった。が、現状はまさに「なりたい人」とオデコに書いてあるような「出たがり」「自薦候補」のオンパレードではないか。どの候補もキャリアアップのためのステータスほしさと節操のなさが目につきすぎる。こんな候補から選択しなければならないとは、われわれ有権者の惨めなものだ。
それにしても「刺客作戦」は直接は自民党の権力闘争の中で出てきたものだ。野党は何をしているのか。小泉や武部の選挙区で勝負を挑む大物候補をなぜぶつけられないのか。一時流れた菅直人を小泉の選挙区にぶつける、などという話がなぜ吹っ飛んでしまったのか。それぐらいやらないと小泉劇場には対抗できないのに。
そこへ行くと元レバノン大使をつとめた天木直人氏には拍手を送りたくなる。「小泉政権は米国に一方的に傾斜している。世界から尊敬される日本を取り戻すため、首相の地元で訴えたい」と、圧倒的得票率を誇る小泉の神奈川11区にあえて反旗ののろしを上げたわけだが、その勇気には敬服する。(廣) 案内へ戻る
郵政民営化論より真のムダである管理者らの関連企業への天下り禁止!
労働組合は今の厳しい労働条件の改善・人権無視の制裁研修の禁止などを取り組むべき!
参議院で否決された郵政民営化法案、小泉総理は衆議院を解散した。この総選挙では、郵政民営化の問題が争点のひとつになるだろう。私は、郵便局で働いているが、職場では郵政民営化の問題はあまり話題にならない。それは、仮に郵政民営化にならなくても、現在の厳しい労働実態が悪くなっていくことは明らかだからである。 郵政内の二大労組であるJPU(旧全逓)と全郵政は、特定郵便局長会と手を組んで郵政民営化に反対してきた。まさに労使一体で民営反対を取り組んできた。今回の郵政民営化法案の否決を受けて三者共同で声明を出した。(別紙参照)しかし、現場特に特定郵便局の実態は、勤務時間の30分以上前から仕事をしており、残業をしてもほとんど残業代がでない。これはなぜかと言うと、形式的には職員が勝手にやっているということになるが、実際はそこまでしないと仕事が終わらないからである。 こんな状態を特定郵便局長は、知らないふりをしている。こんな連中と、手を組むとは、労働組合も落ちたものである。 郵政民営化に対し、日本郵政公社トップである生田総裁は民営化をするか、経営の自由度を大きくするか、と言っている。国会の答弁から引用する。 7月20日参議院で社民党の又市議員への答弁 生田「(市場で比較すると利益率等におきまして、たいへん競争力を欠くと、こういうことは既にお話ししてきたとおりであります。このようなことから、これまでの答弁で、今のままで中長期に郵政事業の経営の健全性を維持しつつ国民の重要な生活インフラとしてのパブリックな役割をきちんと果たしていくためには、事業が健全でないといけませんから、適正に経営の自由度を付与していただいて、段階的にでも民間に準じた利益を上げるような形にしないといけない。・・・・・・・具体的には経営の自由度を付与していく方法といたしまして、公社のままで行くが現在の公社法は改正していただきまして、経営の自由度をかなり大きく認めていただく。あるいは、民業圧迫などの世論でこれが難しいとすれば、良い民営化をやっていただくという2つの選択肢になるのではないのでしょうか」。 郵政公社は、この生田総裁の下でも大幅な人減らしや深夜労働の拡大など労働条件の悪化にひた走ってきた。職場では、みんな口をそろえて人がいないと言っている。本務者の人減らしの後は、大量の非常勤が働いている。この人たちは、低賃金でいつでもクビになるような状況である。この人たちの不満は、当局に行かず私たち本務者に向けられている。「私らより給料が高いから、もっと働いたらいいのに」、という声が聞こえてくる。本務者もへとへとに働いているのだが、どうもうまく分断させられている。やはり、本務者も非常勤も労働条件をいっしょにしないとダメである。 最後に郵政民営化のことで、よくムダをなくさないといけないと言う声に対して、特殊法人への天下りと同様、管理者らの関連企業への天下りを廃止する(二重退職金など高給を払う必要なし)。特定郵便局長制度を廃止する(高給を払う必要なし)。などを断行するべきである。 (河野)
別紙 2005年8月8日参議院本会議での「郵政民営化関連法案」否決に対するコメント
全国特定郵便局長会(全特)郵政事業に関する労組政策協議会(JPU・全郵政)
本日(8日)、13時より開会した参議院本会議において、反対125、賛成108、欠席・棄権8によって、郵政民営化関連法案が否決されました。
郵政民営化法案については、衆議院にひきつづく参議院においても、結果として、国民が理解・納得できうる説明がされることはなく、無味乾燥な政府答弁がおこなわれることに終始しました。
多くの利用者・国民は、130余年にわたって郵便・貯金・保険の三事業一体での事業展開と、一切の税金を使うことなく独立採算により社会のインフラとして地域の発展のために大きな役割を果たしてきた郵政事業は必要であると判断しました。
その利用者・国民の代表である国会議員の皆さんの良識ある判断により、法案否決をもたらしたものです。
郵政事業のあり方については、そもそも97年の行政改革議論の末、郵政事業を公社化することで決着をみていたものです。にもかかわらず、その公社が発足して僅か2年で、民営化するための法案を国会に提出するという政府の無責任さと、当事者はもちろんのこと、利用者・国民の声を無視し、強引な国会運営を行ってきた政府の責任は重たいと言えます。
また、郵政民営化についての政府の姿勢は、はじめから「民営化ありき」で強引に議論を進め、最終的に出来上がった法案は、とにかく民営化するということのみに終始していることから、いわば欠陥法案であり、やってみなければ分からないという無責任な法案でした。
私たちは今日まで、広く世論に真実を訴え、国会議員の皆さんに理解を求める運動を取り組んできましたが、今般の国会における「否決」という結果は、その正しさが証明されたものであると同時に、様々な困難な状況下においても、自らの政治信条を貫いていただいた国会議員の皆さんの良識が結実したものであり、心から敬意を表するものです。
私たちは、今後、公社形態で地域や社会に貢献できる更なる改革を進め、より一層の国民サービス向上に努めていくものです。以上
