ワーカーズ 2006.9.1.    案内へ戻る

教育基本法改悪、改憲、労働者攻撃を煽る安倍晋三小泉後継政権の国家主義。市場主義と闘おう!

 9月20日に行われる予定の自民党総裁選は、安倍晋三の勝利でほぼ間違いなさそうだ。安倍を最初に担ぎ出した若手議員連中ばかりか、自民各派の重鎮までが、安倍政権誕生後の有利なポジション獲得をねらって、安倍支持で動き始めている。
 谷垣財務大臣や麻生外務大臣も、負けるのを承知で選挙戦を戦おうとしている。もちろん彼らは、対立候補無しの選挙が自民党に与えるマイナスを憂うるという殊勝な動機から立候補したのではない。彼らは、安倍政権後を見越し、「次の次」を目指して能う限りの有利な地位を確保しようとしているのだ。
 しかし、党をあげて安倍晋三総理の誕生へ向けてひた走る今の自民党の姿は、何を物語っているのか。
 安倍晋三の掲げるスローガンは、新憲法の制定、教育基本法の改正、再チャレンジ可能な社会等々である。
 「再チャレンジ可能な社会」は、市場競争万能主義を別の言葉で表現し直したものに過ぎない。競争に敗北した者たちは、競争場裡にはい上がるための個人的努力を何度でも続けていろ、ということだ。
 市場競争万能主義はまた、貧富の格差を拡大し、国民統合を危機に陥れる可能性を増大させる。それを愛国主義や国家主義の注入、郷土愛や道徳などの説教で再統合しようというのが、改憲や教育基本法改悪の狙いだ。
 改憲や教育基本法の改悪は、「戦争が出来る国家」をめざすものでもある。小泉政権が推し進め、安倍晋三が継承しようとしている新自由主義政治は、資本のグローバル競争が激化する中で、勝ち組国家として位置を確保するための政治だ。勝ち組国家として生き残るためには、多国籍企業にいっそう強くてこ入れし、日本資本の海外権益の防衛と拡大を図らねばならない。そうした経済覇権の拡大のためには、軍事力のいっそうの強化、その軍事力の海外での展開が求められる。「自衛軍保持」や「集団的自衛権」行使を可能とさせる明文改憲。「戦争する国家」を受け入れ、支持する国民を育てるための教育制度の構築。安倍政権は、小泉が明確な方向付けをしたこの道を、さらにずかずかと踏み進むために誕生しようとしているのだ。
 もちろん、安倍政権は、誕生と同時に大きな困難に直面せざるを得ないだろう。支配層内部の日米同盟偏重派とアジア配慮派との亀裂はますます広がって行かざるを得ない。何よりも、「格差社会」に対する労働者・民衆の反撃が開始されつつある。
 しかし労働者は、支配層内の諸分派のあれこれに期待を寄せる立場とは無縁である。アジア配慮派とて、軍事強国化、「戦争が出来る国家」化を否定しているわけではない。彼らは、アジアでの中国との覇権争いに備えることを口実に、軍事強国化に向けては対米追随派と同様に熱心だ。格差是正、地方重視を主張する支配層とて、労働者や庶民からの搾取や収奪を無くそうとしているわけではない。彼らは、格差拡大が現体制の危機を引き起こしかねないことを心配し、その弥縫策を提案しているに過ぎないのだ。
 労働者は、支配層内の諸分派を串刺しにする独自の闘いを発展させていかなければならない。(阿部治正)


不安といらだちの発露か、それとも国家主義か ――政府主導型“ナショナリズム”を考える――

 小泉首相による靖国神社の参拝などを契機に、中国や韓国との関係がギクシャクしている。その背景に日本や中国・韓国でナショナリズムが拡がっているとの指摘もある。ここでは最近の日本での“ナショナリズム”の拡大について考えてみたい。

■政府が煽る“ナショナリズム”

 小泉首相が就任以来続けてきた年一回の靖国神社参拝などを機に、日本国内でのナショナリズムが拡がっている。実際はその参拝自体が中国や韓国の台頭への露骨な対抗意識の表れだったが、その参拝に対する中国や韓国による批判が高まるのに呼応するかのように、日本の中で中国、韓国何するものぞ、という反発感情が拡がっている。いわば日中韓相互の間にナショナリズムを呼び起こす連鎖のような関係に陥っているのが現状だ。
 小泉首相の靖国参拝などでは、中国などからの批判に対し「外国からとやかく言われる筋合いのものではない」との声は根強いものがあり、世論調査(朝日新聞)でも小泉首相の「8・15参拝」は「よかった」49%、「するべきではなかった」37%と肯定的な声が多かった。また靖国参拝だけが原因ではないが、米国のピュー・リサーチセンターが今春に世界15カ国で行った世論調査では日中の好感度はともに3割にも満たない。日中、日韓相互の国民の間でそれだけ嫌悪感が高まっているわけだ。
 こうした日中韓での“ナショナリズム”の拡大の背景としては、中韓両国の国力が拡大していることがある。
 ほんの少し前まではGNP世界第二位の日本に対し、中韓両国のGNPは世界の中位にとどまっていた。それが実物経済ではすでに中国は日本を追い越して米国に次いで世界第二位の地位にまで拡大を遂げ、21世紀の遠くない時期には米国に肩を並べようという勢いだ。韓国も半導体産業などをはじめとして底力をつけている。それに韓国では近い将来での北朝鮮の統合を見据え、“朝鮮半島ナショナリズム”とも言うべき民族感情の高揚も見て取れる。
 他方で日本は、90年代のバブル経済崩壊以後平成不況に突入し、右肩上がりの成長神話がものの見事に崩壊した。今では追いつかれ追い越されようとしている日本の広範な層に対抗意識が醸成されたとしても不思議ではないし、そうした対抗意識を文字通りあおってきたのが小泉首相だった。
 小泉首相は、靖国参拝を批判されると、「日本の問題を外国にとやかく言われる筋合いはない」とか、あるいは「心の問題に介入するほうがおかしい」などと間髪を入れず反発してきた。一国の首相がそういえばマスコミは取り上げるし、それに便乗して「中国何するものぞ」と思ったり、言い出す人が出てくるのは当然だろう。ナショナリズムを首相自らがあおってきたと言われる所以だ。これは04年4月にイラクで起こったフリーカメラマンなど日本人人質事件に際して、小泉首相が真っ先に「自己責任だ」とはねつけた姿がテレビで報道された直後に、政府や自民党内、右翼ジャーナリズムで「自己責任」論の大合唱が起きたのと同じ構造ではないだろうか。