自覚なき二重規範国家・日本
何のための国会決議なのか
八月三日の読売新聞社説は、戦後60年国会決議を酷評している。「歴史の重みなどを、全く感じさせない、薄っぺらな国会決議である」と。誠に適切な批評ではある。
八月二日、国際平和への貢献を誓約する「戦後60年決議」が、衆院本会議で、採択された。決議は「わが国の過去の一時期の行為がアジアをはじめとする他国民に与えた多大な苦難を深く反省し、あらためてすべての犠牲者に追悼の誠を捧げるものである」と言い、その上で、「核兵器等の廃絶、あらゆる戦争の回避、世界連邦実現への道の探究」などを政府に求めている。
しかし、今回の採択の方針が、衆院議院運営委員会の理事会で、突然降ってわいたように決まったのは、わずか一週間前のことで、そこには河野洋平衆院議長の強い意向があったと伝えられている。
自民・公明・民主と社民の四党の賛成多数で、すんなりと決まったが、共産党は反対した。なんとあろうことか、自民・民主両党の議員も、平沼赳夫等十人近くが採決に先立って本会議場を退席した。
民主・社民の両党は当初、「植民地支配や侵略的行為」などについて「深い反省の念」を表明した戦後50年の国会決議よりも後退しているとして、難色を示していたのだが、「ここに十年前の『歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議』を想起し」との文言を加えることで、態度を一転させ賛成に転じたのだという。
そもそも「戦後50年決議」とは、自社さ連立政権の村山内閣時代、目玉を欲しがった当時の社会党が主導して、衆院で採択したものだ。文言をめぐっては、各党の間で激論が交わされ、最終的にまとめられた決議案の採決時には、与党からも約七十人が欠席したと言う曰く付きの決議ではあった。今は存在していない新進党の議員は全員が欠席し、共産党も出席して反対した。賛成は、衆院議員総数の過半数にも満たない、惨憺たる形でしか成立しなかった「国会決議」だった。国会決議の名に値するかのようなお粗末である。
そして、今回の「戦後60年決議」には、その決議より後退したばかりか、「国際連合が創設以来六十年にわたり、国際平和の維持と創造のために発揮した叡智と努力に深く敬意を表する」という全く意味不明の文言がある。
戦後60年の今になって、なぜ国連をことさらに持ち出したのだろうか。しかも、国民周知の事実として、日本は、1956年以来、50年にわたって国連を構成する当事者である。そして、国連予算の約20%を負担し、策動が頓挫して世界の笑いものとなったとはいえ、安保理の常任理事国入りをめざしもした責任ある中核的メンバーなのである。
そんな日本が、今またまるで国連の外にいる第三者であるかに、国連に「敬意を表する」という。これでは、またまた小泉外交の失敗として諸外国の失笑を買うのは必至である。
さらに「世界連邦実現」と言うが、アメリカの無理無体がアフガニスタン・イラク攻撃であからさまになった今の世界で、いち早くブッシュを支持し、憲法違反のシラクは兵を国会での決定なくして強行し、今やアジアのプードルとあだ名されるまでに成った日本が、なぜ言わなければならないのか。本当にそのように考えるのなら、アメリカに反対して世界平和を説くべきでアメことはあまりにも明白ではないか。その意味においても全く不可解な国会決議ではある。まさに自己の立場を自覚しない日本は世界の問題児なのである。
東京裁判否定が自民党の中に胚胎
この間、政府の要職にある自覚なき自民党議員が驚くべき発言をしている。「極東国際軍事裁判(東京裁判)は平和や人道に関する罪を勝手に作った一方的な裁判だ。A級戦犯でありながら首相になったり、外相になった方もいる。遺族には年金をもらっていただいており、日本国内ではA級戦犯は罪人ではない」、これが自民党代議士会での厚生労働政務官の森岡正宏衆院議員の発言である。この見解は靖国神社の見解でもある。
発言の狙いは、A級戦犯を合祀(ごうし)した靖国神社への小泉首相の参拝を擁護する為なのであろう。しかし、戦後の日本が平和国家として再生していくための土台となったサンフランシスコ講和条約の根本的立場を否定するものであり、国際的な信義を問われかねない重大発言だ。極右で鳴る後藤田正晴官房長官ですらこんな暴言は吐けなかったことを私たちは想起しなければならない。
太平洋戦争が終わったあと、戦勝した連合国は、東京裁判を開き、東条英機元首相ら死刑になった7人を含む25人のA級戦犯の戦争責任を認定した。事後法ではあれ、国際法上では、敗戦国として裁かれざるをえなかった。今靖国神社で大いに顕彰されている日本無罪論を主張したインドのパル判事も確かにいたが、戦後の日本国家は、東京裁判の結果を受諾することで、国際的に戦争責任の問題を決着させる道を選んだ。
これはまぎれもない確定的な事実なのだ。サンフランシスコ講和条約は、そのことを第一一条に謳い、日本を再び国際社会に迎え入れ、調印した国々の多くは、ドイツからの教訓として、日本復興への配慮から賠償金などの請求権を放棄したのである。
ここから戦後日本は再出発した。東京裁判での戦争責任の決着はその起点である。森岡発言はその土台を否定するに等しい暴言ではないか。今、A級戦犯の遺族に年金などが支給されていることをもって、靖国神社は、日本国内ではA級戦犯は犯罪者扱いされていないのだとの論陣を張り、この事に無知であった反動的評論家の代表である櫻井よしこなどは、靖国神社の論理に完全に洗脳されてしまっている。
確かに彼らの遺族にも遺族年金は支給されてはいるが、それは、戦後の遺族の生活の困窮に手を差し伸べる目的もあった事を忘れてはならない。この法案は全会一致で成立したが、そのような説明がある中で決められたことなのである。だから、それをもって、A級戦犯の責任自体がないとか戦犯ではないと否定されたということではないのである。
盛岡や櫻井よしこの破廉恥な発言は、国際的にも許されざる重大発言と言うしかない。
東京裁判を巡る自民党反動派と細田長官の確執
極東国際軍事裁判(東京裁判)の評価をめぐり、政府の対応を危ぶむ声が、他ならぬ自民党内で広がっている。