■ナショナリズムの現れ方

 ナショナリズムといっても実際は最近になって急に現れたものではなく、これまでも多様な形であったものだ。ただそうしたナショナリズムが表面化する構造は、以前と今では若干違っている。
 かつての冷戦時代には「東西対立」が世界を二分する対決軸として存在し、その現れ方も軍事的・イデオロギー的対立として現れていた。日本は米国が主導する「西側の一員」としてその冷戦構造に深く組み込まれていた。それが冷戦構造の崩壊にともなうグローバリゼーションの進行によって、東西両陣営間の垣根が取り払われただけではなく国境や国家の壁そのものも低く、薄くなった。マネー資本主義とも言われた経済的なグローバリゼーションは、民族国家や国民国家の壁、国境の壁をむしろ邪魔者だと感じさせもした。
 こうしたグローバリゼーションの進展とともに、それとは逆のベクトルが働きだした。それがナショナリズム、国家主義への傾斜であり、具体的には憲法改正を招き寄せる軍事大国化や、家族、宗教、伝統、民族教育を推進する教育改革に名を借りた国家意識注入の動きなどだ。こうした力学は、憲法改悪や反動的教育改革を最大の総裁選公約とする安倍晋三が次期自民党総裁の最有力候補に押し上げられた経緯に端的に表れている。
 こうした動きは、希薄化した国家の論理の逆襲だとの捉え方も出されているが、実際は財界=経済界も含めた動きとしてとらえるべきだろう。というのも、ナショナリズムや国家主義というのは、資本主義が階級社会そのものであり、支配階級としては階級支配を維持・強化するためにも、国家意識や民族意識の力を借りざるを得ない側面があるからだ。
 現に個人情報保護法、人権擁護法、盗聴法や共謀罪などによって、反体制派だけではなく労働団体や市民団体をも統制の対象にしようという動きが強くなっているが、これには政府だけではなく財界や企業の意向も働いている。企業は利益至上主義の立場から、かつての労使運命共同体という労働者統合システムを自ら次々と放棄してきた。終身雇用や年功賃金の放棄のことだ。労働組合の組織率も今では20%を割り込み、御用組合を通じた労働者支配は大企業の基幹的労働者をカバーするだけになっている。今では3人に一人となった低処遇・不安定な非正規労働者をはじめとして、80%を占める未組織労働者が今後どう動くのか、どういう政治的指向に流れるのか不安で仕方がない。だから財界などは、そうした“未組織大衆”が労働者階級として組織化されないように、何らかの民族や国民、国家という帰属意識で統合したいという衝動に突き動かされざるを得ないのだ。
 資本主義とは本来的には経済的な土俵で、すなわち雇用者と被雇用者という関係での労働者支配を本質とする。いわば“失業の恐怖”をテコとした支配関係だ。それをナショナリズム、あるいは国家主義に頼らざるを得ないというのは、政治権力に頼らない統合システムに比べてそれだけ支配体制の脆弱性を意味している。
 こうみてくると、現在の“ナショナリズム”というのも、本来の意味でのナショナリズムという内実を持つものとは思えない。ステート(国家)と区別されたネーション(国民、民族)意識が確固として貫かれているわけでもない。むしろ国家主義への傾斜に対する追随構造がナショナリズムとして括られてきたと言って良い。日本においては、警戒すべき、あるいは対峙すべきなのはナショナリズムと言うよりはむしろ国家主義の方である。

■草の根ナショナリズム

 首相や政府によるナショナリズムの扇動とは別に、あるいはそれに呼応する形で“草の根ナショナリズム”と言うべき動きも目立っている。最近では各種世論調査での浅薄な“国益”至上主義的な反応であり、靖国参拝批判派などへの様々な嫌がらせや脅し行為などだ。たとえば加藤前自民党幹事長宅への放火事件などは、体制派右翼による犯行だとしてもその突出したケースだろう。
 こうした“草の根ナショナリズム”は、その対象が左翼や労働運動、市民運動などにとどまらず、時には北朝鮮拉致家族への嫌がらせなどとして表面化するケースに見られるように、単に政府の方針や行為=国策に逆らう人々に矛先を向けるケースも多い。だからそれがイデオロギー的な主張を内包したナショナリズムなのか、あるいは単なる国策への批判者に対する嫌がらせなのか見分けがつかなくなっている。こうした意味でも、現状の“ナショナリズム”は、国家主義の反響版になっていると受け止められる。
 なぜこうした“草の根ナショナリズム”、“草の根国家主義”の拡大がみられるのだろうか。
 その背景として高度成長の終演や経済のグローバル化、そして中国、韓国など、後発国の追い上げがあることはすでに触れた。その他には、ここ数年大きな社会問題にまで深刻化している格差社会、階級社会化の進行がある。
 周知のように、バブル経済の崩壊後の失われた10年の間に、日本の企業社会は様変わりした。今では失業者が高止まりし、自殺者は毎年3万人を超える。雇用構造は様変わりし、今では非正規労働者が3人に一人までに増えている。
 こうした格差社会の進行に加え、財政再建や少子高齢化を人質とした社会保障の切り捨て、企業福祉の切り捨てが進んだ。かつて労働者にとって最大のよりどころになってきた“企業共同体”が利潤第一主義に走ることで労働者を切り捨ててきた。帰属意識のよりどころが失われているのだ。失われた帰属対象を行政や企業から離れて、強い国家に対象が移されてきている……。最近の“ナショナリズム”の広がりには、こうした背景もあるのだろう。