森岡正宏厚生労働政務官が「東京裁判は本当に正しかったのか」と問題提起したのに対して、細田博之官房長官が「(森岡発言は)政府の公式見解ではない」と繰り返しているためだ。東京裁判は、国際法上は正当性がないとの見方が自民党内では主流となっているだけに、党側からは「内閣のスポークスマンである官房長官が東京裁判の正当性を安易に認める発言をしたのは遺憾だ」(平沼赳夫元経済産業相)との批判もある。
細田長官は、先の大戦の戦勝国である連合国と日本の平和条約であるサンフランシスコ講和条約第一一条を引用、「日本は東京裁判を受諾しており、不当なものだと異議を述べる立場にない」と繰り返している。しかし、平沼等はこの見解の前提となる同条の日本語訳は、多くの国際法学者らから「明白な誤訳だ」との指摘がなされているからと反論する。
サンフランシスコ講和条約第一一条の日本文は「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内および国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行する」というものだ。
しかし、佐藤和男・青山学院大名誉教授(国際法)によると、受諾したのは裁判ではなく「判決」だという。英語の正文では「judgments」と複数形で記されており、佐藤氏は前後の文意上からも「判決」と訳すのが正しいと主張している。「全文を読めば、東京裁判などが日本人被告に言い渡した刑の執行を、講和成立後、日本に引き受けさせることが目的の条文。日本に一定の歴史観を押しつけるものではない」と説明する。各国の国際法学者も「東京裁判は戦争行為の一環だから、日本政府が講和成立後もこれに拘束されることはない」との認識が大勢だといい、政府もかつてはこれと同様の見解だった。昭和二十六年十月の衆院特別委員会で、当時の西村熊雄・外務省条約局長は「平和(講和)条約の効力発生と同時に、戦犯に対する判決は将来に向かって効力を失うのが国際法の原則。(一一条は)そういう結果にならないために(あえて)置かれた」と述べ、日本に刑の執行を継続させることが一一条の目的だと答えている。
しかし、平成十年三月に同じく竹内行夫条約局長が、「一一条の受諾は単に刑の言い渡し、センテンス(刑の宣告)だけを受諾したものではない」などと述べて以来、政府が東京裁判全体を受け入れたかのような発言が目立つのも事実で、細田長官の発言もその延長にある。
これに対し、自民党の亀井静香元政調会長は六月二十三日、「東京裁判では後からつくった法律で過去をたたくという、あってはならないことが行われた。(サンフランシスコ)講和条約でも判決の効力を受け入れただけで歴史判断までは認めていない」と批判した。 平沼赳夫や亀井静香らの東京裁判が問題だというなら、それでは彼らは日本の戦争責任をめぐる議論を一からやり直したいのか、サンフランシスコ講和条約を全面的に見直したいということのか。旧中曽根派に属していた彼らごときにその覚悟も意思もないことは、全く明らかである。そもそも彼らは、国連憲章にある敵国条項は、今でも削除されていないとの冷徹な国際政治の現実を知っているのであろうか。
国際法の本質とは何か
彼ら反動派の論拠は二つある。その一つは、東亜連盟戦史研究所の【サンフランシスコ講和条約第11条の正当なる解釈】(http://touarenmeilv.ld.infoseek.co.jp/sanfran11.htm)である。その二つには、終戦50周年国民委員会編、佐藤和男・青山学院大学名誉教授監修『世界がさばく東京裁判』(明成社)がある。
既に触れたジャッジメンツの翻訳の誤りの解説や国際法に関する衒学的議論は、全てはこれらが種本なのである。
これらに対して、キッシンジャーの弟子であることを自己暴露した中曽根康弘に極めて近い立花隆氏は、次のような議論を展開しているので引用する。
立花隆氏は、東京裁判を蒸し返すなとして言う。「先に政治家は時と場合によっては、前言を翻しても問題はないどころか、それがしばしば必要なことがあるといったが、同じことは、国家についてはいえない。国家が一度、国際条約などの形で、国際社会全体に対してなした約束ごとの場合は、それを破ることができないのである(破るためには破る手続きが必要だし、破った場合には、その報復として国際社会から加えられるあらゆる仕打ちに耐えることを覚悟しなければならない)。
現代日本にとって何がいちばん大切な国際条約かといえば、1951年のサンフランシスコ講和条約が筆頭にあげられるだろう。あの講和条約以前、日本は世界の主要な国のほとんどあらゆる国と戦争状態が継続していたのである。あの講和条約によって、はじめて国際社会の一員として認められたのである。といっても、それはサンフランシスコ講和条約にサインした48カ国とだけで、サインしなかった東側の国などとは、その後個別に交渉して平和条約を結ばねばならなかった。いまでも個別平和条約を結べず、唯一今でも法的には戦争状態が継続しているのが北朝鮮である。北朝鮮との交渉が何かにつけてむずかしいのは、これが主たる原因である。
この何より大切なサンフランシスコ講和条約の第11条で、日本は東京裁判の結果をそのまま受け入れて、それに文句を付けないということを約束してしまっている。国際法上、それを今さら引っくり返すことはできないのである。それを引っくり返すというなら、あの戦争の当事国すべてと交渉をし直す必要があるし、もちろん、国際連合からも脱退しなければならない。当然のことながら、常任理事国入りなどという日本の野望は、夢のまた夢ということになる」と発言しているのだ。彼には当然の展開ではある。
しかし、本当の核心は、国際法が持たざるをえない本質的な二面性である。国際法とは、そもそも17世紀にグロテイノスの『戦争と平和の法』により、国際的覇権国家間の慣習法としてしか成立していないという本質である。その意味では、覇権国家の無理無体という側面が強く出てくる非情な世界なのである。
佐藤和雄は、国際法を云々して、サンフランシスコ条約の第一一条をもっともらしく解説しており、櫻井よしこのように完全にいかれてしまっている人々も少なくない。
しかし、この間の自民党の反動派の議論を封じるかのように、「日本軍国主義が太平洋戦争主犯」との決議案をアメリカの下院が採択したのである。
戦後60年ぶりにアメリカの下院は初めて太平洋戦争勝利記念決議案を採択した。 決議案は、太平洋戦争を起こした日本を「ファシズム軍国主義」と強力に非難し、日本戦犯に対して有罪評決を下した極東軍事裁判の結果が有効であることを確認した。
この決議案は、日本の太平洋戦争美化の動きに釘を刺す一方、小泉日本首相の靖国神社参拝に対しても間接的なけん制の意味を持つと評価される。「日本に対する勝利(V−J:Victory over Japan)」と題されたこの決議案は、太平洋戦争当時、フィリピン戦線に参戦したヘンリー・ハイド下院国際関係委員長が上程した。7月14日、下院本会議で表決に付され、出席議員339人全員の賛成で通過した。 上院も近く同じ決議案審議に入る予定だ。上院で可決したかどうかについて私は確認していない。
このことについて、韓国の中央日報は、米国はこの間、第2次世界大戦に関連して、主にヨーロッパ戦争での勝利を強調してきたが、太平洋戦争と日本軍国主義には、口を閉ざしてきた。それは、緊密な同盟である日本を刺激しないという意図とも考えられ、また日本の強大な対米ロビー力も作用したとみられる。しかし日本が最近、韓国・中国侵略に関する歴史歪曲はもちろん、太平洋戦争さえも「米国が誘導した側面がある」と歪曲する論調が明確化したため、米議会が問題提起の必要性を感じたものと解説している。
このアメリカ議会での決議の中で、東京裁判については、「その判決と、特定の個人に人道にたいする罪を犯した戦争犯罪人として有罪判決を下したことを再確認する」と述べた部分があることは、東京裁判否定の靖国神社と自民党の反動派や櫻井よしこ等言論人の言動と深く関わるところである。
このように、様々な論調が出来する国際情勢に、的確機敏に対応する世界覇権国家の明確な意思を認識できないのであれば、そもそも国際法を云々する資格がないというものなのだ。
再度強調しておこう。平沼赳夫や亀井静香らの東京裁判が問題だというなら、それでは彼らは日本の戦争責任をめぐる議論を一からやり直したいのか、サンフランシスコ講和条約を全面的に見直したいということのか。お前達は本当は何を言いたいのかと。キッシンジャーの弟子であったことを売り物にした中曽根康弘の派閥にいたお前等らごときにそ徹底的にやり抜く覚悟も意思もないことは、全く明らかである。そもそも彼らは、国連憲章にある敵国条項は、今でも削除されていないとの冷徹な国際政治の現実を知っているのであろうか。
東京裁判否定と靖国神社とそれに関わる運動を推し進める日本の反動派の諸君は、世界の世論とアメリカ議会での動きにどのように反応するのであろうか。果たして諸君に自らの運動をやり抜くだけの覚悟と意思があるや否や。 (猪瀬一馬) 案内へ戻る
敗戦から60年・戦後補償裁判が問いかけるもの
反省なき政治
敗戦から60年、自民党政治の崩壊が決定的なものとなったが、その後を襲うものが勝ち組政治ではこの国に未来はない。しかし、今やあらゆるところで勝ち組志向が支配的となり、安倍や石原といった極右政治家がもてはやされている。彼らが国民的人気を博している大きな要素として、近隣諸国への蔑視に彩られた愛国主義がある。勿論、小泉の4年間(靖国だ、拉致だ、不審船だ、反日教育だ、・・・)がこうした国民意識を深化させたことは間違いない。
また、こうした拙劣な政治が可能なのは、いくらかでもまともな歴史認識が確立されていないためであり、言いかえれば8.15∴ネ前の支配者の排除(支配的思想の否定)がなされてこなかったためである。その結果が、靖国神社参拝をめぐる小泉の暴走を許し、中国や韓国の批判を内政干渉だとする世論を形成させ、つくる会教科書の検定通過のみならず学校への持ち込みを許している。
拉致をめぐる北朝鮮制裁の要求が一定の支持を集めているのも同じ構造によるもの、歴史に対する無知からでたものである。さらに付け加えれば、女性天皇容認すべきかどうかなどというくだらない問題がさも大問題であるかのように議論され、マスコミで繰り返し報道されている現状も歴史的逆行とでもいうべき事態である。未だ、イラクでの自衛隊の交戦といった決定的破局は迎えていないが、それは単なる幸運に過ぎない。
にもかかわらず、政権交代を目指す民主党すら「12月までにイラクから自衛隊を撤退」としているに過ぎない。本当に政権交代を目指しているなら、即時撤退≠掲げるべきではないか。その間に戦死者が出たら、誕生したばかりの民主党政権は決定的な痛手を負うだろう。芥のような新党について言うべきこともないが、衆院選を通じてせめて自らの政治的延命しか考えていない連中を追放しよう。
問われ続ける戦争責任
こうした事態にいかに立ち向かうべきか、ここでは戦後補償問題を中心に検討したい。「週刊金曜日」(569号・敗戦60年特集)で戦後補償裁判を取り上げ、戦後補償裁判一覧表を掲載している。そこには、何と50件に及ぶ訴訟が記されている。それらは1990年以降に提訴されたものだが、解放後40年、50年を経てようやく声を上げることができたものであり、その数字の背後には万余の苦難の人生があることを思い知らなければならない。
手元にある他の資料では79件もの訴訟が記録されており、そのトップは1972年3月7日提訴の「孫振斗被爆者健康手帳請求裁判」である。この訴訟は78年3月30日、勝訴が確定している。孫振斗氏は治療を受けるために70年に蜜入国≠オ、手帳交付申請、申請却下、提訴という経過をたどっている。そして判決確定直後の78年4月30日、申請時にさかのぼって手帳の交付を受けた。
その次に在韓被爆者が提訴したのは1992年7月31日、「金順吉三菱造船損害賠償請求訴訟」で、強制連行と強制労働・被曝の損害賠償と未払い賃金の払い戻しを求める訴訟を長崎地裁で起こしている。ほとんどの訴訟が敗訴するなかで、被爆者健康手帳の交付を求める裁判で勝訴判決が出ているのは、被爆者援護法には国籍条項がなかったことが幸いしている。
それでもなお、在韓被爆者が死亡しても葬祭料は支給されない。これが、日本で死亡した場合は支給されるし、日本の被爆者が韓国旅行中に死亡した場合は支給されるというのだから、その恣意性、差別的取扱いのいやらしさは際立っている。それはまさに、日本の官僚のいやらしさそのものである。しかも、そのいやらしさが戦前戦後を一貫した合法性≠ノ彩られており、まるで8.15≠ネどなかったかである。