■拠り所は身近な連帯組織と戦略的対抗路線

 最近のナショナリズムはかつてのような一部の右翼ジャーナリズムだけではなく、全国紙、一般紙といわれてきた産経新聞など一部の商業マスコミによる系統的な国家主義、ナショナリズムの扇動に拠るところも大きい。西欧ではネオ・ファッシズムに分類される石原都知事のような主張や振る舞いも、単なるタカ派、あるいは“強い指導者”で通ってしまう。いまでは右翼ジャーナリズムにとどまらず、テレビをはじめとして、小泉首相の情緒的な強硬発言などをこれでもかとばかりに垂れ流す商業マスコミが、結果的に政府主導のナショナリズムの扇動に荷担してきたと批判されても仕方がない。権力に対するチェック機能を売りにしてきた商業マスコミの底の浅さが知れるというものだろう。
 こうした右翼ジャーナリズムや商業マスコミのていたらくに対しては、『ワーカーズ』など左翼の活動やメディアなどの低迷状況にも責任の一端があり、私たちとしてもいっそうの奮起が必要なのはいうまでもない。
 その左翼や市民派メディアの低迷は、労働運動や消費者運動、市民運動など各種の自発的な草の根レベルの運動の解体状況が背景にあることは明らかだ。そうした運動や活動を広げていくことが、ナショナリズムの台頭と闘う橋頭堡になる。あわせて、そうした闘いを広げていくためにも、現在のグローバリズムやナショナリズム、国家主義に対抗できるような、第三の道、いわゆる戦略的なオルタナティブ作りが不可欠だろう。(廣)       案内へ戻る


なんでも紹介  行政書士という仕事

 弁護士は、裁判での代理人とか法律相談をする仕事として知られています。それに対し、行政書士とは何をするのか?知らない人が多いと思います。かく言う私も数年前までは、行政書士=代書屋さんというぐらいのイメージでした。
 どんな仕事をしているのかですが、官公署へ提出する書類の作成や、事実証明、権利義務に関する書類の作成が出来ます。及びそれら書類を依頼人の代理人として、官公署に提出することが出来ます。そして、書類の作成について相談に応ずることも出来ます。ただ、弁護士法やその他法律で制限されている業務については出来ません。
 仕事の中身を具体的に見ると、遺言書の作成や相談、遺産相続を適正に行なうこと等です。日本は、高齢社会になっているので相続の問題などはいっぱい出てくると思います。
 それから告訴状の作成も出来ます。告訴状とは、被害者が加害者へ法の処罰を求めるため警察等に提出する書類のことです。
 交通事故で被害を受けたとき、加害者が任意保健に入っていたら損害保険会社と交渉しなければならない。損保会社は、なかなかお金を出さないので一般の人ではなかなか大変です。その時に行政書士が、被害者の味方として損害額の算定など損保と交渉をします。
 その他、敷金を返還されないことへの家主との交渉等、裁判沙汰になるまでの日常のトラブルが仕事です。
 弁護士とは違う、法廷に立たない町の法律家行政書士、注目です。  (河野)


教育基本法「改正」法案の核心とは

臨時国会の目玉は教育基本法「改正」案

 八月二十日、政府・与党は、秋の臨時国会で共謀罪新設を柱にする組織犯罪処罰法などの改正案の成立を見送り、教育基本法改正案の成立を最優先させる方針を固めた。組織処罰法改正案をめぐっては、民主党が与野党対決法案と位置づけ、徹底抗戦する構えを崩しておらず、そのため来年夏の参院選後の臨時国会以降に先送りする案も浮上している。
 秋の臨時国会は九月二十日に召集し、十二月上旬までの約七十日の会期を予定している。召集日に小泉純一郎首相の後継を指名する選挙を行い、その後に新首相の所信表明演説と衆参両院での各党代表質問があり、法案審議に割けるのは五十日程度となる見通し。政府・与党は重要法案を複数成立させるのは困難だとして「教育基本法改正案の成立を目指す一点勝負で臨む」との判断に傾いた。自民党が教育基本法改正案の成立を優先させるのは、九月の総裁選で圧倒的優位に立つ安倍晋三官房長官が、同法案改正をはじめとする教育改革に取り組む構えを見せている情勢を踏まえたものである。
 また公明党も、支持母体の創価学会内に教育基本法改正案への異論がくすぶっているため、来年の統一地方選や参院選への影響を避けるために、早期の成立を求めている。

教育基本法「改正」法案の核心

 政府与党提案の教育基本法「改正」法案の核心とは、これまで憲法と一体となって「人格の完成」「主権者の育成」を「教育の目的」としてきた教育基本法が、形式的には、「国家による国家のための教育」、つまりは「国を愛する態度」へと転換され、内容的には、「教育の目標」として「国民道徳」そのものとなること、つまりは教育とは国家の統治行為とし、各自に対応した能力主義で補完する教育基本法「改正」案になることである。こうして現在様々に論議されている格差社会は是認されて、その格差は固定化拡大するのだ。
 「改正」教育基本法案第二条には、現行教育基本法にはない〈教育の目標〉が新設されて、その内容たるや「学習指導要領」の「道徳」の章に掲げられた徳目の達成、つまりは「滅私奉公」と「実直かつ柔軟な国民づくり」が公然と目標とされ、この意味において、文科省と日教組等との間で法的拘束力があるないとの論争が絶えなかった「学習指導要領」を法律に格上げすることで、論議の焦点となっていた「道徳」の目標を、公教育全体の目標に据えることをめざしたと言える。これは日教組等の反論を封じる妙案なのである。
 さらにこのことは、戦前の教育が、「修身」を中心教科とする国民道徳規範の要として位置づけ、天皇の「臣民」として領土拡張主義や事大主義を注入したように、世界経済のグローバリズム化に対応して、今後の教育を国家に対して忠誠や献身を迫る国家主義へと転換させることをめざしたものだ。これが、「エリートは百人に一人でいい。非才・無才はせめて実直な精神だけを養ってもらえばいい」と三浦朱門氏のいう内実である。