昨年、サッカーアジアカップが開催された中国の重慶において反日行動が激化したが、「重慶大爆撃被害者対日民間賠償原告団」の代表は、これを「理性的ではないが、理解できる」としている。靖国やつくる会、釣魚台の領有問題、さらには浅薄なマスコミ報道などが、こうした事態を招き寄せていることは明らかである。
日本軍は1937年12月、南京を占領し大虐殺を引き起こしたが、蒋介石の国民政府は11月に首都を長江上流の重慶に移転している。その重慶に対して直後から爆撃を開始し、39年5月には市街地への無差別爆撃を開始している。そして41年6月5日、「隧道大惨案」となった。それは爆撃によって、隧道(トンネル)内に避難した市民が数千人窒息死した、というものである。こうした事実を知らないで、反日を批判することのおろかさを知るべきである。
かのピカソがゲルニカを製作し、ドイツ軍によるスペインの町ゲルニカへの無差別空爆を告発したのが37年であった。日本軍の重慶無差別爆撃と同じくもっぱら市民を対象にした攻撃であり、その後こうした汚い戦争が一般化し、今日に至っている。重慶市民の犠牲は、死傷者総数61300人、そのうち死者は23600人、負傷者は37700人とされておる。
日本人の戦争の記憶は米軍による空襲が一般的だが、それは被害の記憶であり、加害の記憶はほとんどない。アメリカ人のパールハーバーの記憶を持ち出すまでもなく、誰もが加害は忘れ去るが、被害を忘れることはない。だからこそ、侵略戦争の加害の事実を直視することなくして、中国や朝鮮、アジアの人々との連帯などありえない。
立ちはだかる司法の壁
官僚のいやらしさというてんでは、司法も例外ではない。ほとんどの戦後補償要求がぶつかる壁が、国家無答責≠竍時効・除斥≠ナあり、韓国人の場合であれば「日韓協定で解決済み」といったものである。さらに、台湾人や朝鮮人は当時日本人≠ナあったことまで持ち出されている。
これらはすべて、市民的常識や条理(正義・公平の精神に訴える)による判断を行えば明らかなことであるが、合法性≠重んじる裁判官にその常識・条理は通じない。考えてみれば、戦前に治安維持法で政治犯を裁いたものが、戦後憲法の理念を生かせるわけがないのだが。
去る7月19日、東京高裁は731部隊訴訟の原告側控訴を棄却した。判決は731部隊の細菌兵器による被害を認定しつつ、謝罪と補償を求める法的根拠はないとした。敗戦時、日本軍は毒ガス等を遺棄して国際条約違反を隠蔽しようとしたが、それが現在も新たな被害を生んでいる。その数70万発、海南友子「にがい涙の大地から」がその悲惨な被害実態を映像で伝えている。
1月19日、広島高裁は三菱広島・徴用工被爆者訴訟で国の責任を認定した。問題とされたのは402号通達≠セ。これは旧厚生省が1974年7月22日に原爆特別措置法改正にともない出した通達で、「同法は日本に居住関係を有する被爆者に対して適用されるもので、日本の領域を超えて居住地を移した被爆者には適用がなく、手当は失権となる」と規定した。402号通達は2002年12月5日の大阪高裁判決によって否定され、ようやく廃止されたのだが、「被爆者はどこにいても被爆者」という当り前の主張を阻んだのは、国家補償≠ヘ認めないというこの国の姿勢だった。
時効という時の壁≠破って、国と企業に賠償命令を出したのが2004年3月27日の新潟地裁判決だ。この判決に対する政府の対応は、「個人補償を行うことは政府として考えていない。請求権問題は1972年の日中共同声明後、存在していない」(細田官房副長官・04年3月27日付「神戸新聞」)、「賠償請求できないとしてきたこれまでの関連訴訟判決を一切無視した『判例違反』」(政府関係者・同新聞)というものだ。破廉恥という言葉は、まさに彼らのためにあるのだ。
歴史を知ることの意味
高橋哲哉『靖国問題』(ちくま新書)が新書という手軽さもあってか、ベストセラーになっている。無宗教の国立追悼施設も第2の靖国になる、沖縄の「平和の礎」さえ靖国化≠フ可能性と無縁ではないという指摘は鋭い。靖国神社の本質を最もよく表わすものとして、高橋氏は福沢諭吉が主宰した「時事新報」を紹介している。
「特に東洋の形勢は日に切迫して、何時如何なる変を生ずるやも測る可からず。万一不幸にして再び干戈の動くを見るに至らば、何者に依頼して国を衛る可きか。やはり夫の勇往無前、死を視る帰るが如き精神に依らざる可らざることなれば、益々此精神を養うこそ護国の要務にして、之を養ふには及ぶ限りの光栄を戦死者並に其遺族に与へて、以て戦場に斃るる幸福なるを感ぜしめざる可らず」(40ページ)、「先般来、各地方に於ては戦死者の招魂祭を営みたてれども、以て足れりとす可らず。更に一歩を進めて地を帝国の中心なる東京に卜して此に祭壇を築き、全国戦没者の遺族を招待して臨場の栄を得せしめ、恐れ多きことながら大元帥陛下自ら祭主と為らせ給ひ、文武百官を率ゐて場に臨ませられ、死者の勲功を賞し其英魂を慰するの勅語を下し賜はんことを、我輩の大に願ふ所なり」(41ページ)
こうした仕掛けによって、兵士を戦場に駆り立て、悲しみから喜びへ、不幸から幸福へと遺族感情を導くことが靖国神社の役割となった。高橋氏はこれを「感情の錬金術」にほかならないと指摘している。日清戦争を戦い、台湾を植民地化する過程で多くの兵士が戦死(日清戦争13619柱、台湾征討1130柱)するなかで、今後予想される戦争にいかに国民を動員するのかという視点から考え出されたものだ。
どの国も国のために死んだ兵士を顕彰する施設を持っているが、日本ではそれが天皇制と結びつき国家神道というかたちをとった。それにしても台湾征討≠ニは何か。「『文明化の使命』を担う大日本帝国軍が、台湾の野蛮人たる先住民族を天皇の統治の光輝に浴させるために戦う戦争」(86ページ)だと『靖国神社忠魂史』には記されているという。
こうした歴史的背景を離れて、戦没者の慰霊と平和を願い靖国神社を参拝するなどというノー天気≠ェ許されるわけがない。ヤスクニが行うのは慰霊ではなく顕彰である。慰霊であれ顕彰であれ、所詮は死を受け入れさせるために設えられた舞台に過ぎない。亡霊のような皇国史観を体現する靖国神社をのさばらせてはならない。 (折口晴夫)
コラム 衆議院解散総選挙
残念なのは労働者派の結集軸が未熟なこと!
朝日新聞によれば、「30日公示の総選挙に立候補を予定している人は(26日現在)、小選挙区で981人、比例単独候補もあわせると1073人、」「300小選挙区で自民、民主両党が対立するのは280選挙区に上り、二大政党による政権選択選挙」の構図だというのである。
国政選挙であるにもかかわらず、選挙の主要な争点と言えば、小泉自民党が掲げる構造改革の柱の「郵政民営化法案の成立」が、小泉流のパフォーマンスによって、大きく取り上げられており、他の諸問題はその陰に隠れている始末である。
郵政民営化の議論の焦点は、無駄な公共事業や特殊法人の温存につながってきた巨額な郵便貯金や簡易保険の資金を、どう減らしていくかにあったが、それが今では、郵政公社の26万人の削減は公務員減らしだし、民営化による経営技量の効率化によって、儲けて、それによって税収が上がると、郵政を民営化すれば行政改革も財政改革もできる、という馬鹿げた話にすり替わっている。
二大政党の片方の民主党はマニフェストを通じた政策論争でアピールしようと自民党の「郵政」一本攻勢を攻撃するが、この民主党は、岡田党首をはじめ多くの党員は元を正せば自民党で、郵政民営化賛成だし、基本的には自民党と同じなのである。
自民・民主による二大政党による政権選択選挙とは、どっちが勝っても、改憲・増税・首切りはなくなりはしないのだから、我々労働者派としては寂しいものだ。
選挙には無党派層の動向が大きく影響するという、無党派層は今や50パーセント近くにも登り、各政党支持勢力でたとえれば、今の政権政党である自民党支持者を抜いて最大勢力なのだ。
政治的無関心層の増大、政治離れ、政党離れ、が言われて久しい、政権政党の腐敗やそれに替わる野党の不甲斐なさなど、いろいろな原因があるだろうが、最大の要因は、こうした硬直した政治的・経済的腐敗と停滞からの脱却を示し得ない労働者派の未熟があることは否定しきれないだろう。
熱意ある労働者派の皆さん、改憲・増税・首切りの自民党にこの選挙で一票も入れないのは当然としても、資本家や彼らにへつらう政治家どもの政党に変わる新しい労働者派の結集軸を早急に創り上げていかなければならないだろう。 (M)
トピックス 郵政解散
国家主導でも市場万能でもない「第三の道」−労働者版構造改革をめざそう! 案内へ戻る
シリーズ「やさしいことばで日本国憲法」@憲法前文・その2
本紙前号の読書案内で「やさしいことばで日本国憲法」を紹介しました。憲法改悪の動きが無視出来ないものになっている今、ぜひこの機会に憲法の条文も紹介したくなりました。そこで、英文憲法、池田香代子さんが訳された新訳条文、憲法正文をシリーズで連載します。私たちが憲法の何を守ろうとしているのか、自分自身でつかむことができると思います。前回の読書案内で憲法前文の始めは紹介しているので、途中からの出発となりますが、よろしくお願いします。
池田訳
国政とは、その国の人びとの信頼をなによりも重くうけとめなされるものです。
その権威のみなもとは、人びとです。
その権限をふるうのは、人びとの代表です。
そこから利益をうけるのは 、人びとです。
これは、人類に共通するおおもとの考えで、この憲法は、この考え方をふまえています。
わたしたちは、この考え方とはあいいれないいっさいの憲法や、法令や、詔勅をうけいれません。
そういうものにしたがう義務はありません。
日本のわたしたちは、平和がいつまでもつづくことを強く望みます。
人と人との関係にはたらくべき気高い理想を深く心にきざみます。
わたしたちは、世界の、平和を愛する人びとは、公正で誠実だと信頼することにします。
そして、そうすることにより、わたしたちの安全と命をまもろうと決意しました。
正文
そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その権利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法はかかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人類相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しょうと決意した。
今、まさに国政が問われる選挙が始まっています。郵政民営化の真剣な議論もされないまま、人びとに賛成・反対を迫る小泉政権に信頼も何もありません。利益を受けるはずの人びとである私たちの生活・労働現場は締め付けられるばかりです。人びとの賢明な判断で小泉を退陣させることが、何よりの選択だと思います。そして、世界の平和を築くためにまず隣人諸国との関係を正常に戻すことです。それには、教科書問題、靖国問題を正しい歴史認識で解決していく努力が必要です。
Govement is a sacred trust of the people,the authority for which is derived from the people,the powers of which are exercised by the representatives of the people,and the benefits of which are enjoyed by the people.
This is a universal principle of mankind upon which this Constitution is founded.We reject and revoke all constitutions,laws,ordinances,and rescripts in conflict herewith.
We,the Japanese people,desire peace for all time and are deeply conscious of the high ideals controlling human relationship,and we have determined to preserve our security and existence,trusting in the justice and faith of peace-loving peoples of the world.
(マガジンハウス・池田香代子訳「やさしいことばで日本国憲法」より) (恵)
読者からの手紙―「つくる会」教科書採択の全国状況と杉並区等での闘いの報告
来年度使用される中学の歴史と公民の教科書が全国の五百八十三の各採択地区で次々に決定されており、残りはすでに百を斬っていると伝えられています。8月25日の現在状況では、「つくる会」の教科書の採択は、使用冊数の合計では六千冊で、該当生徒数に占める割合で見ると、「つくる会」側の当初の目標であった十パーセントを大きく下回る0・5パーセントに留まっています。
全国の採択地区でも多いところでは、百人二百人の傍聴参加者があったと報道されています。この事について、全国でも注目されていた杉並区での闘いを報告しておきます。