教育基本法「改正」案提出の背景

 このような誰が読んでも明らかな国家主義的性格を持つ教育基本法「改正」案が提出された背景には、自民党の危機意識がある。それは、戦後様々な局面で高揚した反戦平和闘争に対する政権党の苦い体験そのものだ。
直近でいうと、なんといっても三月十二日の米軍厚木基地(神奈川県)の艦載機部隊を米海兵隊岩国基地に移転することの賛否を問う山口県岩国市の住民投票がある。この住民投票は、投票率五八・六八%であり、開票率九五・八一%の段階で、「反対」は四万二千四百票、「賛成」は五千二百票だった。なんと投票者数四万九千六百八十二人中、反対票が有権者数の八割を大きく超えた四万二千三百三十人である。
 これに対して、額賀防衛庁長官や安倍官房長官は、住民投票の結果に関係なく米軍基地再編はすすめると強気でその場は取り繕ったが、彼らの動揺は隠せなかった。
 このように世代を超えて確実に受け継がれている反戦平和意識の存在は、政権党にとって脅威そのもので、教育を自分たちの手に握らなければならないと危機感は募るばかり。
 世界規模での米軍再編成や米軍との共同行動を強めている日本政府にとって、日本の労働者階級を中心にして今も根強く息づいている反戦平和意識の根底的根絶は、今後日中戦争や対北朝鮮戦争を想定する日本国家にとっても早急に追求しなくてはならない現実的な課題であった。これが日教組等が見誤った唐突な連休前の国会上程の背景なのである。

教育基本法「改正」案の一大転換点

 現行教育基本法と「改正」基本法と比べて全く規定が一大転換しているのは、〈教育行政〉の条項である。
 現行法第十条一項では、教育の独立性を保証するため、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対して直接責任を負って行われるべきものである」と規定しており、国家や支配政党の教育内容への介入を排したものとなっている。これは戦前の事態を反省したものなのであり、これに対して、教職員集団が直接保護者や地域住人と結びつき、その教育要求に応えていく責任を果たすべき事を明示したものである。
 これに対して、この規定に対応するのは「改正」基本法大十六条一項であるが、「教育は国民全体に対して直接責任を負って行われるべきものである」との文言を全面削除し、これに代えて「この法律及び他の法律の定めるところによって行われるべきもの」に変えられた。この変更について、国会答弁で明らかになったことは、「法律に従って行われる教育行政の行為は『不当な支配』に当たらないことを明確にした」との政府の自信だった。
 こうして、「改正」基本法が成立すると現行教育基本法での「不当な支配」の意味は、完全に逆転する。現行法の下では、教職員組合の自主編成運動や学校教育課程の自主編成権に対する教育委員会の異議申し立てが「不当な支配」であったものが、「改正」法の下では、教育委員会に対する教職員組合等の異議申し立てが「不当な支配」となるのだ。
 ここにおいて、教育基本法「改正」案の反動性、国家主義は赤裸々となる。日教組の活動は職員団体の枠内に固定化させる狙いは貫徹されたのである。
 私たちは、教育基本法「改正」案の成立は許してはならない。自民党の最終的目標は憲法改正ではあるが、私たちはその前哨戦として、この現行教育基本法の「改正」策動を断固粉砕していかなければならない。ともに闘っていこうではないか。   (猪瀬一馬)案内へ戻る


始まった郵便局の解体

 郵政民営化まで、あと400日を切った。今このとき、古き良き郵便局を懐かしんで何になろう。郵政公社が剥きだしの資本へと変身しようとしている今、公務職場という温室に慣れ親しんだ身には、まるで荒海に小船で漕ぎ出すように不安だが、これに負けるわけにはいかない。
 郵便配達の職を得て35年余、スト権ストや反マル生越年闘争を経験し、何者をも恐れることなく気楽に働けた時代もあった。しかし、あと数年で定年が迫って、「日本郵政公社の民営・分社化に伴う職員の帰属会社決定に関する資料」(日本郵政株式会社・日本郵政公社)を突きつけられている。と言っても、わたしのように普通局集配課・郵便外務労働者は選択の余地なく郵便会社○○支店配属となり、勤務先は変わらない。ちなみに、郵便局という名称が残るのは窓口会社だけである。
 厳しい状況となるのは、集配特定局の郵便労働者である。彼らの職場はスクラップ化されようとしている。実際、わたしが勤務する郵便局に残るのは、窓口機能を主とした郵便局会社と郵便の集配を行なう郵便会社だけである。なお、集配拠点の再編によって統括センターとなり、配達センター勤務者も所属となっている。彼らは集配特定局外務労働者であり、無集配となって窓口だけが残る郵便局に間借りする配達センターに出勤することになる。
 現在の貯金や保険の職場は郵便局会社に残るようだが、どのようになるのかわからない。9月1日を基準日≠ニし、これらの帰属が決められることになっている。総ての職員がいずれかの会社に配属される、つまり国鉄の分割・民営化のようなクビ切りは一切ないとされている。しかし一方で、高齢勧奨退職募集は今年度末・来年3月が最後とされ、「民営・分社化前に高齢勧奨退職での退職を希望する方は注意してください」と強調している。
 新会社の労働条件は、給与や勤務時間、休暇などいずれも「大きな差異はありません」と説明されている。身分保障についても、「適用される法律は変わりますが、労働基準法上、解雇理由には合理性などが求められており、実際の運用について、大きな差異はありません」となっているので、この説明は全く信用できない。
 国家公務員としての身分保障、公務災害に対する保障がなくなるからこそ、新たに労働保険(雇用保険と労災保険)に入らなければならないのであり、そこには決定的な違いがある。もっとも、こうした職場環境の激変もコップの中の嵐に過ぎない。全く無権利の多くの労働者、ゆうメイトと呼ばれる非常勤労働者はいったん退職する=i事実上の解雇)こととなっているのだから。
 しかし彼らは、民営化によってもはや公務非常勤ではなくなる。この変化が大きな契機となる可能性もあるし、国家公務員ではなくなる本務者≠ニ同じ労働者としての連帯の可能性も開かれる。こうして、進行しつつある郵便局の解体が何をもたらすのか、その渦中で働く労働者はどうすべきなのか、重い課題を突きつけられている。  (折口晴夫)