8月12日の杉並区役所には、「つくる会」教科書採択に反対する区内外の五百人程の労働者・市民が集まりました。この人々は、「つくる会」教科書の春の検定合格からとりくみを開始し、区内各所でビラをまきや署名を集め、地道に「つくる会」教科書採択反対運動を積み重ねており、彼らの掌中には3万筆の採択反対の署名を携えていました。
これに対するかのように、「つくる会」派の百人余も、区役所入り口前に整列しておりました。彼らは、歩道に沿って「扶桑社教科書を支持します」というのぼりを立てていました。リーダーは、元共産党員であった「つくる会」藤岡信勝副会長その人です。
この事は、8月4日、杉並区で「つくる会」教科書の不採択寸前まで追い込まれ、また全国各地で「つくる会」教科書不採択が次々決まる中、危機感を募らせた「つくる会」勢力が動員したものだとの見当を付けるのに充分なことではないでしょうか。したがって、山田区長と納冨教育長他2人の教育委員と「つくる会」は、4日の結果を受けて、12日に何がなんでも「つくる会」教科書を押し通すことを決め、議論の流れまで入念な打ち合わせをした上で臨んでいるのは、この事からも容易に予想できました。
果たして、教育委員会会議での審議が始まると、4日と同じく大蔵雄之助委員と宮坂公夫委員は、扶桑社版を絶賛したのです。大蔵委員は「1週間、8社の教科書を読み比べ、扶桑社版が学習指導要領に最も近いことがわかった」と扶桑社を推す一方、他社に対して「豊臣秀吉の朝鮮出兵を『侵略』と記すのは間違い」「日本が戦後補償を行っていないというのは誤り」などと非難し、宮坂委員は「明治憲法の『天皇は神聖にして侵すべからず』の条文は今の象徴天皇制と相通じる。明治憲法下で天皇に独裁的な権限が与えられたように書くのは誤り。明治憲法は近代的ないい憲法だった」「過去の日本人にも外国人に感謝された人がいた。台湾の開発に貢献した八田與一が載っている扶桑社がいい」「歴史は物語だ」「『韓国・中国で反対運動があるから扶桑社版を使わない』という判断をしてはならない」など、まるで「つくる会」の代理人であるかのような主張を繰り返したのです。
他方、扶桑社版に反対する教育委員に対しては、納冨教育長も各個撃破に加わったのです。4日の会議で、「扶桑社版は戦争に向かう教科書」と述べた安本ゆみ委員に対して、「つくる会」八木秀次会長と藤岡副会長が、8日付けで「公開質問状」を提出しすでに脅迫していたが、教育長は「扶桑社版が戦争を賛美する教科書だとは思わない」とさらに追い打ちをかけ、大蔵委員は「前回、扶桑社版のことを『戦争をすすめる教科書』と言ったが、どういうことなのか答えよ」と発言しました。このように、この二人は、この会議において明確に「つくる会」の手先として行動したのです。
採択の決定権を握ったのは教育長です。納冨教育長は「人類史から戦争や紛争はなくならない。そう考えると、(平和を大切だと記す)他社の記述は理念的だが、扶桑社版の記述は現実的だ」と述べ、「あえて順位をつければ扶桑社が1位」と表明しました。この教育長の一言により、5人の委員中3人が推す扶桑社版の採択が強行されたのです。
区教委の傍聴席に乗り込んだ藤岡副会長やこの間の音声が流されていた会議室に陣取っていた「つくる会」勢力は、歴史教科書が採択されるや否や、次に公民教科書の審議が始まるというのに、彼らは一斉に退席したのです。これは、「歴史教科書だけは押し通す」ことが、事前に山田区長と3人の教育委員、「つくる会」勢力の間で合意されていた証左でなくしてなんでしょうか。何ともはや呆れ果てた行動ではありませんか。
この「つくる会」教科書の採択にあたっての自信のなさは、神奈川県の危ないと言われていた小田原市・鎌倉市・逗子市での採択に影響を与えました。とりわけ「つくる会」の影響下にある議員を要する鎌倉市での採択には、傍聴席を百人分用意したのに、立ち見が出る盛況となりました。このため、教育委員会には大変な重圧となり、彼らは一票差で、採択に失敗しました。隣の逗子市でも、扶桑社の歴史教科書は「分かりやすい」と発言した教育長は、他の教育委員から、教科書はいろいろな意見が読み取れるものでなければならない旨の反論の前に沈黙せざるをえず、これまた一票差で、採択に失敗したのです。
逗子の教育長は、公募で決定された教育長で県下では注目を浴びている人物で、児童文学者としても知られているが、その彼が、「つくる会」の傍聴者の目を意識し、明らかに緊張し発言していたと他の傍聴者から揶揄されています。まさに、七十を超しながら後進に道を譲る気すらない自身の老醜をさらしたと表現する他ない無様さではありました。
最後に、東京教祖の杉並区での採択強行に抗議する声明を紹介して終わります。(笹倉)
杉並区教育委員会の扶桑社歴史教科書の採択に抗議し、撤回を求める声明
本日8月12日、杉並区教育委員会は、扶桑社の歴史教科書を採択することを決定した。
私たちは、激しい憤りをもって抗議するものである。
とりわけ教育行政の責任者である納富教育長が現場の教職員から最も批判の多い扶桑社の歴史教科書を推したことによって決定した事実は、教職員に対する裏切り行為であると言わざるを得ない。また、扶桑社の教科書の採択による教育、国際友好関係に及ぼす影響を心配する杉並区民・保護者、子どもたちに対し杉並区教育委員会は全ての責任を負わなければならない。
教科書の採択については、よりよい教科書を子どもたちに届けるために教科書の内容についても研究を重ねている教職員の意見を尊重しなければならない。今回の教育委員会の論議は、歴史以外の教科の審議では「教科書調査報告書」など現場の教職員の意見を重視した論議をもとに決定していた。これに対し、歴史教科書の論議では現場教職員の意見をことさら無視して「戦争」「平和」「国家」「憲法」について扶桑社を推す持論を披瀝する3人の意見によって決定されたことは極めて遺憾である。
一方、現場教職員が作成し6月に提出した「教科書調査報告書(学校用)」[歴史]を書き換えるよう杉並区教育委員会が指示したことが明らかにされている。現場の教職員が教科書を調査し報告したものを「教科用図書調査委員会」がまとめて報告書として提出しているにもかかわらず、書き換えの指示・指導をしたことは、教育基本法10条に違反する「教育への不当な支配」に他ならない。
扶桑社の歴史教科書は日本のアジア侵略・植民地支配を肯定し美化した自国中心主義、戦争賛美の内容であり、それに対し中国・韓国などアジア諸国との外交問題にも発展している。
韓国のソウル市ソチョ区との友好交流の旅から子どもたちが帰国する12日に扶桑社の歴史教科書を採択したことは、「いま、私たちの手にある 平和ゆえの幸せを永遠に希求し、次の世代に伝えよう。」と高らかに宣言した平和都市宣言のまち“原水爆禁止署名運動”発祥の地である杉並区に泥を塗る行為である。
東京教組は、杉並区の教職員、保護者、区民とともに扶桑社版歴史教科書の採用を決定したことに強く抗議し、その決定の撤回を求めるとともに、今後の区市町村において子どもたちによりよい教科書を公正に採択されるよう全力でとりくむことをここに声明する。 2005年8月12日 東京都公立学校教職員組合(東京教組) 案内へ戻る
声なき声を聞く?