対談  どうなる老後・どうする介護


色鉛筆  介護日誌(13)改正介護保険制度よ・・・

 今年の4月の介護保険の制度改正で、それまで利用できていたものを切られて泣いている人がたくさん出てきている。変わるたびにこういう事態になるのも、ひとえに厚生労働省が、総支出を減らしたいからだ。
 今回の制度の考えとして「要介護状態の軽減や予防」が加わって、それがなぜか「福祉用具に頼ることが身体機能を低下させる原因になる」といったことになり、軽度者(要支援1と2、要介護1)への電動ベッドや車いすなどのレンタルが制限されるようになってしまったのだ。まずは問題と矛盾だらけの介護度判定に加え(判定に対して、不服や抗議などは届かない)、「軽度者」だからと一律に福祉用具のレンタルを打ち切る、本当にひどいやり方だ。今回「軽度者」と判定された知人も、ベッドのレンタルを打ち切られる。ベッドなしで、寝床から起きて立ち上がることができなければ、家族が介護するか、放っておかれるしかない。電動ベッドを自費で買うとすれば、30〜40万円もする。本当に途方にくれている。

 さて6月に、母(84歳)の4回目の介護度更新があった。4年前に足を骨折し、入院治療中に「要介護4」と判定されて以来、ずっと変わらない。思い起しても、4年前の母は食欲不振と嘔吐ばかりを繰り返し、ベッドから起き上がれず床ずれまで出来ていた。しかし3ヵ月で退院し、自宅での生活が始まると、食欲がもどり歩行が不能なこと以外は、健康体といっていい状態に近くなった。強いていえば、排便のコントロールが出来ないことと、導尿カテーテルをつけていることが、介護度を重くしているのか。介護度更新のたびに、担当の調査員に「どんどん判定が厳しくなってきています。4となる確証は無い。」と言われる。私たち家族にとって、いま利用中の介護サービスを、たとえ不十分で不満一杯であっても、これ以上切り捨てられたらたまらないと切実に思う。
 担当の調査員は、ほんの1時間足らずの間に、母や私に80項目近い質問(「起き上がりについて」「歩行について」など)をして調査項目の当てはまる欄をうめてゆく。これをコンピューターに入れ、全国一律の基準で判定がだされる。そしてこの結果と、主治医の意見を参考に市区町村の介護認定審査会(保険・医療・福祉の専門家で構成)によって最終的な判定がだされるという。この間約一ヶ月。はらはらドキドキしながら待つ。
 おおまかに介護度による、支給限度基準をあげてみる。ちょっと乱暴だが、1単位=10円とほぼ考えてよいと思う。このうち利用者は1割を負担し、9割は介護保険で負担。限度額を越えてサービスを利用すれば、全額自己負担となる。
 要支援1=4970単位、要支援2=10400単位、要介護1=16580単位、要介護2=19480単位、要介護3=26750単位、要介護4=30600単位、要介護5=35830単位。
 母は現在、週3日の通所介護(月に約7328単位)、月3回の訪問看護(約3280単位)、月14日間の特別養護老人ホームでのショートステイ(13474単位)そして電動ベッドと車いすなどのレンタル(3250単位)を利用し、ほぼ限度額近くを使っている。それでも在宅での介護が、4年近くにもなり正直にいってこちらも心身ともに疲れが出てきている。幸いにも一ヵ月後に、母は要介護4との通知が届いた。ばんざい!と思うと同時に、これからの在宅介護は、いかに介護する側の心身の健康を守ってすすめてゆけるかが課題となってきている。とはいえ、いまの介護サービスはあまりに少なすぎる。出来ることなら「二倍に増やしてください!」というのが本音。(澄) 案内へ戻る


己を知らぬ田中前長野県知事の敗北と新党日本の未来

地滑り的敗北

八月六日、任期満了に伴う長野県知事選は、即日開票の結果、無所属新人で元衆院議員の村井氏が、無所属現職で三選を目指した田中氏を破って初当選した。田中県政誕生以来六年余続く対立構図上の選挙戦となり、政界を引退した格好だった郵政民営化造反派の村井氏は、田中県政の刷新を訴えたのだが、田中フィーバーが急速にさめたため、結果的に多くの県議や首長らの支援を受け、有権者の幅広い支持を獲得したのである。
 今回の選挙の有効投票数に占める得票率は、村井氏五三・四二%、田中氏四六・五八%で、県内市町村別に得票を見ると、村井氏は八一市町村中長野市松本市など一三市を含む六一市町村で田中氏の得票を上回った。まさに予想外の田中氏の地滑り的敗北ではあった。
 得票数は村井氏約六一万三千票、田中氏約五三万四千票で、投票率は六五・九八%と前回二〇〇二年の知事不信任に伴う出直し選(七三・七八%)を七・八0ポイントも下回った。二つの選挙での得票の移り変わりを比較すると前回の出直し選挙の結果では、田中氏八二万票、対立候補四0万票であった。十万票単位でおおざっぱに言えば、田中氏は前回から三十万票減らし、そのうちの二十万票が対立候補に流れ、十万票余が棄権したことになる。このことは、前回は田中支持だった三十万票が、今回の選挙では二期六年の田中県政下で生活した実体験から、田中氏に失望し離反したことを雄弁に語っているのである。

田中氏の敗因は己を知らぬこと

 田中氏の敗北は、端的に言えば、二期六年の間田中氏を一方的に押し上げた無党派層のかなりの部分が、田中県政の本質を、実はパフォーマンス優先によるトップダウン型の独裁政治と表裏のものであったことを見抜き、「県政の混乱」と不可分のこの手法に対して何の反省もない田中氏に失望して、今回は村井氏に投票したり棄権に回ったためである。
 しかし、現職の知事でありながら新党日本の代表に就任したにもかかわらず、この選挙に無所属で立候補した厚顔無恥の田中氏は、自らの支持層の変化を知る由もない。ここは謙虚に自らの政治手法を反省し、新党日本の代表として日本政権構想と今後の長野県政のあり方が問われていたことを知るべきだったのだ。この意味で、田中氏は今後「日本の田中」となるべく、自らの努力で、一皮も二皮も剥けなければならなかった。言い換えれば、田中氏は、自らの戦略と戦術の見直しを図り、長野県の有権者に対しては、単に県知事選挙に勝つだけではなく、新党日本の代表として、日本政権戦略を語っていかなければならなかったのである。
 しかし、県政改革の革新でなく継続を強調したことでも明らかなように、彼には何の反省も自己脱皮もできていなかった。新党日本の代表が長野県知事選挙を闘うとは何かが全く認識できていなかった。その結果、代表を務める新党日本や後援会・各地の勝手連などが活動しつつも、有力な支持者は離反し今までは有効だった「対話集会」は空転して、選挙終盤には共産党も田中支援を強めたが、前回選挙の勢いは取り戻せなかったのである。

民主党の無策と長野県知事選の意味

 ここで確認すべきは長野県民主党の親自民党体質と小沢民主党の無策ぶりである。県党は、当初、自民党とともに「反田中統一候補」の擁立を考えたが、小沢代表が「相乗り禁止令」を出したため、独自候補擁立とはなった。しかし結局は自主投票となる。ところが、投票日直前、小沢氏は田中氏支持を打ち出した。「野党第一党として反自民候補を推すのが当然」との屁理屈だが、一度は「反田中候補」の擁立を検討しながら、土壇場での田中氏支持となる経緯は、いかにも無策の象徴だ。これでは豪腕小沢の名が泣くというものだ。
 今回の知事選では「反田中候補」として三十人余りの名前が挙げられ、最後に村井氏に落ち着いた。彼は、自民党県連、公明党県本部、連合長野が推薦し、現県政に批判的な県議、市民グループの支援も得て組織選挙を展開、終盤には改革を継続するとの口約束をしつつ、田中支持層への浸透を画策していったのである。
 最後に一言付け足しておく。村井氏は、昨年の郵政解散で民営化法案に反対、非公認となって政界を引退した造反組である。今回の長野県知事選挙に村井氏を引っ張り出し当て馬として立候補させ、彼が予想外の当選を勝ち得たことは、小泉後継「安倍政権」が確定しつつある自民党にとって、造反組の復党承認のメッセージとなったのである。

新党日本、田中代表を再任

 八月二十三日、田中康夫知事が代表を務める新党日本は、東京都内の事務所で臨時役員会と会見を開き、田中知事が今後も党代表を続投すると発表した。田中知事は任期を終える九月以降、長野県第一支部長を兼任して、地域から日本の変革をめざし、長野県政で定着した車座集会を全国各地で開いていく方針だと伝えられている。
 このことについて、田中知事は「知事選では四七%の方々が私とともに地域を、日本を変えていく意思を示してくれた。そうした人々とともにネットワークを構築し、より実践的に地域から日本全体を変革していきたい」と述べたが、劇的な支持層変化には触れてはいない。ここは真摯に長野県知事選敗北の原因を総括するべき時であろう。そして、出馬が取りざたされている来年の参院選に関しては、「人々のために尽くすことが私の人生。そうした思いで車座集会を全国で開き、その中で考えていく」と明言を避けたものの完全否定は出来なかったし、民主党や国民新党など他党との連携についても「どこと、どうという捉え方をすることが、政治を遠くしてしまう」と述べるにとどまったのである。
 来年の参議院選挙が迫っているのにもかかわらず余りにも策のなさに驚かされるではないか。これだけ見ても彼ら自身新党日本に未来はないと判断していることが理解できるというものだ。それならば一刻も早くさっさと解党すべきではないだろうか。(直記彬)
(この記事はホームページ用の八月十五日記事に新党日本部分を付け足したものです)


8月15日に靖国問題を問う (8/15トピックス記事)