記憶を失ったと装って逃げ出してきたらしい若者のこと。彼は、地主? といわれるおやのもとに送還されたという。ジャーナリズムは踊らされたとばかり、忘れ去られる事件であったようだ。なぜ彼が家出≠オたのかには、思いを至らせたくないのであろう。彼を嘲笑する市民?≠フむごい顔(カメラさんの視点ステキ)。
漱石のそれから≠ニかその後道草=A未完の絶版明暗≠ノ至るまでの経緯を思い出す。逃げ出した彼は記憶喪失というよりも、恐怖のあまりの失語症(仮装か本当か定かではない)を装ったといった方が相応しいかも知れない。繊細な感じはする若者だが、たくましくはない若者のような気がする。
逃げ出したものの実力(自ら稼ぐ芸なし、能なしだった?)が備わっていなかったのだろう。ひょっとすれば、死≠ヨの一歩手前であったのかも? これはジャーナリズムの扱う分野ではなかろう。私も使いものにならない≠ニか能なし≠ニか落ちこぼれ≠ニかという言葉におびえたものだ。たかが大道芸人=i私があこがれた人々、さらにジェルソミーナのつづきを歩む≠ニ歌って消えていったテレサテンが好きな歌手)とか新党日本=i一つの新しい芽とみているが)に集まるのは落ちこぼれ≠ニきめつけるのは老来ル。
私の逝った友は創造性をたたかれ追放された後、世界を歩きまわりエーリッヒフロムなどを読みあさり、帰阪後落ちこぼれ≠教えて果てた。落ちこぼれ≠ェしおらしくなくて、アア言やこういう口が達者で、こうした落ちこぼれ≠ノえらい目に会った経験がおありの方であろう。
省略
私自身は大道芸もできない全くの能なしであれば、定着者(根を生やした人々)ではない放浪の乞食坊主、木喰坊主とか山頭火のような人々の方に傾く。木喰坊主は彫刻(笑う鬼さん‐世の中で生きるための姿‐)を残し、山頭火は句を残した。失語症のピアニストを装ったドイツの逃亡者は、戦場のピアニスト≠フ風体をなぞったのでは・・・。仮装のもとに生き続けることができなかったのであろう。
戦場のピアニスト≠フ姿は、人を犯さないで餌を求めて荒野をさまよう小羊のように思える。この時ピアノは力はない、食い物をあさる小羊の姿。これを装った逃亡者(芸も能もない)であるように思う。なぜ逃げ出したか、能もないのに、それが問題だ。これは政治家やジャーナリストの扱う分野ではないのであろう。
漱石は道草≠フあと明暗≠書こうとして途中で果てた。ドイツのみならず、世界はこの忘れられていく小さなしかも取り沙汰された事柄に、何の兆しをみるか? ドイツは先進国なのだろうが、どういう国? 現状は? 忘れ去られていく事柄、忘れられた過去(もっと大きな事柄だったはずだが)の事柄と重ねてみる作業を、誰もが始める時代に入ったように思う。その過程で希望≠ニか光≠ェ見出せるかどうかであろう。
私たちの日常は何事もないように思えるが、たしかに日常の中に非日常的な現象が少しづつみられる。オモチャ箱をひっくり返したようなオカミの状況も、声を立てぬ人々の声なき声の予兆とも思えてならない。一度は投げ出そうかと思ったつまらぬ巷の出来事についてクチャクチャを、書き続けることにした。現在は吉本の女性にゾッコン。2005,8,23 宮森常子
附記
定着者(草の根)は守りの姿勢、一般的になかなか開こうとしない、異物は吐き出す傾向にあり、ここに逃亡者・漂泊者が生ずるのは古代から、そうであったようだ。なかなか異議申し立てはむつかしく、積極的なやり方でも面従腹背・・・不言実行ということで、なかなか対話が成立しにくい。定着者から逃げだし、ぶざまな結末に終わった者を嘲笑するのは、むごすぎる。立ち上がり、自らの生きる力を見出されんことを!
彼がネオ・ナチにでも走れば、彼だけに責任があると言えるだろうか。病院が彼について沈黙したのは、消極的な良心を示したといえよう。日本の病院のインペイとは異なると言えよう。
色鉛筆 民間保育園日誌 @
私は、3月まで公立保育園で非常勤保育士として働いていましたが、『契約期間の満了』ということでクビにされ、4月から初めての民間保育園で働いています。この民間保育園は「公設民営化」された保育園です。公設民営化というのは公立保育園の民営化のことで、公設公営の公立保育園を民設民営の私立保育園にしたのです。5年ほど前に市当局は財政問題から、市内に22ヵ園ある公立保育園を民営化することを打ち出し、その第1号として3年前開園し、市の土地に市が新しい建物を建設して、運営を市内の民間保育園の社会福祉法人に委託したのです。民営化によって、3月31日までと次の日の4月1日から園舎も職員もすべて入れ替わることになるので、子供達が不安になってしまうのではないかと考えて、民営化になる前に非常勤保育士として働いていた職員を数名そのまま働き続けてもらったようです。しかし、子供の顔も職員の顔もわからずスタートしたので「開園当時は、とても大変だった」と話してくれた人がいました。私は仕事が無くなるとわかってから就職活動を始め、今の保育園に仕事があると友人に紹介されて、何としても就職したいと思いすぐに面接に行きました。その時、園長が『民間保育園は公立保育園と違います、その点をしっかり頭に入れておいて下さい』と、言われたのですがあまりたいした違いはないだろうと思っていたのです。しかし、働き始めるとまさに園長の言葉通りだったのです。新しい職場で新しい人間関係の中で緊張して、「早く休憩時間にならないかな」「休憩室で横になりたい」と昨日までの公立保育園と同じように考えていたら、休憩室が無いのです。休憩室という看板がかかっている部屋は、地域の子育てセンターの部屋になっていて、子供の人数が増えて空き部屋が無くなり、今年は一部屋増設したというのです。休憩時間は、子供が寝ている時間に取るということになっているのですが、年齢の小さい子供は目を覚ましては泣いたり、連絡ノート、日誌、片付け、掃除などの仕事があって休憩を取ることはできないのです。公立保育園では午睡中に来てくれるパート保育士がいたり、複数担当のクラスでは時間が短くても交替で、休憩室で休憩を取っていたので、休憩を取らないと精神的にも肉体的にも大変でした。今、一緒に働いている職員達も体がきついので昨年休憩を欲しいことを園長に言った所、「民間保育園はこういうやり方です」と言われ「返す言葉がなかった」と話してくれ、民間保育園の厳しさをつくづく感じます。民間会社に勤めている息子達や甥達の話を聞くと忙しいと休憩時間はなく、長時間働いたり、休日返上で働いていること等は日常茶飯事のようです。初めての民間保育園で働いて感じたことを報告していきたい。(美)
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