コラムの窓・・・「8月15日」

 暑い夏の敗戦記念日(政府は終戦記念日と呼んでいるが、敗戦と終戦では大違いである)の8月15日、この日は小泉首相の靖国参拝というパフォーマンスで大騒ぎであった。
 同じ8月15日、東京で中国残留日本人孤児たちによる「8.15反戦・平和、民主、人権全国集会・・・中国残留邦人の国賠訴訟に勝利しよう、再び侵略戦争の道を歩ませない」が開かれた。今年で3回目の全国集会である。
 3年前から毎年8月15日に、全国から中国残留孤児たちが東京に集まって、集会とデモを行い、政府や多くの日本人に中国帰国者問題をアッピールしている。この「コラムの窓」でも、この全国集会の事を一度書いている。
 1945年8月、いち早く関東軍が逃げ出したため、満州に取り残された満蒙開拓団の人たちは、ソビエト軍に攻撃されて多くの人々が殺され犠牲者になった。逃亡する途中で、仕方なく自分の小さな子どもを満州に置き去りにした親は多くいた。置き去りにされた孤児たちは、中国人の養父母に育てられなんとか今日まで生きてきた。
 戦後、歴代の日本政府は過去の侵略戦争の戦争責任を明確に認めて謝罪と補償をすることを避けて曖昧にしてきた。この中国残留日本人孤児たちの問題も、まったく解決しようとはせずに放置しつづけてきた。
 1972年の日中国交正常化が実現して、ようやくこの残留孤児や残留婦人の問題が動き始めた。
 私がこの中国残留日本人孤児の話を聞いた時、最初に思い浮かんだのはあのNHKドラマ「大地の子」であった。
 作家山崎豊子さんが、8年の歳月をかけて書き上げた全3巻の超大作が、テレビドラマになり、大ヒットした作品である。
 この作品と残留孤児の日本での肉親探しは私にも記憶に残るものであった。しかし、残留孤児の肉親探しが次第に下火になるに連れて、私もこの残留孤児問題は徐々に意識の中から遠のいていった。
 そんな折、知り合いの人から「私たちの地域にも多くの中国残留孤児がいますよ」と言われ正直ビックリした。え!こんな身近に中国残留孤児がいるとは?
 その後、「中国残留孤児たちの集会」に参加する中で、残留孤児たちの存在とその苦悩の生活の実態を知ることになった。日本には2,500人を越える残留孤児たちがいること。そのほとんどが70歳以上の高齢者になっており、年金金額が少なくて、とても生活できない、そこで多くの残留孤児たちは「生活保護」を受けている。しかし、生活保護を受けている人は海外旅行は出来ないと言うことで、中国にいる養父母の葬式にも行けなかった孤児がいるなど、日常生活をめぐって行政窓口とのトラブルが多い。
 さらに、残留孤児や残留婦人の老後の生活問題のみならず、2世や3世の生活問題も深刻である。援護の対象が残留孤児や残留婦人に限られているため、2世や3世の人たちの生活資金や日本語能力や国籍問題などの様々な問題が放置されている。
 いまや中国帰国者問題は2世や3世の家族を含めた問題となっている。日本語を十分話せない状態で就職先を探しても仕事先が見つからない、運良く仕事先があっても日本人から差別や蔑視を受ける中で耐えながら働いている帰国者2世が数多く存在している。
 2002年12月、孤児帰国者629名が東京地裁に「国は中国残留日本人孤児の帰国と自立を援助する義務があったにもかかわらずそれを怠った」として、国家賠償を求める集団訴訟を起こした。そして、提訴の波は鹿児島、名古屋、広島、京都、徳島、高知、札幌、大阪、岡山、神戸、長野などに広がり、全国の原告者は1,860名に達している。
 しかし残念ながら、昨年7月の大阪地裁の敗訴判決、今年2月の東京地裁の残留婦人に対する敗訴判決、などが続いている。他の「国家賠償訴訟」も、今年の末から来年にかけて、連続的に判決を迎える。全国の原告団もその結果を固唾を飲んで見守っている。読者の皆さんにも、重大な関心をもって注目してほしい。
 最後に皆さんに、この中国帰国者問題を詳しく知ってほしいので、私も読んで感動した一冊の本を紹介する。
 それは、「ああわが祖国よ・・・国を訴えた中国残留日本人孤児たち」、著者=大久保真紀(朝日新聞編集委員)、発行所=八朔社、と言う本である。
 この本の後書きで、「この旅で見たこと、感じたことが、その後の私の原動力となった。記者になって16年、多くの残留孤児や残留婦人と出会い、取材してきたことが、記者としての私を育ててくれた」と大久保記者は述べている。
 「孤児たちの訴えをどう受け止めるのか、この国に生きる私たちも問われている」、この大久保記者の問いかけが、私にとってもこの「中国帰国者運動」の支援活動の原動力となっている。(英)  案内へ戻る


事件発生から二週間後の小泉総理の「許せない」発言

 八月十五日、自民党の加藤紘一元幹事長の実家兼事務所が放火されてから大分たち、この間「夏休み」や「捜査中」を理由に自民党内の反応は鈍く、すでに忘却モードに入っているかのようとマスコミにも揶揄される事態とはなりました。
 周知のように、首相官邸では小泉純一郎首相、安倍官房長官とも八月十五日午後から夏休みに入り、公式な反応は一切ないし、政府として声明や談話も出していないのです。
 もちろん休暇中でも、政府が重大な事件だと判断すれば、首相らが公式に声明を出すのです。例えば、九三年五月、カンボジアで日本人警官が武装勢力に殺害された際には、宮沢喜一首相(当時)は、静養先からただちに東京に戻り、非難談話を出しました。
 今回の反応の鈍さについて、久間章生総務会長は「狙われたのが(加藤氏)本人なのか事務所なのか、警察が事件の背景を捜査している段階だ。そこが分からないと」とする呆れた対応です。だが、現実に「狙われた」ことは事実であり、これでは政府・自民党は今回の事件を重大な事態だとは認識していない事を問わず語りに語ったも同然でしょう。
 戦前のテロの頻発が、政党政治の根幹を揺るがしやがて軍部独裁の道を開いたように、この事件の背景には何があるのかは徹底的に明らかにされなければならないことは明白であるにもかかわらず、自民党執行部のこの間の不気味な静けさの背景には、事件と来月の総裁選が微妙に絡む空気があるとまでいわれるまでになりました。犯人は住吉連合会の人間であり、単独犯だとして背景はないと断言していると伝えられています。
 八月二十四日の午後、加藤氏は、来月の総裁選で圧倒的な優位に立つ安倍晋三官房長官の外交姿勢に批判的な議員が集まった「アジア外交のビジョン研究会」発起人会で会長に選出された後、「総裁選が終わってから本格的な活動をしていく。しかし、八・一五(終戦記念日)の問題もあったので、常に静かにしているようでは自民党の幅が狭いと思われてもいけないので、この時点で発起人会を開いた」と挨拶したのです。
 同日、このビジョン研究会に先立ち自民党では、党内七派閥が一斉に在京議員を集めて定例会合を、夏休み明けでしばらくぶりに開催したとのことだが、どの派閥でも加藤邸放火事件が話題に上ることはなかったと東京新聞は伝えています。
 東京新聞はある党幹部の発言として、「今回の事件は思想的な背景を持った言論に対する暴力の疑いが強い。本来ならば、『民主主義に対する挑戦だ』と最大級の非難をすべきだ。実際、そういう声が党の底流には強くある。にもかかわらず、閣僚や党内各派のリーダーといった立場のある人たちが一斉に非難しない。国民から見れば不思議だろう」と伝えて、要は放火事件を非難すれば、小泉首相の靖国参拝に対する批判だと受け取られかねず、それは「小泉路線」を継承する安倍氏に敵対姿勢を示すことにつながるという不安が“筋道”より勝っているからだと解説しました。
 ここまで書いておいたところ、やっと八月二十八日朝、小泉首相は、山形県鶴岡市の加藤紘一元自民党幹事長の自宅兼事務所が右翼団体構成員の男による放火と見られる火災で全焼した事件について「暴力で言論を封じるということは決して許せることではない」と述べたと報道されました。中央アジア訪問の出発に先立ち、首相公邸前で記者団の質問に答えたのですが、なんと民主主義に対する挑戦だとの最大級の非難ではなかったのです。
 首相は「この件については、厳に我々も注意し、戒めていかなければならない。言論の自由がいかに大切か分かるように注意していかなければならない問題だ」と発言して、首相の靖国神社参拝がナショナリズムをあおっているのではないかとの質問には「まったくそれはないと思う。あおりたがる勢力があるのは事実だ。マスコミもなぜこんなに靖国問題を取り上げるか。よその国からあおり立てられ、よその国をあおり立てるような報道は戒めた方がいい」と反論しましたが、まったく「許されない」ほどの鈍感さなのです。
 さらに私が驚かされたのは、首相が「言論封じ」とコメントしたことについて、首相周辺は「質問や新聞の書き方に対応して答えた。深い状況を知って答えたのではない」と説明したことであり、また、二週間沈黙していたことについては「聞かれれば答えるが、事件が不確定な中で政府として正式なコメントは出せない」と語ったことです。常日頃強調する首相のリーダーシップは一体どこにいってしまったのでしょうか。
 一方、安倍晋三官房長官は、同日午前の記者会見で同事件について「捜査を見守っていきたい。仮に言論弾圧なら許されない。私の事務所、自宅などにも脅迫はままあるが、決して暴力に負けてはならないし、許してはならない」と語ったが、住吉連合会との深い関係が公然と噂されているのにこんな簡単なコメントでよいのであろうか。   (笹倉)


絶望の淵より

 逝ってくされ縁の友が止めるのも聞かずに、沖縄に共生の思想≠求めて4年間通った。目的の共生≠ヘつかめなかったが、アメリカの兵士に親族が殺された方に、松本清張のシリーズを貫くものとして、憎悪を持って向かうかどうかと尋ねた。すると、そのじい様、断固として「世論の力≠信じます」という返事。この時、私は宿題をもらい、世論とは? そしてどう向かい合うかを自らに課し、一つの口に出さなかったが約束、それが原点となった。
 世論と一口に言っても、マチマチ。古くは中国の漢代に墓の風聞を集めた搜神記≠ノすでに「記録というものは、・・・すべてが信頼できるものではないのに、国家においては歴史編纂の役人を絶やさず、また学者は書物を読む勉強を綿々と続けてきたのはなぜであろうか。それは伝えられる記録は、なにはともあれ、失われた部分は少なく、真実を留めている部分が多いと、判断されるからなのである」と。
 沖縄についていえば、歴史的に弱小の島ゆえ幕府と清国との間にあって、バランスをとって平和≠維持したこと。農村に縛り付けられた農民がどのようにして自分たちを守ったか、についての太田氏の考察はすばらしい。そして、農民だけに通じる文字を作ったことを知った時、これぞ農民自身が生む出した、闘いの文化だと読む私の心が震えたものだった。
 しかし、こうした歴史にふれずに来た島の人の中には、ちがった思い込みをしてきた人々もあろう。世論の形成にも歴史を学ばなければ、歪んだ思い込みをしてしまうことすらある。上から教えこまれたり、あるいは口伝えも歪められていることもあるだろう。
 かつての変てこな歴史研究であればたまらない。歴史の記述とはどのようなものであろうか、今後方法も問われよう。歴史とは人々が生きてきた足跡のようなもの。シンプルに、とか一言でいえば、とかよく言われるが、どだいムリな話ではないだろうか。だから、沖縄を旅して何を学び取り、何を得たか位しかいえないし、それに留めておこう。万事そう、そこから、どのように生き歩むかを決定したいもの。
 残る時間が少なくなって、さて、と見回すと、想像力はいやに旺盛だが、どうしようもないなあと思うとき、穴ぽこに入ってしまう。そんな時には、父がよく空襲下で避難し、多くの人々が死んだ長柄橋の下の風景が、手塚氏の火の鳥≠フ原点となったという、その最も鮮烈なシーンを思い起こすことにしている。
 人と狼がいっしょに真っ暗な穴ぽこに落ち込み、狼は動物の鋭い本能で掘りはじめ、他の狼の死肉を食い掘り続ける。それを見て人間もいっしょに掘りつづける光≠目指して。一瞬の喜びにすべてを賭けてよいとさえ思う。
 けったいな人々≠フ中の殿山泰二が演じた復員兵がこの歌、うたわんと死ねまへん≠ニ言って、歌ってコテッと死んでしまうのと同じこと。そのために生きているようなもので、これを自由≠ニいうか、希望≠ニいうか、何というか知らん。 2006・8・16 宮森常子
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